パレオパラドキシア

パレオパラドキシア Paleoparadoxia
このページは、岐阜県土岐郡(現 土岐市)泉町でパレオパラドキシアの全身骨格が世界で初めて発見されていたこと
を紹介すると共に、全国各地で発見されている状況を紹介するものです。
岡田良美(41)はこの時、泉中学校の教諭で考古学の指導をしていた関係で発見当時のメモを残していました。
インターネット上ではパレオバラドキシアと表記されている場合があります。 (上記メモの表記も同様)
各地の状況については、インターネット上で収集したもので特に著作権者には届出はいたしておりません。
著作権上の問題がありましたら即刻対応しますのでご連絡下さい。
また、内容について意図しない誤りなど有り得ますので承知ください。 誤りなどご指摘いただければ幸いです。
岡田能治 0572-54-3565
2009/8 作成
2016/6 更新
発見地マップ ( http://kama.3zoku.com/Documents/pa/pale_google_map.html )
パレオパラドキシア
学名 Paleoparadoxia tabatai 分類 束柱目パレオパラドキシア科
約 1,300 万年前に絶滅した束柱目の哺乳類。学名の由来は「古代の不思議なもの(→paradox,難問,矛盾)」の意。
西日本から北米、メキシコまでの太平洋沿岸に生息していた。
( http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%91%E3%83%AC%E3%82%AA%E3%83%91%E3%83%A9%E3%83%89%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%82%A2 )
泉標本についてとおもわれる記述について、ウィキペディアでは「瑞浪市で発掘」と記されていたが、瑞浪市で発掘されたのは
骨格の一部とデスモスチルスの頭骨。(デスモスチルスの頭骨は世界初の発見 1898 明治31年 戸狩標本) 他のサイトで
も「瑞浪市で発掘」の記述があるが、発見された地層が同じ瑞浪層群であり、瑞浪化石博物館に展示があることから誤解が生
じていると思われる。
束柱目(そくちゅうもく、Desmostylia、ギリシア語で「束ねられた柱」の意)の下位分類を示す。生息年代は古生物学事
典などに依った。
(付表1 年代表を参照のこと)
【デスモスチルス科
ベヘモトプス属
Desmostylidaeo 】
Behemotops (漸新世後期
デスモスチルス属
Desmostylus (中新世
2000 万年前)
2300 万年前)
【パレオパラドキシア科 Paleoparadoxiidaeo 】
アショロア属
Ashoroa (漸新世 3300 万年前、名前は足寄町に由来)
パレオパラドキシア属
【コルンワリウス科
コルンワリウス属
Paleoparadoxia (中新世 2300 万年前)
Cornwallidaeo 】
Cornwallius (漸新世-中新世
3300 - 2300 万年前)
Cornwallius was named by Hay (1923).
※タバタイ(tabatai)は属の下位分類の種を表す
wikipedia
①1923年(大正12年)
発見場所:新潟県佐渡郡(現 佐渡市)相川町旧中山トンネル 数個の臼歯(相川町郷土博物館収蔵)
佐渡相川郷土史事典 (個人サイト: http://sado2298.blog.fc2.com/blog-entry-381.html )
相川町旧中山トンネルの西側入り口付近で発見。数個の臼歯が採取されたが、学術雑誌に公表された二個の標本
は早稲田大学で焼失。しかし、他の一つは相川小学校に長く保管されていて、現在相川町郷土博物館に収蔵され
ている。この化石は発見当初、近縁のデスモスチルスと判断されていた。徳永重康によるその後の詳細な研究で、
この標本はコルンワリウス タバタイと命名されたが、さらにこれを模式として、パレオパラドキシア属がレインハルト
(1959)によって提唱され、種名がパレオパラドキシア タバタイに改名された。
②1950年(昭和25年)10月
発見場所:岐阜県土岐郡(現 土岐市)泉町久尻 隠居山 瑞浪層群明世累層久尻相
幼獣全身骨格(泉標本 Izumi specimen 東京上野博物館収蔵)
東京大学地質学教室 高井冬二、横浜大学 鹿間時夫教授ら(デスモスチルス研究委員会)によって1500万年前(新生
代第3紀中新世前期)のデスモスチルスの化石と鑑定された。(佐渡と同様、後にパレオパラドキシア タバタイとされた)
発 見 者:東 充彦(泉町大坪
多治見高校2年生)
2011/4/15 関係者の方から工業高校ではないとの指摘があり訂正
発 掘 者:戸松 滋正(名古屋市城山中学校教諭)
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パレオパラドキシア Paleoparadoxia
発見場所の隠居山(いんきょやま)
アクセスマップ ( http://kama.3zoku.com/Documents/pa/pale_map.pdf#view=FitH )
発見当時は草木の無い禿山でした
レプリカの展示
瑞浪市化石博物館(泉標本)
(TEL 0572-68-7710)
土岐市文化会館(泉標本) (TEL 0572-55-1245)
岐阜県立博物館
国立科学博物館
http://www.gifu-kenpaku.jp/wp-content/uploads/2011/12/174fa8d29970f1b2738181e10b00ac501.pdf
※瑞浪市化石博物館 ( http://www.city.mizunami.lg.jp/docs/2015010600070/ )
(個人サイト http://underzero.net/html/tz/tz_128_1.htm)
※横須賀市自然・人文博物館に下顎の化石の複製が展示されています
( http://www.museum.yokosuka.kanagawa.jp/retrieval/frame_materiall.html )
パレオで検索
※紹介映像 ( http://kama.3zoku.com/Documents/pa/DESUMOSU282.wmv )
※岡田良美メモ ( http://kama.3zoku.com/Documents/pa/pale_memo.jpg )
※岡田良美を取材した昭和 26 年の高等学校の新聞記事 ( http://kama.3zoku.com/Documents/hist/k_s26_12izumi.jpg )
土岐市(昭和30年に市制発足)では発見当初よりデスモスチルスと紹介され昭和50年の市の資料においてもデスモス
チルスとなっています。 ただし昭和49年の資料では両方記載されており、変更期であったようです。 昭和55年
の新聞報道ではパレオパラドキシア・タバタイと紹介されています。 以降の市の資料は改定されています。
岡田良美のメモではデスモスチルスとしていますが、昭和26年6月10日の借用書のメモでは 「品名:デスモスチ
ルス幼獣化石(パレオバラドキシア コルンワリウス)」 と記されており、「パレオバラドキシア」または「コルンワリウ
ス」と認識されていたようです。
発見月については、4月25日のメモがあるところからそれ以前と思われます。 公式には10月となっていますが、
メモにあるように戸松氏が来訪されたのは9月24日でありデスモスチルスではないかの結論が出たのが10月と思
われます。
昭和 30年の市の資料:http://kama.3zoku.com/Documents/pa/pale_s30.pdf#view=FitH
昭和49・50年の市の資料:http://kama.3zoku.com/Documents/pa/pale_s49s50.pdf#view=FitH
昭和55年の新聞報道:http://kama.3zoku.com/Documents/pa/pale_s55.jpg
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パレオパラドキシア Paleoparadoxia
③1951年(昭和26年)
発見場所:埼玉県秩父市 歯や下顎・肋骨のなどの破片
発 見 者:秩父市立秩父第二中学校の生徒
埼玉県立自然史博物館 自然史だより第 55 号 2004.11 ( http://www.shizen.spec.ed.jp/ )
(現在 埼玉県立自然の博物館 以下同様)
※1964 年(S39)10 月 アメリカのスタンフォード大学 ―Stanford Linear Accelerator Center (SLAC)― の線形加速器施
設の工事現場にて全身骨格を発見 ( http://www.slac.stanford.edu/history/paleo.shtml )
④1966年(昭和41年)9月
発見場所:埼玉県小鹿野(おがの)町の赤平川右岸の崖
脛骨(後足の骨)
発 見 者:井上一郎(県立小鹿野高等学校1年の生徒)
埼玉県立自然史博物館 自然史だより第 55 号 2004.11 ( http://www.shizen.spec.ed.jp/ )
⑤1975年(昭和50年)
発見場所:埼玉県秩父市大野原の荒川右岸
発 見 者:堀口勉(秩父農工高等学校の生徒)
埼玉県自然史博物館 ( http://www.shizen.spec.ed.jp/ ) 個人サイト ( http://mitoho.com/saitama/hoto-smnh/12-1-paleo.htm )
全身骨格レプリカ(3体)、生体復元模型など展示
1985年(昭和60年)映画「パレオバラドキシア-よみがえる謎の化石動物-」(16mm・26 分)が完成
⑥1980年(昭和55年)3月
発見場所:島根県八束(やつか)郡玉湯可林村 来待(きまち)石採石場(来待層)
左下顎骨(来待標本 出雲玉作資料館収蔵)
発 見 者:勝部利男・勝部美喜男
島根大学理学部地質学教室で研究 ( http://www.kisuiiki.jp/old/activity2/museum/paleoparadoxia.html )
島根大学山陰地域研究総合センター展示室に全身骨格復元を展示(津山標本から学生が組み立てた)
⑦1980年(昭和55年)
発見場所:石川県七尾市藤橋町岩屋 岩屋標本 犬塚(1984) が命名
発 見 者:七尾野尻湖友の会
七尾の化石 ( http://www.city.nanao.ishikawa.jp/k-syounen/chigaku/chigaku20.htm )
切歯片、乳臼歯片を展示
⑧1980年(昭和55年)12月
発見場所:岩手県二戸市金田一(きんたいち)字下山井 馬淵川(まべちがわ)の河床(頭骨は発見されず 金田一標本)
発 見 者:川内次男
発 掘 者:岩手県立博物館 (個人サイト http://inoues.net/family/iwate_museum.html 音付)
全身骨格レプリカを展示
⑨1981年(昭和56年)
発見場所:埼玉県小鹿野(おがの)町般若のセメント採石場
発 見 者:坂本道夫
おがの化石館展示
(個人サイト http://members2.jcom.home.ne.jp/70little_rascals0201/saitama_kikaku/ogano/maturi/ogano_maturi02.html )
全身骨格レプリカ、産出状況、復元図、復元模型などを展示
論文「秩父盆地産パレオパラドキシア骨格化石の産出について」 ( http://ci.nii.ac.jp/naid/110009557041 )
⑩1982年(昭和57年)9月
発見場所:岡山県津山市上田邑 津山標本
発 見 者:水杉和弥
津山郷土博物館展示( http://www.e-tsuyama.com/kankou/check/kyodo/index.html )
全身骨格レプリカを展示
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パレオパラドキシア Paleoparadoxia
⑪1984年(昭和59年)8月
発見場所:群馬県安中市碓氷川河岸 安中層群原市層上部 後趾部分骨(中島標本)
発 見 者:中島 一
群馬県立自然史博物館研究報告(12):15-33, 2008
⑫1984年(昭和59年)8月21日
発見場所:福島県伊達市梁川(やながわ)町広瀬川河床 梁川層 (梁川標本 福島県立博物館収蔵)
ほぼ完全な形で発見されたのは世界で 4 例目であり、頭骨まで正常な形で発掘されたのは梁川標本以外にはアメリカ
合衆国北カリフォルニアのスタンフォード大学の物理学研究施設にある。
福島県立博物館 ( http://www.general-museum.fks.ed.jp/03_gallery/01_pareo/01_pareo.htm )
生体復元図、標本全体を並べたところ、各部位などを展示
福島県郷土資料 ( http://www.fks.ed.jp/DB/kyoudo/08.yanagawa4/html/00003.html )
産出状況、頭部、ロッ骨、歯、復元図の写真
梁川美術館にもレプリカを展示
姿をみせたふしぎな海獣
( http://is2.sss.fukushima-u.ac.jp/fks-db/txt/10007.104.yanagawa/html/00002.html )横浜国立大学教授 長谷川善和氏の解説
⑬1987年(昭和62年)
発見場所:群馬県多野郡吉井町 鏑川右岸川床 中部中新統安中層群庭谷層
(黒澤標本 群馬県立自然史博物館収蔵)
発 見 者:黒澤利衛
群馬県立自然史博物館研究報告(12):15-33, 2008 世界最大級?
群馬県立自然史博物館 ( http://www.gmnh.pref.gunma.jp/musetheque/col/top.do? )
パレオで検索
⑭1988年(昭和63年)
発見場所:東京都あきる野市 秋川 上顎骨 ほぼ完全な形で出土
東京都三多摩公立博物館協議会( http://tamahaku.jp/akiru/ )
⑭1997年(平成9年)
発見場所:三重県津市白山町北家城 雲出川河床 一志層群 右脛骨(けいこつ)
三重県立博物館イベント資料 ( http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/haku/osusume/paleoparadoxia.htm )
三重県「歴史の情報蔵」 ( http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/rekishi/kenshi/asp/shijyo/detail.asp?record=584 )
⑮2006年(平成18年)4月
発見場所:青森県深浦町塩見崎 田野沢層 左寛骨
青森県では初めて発見された。寛骨(かんこつ)とは、背骨と大腿骨を繋ぐ骨盤にあたる部分。
青森県立郷土館ニュース ( http://kyodokan.exblog.jp/7921447/ )
⑯2010年(平成22年)6月
発見場所:北海道羽幌町 上腕骨、肩甲骨、肋骨
発 見 者:河部 壮一郎
体長は約 1.5 メートルと推定され、発見地域の地層から通説より 200 万年以上さかのぼる約 2400 万年前~2100 万年
前の化石であることを突き止めた。
国際誌『Paleontological Research』にて公表。 論文タイトルは『The oldest record of Paleoparadoxia from the
Northwest Pacific with an implication on the early evolution of Paleoparadoxiinae (Mammalia: Desmostylia)』。
日本語訳は『北西太平洋最古のパレオパラドキシア:パレオパラドキシア類(哺乳類 束柱類)の初期進化に与える新標
本の意義』
岐阜県 HP ( http://www.pref.gifu.lg.jp/event-calendar/c_27202/kasekironbun.html )
Hatena Blog ( http://sebastia017.hatenablog.com/entry/2015/04/15/130848?_ga=1.171537568.1859649871.1445591913 )
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パレオパラドキシア Paleoparadoxia
発見年代不明
◎発見場所:岐阜県瑞浪市 瑞浪層群明世累層山野内層(新生代第三紀中新世前期)
◎発見場所:岐阜県瑞浪市 瑞浪層群生俵累層名滝層(新生代第三紀中新世中期)
瑞浪市化石博物館 古生物データベース
(http://www2.city.mizunami.gifu.jp/mizunami/dbtop.html)
一般 → 和名 パレオパラドキシア → 検索
関連サイト
◎岐阜県の地学 岩石検索 化石 (http://www.crdc.gifu-u.ac.jp/zukan/tigaku/kaseki.html)
土岐市で発見された化石を紹介
◎仙台市科学館 (http://www.kagakukan.sendai-c.ed.jp/exhibition/pareo2001/top.htm)
「パレオパラドキシアがいたころ」をテーマに特別展示が行われた
◎戦え絶滅動物 (http://www.geocities.jp/zetumetu2005/soro-2pareoparadokisia.htm)
宮川アジュ:地球から消えてしまった動物を粘土とイラストで紹介
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付表1 年代表
累
代
代
紀
世
概
年代(万年前)
第四紀
完新世
1 ~ 現在
要
初期には、大陸氷床の融解によって海面が 130m 以上上昇した。気候最温暖期と呼ばれる時代
には、現在より 3m から 5m ほど海水準が高かったとされる(縄文海進)。その後、海面は緩やかに
下降し、海水準はここ 2,000 年ほどは比較的安定している。 大きな川の流域などで、徐々に人類
が文明を築き始めた。
氷期・間氷期の氷床の拡大・縮小による海水準変動に伴って、海岸線の位置が移動した。後期で
は海水準にして百数十メートルの変動があった。海水準が低下した時期は、現在浅い海である海
域の多くが陸地となっていた。
鮮新世
533 ~
気候は寒冷化しており、南極大陸は中新世よりもさらに氷床を拡大していた。北半球での氷床の
発達もこの時代に既に始まっていた。
中新世
2,303 ~
大陸はほぼ現在の様相だが、北アメリカ大陸と南アメリカ大陸は離れている。ヨーロッパのアルプ
ス山脈と北アメリカのロッキー山脈で造山運動が始まった。日本がユーラシア大陸から分離し、
日本海が形成された。
3,390 ~
アメリカとヨーロッパは大西洋の拡大により分断されたが、北アメリカとアジアはベーリング海峡で
しばしば接続し、動物の行き来があった。アフリカ・南アメリカ・オーストラリア・南極の各大陸は海
で隔てられている。アルプス、ヒマラヤ山脈の造山運動が開始された。
5,600 ~
ヨーロッパと北アメリカは更に大きく離れて大西洋が拡大し、両大陸の連絡は始新世中期には絶
たれたが、北アメリカとユーラシアはベーリング海方面で次第に接近し、陸橋となっていた。既に
南アメリカと分離していた南極大陸・オーストラリア大陸塊は始新世半ば以降分裂した。インドは
アジア大陸に接近しつつあった。
6,600 ~
アフリカと南アメリカは完全に離れ、アフリカと南極大陸も大きく離れていた。ヨーロッパと北アメリ
カはまだ陸続き状態であった。インドは巨大な島となってインド洋上を北に向かって移動しており、
全ての大陸から孤立していたので、次の時代である始新世にアジアに接近するまでは哺乳類は
生息していなかった。
1 億 4,500 ~
温暖な気候と高海水準で特徴付けられる時代である。終わりを示すイリジウムが大量に含まれた
地層が見つかっている。これは、6,430 万年前にユカタン半島およびメキシコ湾にある巨大なクレ
ーターを作った隕石の破片が地上に降り積もった物と考えられている。この時の気候変動が、恐
竜絶滅に関係あるという。
2 億 0,130 ~
初期にパンゲア大陸がローラシア、ゴンドワナへ分かれ始めた。後期にはゴンドワナ大陸が分裂
し始めた。 ジュラ紀にもっとも進化した生命は海洋での魚類と、海洋で暮らす爬虫類(魚竜、首
長竜など)である。始祖鳥が現れたのもこの時代。 映画の『ジュラシック・パーク』の名は、この
ジュラ紀によるものであるが、実際にそこに登場する恐竜はほとんどは白亜紀のものである。
2 億 5,217 ~
三畳紀には、ほとんど全ての大陸が合体し、パンゲア大陸と呼ばれる超大陸が形成されていた。
パンゲア大陸の周囲には、パンサラッサ、東側にはテチス海と呼ばれる湾状の海が広がってい
た。気温は徐々に上昇していった。ペルム紀に 30%程あった酸素濃度も 10%程度まで低下し、ジュ
ラ紀頃までの約 1 億年もの間、低酸素状態が続いた。
ペルム紀
2 億 9,890 ~
初期には、赤道付近に存在していたユーラメリカ大陸と、南半球から北上してきたゴンドワナ大陸
が衝突し、パンゲア大陸と呼ばれる超大陸が形成されていた。北半球にはシベリア大陸が存在し
ていたが、やがてシベリア大陸もパンゲア大陸と衝突し、ウラル山脈が形成され、ほぼ全ての陸
地が 1 つの超大陸としてまとまることとなった。
石炭紀
3 億 5,890 ~
バリスカン造山運動の活動期に当たる。デボン紀から存在していたライク海はゴンドワナ大陸とロ
ーラシア大陸にはさまれて末期には消滅し、これがやがて次の時代のパンゲア大陸となる。ライ
ク海の消滅と歩調をあわせるかのように生物の陸上進出も進んだ。
デボン紀
4 億 1,920 ~
シダ状の葉を持つ樹木状の植物による森林、両生類、昆虫の出現。後期から石炭紀初期は、5
大大量絶滅の一時期であり、この時期に海洋生物種の 82%が絶滅した。
シルル紀
4 億 4,340 ~
南半球にはゴンドワナ大陸があり、赤道付近には、シベリア、ローレンシア、バルティカという中大
陸、そしてアバロニアという小大陸があった。大陸の間にはイアペトゥス海という浅い海が広がり、
多くの生物が繁栄していた。3 つの大陸は徐々に接近し、約 4 億 2,000 万年前に衝突した。
オルドビス紀
4 億 8,540 ~
生物の多様化がカンブリア紀並に進んだ時代である。オウムガイの全盛期で三葉虫のような節
足動物や筆石のような半索動物が栄えた。甲冑魚のような魚類が登場したのもこの時代である。
終わりに大量絶滅が起こったとされている。
カンブリア紀
5 億 4,100 ~
先カンブリア時代によって形成された海洋が地球上のほぼ全てを覆い尽くす。海中では様々な種
類に至る海洋生物が現れ、中でも三葉虫等の節足動物、藻類が繁栄した。この時代に動物の多
様性が一気に増大した可能性がある。これをカンブリア爆発と呼ぶ。
原生累代
25 億 ~
藻類によって酸素の放出が始まり、オゾン層ができて紫外線が地表に届かなくなった。また、古
細菌類から原始真核生物が分岐し、さらにαプロテオバクテリア(後のミトコンドリア)が共生する
ことで現在の真核生物が成立した。後期には多細胞生物も出現した。
始生累代
40 億 ~
系統樹による推計では、この時代の初期に全生物最後の共通祖先が現れ、細菌の祖先と古細
菌類の祖先が誕生したと推定されている。
冥王時代
46 億(地球誕生)~
この時代に地球が形成され、地殻と海ができ、有機化合物の化学進化の結果最初の生命が誕
生したと考えられている。化石以前に、岩石自体が非常に希であり、地質学的証拠があまりない
時代である。
新第三紀
258 ~
新生代
更新世
ぜん
漸新世
古第三紀
始新世
ぎょう
白亜紀
中生代
顕生累代 (けんせいるいだい)
暁 新世
ジュラ紀
三畳紀
古生代
※仲田崇志作成(更新:2013 年 06 月 08 日)より ( http://www2.tba.t-com.ne.jp/nakada/takashi/strat-chart/strat-chart.html )
※概要はウィキペディアを参考とした
発見地マップ
(http://kama.3zoku.com/Documents/pa/pale_google_map.html)
Copyright(C)2009 Yoshiharu Okada