はじめに - Muratopia.org

はじめに
新資本主義研究会 (http://www.newcap.jp)の5月例会は、日本未来研究センター理
事長の山口薫氏に「債務貨幣システムから公共貨幣システムへ―資本主義の歴史的転
換点―」と題してお話ししていただきました。
現在の経済は、金融危機、政府債務危機に直面しており、財政・金融政策は機能せ
ず、最後の頼みの金融緩和政策(QE)を導入してもマネーストックは期待通りに増加
せず、まさに資本主義経済はシステミックな失敗に陥っています。こうした経済危機
は、資本主義体制の失敗を意味し、私たちは、今その歴史的転換点に立っているので
す。その元凶は、250 年にわたり経済活動を支配してきた債務貨幣システムにありま
す。この危機は、債務貨幣システムと対峙してこなかったアダム・スミスから始まる
経済学(新古典派、ケインズ経済学等)の危機でもあります。しかしながら危機克服
の代替案はあります。公共貨幣システムです。これを構築すれば、こうしたシステム
失敗から自由となり、金融システムが安定し、政府の債務危機も克服できます。 そこで、氏より、近著 “Money and Macroeconomic Dynamics” で展開されたこう
した研究成果を平たく語っていただきました。
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議 題 「 債 務 貨 幣 シ ス テ ム か ら 公 共 貨 幣 シ ス テ ム へ —資本主義の歴史的転換点— 」 日 時 2014年5月30日(金) 午前8時~10時
8 : 0 0 ~ 8 : 3 0 朝 食 会 8 : 3 0 ~ 9 : 3 0 山 口 薫 氏 ( 日 本 未 来 研 究 セ ン タ ー 理 事 長 ) の お 話 9 : 3 0 ~ 1 0 : 0 0 質 疑 応 答 場 所 赤坂エクセルホテル東急(13F)光の間(朝食会・研究会)
〒100-0014 東京都千代田区永田町2-14-3 [TEL03-3580-2311] 1
I 債務貨幣システムから公共貨幣システムへ
―資本主義の歴史的転換点―
山口 薫氏述
1.はじめに
皆さん、おはようございます。新資本主義研究会という由緒ある、しかも高レベルな研
究会にお招きいただき、ありがとうございます。特に皆様のような、人生経験豊富で知恵
がいっぱい詰まった方々に私の最近の研究の成果を聞いていただき、いろいろアドバイス
や批判をいただける機会を与えられ、非常に喜んでおります。
債務貨幣システムという現在の金融システムですが、この金融システムが行き詰って、
いま袋小路的な状況に陥っており、それに代替する経済システムがないということで世界
中が混乱しているので、それに代わる公共貨幣システムがあるということを、私の近著で
主張しておりまして、そのことをお話ししようと思います。徐々にですが、世界の若手研
究者の間でも注目されてきております。
昨日も、オーストリアの若い Ph.D. 研究者から私のモデルが欲しいというメールがあり
ましたが、徐々にこういう風に考えないとこれからの資本主義は再生しないのではないか
な、と考えるようになっている人が増えてきています。皆さんには、私の考え方について
それはおかしいとか、直感的に間違っているとか、というところがありましたら、是非と
もご指摘くださいますようお願いします。
今日は 50 枚ほどスライドを用意してきましたが、時間の都合で、途中、一部カットさ
せていただくかもしれません。
2.3つの経済学:バークレーでの挑戦
1)一般均衡論が経済学の考え方を変えた
私の約 40 年にわたる経済学の研究の歴史から始めさせていただきたいと思います。と
いうのも、皆さんは経済学のバックグラウンドをお持ちの方も多く、研究者の方もおられ
るということですので、そこから入ったほうが良いと思いました。
私が経済学を初めて勉強した時に一番感心したのは、皆さんもご存知だと思いますが、
ワルラス法則(Walras Law)という法則です。これは何かと言いますと、資本主義経済
は財市場とか労働市場とか金融市場とかありますが、その取引全部を合計すると恒等式が
成立するというものです。経済社会にこういう恒等式が成り立つ法則があるのだというこ
とで、非常に感心したのです。ところが、ワルラスはこういう法則を見つけたのですけれ
ども、実際にこういう法則のもとで市場均衡が存在するのかという問題、つまり、財市場
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とか労働市場とか金融市場とかというのは、ある程度のところまでは数学モデルで定式化
に成功したのですが、その均衡解の存在証明ができなかったのです。
その存在証明は、以後 100 年近く難問として経済学者が挑戦してきた問題ですが、それ
に答えを出したのがスタンフォード大学のアロー(Kenneth J. Arrow, 1921-)という経
済学者とカリフォルニア大学バークレー校のドブルー(Gerard Debreu, 1921-2004)と
いう経済学者です。私がバークレーで学んでいた時に、ドブルーの数理経済学のセミナー
に毎週1回参加させてもらいましたが、このセミナーではアローがいつも一番前に座って
どんどん質問するのですが、ドブルーは後ろの席にじっと構えていて一つも発言しないと
いった、非常に好対照の 2 人でした。その 2 人が競争市場経済における一般均衡の存在を
証明したのです。1954 年のことでした。それからガラッと経済学の動きが変わりました。
新古典派理論で上手く行くのだということで、アカデミックな経済学の世界を占領してし
まいました。ドブルーは、わからないことがあったらよく研究室に行き、教えを乞うた先
生でしたので、今でも目を閉じれば彼のフランス語なまりの声が聞こえてくるような気が
します。
バークレーというところは、1972 年にアローがノーベル経済学賞をもらいましたし、
1983 年にはドブルーが受賞し、ゲーム理論のハーサニ(John Harsayi, 1920-2000)が
1994 年に、そして 2001 年にはアカロフ(George Akerlof, 1940-) が受賞しました。それ
から数学のノーベル賞といわれるフィールズ賞をもらったスメール(Stephen Smale,1930
-)という数学者もいて、数理経済学の分野にも入ってきて、数理経済のセミナーに来て
発言するなど、世界水準のすばらしい、輝く研究者がごろごろおられたわけです。そうし
た研究者の中にいて、レベルの低い院生の私は、しょっちゅう劣等感を感じていたわけで
す。しかし、そうしたキャンパスの雰囲気の中にいると、不思議なことに、この先生の理
論を打ち負かせば、もしかしたら自分もノーベル賞をもらえるのではないか、というよう
な挑戦的、野心的な気持ちにさせられるのでした。そういう意味で、素晴らしい研究環境
をつくるのは非常に大切なことだと思うわけです。
そうした環境の中で、私はドブルーの考え方に疑問を持ち始めておりました。いずれに
しろ、この 2 人の先生の名前を取ったアロー・ドブルーモデルと言われる新古典派の一般
均衡理論が一世を風靡し、それによってガラリと経済学が変わったと言われています。私
がバークレーにいた 1983 年に、ドブルーがノーベル経済学賞を受賞しました。ある朝、
偶然ラジオから流れるニュースの中で “Berkeley professor won the Nobel prize in
economics” と聞き、さっそく自転車でキャンパスに駆け付けていきました。すでに院生が
集まっていて、ワインボトルを開けて、ささやかな受賞パーティを開いていたということ
がありました。バークレーの数理経済学が輝いている時代でした。
ところが、よく考えてみると、新古典派の考え方というのは経済学の一部なのです。そ
れ以外にも世界的には、特に日本ではマルクス経済学もあるし、陰り始めていたケインズ
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経済学もまだ力を持っていました。経済学思想が対立していた時代でした。しかも、経済
学の対立だけでなく、その対立が国際政治にも反映されてくるということで、東西対立と
いうのが緊張をもって語られる時代でした。
私も経済学を勉強しながら、なぜこういう 3 つの違った考え方があるのかということに
疑問を持ちました。もしかしたら、3 つの経済学を統一すれば、新しい世界が生まれるの
ではないかという気持ち、若気の至りではありますが、「3 つの経済学を統合してやろう」
という意気込みでバークレー時代には研究に没頭しました。そして 3 つの経済学をそれぞ
れかじったのですが、なかなかうまく統一ができませんでした。それが私の 1980 年代で
した。
2)トフラーの『第三の波』の衝撃
経済学のバトル、アイディアのバトル (The Battle of Ideas) と最近の学者は言いますが、
それはどういうことであったかということを簡単に見ていきます。アダム・スミスが 1776
年に国富論を出版して、神の見えざる手によって経済というのは調整されるのだという有
名な考え方を出しました。それに対峙するようにして、カール・マルクスが 1867 年に資
本論を書きます。その 7 年後の 1874 年に、ワルラスがスミスの考え方をもう一度、数理
経済学的に方程式で精緻化し、それが新古典派経済学の出発点となるのです。それから、
1929 年の世界大恐慌を経験した後にケインズの一般理論が出てきまして、ケインズ革命
という形でケインズのマクロ経済学が広まっていくわけです。
その後はこうした 3 つの経済学がずっとバトルをしている状況でした。その頃、私はバ
ークレーで勉強していたのですが、そこに突如、アルビン・トフラー(Alvin Toffler, 1928
-)という人が出てきまして、『第三の波』という本を出して、これが世界的にヒットし
ました。私はこの本に非常にショックを受けました。彼の考え方は何かというと、人類は
今や第三の波に覆われているというものです。第一の波は 15000 年くらい前の農業革命で、
第二の波は 18 世紀におこった産業革命です。そして 1946 年に ENIAC という真空管のコ
ンピュータが出て、いよいよこれから情報化時代に入るのだという新しい見方を提唱する
のです。しかも、今までの3つの経済学は、ケインズ経済学であれ、あるいは自由主義の
新古典派の経済学であれ、それからマルクス経済学であれ、すべては産業革命の産物であ
る、これからは違うのだというのです。私としては頭をどつかれたような感じでした。そ
れならば、情報化時代に出てくる新しい経済学のフレームとは何なのかと考えだしたわけ
です。しかし、トフラーは何もそれについては答えていません。彼は経済学者ではありま
せんでしたから。
3.情報化時代の新しい経済学をめざして
1)「むらトピア」経済論
それでは私が情報化時代の新しい経済学をつくってやろうと、当時は怖いもの知らずで
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研究を始めました。それが、博士論文となるのですが、”Beyond Walras, Keynes and Marx”
というタイトルです。3人の著名な経済学者の名前をとって、3 人の経済学者の理論を超
える、という内容の論文でした。研究はほとんど受け入れられませんでした。勿論、ドブ
ルーの一般均衡理論には批判的でした。ドブルーの考え方は良いところもあるけれど、論
理的に間違っている、未来の経済活動についての不確実性の定式化が間違っていると私は
思って、結局アカロフ先生(その後ノーベル賞受賞)等に博士論文の指導を受けたという
こともありました。
研究の途上で、私が提案しようとしている資本主義に代わる経済制度の名前がないとい
うことで、「地球村 (Global Village)」という言葉があるのを思い出し、そこから発想し
て、「むらトピア経済」という名前を勝手につくりました。これも若気の至りです。なぜ、
そんな発想が出てきたかということだけ説明しますと、アメリカの学会というのは、新し
いコンセプトをまずつくって、新しい言葉を造語したものが勝ってきました。二番煎じは
ダメだということで、新しい言葉をつくるのなら、日本語でむら社会、自然と共生するむ
らという言葉を使ってやろうと。1980 年代は日本が輝いていた時代でした。日本的経営
も注目されていました。どこに行っても日本的経営 (Japanese Management) でした。日
本が輝くその背後には、日本のむら社会の良さがあるのだということで、これを資本主義
に代わる「むらトピア経済」にしようということで新しく名前をつくりました。博士論文
は American University Studies の叢書として出版されたのですが、残念ながら広く注目
されることはありませんでした。
そうこうするうちに、1991 年にソ連が崩壊しました。やっとトフラーの言う第二の波、
産業革命の産物の一角、社会主義が崩れたわけです。ということで、自分の理論も正しか
ったとその時に思いました。当時、私の著書はソ連とか中国の一部の研究者の間で熱狂的
に受け入れられました。日本では紹介されていませんでしたが、ロシア科学アカデミーか
らは 2 回も招待を受けました。私の著書に基づいて、ソ連崩壊後は、「むらトピア」の経
済理論で経済を再生させてほしいと、しきりにロシアの科学アカデミーに提言しました。
中国語にも論文として紹介されていたので、中国の人たちにも同様に言いました。社会主
義が崩壊するのなら、次に資本主義に戻ってはいけませんよ、と。「むらトピア」の新し
い日本的な経済社会をつくりなさいよ、と。でも、残念ながら、ハーバード大学の経済学
者の先生などがロシアに行き、米国流の資本主義というのを移植してしまったので、私の
考え方はそこで止まってしまいました。そうして出てきたのがグローバリゼーションとい
う考え方です。それで私の理論は間違っていたと失望してしまいました。その後、経済学
にはまったく興味がなくなり、あきらめてしまいました。そしてシステムダイナミックス
というコンピュータ・シミュレーションによる未来研究に誘われていきました。
2)ケインズ経済学理論で説明できない 1970 年代以降の現象
経済学の歴史をもう少し違った観点から見ていきますと、1929 年の世界大恐慌があっ
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て、そのときに 2 つの新しい経済学が出てきます。1つはアーヴィング・フィッシャー(Irving
Fisher, 1867-1947)を中心とする、シカゴプランと呼ばれる貨幣改革論です。ところが
そ れ が あ ま り に ラ ジ カ ル だ と い う こ と で 、 1933 年 銀 行 法 (Banking Act) 、 一 般 に
Glass-Steagall Act という名前で呼ばれる法案に取って代わられたのですが、この銀行業
務と証券業務を分離するというシステムは、その後上手くいっていました。しかし、1999
年にクリントン政権によって廃案にされました。2 つ目に出てきたのは、不均衡分析に立
脚するケインズ経済学です。ケインズのマクロ経済理論ということでその後一世を風靡す
るわけですが、1970 年代になって、スタグフレーションというインフレと不況が同時に
進行するという、それまでのケインズ理論では説明できない現象が出てきました。それで
1980 年代以降は、もはやケインズ理論はダメだということになりました。そこから新古
典派経済学がまた盛り返してくることになったわけです。
3)新古典派経済学理論で説明できないリーマン・ショック
政治的にはグローバリゼーションという動きが出てくることになります。こうして新古
典派経済学がケインズ経済学に取って代わるという時代がしばらく続くのですが、2008
年に例のリーマン・ショックで、新古典派的な考え方がまた打ちのめされるわけです。私
はこういう変化をとらえて、これらはすべてデット・マネー・システム、つまり債務貨幣
システムの中での争いであるととらえました。なぜかというと、後で述べますが、新古典
派とかその他上述の経済学の考え方というのは、貨幣についてはすべて同じ基盤に立って
いるのです。これは最近わかってきたことですが、ソ連の共産主義社会というのはアメリ
カの資本主義社会と裏で全部つながっていたというのです。それは国際金融とか銀行資本
との関係についてです。そこで今のシステムはすべて債務貨幣システムだととらえたほう
が解りやすいということに気づきました。それを基にして、もう一度自分がこれまでに構
築してきた説に挑戦してみたいと思うようになりました。そのきっかけが 2008 年のリー
マン・ショックでした。私はこれを第二次の世界大恐慌と呼んでいます。この恐慌を乗り
越えるために各国で用いられた方策が、政府の財政出動ですが、その結果、多くの国が「デ
ット・クライシス」という債務危機に陥るわけです。そういう状況に追い込まれたのです。
そこで、私ももう一度経済学を学び直して、なんとかこの危機を乗り切れる理論を構築で
きないか、と奮い立ちました。私に再び挑戦心を与えてくれたのが、リーマン・ショック
だったわけです。
4.リーマン・ショックが示す危機の本質
1)累積する日本の債務と家計の金融資産
次に簡単に、その後の経過を見ておきましょう。第一次世界大恐慌と、リーマン・ショ
ックのどこが違うのかと言いますと、リーマン・ショック後は、財政出動した結果、GDP
はあまり減少しませんでした。減少しないというより、日本では 500 兆円前後で平衡線を
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たどりました。もし財政出動がなければ、野村證券のリチャード・クー氏などは、第一次
世界大恐慌と同じように GDP が激減していただろうと分析しています。そういうことか
ら、リーマン・ショックも 1929 年の世界大恐慌と同じような大不況だったのですが、た
またま政府の財政出動のおかげで、GDP の下落が抑えられました。そこが違いです。そ
の結果、膨大な政府の債務残高が累積するという結果になってしまいました。これは皆様
ご存知だと思いますが、右肩上がりでどんどん日本の債務が累積している図です。1人あ
たりに換算すると、約 600 万円にもなり、とても返済しきれないくらいの債務状況です。
これが始まったのが、1971 年のニクソン大統領による金・ドル交換停止が実施された頃
からです。金との交換リンクがなくなり、制約なしに財政出動で経済活動を支えていける
ようになり、その結果、累積債務増大となったわけです。
私の簡単な計算ですが、このままでいくと、だいたい 2028 年ぐらいには 1,550 兆円く
らいまで累積債務が増大します。1,500 兆円というと、現在の日本の金融資産はだいたい
1,500 兆円で、日本の債務残高はまだ 1,000 兆円くらいですから、まだ 500 兆円くらいの
余裕があると言う人がいますが、それは大きな間違いです。すでに定期預金とか保険とか
証券で 1,000 兆円くらい国債を買っており、残りのうちの 400 兆円くらいは現金とか普通
預金で、デイ・トゥ・デイの取引に必要な資金ですので、そうなってくると、日本の家計
の金融資産のうち、自由に国債など買える余裕のあるお金は 100 兆円ぐらいしかないとい
うことになります。そうなると、あと 1〜2 年で日本国内では日本の債務を賄いきれない
という危機的な状況になってくるのです。
だから、もはや選択の余地がないというところにまで財政赤字は追い込まれているわけ
です。勿論、海外まで打開の道を探れば、まだまだ債務危機以前のギリシャのように生き
延びられるでしょうが、国内で債務危機を打開するのは不可能だということになります。
そのあたりの認識が大事だと思います。
次に金利の支払いのお話になりますが、平成元年頃は債務残高、約 160 兆円とかなり低
かったのですが、金利が高かったので利払いはだいたい 10 兆円でした。ところが現在は、
政府の債務が 800 兆円を超えているのですが、低金利のために利支払いはいまだ 10 兆円
前後です。しかしながら、金利が数パーセント上昇すれば、政府は利払いができずに破綻
となります。そこまで追い込まれているのです。
2)同じ債務危機にある OECD 諸国
これは日本だけに限りません。世界的にも、ほとんどの OECD 諸国が、このような債
務危機に見舞われています。勿論、日本は GDP と債務残高の比率が 200%を超えている
のですが、それ以外にも、ギリシャ、イタリア、ポルトガル、アイスランド、アイルラン
ド、ベルギー、フランス、英国等々、OECD 33 ヵ国のうちで 18 ヵ国が、50%を超える
債務残高比率となっているのです。最近私が調べてびっくりしたのですが、2010 年には
OECD 33 ヵ国平均の GDP 債務残高比率が 65%でしたが、その 2 年後の 2012 年には
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106.8%に増大しているのです。2 年間で実に 40%の増大で、もう止めようがありません。
だから、誰が考えても、確実にどこかで破たんします。1 年先か 2 年先かはわかりません
が、経済学者に聞く必要はありません。大混乱は必ず起きます。我々はそれをどれだけ認
識しているでしょうか。
ノーベル賞学者のミルトン・フリードマンは 1990 年代から、「ブレトンウッズ体制は
1971 年のニクソンショックですでに終わってしまった。現在、世界的には先例のないと
ころに我々は来ている」と言っています。「すでに我々は海図なき航海に乗り出したのだ」
とも言っています。そして、今や我々が乗っている船はどこかで難破寸前なのです。こう
いう危機的な状況に置かれているのだということを、ほとんどの人たちは想像もしていま
せんが、理性的に考えればこのようなことは 100%あり得るのです。その時に政府や経済
人、国民はどういう風に対処するかということです。そういうところにまで来ていると思
います。
3)予想されるメルトダウンとハイパーインフレ
それでは行きつく先はどこか、と言いますと、可能性は 3 つしかありません。
1つは、今低く抑えられている金利がちょっと上がれば、国債価格は暴落するので、そ
うなると必ず、銀行などの破たん、つまり金融メルトダウンが生じる可能性が出てくると
いうことです。これが第1番目の危機です。それを回避するために、銀行は国債保有比率
を長期からどんどん短期に切り替えていますね。
第2は、政府自身が利子を返済できないという状態、すなわち政府自身がデフォルトす
る可能性です。こうしたデフォルトを回避するためには、金利を抑えなければならないと
いうことで、現在、日米欧で量的緩和という政策をとっているわけですが、これが行きつ
くところが、ハイパーインフレになるという第3の可能性です。現在、こうした 3 つの破
局のいずれかの状態に追い込まれているわけです。こういうところをきちんと認識してお
かないと、次の戦略が考えられません。
4)消費税を上げても債務は増大する
実際、こういう状況であるにもかかわらず、日本政府がやっていることは、消費税を上
げて債務の累積的な増大を解消しようというのです。信じられないことをやっています。
ギリシャなどが最初にやった Austerity 緊縮財政政策、歳出カットは失敗しているので、
それをやることはできず、増税によってやるしかないということで、この 4 月から消費税
を 5%から 8%に引き上げましたが、そうなってくると、確実に長期不況に突入します。
これは 100%確実です。欧米の経済学者はこうした不況を Fiscal Cliff 財政の崖と呼んで
いますが、そういう状況になってしまいます。
それを避けるために、最後に残された唯一の禁じ手が、金融緩和なのです。金融緩和と
はどういうものかと言えば、日銀がマネタリーベースを増やして、それによってマネーサ
プライを増やして、経済を刺激する、という政策です。しかしながら、日銀のマネタリー
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ベースのうち、日銀券発行高はだいたい 80 兆円で一定しているので、それに代わって日
銀が国債等を銀行から 100 兆円以上も買い増して、日銀当座預金のほうを増やしているの
です。その結果、マネタリーベースは急激に増え続けて、今や 200 兆円を超えています。
これによって、あわよくば、マネーサプライを増やして、経済の潤滑油を増やし、景気の
後退を解消しようということを目指しています。しかし現状は、このようにしてマネタリ
ーベースは増えているのですが、残念ながらそれに伴うマネーサプライや銀行貸し出しは
全然増えていません。これまでの経済理論では説明できないことが起きているのです。
5)金融緩和が有効に働かない
日本は平成元年ぐらいから、世界に先がけて量的緩和を始めたのですが、結局は国内の
銀行貸し出しは増えないどころか減りました。マネーサプライ、ここでは M2 と言ってい
ますが、これも増えない。マネタリーベースは中央銀行である日銀がコントロールできる
政策変数なのですが、それをいくら増やしても、経済全体のマネーサプライは増えないと
いうことが起こっているわけです。これは日本だけではありません。その後アメリカも 10
年遅れで、リーマン・ショックの後、マネタリーベースを増やすという金融緩和の政策を
とり、その結果、アメリカの連邦準備制度のマネタリーベースは 3 倍に増大しました。し
かし、肝心の銀行のローン、マネーサプライは全く増えないのです。こういう状況はこれ
までの経済理論では説明ができません。信じられないことが起こっているのです。
こうしたことは日本や米国だけではなく、イギリスもしかり、EU もしかりです。マネ
タリーベースのみが中央銀行のコントロールできる政策変数なので、ここを増やせば、従
来であればマネーサプライ、銀行の貸し出しが増えるはずなのですが、日米欧でそれらが
増えないという、イレギュラーな状態に追い込まれてしまったのです。そういう意味で、
策が尽きたと言えるのが現在の状況です。
6)アメリカ連邦準備制度の罪
そういう状況の中でニューヨークタイムズに掲載された、連銀で働いていた前職員のコ
メントが注目されました。「私はアメリカ人に謝りたい。前連銀職員として、QE、つま
り量的緩和がアメリカ経済の回復に役立つと思ってきたが、実際には量的緩和はメインス
トリートを助けなかった、米経済を助けなかった。連銀の量的緩和政策は、ウォール街を
背後のドアから助けるための政策に過ぎなかった」と告白したのです。すなわち、量的緩
和はウォール街の銀行を救済するのみで、一つも米国の経済の刺激には役立たなかった、
ということがアメリカでも内部告発的に指摘されたのです。
翻って、日本を見ますと、つい最近の 5 月 15 日の朝日新聞の記事によると、3 メガバ
ンクはリーマン・ショック後の最高益を実現し、量的緩和で一応日本も景気が良くなった
ように見えているが、大手銀行の国内貸し出しは伸び悩んでいる状況だというのです。す
なわち量的緩和は米国同様にメガバンクを利するのみで、日本経済を助けてないというわ
けです。ここら辺のことを、量的緩和も袋小路に陥っているということを、きちんと理解
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しておく必要があると思います。
大雑把にここまで見てきましたが、これまで世界は、第一次世界大恐慌と第二次世界大
恐慌の二つの世界大恐慌を経験しました。その結果、債務危機が回避できない状況に陥っ
ています。最後の手段、禁じ手としての金融緩和、QE も機能しないということで、現在
の債務貨幣・金融システムが、ことごとく崩壊していると言えます。
こういう危機的状況をどれだけの人が認識しているかということです。一部の政策担当
者たちは非常に強く感じだしてきています。だから、今のままの金融システムではだめだ
ということで、次に提案する「公共貨幣システムでしか救えない」というところに認識が
深まりつつある人も徐々に増えてきています。
5.債務貨幣システムを見直す
1)貨幣とは何か
公共貨幣システムを説明する前に、金融・債務危機をもたらした債務貨幣システムとは
どういうものであるのか、ということをもう一度簡単におさらいしておきます。お金とは
何か、という話になります。皆さんには釈迦に説法ですけれど、我々が通常イメージでき
るお金は現金通貨といわれるお金で、政府貨幣、すなわち 1 円玉から 500 円玉までですね、
それから日銀が発行している千円から一万円までの日銀券からなっています。ところが、
現実にはこれ以外にこうしたお金から信用創造された預金通貨というのがあります。これ
は実体を伴わない、銀行のコンピュータの中にあるデジタル数字なのです。数字だけなの
で、コンピュータが全部壊れてしまえば消えてなくなってしまうお金なのです。こういう
2 種類のお金が、我々が交換する時に用いているお金です。すなわち現金通貨、それから
派生する預金通貨ですね。
それでは我々が今生活している経済の債務貨幣システムはどういうシステムなのかと言
うと、今お話ししましたように、流通通貨として商品を買える政府貨幣と日銀券、それか
ら預金通貨からなり、その比率は、政府が発行しているコイン、政府貨幣は、わずか 4.5
兆円で、1 パーセントにもなりません。次に日銀が発行しているお札は、現在は 86 兆円
くらいに増えていますが、1 年前は 75 兆円で、約 13~14%です。日本ではまだ日銀券の
利用者が多いのですが、欧米では銀行券は 3%を切っています。それ以外の預金通貨はす
べてコンピュータの中にあるデジタル数字になっていて、日本では貨幣供給の約 85%、
欧米では約 97%を占めています。
2)信用創造のメカニズム
ではこうした通貨は誰が発行しているのか、ということですが、もちろん政府貨幣は財
務省、造幣局が発行しています。日銀券は日本銀行が発行しているわけですが、それでは
日本銀行はどういう銀行かと言うと、これが民間銀行なのです。ところが、経済学のテキ
ストには、中央銀行は政府の銀行であるということで、そこから先の説明は一つもありま
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せん。連邦準備制度というのはアメリカの中央銀行であるとありますが、100%民間所有
の民間会社であるとはどの教科書にも書いてありません。そういう教科書を書くとまず、
出版されません。出版社、メディアは、すべて銀行のオーナーによって牛耳られています
から、そういう教科書は出版されないのです。というわけで、中央銀行は政府の銀行であ
るという神話が、いまだに横行しています。日本でも日銀は政府の銀行であると一般の人
は信じていますが、日本政府は 55%しか所有していません。残りの 45%は民間所有の民
間会社なのです。
このように約 85%、欧米だと 97%のお金、預金通貨は銀行が無から信用創造している
のです。ここが重要なポイントです。信用創造といっても我々が教科書で習った信用創造
というのは、まず預金者がお金を銀行に預けて、銀行はその一部を準備金として中央銀行
に預け、残りを貸し出す。次にその貸し出したお金がまた銀行に戻ってきて、それが積も
り積もって何倍かの預金通貨になるという風に教えてもらっています。ですが、こうした
これまでの経済学の教え方は 100%嘘だということを、色々な人が最近主張し出しました。
特に、Dr. Michael Kumhof という IMF のマクロ経済モデリングの研究者が大々的に言い
出しました。つまり、教科書に書いてある信用創造のメカニズムは全部嘘だというのです。
それでは実際はどういう風に信用創造されているかと言うと、企業がお金を借りに来た
ら、まずその金を信用創造で貸すわけです。勿論、利付きで。具体的にはその企業の預金
口座に貸し出し額をデジタル入力するのです。貸し出し分に対応する法定準備金が不足し
ていたら、後から他の銀行から借りてきて積み上げるのです。したがって、常に資金需要
に追い込まれている企業は、銀行とは対等のお付き合いができません。銀行が常に優位に
立っているというのが信用創造のメカニズムなのです。ここのところをまず押さえておく
必要があります。
ところが、銀行優位のこうした債務貨幣メカニズムは教科書では一切教えてもらえませ
ん。そんなことを教えると、今でもアメリカの大学では職が保証されません。実際問題と
して、大学から追われる身となり、失職するのです。だから、ノーベル賞受賞経済学者の
クルーグマンは「こういうところはできるだけタッチしないほうがよろしい」と堂々と
MIT の院生に忠告しているそうです。こんなことを研究するとアメリカの大学では仕事が
ないよ、というのです。そこまでひどく偏った分野に押し込まれているのが経済学です。
この 7 月にオランダで開催の国際システムダイナミックス学会で発表する、私の最新の
研究成果からそれをわかりやすく説明してみましょう。ここにマネタリーベースというの
がありますね。マネタリーベースというのは、一部は先ほど見たように、現在流通してい
る約 80 兆円の現金と日銀の準備金の合計で、現在約 200 兆円に増加しているのですが、
このうちの準備金をベースにその何倍、何十倍ものローン、企業貸し出しをするわけです。
これが信用創造と呼ばれる預金通貨になるわけです。ところが、この預金通貨というのは、
経済が必要とすれば膨れ上がります。金融投資のような非生産的な需要でも、株とか不動
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産にどんどん回ります。そうやってマネーサプライは膨れ上がりバブルとなりますが、バ
ブルはいつか必ずはじけ、縮みます。したがって、この部分のマネーサプライというのは
増えたり減ったりするのです。こういう不安定的要因があります。
これを明確に指摘したのが、1930 年代に活躍したアメリカの有名な貨幣数量経済学者
のアービン・フィッシャーという人です。こういう信用創造があるから、好・不況という
のはなくならないのである、と。”Booms and Depressions” の元凶(root cause)という
のは、この信用創造の部分にあるので、それをなくして、100%マネーにしないと、好・
不況の経済変動の鎖からは逃れられない、と主張したのです。私が提唱している公共貨幣
というのは、こういったフィッシャ−の考え方に基づいているわけです。こういう風にし
てフィッシャ−は、1913 年にできた連邦準備制度自身がアメリカの好・不況の波の元凶で
あると主張したのですが、残念ながら彼の考え方はその後、経済学の世界から抹殺されて
いってしまいます。ノーベル賞受賞経済学者のフリードマンも、フィッシャ−より先にシ
カゴプランを最初に提唱したシカゴ大学のサイモン教授グループの薫陶をうけて、100%
マネーの有効性を同様に主張したのですが、不思議なことに経済学者としての名声が高ま
るにつれて、彼はピタッとこの部分の主張を口にしなくなりました。
3)連邦準備制度は諸悪の根源
こうした状況の中、勇気あるロン・ポールという共和党の議員が、2009 年に連邦準備
制度は「諸悪の根源である、これを廃止しなさい」というラジカルな本を出版するのです。
その 2 年後、『連邦準備銀行を廃止せよ』という表題で日本語訳が出版されました。ここ
に Amazon からピックアップした同書の内容の一部があります。「なぜ中央銀行が諸悪の
根源なのか? なぜ中央銀行は廃止されるべきなのか? 全米で大旋風を巻き起こすロン・
ポール、日本のマスコミが絶対にニュースにしない、その過激ながらも、極めてまっとう
な経済論」という風に紹介しています。ロン・ポールはこの本の中で、「連銀こそがアメ
リカ経済の諸悪の根源であるから、これを廃止せよ」と警鐘するのですが、そのようなこ
とを公に言ったら、議員職を追われるか、暗殺されるか、米国の歴史ではそういうことし
かこれまでになかったにもかかわらず、この議員は勇敢にもそう主張したのです。
その彼が、2009 年に連邦準備制度情報公開法案( Federal Reserve Transparency Act )
を議会に提出します。1回限りの監査ということでラッキーにもこの法案が成立し、GAO
(Government Accountability Office)が、歴史上初めて、連邦準備制度の監査をするこ
とになります。1913 年の設立以来、これまでの 100 年間にわたり、誰からも監査を受け
入れなかった連銀に初めて、日本で言う会計検査院の監査が入ることになったのです。そ
の結果、驚くべき事実が 2011 年 7 月に公表されました。すなわち、2007 年の 12 月、つ
まりリーマン・ショックの 10 ヶ月前から、リーマン・ショック後の 2010 年の 7 月まで、
連銀のバーナンキ議長が密かに 16 兆ドルのお金を銀行に融資していたということが暴露
されたのです。アメリカ政府の 2011 年 7 月現在の政府債務残高 14 兆ドルよりも大きな
12
額を、わずか 3 年間で銀行に融資という形でばらまいていたのです。どんな銀行にばらま
いたかというと、シティ・コープ、モルガンスタンレー、メリルリンチといったアメリカ
の銀行だけではなく、バークレイズ、ロイヤル・バンク・オブ・スコットランド、ドイッ
チェ・バンク、UBS、クレディスイスといったヨーロッパの銀行にもばらまいていたので
す。
なぜアメリカの連銀が、ヨーロッパの銀行にこれだけ融資をするのでしょうか。喩えて
言えば、日銀が、アメリカやアジアの銀行に融資するようなものですね。こんなことは 100%
ありえません。それを連銀がやっていたということが暴露されたのです。そこら辺から、
「私たちは 99%である」という運動、オキュパイ・ウォールストリート(ウオール街を
占拠せよ)というデモの「のろし」が全米各地であがるわけです。ウォール街のやり方に
対する「のろし」です。ロン・ポールによって議会に提出された連邦準備制度情報公開法
によって、今まで誰も知らなかった銀行の暗部がこのようにして暴露されたのでした。
それと時を同じくして、スイスのチューリッヒ工科大学の研究者 3 名が、“The network
of global corporate control”という論文を 2011 年に発表しました。これも瞬く間に世界に
広がっていきました。内容は、世界 194 カ国から 3,700 万の会社を分析したところ、その
うち 1,300 万のオーナーシップ、つまり所有形態のリンクが浮かび上がってきたというの
です。その中から今度は OECD の基準に従って、43,060 の多国籍企業を選び出し、コン
ピュータによるシミュレーション分析をしたのです。その結果、上部のほうに、わずか 1
パーセントに満たないオーナーのグループがいて、その次に、お互いに経営陣に参加、相
互乗り入れしている役員が支配しているコアのグループがいて、それも確認できて、1 パ
ーセントに満たないということがわかってきたのです。こういうグループが残りの企業を
全部、株で支配しているという構造が見えてきたのです。具体的には、コアの部分の 146
の企業が取引の 40%を支配しており、それを 737 社に拡大すると、実に世界の取引の 80%
を支配しているというのです。今までは、こんな主張をすると、陰謀論だと一蹴されてい
ましたが、陰謀論でも何でもない、実際に OECD のデータに基づいて科学的、客観的に
分析した結果、こういう支配構造が見えてきたと、この論文の研究者は結論づけるわけで
す。これがつい最近の研究成果なのです。
4)連邦準備制度が救済した世界の銀行
こうした研究から、世界経済を誰が支配しているのか、という支配構造が見えてきたと
いうことです。本日はあまり時間がないので詳細は省きますが、そういう企業の中には、
アメリカの JP モルガン、ヨ—ロッパのグループ、日本の三菱 UFJ、野村、住友三井とい
った名前が出てきます。同論文では、こうした分析に基づいて、ネットワークを支配して
いる企業のリストを上位 50 まで公表しています。それによると、1番がバークレイズ
(Barclays)というイギリスの金融会社で、4.5%の取引を支配しています。さらに上位 3
社で 43,060 の多国籍企業の約 10%の取引を支配しており、上位 10 社で約 20%の取引を
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支配していることがわかります。インターネットで公開されていますので、興味がありま
したらぜひご覧ください。そのリストの中で、私が赤線で囲ったなんと 9 つの企業、これ
が先ほどロン・ポールが情報公開法で暴露した、米連銀がリーマン・ショック以後に救済
した銀行なのです。米連銀に救済された銀行が、世界の経済を支配しているということに
なるのです。
今までこんなことを言うと、陰謀論だとか、あいつは頭がおかしい、と言われたもので
すが、こうした支配構造は科学者が実際のデータに基づいて、実証分析してわかってきた
ことなのです。陰謀論とはまったく関係がないと論文の著者自身が明言しています。こう
いうところまで研究者が科学的に実証分析してきたわけです。しかも世界経済を支配して
いる上位 100 数社のほとんどが、金融、銀行、投資銀行で、中にはキャピタル・グループ
という得体のしれない投資グループもあり、個人投資家も入り込んでいると思われます。
論文の著者は、こうしたコアグループを、スーパー・エンティティ、つまり領土がない
けれども国家のように行動している実体(Entity)と表現しています。Entity の例として、
国連でも認めている Sovereign Entity という仮想国家があります。有名なところでマル
タ騎士団という、領土はないけれど世界の約 100 ヵ国が認めている国があります。こうし
た世界を支配する銀行のオーナーの多くがマルタ騎士団だということも最近ネット上で暴
露されてきています。インターネット情報ですから、どこまで信じていいのかわかりませ
んが、いずれにしろ、こうした情報がネットを通じて急激に広がっている、という状況で
す。上で述べてきたこうした 2 つの公開情報を分析すれば、世界経済を支配しているのは
超銀行グループであるが、彼らといえども、リーマン・ショックのような金融大恐慌の際
には、米連銀等からの融資のサポートが得られなければ生き延びられないというところま
で追いつめられてきているということがわかってきます。
6.貨幣システムの変換―公共貨幣システムへ
1)アダム・スミスによる貨幣の洗脳 それでは、現行の債務貨幣システムに代わるシステムはあるのか、ということですが、
私がたまたま出会ったのが 756 ページの大著:Stephan A. Zarlenqa 著の “The Lost Science
of Money” です。著者は American Monetary Institute を設立した人です。その本の中で
彼は以下のような分析をしているのを知り、私は愕然としました。「我々は経済学の父と
言われるアダム・スミスによって、金とか銀が貨幣であると徹底的に洗脳されている。な
ぜかというと、金とか銀は交換しようとすると、誰にでも受け入れられるし、価値の単位
でもあるし、貯蔵もきく。だから、金とか銀とかいう金属が持っているそうした性質で、
金や銀が貨幣となるのであると思い込まされている。しかし実際にはそうではなく、アリ
ストテレスが 2,000 年前に明言したように、「貨幣は法律によって貨幣となるのであり、
そのものの持つ物質の性質によって貨幣となるのではない」のである。そして一旦貨幣と
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なれば、交換手段となり、価値の単位となり価値保蔵手段となるのである。アダム・スミ
ス以来、我々はまったく本末転倒した貨幣の概念を、経済学によって洗脳されてきたので
ある」。
そうした洗脳の結果、現行の債務貨幣システムでは、民間銀行である中央銀行が貨幣の
発行権を持っていて、そうして発行した数%の貨幣を基にして 97%の貨幣を、アメリカ
ではドルを、イギリスではポンドとして民間銀行が無から信用創造しているのを当然のこ
ととして疑わないのです。その結果、既に見てきたようにマネーを支配する銀行が世界の
経済を支配するという構造ができ上がっているのです。従って、こうした債務貨幣システ
ムを変えるということは、システムの大変換となるので一見大変そうにみえますが、実は
非常に簡単なのです。
2)公共貨幣システムの3条件
第1の条件は民間が所有している中央銀行を 100%政府所有の銀行に変えるということ
です。日本だと 55%を政府が所有している日銀を、100%政府の所有にしてしまうという
ことです。2 番目は民間銀行が 100%信用創造をできなくする、つまり、お金、貨幣とい
うものは、政府が流通に投下したものだけが貨幣であって、それを基に民間銀行が信用創
造をするということをさせなくするということです。第 3 の条件は、経済が成長するのに
必要な貨幣、あるいは福祉等に必要な貨幣の供給はすべて政府が責任をもって流通に投入
するということです。こうした 3 つの条件を満たすようにするだけで、すばらしい世界が
生まれてくる、というのがこの公共貨幣システムです。
この公共貨幣システムの下で経済はうまく機能するのかということに興味を持ち、私は
システムダイナミックスの手法を用いて、マクロ経済モデルを組みました。シミュレーシ
ョンの結果は驚くべきものでした。
3)公共貨幣の実例
その説明に入る前に、公共貨幣の実例を簡単に考察しておきましょう。事実、貨幣とい
うのは歴史的には信用創造されない貨幣、公共貨幣がずっと使用されてきたわけです。日
本では貨幣という漢字が意味しているように、貝殻(貨)とか絹(幣)が貨幣でした。そ
れらはコピーできませんね。しかし、いつしかそれが信用創造による信用通貨に変わって
しまったのです。
公共貨幣の代表的な例は、南北戦争のときにリンカーン大統領が発行したグリーンバッ
クスです。これは 1862 年に米政府が発行した公共貨幣です。時を同じくして、日本で明
治維新が起こるわけですが、その時も新政府は貨幣がなくて困っていました。そこで坂本
龍馬と由井正雪が提案して、1868 年に太政官札が発行されました。このように、国家存
亡のときに、政府が公共貨幣を発行して国を救っているのです。今の日本は、原発事故あ
り、放射能汚染あり、不況ありで、まさに国家存亡の危機に直面していますね。こうした
時期に予算がないからと言って政府が手をこまねいているということは許されません。そ
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うした今だからこそ、政府が貨幣システムを変えて、公共貨幣を発行して、国を救うべき
であるというのが、私がここで提案している公共貨幣システムなのです。
4)公共貨幣システムのシミュレーション
時間的制約ではしょりますが、実際問題としてシステムのどこを変えるかということで
すが、今までは政府は民間に国債を買ってもらって予算を充足していたのですが、その結
果、政府が借金すると、すべて負債の部に債務として入りました。そこで借金を複式簿記
の負債の部ではなく、公共貨幣の発行として純資産 Equity の部に入れるのです。そこを
変えるだけで、すべてが上手くいくのかどうかをシミュレーション分析したのです。同時
に中央銀行の資産・負債の部の勘定もそれらに対応するようにして、マクロ経済のモデル
を組んでやったのです。会計システムダイナミックスという私が新たに開発した分析手法
を用いて、マクロ経済モデルを構築したところ、方程式が 800 本ぐらいになりました。こ
うしてシミュレーションをしたら、驚くべき結果が出てきました。世界で初めての研究成
果です。こういう形で、貨幣を含めたシミュレーションをしたのは、私の研究が最初です。
政府は自ら公共貨幣を発行して、民間銀行に信用創造させない。国債は満期がきたもの
から公共貨幣で償還する。ただ、それだけの簡単なシステムに変えるだけで、政府は債務
を完済できるということがわかったのです。債務返済を、消費税増税とか、ギリシャのよ
うな緊縮財政とかでやると、必ず「財政の崖」という長期不況に突入するのですが、こう
した公共貨幣システムでは、そういう崖も生じない。それから GDP ギャップも生じない。
失業も引き起こさない。そして、賃金も下落しないのです。さらに、政府が公共貨幣を発
行して、経済を持続成長させていくわけですから、勿論インフレも起こりません。世界同
時不況も引き起こしませんし、従って、外国の失業も引き起こしません。シミュレーショ
ンの結果だけですけれども、このような驚くべき結果が出てきたわけです。
5)公共貨幣システムの導入
こうしたシミュレーション結果を 2011 年 7 月にワシントン D.C.で開催のシステムダイ
ナミックス国際学会で報告した際に、民主党の大統領候補に2回なった著名なデニス・ク
シニッチ国会議員から、私の研究成果を、ぜひ米国議会ブリーフィングの場で報告してく
れと依頼されました。そこで上述のようなシミュレーション結果、即ち「増税なしでも不
況、失業、インフレを引き起こさずに、政府債務は完済できる!」という話をしてきまし
た。またその翌年のシステムダイナミックス国際学会では、アーヴィング・フィッシャー
が提唱したような「好況・不況の元凶も除去できる。それによって所得格差も解消できる!」
といった貨幣改革の効果もシミュレーションで確認し、研究報告しました。
このようにまさに、信じられないような経済効果が公共貨幣を導入することによって得
られるということがわかってきたのです。クシニッチ議員は、私の議会ブリーフィング直
後の 2011 年 9 月 21 日に、上述の公共貨幣システムを内容とする NEED Act、National
Emergency Employment Defense Act、国家非常事態雇用確保法 (H.R. 2990) という法案
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を議会に提出しましたが、残念ながら通りませんでした。私たちは現在、日本でこれに似
たような「公共貨幣法」をつくって、超党派議員立法として国会で成立させていただき、
日本の国を救い、日本経済を活性化させたいと念願しています。これからそのためのアク
ションを起こしたいと思っています。
最後に、マネタリーベースとマネーストックの図を用いて、2 つの貨幣システムの違い
を確認しておきましょう。現行の債務貨幣システムは、マネタリーベースと、それに立脚
して信用創造された預金通貨からなるマネーストック(M1 や M2)で経済取引が行われ
ているのですが、信用創造に立脚したマネーストックは常に不安定となり、これがバブル・
好況・不況の原因になるのです。一方、公共貨幣システムにすると、信用創造をなくしま
すから、この部分のマネーストックがなくなって、流通する貨幣はすべて政府が発行する
公共貨幣となります。即ち、図表にあるマネタリーベースとマネーストックのグラフが1
つに合体され、その結果、信用創造による膨張・バブルや、信用収縮によるクレジット・
クランチもなくなり、これまでのような好況・不況もなくなります。しかも、政府が公共
貨幣総量を直接コントロールしますから、インフレもなくなります。そういうことがシミ
ュレーションから結論されたのです。
これまで1パーセントの人が富を独占していた世界から、我々100%、また将来世代に
「つけ」を残さないということで「将来世代を含めて 120%の皆が幸せになれるのが公共
貨幣システムシステムだ」というようなキャッチフレーズで、これから一般の人に理解し
てもらおうという運動を始めようとしています。
7.まとめ-今こそ貨幣改革の時-
まとめますと、これまでの経済システムは、アダム・スミス以来、ずっと貨幣のシステ
ムでいうと、利付き債務貨幣システムが支配してきたのです。この債務貨幣システムはリ
ーマン・ショックの第二次世界大恐慌以降、すでに「システミック危機」の状況を迎えて
います。なぜかと言うと、天文学的に膨れ上がっていく政府債務を解消するためには、こ
のシステム自体を壊さなければならないというところまで追い込まれているからです。5
年先か、10 年先かわかりませんが、現在の債務貨幣システムは確実に破たんします。そう
した現実の変化に対応できる経済理論がないから、ゾンビ経済学と言って、第二次世界大
恐慌でこれまで 2 度にわたり否定されたはずの新古典派の経済学がゾンビのごとくゾロゾ
ロと復活してきているのです。経済学者も新しい代替理論がないので、以前の理論を用い
て、ゾンビ研究を行わざるをえないのです。私の近著 “Money and Macroeconomic
Dynamics, 2013” はまさにそうしたゾンビ経済学に代わる代替理論を提供することになる
と信じています。この代替理論が世界で初めて、これまでの経済理論に代わる新しい経済
分析のフレームワークを提供することになると信じたいと思っています。大げさですけれ
ど、歴史の審判を仰ぎたいと思っています。後世の経済学者の判断を待ちたいと思います。
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なぜかと言うと、方法論的には、自然科学の基礎である微分方程式(システムダイナミ
ックス)と社会科学の基礎である複式簿記会計を融合した、会計システムダイナミックス
という強靱な分析手法を取り入れているからです。経済理論的には、第1に、ケインズの
不均衡分析というのをベースにしているからです。もちろん、新古典派の均衡を包括した
不均衡分析ですね。第2に、これまでタブーとして無視されてきた貨幣改革、これを分析
の中心に取り入れているからです。ケインズ理論と貨幣改革の理論は、1929 年の第1次
世界大恐慌の 6〜7 年後に現れました。いずれもこうした世界大恐慌を二度と起こさせな
いためにという当時の経済学者の熱い願望が、経済学の新処方箋として提案されたもので
した。私の理論も偶然ですが、2008 年の第二次世界大恐慌の 5 年後に現れました。経済
学者としての私の思いも、彼ら先輩経済学者と同じものです。
時間がないので詳細はお話しできませんが、今ではウォール街やメインストリートの経
済学者たちですら、1930 年代の貨幣改革をもう一度呼び戻さないと、経済システムはも
たないというところまで追い込まれていると言うのです。第一次世界大恐慌後にえられた
二つの教訓(ケインズ不均衡理論と貨幣改革論)を統合したのが、私の研究です。本日は
著書のサンプルを持ってくるのを忘れましたが、アマゾンから購入できますので、興味の
ある方はぜひお読みいただければと思います。
再度強調しますが、現在の危機的な状況を克服するためには、現行の債務貨幣システム
を変えてやるしかないということです。過去 250 年続いてきた資本主義、銀行による金融
支配の桎梏から逃れて、皆が幸せになれる公共貨幣システムをつくるのだ、今こそその時
だ、そういう時代に来ているということです。そのために皆さんと今後一緒に活動できれ
ばうれしい限りです。実際、この貨幣改革は、アメリカ、イギリスで盛んになってきてい
ますが、オーストラリア、ニュージーランド、スイス、ドイツ、イスラエル等にも、どん
どん広がっています。一度、新しいシステムをトライしてみようではないかと言って。メ
インストリートのファイナンシャル・タイムズ等でさえも、シカゴプランを論調し始めて
います。
本日は1時間と時間が限られており言葉足らずとなりましたが、私の Web サイトで「公
共貨幣(シカゴ・プラン)で輝く日本の未来」というタイトルで、同様の内容を3時間か
け て た っ ぷ り 話 し て い ま す の で 、 以 下 の YouTube の 動 画 を ぜ ひ ご 覧 く だ さ い
(http://www.muratopia.org/Yamaguchi/MoneyForum-j.html)
以上、今朝は、私が過去 40 年にわたり悪戦苦闘してたどり着いた経済学の研究成果を
取り急ぎ紹介させていただきました。皆さんとこのような形で共有させていただける機会
をお与えいただいたことを大変光栄に思っています。ちょうど 1 時間となりましたので、
あとは皆さんからのご質問にお答えしたいと思います。ご静聴ありがとうございました。
(長沢美沙子記 山口薫氏補筆)
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Ⅱ 質疑応答
多島:山口先生、本当にありがとうございました。まことに今までにない発想で、もう既
にあるようでございますが、我々に、なかった話として、極めて斬新な非常に革新的なお
話を承りました。
今日は大変ありがたいことに、伊東光晴先生もお見えでございます。これから Q&A セ
ッションに入らせていただきます。活発なご議論ご意見の交換をお願いいたします。
二宮:私は工学部出身です。非常にくだらない質問をしますが、先生のお話を伺っている
と、社会主義に還るのではないかという風な気になったのですが、いかがでしょうか。
山口:実は、昨年 11 月に東洋経済が主催の「経済倶楽部」でこういう話をさせていただ
いた時に、元日銀の理事の方から「あなたの言っていることは、社会主義ではないでしょ
うか」という質問が出ました。皆さんもその様に感じられるのかなと思いました。公共貨
幣という名前からそう連想されたのかもわかりません。
根本的に違うのは、銀行業務は今までと同じで全く民間ベースで、一つもタッチしない
のです。お金の発行だけを政府は責任を持ってやるということなのです。民間銀行には今
までと同じでどんどん競争をしてもらいたいですし、効率化することにより資金も中小企
業に回っていくということになると思います。ただ、これまで民間銀行が牛耳っていた貨
幣を無から信用創造する部分を、勝手に民間銀行が貨幣を創造するようなことを許さない
ということに変えるだけです。企業は常に資金不足に陥っています。売上げのうちの原材
料はコストで回収して、賃金を払って残った部分は金利として払い、その残った部分を利
潤として投資等のために留保しようとするわけですが、最近では株主に配当をどんどん持
っていかれます。すると企業の経営者としては企業を存続させるためには投資活動をせざ
るをえないのですが、投資資金がないという状態になります。ということで、今の資本主
義の企業は必然的に資金不足に陥っているわけです。その資金をどうするかと言うと、銀
行に調達に行くわけです。その時に銀行のほうは現金ではなく、1億円を借りにきたら、
預金通帳に1億円を入れてあげるというふうにして信用創造するわけです。そういう無か
らお金を創り出す権利を持っています。ですから、銀行と企業は対等に話し合っていて、
その結果、企業には必要な資金が流れていると経済学で教えるのですが、全くの嘘で、銀
行のさじ加減一つでこの企業には融資して、この企業には融資しないという、銀行にはそ
ういう権限があるのですが、これがなくなるということです。産業界はもう少し力をもっ
て銀行と対等になり、銀行は有効な投資先を見つけて資金を投資していくというシステム
に変わるということです。アメリカでの貨幣改革会議でもよく指摘されることですが、貨
幣改革は貨幣発行権を政府に戻すだけであり、銀行ビジネスは民間のままで、何も変わら
ないのです。
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アメリカでは最近パブリック・バンキングという考え方を主張するグループがあり、影
響力を拡大しています。ノースダコダ州には、州自身が所有する有名なノースダコタ銀行
があり、税金やローンのサービスを、こうしたパブリック・バンキングとして住民に提供
しています。州の企業もこうした州の銀行から融資を受けられるのですが、そうしたパブ
リック・バンキングとよく勘違いされることがあり、社会主義的だとの印象を与えるのか
もしれません。公共貨幣システムはこうしたパブリック・バンキングとはまったく異なり、
銀行はすべて民間のままで、その業務に政府は一切タッチしません。従って社会主義では
100%あり得ません。逆に、もっと銀行間の競争が激しくなって資金のより効率的な配分
が行われるという意味で、より経済が効率化し活性化してくると私は考えています。
矢野:どうもありがとうございました。丹羽春樹さんという京都の方が、「紙幣に対する
日銀は発行権を持っている。政府が発行できる貨幣は負債に充当させるために発行させる
という形でやればいい」と言い出したのは 10 年前です。そのことは、かなり浸透する途
中で止まってしまった。それはどういうことかと言うと、需要という問題点に関して、お
金が要るというのは、需要があるからお金を使うのです。この中で抜けているのは需要で
す。インフレの場合に抑止できるのは需要を抑制することの問題ですから、お金を貸さな
い、金利を上げる、という形で福田財政は抑制したわけです。ところが今は、診断、対策、
目途ということでやると、デフレは資産の劣化を招き、財政を破たんさせる。だから需要
抑制なのです。インフレに対して需要の喚起なのです。需要の喚起にはお触れになってい
ないわけですが、目途として福田財政は、全治 3 ヵ年と断言しました。断言することによ
り、共通認識の意識のフィールドをつくりました。田中内閣の列島改造論の時ですね。そ
の反対をやればいいのですが、反対は需要についてはやっていないのです。それが一点で
す。
もう一つ、支払利息がない社会も今つくってしまったのです。個人に対して。企業だけ
は、受け取れる。配当で受け取る形にしていますから。今、損をしているのは国民だけと
いう形にしてしまっています。このところの接点をどう還流させるのか。企業側には 220
兆円の金がある。国民側は全く受取利息がありません。年金と自分が貯めた金の利息で老
後を賄えるということが破たんしているわけです。これで行くと、需要喚起と個人に対す
る支払利息、その問題に関しては関与されていません。
山口:ありがとうございました。まず、政府貨幣ですが、丹羽春喜先生は孤軍奮闘されま
した。丹羽先生の発想は、どういうことかと言いますと、まず「通貨の単位及び貨幣の発
行等に関する法律」によると「政府は 1 円玉から 500 円玉まで、また千円から一万円まで
の記念貨幣も発行できる。現状でも政府が貨幣を発行できる」ということです。そこで、
GDP の生産能力と現在の需要にギャップがあるのであれば、需給ギャップを政府は貨幣を
発行して埋めればうまくいく、という発想です。現行のシステムはそのままにして、需給
ギャップだけを政府が貨幣を発行して埋めるだけでうまくいくという主張です。私は 100%
20
うまくいかないと思います。1つには、今の民間が信用創造するこの部分のシステムをそ
のままにすれば、どういうことが起こるかということです。例えば日本で財務省が日本国
券を発行したとしますと、丹羽先生はコインでもいいと言っていますが、すると必ず日銀
がインフレを起こしてきます。日銀はまだモラルがあるのでそんな意地悪なことはしない
と信じたいのですが、米国でも政府貨幣を発行すればいいということを言い出している人
がいます。もし、米国でそうすれば、米連銀は確実にインフレを意図的に引き起こしてき
ます。そして、政府が貨幣を発行したからこうなったのだと、インフレの責任を政府に転
嫁してきます。その時点でやはり政府貨幣発行論はインフレを引き起こすだけで、誤りで
あったとの批判を受けます。その結果、政府貨幣発行論は二度と復活できなくなります。
現行の信用創造部分を補完する形で政府貨幣を需給ギャップだけ埋めるとうまくいくと
いうことですが、簡単なケインズマクロ動学モデルによると、均衡達成のためには需給ギ
ャップ分を毎年政府貨幣で埋めることが必要になるので、インフレを惹起する可能性が出
てきます。また、今説明したように、現在の債務貨幣システムから、逆利用されることに
なります。よって、単に政府貨幣を発行するということだけではなしに、根本から貨幣発
行のシステムを変えて、特に、民間銀行に信用創造をさせないということが肝要です。丹
羽先生の理論はそこのところまで踏み込んでいないのです。
日本では政府貨幣という概念が 10 年くらい前から使われだしているので、我々の貨幣
システムを Government-issued Money(政府貨幣)と呼ぶと混同されるかもしれないと
思い、公共貨幣(パブリックマネー)と呼ぶことにしました。アメリカではソブリン・マ
ネーと呼んだらといいのでは、との提言もうけました。日本では、ソブリン債というのが
あり、安全な債権のように見えますが、国が発行している国債と同じことで、消費者は国
債よりも、ソブリン債と言うと、格付けも高く、高金利の安全な債権と勘違いさせられて
いるだけです。ソブリンという響きも良くありません。ソブリンは元々君主と言う意味が
あるのです。ですから私はパブリックマネーという概念を使っていて、今後はそういう名
称で広めていきたいと思っています。そういうことで、今後パブリックマネーという概念
は広まっていくようになると思いますが、違いはそこです。
2 番目として、消費者への需要喚起がどうしてできるかということですが、需給ギャッ
プが生じた時、需要が不足した時には、政府が一部公共貨幣を直接流通に投入することに
より、インフレを引き起こすことなく均衡が回復できるというところまでシミュレーショ
ンしています。本日はそうした公共貨幣政策の詳細をお話しできなかったのですが。しか
も、こうした公共貨幣システムを導入すれば、所得格差もなくなります。今、一番欧米で
問題になっているのは、所得格差なのです。
矢野:日本でも起きています。リーマンの会長が 23 億売ったのですから。金を動かして
金を儲けるという発想です。1985 年のプラザ合意から日本の銀行が変わりました。学ばな
いで、アメリカ型銀行を真似たのです。昔の名前で出ていますという銀行は一行もありま
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せん。三菱東京 UFJ ですし、りそなですし、みずほですし、みずほは、富士銀、勧銀、
興銀ですから。今、銀行は金を動かして自分たちが儲けるということで、ノーマルな銀行
としては、信用金庫のほうがノーマルです。人を守る、企業を守る、育てる、産業を守る、
産業を育てるという発想は日本の大銀行にはありません。需要の喚起はどうやって起こす
かは、政府と民間にとって、金融にとっての大きな課題です。そうでなければお金がなく
ていいわけです。我唯足るを知る、であればいいわけです。
山口:今日は時間がなかったので説明できませんでしたが、公共貨幣を導入すると、二つ
の大きな特徴が出てきます。一つは、金融を安定させるということで、このシステム自体
は銀行にとってもいいわけです。今、多くの都市銀行は国債の暴落に備えて、国債の長短
比率を変える等で防御策を取っています。現在、日本の民間銀行は 500 兆円くらいの普通
預金を持っていて、600 兆円くらいの定期預金を持っています。一方、資産としては 600
兆円くらいの貸出資産を持っています。それに対して 500 兆円は国債の形で持っています。
我々が提案しているのは普通預金の部分だけ 100%担保を持つようなそういうシステムを
考えています。銀行の普通預金の 500 兆円に対して、500 兆円の国債保有額を償還期間が
来るまで公共貨幣とみなして担保するのです。そうすることにより、都市銀行は将来の国
債暴落という危機から自由になるわけで、銀行にとってもこのシステムのほうがベターと
なります。その結果、銀行は預金者から企業に資金を融資するという仲介業務に徹するこ
とができて、本来の銀行業務に戻ることができ、銀行にとってもプラスになります。
二つ目は、政府にとっても、財源がないからということはなくなり、フリーハンドで、
教育、環境技術、福祉、インフラ、福島の原発事故処理から雇用対策等を含めた、全ての
政府予算に公共貨幣を追加的に投入できるようになるということです。しかも、政府が直
接公共貨幣量をコントロールできますから、こうした状況では、ミルトン・フリーマンと
同じマネタリスト的な考え方になるのですが、政府がマネーサプライを 100%コントロー
ルできるようになるのです。現在の債務システムでは、日銀がコントロールできるのは、
マネタリーベースだけであり、日銀はそれ以上はコントロールできないのです。
そして、一旦流通に投下されたお金は流通し続けるわけです。500 兆円のお金が流通に
投入されると、そのお金は消えないで民間の手をぐるぐる回り続けるのです。今の信用創
造による債務貨幣システムでは 500 兆円が 700 兆円になったり、400 兆円になったりしま
す。そうした不安定さがなくなり、それが引き金となるバブルや不況がなくなります。も
し、インフレになれば増税をして資金を引き上げるのです。デフレ気味の時には、資金を
投入して、政府が直接需要をコントロールするのです。ミルトン・フリードマンが提唱し
たマネタリストの貨幣理論に非常に近くなるのです。
ミルトン・フリードマン自身も初期の研究段階では、公共貨幣(シカゴ・プラン)の熱
烈な支持者でした。だからこそ経済成長に見合うだけの貨幣を政府が流通に投入すれば不
況は起きないし、インフレも起きないと主張したのです。まさに私がシミュレーションで
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確認したことです。しかるに、彼は研究者として有名になるに従い、ウォール街との接触
が多くなり、徐々に自分のこうした主張を背後に隠していったのだと思われます。すなわ
ち、信用創造をなくすという部分を、その後、オブラートで包んでしまったのです。
私は、需要が不足した時にはこれだけの公共貨幣を投入すればうまくいくといったシミ
ュレーションもやっています。私のシミュレーションモデルは方程式が約 800 本もあり、
あらゆる経済状況に対応できまるようになっており、公共貨幣による需要喚起の確認もし
ています。
矢野:画期的であることは事実です。
山口:私は単に最初にシミュレーションをしたというだけであり、これから皆さんにそう
評価していただけるようになれば大変光栄です。
髙嶋:どうもありがとうございました。
私が思っているものと、充分に理解できていないというところで、おかしいと思ってい
ることだけ申し上げさせていただきます。
今、国と中央の債務残高が一千兆円を超えたとか、一人当たり 600 万円の債務であると
かの先生のお話で、これが 2028 年になると一千五百兆円を超えるであろうというお話を
されていました。これを一体だれが返すのかなというのが一つです。
毎年の税収に対して約倍くらいの国家予算を組んでいるわけですね。一般会計だけでそ
ういうことですね。すると、税収で賄えない残りの部分は債務としてどんどん積みあがっ
ていきます。これに対して金利がいま安いので 10 兆円位で済んでいるというお話だろう
と思います。こんなことがいつまでも続くはずはないということだけはよくわかります。
すると、このままいくと、我々が一般的に知らされていることは、日本は国債を日本国民
が多く買っているから安心なのだ、と。つまり、一般の国民が一千五百兆円くらいの資産
があるから、それくらいまでは大丈夫ではないか、という話がよく一般的に流れています。
そうは言っても、このままいくと、ハイパーインフレになるかもしれないというお話もあ
り、最終的には戦前の国家で貨幣を全部吸い上げてしまったような、日本の今の国民が持
っている貨幣を紙くずにしてしまって債務をチャラにするようなことをひょっとしたら考
えているのかなという話です。我々にはどういう防御策があるのか、全くよくわかってい
ません。このままではただ何となく良くないという感覚でしかありません。
具体的に公共貨幣システムに、国家が日銀に代わりお金を発行する実体ベースでやれば
ほとんどのものが解決されるというお話でしたが、それも果たしてそういうことが可能な
のかどうなのかわかりません。このままでは良くないが、具体的にどうすればよいか、わ
かりません。その辺を含めて、今後こういう風にしたほうがいいですよ、というアドバイ
スがあれば教えていただきたいと思います。
山口:戦後も徳政令とか、預金封鎖とか、新札発行に切り替えて 1 人何百円しか引かせな
いとかいった強引な措置がとられたことがありました。それらも対策ですが、もし現行の
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債務貨幣システムを維持したままでやるとすれば、理論的にはシステムのリセットしかな
いのです。徳政令を出すとか、戦争です。昨今の世界的政治状況を見れば、国際金融グル
ープは戦争によって金融システムをリセットするという措置を確実に目論んでいるものと
思われます。戦争でリセットすると、申し訳が立つ訳です。我々はそれは非常に困るので、
公共貨幣システムという代案でやろうと非常に急いでいるのです。公共貨幣システムを導
入すれば、ソフトランディングできるし、そのほうがベターな措置であることをシミュレ
ーションで示して、これを理解してもらおうと思っているのです。それが私の答えです。
2012 年の 2 月に、元総務大臣の方が私の研究室を訪れて、「面白いことをやっている
そうだね。私の秘書がロンドンに留学している人から聞いた話なのだが、その貨幣改革の
話を聞かせてくれないか」と尋ねてこられました。そして帰り際に「日本政府は日銀の株
を 55%持っているから、日本こそ一番早く公共貨幣システムに切り替えられるかもしれな
いね」と提言してくれました。私もその通りだと思いました。
日本こそ世界の国々に先駆けて公共貨幣システムに切り替えて経済を活性化していくべ
きであり、日本はそういう意味でももう一度世界に、ジャパン・アズ・ナンバーワンとな
る模範を示す時期に来ているのではないかと思いました。今の日本のような経済状態では、
失うものがないわけですので、公共貨幣システムに切り替えてもこれ以上経済は悪化しま
せんし、しかも、混乱も生じません。むしろ、国債を徐々に返済して債務を完済してゆく
わけですし、インフレも 100%生じないのです。銀行も今まで通りの業務をして、国債の
暴落の危機からも自由になり、より投資効率のいい実物経済に資金を回しはじめます。従
来は信用創造でバブルを発生させて、不動産、株にどんどん資金を貸していましたが、そ
れができなくなり、本来の健全な銀行経営、市場経済の社会に戻ると思います。日本は色々
と言われていますが、今こそ率先して、こういうことを示せばいいのではないかと私自身
は思っています。
多島:残り時間が非常に限られておりますが、伊東先生、コメントがございましたら、お
願いいたします。
伊東:お話を聞きながら思ったのですが、アメリカでは独創的な理論を言わなければ評価
されません。日本の経済学者は独創的な理論を言ったら評価されないのです。誰がこう言
った、彼がこう言った、ということをやっていれば、アカデミズムと言われます。山口さ
んはアメリカ的風土の中で独創的な理論を展開されようという気持ちはよくわかります。
これが第一点です。
第二点に、山口さんのおっしゃる中心は銀行の信用創造を禁ずるということです。これ
以外は、他の人が皆言っています。反論も色々あります。矢野さんのおっしゃった通りで
す。矢野さんの中には色々な非常に重要なことがあります。
ポイントは銀行の信用創造を禁ずるということです。信用創造を禁ずると、今の銀行の
業務のうちの大部分はなくなります。今の銀行は送金手数料で食えるわけではありません。
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預金者の預金を基にして融資をして儲けるというのはほんの一部です。大部分が信用創造
です。結果は、日本の銀行はほとんど潰れます。業務ができない、収益が出ない、という
形になってしまう危険性があります。それは過渡的だとおっしゃるかもしれませんが、銀
行業務は預金の何倍も融資することにより、手形割引でもって儲けているのが、本来の銀
行です。それが行き詰まってしまうのではないか。大収縮が生じます。ここが私の危惧す
るところです。その他に銀行業務は色々ありまして、矢野さんが言う需要コントロールと
か、不平等のコントロールとか、色々なことがありますが、需要のことは矢野さんがおっ
しゃった通りだと思います。
現状分析については、私は同感することがたくさんありました。
山口:非常に貴重なコメントというかアドバイスをありがとうございました。アメリカの
バンカーの方もそういう議論をよくされます。
私の考え方をご説明させていただきますと、まず、銀行は 100%潰れません。逆に言う
と、銀行経営はもっと活性化します。そのことを理解するために、まず銀行業務を、普通
預金と定期預金の2つの部分に分けて考えることが大事です。普通預金については 100%
銀行が保管して、顧客から預かった預金は貸し出さないことに徹するのです。今は金利が
安いですが、その金利を預金者に支払い、その預金を高利で企業に貸し付けて、利ザヤを
稼ぐのが銀行経営の基本ですが、普通預金でそれをやっては駄目だというのがこの貨幣改
革です。利ザヤ稼ぎをやりたかったら、預金者が当分使わないからということで銀行に預
けている定期預金でやるのです。そして銀行は有利な投資先、利ザヤが高いところに投資
するのです。万一、その投資が失敗すると定期預金といえども元本も保証できなくなると
いうことで、定期預金についてはリスクを預金者と分担してもらうようにするのです。
しかしながら、普通預金や取引のための当座預金とかの資金については、銀行は取引を
融通するためのサービスを提供するということで、利子は一切受け取らないし、他に流用
もしません、ということをきちんと保証するわけです。それでは普通預金については利子
収入なしでやるのかと言うと、そうではないのです。普通預金でもコンピュータや ATM
のキャッシュサービスによる取引に関しては、サービス料をチャージするのです。今でも
ATM だと何%かを取られるでしょう。普通預金についてはサービス料を逆に預金者から
頂くのです。サービス料を取られたくなかったら一千万円でも二千万円でも自分の家にタ
ンス預金しておけばいいのです。それが嫌だったら銀行にお金を預かってもらい、サービ
ス料を銀行に支払うのです。サービス料の競争が銀行間で始まります。
そういう意味で、銀行経営を2つに分けて、普通預金についてはサービス料の固定収入
を銀行が得られるようにすると、銀行経営は安定します。国債の保有もなくなりますから、
国債の暴落による銀行の経営の不安定さもなくなります。定期預金の投資については、証
券会社等との競争が激化します。そして定期預金者には、「もし銀行が投資に失敗すれば、
元金も無くなりますよ」ということを理解していただくのです。預金者にも自己責任で銀
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行に定期預金を預ける、という風に覚悟をしてお金を預けていただくようにするのです。
安全な預金と、リスクをともなうが成功すればリターンもある預金、すなわち、普通預金
と定期預金の2つの業務に分けるのです。これが本来の銀行の業務です。このように分け
て経営しますから、銀行の倒産はなくなります。逆に健全化してきます。不動産バブルの
ような、借りたくない地主にもお金を貸すからマンションを建てなさい、銀行が経営して
あげるからといった、あのような滅茶苦茶なバブルは 100%起きないのです。健全な姿に
戻るのです。
この結果、よく欧米の人が口にするように、銀行家の仕事は非常に退屈なものになり、
就職先としての人気は落ちます。それでいいのです。銀行はお金を血流のようにして経済
活動に回す役目をしてくれるだけでいいのです。産業界をどんどん引っ張って、必要な資
金を必要なところに回してあげればいいのです。リスクを取りながらやっていけばいいの
です。本来の姿に戻さないと、今のような金融資本が牛耳っている社会は閉塞してしまい
ます。しかも、メディアから産業界まで全てを牛耳っているのですから、こうした閉塞状
態からいつまで経っても逃れられません。そこを、この貨幣改革によって新しい時代にし
ていこうというのが我々の考え方です。
今、こういう貨幣改革が、従来の金融システムをサポートしていた側からも出てきてい
ます。ターナーという英国の金融庁の長官にあたる人が、昨年、ロンドンのビジネススク
ールの講演で、「今まではこのような貨幣改革をタブー視してきたが、今やタブーの箱か
ら取り出すべき時である」と提言されました。こうした貨幣改革を政策のオプションの一
つとして考察する以外に、今の混乱した金融システムを救済する道はないのだというので
す。そういう状況にまで、彼らも追い込まれてきているのです。ここはもう一度フレキシ
ブルに皆さんで考えていただき、また、建設的なポイントがあれば教えていただきたい。
伊東:ますます銀行業務は小さくなってしまいます。普通預金は、融資の対象にしてはい
けない。定期預金だけだ、と。ところが、日本の銀行がどういうことをやっているか。こ
れは昔の金融論が教えたことなのです。短期資金は短期に、融資に使ってはいけないとい
うことです。しかし、銀行は日本で非常に多い普通預金の一部を政府保証債を買うことに
使っています。政府保証債がなくても、興銀債がありました。ショートしてきたら日銀へ
持っていって現金にしてもらった。いつでも長・短を混在してうまく使っていました。そ
ういう形で普通預金が非常に多くても長期貸し付けの高利回りにすることができるように、
有効利用するのが日本の金融機関です。長・短を分けることは、一応分けなければならな
いということを金融論では教えるのですが、それをうまく運用していく形になっています。
お話を聞いてみると、この業務もできなくなるということです。
山口:銀行の貸し付けは、600 兆円くらいあります。600 兆円は、定期預金の資産で 貸し
付けているわけです。普通預金の 500 兆円は、全部国債で賄っています。その 500 兆円の
国債を公共貨幣で担保するという、そこを変えるだけで、今まで通り 600 兆円の貸出しに
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ついては、そのままです。データを見ていただいたら、普通預金 500 兆円、定期預金 600
兆円、国債保有 500 兆円、銀行の貸し出し資産 600 兆円と、きれいに定期預金が貸し出し
に回っていると、データ上なっています。全額担保の普通預金の 500 兆円のところを国債
を担保とする公共貨幣に換えるだけで、その他は何も変わりません。
多島:ありがとうございました。時間が参りました。
今日は、司会役ですので、代表世話人としての締めの言葉を割愛しようと思いましたが、
一つだけ代表世話人として若干のことを申し上げたいと思います。
山口先生、今日は本当にありがとうございました。色々な議論がなお残りますが、山口
先生のお話の中で一つ、時間がありましたら、また別の機会をいただきたいと思います。
政府貨幣を発行するのは政府であります。国債は順番に消すことができます。しかし、
政府貨幣を発行するということは、政府がお札の制作権を握っていますから、政府はいつ
でも打ち出の小槌を持ちます。小槌どころか大槌を持ちます。大槌を振り続けると、その
大槌をどうやって政府が止めるかの仕掛けは山口先生がお持ちだと思います。もしこれが
有効でなければ、とんでもないことになります。魔法使いの弟子がほうきで水を運ぶこと
になります。その例になりかねないことに私は危惧を持っています。
山口:その通りです。それを規制するために、公共貨幣法のような法律をつくろうと考え
ています。そして、もしインフレになれば、トップが自動的に交代させられるといったフ
ィーバックのかかった法的フレームワークをつくるのです。
多島:ありがとうございました。
(寺園恵子記 山口薫氏補筆)
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