15 718.処女作 独ソの結託を見通す チャーチルの評価に驚喜(第15 15回) 15 日本経済新聞2012.11.19. ピーター・ドラッカー(私の履歴書15 15回) チャーチルが『経済人の終わり』について英紙タイムズに書いた書評 1938年に書き終えた処女作『経済人の終わり』の出版の引受先がなかなか見つからなかったの も、無理はない。 これはファシズムから自由を守るという明確な目的を持つ「政治本」で、結論が尋常でなかった ためだ。ナチスはユダヤ人の抹殺に踏み切り、さらにソ連と手を組むと予測したのである。ファシズ ムと共産主義は水と油で、両者が共同歩調を取るとはだれもがありえないと信じていた。 そんな時、ロンドンで有力な文筆家に会い、『経済人の終わり』の原稿を読んでもらう機会があっ た。ファシズムに対抗するためにソ連の共産主義を是認する左翼だったのに、徹夜で原稿を読み 終えると、共産主義への甘い幻想を捨てたことを打ち明けた。 「これは一級品だ。ニューヨークの出版社には早く出版するよう電報を打っておいた。序文はぼく が書く。これで公然と共産主義と縁を切れるからね」 『経済人の終わり』は翌年の1939年春に刊行された。間もなく英高級紙タイムズに書評が登場。 かねて尊敬していたウィンストン・チャーチルが評者で、英首相に就任する1年前だった。 「ドラッカー氏は、この人のことなら何でも許してあげようという気にさせる文筆家の1人だ。確固と した信念を持つと同時に、ほかの人たちにも刺激的な発想をさせてしまう才能も併せ持つ」 こんな書き出しの書評を目にして、驚くと同時にうれしかった。このおかげで『経済人の終わり』は 英米でベストセラーとなった。刊行から半年後、ドイツとソ連は独ソ不可侵条約を締結し、世界を驚 愕させる。すぐにドイツ軍はポーランドへ侵攻、第2次世界大戦が勃発した。 チャーチルは大戦勃発後に首相に就任。英国軍がダンケルクで撤退を強いられ、パリが陥落する と、軍の士官候補生に与える支給品に『経済人の終わり』を加えるよう指示した。だれかのユーモア によって『不思議の国のアリス』も一緒に加えられた。 『経済人の終わり』に注目した大物はチャーチル以外にもう一人いた。一般誌タイム、経済誌フォ ーチュン、写真誌ライフを創刊した雑誌王、ヘンリー・ルースだ。彼から「感銘を受けた」と記した手 紙を受け取った私は、ニューヨーク市内のレストランで意見交換することになった。 ルースは丹念に私の本を読み込んでおり、鋭い質問をしてきた。一方、一緒にいた著名脚本家の -1- 妻は明らかに本を読んでおらず退屈し、議論をやめさせようとした。 「その『経済人(エコノミックマン)』は『物質人(フィジカルマン)』に取って代わられるのでしょう か?」 この質問に私が絶句したことにはお構いなしに、ルースは話題を切り替えた。 「海外ニュース編集者を入れ替えようと思っていてね。後任は君がいい」。彼が興味を持ったのは 実は本ではなく、私自身だったのだ。 これには心を動かされた。当時のタイムは全国的な世論形成機関と呼べる唯一の存在で、海外 ニュース編集者は若手記者にはあこがれのポストだった。大恐慌の時代に給与はけた外れに高 く、29歳で収入も非常に少なかった私は試しに同意してみた。 No.1(1-300) No.2(301-400) No.3(401-500) -2- No.4(501-700)
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