オフタイム

 病気とはほとんど縁のなかった私が乳がんの告知を受
けたのは 1999 年、52 歳の時だった。突然のことで驚
いたが、すぐに頭に浮かんだのは「がんが私で良かった」
との不思議な思いだった。ただ、数カ月先には日米市長
Health
及び商工会議所会頭会議北九州会議という大型コンベン
ションを仕切ることになっていたため、摘出手術も抗がん
「可能性は無限大」
剤治療期間を逆算して行った。実際に一週間に渡ったコ
ンベンションでは手術の影響で大変な背中の痛みに苦し
んだものの、当時商工会議所をけん引していた会頭の故・
髙田賢一郎氏と副会頭の故・大迫忍氏を始め、多くの関
係者の気配りをいただき何とか乗り切ることができた。
がんを経験して思うのは検診の大切さである。医者か
らは「このがんは 15 年間で成長したもの」と指摘された。
その兆候を感じることはまるでなかったわけだが、今で
は定期検診とは別に、個人で血液検査などを定期に行っ
アウルズ 社長
木下 彰子(66 歳)
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て気を付けている。
がんになって変わったのは、ビジネスを含めて物事を
決断する時の基準である。がんの一番の免疫は「笑うこ
と」といわれていて、現在、私が物事を決断する時は「ど
身 長: 163cm 体 重:60kg 血 圧:130-70 mmHg
酒 量:家でワインを少々
たばこ:吸わない
好 物:何でも食べる
血液型:A 型
うやったら笑えるのか」ということを基準にしている。
ひいては、それは相手との関係が winwin になるという
ことでもある。また、私のモットーは「可能性は無限大」
であるということ。講演にいっても「やろうと思ってや
れないことはない。本気になればやれないことはない」
と訴えている。そのモットーこそが大病を乗り切り、今
も現場を張る活力となっている。
人口密度全国一、競合激化する町で安定的な歯科運営
かとう歯科クリニック
福い説明をして治療し、従業員に働きやすい環境を整えることに徹してきた」(加藤明彦院長)。
岡県志免町のかとう歯科クリニックは「1997 年の開業以来、7200 人以上の患者さんに分かりやす
歯科医院の競合は全国的に激しく、同県内も例外ではない。国が、歯学部を増やし歯科医を大量
に輩出してきた(歯学部数は過去 30 年間一貫して増え、2010 年に歯科医数は全国で 10 万人を
突破。人口 10 万人当たりで見た同医適正数は 50 人といわれるが、現在は 80 人)ためだ。背景
には食生活の欧米化が進み、国民の虫歯の数が急増したことがあるが、
「全国一人口密度が高い町」
である同町でも、歯科医院数は十指に余る。その中、かとう歯科で長期・安定的に堅実運営が続
くのは「診察・治療と労務管理共に、無理をせず将来を見越した体制で臨む」から。基本的に予
約をしてからの診察だが、予約は詰め過ぎない。残業時間は月 3 時間以内に減らし、保育園に通う子どもがいる従業員は
育児休業休暇を取得。有給休暇は計画付与を行い 100%以上の取得率だ。目前の競合に追われるのではなく「患者さん一
人一人、従業員一人一人に丁寧に向き合ってきた」成果が運営状態に表れているようだ。
(写真は加藤明彦院長と院内風景)
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Zaikai Kyushu / FEB.2014