オーストラリアの文化的多様性とJudith Wrightの詩(1)

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オーストラリアの文化的多様性とJudith Wrightの詩(1)
─“Two Dreamtimes”と“For a Pastoral Family”─
A Study on the Cultural Diversity of Australia in Judith Wright's Poetical Works(1)
─“Two Dreamtimes”&“For a Pastoral Family”─
(2011年3月31日受理)
橋内 幸子 佐生 武彦 大橋 典晶 竹野純一郎
Sachiko Hashiuchi
Takehiko Saiki
Noriaki Ohashi
Junichiro Takeno
Key words:Judith Wrightの詩,オーストラリアの文化の多様性,アボリジニーのDreamtimeとDreaming,開拓民と移民文化
抄 録
Judith Wright(1915-2000)は現代オーストラリアを代表する女流詩人である。本稿では,彼女の詩に表現された,二
つの‘dreamtime’と‘dreaming’を見ていく。即ち,
“Two Dreamtimes”におけるアボリジニーの‘dreamtime’と‘dreaming’
の意義,そして,
“For a Pastoral Family”に描かれた白人移民の初期(白人にとっての‘dreamtime’)と現代の人間像
を語る詩人の‘dreaming’が,いかなる意味を持っているかを考察する。アボリジニーと白人移民の双方の精神遺産が
現代詩に刻印される時,文字を持たなかったアボリジニーの文化には文字の力が付与され,白人移民の歴史は神話化さ
れることになる。
Ⅰ.は じ め に
オーストラリアの,国家としての独立は1901年のこと
である。しかし,18世紀後半,この大陸をヨーロッパ人
うという構図の中に,
白人移民の夢と挫折が見て取れる。
Ⅱ.原住民アボリジニーのdreamtime
が‘発見’し,
白人移民がやってくることになって以来,
1.“Two Dreamtimes”とアボリジニー
原住民アボリジニーに対する略奪と殺戮,そしてさまざ
Alive(1973)に収録された“Two Dreamtimes”の詩行
まな弾圧や偏見は現代まで続いた。
は,オーストラリア原住民アボリジニーの友人に対する
オーストラリアの歴史を背景にした,最近の映画は,
Judith Wrightの謝意から始まっている。
さまざまな白人移民とアボリジニーとの間の軋轢や,白
人移民達の富への欲求などを描き出している。文字より
も映像の方が一度に与える情報量が多いためでもある
が,全体像を知るためには役立つ。特に「裸足の1500マ
イル」(2002)では,白人の優位性を信じて,アボリジニー
Kathy my sister with the torn heart,
I don't know how to thank you
for your dreamtime stories of joy and grief
written on paperbark. 1)
と白人との混血の子どもをアボリジニーの母親から引き
離して教育するという制度への批判がテーマである。そ
詩のタイトルの下に(For Kath Walker)と記されてい
れらの子どもたちは‘盗まれた世代’と呼ばれている。
るとおり,詩人がこの詩を通して語りかけている人物で
また,「オーストラリア」(2008)では,広大な土地と家畜
あるKath Walker(1920-1993)は,アボリジニーとして
(牛)の所有をめぐって,ヨーロッパからの移民同士が争
は,特筆すべき人物である。Queensland州のStradbroke
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橋内 幸子 佐生 武彦 大橋 典晶 竹野純一郎
Islandに生まれた彼女は,Oodgeroo Noonuccalという名
という,この二つのグループにとって共通の状況を示
前も持ち,詩人,政治活動家,アーティスト,そして教
す言葉と表現が考えられる。つまり,
‘lost’であり,
育者であった。特に彼女の詩はよく知られており,アボ
‘dreaming’である。
リジニーとして初めて自作の詩集を発行できた詩人であ
Judith Wrightは,この二つの言葉を巧みに使って,
る。Judith Wright の伝記を書いたVeronica Bradyによ
この詩に,彼らの状況を刻み込んだ。
2)
れば,Judithと彼女は,1960年代からの友人であった。
白人移民の子孫として,Wrightはアボリジニーの子ど
you brought me to you some of the way
も達(the dark children)と遊ぶことを禁じられ,同胞
and came the rest to meet me,
である白人による土地の略奪や殺戮について教えても
らえなかった(they hadn't told me the land I loved/
over the desert of red sand
was taken out of your hands)と語る。そして,アボリ
came from your lost country
ジニーの女性や子どもを労働力として売り飛ばした男達
to where I stand with all my fathers,
の不機嫌な様子や,残虐な行為も正当化した男達の顔も
their guilt and righteousness.
描かれる。それは,彼らを売ったことを,入手したラム
酒で忘れた(for rum to forget the selling) 顔であ
Over the rum your voice sang
り,過去を忘れた目をした,厳格で理性的な白い顔(the
the tales of an old people,
hard rational white faces that forget the past)で
their dreaming buried, the place forgotten...
もある。その描かれ方には,オーストラリアの白豪主義
We too have lost our dreaming. 3)
における,排他的で独善的な様相も浮かび上がる。
オーストラリアの白豪主義(White Australian Policy)
かつて,オーストラリア全土には,700を超えるアボリ
の歴史は,オーストラリアへの移民の歴史と深く関わっ
ジニーの部族があり,250以上の言語を使っていたが,
ている。それは,1770年のスコットランド人のジェーム
全て狩猟採集民族であり,書き言葉を持たなかった。部
ズ・クックによる領有宣言に始まり,1788年からの流刑
族によっては,肥沃な温帯地域が多い海岸地方から,内
植民地としてのイギリス人の移民が開始された。初期移
陸部の赤い土の砂漠に追いやられた。白人移民による農
民団の7割は囚人であり,その他も貧困層の人間であっ
耕と牧畜のためである。緑の温帯の海岸地域を離れ,内
た。1828年には大陸全土がイギリス領となり,開拓も進
陸部を空から眺めると,二酸化鉄が含まれる赤い砂が広
んだが,
同時に原住民のアボリジニーから土地を簒奪し,
がる乾燥の極限とも言える風景が地平線まで続く。土地
彼らの多くを殺戮した。
1850年代に金鉱が発見されると,
を奪われ,赤い砂漠に生きるアボリジニーと,開拓民と
中国系の金鉱移民に対する排斥が始まり,それが白豪主
して生きていくために略奪と殺戮という罪を正当化し
義に拡大していく。そして,オーストラリアは,1901年
た白人移民の祖先達は,それぞれの‘dreaming’(アボ
にイギリスから独立する。
リジニーの文化では「創世神話」)を失った(We too have
歴史的に観ると,約5~7万年前に東南アジアから移
lost our dreaming) のである。
住後,独自の神話と文化を形成しつつ,オーストラリア
の自然の中で生きてきたアボリジニーが避け得なかった
2.‘dreaming’と‘dreamtime’
悲劇がある。つまり,白人による土地の略奪であり,殺
こ の 詩 の タ イ ト ル に あ る‘dreamtime’ と, こ の
戮である。その一方で,祖国イギリスから追放された
‘dreaming’は,アボリジニーの世界観や文化を理解す
群団や,新天地の夢を抱いてきた人々が直面した厳しい
る上での重要なキーワードである。
‘Dreamtime’とは
現実がある。乾いた厳しい風土,開拓者としての日々の
「創世期」であり,アボリジニーの多くの伝承文化が由来
労苦,国が異なる移民同士の争い。このことから,原住
している。さまざまな言語を持つ多くの部族が神話や伝
民になっていたアボリジニーと,イギリス等からの移民
説の内容を,この時期の事柄として設定している。これ
オーストラリアの文化的多様性とJudith Wrightの詩
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らの伝承を民話として概観しても,その多様性は明白で
神話の中で最も重要な精霊であり,虹同様,人間の手の
ある。因みに,A.W.リード編のAboriginal Myth, Legends,
届かないところにいる。
and Fablesで示された分類は,次のとおりである。
虹蛇は,オーストラリアの乾燥した苛酷な大地に生き
○神話;
るアボリジニーにとって,水や雨を自由に操り,雨期を
①偉大な父(Baiame, Nooraile, Bunjil等の神話)
もたらし,神の使いとして,「死と再生」や「雨と豊穣」を
②トーテムの先祖(虹蛇,タイパン=褐色蛇)
支配している神聖な存在と信じられていた。虹蛇伝説に
③創造(最初の男女,川と海,太陽・月・星,火の発見等)
よれば,雨が止み,空に七色の虹が出ると,虹蛇は新し
○伝説;
い住みかに移ろうとしているということである。この虹
①爬虫類人,②蛙人,③樹木人,④獣人,⑤花人,
蛇は,山や湖,河川を造った後,一つの湖に潜る。次に
⑥鰐人,⑦星人,⑧鳥人
雨が降った後,陽光が射している平原では,虹蛇が潜っ
○作り話;
た湖から虹が天に向かって架かっているのが見える。そ
①死の到来,②南十字星になった原初の人,③ディン
して空から虹が消えると,アボリジニー達は,虹蛇が別
ゴと猫,④蠅と蜜蜂,⑤太陽神の贈り物,⑥大洪水,
の湖に落ち着いたと考えるのである。地上の生命にとっ
⑦カンガルーとエミュー,⑧虹蛇,等
て,水は重要であり,枯れない水源は精霊の住む場所と
以上の分類から判断できることは,アボリジニーの伝承
して,みだりに近づけないようにする必要もある。虹蛇
文化としての口承文化には,天地創造の他に,トーテム
伝説が,オーストラリアのアボリジニーに最も広く信じ
があること,自然界の物と人間の合体という伝説が多い
られたのは,苛酷な乾燥にあって水の有無が生命の維持
こと,オーストラリア独自の自然や生態系からの民話形
に最大の影響を与えることであったからである。
成があること,等であろう。
オーストラリアの自然は,‘dreaming’の母体である。
アボリジニーのトーテムの一例として,Kath Walker
ゆえに,Judith Wrightは,お互い,古き良き時代に帰
のトーテムはオーストラリアのニシキヘビの一種である
ろうと誘う。
無毒のcarpet snakeであり,ネズミの害を防ぐために繁
殖されたこともあった。Wrightの同じ詩集の中でも,家
Let us go back to that far time
をモティーフにした“Habitat”のⅢの冒頭部分に,多少,
I riding the cleared hills,
ユーモアを含めて,その姿が描かれている。
plucking blue leaves for their eucalypt scent,
hearing the call of the plover,
An eight-foot carpet-snake
used to winter in the ceiling.
in a land I thought was mine for life. 5)
We heard him roll and stretch
when the evening fire was lighted.
詩人は白人移民の子孫として,この場所は己が生きる我
He left each spring
が土地と思う。オーストラリア独自の植栽であるユーカ
on his own affairs.
リの青みを帯びた葉を摘み,河原の千鳥の呼び声を聞
Finally
く。エデンの園のような‘dreamtime’(the easy Eden-
some stick-happy farmer
dreamtime)によって,さまざまな鳥と多くの木立に囲ま
took him for a trophy.
れた国の中で,自分はアボリジニーであるKathに対して,
That winter the rats
陰のように寄り添う姉妹になったと思う。
came back.
4)
しかし,このように神話と伝説に護られたアボリジ
ニーも,白人移民と彼らが持ち込んだものに対抗できる
民家の天井にも住み着く蛇がいる一方で,アボリジニー
ことは不可能であった。JudithとKathの二人にとっても,
の部族が信仰している虹蛇(Rainbow Serpent)は,創世
互いを隔てる,越えがたい壁である歴史的現実と結果が
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橋内 幸子 佐生 武彦 大橋 典晶 竹野純一郎
あった。A knife's between us(刃が私達の間にあった)
という表現が,連を越えて2回繰り返されることから,
Kathが,詩人に語ってくれたアボリジニーの素朴で陽気
恐怖と罪,死と搾取,等をはじめ,ネガティブなさまざ
な神話や伝説に対して,そしてアボリジニーの悲惨な歴
まな側面を映しながら光る,ナイフのような鋭い刃が象
史を繙く彼女の目に対して,詩人としてできること,つ
徴するものは限りなく暗い。
まり,一篇のこの詩を差し出すことしかできないと締め
イギリス移民の子孫であるJudith Wrightと,アボリ
くくる。
ジニーの出身であるKathの相違は,宿命的―つまり,個
Judith Wrightは,詩作の旨として,主義主張の行動
人としての意志や努力とは無関係に人生に宿っているも
が伴わない詩人ではなかった。
‘Dreaming’と‘dreamtime’
の―であった。
の価値やアボリジニーの権利回復を重要視し,そのため
に戦う姿勢を持ち,行動した。また,Queenslandの自然
I am born of the conquerors,
環境破壊に対して,州知事の方策に抗議した。
you of the persecuted,
詩人に,多くの自らの文化を直接,口頭で語る機会を
Raped by rum and an alien law,
持ったアボリジニーのKath Walkerは,1960年代には,
progress and economics,
政治活動家として頭角を現し,アボリジニーの市民権獲
得のために憲法修正のキャンペーンの中心的人物となっ
are you and I and a once-loved land
た。同時に,作家として,アボリジニーの権利回復を
peopled by tribes and trees;
著作で発表し続けた。1988年,彼女は,アボリジニーと
doomed by traders and stock exchanges,
bought by faceless strangers.
6)
しての名前Oodgerooに改名した。Oodgerooはpaperbark
tree(メラレウカ)の意味を持っている。この木は,オー
ストラリア産のフトモモ科の木で,名前が示すとおり,
詩人は,征服者の子孫として生まれた者である。一方,
はがれる紙のように樹皮が薄い。彼女は1093年に癌で亡
アボリジニーの娘であるKathは,
迫害された側に連なる。
くなったが,Judith Wrightとの交流は最期まで続いた。
征服者達が原住民達に強いたものは,ラム酒,なじみの
ない法律,進歩と経済であった。しかし,それぞれの子
孫である詩人とKath,そして多くの部族と森の大地が等
Ⅲ.白人の入植者としてのdreamtime
しく,近現代の資本主義,つまり,商人や株取引の類に
1.オーストラリアの自然と白人移民の dreamtime
蹂躙される運命にあった。それらは,現代では,人間の
「私 は 色 満 ち あ ふ れ る 国 に 生 ま れ た(I was born
顔を持つ征服者ではなく,「顔のない異邦人」である組織
into a coloured country)」と, 同 詩 集Aliveの 中 の 詩
に買収されていったのである。アボリジニー及び移民と
“Reminiscence”の冒頭で誇り高く詠ったJudith Wright
して,内容はそれぞれ異なる‘dreaming’を持ちながら
は,白人移民の第5世代目として,アボリジニーとは異
生きてきた人々は,この環境破壊の進む大地と同じく,
なる視点でオーストラリアの自然を愛した女性詩人で
原初的な‘dreamtime’を失っていった。
あった。
この詩の最終連で,
詩人はお互いがそれぞれの‘dreamtime’
を喪失した時に,お互いの霊的生命を失っていくと述べ
I was born into a coloured country;
る。
spider-webs in dew on feathered grass,
mountains blue as wrens,
But both of us dies as our dreamtime dies.
valleys cupping sky in like a cradle,
I don't know what to give you
christmas-beetles winged with buzzling opal;
for your gay stories, your sad eyes,
but that, and a poem, sister.
7)
finches, robins, gang-gangs, pardalotes,
tossed the blossom in its red-streaked trees. 8)
オーストラリアの文化的多様性とJudith Wrightの詩
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eater of wild manna.
Judith Wrightの詩には,視覚に訴える技巧が多く使わ
There is
れている。これらの詩行では,オーストラリアに特有の
there was
色彩鮮やかな自然について,①直喩や隠喩で鮮明さを増
a country
幅させているもの,②鮮やかな色彩を持つ生き物を描い
that spoke in the language of leaves.10)
て,複合的に色の混在と鮮やかさをイメージさせている
もの,等が見られる。①としては,修飾語になっている
日本語でも言葉という漢字に「葉」という文字が入ってい
語がイメージを広げているもの(「羽毛のような柔らかい
るように,最終行の‘the language of leaves’には,
草にかかる蜘蛛の巣には露が輝き」),色や形状が特定の
人間が時空を越えて,自然に模倣しつつ,独自のものを
鳥や物に喩えられているもの(「ミソサザイのような青い
作り出していった事実も暗示されている。そして,「遅
山々 」,「揺りかごのように空をお碗型に受けている谷」)
れてやってきた者」,「事物を分かち合う者」,そして,
「自
がある。②の例としては,虫(「音を立てて,オパール色
然の恵みを食べる者」達が,聞こえてくる言葉に耳を澄
の羽を動かしているオーストラリア大陸特有のクリスマ
ませつつ,「植物の葉が言葉であった国が今も昔もある
ス・ビートル」)鳥類(「オーストラリア南東部に生息する
こと」を知るようにと,詩人は語る。
アカサカオウム等が,赤いボトルブラッシュの蜜を吸う
ために,その花を持ち上げている」)になっている。
詩人が詩に写し取る人間像には,時として,自然界
2.“For a Pastoral Family”に語られる白人移民のSaga
としてのdreaming
のもののイメージを付与されており,白人移民達の姿
“For a Pastoral Family”は,Judith Wrightの第11
と彼らの生活はオーストラリアの自然に同化している。
番目の詩集,Phantom Dwelling(1985)に収められた詩で
詩人の父祖の地,オーストラリア東部New South Wales
ある。Phantom Dwellingと言う表現は,日本の江戸時代
州 のNew Englandは 海 岸 地 帯 か ら 約60kmほ ど 内 陸 に あ
の松尾芭蕉(1644-94)が,句集『奥の細道』の旅から帰り,
り,台地状の地形と急流の短い川により形成された峡谷
1690年4月6日から7月23日までの約4ヶ月間住んだ庵
や多くの滝がある。同じAliveの中の詩である,
“Falls
の名前の英語訳である。場所は,滋賀県大津にあり,芭
Country”には,詩人の叔父と叔母の姿が,周囲の自然
蕉が47才の時のことであった。そこでの生活や思索など
に解け合い,
自然の精霊のような役割を付与されている。
は『幻住庵の記』に記されている。幻住とは,その一文,
「楽天は五臓の神を破り,老杜は痩せたり。賢愚文質の
I had an aunt and uncle
ひさしからざるも,いづれか幻の住みかならずや」に由
brought up on the Eastern Fall.
来する。
They spoke the tongue of the falls-country,
Judith Wrightは,この詩集の詩作品を書いている当
sidelong, reluctant as leaves.
時,日本に滞在していた娘のMeredithから,芭蕉につい
Trees were their thoughts:
9)
ての知識を得ていた。この頃は,詩人としての言葉の実
験,つまり,語る内容のテーマにより適した詩型を,異
New EnglandのArmidaleに,一族の拠点を置いたWright
なる文化圏に求めていた時期でもあった。詩と言葉は,
家の人々の生活と人生は一種の神話化を経て,木と葉
その文化圏の文化全体に関わるので,単に詩型を借用し
のイメジャリーで描かれている。つまり,白人移民の
ても,英詩として適したものになるとは言い難い。しか
‘dreaming’である。
し,Judith Wrightは,収録した詩,“Dust”の一節に,
芭蕉のこの幻住という概念を紹介している。なお,詩型
Listen. Listen,
はアラビア・ペルシャの叙情詩型Ghazalで,5~ 12の
latecomer to my country,
2行連句から構成されるものである。
sharer in what I know
In my sixty-eighth year drought stopped the
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橋内 幸子 佐生 武彦 大橋 典晶 竹野純一郎
song of the river,
リアに移民として到着している。Judithは,母方の牧
sent ghosts of wheat fields blowing over the sky.
場‘Thalgarrah’で生まれたが,Wright家も広大な牧場
・・・・・
‘Wallamumbi’を所有していた。父Philipは,イギリス
Poems written in age confuse the years.
の肉牛種Herefordの飼育と販売を中心とした裕福な牧畜
We all live, said Basho, in a phantom
業者ではあったが,同時にこの地方の名士として,オー
11)
dwelling.
ストラリア食肉業界役員や他の業界の会社社長を勤め
た。また,The University of New Englandの創設者の
詩人が68才になった年,干ばつのために川の水が消
一人であり,1960年から10年間,総長にもなっている。
え,水音という川の歌が止まった。代わりに,畑の枯れ
父方も母方も,直面した状況や時代の波による紆余曲
た小麦の葉などが亡霊のように風に吹かれて,空を舞っ
折はあったにせよ,Veronica Bradyも指摘しているよう
ている。
・・・自作の詩を見ても,老齢に書かれた詩には,
に,Judith Wrightは,開拓と力と繁栄の結果としての
年月についての記憶が定かでない。
芭蕉曰く,
「我々は皆,
牧歌的な伝統の中に生を受けたのである。
幻影に囲まれた世界に生きている」からだ。
しかし,オーストラリアの白人移民の子孫として,そ
So Judith Wright was born into the heart of
して,New Englandという,田園の一地方の名士になっ
the pastoral tradition, one of settlement,
た一族の開拓の歴史と凋落の予兆を詩に昇華するため,
energy, and prosperity, though a prosperity won
詩人は,長詩“For a Pastoral Family”に,白人移民
against the odds.12)
の一族の詩的サーガとしてのdreamingを試みている。こ
の全142行の構成は,6部(1 To My Brothers,Ⅱ To
“For a Pastoral Family”は,白人移民の過去の歴史
My Generation, Ⅲ For Today, Ⅳ Pastoral Lives,
と,詩人が生きる20世紀のオーストラリアの現在が詩人
Ⅴ Change,Ⅵ Kinship)になっている。
の視点で語られるという構成である。
Judith Wrightのオーストラリアにおける,父方の祖
第一部 To My Brothersでは,その牧歌的伝統の中で
先は,5代前のGeorge Wyndhamである。彼は,1828年
育てられたものの,時代の流れと現代の資本主義による
に故国イギリスのWiltshireのDintonから,オーストラ
変化の中にいる,今は年老いた弟達に宛てて語る形式で
リアのNew South Walesにやって来た。そして,荒れ地
ある。詩人の語りは,現在の時の中に過去の歴史を神話
や森ではあったが,知事から与えられた土地を20人の
的に浮かび上がらせる手法になっている。経済的利益を
囚人とともに開墾し,葡萄と小麦を生産する有名な農園
追求する時勢を皮肉っぽい筆致で記した後,詩人は田園
“Dalwood”を造り上げた。その後,家族とともに,北西
の静けさ,何マイルも続く谷と丘,融資する銀行家の用
部のNew England Tablelandへ移り,その台地が,子孫
心深い丁寧さなど,まだ贅沢さは残ってはいるが,その
の定住地となったのである。そこには原住民アボリジ
贅沢さは祖先達の開拓の労苦によるものである,と述べ
ニーの部族が住んでいたが,Georgeと白人達は,彼らか
る。さらに,自分達一族の繁栄の礎となった土地は,土
ら土地と家畜を奪った。
地所有の概念も文字も持たない原住民アボリジニーから
そして,裕福な農場主になった一族の3代目の女性
略奪したものであるとも言う。
Mayが,同じく白人移民のスコットランド系のAlbert
Wrightと結婚した。彼女の孫がJudithである。Mayは所
Well, there are luxuries still,
謂‘strong woman’であり,その強さは,Judithの父
including pastoral silence, miles of slope and hill,
Philipに,家や伝統への誇りと忠実さとして伝わった。
the cautious politeness of bankers. These are owed
1913年,彼はEthel Biggと結婚し,1915年Judithが誕生
to the forerunners, man and women
した。数年後,二人の弟も生まれた。母方のBigg家も
who took over as if by right a century and a half
イギリスの中産階級出身であり,1857年にオーストラ
in an ancient difficult bush. And after all
オーストラリアの文化的多様性とJudith Wrightの詩
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the previous owners put up little fight,
corporations / whose bellies are never full)が,
我々
did not believe in ownership, and so were
の予想を超えて大きくなり,資本の力で我々の土地を奪
scarcely human.
13)
うかもしれない。父祖達の恐れは異なっていた。
そして,この国で食べられる葉の縁をかじった,つまり,
The fears of our great-grandfathers―
豊かな自然の実りのわずかでも手に入れた,彼女の父祖
apart from a fall in the English market―
達は子孫に行動の自由と鄙びた地での安全さを残し,詩
were of spearwood, stone axes.15)
人には詩の源泉を与えてくれた。
それは,故国イギリスの市場での暴落であり,オースト
Our people who gnawed at the fringe
ラリアの荒れ地に生える灌木やアボリジニーの石斧で
of the edible leaf of this country
あった。つまり,荒れ地や原住民の攻撃であった。一方,
left you a margin of action, a rural security
今日では,ラジオによるアメリカやソ連で開催される展
and left to me
示会での家畜の価格に恐れを持つ。
what serve as a base for poetry,
この詩のタイトルにも使われているpastoralという
14)
a doubtful song that has a dying fall.
語が小見出しのタイトルにも表れている第四部,Ⅳ
Pastoral Lives では,故国イギリスの慣習に沿った
しかし,詩人が詠うべき詩は,「水が枯渇しかかった一
Judith Wrightの田園生活が回想形式で語られる。詩人
本の滝がある,危うい詩」であり,白人移民の子孫が認
の一族は「高慢な氏族」(arrogant clan)として,家庭内
めざるをえない父祖の罪の苦さが示されるものでもあ
外の教育,地域貢献を重要視した。
る。同時に,資本主義経済の進行による,オーストラリ
アの環境破壊をも示唆するものでもある。
Yet a marginal sort of grace
次のⅡ To My Generationでは,全体の構成に司法の
as I remember it, softened our arrogant clan.
イメジャリーが多く使用されている。内容は,同世代の
We were farily kind to horses
者に向けての表明というより,同世代の者が持つ,過
and to people not too different from ourselves.
去の歴史と現在への欺瞞的態度への風刺である。曰く,
Kipling and A.A.Milne were our favourite authors
― 祖先の罪は,眼前のものでもなく,自分達が生まれ
but Shelley, Tennyson, Shakespeare stood on
る前のことであり,語られていなかったから,自分達は
our shelves―
suitable reading for woman,
「無罪」(Not Guilty)である。父祖の行為は故国(the Old
Country)のためであり,我々は故国から追放された囚人
to whom, after all, the amenities had to be
でもない。世代的正当性があり,司法はそれを全て認め
left.16)
ている。つまり,結論として,我々の世代は,市場論理
で脅かされても,それが生産物であれ詩であれ,過去の
一族の高慢さは,家畜の馬に対してかなり優しく,また
遺産で十分にやっていけると信じているのである。―
自分達とあまり異ならない人々には親切であったこと,
このような年老いた同年代の欺瞞と自己過信は,Ⅲ For
家に揃えた本などによって明らかである。イギリス系移
Todayにおける,現代の商業主義の大きな流れの前には
民としての矜持を詩人は列挙している。まず,父が,そ
危うく映る。
の地域の大学の創立者の一人であったこと,次にイギ
Ⅲ For Todayでは,大都市のみならず,地方まで発
リス人と同じくウィットに価値をおいたこと,また,イ
展の道筋をつけようとする商業主義の代表である大企
ギリスの親族を訪問した時にはオーストラリア人として
業が,一種の脅威となっている現代が描かれる。「決
の,「独立精神」を持って臨んだこと,そして,英国国教
し て 満 腹 に な ら な い 胃 袋 を 持 つ 大 企 業」(the great
会に属する者として,教会では募金皿を回しながら,相
44
橋内 幸子 佐生 武彦 大橋 典晶 竹野純一郎
応の寄付を入れた。自分達よりも優れた者はおらず,多
ラリアの国花である。
くの人間がますます悪くなっているのを知っていたから
詩人や兄弟2人は,過去の思い出を分かち合えるた
である。
め,お互いを許し合う。彼らは,今は既に年老いては
しかし,イギリスに目を向け続ける者が,オーストラ
いるが,思い起こすのは,「蛇が潜む茂った草叢を無
リア独自の時代の流れに乗っていくことは限界があっ
頓着に走ったり,黒っぽいジャージー種の雄牛用のパ
た。Ⅴ Changeでは,他の部とは異なり,1行の語数が
ドックで見張りを忘れたりしている,裸足の子ども」
少なくなり,急激な変化を示すリズムに代わっている。
(a barefoot child running careless through / long
それは,
経済の中心が,
産業の生産地であるcountryから,
grass where snakes lie, or forgetting / to watch
流通を主体にするcityに移ったことを意味している。都
in the paddocks for the black Jersey bull)時代の姿
市は工場と化学の煤で黒みを帯び,それとともに,一族
である。そして,
の繁栄には陰りが見えてくる。ここで,詩人はアイルラ
ンドのケルト文化とケルトの民を詩に記したW.B.Yeats
Divisions and gulfs deepen
の“The Fisherman” に言及し,凋落した彼と自分の一
daily, the world over
族と重ね合わせている。
more dangerously than now between us three.
Ⅵ Kinshipには,彼女の兄弟への想いや過去への郷
Which is why, while there is time(though not
愁,そして,何よりも詩人が愛したオーストラリアの自
our form at all)
然が,色彩豊かで叙情的かつ感覚に訴える手法で描かれ
I put the memories into poetry.18)
ている。詩人がまだ子どもだった頃,夏の「早朝の谷に
降りてくる,青みがかったかすみ」(Blue early mist in
つまり,自分達3人にとって,自然の境界線も湾も深く
the valley)の中で,果樹園のアプリコットが赤く色づ
なり,世界は今より危険なものになるため,事物や由来
き,馬が農園の構内で飛び跳ね,周囲には家畜や汗,鞍
などについて,時間がある間に記憶を詩に織り込んでい
の皮の臭いが立ちこめていた。ユーカリの木から立ち上
こうと締めくくっている。
るとされている油性分が,
山々を青く見せている上方で,
紺碧の空が広がっていた。皆,若く素朴だったので,ど
Ⅳ. 終 わ り に
んな天気でも元気で,馬の群れを家まで連れ戻したもの
だった。
オ ー ス ト ラ リ ア の 原 住 民 ア ボ リ ジ ニ ー の「 創 世
期 」(‘dreamtime’) と「 創 世 神 話 」(‘dreaming’
) は,
All those sights, smells and sounds we shared
Judith Wrightにとって,オーストラリアの自然に密
trailing behind grey sheep, red cattle,
着 し た 文 化 遺 産 で あ り, 詩 の 源 泉 で も あ っ た。Kath
from Two-rail or Ponds Creek
Walkerという,アボリジニーの友人を得て,原住民達が
through tawny pastures breathing pennyroyal.
原初的な意味を付加した万物,つまり土地,季候,動植
In winter, sleety winds bit hands and locked
物,そして人間像は,独自のイメージを持って,彼女の
17)
fingers round reins. In spring, the wattle.
詩の世界の中に再生された。
同時に,この地に生命の糧を求めて,故国イギリスか
兄弟は皆,同じ光景,匂い,音を共有しつつ,灰色の羊
ら渡来した白人移民の第5世代として,父祖の入植の時
や赤褐色の牛の後を追い,ベニロイヤルハッカの芳香を
代が,彼女にとっての「創世期」(‘dreamtime’)であっ
嗅ぎながら,乾燥のために黄褐色になった牧場を通った
た。そして,彼女の詩にこそ,白人移民の「創世神話」
ものだった。冬には,みぞれ交じりの風が吹いて,子ど
(‘dreaming’)的な語りやイメージ形成が結実している
も達は指を手綱から離せなかった。春になると,ワトル
と思われる。
の黄色い花が咲いた。ワトルは,アカシア科でオースト
しかし,Judith Wrightは,詩作にのみ一生を送った
オーストラリアの文化的多様性とJudith Wrightの詩
人間ではなかった。アボリジニーの権利回復のため,そ
45
参 考 文 献
して,オーストラリアの自然環境を保全するために,活
動を続けた。1979年,有色人種の移民の原則排除,原住
1)Bennett, T. et. al. eds.: Celebrating the Nation:
民アボジニーを含む在豪有色人種の社会的権利制限を主
A Critical Study of Australia's Bicentenary. St.
張する白豪主義は廃止された。
Leonards, Allen & Unwin (1992).
そして,2008年2月,ケヴィン・ラッド首相は,連邦
議会において,アボリジニーへの謝罪動議を提出し,全
2)Brady,V: South of My Days: A Biography of Judith
Wright. Angus & Robertson, Aukland (1998).
会一致で採択された。首相は,過去のアボリジニー政策
3)Cathcart, M: Manning Clark's History of Australia.
の誤りを認め,公式に謝罪したのである。それは,アボ
Melbourne University Press, Melbourne (1993).
リジニーと白人移民の双方の‘dreaming’が異質のもの
4)グリーブ, N., 加藤愛子 訳:「フェミニズムとオー
でありながら,オーストラリアの文化において相補的な
ストラリア」, 勁草書房(1986).
役割を果たしていくだろうということも期待できるもの
5)Hampton, S. and Llewellyn, eds.: The Penguin Book
である。詩人Judith Wrightが,この世を去って,およ
of Australian Women Poets. Penguin Book Australia,
そ8年後のことであった。
Ringwood (1986).
6)Hergenhan, L. ed.: The Penguin New Literary History
of Australia. Penguin Book Australia, Ringwood
注
(1988).
1)Judith Wright, Collected Poems (Angus &
Gary Allen, Smithfield (1990).
Robertson, 1994), p. 315.
2)Veronica Brady, South of My Days: A Biography of Judith Wright (Angus &
Robertson,
8)石橋百代:
「オーストラリアの女性」
,ドメス出版
(1997).
9)Lever, S. ed.: The Oxford Book of Australian Women's
(1998), p. 260.
3)Judith Wright, op. cit.,
7)Isaacs, J.: Pioneer Women of the Bush and Outback.
p. 316.
Verse. OUP, Melbourne (1995).
10)マーチン, 古沢みよ訳:
「オーストラリアの移民政
4) Ibid., p. 299.
策」,勁草書房(1987).
5) Ibid., p. 316-7.
6) Ibid., p. 317.
11)Page, G.: A Reader's Guide to Contemporary Australian
7) Ibid., p. 318.
Poetry. University of Queensland Press, St. Lucia
8) Ibid., p. 329.
(1995).
12)Reed, A.W.: Aboriginal Myths, Legends and Fables.
9) Ibid., p. 328.
New Holland Publishers(2000).
10) Ibid., p. 329.
13)
Row, N.: Modern Australian Poets. OUP, Sydney (1994).
11) Ibid., p. 424.
12) Veronica Brady, op. cit.,
13) Ibid., p. 406.
14) Loc. cit.
15) Ibid., p. 408.
16) Loc. cit.
p. 20.
14)シェリントン, G., 加茂恵津子訳:「オーストラリ
アの移民」, 勁草書房(1985).
15)Strauss, J.: The Oxford Book of Australian Love
Poems. OUP, Melbourne (1993).
16)Tranter, J. and Mead, P. eds.,: The Penguin Book of
17) Ibid., p. 410.
Modern Australian Poetry. Penguin Books Australia,
18) Loc. cit.
Ringwood (1991).
17)Walker, S.: Flame and Shadow: A Study of Judith
Wright's Poetry. University of Queensland, St
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橋内 幸子 佐生 武彦 大橋 典晶 竹野純一郎
Lucia (1991).
18)Wilde, W. et. al. eds.: The Oxford Companion to
Australian Literature. 2nd Ed., OUP, Oxford (1994).
19)Wright, J.: Collected Poems 1942-1985. Angus &
Robertson, Aukland (1994).
20)Wright, J.: half a lifetime. The text Publishing
Company, Melbourne (2000).
21)Wright, J.: The Cry for Dead. OUP, Melbourne (1981).
22)Wright, J.: The Generation of Men. OUP, Melbourne
(1959).