1 熱力学とは? 2 TEで成立する方程式(理想気体の場合)

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熱力学とは?
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TE で成立する方程式(理想気体の場合)
第1回では、TE を記述するためのパラメータをいくつか導入しました。圧力 P , 体積 V , 温度 T , 内部エネル
ギー U , 粒子数 n, でした。TE では、これらの間にどのような関係式が成立するかを説明します。
といっても、「理想気体」の場合に限定してしまいます。なぜそうするかというと「最もシンプル」で何とかな
りそうだからです1 。
とりあえず結論を以下にまとめてみましょう:
記述に必要なパラメータ:圧力 P , 体積 V , 温度 T , 内部エネルギー U , 粒子数 n
パラメータ間で成立する方程式(理想気体)
状態方程式 (eq.S) :
P V = nRT
エネルギー方程式 (eq.E) :
U=
f
nRT
2
(1)
(2)
これらのパラメータは NE では定義されません。
しかし TE でさえあればそれが どのような過程で実現されたかに依らず(過去の履歴に依らず)、これらのパ
ラメータはすべて定義でき、さらに eq.S と eq.E は必ず成立します。これは問題を解く上で大事な特徴です。
以下で、これらの式の意味について説明していきます。
2.1
理想気体の状態方程式
まずは、圧力と温度の関係を考えていきましょう。圧力も温度も何となく分子の勢いを表しているという印象が
ありますが、両者はどう違うのでしょうか?
• 分子のエネルギーが大きくなると壁の衝撃も大きくなるわけですから、圧力は大きくなります。
• 分子の数が多くなると協力して壁を押すので圧力は大きくなります。
そうすると単純には
(圧力) ∝ (粒子密度) × (分子のエネルギー)
∝ (粒子密度) × (温度)
みたいな関係がありそうです。比例定数を R とかくと
P =R
n
T
V
つまり
P V = nRT
(3)
が成立しそうです2 。
実際の実験によると、気体が希薄(低粒子密度)かつ高温であれば気体の種類に依らずこの方程式 (1) が成立
することが分かります。方程式 (1) は理想気体の TE で成立する最も基本的な方程式で「状態方程式」(eq.S) と
1 液体だと「流体力学」というやや難解なものを勉強したとしても特殊な場合しかよく分からないのです。
2 これは、
「気体を一定温度を保つとき、圧力は体積に反比例する」というボイルの法則と「気体を一定圧力を保つとき、温度は体積に比
例する」というシャルルの法則との組み合わせです。
1
呼ばれます。また、eq.S が成立する気体を「理想気体」と言います。本講義では当分の間、理想気体のみを扱う
ことにします。
しかも R は気体の種類に関係なく
R = 8.31[J/(mol · K)]
となり、これを「気体定数」と呼びます。
eq.S を 分子の個数 N = nNA で記述すると
PV = N
R
T = N kT
NA
となり、k は
k=
R
= 1.38 × 10−23 [J/K]
NA
となり、これを「ボルツマン定数」と呼びます。
2.2
エネルギー方程式
以下では、分子個々の動きに着目することから TE を特定するマクロなパラメータ P, V, T, U, n の関係を探り
ます。これを分子運動論といいます。といっても、分子の運動をそれほど詳細に調べるわけではなくて、理想気体
の性質(低粒子密度、高温)を利用して非常に大雑把に調べるものです。実際、この章で長々とやった計算のわり
に分かるのは内部エネルギーと温度、粒子数の関係式(第1回参照)
U ∝ nT
(4)
の比例定数がわかるというだけの話なのですから。
以下の説明では簡単のために、単原子分子(He, Ne, Ar)で説明します。二原子分子(H2 , O2 , N2 )や多原子分
子(H2 O, CO2 )への拡張は後で簡単に説明します。
2.2.1
内部エネルギーの数式表現
内部エネルギーの定義とは
内部エネルギー:分子の運動エネルギーの総和
でしたが、これを分子運動論的に書き直します。
気体の質量を m とし、i 番目の分子の速度ベクトルを
vi = (vix , viy , viz )
と表記すると、内部エネルギー U は
U=
1
2
m(v12 + v22 + · · · + vN
)
2
となります。
ここで、速度の自乗(二乗)平均を
hv2 i ≡
2
v12 + v22 + · · · + vN
N
2
と表記すると、内部エネルギーは
U=
1
N mhv2 i
2
(5)
と書けます。
2.2.2
圧力の分子運動論的計算
次に圧力を分子運動論的に表現してみましょう。この計算は少し複雑です。
TE ではどの壁に対する圧力も同じになっていると期待されるので、ある部屋を囲む上下四方6つの壁のうち、
ある壁 w に対する圧力のみを考えます。またこの壁 w と対になっている壁を w0 と名付けます。さらに、壁 w0
から壁 w へ垂直に向かう方向を x 軸方向と定めます。
今、1番目の粒子の x 成分の速度は v1x (正でも負でも構いません)ですから、t 秒の間にこの粒子は v1x t だ
け進みます。
壁 w, w0 の間を一往復する時間を周期 T1 とすると、T1 は次のように求められます:
v1x T1 = 2d
T1 =
2d
v1x
一回の壁 w との衝突での、粒子1の運動量変化は
m(−v1x ) − mv1x = −2mv1x
ですから、この運動量変化をもたらすだけの
外力 × 時間 = 力積 = −2mv1x
が粒子に働いたと解釈されます3 。当然、この外力をもたらしたものは壁 w です。
また、作用反作用の法則により、粒子が壁 w に与える力積は逆向きで 2mv1x となります。
粒子1が壁 w に与える力積は、時間 T1 =
2d
v1x
ごとに突発的に生じるのですが、粒子の速さを考えると、殆ど
連続的に壁に力積が加えられていると考えてもよさそうです。壁 w にかかる「粒子1による平均的な力」hF1x i
は次のように求められます。
hF1x iT1 = 2mv1x
hF1x i =
2
2mv1x
mv1x
=
T1
d
壁にかかる力は、すべての粒子からもたらされるので、hF1x i, hF2x i, · · · , hFN x i の和になります。粒子の数は莫
大で、しかもそれらが次々と壁にぶつかっていくことを考えると、壁にかかる総力は時間的に一様であると考え
られます。この力を Fx と表記すると
Fx = hF1x i + hF2x i + · · · + hFN x i
)
m( 2
2
2
=
v + v2x
+ · · · + vN
x
d 1x
x 成分の速度の自乗平均を
hvx2 i ≡
2
2
2
v1x
+ v2x
+ · · · + vN
x
N
と定義すると、壁にかかる力 Fx は
Fx =
3 ニュートン方程式は
Rt
Nm 2
hvx i
d
= F ですから、これを時間で積分すると「運動量の変化 mv(t) − mv(t0 ) は
m dv
dt
Rt
t0
F · dt で与えらる」ことが分
かります。この量 t F · dt を「力積」と言います。特に、衝突に見られるような、運動量の変化が一瞬の間 ∆t で行われた場合には、力は
0
この時間 ∆t の間一定であると考えて単純に F · ∆t を力積と呼びます。
3
と書けます。
次に、壁 w にかかる圧力 Px = Fx /d2 を計算します。TE では、どの壁にかかる圧力も等しいわけですから、
これを P と表記します。
P =
Nm 2
Nm 2
hv i =
hvx i
d3 x
V
(6)
最後の変形で、体積 V = d3 を使いました。
2.2.3
内部エネルギーと圧力の関係式
前節までの計算で、分子運動論によると内部エネルギーは U = 12 N mhv2 i、圧力は P =
Nm 2
V hvx i
は何となく似
た式をしていますが、どういう関係があるのでしょうか?
そのためには、速度ベクトルの自乗平均 hv2 i とその x 成分の自乗平均 hvx2 i がどういう関係になっているかを
考えてみましょう。
y, z 成分の自乗平均を hvy2 i, hvz2 i と表記すると、速度ベクトルの自乗平均 hv2 i は
hv2 i = hvx2 i + hvy2 i + hvz2 i
と書けます。さらに TE では等方的な状態(方向的な均一)が実現されていますので
hvx2 i = hvy2 i = hvz2 i
が成立します。これら2式から
hv2 i = 3hvx2 i
の関係が分かります。
ゆえに、圧力 P (6) は
P =
Nm 2
hv i
3V
(7)
と書けます。
以上から、内部エネルギー U (5) と圧力 P (6) の間には
P =
2
U
3V
∴ PV =
2
U
3
(8)
なる関係があることが分かります。
2.2.4
内部エネルギーと温度の関係式:エネルギー等分配則
さらに、この圧力と内部エネルギーの関係式 P V =
2
3U
(8) と eq.S : P V = N kT を比較すると、内部エネル
ギーと温度の関係が分かります。
実際、(8) と eq.S を比較すると
1
U = 3N · kT
2
(9)
となります。
ここで 3N という数には意味があります。単原子分子だと、この位置を特定するための情報は (x, y, z) の3個
です。単原子分子 N 個だと、この位置を特定するための情報は、3N 個になります。
以下では、1つの分子の位置を指定するパラメータの数を「自由度」と呼びます。
4
自由度:1つの分子の位置を特定するために必要なパラメータの数
従って U = 3N · 12 kT という結果は次のように法則化できます。
エネルギー等分配則:一自由度あたりにエネルギー
2.2.5
1
2 kT
が分配される
エネルギー方程式
これまでは、単原子分子(He,Ne,Ar)の理想気体のみを考えてきましたが、この結果を2原子分子(H2 , N2 , O2 )、
多原子分子(H2 O, CO2 )に拡張してみたいと思います。これらの違いは、自由度の数が違うだけなのです。
さて、エネルギー等分配則をより一般的に用いると、自由度の数が f のとき、内部エネルギーは
1
U = f N · kT
2
∴ U=
f
nRT
2
(10)
となります。これをエネルギー方程式(eq.E)と呼びます。
以下では、分子の種類に応じて自由度 f がいくらになるかをまとめておきます。
単原子分子(He, Ne, Ar)
すでに説明したように、単原子分子の位置を特定するための情報は (x, y, z) の3個
です。従って f = 3 です。
2原子分子(H2 , N2 , O2 )
2原子分子は、鉄アレイや新体操のバトンみたいなものを想像して下さい。ただし、
棒の長さは予めきまっていて変化しないものとします。まず、バトンの中心の座標 (X, Y, Z) を指定するために3
個のパラメータが必要です。さらに棒の向いている角度を指定するために方位角 φ、天頂角 θ を指定しなければ
なりません。こうして、長さの固定されたバトンの位置を指定するために5個のパラメータが必要です。従って
f = 5 です。
多原子分子(H2 O)
多原子分子間の距離は変わらないものとすると、これは一種の「剛体」であると解釈され
ます。剛体とは、形の変わらない有限の大きさをもった物のことです。剛体の位置を指定するためのパラメータは
6個でしたから(力学参照)、f = 6 となります。なぜ、3原子分子、4原子分子、、、というような分け方をせず
にこれらを「多原子分子」とひとくくりにしてしまうかというと、これらはすべて自由度 f = 6 だからです。
2.3
示量数と示強数
TE を記述するパラメータ(P, V, T, U, n)は2種類に分類することができます。
ある TE を内部の状態はそっくりそのままに保ったまま、全体の体積を α 倍にしたとき
示量数:α 倍になっている
示強数:そのままに保たれる
と分類します。具体的にいうと、示量数は V, U, n で、示強数は P, T です。
5
2.4
状態指数と状態量
TE を記述するパラメータには、また別の分類の仕方があります。今度の分類の仕方は完全に 主観的 なものです。
さて、上にあげたパラメータは P, V, T, U, n の5つですが、TE では常に eq.S と eq.E が成立しているので、実
質的にはこれらのパラメータのうち3つを指定すれば TE は完全に指定されます。
しかも、半透膜といったものは物理では最後まで考慮されないので、粒子数 n は不変であるとして、パラメータ
から除外できます。ゆえに、TE を指定するためのパラメータは2つで十分となります。そこで、4つのパラメー
タ P, V, T, U を次のように分類します。
状態指数:TE を指定するためのパラメータ
状態量:状態指数によって表現される量
4つのパラメータ P, V, T, U から、2つの状態指数を選ぶ方法は何通りもあり、主観的な問題と言えます。実
際、テキストによっては状態指数の選び方は (P, V ), (T, V ), (P, T ) などいろいろあるのですが、熱力学の初等的
なテキストでは普通次のように選びます4 。
状態指数:P, V
状態量:T, U
より数学的に状態変数:P, V 、状態関数:T (P, V ), U (P, V ) というテキストもあります。この表記に従うとき
には T (P, V ) =
1
nR P V
, U (P, V ) = f2 P V と書く方が数学的に自然ですが、これらの表式で覚える必要はありませ
ん。とりあえず、eq.S : P V = nRT , eq.E : U =
2.5
f
2 nRT
の形で覚えて適宜組み合わせてください。
状態図と準静的過程
最後に、状態図という TE の便利な見方を紹介します。これは状態変数を縦軸、横軸にとった二次元空間で、あ
る TE ごとに、状態図に一点を打つことができるというものです。今の場合、縦軸を P 、横軸を V にとって表示
します。
P
V
4 取り扱う問題によって状態指数を適宜変更していく教科書もあります。本講義では混乱を避けるために基本的に
6
P, V を状態指数とします。
NE
TE −→ TE という過程があるときに、NE の間は、状態図に何も描けないということを忘れてはなりません。
NE
つまり、TE (P0 , V0 ) −→ TE (P1 , V1 ) という過程で始状態を表す状態図の点 (P0 , V0 ) は NE になると消滅し、終
状態になると状態図の全く別なところに点 (P1 , V1 ) が現れます。
TE が繰り返し現れるようなゆっくりした操作を行った場合のみ、状態図に繰り返し点が現れ、点線をたどって
いくことでどのように過程が進んでいったかを追跡していくことができます。
このような過程を「準静的過程」(quasi-static) と呼びます。また、準静的過程で状態図の点を結んでできる曲
線を「状態曲線」と言います。
準静的過程:TE が繰り返し現れるようなゆっくりした変化
P-V 曲線:準静的過程で現れる状態図上の曲線
逆に、そうでない過程は「非静的過程」 (non-static process) といいます。
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