エッセイ「猫の生命」

E-53
いのち
猫の 生命
SCE・Net
持田典秋
発 行日
2013.9.6
Dog year と 言 う 言 葉 が 使 わ れ て い る 。 そ れ は 、 犬 は 人 間 の 約 7 倍 の 速 さ で 成 長
し 老 い て い く こ と か ら 、特 に IT 業 界 な ど の 、時 代 の 移 り 変 わ り の 速 さ を 言 っ て い
る 。 し か し 、 獣 医 師 広 報 板 http://www.vets.ne.jp/age/pc/ に よ れ ば 、 人 間 の 7
倍というのは大型犬の場合には大体当てはまるが、中・小型犬と猫は同等でおよ
そ 4 倍に相当する。
猫 は (中 ・ 小 型 犬 も 一 緒 だ が )、 小 さ な 時 は ず い ぶ ん 早 く 育 つ 。 生 ま れ て 半 年 で
9 歳 相 当 と な り 、 1 年 経 つ と 17 歳 、 立 派 な テ ィ ー ン エ イ ジ ャ ー で あ る 。 1 年 半 で
20 歳 、 2 年 で 23 歳 、 3 年 で 28 歳 と な る 。 こ の 時 期 を 過 ぎ る と 後 は 毎 年 4 歳 ず つ
歳を取っていく。
つ ま り 、 Cat Age は 3 歳 以 上 の 場 合 以 下 の 式 で 表 せ る 。
CA= 28+ 4(n -3)
n≧3
n:年齢
わ が 家 の タ ー ニ ャ も 13 歳 半 と な る の で 、 n = 13.5 を こ の 式 に 当 て は め る と 、
何 と CA=70 歳 で あ る 。
確 か に 生 ま れ て 2 年 で 家 に 来 た 当 時 は 、1m く ら い の 高 さ の 所 に は 簡 単 に 飛 び 乗
り 、 階 段 は 2,3 段 ご と に 勢 い 良 く 駆 け 上 が っ て い た 。 そ れ が 今 は 、 高 い 場 所 は じ
っと眺めて飛び乗れるかどうかを判断し、やはりやめておこうとばかり諦める、
あるいは階段も 1 段 1 段、時には両足を揃えて上がっていく。以前は、宅急便の
配達のピンポーンに反応し、玄関に真っ先に迎えに行っていたが、今やそれも聞
き 流 す よ う に な っ た 。睡 眠 時 間 が 長 く な り 、一 日 中 寝 て い る 。動 き が 緩 慢 に な り 、
寝転んでばかりいる。見ているといささか身につまされることもある。しかし、
食欲はあって体重も殆ど変わらず、元気で暮らしている。それでも、私が夜遅く
なって帰って来る時は、今でも玄関でじっと待っていてくれる。
5 年ほど前に膀胱炎か尿道炎の疑いで治療に通い入院までしたが、その後は
時々毛玉を吐く位で、加齢による変化以外は普通に暮らしている。
通 常 は 、1~ 3 ヶ 月 に 1 回 動 物 病 院 に 連 れ て 行 き 、爪 切 り と 一 緒 に 健 康 状 態 を 診
察してもらっている。爪を切るのを嫌がって、日頃はおしとやかなわが家の女王
様も、この時ばかりは、はしたなくもギャーギャー騒ぎ、動物病院の待合室で待
っているギャラリーをびっくりさせる。診察室からターニャを連れて出る私が、
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恥ずかしくなる位である。これはやはり、幼児期に爪を切らせるように躾けて来
な か っ た た め で 、我 が 家 に 来 た 時 は 生 ま れ て 2 年 、つ ま り 23 Cat Age だ っ た か ら 、
躾けたくても時期的に困難だった。
今年の 4 月、動物病院で見てもらった時、触診で胸に大きなしこりができてい
るのが見つかって 、レントゲン検査を行 った。その 結果、右の乳腺に腫瘍 らしき
ものができていることが判明した。 医師の説明は「腫瘍でも 良性の場合は問題な
い 。し か し 、犬 は 50%の 割 合 で 良 性 だ が 、猫 は 80~ 90%が 悪 性 で あ る 。つ ま り 乳 が
んの危険性が極めて高い。対策としては手術だが、乳房は上 3 つが繋がっている
の で 、1 番 上 に 見 つ か っ た こ と は 、す で に 3 つ に 広 が っ て い る と 見 た ほ う が 良 い 。
また他への転移も考えられる。まず、半日の検査入院をし、 生体のサンプル検査
と血液検査など細胞レベルの検査を行う。その結果を見て対策を講じる。良性の
場合は、何もしなくても良いが、悪性の場合転移も進んでいたら、あと半年の寿
命かも知れない。 手術をして助かる可能性も残されているが、転移もし易く、抗
癌 剤 に よ る 苦 し み も あ る 。」と の こ と 。一 瞬 目 の 前 が 真 っ 暗 に な っ た が 、と に か く
検査結果を待つしかない。帰ってインターネットで調べると、まさに医師の入っ
た通りのことが出ていた。
10 年 以 上 一 緒 に 暮 ら し た タ ー ニ ャ の い な い 生 活 な ん て 、 全 く 考 え ら れ な い 。し
かし、何時かはこうなることははっきりしていた。どのように対応するか、結果
が出るまで 1 周間の猶予期間が与えられたので、その間妻とこの問題について真
剣に悩みながら話し合った。
猫の生命の事と言っても、私達とて同じこと。二人共日頃から、植物人間状態
で生き続けたくない、助かる可能性のない手術はやめる、胃瘻などもってのほか
と、いわば自然のままの死を望んでいたので、ターニャに関しても同じ結論に達
した。つまり、結果が乳癌であっても手術はしないと覚悟した。手術をしても 6
ヶ月の生命、癌は直ぐに転移などしやすいし、抗癌剤の副作用で苦しむのも見て
いられない。それならば、手術はせずに今まで通り世話をしてやろう。苦しんだ
ら、痛み止めを与えてやろう。それがターニャの寿命であり、自然である。私達
は一縷の望みを持ちつつも、どんな結果であろうと、それを受け入れようと覚悟
を決めた。
1 週間が過ぎ、動物病院に緊張しながら結果を聞きに行った。医師から「生体
検査の結果はマイナス。がん細胞は全く検出されなかった。私にとって、このよ
うなことは今までになかったレアケースである。血液検査の結果も異常無しなの
で 問 題 な い と 思 う が 、念 の た め 来 月 中 旬 辺 り に 再 検 査 を 行 っ た ら ど う か 。」と の 申
し入れに私達も同意した。覚悟を決めて乗り込んだ割には、いささか拍子抜けの
感 は 否 め な か っ た 。 良 性 の 腫 瘍 は 10%と 言 う か ら 、 ま さ に 九 死 に 一 生 を 得 た わ け
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で、ターニャは非常に幸運であった。家に帰ると私達の心がわかるのか、ターニ
ャは元気に動き回って側に寄って来た。食欲も旺盛。
そ れ か ら お よ そ 1 ヶ 月 、乳 が ん 疑 惑 の 再 検 査 に 行 っ た 。体 重 は 3.7kg、通 常 4kg
程 な ど で か な り 減 っ て い る 。タ ー ニ ャ に も ス ト レ ス が あ っ た の だ ろ う か 。医 師 は 、
今度は念を入れて腫瘍の右側から4箇所、左側から2箇所をサンプリングした。
腫瘍の形は先月より小さくなっている感じで、他には転移してはいないとのこと
だった。サンプル数から言って、今回の麻酔は前より強かったのか、ターニャは
家に帰ってからもウニャウニャ、ニャーニャー騒ぎ、なかなか静かに寝付かなか
った。水と食べ物はチーズペーストのみ。
それから 1 週間待った。今度は電話で連絡があった。結果は、サンプルから癌
細胞は全く見当たらなかった、やはり単なる脂肪の塊であったのだろう、とのこ
と。この時も、非常に珍しいケースだと繰り返し言われた。
乳癌の疑いは晴れた。確かに運が良かったのかも知れない。だが、ターニャも
人 間 で 言 え ば 70 歳 で あ る 。何 が あ っ て も お か し く な い 時 期 に 差 し 掛 か っ て い る こ
とも事実である。もし悪性の腫瘍だったらと思うと、やはりゾッとする。
あれから 6 ヶ月、ターニャの現実は何事も起こらず、今日も甘えてブラッシン
グして欲しくて私のところに来てせがむ。元気である。まだまだターニャとの生
活は続く。
この事件は、ターニャを通し生命について私達に色々なことを考えさせてくれ
た。
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