映像制作における発注者と制作者のコミュニケーション支援 ―デジタル化による制作環境の変容に注目して― キーワード:映像制作,デジタル化,アマチュア 情報コミュニケーション教育研究領域:阿部 慧 ■背景 パーソナルコンピュータやソフトウェアの普及により,その敷居は低く 今日,映像を利用したメディアの普及や制作環境の向上などの要 なり,より多くの人々が手軽に映像を制作できる時代となった。コンピ 因により,映像コンテンツを求めるニーズや求められる場は増加の一 ュータによる映像制作を通じて,映像に興味をもった若者がキャリアを 途を辿っている。それに伴いデジタルコンテンツを中心に映像制作者 積みフリーランスの制作者として,仕事を請け負い,映像製作に携わ の人口も増加し,映像のジャンルや消費者が求める表現のバリエーシ るケースも増加している。本研究では,そのような制作者を「アマチュ ョンの種類も多様化した。 ア制作者」と定義した。 たとえば, 映画/テレビ番組/CM/ドキュメンタリー アニメーション/ショートフィルム/モーションロゴ ■デジタル化による映像制作の変遷の調査 映像制作は,映画やテレビ番組制作などの実写・撮影による映像, WEB コンテンツ/ゲーム/ミュージックビデオ コマ撮りによる映像であるアニメーション,モーションタイポグラフィや OOH メディアへの利用/インタラクティブアート/VJ CG 映像をはじめとするグラフィックス映像(狭義のモーショングラフィ などがある。 ックス)の主に3つに分けることができる。それらの映像制作が 90 年代 「映像」という言葉でくくられる領域は,カテゴライズが曖昧なまま拡 中頃の「Adobe After Effects」や「Flash」などの制作ツールの普及によ 大し続けている。デジタル化による映像制作ソフトウェアの普及は,映 るデジタル化を期に,映像素材全てをソフトウェア上で一元的に扱え 画やアニメーションのような専門的な技術が求められる分野の他に, る環境が整い,すべての表現がミックスされた今日の映像制作へと変 デジタルコンテンツを中心にした,ビデオプロダクションと DTP デザイ 化した(図 2)。 ンの中間領域を範囲とする,映像制作に参入しやすい分野を生み出 した。それによって,映像を求める発注者側と請け負う制作者側の両 面から映像制作の裾野は広がり続けている。アマチュアに近い制作 者が仕事を請け負うことで,キャリアを積みフリーランスの制作者として 映像製作に携わるケースは,プロモーションコンテンツ映像の制作を 中心に増加している。デジタル化によって,映像制作におけるプロと アマチュアの境界は,曖昧になりつつある。 ■目的 現在,映像制作の裾野は,全く映像制作の知識のない発注者へ, そしてキャリアの浅いフリーランスの制作者へと広がりつつある(図1)。 今までの映像知識のある発注者とプロフェッショナルな制作者の間の 図 2 デジタル化による映像制作の変遷の歴史 コミュニケーションとは異なる視点で,アマチュア映像制作者と専門知 識の少ない消費者の間でのコミュニケーションを見つめ直す機会であ ■アマチュア制作者へのインタビュー調査 ると考える。デジタル化した映像制作に必要な制作知識を整理し,専 仕事として報酬をうけフリーランスとして活動する,アマチュア映像 門用語をフォローする視覚的なコミュニケーションが求められているの 制作者やデザイン系大学・映像系専門学校生 15 名に対しインタビュ ではないだろうか。 ー調査をおこなった結果,アマチュア制作者はプロ制作会社と比べて, 本研究の目的は,デジタル化による映像制作環境の変容によって 生まれた,キャリアの浅いフリーランスのアマチュア映像制作者と映像 制作の知識の少ない発注者間の映像制作事例を調査分析することで, 映像制作の初期段階(打ち合わせ)において具体的なイメージをすり 合わせる確認プロセスが少ないことがわかった(図3)。 発注者が完成への具体的なイメージをもち打ち合わせを充実させ 映像制作時におけるコミュニケーション支援のあり方を考察し,その一 るためには,発注者は映像制作の知識をつけ制作する側の視点を理 助となるグラフィックスを制作することにある。 解すること,制作者は具体的な事例をもちいて,専門用語の使用を抑 え視覚的な説明を用いることが必要であることがわかった。 図1 映像制作における発注者と制作者のひろがり ■アマチュア制作者の定義 映像制作とは本来,映画やアニメ制作などの専門的に教育された プロフェッショナル集団によるものであった。しかし,デジタル化による 図 3 アマチュア制作者とプロ制作者の確認プロセスの違い ■デジタル化した映像制作工程の考察 デジタル化以降の映像制作工程を考察をおこなった。その結果, 発注者が映像制作の流れを理解し,打ち合わせ時に有用な要求をす る為には,以下の5つの制作者視点の制作工程への理解が大切であ ることがわかった。 (1) 依頼内容から発注者が求めている要件を探り,[イメージコンテ] を作成する (2) [イメージコンテ]をもとに[元素材]を作成する (3) [元素材] を加工し,[動画素材(部品)]を作成する (4) [動画素材(部品)]を組み合わせて[シーン]を作成する (5) [シーン]と[シーン]を編集し,つなぎ合わせ一つの[ムービー]を 作成し完成する さらに,導きだされた5つの工程を,各素材ごとの特徴からサンプル 図 5 カテゴリースコアの考察 映像を制作することで検証した。 クラスター分析よりサンプルを 26 のグループに分類し,代表サンプ ■提案 (1) 映像制作の基本工程を説明するフローチャート,説明図,動画の 制作 「デジタル化した映像制作工程の考察」の項をまとめ,発注者への 工程を説明するフロー図,映像素材の種類や素材ごとの制作方法, 組み合わせ方を説明する図表や動画を制作した(図4)。 ルを設定した。カテゴリースコア,サンプルスコア,クラスター分析から の考察をもとに,提案2のレイアウトと以下の表示項目を決定した。 ・代表 26 サンプルの表示 ・26 のサンプルを特徴の近い 13 の映像群にまとめた表示 ・各代表サンプルの説明表示,各構成要素の説明表示 ・どのような制作方法を主体としているかの表示 ・「コマ撮りアニメーション技法のあり⇔なし」の軸表示 ・「グラフィック⇔実写」の軸表示 ・「ストーリーあり⇔ストーリーなし」の軸表示 さらに,全体を見渡せるサイズとして B0 サイズに紙面の大きさを設 定し俯瞰図の制作をおこなった(図6)。 図 4 提案1_制作工程の説明図・動画 (2) 映像表現の様々なバリエーションを把握できる俯瞰図の制作 現在日本で活躍する映像作家の代表的な映像作品 155 点をサン プルとして収集し,「素材の組み合わせ方」「ソフトウェア依存度」など 図 6 提案 2_映像サンプルをもちいた表現の俯瞰図 映像の構成要素8属性にて分類,数量化理論Ⅲ類による分析をおこ なった。 ■検証 カテゴリースコアをみると,1軸マイナス方向には,「キャラクターが アマチュア制作者が主に依頼される,プロモーションコンテンツの 存在しない映像である」,「抽象的なオブジェクトを主体とした映像で 映像制作依頼事例2件をケーススタディとして,実際の映像制作に提 ある」,「デジタル依存度(最高) ソフトウェア上で完結した CG 映像で 案をもちいることで,検証をおこなった。その結果,発注者側からは ある」,など,映像の特徴を伝えにくいものが多い。それに対し,「デジ 「制作者と同じ『つくる目線』で,映像をとらえる姿勢への準備ができ, タル依存度(中) – 実写・撮影主体の映像である」,「デジタル依存度 打ち合わせでより具体的な要求ができた。」,制作者側からは「説明や (最低) アナログに手作業で制作した映像である」,「映像に人が登場 アイデア展開の手助けとなり,制作初期段階において,制作に必要な する映像である」,「実写である」,「ストーリー(強) 明確なストーリーが 情報を多く集めることができた。」という検証結果が得られた。 存在する」など,伝え易いものが多い。そこで解1は「伝えにくい -伝 えやすい」と解釈した。2軸については,マイナス方向に「デジタル依 ■結論 存度(中) 実写・撮影主体の映像である」,「映像に人が登場する映像 制作工程を説明する図表や動画,映像作家の作品事例をもちいて である」,「実写である」,「実写で撮影された人が登場する」など現実 映像表現全体を視覚的に俯瞰する図の提案は「アマチュア制作者は 性が強い。一方プラスの側では,「デジタル依存度(最低) アナログに 制作知識の少ない発注者に対して,試作段階まで,意思疎通の確認 手作業で制作した映像である」,「キャラクターが登場する映像である」 プロセスを省略しやすい傾向ある」に対して,一定の改善効果がみら などのデフォルメされた非現実性の高いものが多い。そこで解2は, れた。 「現実 – 非現実」とした。 さらに,カテゴリースコアの映像の特徴要素の分布考察から,特徴 要素を5つの大きな映像のタイプに分類した(図5)。 本研究の提案は,映像サンプルを活用し,映像群の関係性や映像 の構造を発注者へ視覚的に伝えることで,映像制作を「つくる側の目 線」で考える姿勢を育て,打ち合わせにおいて,制作に必要な情報を 引き出す助けとなることが確認できた。
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