ル・トロネ修道院回廊における光歪空間モデルを用いた建築設計手法 指導教員 吉松 秀樹 教授 7ACBM026 渡邉 修一 1. 研究の背景と目的 2-2. 光の減衰と曖昧な輪郭 1-1. ル・トロネ修道院回廊での体験 ル・トロネは、厚い壁がつくる反射光がグラデーショ 装飾の抑えられたル・トロネ修道院 (* 注 1.) 回廊 ( 図 1)( 以 後ル・トロネとする ) は、移動や時間によって光が微細に変化し、 ン状に空間を照らし ( 図 4) 、微細な陰影の変化を知覚さ せ易くしている ( 図 5) のに対し、明度差が明確なセナン 散策するたびに異なる印象を受ける。空間に多様な表情 クは、光の制御によって細い列柱に施された装飾の輪郭 を与えるそのメカニズムに興味を覚えた。 を際立たせている ( 図 6)。 図 4 同一光源(模型)による検証 左:ル・トロネ 右:セナンク 1-2. ル・トロネが持つ光歪特性 図 1 ル・トロネ修道院回廊 光歪特性とは、紫外線などの光の照射によって形状を 明度:高 明度:中 明度:低 図 5 ル・トロネ明度分析 (* 注 3.) 明度:高 明度:中 明度:低 図 6 セナンク明度分析 (* 注 3.) 2-3. 石壁の凹凸による色彩の増加 変化させる物質の特性を指す言葉であるが、陰影によっ ル・トロネの石壁の細かな凹凸 ( 図 6) は「色の同化 (* 注 て表情を刻々と変化させるル・トロネは、空間にその様 4.-01) な特性をもった光歪空間であるように感じた。ル・トロ らしていると考えられる。 」 や「E・エーデルソン錯視 (* 注 4.-02)」の効果をもた ネの光歪空間のメカニズムを解き明かすためセナンク修 道院 (* 注 2.) 回廊 ( 以後セナンクとする ) と比較すると、相違点の 中で顕著であったのは、より外部からの視覚情報を制限 するル・トロネの壁の厚さである。この厚い壁に、光歪 空間のメカニズムがあるのではないだろうか。 1-3. 光歪空間モデルを用いた設計手法 凹凸:なし 凹凸:あり 凹部が色の差異を知覚させる 図 7 凹凸による知覚の変化 2-4. 既存建築における表現手法との比較 光歪空間は、光によるグラデーション状の明度分布が 本修士設計は、ル・トロネから「光歪空間モデル」を 形態の輪郭や色彩の知覚に幅を持たせている空間構造 導き、現代的な建築設計手法への展開を目的とするもの であると考えられるが、現代建築における類似表現 ( 図 8) である。 は表層に留まっている場合が多い。 2. 光歪空間のメカニズム 光源操作タイプ 光源操作タイプ ルーバーを用い、光の侵入や陰影の映り ル・トロネは巧妙な柱の配置により外部情報が制限さ れ ( 図 2) 色域が狭いため、 陰影の変化が知覚され易い ( 図 3)。 込みを操作し、表情を変えるタイプ。 透過操作タイプ 透過操作タイプ 中庭 デモインの図書館 02 採光、時間によって透過する方向を変え 回廊 ル・トロネ 45 デヴィット・チッパーフィールド ミラーガラスや透過素材を用いて視点や plan level+1500 回廊 01 シグナルボックス 2-1. 視覚情報の制限と色域の限定 中庭 ヘルツォーク&ド・ムーロン るタイプ。 拡散操作タイプ 反射操作タイプ セナンク 25 ピーター・ズントー ブレゲンツ美術館 図 2 平面分析 03 拡散率の高い素材で光の層をつくること で太陽光を間接光にし、内部や外観を彩 るタイプ。 形状操作タイプ 形状操作タイプ 青木淳 ルイ・ヴィトン 04 ダブルスキンによるモアレや錯視を用い 色域:広い 変化がわかりづらい 色域:狭い 影が空間の色となる 図 3 色域の限定によって陰影が現れる Architectural design method using photostrictive space model of the cloisters of Le Thoronet Abbey て、実際にはない動きや形状を知覚させ るタイプ。 図 8 類型化 WATANABE Shuichi 3.「光制御タイプ」の作成 3-1. 3-2. 3-3. 減衰タイプ、反射面タイプ、粒子タイプ ル・トロネから導き出された光歪空間における光の制 御を「減衰 ( 図 9-01)」、「反射面 ( 図 9-02)」、「粒子 ( 図 9-03)」の タイプに分解し、「光制御タイプ」を作成する。壁面は 光の吸収率の低い白色とし、光源は間接光とした。 減衰制御タイプ 減衰制御タイプ 隣接する空間の動きに対する解像度を上 げていくタイプ。床面を壁面からセット バックし、太陽光を反射光として入射さ せる。遮光によって変化する光量が壁面 との距離感を変化させる。 反射面制御タイプ 反射面制御タイプ 01 反射光が当たる割り付けを僅かに傾ける ことで、光を複数の色として捉えさせる と共に、複数の反射が角度に対する認識 を曖昧にすることで空間の形状知覚を変 化させるタイプ。 粒子制御タイプ 粒子制御タイプ 02 粒子の疎密を制御して、僅かな光によっ て空間を操作するタイプ。散乱と呼ばれ る夕焼けや青空をつくる現象を応用し、 光の拡散に変化を与え、壁面の凹凸知覚 を変化させる。 03 図 9 光制御タイプ 図 11 都市型美術館への展開 4.「光歪空間モデル」の作成 5. 結び 光をつくる遮光」「角度の異なる複数の反射」「僅かな光 解像度を上げ、空間の印象に振れ幅をつくり出す建築設 を運ぶ拡散」である。これらを空間構成や構造に援用す 計手法として有効である ( 図 12)( 図 13)( 図 14)。 光の制御を検証した3タイプの特徴は、「空間を包む 本修士設計は光を制御することで時間の変化に対する ることで、「光歪空間モデル」を作成する。 4-1. 4-2. 加算型モデル、減算型モデル 加算型 ( 図 10-01) は壁面の角度を操作し中心部に光を運 び、影に反射光を重ねることで平面的な光量の変化を捕 え、減算型 ( 図 10-02) は地上からの反射を絞り、可視化す ることで断面的な光量の変化を捕えるものである。共に グラデーション状の明度差の発生が確認できた。 加算型モデル 影ができる面に方向性のある反射光を当 てるとグラデーション状に明暗ができる ことに着目し、異なる角度で並んだ壁面 を 3 枚以上配置することで反射光を内部 空間に溜めていく。 01 減算型モデル 図 14 外観 図 12.13 表情を変える展示空間 [ 注釈 / 参考文献 / 参考資料 ] (* 注 1.) フランスプロバンス地方にあるロマネスク様式のシトー派修道院 1175 年∼。 (* 注 2.) ロマネスク様式のシトー派修道院、ル・トロネ修道院とシルバカンヌ修道院と合わせてシトー派 3姉妹と呼ばれる。 (* 注 3.) 撮影時に直射日光が確認できた回廊は対象外とし、画像は回廊を直進時の画角のものとすることで、 外部の風景による明度の変化を除外する。Adobe photoshop を用い画像をグレースケール 10 階調化した。 地上からの反射光が距離によって減衰す ることに着目し、ホワイトキューブで光 量の変化を空間的に捕えていく。 02 図 10 光歪空間モデル 4-3. 都市型現代美術館への展開 時間や来訪者の動きと共に表情を変える「光歪空間モ デル」を画一的な展示室になりがちな現代美術館に応用 (*) 西田雅嗣「ル・トロネ旧シトー会修道院教会堂平面の幾何学構成図式と尺度・寸法について ル・トロ ネ旧シトー会修道院の教会堂平面(2)」 日本建築学会大会学術講演梗概集(近畿)1996 年 9 月 (*) 西田雅嗣「中世シトー会建築の平面に見る尺度について ル・トロネ修道院回廊平面を例としてみた建 築計画と象徴表現における寸法」 計画史研究 2006 (*) 西田雅嗣「シトー会修道院の回廊に見る正三角形による構成と尺度についてール・トロネ及びセナン クー」 日本建築学会大会学術講演梗概集(中国)1990 年 10 月 (*) 相澤大輔 , 小林義和 , 白井健二「光歪特性を用いた順送りマイクロ成形装置の開発」計測自動制御学会 東北支部第 225 回研究集会資料 2005 年 色の同化 01 A エドワード・エーデルソン錯視 02 する。加算型と減算型を組み合わせ、光の軌跡を可視化 背景の色は同じで することで、ホワイトキューブの機能を維持しながらも、 りも線の色に似た マスで囲まれていることで異なっ 傾向の色に見える。 た色に見える。 光に対してアンプリファイアな空間ができる ( 図 11)。 あるが、元の色よ B A と B のタイルの色は同じである。 Bのマスの周りが、より暗い色の (* 注 4.) 錯視 2008 年度修士設計梗概集 東海大学工学研究科建築学専攻
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