市場の両面性と経営戦略 1 東京経済大学 経済学部 専任講師 黒田敏史 市場の両面性とは: 両面市場(TWO-SIDED MARKET)の定義 企業が顧客同士が相互作用をするためのプラットフォームを提供 しており、相互作用の量がそれぞれの顧客が課される料金の合 計のみならず、料金のバランスにも依存する場合、市場は両面性 を持つという (Rochet and Tirole, 2003) 顧客グループが多数の場合へ一般化した場合を多面市場 (Multi-sided market)と呼ぶ プラットフォーム 料金pa 顧客A 料金pb 相互作用 顧客A 2 市場の両面性とは: 両面市場における価格設定 市場が両面性を持つとき、企業は顧客Aと顧客Bの間で適切 な価格の移転を行う事で、より多くの顧客を獲得し、より多く の相互作用を行わせることで利潤を増大させることができる Rochet and Tirole(2003)による両面市場の例 製品 補助をされる顧客 (a)ソフトウェア産業 ビデオゲーム 消費者 オペレーティングシステム アプリケーション開発者 (b)ポータル&メディア産業 新聞、雑誌 読者 (c)決済市場 クレジットカード 支払者 (d)他の産業 インターネット Webサイト 補助をする顧客 ソフトウェア開発者 顧客 広告主 店舗 消費者 3 市場の両面性とは: 独占のケース 顧客グループAとBの間にネットワーク効果が働く場合、市場は両 面性を持つ ある財の値付けは、ある財の需要と費用に加えて、対となる財の 需要と費用をも考慮して決定する事が望ましい 独占の場合の利潤 π = ( p A − c A ) x A ( p A ) + ( p B − c B ) x B ( p B ) p: 料金, c: 限界費用, x: 販売量, w:所得, 添え字A,Bはそれぞれ顧 客A,B向けの料金、費用、販売量を表す 顧客Aへの料金を1円上げたときの限界的な利潤 間接ネットワーク効果 A B A ∂π A A ∂x A B B ∂x ∂x = (p −c ) A + x +(p −c ) A A A ∂p ∂p ∂x ∂p 値上げによる顧客減 少による利潤の減少 値上げによる、対となる市場の 顧客減少による利潤の変化 値上げによる既存顧客からの収入増 4 市場の両面性とは: 限界的な収入の変化 市場の両面性により、企業が価格を下げる事によって得られる限 界的な収入は大きくなり、利潤を最大にする価格はより低くなる 間接ネットワーク効果を通じた他 財からの収入を含めた限界収入 ps マージン c 単一財の 限界収入 pt マージン c 両面性有り(two-sided) 両面性無し(single-sided) その結果、顧客グループに対する高いシェアを持つにも関わらず、低い マージンを設定する事が利潤を増大させる場合が生じる 極端な場合、財の価格は負になる(例:マイクロソフトの検索エンジンは、 検索エンジン利用者に対するキャッシュバックキャンペーンを実施してい る) 5 市場の両面性とは: まとめ ある顧客グループからのマージン ある顧客グループから得られるマージン大 → 対となる顧客グ ループの価格を下げ、ある財の呼び水とすることで、総利潤が増 加する *ある顧客グループから得られるマージンは、競争の程度(価格弾 力性、参入企業数、差別化の程度、等によって定まる) ある顧客グループが発するネットワーク効果 ある顧客グループが発するネットワーク効果大 → ある財の価 格を下げ、対となる顧客グループの呼び水とすることで、総利潤 が増加する *ネットワーク効果の強さは、市場の成熟度合い(普及率)、プラット フォーム加入の容易さ等、によって定まる 6 両面市場のケーススタディ: 家庭用ゲーム機プラットフォーム Clements and Ohashi (2005): 米国における家庭用ゲーム機 の競争 プラットフォーム:家庭用ゲーム機(セガ、任天堂、ソニー、3DO) 顧客A: 消費者 顧客B: ソフト制作会社 セガ・任天堂・ソニーの戦略 消費者にゲーム機を安く売り、制作会社からライセンス料を徴収 3DOの戦略 ゲーム機は高く、ライセンス料は競合の半額以下に(3 Dollar) 創業者のHawkinsははソフト制作大手のエレクトリック・アーツの創業者で あり、消費者にとってはゲームシステムへの支出総額のみが問題である と考えていた(大橋, 2010) 分析 普及初期における消費者のハード価格に対する弾力性は高く、ソフトによ るネットワーク効果は低かったため、3DOは敗北 7 両面市場のケーススタディ: 雑誌・新聞 Kaiser and Wriget (2006): ドイツの雑誌の価格バランシング 顧客A: 雑誌の読者 顧客B: 雑誌への広告主 分析 雑誌の需要の増加により、広告料金は高くなる 広告の増加は雑誌の価値を高めない 雑誌社は、ネットワーク効果の非対称性により、雑誌の値段を低くし、広告料 金を高くする事が最適であり、均衡では雑誌の販売収入は発行費用を下回っ ている事を明らかに Argentesi and Filistrucchi (2007): イタリアの新聞の暗黙の共謀 顧客A: 新聞の読者 顧客B: 新聞への広告主 分析 新聞市場の購読者市場の競争は弱く、広告の競争は激しい これは、かつての新聞市場への規制により新聞社間に暗黙の共謀が成立し ており、新聞販売から得られる収益が高いため、その分広告料金の値引きが 行われているためと考えられる 8 両面市場のケーススタディ: ネットワーク中立性 Lee and Wu (2009): ネットワークの中立性と両面市場 顧客A: ISPの加入者 顧客B: コンテンツ事業者 AがBのコンテンツを利用する際に、BはAの所属するISPに対して 従量料金を支払う必要がない(価格が0)のが通例である 2000年代中頃に、AT&TのようなISPは、GoogleやWikipediaのようなコンテ 2000 AT&T ISP Google Wikipedia ンツ事業者がISPの顧客とコンテンツのやりとりをする際に、コンテンツ事 業者に対して支払を求めたい もし支払が行われない時にはそれらのサイトへのアクセスが遮断される かもしれないとの懸念の発生 分析 現在の均衡では、市場の両面性により、AとBの相互作用に伴う全費用を Aが負担 コンテンツは容易に複製が行われるため、市場において過小供給となる 傾向があり、BからAへ価格の移転が行われる事で、市場の失敗が是正さ れる事は望ましい事である 9 両面市場のケーススタディ: 日本の携帯コンテンツ 黒田 (2009): 日本の携帯電話プラットフォーム プラットフォーム:携帯電話(ドコモ、KDDI、SoftBank) 顧客A: 携帯電話加入者 顧客B: 携帯コンテンツ事業者 携帯電話事業者は加入者がコンテンツを購入する際に課金代行 手数料を徴収しており、手数料水準は、加入者によるコンテンツ 支出額のうち、コンテンツ事業者が入手する割合を決定する 手数料水準が高くなれば、加入者の増加が発するコンテンツ事業者への ネットワーク効果が低下する 分析 携帯電話の加入者からのマージンは大きい ドコモは手数料水準が9%であれば、決済手数料からの収入だけではi モードプラットフォーム構築費用をまかなえず、その分加入者から移転を している KDDIの決済手数料は不明だが、モデルの均衡から導き出された予測値 では、ドコモ以上に大きな補助金を出している事が予測される 10 両面市場のケーススタディ: 日本の携帯コンテンツ(続) 政策シミュレーション MNP導入の効果の分析 MNPの導入は、NTT・KDDIの市場支配力を低下させなかったが、決済手 数料の引き下げ(もしくはそれと同等の効果のあるコンテンツ事業者支援 策)が行われたように見える その結果、消費者はコンテンツ数の増加による便益を得ており、コンテン ツの増加による便益に相当する加入料金の低下は、NTTでは¥847.42円、 KDDIでは¥1,056.44になる プラットフォーム分離の効果 携帯電話事業者が決済代行サービスを行わなくなった場合、課金代行 サービスからの収入を求めた携帯電話加入者への割引(NTT216円、 KDDI376円、SB534円)が行われなくなる しかし、携帯インターネットを利用しない加入者を携帯インターネットに加 入させてARPUを上げようとする効果が働くため、料金は低下する また、プラットフォーム構築、決済代行サービスにかかる費用を加入者か ら回収できなくなるため、決済代行手数料は大幅な値上げが予想される 11 両面市場のケーススタディ: 両面市場モデルによるFMCの分析 Ida and Kuroda(2009): FMCによる市場の競争状況の変化 プラットフォーム: NTT、KDDI、SoftBankのFMC 顧客A: 携帯電話利用者 顧客B: 固定ブロードバンド利用者 FMCサービスによるネットワーク効果 固定ブロードバンドと携帯電話を組み合わせたサービス(ドコモ「ホーム U」、「auまとめトーク」、「ホワイトコール24」)などにより、固定ブロードバン ドと携帯電話の間に間接ネットワーク効果が生じる 固定ブロードバンドと携帯電話の価格バランシング 携帯電話から固定ブロードバンドへのネットワーク効果は、固定ブロード バンドから携帯電話へのネットワーク効果よりも強い NTTのネットワーク効果は、KDDI,SoftBankのそれよりも強い NTTは固定通信市場での高い市場支配力からくる高マージンを求め、携 帯電話を積極的に値引きする誘因を持つ。 現在はアクセスチャージ規制によって自由な値付けをすることができない が、規制が無くなった場合、NTTの固定ブロードバンドのマージンは15,236 円に上昇すると見込まれる 12 両面市場モデルのさらなる応用 オンラインメディア産業の分析 Web閲覧者に課される価格の上昇(有料化)は、価格当該市場の寡 占化によるマージン(≒市場支配力)の高まりではなく、広告市場に おける競争の進展( ≒マージンの低下)の結果かもしれない エコシステム、キーストーン戦略、オープンイノベーション エコシステム論におけるキーストーンは、多面市場モデルでは強い ネットワーク効果を発する財と解釈できる キーストーンの参入が容易であれば、オープン化が好ましい フリーミアム(価格差別)との対比 価格差別が成立するのは、顧客の価格に対する態度が十分に異 なっているときであり、価格に対する態度以外の要素を戦略に反映 させる余地がない 両面市場は、価格に対する態度とネットワーク効果の組み合わせに よる分析であり、価格戦略のみならず、プラットフォームのオープン化 戦略等にも応用可能 13 参考文献 Argentesi, E. and Filistrucchi, L. (2007). Estimating Market Power in a Two-Sided Market: The Case of Newspapers. Journal of Applied Econometrics, 22(7), 1247-1266. Clements, M. and Ohashi, H. (2005). Indirect Network Effects and the Product Cycle: Video Games in the U.S., 1994-2002. Journal of Industrial Economics, 53(4), 515-542. Kaiser, U. and Wright, J. (2006). Price Structure in Two-Sided Markets: Evidence from the Magazine Industry," International Journal of Industrial Organization 24:1-28. Rochet, J.C. and J. Tirole (2003). Platform Competition in Two-sided Markets,” Journal of the European Economic Association 1: 990-1029. Lee, R., & Wu, T. (2009). Subsidizing Creativity through Network Design: Zero-Pricing and Net Neutrality. Journal of Economic Perspectives, 23(3), 61-76. 大橋(2009) 「モバイルの産業構造と競争政策上の課題」川濱・大橋・玉田編「モバイル産 業論」東京大学出版会 収録 黒田(2009) 「ネットワーク産業の経済分析」 京都大学経済学研究科課程博士申請論文 Ida, T. and Kuroda, T. (2009). Considering Fixed-Mobile Convergence Service as a Two-Sided Market," Graduate School of Economics, Kyoto University, Working Paper No. 109. 14
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