日本発ラグジュアリーブランド創造に向かって -イタリアのビジネスモデルに学ぶ- 小林国際事務所 代表 小 林 元 Ⅰ.“エクセーヌ”が北イタリアのビジネスモデルに出逢う 1.世界一細い繊維を開発した ─エクセーヌ開発の物語─ 1970年代の初め、東レの研究者が世界で誰も成功したこと のない極細繊維を開発。天然繊維では、細いものほど高級だっ たので、合成繊維でも高級品を作りたい。 欧米には自然を征服するという発想はあっても、自然をまね るという考え方はない。 東レはこの極細繊維で人工スエード(ブランド名:エクセーヌ、 イタリア名:アルカンターラ)を作り上げた。 1 2.北イタリア人はこの繊維に“美”を見出す 東レは国内、米国に販売するが、この繊維が本格的に 開花するのは、ミラノに設立したアルカンターラ社の手に かかったことによる。 北イタリア人はこの素材に“用”(機能)だけでなく、“美” を見出して商品化する。彼等の“用と美”の融合したビジ ネスモデルによって、まずアパレル、次に家具と車のシー ト用途で需要を開拓し、“アルカンターラ”はヨーロッパの おしもおされもせぬラグジュアリーブランドとなり、同社は イタリアNo.1の中堅企業と評価されている。 2 3.トヨタが最近、国内の車に アルカンターラを採用 個性化し感性に目覚めた日本の消費者向けに、トヨタは カーインテリア素材にアルカンターラを採用し、高い評価を 得ている。 日本の自動車メーカーも機能一辺倒ではなく、“美”も兼 ね備えていないと、消費者の心を捉えられないことを理解 し始めた。 3 Ⅱ.北イタリアビジネスモデルの競争優位 1. 2つの文明の融合 (1)バティスタ・ジョルジーニの登場 アルタモーダ(イタリア版オートクチュール)を創り上げる。 イタリアのファッション業界は第二次大戦後もパリのオートクチュールの 支配下にあった。イタリアのブランドというのは何一つなく、イタリア品は 「安かろう悪かろう」の代名詞だった。 ↓ 彼が考えたのは、パリモードの支配下からの脱却。 ・パリのオートクチュールの中にイタリア人デザイナーが育っている。 ・イタリア人固有の美の感覚をデザインに取り入れる。 ・繊維素材はもともとイタリアにある。 →1951年アルタモーダファッションをフィレンツェの自宅で開催。 主として米国市場で高い評価を得る。 4 1. イタリアファッションの再興 ─戦後パリと並び称される ファッションセンターを築き上げた─ (2)イタリア型プレタポルテの提唱 プレタポルテとは、デザイナーブランドによる高級既成服 →彼は、アルタモーダだけでなくプレタポルテを世界に先が けてこのファッションショーに登場させた。 5 2. バティスタ・ジョルジーニが提唱した プレタポルテのビジネスモデル (1)1950年代初頭の衣料市場 一部の特権階級 → オートクチュール(アルタモーダ) 一般大衆 → 素材の劣る、何の変哲もないスタイルで 大規模工場で大量生産された、または、 近くの仕立屋で縫ってもらった安物。 6 2. バティスタ・ジョルジーニが提唱した プレタポルテのビジネスモデル (2)中産階級(Middle)の台頭 1950年代に入り経済成長の結果、働く人々の給与が上昇 とりわけ、解放された女性がたくましく職場へ進出。彼女達は、 今までの服に飽き足らなくなり、周りの人とはちょっと違った ファッション性のある服を着たい、という欲望が出てきていた ことにジョルジーニは注目した。 7 2. バティスタ・ジョルジーニが提唱した プレタポルテのビジネスモデル (3)彼女達が支払える価格に収めるには、アルタモーダでは 不可能。新しいビジネスモデルを創り出す必要がある。 それには、以下の4つの要素を結び付けることによって可能 となる。 ① ② ③ ④ イタリア産の繊維素材 イタリア人の美の感覚によるデザイン 伝統的に培ってきた手づくりによる服づくり技術 工場における既成服の生産技術 8 2. バティスタ・ジョルジーニが提唱した プレタポルテのビジネスモデル (4)バティスタ・ジョルジーニは、こうした新し いビジネスモデルのコンセプトを提唱し、プ レタポルテの試作品をファッションショーに 登場させたが、新しい需要が出始めたば かりでロットがまとまらなかったためうまく いかず、先駆者としての地位にとどまった。 9 3. プレタポルテの生産システムの創造 (1) “インダストリーと仕立屋の結婚” 2の(3)で述べた③と④を どのように結びつけるかがこのビジネスモデルの鍵。 ③ 伝統的に培ってきた手づくりによる服づくり技術 ④ 工場における既成服の生産技術 1950年代から60年代にかけて、北イタリアの繊維業者達は この問題に取り組み、イタリア型プレタポルテ生産のシステムを 築き上げた。 → 彼らはこれを“インダストリーと仕立屋の結婚”と呼んでいる。 10 3. プレタポルテの生産システムの創造 (2)それまでの大規模工場における 大量生産方式(見込生産) パーツ生産 商 品 企 画 原 材 料 投 入 縫 製 検 査 裁 出 断 荷 工場生産方式(流れ作業) 11 3. プレタポルテの生産システムの創造 (3)新しい生産方式(受注生産) 検 査 商 品 企 画 原 材 料 投 入 裁 出 断 荷 外 注 工場生産方式 パーツ生産 縫製 職人による手作業 職人による手作業(セル生産方式) 工場生産方式 12 4. 新しいSCMの創造(その1) ─産業集積の形成─ (1)職人による手作業がイタリア的“美”を生み出す。 これらの仕立屋の職人達はいまだに美しく着心地のよい 服を作ろうというルネッサンス以来のこだわりを持ち続けて いた。 産業革命はそうしたモノづくりへのこだわりを壊して職人 を片隅に追いやってしまった。 →モノづくりにおける人間の再評価 13 4. 新しいSCMの創造(その1) ─産業集積の形成─ (2)新しい産業集積図 専門店 コ ンデ サザ ルイ タナ ンー ト 消費者 直営店 フランチャイズ 紡 績 織 布 コンバーター 兼 アパレル 染 色 糸 メ ー カ ー 縫 製 内はコンバーター兼アパレルが自社グループ内で行っている業務範囲 14 4. 新しいSCMの創造(その1) ─産業集積の形成─ (3)星座型の水平分業 彼等はお互いをPRODUCTION PARTNERと呼び、立場は 平等であるという。 上下関係を示すSUBCONTRACTORという言葉を使いたが らない。 集積の外にある糸メーカー(大企業)ですら水平に置いて いる。 15 5. 典型的なインテグラルモデル コンバーター兼アパレルを中核とする典型的なインテ グラル(擦り合わせ)型ビジネスモデルで全体最適を目 指している。 産業集積地の内部及び外部の知を水平の形で貪欲に取り 込み“知の集積”を図っている。 → そこでは、平等主義と現場主義の精神が貫かれている。 16 6. アルマーニ革命の核心 (1) ジョルジオ・アルマーニは、 1970年代ヨーロッパファッション界に革命をもたらした。 それまでヨーロッパファッションを支配していたオートクチュール は特権階級の人々が権力とステイタスを誇示するもの。 →マズローの欲求の5段階説の第4段階=“自尊”に相当。 17 6. アルマーニ革命の核心 (2)アルマーニの服づくりの基本コンセプト ① 魅力的で官能的な美しいもの ② 人間の自然な動きにマッチした着やすいもの →ルネッサンス時代のモーダの原点に帰るということ。 18 6. アルマーニ革命の核心 (3) アルマーニがまず取りかかったのは、紳士用ジャケットの 脱神聖化 彼が行ったことは、 ① シンプルにするために肩パット、裏地を除去 ② 軽くて柔らかい婦人生地を使用 ③ 黒、グレー、ベージュなど落ち着いた上品な色の無地を採用 19 7. イタリア型ラグジュアリーブランドビジネス ライフスタイルをブランドを通して消費者に発信する (1) ビジネスとは、いかに美しく楽しく生きるかと いうライフスタイルを消費者にブランドを通じて 提案し、それに共鳴した人々が限定会員制の クラブを作ること。 → どれだけ売上と収益を上げ、それによって 金を得ることを目指すビジネスモデル(アング ロサクソン/グローバリゼーションモデル)とは 明らかに異なる。 20 7. イタリア型ラグジュアリーブランドビジネス ライフスタイルをブランドを通して消費者に発信する (2)ビジネスモデルとしての全体像 生きることの楽しさを ブランドを通し提案 美を表現した商品設計 イタリア型 ラグジュアリー ブランドビジネス 相当 強い 現場 (職人の存在) コミュニティ の ライフスタイル 共鳴 限定会員のクラブ形成 一体化 日本型ビジネス 個性的で 強い 消費者 強い本社 機能性第1の商品設計 強い現場 (現場主義) 弱い 本社 作ったモノ をおし込む 個性の弱い 消費者 21 8. マスカスタマイゼーションの理論による 北イタリアのビジネスモデルの位置づけ 完全カスタム化モデル (少量生産) (受注生産) (中小企業) 高 多 少 長 低 有 B 北イタリアモデル マスカスタマイゼーション 完全標準化モデル (大量生産) (見込生産) (大企業) A グローバリゼーション 低 少 多 短 高 無 生 産 コ ス ト 品 種 生 産 ロ ッ ト リ ー ド タ イ ム 在 庫 率 顧 客 の 参 画 22 Ⅲ.21世紀日本のあるべきビジネスモデル 1.戦後日本のビジネス界がやってきたこと アメリカ流の大量生産販売と標準化をベースとしたマスカ スタマイゼーション(A方向)のビジネスモデルに追従し、 Q (品 質) C (コスト) D (納 期) の効率化にひた走った。 トヨタイズムはその極限のビジネスモデル。 23 2.消費者は変わった -高機能と低価格だけではもう買わない- 80年代後半から90年初めにかけて、供給力の増大により モノ余りの状況へ。消費者は欲しかったモノに取り囲まれて も満たされていない自分を発見。 QUANTITY OF LIFE から QUALITY OF LIFE へ。 ( 量 か ら 質 へ - 本 物 志 向) 精神的な満足を求めて、美しいもの、楽しいもの、癒され るといった感性に訴えるものなら、価格が高くても購買する 階層の出現。 (階層の2極化) 24 3.生産者起点から顧客起点へ この市場の変化に対応するには、マスカスタマイゼーション のB方向のモデル 顧客起点(カスタム化)が最適。 北イタリアが戦後築き上げたラグジュアリーブランドビジネス モデルは、まさにこの方向に沿ったものであり、世界の嗜好の 変化を先取りしてでき上がったもの。 日本の新しく生まれてきた階層の嗜好に入り込んでいるのが イタリア、フランスのラグジュアリーブランド。 日本のモノづくりは、ほとんどの人が未だに「QCDの深化」が ビジネスだと考えているが故にこの階層に入り込めず、需要と 供給のミスマッチに苦しんでいる。 25 4.日本のビジネス界に“再江戸化” の イノベーションを巻き起こす ─“用と美”の融合したモノづくりへの回帰 江戸時代は、“用と美”が融合した深い精神性をたたえた 共生社会だった。 その伝統を継承しているアニメは、世界で高い評価を得て いる。 今、世界の消費者は日本のモノづくりがQCDを卒業して、 もう一つ上の次元の“ハイテクと日本の伝統的美”を融合し た新しいライフスタイルをブランドに刷り込んだモノを提案し てくることを待ち望んでいる。 26 5.レクサスの挑戦 (1) 従来のトヨタイズムは、マスカスタマイゼーション理論上 では、完全標準化モデルを出発点とするA方向からのアプ ローチであるのに対し、レクサスは顧客起点のB方向から のアプローチであり、モノづくりのコンセプトが180度違う。 レクサスの基本的なデザインフィロソフィーは“L-finesse” L : Leading Edge 最先端 finesse : 洗練された深み つまり、極限までに究めた高度の技術力と洗練された深 い精神性と美、この一見相反する2つの要素の融合を目指し ている。 これは、まさに私が提唱しているところの“用と美の融合” そのもの。 27 5.レクサスの挑戦 (2) レクサスが、本来は家具見本市である「ミラノサローネ」 に今年で4回目の参加を行い、日本の深い“精神性と美”を 表現しようとしていることは注目に値する。 トヨタがレクサスを通じて挑戦しているのは、次世代の ビジネスモデルの追求。 それは、QCDをベースとしたビジネスモデルを卒業して、 もう一段上の“用と美”が融合したラグジュアリーブランド ビジネスモデルの構築であると考える。 28 6.中小企業同士の連携による ラグジュアリーブランドの芽生え (1)中小企業が下請けから脱して市場と直接結びつく <コラボレーションの2つの型> 垂直型 グローバリゼーションモデル マスカスタマイゼーションのA型 水平型 北イタリアモデル マスカスタマイゼーションのB型 消費者 消費者 大企業 中核企業 ●は下請け中小企業 ●はパートナーとしての中小企業 29 6.中小企業同士の連携による ラグジュアリーブランドの芽生え (2) モノづくりをするときの企業と企業の結び付き方には2つ のモデルがあると思う。垂直型では、大企業が製品の仕様 を決め、下請けの中小企業は指示されたとおり加工するだ けである。それに対して水平型では、お互いは平等であると 考えPRODUCTION PARTNERと呼ぶ。 製品の仕様は中核企業を核としてパートナー間の“知の 集積”により決定される(北イタリアモデル)。 消費者の嗜好が迅速に変化する今のような市場では、垂 直型(A型)の限界がはっきりしてきており、そのことはアメリ カの経済の主体がA型からB型へ移行しつつあることからも 窺える。 30 6.中小企業同士の連携による ラグジュアリーブランドの芽生え (3) 伝統的美の感覚は、 むしろ中小企業経営者の方に 色濃く残っているように思う。 (4) 成功している具体的ケース ① ニット製造販売 A社 ② タオル製造小売 B社 31
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