オベリスク - ハムリー株式会社

Obe-lisk
オベリスク
Vol.18,2
2013年6月1日発行
通巻34号(19ページ)
June
編集
発行
2013
オベリスク編集委員会
ハムリー株式会社 広報室
〒306-0101茨城県古河市尾崎2638-2
LAIC
(実験動物情報交流会)
Obe-lisk
Vol.18,2
June 2013
■日本における小動物生産の現状と問題点
そして今後の課題・・・・・・・・・・・(外尾
亮治) 3
■欧米における実験動物生産の現状と将来の傾向に関する概要・・・・・(Richard C.S. Lee) 8
13
■アジア新興市場における実験動物の生産と供給に関する・・・・・・・・・(Colin Chan)
現状と将来展望
(Richard C.S. Lee)
2
オベリスク Vol.18,2 June 2013
日本における小動物生産の現状と問題点
そして今後の課題
外尾 亮治
日本実験動物協同組合
1.はじめに
実動協は、1972 年に組合員の相互扶助の精神に基
年々、実験動物生産業を取り巻く環境が厳しくなる中、
づき、組合員のために必要な共同事業を行い、組合員
我々は、実験動物生産・販売業の方向性について真剣
の自主的な経済活動を促進し、経済的地位の向上を図
に考える必要に迫られている。テーマとして与えられた
ることを目的とし設立された。設立当時の加盟組合員
「日本における小動物生産の現状と問題点そして今後
企業数は 65 社、非加盟業者数は 40 社以上におよんだ。
の課題」は、実験動物生産業の将来についてじっくり考
設立当初は、実験動物の生産販売、仕入れ販売等を
えるのに打ってつけの課題であり、日本実験動物協同
主として行っている企業の集りであった。業態は、年々
組合(以下、実動協)の理事長として丁度良い機会を得
多様化し、今日では実験動物生産・販売、受託飼育・試
た。
験、外科的処置動物の作成・販売、仕入れ販売・輸送
新政権の安倍内閣は、長期のデフレから脱却すべく、
など拡大してきている。このような状況の中で実動協は、
「大胆な金融政策」、「機動的な財政政策」、「民間投資
設立からすでに 40 年近くが経過し、本組合員も 2011 年
を喚起する成長戦略」という骨太の景気浮揚策を打ち
度には 39 社とその数を大きく減らしている。
だした。これら政策の具体策が実体経済に及ぼす効果
その理由は、ひとえに市場規模の縮小に起因する。
について、いよいよ真価が問われようとしている。
特にこの 10 年間においては長引く景気低迷、国の医療
折しも京都大学の山中伸弥教授により、マウス由来
費総抑制政策に加えて実験動物の高品質保持のため
の繊維芽細胞から iPS 細胞が作成され、今後の再生医
に高度化したものの稼働率が低下している生産施設設
療や創薬への応用が期待され、基幹産業としての期待
備の維持管理費の増加について行けず倒産、廃業した
も高まっている。その一方で、医療産業の国際競争力を
業者が続出し、過去 3 年においても毎年 1∼2 社が廃業
高める司令塔としての機能を強化し、厚生労働省にも
している。このような状況の中で各企業は、施設維持管
「健康・医療戦略推進本部」が設置された。「技術立国日
理コスト削減に努めてきたが、基本的には動物を計画
本、技術革新(イノベーション)は日本から」を合い言葉
的に生産して育成するという当該業種は、機械化不能
に、医療分野に産業としての熱い視線が注がれている。
な労働集約的産業であり、良質な人員確保が必須であ
これまで市場規模が縮小の一途をたどる実験動物関連
る。そのような理由から将来に期待し、現状生産数調整
業界もこの期を好転の足がかりにしたいものである。
しつつ過剰労働人員を抱えている事業者もおり、この人
件費がさらに経営を圧迫している要因にもなっている。
2.実験動物産業と日本実験動物協同組合を取り巻く
経済環境
3.実験動物生産業の変化と要因
実験動物産業は、実験用動物全般、実験動物用飼
経済状況の推移について見てみると、実験動物の生
料、実験動物飼育機器機材ならびに動物実験用試薬
産販売における市場規模は、年々縮小しており 2004 年
等の実験動物関連資材物品の生産販売を包括した業
に 270 億円あった市場規模は、2010 年には 2/3 にまで
種である。わが国の実験動物生産・販売業のほぼ全数
落ち込んでいる。日動協が 3 年に 1 度の間隔で調査し
は、公益社団法人 日本実験動物協会(以下、日動協)
ている実験動物販売数調査資料によると齧歯類(マウ
または日本実験動物協同組合(以下、実動協)が掌握
ス、ラットなど)、ウサギ、イヌの販売数の減少は著しい。
しており、現在この 2 つの団体に加盟している企業数は
動物販売数の減少は、今後も間違いなく続くものと認識
45 社、非加盟にあって加盟企業の傘下または関連の
して置く必要がある。
企業の数は概ね 26 社である。
歯止めのかからない実験動物使用数の減少の要因
3
オベリスク Vol.18,2 June 2013
日本における小動物生産の現状と問題点
として主に 3 つの要因が考えられる。一つは、企業やア
とされる。EU の新指令が使用制限の対象とする動物は
カデミアの研究費の削減、ならびに動物種毎に 1 日 1
脊椎動物、哺乳類の胎子および絶滅危惧種やその使
頭当たりの飼育費用、施設利用費を定めて研究者に請
用を懸念する声の多い霊長類とされている。加盟各国
求する課金制度によるもの。もうひとつは、近年の創薬
は、EU の新指令の内容を国内法で定め、今年(2013
研究および開発の過程は、分子生物学のめざましい進
年)から実施しなければならない。このような EU の動き
展により候補化合物の探索方法が変わったことによる
は、個々の試験規模を縮小し、総じて実験動物の使用
もの。そして動物福祉理念を取り込んだ動物実験に関
数を削減させるというものである。
する国際的なハーモナイゼーションの流れと、国内の実
一方、米国では「保健福祉省公衆衛生局の規範」が
験動物福祉の浸透によるものである。
定める要求事項として、実験動物のウエルビーイングを
実施するための参考書として ILAR guide(1963 年の初
4.欧米の実験動物福祉の取組み
版、2010 年改定第 8 版)が利用されている。
実験動物の質の向上により、健康でバラツキの少な
い動物が供給されるようになり、再現性・信頼性の高い
5.EU の新指令とわが国の動物福祉制度の比較
成績が得られることが可能になったことから実験におけ
EU 新指令で第一に注目すべきは、ヒトの生命の脅威
る 1 群当たりの動物数の削減が可能となった。このよう
となる病気の研究等が妨げられてはならず、また国際
なことから使用数の削減に向けた動きは欧米を中心に
的に見て EU における研究が不利になってはならない。
広がり、どんどん加速している。研究成果の発表や、厳
即ち、動物の福祉と人間及び環境のための利益を追求
しく審査された学術雑誌への掲載は、科学がさらに世
する研究の均衡を取ることが目標となっており、動物実
界的規模となるまで情報を共有させ、国際間の共同研
験の必要性と多国間との競争原理についても明確にし
究をますます増大させている。
ている点である。
研究に動物が使われる場合、実験結果の再現性は、
第二点目は、所管官庁に登録し認可を受け生産者、
動物の適正飼養と3Rs を基本として実現される。そのた
仕入れ販売者、使用者は所管官庁から定期(3 年に 1
めに3Rs を国際的にハーモナイズするという動きは至
度)の査察を受けること(霊長類を扱う者については毎
極当然と思われる。このような考えは、1980 年代までは
年)さらに事前の通告なしの査察があることで違反した
少なくとも我々にはなかった。しかし、欧州においては
場合は、認可の取り消しや罰則を課す仕組みとなってい
社会政策や経済責務、経済障壁の撤廃の必要性から、
る点である。
また多国間交渉といったことなどから、実験動物の分野
他の注目点には犬、霊長類に限って新たな飼い主に
においても調和ということがすでに認識され、動物の適
よる引き取りである。さらには知的財産および秘密情報
正飼養と適正な動物実験の方針、規範のハーモナイゼ
の保証を条件として計画の非専門的な要約については、
ーションが進んでいたのである。
匿名としなくてはならず、使用者およびその職員の氏名
欧州連合(以下、「EU」)は、3 年前の 2010 年 9 月 22
及び住所を記載してはならない。これらは動物実験の
日「科学的な目的のために使用される動物の保護に関
研究成果ならびに研究者の保護を明示している点であ
する 2010 年 9 月 22 日の欧州議会及び理事会指令」
る。
(EU の新指令)を制定し、同年 11 月 10 日に施行した。
これに対し日本における実験動物の取扱いは、動物
EU の新指令は、実験動物の福祉を強化するために、
愛護法の中で規定され、2005 年の法改正では 3Rs が
「3Rs の原則」を初めて法律に明文化したもので動物を
明文化された。なお 3Rs のうち、代替と削減については
用いる実験計画については、 動物の使用に代わる方
科学上の観点から配慮事項に、苦痛の軽減について
法 、 使用する動物の数を削減する方法 、 動物の苦
は法で対応することとなり、諸外国の研究者からは評
痛を軽減する方法 を選択することを求めている。動物
価されている。動物実験実施に当たっては実験実施機
を使用する実験計画については、EU の新指令の要件
関の長の責任のもと、環境省の飼養保管基準および文
を備える倫理的な審査を受けて認可を得ることが必要
部科学、厚生労働、農林水産の 3 省の基本指針ならび
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オベリスク Vol.18,2 June 2013
日本における小動物生産の現状と問題点
に日本学術会議の詳細ガイドラインに基づいて、それ
グ検査は、殆どが日動協で定めた検査項目「日動協メ
ぞれの実験実施機関が自主管理を行い、実験動物の
ニュー」と「オプションメニュー」に準拠している。この微
適正飼養ならびに動物実験の適正化を図るという位置
生物モニタリングの導入は、SPF動物の使用数が拡大
づけである。
する頃の 1960 年代に遡る。当初、病原性微生物モニタ
EU の新指令と比較して国内法に足りないものは何か。
リングの検査項目については、ブリーダー間でそれほど
省庁横断的な共通指針が存在しないこと、所管官庁と
差はなかった。その頃は、まさに動物実験と実験動物が
の繋がりが脆弱であること、外部検証機関の明確な位
密接不可分の関係にあり、実験動物生産者はアカデミ
置づけがなされていないこと、動物実験と研究者の保
アならびに製薬企業等に育てられ共に歩んできたとい
護、産業の育成について何ら触れてないことが上げら
っても良い状況にあった。製薬企業の動物管理担当者
れる。 「はじめに」でも記したように、医療を革新するた
から動物に関するアドバイスを得たり、逆にユーザーの
めの研究開発は、わが国として重要な施策として位置づ
要望に対して生産者が便宜を図ったりするなど緊密な
けられている。産業としての医療分野の競争力を高め
関係があった。ユーザーとの関係に距離感が生じるよう
るためにも動物実験保護についても明示している EU の
になったのは、国内にGLPが定着し始めた 1980 年代
新指令の如く、動愛法についても実験動物・動物実験
以降である。GLP がスタートして以降、それぞれの医薬
保護について一言欲しいものである。
品メーカーから動物の品質上の信頼性を確認する手段
今後、新たに制定されるであろう要求事項を施行し、
として、微生物モニタリングの検査成績書の提出が求
監視するための機構が存在しないことは、障害となるこ
められるようになった。メーカーの動物管理側から検査
とが明らかで、所管する省庁に関する役割について明
内容に対する要求が出されるようになり、生産者間の
確にする必要がある。例えば、実験動物生産者の登録
検査項目に変化が生じてきた。ユーザーの求めに応じ
先は農水省で、日動協が認可するといった具合である。
ざるを得ない立場と、生産者同士間の競争も相まって
日動協が進める実験動物生産施設等福祉認証事業は、
現状の様相を呈するに至った。GLP の導入以後、年を
生産者の地位向上には望まれる制度である。
追うごとにユーザーの要求は厳しくなり、動物を納入し
た際に死亡が 1 例でも確認されれば、そのロット全ての
6.わが国の実験動物生産者の動向
入れ替えを要求されるケースも珍しくなくなった。このよ
前述の如く実験動物の最も重要な点は、特性につい
うな問題は、一概に GLP の導入に起因するものではなく、
てバラツキが少なく、常に再現性のある反応を示すこと
さらなる精度向上を求める時代の流れによるものとも考
である。そのために生産者は、遺伝的に均一な実験動
えられる。効率化を図るための分業化もある。分担化が
物の繁殖に務め、さらに特定の病原微生物のいない
進むばかりに、汚染対策として系統を 2 つのエリアに分
SPF 動物の供給など、遺伝学的にも微生物学的にも質
散させ生産している施設もある。
の高い実験動物を提供すべく努力を続けてきた。今日
このような状況の中、SPF 動物の感染事故に対する
では、飼育施設や飼料など一定の環境下での適正飼
補償問題は、事業破綻にまで繋がりかねないことから、
養を実施し、科学的に妥当な情報が引き出されるのに
実動協では「感染症発生時の補償範囲についてのお願
十分に高品質の実験動物が潤沢に供給できるようにな
い」という文書を 2012 年に発行した。その内容は、病原
っている。そのことにより実験動物福祉の国際的ハーモ
性微生物感染の早期発見に最も有効な手段となる病
ナイゼーションにも対応が可能となっている。翻って企
原性微生物のモニタリングは、一部の動物を抽出して
業とアカデミアの実験動物の使用数減少により生産者
検査することで全体を推計するものであり、すべての動
は、これまでに類のない窮地に追い込まれている。
物が網羅されるものではない。また、病原性微生物の
動物実験のより一層の精度向上には、動物の品質
検査結果が出るまでには一定の時間を要することから、
が一定で遺伝的また微生物学的統御が確実にされて
検査結果はあくまでも過去のものであり、リアルタイム
いることが重要であり、各社は定めるマニュアルに従っ
な情報でもない。これらを踏まえ、これまで経験した感
て品質管理に努めている。病原性微生物のモニタリン
染事例を検証してみても、出荷の時点で感染を把握し
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オベリスク Vol.18,2 June 2013
日本における小動物生産の現状と問題点
病原性微生物の拡散を未然に防止した事例は皆無で
用動物については、過去においては生産業者1社で複
ある。生産者は感染から動物を守るべく不断の努力を
数の系統を保有している場合もあったが、汎用動物の
続けているが、感染を防ぎきることは困難である。その
系統が絞り込まれる今日では、1 系統を複数の生産業
ようなことから生産者側に起因する感染事故という不測
者が販売しているケースもあり競争も激化している。
の事態が生じた時には、当該組合文書に掲げる補償の
一方で、特定の系統を独占的に販売するような生産
範囲に止めてもらいたいというものである。
業者も存在するが、異口同音に動物の使用数が減少し
この「補償の範囲」に関する発行文書は、ことに試験
ていることを嘆いている。ユーザーの要求は、年々高ま
受託機関、製薬企業の方々から生産者だけの利益しか
るが経費を価格に反映させることができない中、経営は
考えないものだとして大きな反発を呼んでいる。そこで、
難しくなってきている。余分な経費削減の打開策の一つ
生産者の考えを理解して貰うべく、製薬企業の方々を
が契約生産(受注生産)である。この考えを導入できれば
対象としてセミナーを開催し、我々生産者の主張を理解
大口分、小口分、新規顧客分を考えつつ柔軟な動物生
してもらうことを目的として第三者的立場からアカデミア
産が可能となり無駄な交配はしなくて済む。これを成功
の先生に講演していただいた。このセミナーでモニタリ
させるにはユーザーとの緊密な情報交換は欠かせな
ングの意味合いについては理解して貰えたと思うが、
い。
我々の主張を理解して貰えるまでには至らなかった。こ
もう一つは、資源の有効利用(動物実験使用動物数
れからはお互いが利益のために利用するだけの単なる
の雌雄差解消の試み)である。実験動物は紛れもなく
利害関係者としての関係ではなく、相互理解の上に成
動物実験のための資源であり有効に利用されなくては
り立つ密接な関係を構築することが重要である。
ならない。資源として有効に利用されないのであれば、
このような観点から実動協は、「実験動物のトラブル
業界全体でうまくいく仕組みを作らなければならない。こ
Q&A」を作成した。これは組合員各社の生産施設で生
れまでは雄性偏重利用の是正を呼びかけはするもの
産されている実験動物の一般的な特性について 3 年が
の実際のところ動かない現状があった。生産者は、動
かりで収集し、系統が保有する特性を理解して貰うため
物を提供する側であるから、使用数の削減については、
のツールとしてまとめたものである。
あくまでも間接的にしかものをいうことができない。動物
ユーザーと生産業者あるいは供給業者間で実験動
実験を行う側が使用数の削減に直接関わることになる
物の特性に関する情報を共有することにより、異常動
ので、使う側が動いて始めて偏重利用が解消し、生産
物として処分される例や感染症を疑われる例などの苦
者の交配数の削減に大きく寄与することとなる。業界全
情件数の減少を目的としている。
体の経済的危機感、世論に動物実験等の必要性を認
識させるべく一体感が生じている今こそがその好機と考
7.生産者の今後の課題
える。有効利用のための適切な仕組みを作り、全体最
既述のごとく実験動物生産者は、実験動物に経済動
適を目指さなくてはならない。例えば一つの提案として、
物として余分な経費を発生させないように収益性を勘
動物実験を行う際には申請・審査が義務づけられてい
案しながら、研究者の求める良質の実験動物を生産し
る。使用動物の選択において種、系統および性別を明
なければならないというジレンマに立たされている。
記している。このとき実験目的に応じて雌雄を選択する
動物実験を取り巻く社会の経済的現象、動物福祉の
場合、雄性動物を使用しなければならない根拠を説明
国際的ハーモナイゼーションの浸透により実験動物の
できない場合は、雌性を使用することを助言するような
使用数は、年を追うごとに減少しており、これまでのやり
考え方を動物実験委員会委員が認識すれば、性別に
方では、経営が立ちゆかなくなるのも時間の問題であ
偏らない動物実験資源の有効利用ができるのではない
る。そこで今後生産者が考えるべき一つの方向性を示
だろうかと考える。これに対し生産者側は、雄性偏重を
すが、ユーザーの協力なしには実現し得ない。ユーザ
是正する一助として汎用系統の雌性動物の価格割引
ーとの緊密な関係があったればこそ成り立つというもの
による拡販に取り組んでみてはどうであろうか。動物の
である。広くいろいろな用途に使われてきたいわゆる汎
選択理由には、研究費の絡みで実験動物の価格の要
6
オベリスク Vol.18,2 June 2013
日本における小動物生産の現状と問題点
因も見逃せないからである。動物実験計画立案者や動
生産しなければならないというジレンマに立たされてい
物生産業者がこのようなシステムを導入することにより、
る。その打開策の一つとして、契約生産ならびに資源の
実験動物生産施設で販売されないで殺処分される動物
有効利用としての雄性動物偏重利用の解消策を上げ
数の削減に大きく寄与することができる。そして生産者
た。これにはユーザーとの連携があり、ユーザーの協
は、必要数予測に基づき生産された動物のみを販売す
力なしには実現し得ない。ユーザーとの緊密な関係が
ることにより生計を立て実験動物は、過剰に交配される
あればこそ成り立つというものである。
ことなく、また使用されることなく命を終わることなく、人
の健康と安寧に寄与できる。いわゆる三方徳の構図が
参考文献
充足される。
1.植月献二:EU の実験動物保護指令 海外立法情報
調査室 海外の立法 254(2012.12)
8.まとめ
2.John Miller:International harmonization of animal
実験動物生産者は、飼育施設や飼料など一定の環
care and use.:The proof is in the practice. Lab
境下での適正飼養を心がけたため、科学的に妥当な情
animal vol.27, No.5, 1998
報が引き出されるのに十分に高品質の実験動物が潤
3.Guide for the care and use of Laboratory animals
沢に供給できるようになった。そのことに加え実験動物
(Eighth edition) 2011
福祉の国際的ハーモナイゼーションにより、使用数の
4.日柳政彦:我が国のブリーダーの動向:実験動物医
削減については国際的規模で効果が上がっている。一
学 No.14, 2000
方で研究経費削減という経済的影響による使用数の減
5.日本実験動物協同組合編:実験動物のトラブル Q&A.
少により、国内の実験動物生産者は、これまでに類のな
アドスリー.2011
い窮地に追い込まれている。このような状況のもと実験
6.外尾亮治:動物実験の性差を考える.LABIO 21:
動物生産者は、余分な経費を発生させないように収益
13-15, No.50, 2012
性を勘案しながら研究者の求める良質の実験動物を
7
オベリスク Vol.18,2 June 2013
欧米における実験動物生産の現状と
将来の傾向に関する概要
Richard C.S. Lee
Asian Science-Link Partners Principal 実験動物科学アドバイザー
序文
動物生産と供給の現状は、アジアや東南アジア諸国の
国際経済において引き続き明るい将来性のある分野
新興市場とは、かなり異なっている(本オベリスクの別稿
は、生命科学および医薬/バイオテクノロジー産業であ
で取上げる)。これらの成熟市場における医薬開発プロ
る。(以下、業界と呼称) 高品質な実験動物の生産と
グラムについては、スピード・効率・正確性・そして品質
供給は、供給側の業界における重要な基本構造である。
の良さが中心課題になっている。成熟市場における医
筆者は、オベリスク最新号(Vol.18-1, January 2013)で、
薬開発企業の多くは巨大な多国籍企業である。彼らは、
需要者側からみた欧米における実験動物の飼育管理
製品開発パイプラインの生産性の向上に多大な努力を
と使用の現状について簡単に概要を記載した(Ref.1)。
注ぎこみ、より効果的かつ効率的な運営コストの削減
近年、多くの製薬会社およびバイオテック企業は、経
や合理化を行ってきた。
済的断崖の危機に苦闘する一方、特許の断崖の危機
一方で、このような動きは多くの実験動物生産業者
とも格闘している。市民活動家や政府規制当局からの
や供給業者の経営に対して好ましくない影響をおよぼし
規制と圧力、例えばUSDA:米国農務省(2010 年)の「実
た。その原因は、研究開発費の削減および支出縮減対
施強化の時代」の発表は、その一つである(Ref.2,3)。
策の強化、注文決定の大幅な遅延、厳しいコスト抑制
それに対して業者らは、企業の継続的な成長と生存の
条件と値下げ圧力の強化である。また、多くの製薬企
目標を達成するために、そのビジネスモデルとビジネス
業は、特許の断崖危機とのバランスを取るため、後期臨
手法を大きく変化させてきた。その中で需要者側の大き
床試験目標に重点的に取り組み、戦略的政策を打ちた
な変化には、
てている。このため、特に早期の創薬開発分野におい
1)特定治療分野の縮小
て小規模のバイオ医薬品企業では、資金調達の減少を
2)継続か中止の早期決定のため、より先進的かつ的確
きたした。加えて米国では新オバマ医療制度改革への
な技術と試験方法を通じた医薬開発プロセスにおい
取り組みが業界の速やかな回復を非常に不確かなもの
て早期での化合物の取捨選択
にしている。
3)実験動物施設閉鎖の増加
上記の市場環境のもとに実験動物モデル・関連製
4)人件費削減プログラムの加速・・・などを通じて、より
品・サービス(RMSと総称)の生産販売業者は、顧客の
効果的かつ柔軟性のある医薬開発モデルの創造へ
財政収縮、新規需要の増加および市場制約の新たな
の努力が含まれていた(Ref.4)。
課題に合わせて以下に示す大幅な調整を迅速に実行
前述の実験動物使用者側の新しい政策と動向から生
に移した。
じてくる需給ギャップ(人材、施設不足など)を埋める
ために、欧米における実験動物生産業者とその関係
1)実験動物生産設備と生産能力の合理化
サービス会社は、顧客への支援および連携するにあ
これは生産施設の新・増設の中止、あるいは既存施
たり、その対策を強化する目的でビジネスモデルとビ
設の削減および改造、特に一般薬理試験や安全性試
ジネス手法に新たに多くの戦略的調整を行ってきた。
験に使用される汎用実験動物の繁殖および飼育施設
これらの調整については次に述べることにする。
の汎用実験、合理化などの実行である。2010 年の米国
政府統計(図表 A.B)(Ref.5)によれば、動物保護法
現状
(Animal Welfare Act)で対象になっていないラット・マウ
製薬やバイオテクノロジー産業の市場は、日本と欧米
ス・鳥類・魚類を除く非げっ歯類の使用数は約 110 万匹
において成熟してきている。これらの市場における実験
に減少している。
8
オベリスク Vol.18,2 June 2013
欧米における実験動物生産の現状と将来
図A
2010 年米国政府統計では研究開発に使用された実験動物数は 1,136,567 匹であった。
図表 A は各動物種の詳細を示す。この統計数値で重要な点としては動物保護法(Animal Welfare Act)で対象となっていない
ラット・マウス・鳥類・魚類は、除外されている。正確な数字はないが、ラット・マウス・鳥類・魚類の推定数は、毎年約 2,500 万
匹であり、図表Bで明らかなように総使用数の 95%以上を占めている。
図B
9
オベリスク Vol.18,2 June 2013
欧米における実験動物生産の現状と将来
一方、ラット・マウス・鳥類・魚類の推定数は、毎年約
定な状態を保っている。この成長率の低迷の原因につ
2,500 万匹、総使用数の 95.65%である。イヌにおいては
いては欧米の経済の継続的低迷や 3Rsの継続的影響、
1979 年の 200,000 頭から 2011 年に 65,000 頭以下に減
動物愛護運動による圧力、例えば 2013 年 3 月 11 日に
少しており、実験動物の総使用数は 1985 年以来半減し
施行された動物実験を経た成分を含んだ化粧品の販
ている。他方、げっ歯類の使用数は、ほぼ安定している。
売禁止処置の導入等にある(Ref.8)。
この原因の一部には、遺伝子組換え動物の使用増加
欧米両地域の主要ラット・マウス生産業者であるA社
(ref.5)またはある種の近交系マウス(Balb/c, C57BL)や
の 2008 年∼2012 年の年次報告書によれば、実験動物
突然変異マウス(SCID, Nu/nu)などの使用数の増加が
と関連サービスの純売上高は、幾分横ばいで安定し、
ある(私見)。イヌ・霊長類・ウサギ・ネコに関しては政府
2013 年およびそれ以降は、好転の傾向が予測される。
報告を通じた正確な統計があるが、ラット・マウス・他(例
売り上げ増の一つは、遺伝子組換えモデル動物と関連
えば鳥類、魚類)に関しては正確な統計数値がない。
サ ー ビ ス ( GEMS=Genetically Engineered Models &
英国においては、内務省(Home Office)の 2011 年 7
Services)であった(Ref.9)。
月 10 日付け 動物の科学的実験使用に関する統計報
この傾向は、欧州を拠点とする大手製薬会社の国際
告、英国 2011 (Statistic of Scientific Procedures on
社会政策声明(Global Public Policy Statement)として
Living Animals, Great Britain 2011)(Ref.6)によれば、
2010 年 7 月 に BBC ニ ュ ー ス で 公 に 報 道 さ れ た
2011 年の使用数は、2010 年に比べ 2%増の 379 万匹で
(Ref.10,11)。 私見ではあるが、遺伝子組換えモデル動
あり、この数値には 162 万匹の遺伝子組換えマウスと
物 と 関 連 サ ー ビ ス に 加 え て 、 免 疫 不 全 マ ウ ス (scid,
多種類の突然変異マウス(GM/HM)が含まれている。
nudes)と外科的処置済みマウスおよびラットの両モデル
総使用数では、マウスは 2%の増加、ラット 11%の減少、
に対する需要もまた増えている。
モルモット 16%減少、イヌ 21%減少、霊長類 47%減少
であった。
3)顧客によるより戦略的な外部委託の増大と重点化に
米国のモンテフィオーレ医療センターの動物実験委員
対する、また既存市場におけるシェアの拡大に対する、
会(Montefiore Medical Center s IACUC)において 生物
より優位性の確保と維持
医学研究のためのげっ歯類の使用 (Rodent As Models
優位性を維持、確保するために生産業者は、いか
For Biomedical Research (Ref.7)によると最も一般的に
に科学的専門知識を深めるか、いかに作業能力を強
使用された動物は、マウス(67%)とラット(21%)、ハム
化させるか、いかに情報技術能力を高めるかについ
スター(0.6%または 50 万匹)であり、その他少数として
て集中し始めている。彼らは、従来の 誰にでも合うワ
ジャービル・モルモット・野生げっ歯類となっている。
ンサイズの靴で (One size fits all)の古いやり方では
ここで主要な生物医学的問題と関連した特異的疾患
なく、各顧客のニーズに合わせた、よりカスタマイズし
の良い例が論じられている。私見ではあるが、昨今、中
た製品・サービスを提供することによって、より柔軟性
大型動物のイヌ、霊長類においては、明らかにその市
を高めている。結果として顧客に、より顧客の立場を
場が生産過剰の状態にある。その結果、生産業者にお
考えた商品・サービスの幅広い品揃えとより良い選択
いては従来のモデルのさらなる品質向上に注力してお
肢を与えた。このような顧客アプローチにより、 一ヵ
り、付加価値を備えた新しいモデルの開発へと乗り出し
所ですべてのニーズをまかなえる 言わば「One Stop
ている。
Shopping」を好む多くの顧客を引き込むことができた。
2)より新規の少数・高付加価値の特殊疾患モデルに加え、
4)欧米における景気回復が依然として不確実なため、
いくつかの人気のある近交系マウスや突然変異マウス、
実験動物生産業者は投資と回収行動において非常
特に遺伝子組換えマウスの生産供給の拡大
に慎重になっている
げっ歯類の生産総数は、近年においてその成長率が
彼らの取り組みは、新製品の開発やアジア、東南
大幅に減少しているにも関わらず、欧米共にかなり安
アジアの新興市場への進出に焦点を当てている(本
10
オベリスク Vol.18,2 June 2013
欧米における実験動物生産の現状と将来
誌で Mr. Colin Chen らが論考)。一方、国内において
に、コンピューターモデリング(Computer Modeling)、細
は、既存の市場のシェア獲得競争による成長を目指
胞 培 養 や ハ イ ス ル ー プ ッ ト ・ ス ク リ ー ニ ン グ (High
している。
Through Put Screening)などの技術の導入によってより
5)核心的価値戦略の一つとしての動物福祉と人道的
高い成果が期待できる。これらによって実験動物使用
取扱いプログラムを取り上げた法規制遵守の強化と
数も徐々に増加し、安定化されてくる。医薬開発企業に
教育訓練の継続性の維持
とっても、多くの新規ターゲット化合物中から次のステー
欧米における指令(Directive)と指針(Guideline)の
ジに向かって、継続か中止かの早期判断をスピードアッ
頻繁な更新と改訂(Ref.12,13)により動物福祉に関し
プするのに役立つであろう。その結果、医薬開発の効
て不断の社会的関心が高まっている。例えば米国農
率を大きく高めると同時に、費用のかかる非臨床動物
務 省 動 植 物衛 生 局 (USDA Animal & Plant Health
実験や臨床試験での失敗率の削減を通じてコストの節
Inspection Service)による 実施強化の時代 (Age of
減も可能となるであろう。また、これらの補助的手法や
Enforcement)の標題での 2010 年発表宣言(Ref.2)に
技術の多くは、新しい特殊モデル動物の開発、サポート
対して、多くの実験動物生産業者は、彼らの顧客と一
技術やサービスの外部委託をも徐々に誘起するであろ
緒になって規制当局と顧客双方の期待を満たす、あ
う。動物生産業者やサービス提供業者は、顧客に対し
るいはそれを上回るような IACUC 審査プログラムを
て最高の品質の製品・サービスを提供するには、これら
作成した。このように実験動物生産業者は、より深い
の新規手法と技術のサイエンスについてさらに勉強し、
認識と教育や、より厳格な管理を通じて実験動物の
精通しなければならない。
福祉と人道的取扱いと使用における社会的責任をそ
この業界での成功は、他の業界でのそれと同様、高
の顧客と一致協力し高めてきている(Ref.14)。
品質な製品と費用効率性の合理化ならびに優秀な社
員の確保等に依存する三本柱の仕組みにある。正確な
今後の動向
手法と技術を持っている技術者が機械を正常に稼働さ
欧米における継続的な経済金融危機、加えて多くの
せることが期待できる。有能な社員をより良く教育し、維
大手製薬企業やバイオテクノロジー企業が直面してい
持していくことは絶対条件である。
る特許の断崖の脅威のために、この業界の短期あるい
生命科学業界とは常に新しい手法、新しい技術、そ
は長期にその回復のタイミングを予測することは非常に
して新しい発見に伴って、新しいビジネスモデルとして
難しい。一つ言えることは、現在の悪化した世界的な事
発展していく世界である。 供給業者側としては、学ぶ
業環境のもとで生き残るためには、この産業の供給サ
べき難しい問題を抱え、しかも需要者側のパートナーに
イドにいる生産供給業者は、事業に精励し需要サイドに
遅れずに付いていく必要がある。
いる顧客と一緒になって最善の方法と方策を見出すた
めに、次のことをしなければならない。
「人生は日々の学習経験の積み重ねである。実験動物
生命科学においても然り!」
1)創薬と開発のスピードを加速
2)より効率的なコストと生産性の向上
参考文献
3)サイエンスに基づく精通
1.Richard C.S. Lee: Obe-Lisk Vol.18.1, January,2013,
4)製品、サービスの品質の向上と新規性
page 5-8.
5)熟練した先進的な技術を有する従業員の維持と強化
2.USDA, APHIS Enforced Animal Welfare Act
Enforcement Plan (USDA), Riverdale, MD, 2010
近年、数多くの先端技術 、例えばプロテオミックス
http://www.aphis.usda.gov/animal
(Proteomics)やメタボロミックス(Metabolomics)などの専
_welfare/downloads/awa.
門分野の先端技術を導入することにより、数多くの新規
ターゲット化合物を迅速に特定できるようになった。さら
11
AWA_Enforcement.pdf
オベリスク Vol.18,2 June 2013
欧米における実験動物生産の現状と将来
3.Andrew D. Cardon et al. The Top USDA Citations of
relation/annual
2012. Lab. Animal Vol.42, No4. April 2013. P117
reports- year 2008-2012
10,BBC News Science & Environment Experiments
4.Charles River Laboratories Annual Reports, 2012.
with genetically modified animals (GMA) increase
5.US Statistics/ Speaking of Research
27, July 2010
http://speakingofresearch.com/facts/statistics 2010
11.Global Public Policy ‒The Role of Transgenic
6.The UK Home Office Report: Scientific Procedures
Animals in Biomedical Research. GlaxoSmithKline s
on Living Animals, Great Britain 2011 , July10,2012
7.The Montefiore Medical Center, IACUC :
Position.
Rodents
12.Directive 2010/63/EU
as Models For Biomedical Research ( IACUC Home,
13.Institute of Laboratory Animal Research.
April, 2013).
Guide for the Care & Use of Laboratory Animals.
8th Edition. ( National
8.The NY Times.
Academic Press, Wash. DC.
2011)
http;//www.nytimes.com/2013/03/11/business/glo
14.Charles River Labs.: ww.criver .com/Humane care
bal.
initiatives.
9.Charles River Labs.: www.criver.com/Investor
12
オベリスク Vol.18,2 June 2013
アジア新興市場における実験動物の
生産と供給に関する現状と将来展望
Colin Chan1)
Biolasco
1)
Richard C.S. Lee2)
Asian Science-Link Partners Principal 実験動物科学アドバイザー
序文
2)
生物医学分野における重要な基盤の一つとしての実
20世紀は、物理学の時代であった。そして21世紀は、
験動物科学産業(以下業界と呼称、図A)もまた、これら
生物学の時代となるだろうということは広く認められて
多くの新興市場で確固とした地盤を築き始めた。初期
いる!
の段階では多くの場合、政府の需要・供給双方に対す
実験動物科学業界の需要サイドにおける実験動物
る手厚い財政支援によってスタートし、次第に官民共同
の使用と飼育管理に関する現況、とくに欧米・日本の成
事業として成長し、最終的には完全民営企業規模の産
熟市場と中国・韓国・台湾などの新興市場における受
業に達する。過去20年以上にわたり、アジア諸国市場
託試験ならびに関連業界については、オベリスク最新
で密に仕事を一緒にしてきた市場と事業開発チームの
号(Vol.18-1, Jan.2013)において、いくつかの優れた論考
現役メンバーとして、ここに新興市場における実験動物
がなされた。前述したように、1980年代と90年代のITブ
の生産と供給における現状と将来の傾向について、
ームの後、21世紀における次の成長産業分野は、生物
我々の経験と知見のいくつかを分かち合い述べること
医学分野にあるとみなされている。これら新興市場の政
にする。
府の多くは、この分野の将来性に向けて優れた基盤を
築き奨励するため、特別な新財政政策を導入してきた。
現状
成熟市場である欧米および日本のこの分野の外資多
これら新興市場国は、各政府の実験動物産業育成の
国籍企業もまた、新興市場に現地事務所や研究開発
ための政策・財政支援、経済発展状況が多様かつ異な
施設を開設し、その新しい成長チャンスとして慎重に参
る段階にあるという事実から、また生産・供給の視点か
入してきている。
ら、これらの市場を次のように3つのグループに分類す
図A
最良だと考える。
A)成熟中の新興市場国(中国、韓国、台湾)
13
オベリスク Vol.18,2 June 2013
アジア新興市場における実験動物の生産・供給と将来展望
るのが最良だと考える。
1)中国:年間700万∼800万匹使用。そのうち約50%は、
A)成熟中の新興市場国(中国、韓国、台湾)
生物製剤の生産に使われる。主要な流通網は a)北
B)発展途上の新興市場国 (インド、タイ、シンガポー
京と中国東北地域、b)上海・南京地域、c)広州・香港
ル)
地域の3つの主要地域に分布している。大手の生産
C)潜在新興市場国(インドネシア、マレーシア、フィリ
供給業者は、4社あり Vital River Technology Lab(米
ッピン、ベトナム他)
国チャールスリバー社が大株主)を含む2社が北京に、
SLAC(中国科学院=CASの系列民営会社)を含む2
A)成熟中の新興市場国(中国、韓国、台湾)
社が上海にある。その他、いくつかの地方政府関係
これらのグループは、早くも1980年代(中国、韓国;
機関の組織内生産・供給業者があり、関係組織内向
Ref.1&2)から90年代(台湾;Ref.3&4)にその産業基盤
けの余剰動物を外部第三者に供給している。近年、
の構築に焦点を合わせてスタートさせた、いわば先行
中国は霊長類からげっ歯類、ビーグルにいたる総合
者である。需要と供給の両面における実験動物業界を
実験動物供給源として徐々に発展してきている。そし
支える基盤が、研究における高品質な SPF 動物の供給
て、この分野において徐々に欧米、日本に劣らず進
と動物の適切な飼育管理と使用など、科学的にも社会
歩しかつ競争力を高めている。
的にも国際標準に向けて非常によく発展してきた。 こ
2)韓国:年間130万∼150万匹使用。主な流通網は、首
れらの市場 における当 該産業は、IGS®(International
都ソウル周辺とソウル南方の大田バイオテックシティ
Genetic Standard)/VAF®(Viral Antibody Free) (Ref. 5,6)
ー(Daejeon Biotech City)である。大手生産供給業者
など国際的に受け入れられる遺伝学的・微生物学的品
は3社で、最大手はソウルにある、米国チャールスリバ
質に合致する実験動物を生産して、その国内の独立し
ー社と技術ライセンスの提携関係にあるオリエントバ
た純商業的規模の生産供給企業を支え得る状況に達
イオ社(Orient Bio Inc)である。市場規模は小さいが、
した(Ref.5&6)。そして各自国の規則と指針にかなうよう
中国と同様に総合供給源市場へと急速に進展してい
に、実験動物の適切な管理と使用における品質保証プ
る。
ログラムを強化するよう多大な努力が施されてきた。企
3)台湾:年間80万∼100万匹使用。主な流通網は東海
業によっては、さらに AAALAC など国際的組織の認証を
岸沿いにある台北、台中、台南である。大手生産供
得るために特別な努力もするようになった(Ref. 7)。
給業者は2社あり、台湾バイオラスコ社(Biolasco Co.
その結果、国内と外資系の研究組織間における国際
Taiwan)は本社を台北に置き、同じく米国チャールス
的な共同研究が過去10年間で劇的に増加し、多くの多
リバー社から技術ランセンス提携を受けた民間最大
国籍企業がこれら新興市場に基礎研究施設を設立す
手の生産供給業者である。もう一つは、政府支援機
るようにさえなった。結果として、とくにラット、マウスに
関の National Laboratory Animal Center (NLAC of
おいては、3Rsにも拘らず遺伝学的、微生物学的に、よ
Taiwan)で台北と台南に施設を構えている。その他2
り統御された高品質の実験動物の使用が年々増加して
∼3の大学機関内の生産供給者があるが、自給生
きた。成熟市場の最近の傾向と同様に、このような使用
産が主で、余剰分を第三者に供給している。このよう
数の増加の一部には GLP 規制医薬安全性試験での汎
な機関は総じて規模が小さく、商業的に生産された
用げっ歯類の使用増によるほか、遺伝子組換えマウス
実験動物の品質と需給がより安定・一貫するにつれ、
や免疫疾患モデルマウスを使った特殊目的試験の使
このような自給生産は徐々に減ってきた。
用増などに起因する(Ref.8)。
B)発展途上の新興市場国(インド、タイ、シンガポール)
これらの市場における実験動物の正確な年間使用
このグループは、近年、潜在成長力のある商業規模
数を把握するのは困難であるが、我々の内輪の推測で
での実験動物産業を支援する基盤整備に本気になって
は大部分は、マウスとラットであるがその他モルモット・
取り組み始め急速に成長している市場である。これらの
ハムスター・ウサギを含めた2012年度の使用数は次の
市場は、さまざまな理由でやや後発国である。理由の一
通りである。
つは市場に基礎研究開発を行う大規模な製薬・バイオ
14
オベリスク Vol.18,2 June 2013
アジア新興市場における実験動物の生産・供給と将来展望
テクノロジー産業がないことである。もう一つの理由とし
設における動物使用数は減少すると予測される。一
ては、官民協調が不足のため、政府からの金融支援の
方、中央および地方当局は、多くの国内製薬会社によ
そのほとんどが保健福祉や他の製造業へ廻され、この
る後発医薬品(Generic drug)製造への従来の重視策
業界の発展に必要な資金が年々不足していることであ
に代え、斬新な医薬品研究開発を奨励するための新
る。政府による公的資金は限定的で、多くのケースでは
たなサイエンスパークなど、新しい政策や刺激策を取
大学や公的研究機関に重点的に向けられている。 そ
り始めた。そのため、今後5年∼10年の間に高品質な
のため、民間の実験動物生産業者を支える大規模な民
実験動物の使用数は二桁の急成長が予測される。
間需要が生まれない。多くの需要者は自家繁殖するか、
13億人近い消費者を持つインド市場が徐々に外国企
公的繁殖施設から入手するか公的研究機関からの余
業に向け開けつつあり、近々、もっと多くの熟成市場
剰動物を入手するかのいずれかでしかない。その様な
からの多国籍企業の進出が始まるであろう。
ことで、動物の質は供給元によりまちまちであり、入手
2)タイ:年間推定80万∼100万匹使用。バンコクおよび
可能数も不安定である。ここ5年から10年で、前向きな
周辺が主要流通地域である。Dr. Pardon らによれば、
公的支援と民間投資により官民協調に努力が払われる
政府出資系のバンコク、マヒドール大学国立実験動
ようになってきた。
物センター(NLAC-Thai: National Laboratory Animal
このたゆみない努力の結果、シンガポールのように
Center, Mahidol University, Bangkok)が設立された
市場は小さいが財政的に余裕のある国では、先行グル
1980年以前の実験動物使用数は、ごく少なかったが、
ープ、上記の A グループ市場に追いつこうとしている。
2007年には推定使用数は約100万匹であった(Ref.12)。
実験動物の正確な年間使用数に関する公的資料はな
主 な動 物 種は、ワクチン生 産 用の非近 交 系マ ウス
く、次に示すのはおおよその推定値である。
(70-80%)、その他は、大学での基礎研究と教育および
病院、公的研究機関向けである。大規模商業生産業
1)インド:年間150万∼200万匹使用。National Center
者はまだなく、最大手の地場生産者は NLAC-Thai で
of Laboratory Sciences(NCLAS)(Ref.9)によれば、イン
ある(Ref.13)。特別な品質のラット・マウスは、必要に応
ド国内で多種類の実験動物を使用または維持してい
じて少数が海外から輸入されている。タイは、アジア
る施設は、400∼500ヵ所ある。多くの施設は次の4主
の中では欧米で高等教育を受け英語の達者な医師
要地域にある。a)西北部に位置するニューデリー周
や研究者をかかえた優良な病院と医療システムを有
辺、b)西海岸のムンバイ、c)中南部のハイデラバー
しているにもかかわらず、ほとんどの研究開発活動は
ド 、d)南部のバンガロールである。現時点では、その
小規模で、しかも大学や研究機関に限定されている。
ほとんどが公設のいくつかの研究機関内生産施設を
タイ政府が2007∼2010年に向けた高品質な実験動物
除き、十分に品質統御されたげっ歯類の大規模生産
供給開発のための3ヵ年計画を発効したにもかかわら
業者はない。最大手は、ハイデラバードにある国家栄
ず、実験動物業界における基盤は、未だ初期段階に
養研究所(National Institute of Nutrition)の NCLAS で
ある。最近、NLAC-Thai は、2013年3月に野村事務所
ある。同施設は、多種類にわたる高品質の近交系・非
㈱を通じてタイ国内で高品質のローデントの商業生産
近交系のげっ歯類を年間6万匹以上生産し、インド国
に向けたジョイントベンチャー・M-CLEA Biosciences
内の180以上の研究施設に供給している(私的な情報
Co., LTD.(MCBC)を日本クレアと設立することを発表し
源から)。環境森林省(MOEF: Ministry of Environment
た(ref.14)。この新しいジョイントベンチャーは、間違い
& Forests)による新規分子生物学的研究を除く教育
なくタイにおける実験動物業界の発展をリードしていく
現場での実験動物の使用の禁止や CPCSEA(実験動
であろう。
物の統制と管理委員会:Committee for The Purpose
3)シンガポール:年間10∼12万匹使用。2003年末、こ
of Control & Supervision of Experimental Animals)に
の裕福な都市国家は、多くの多国籍企業を金融・域
よる実験動物の使用と飼育管理の厳格な導入により
内企業本部のハブとして域内に導いた後、東南アジ
(Ref.10&11)、小規模単科大学や特に水準以下の施
アの生物医学科学のハブとして、そして自国経済の主
15
オベリスク Vol.18,2 June 2013
アジア新興市場における実験動物の生産・供給と将来展望
柱として促進するためにバイオポリスプロジェクト
将来の動向
(Biopolis Project)を積極的に開始した(Ref15)。科
これまで述べたように新興市場諸国は、発展した成熟
*
学・技術・研究局(A STAR:The Agency for Science,
市場で打ち立てられた専門的基準を達成するために力
Technology & Research)の指導のもとで、新しいバイ
を注いでいる。しかし、使える資金のほとんどが通常の
オテック企業や製薬企業が基礎研究を行うための数
人的健康福祉プログラムへ流用されてしまい、資金源
百万平方フィートにおよぶ最新設備を備えたレンタル
不足により、その進行速度は、遅く妨げられている。
試験施設=ビオポリスを含む多くの奨励プログラムを
前述の A グループは、幸運にも80年代、90年代の景
導入した(Ref.16)。現時点ではその規模はまだ小さい
気好況期にその近代化努力をタイムリーに開始できた。
が、有利な税制、便利な地理的条件、高度に教育さ
彼らは、多くの使用者である多国籍研究機関や生産業
れた英語を話せる労働力などにより、潜在市場は急
者、例えばチャールス・リバーなどを引き寄せ、国際標
速に成長している。実験用げっ歯類、その他大部分の
準に合った高品質な実験動物製品サービスの供給と使
主な供給元は、シンガポール大学または輸入である。
用におけるさらなる安定向上において国際標準レベル
最近、新たに SPF げっ歯類の商業生産・供給を目的
に非常に近づいている。これらの市場の成長への流れ
とした政府出資の合弁会社として、インビボ社
は、これからも続き、後退することはないであろう。発展
*
(InVivos Pte Ltd)が A STAR と米国の民間生産業者
に向けて彼らに必要なことは、次のことを通じて基盤の、
であるタコニック社(Taconic Farm)との間で設立され
より強化と協調への努力である。
た。2013年後半にはこの新しい施設から、いくつかの
1)実験動物の適正な使用と飼育管理について、従業
一般系統の販売を開始する(Ref16)。このような高品
員へのさらなる教育訓練の実施
質実験動物の地場供給業者が増えたことで、シンガ
2)より効果的な品質管理プログラムの実施
ポールの生物医学産業の成長スピードも、また急速に
3)官民双方から、よりよい財政的支援を行うこと
増すものと予測される。
4)成熟産業へ成長させるための自由市場原理を促す、
より効果的な政策を導入すること
C)潜在新興市場国(インドネシア、マレーシア、フィリピ
ン、ベトナム他)
B、C グループの将来展望は次のことにかかっている:
このグループは現在、一部の国は成熟市場である米
1)当該産業の基盤を組み立て振興することにおいて、
国・日本・欧州に対し、広く実験用霊長類の輸出国とし
政府の政策に如何に持続性があるか。
て良く知られてはいるが、実験動物科学分野において
2)国内の関係者が高品質の動物を使用する基礎研究
は発展の初期段階にある。ごく少数のげっ歯類が使用
開発に投資することに、どれほどの決意があるか。
されているだけであり、そのほとんどは政府系機関か大
3)いかに早く国際経済状況が回復し、多国籍製薬企業
手大学における施設内自家繁殖コロニーからの供給で
がこれらの国々に新規設備投資を継続するか。
ある。各国は、この分野において独自の専門家団体を組
織し始めている。これら専門家の多くは、自国のさらなる
その発展段階に関わらず、実験動物の供給と使用に
発展にむけて実験動物科学情報の学習と情報交換の
おける全体の傾向は、不足分を輸入によって代替可能
ため、FELASA(欧州実験動物学会連合)、AALAS(米国
な小規模地場生産を除いて、成熟市場におけるそれと
実験動物学会)、AFLAS(アジア実験動物学会連合)など
似ている。いろいろな意味で これらの市場は、先行グ
が開催する国際学会に積極的に参加している
ループの成長パターンの延長線上にある。同様に通常
(Ref.17-19)。自国経済や生活水準の向上により、またも
モデル動物の需給は安定状態となる一方、より特殊な
し政府の配慮と財政支援があれば、これらの国は実験
動物モデルや遺伝子組換えモデルの需給は、これから
動物分野において潜在市場として浮上してくるであろ
続けて増加するであろう(Ref.8)。この業界において国際
う。
16
オベリスク Vol.18,2 June 2013
アジア新興市場における実験動物の生産・供給と将来展望
標準に到達するためのスピードは、新興市場諸国では
9.The Use of animals in Scientific Research May 2000,
まちまちであるが、現行のグローバル化、One World,
NCLAS,Hyderabad, India.
One Market のもとで21世紀の実験動物産業の将来に
10.The Ban on live Animals use in Education, Time of
向けて、その発展と改善の傾向は続くであろう。
India News, April17, 2012
11.Committee for The Purpose of Control &Super-.
参考文献
vision of Experimental Animals ( CPCSEA), India.
1∼3.Obe-Lisk
Vol.18.1, January 2013 P.9-20
12.Pradon et al, 2007:Research Animals for Scientific
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Purposes in Thailand
13.www.nclac.mhiol.ac.th/
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14.www.mahidol.ac.th/mueng/news, 2013.Signing
( Viral Antibody Free) both registered trade marks
of
ceremony to organize M-Clea Bioscience Co.
Charles River Labs, USA.
Ltd (MCBC).
7. www.aaalac,org /update
8.An Overview of the Current Status in the Production
www.a-star.edu.sg/tabid/
16.InVivos Pte. Ltd
www.invivos.com.sg
17∼19.www.felasa,eu/news ;
of Laboratory animals & Future Trends in Europe &
USA.
15.Biopolis-A*STAR
www.afas-office.org/news
Richard CS Lee, Obe-list, 18.2 2013.
20.Same as ref.8 above.
17
www.aalas.org/news ;
18
19