周術期呼吸管理 吸入酸素濃度と肺傷害,感染症: 高い吸入酸素濃度の有用性と 問題点 Contribution of Oxygen Concentration to Acute Lung Injury and Infection : Is Higher Inspiratory Oxygen Concentration Helpful or Hazardous? 東京女子医科大学麻酔科学教室 佐藤暢夫 Nobuo Sato 小谷 透 Toru Kotani 麻酔中の吸入酸素濃度上昇や術後数時間の酸素投与は,低酸素イベントの回避,嘔気嘔吐の防 止,創部感染防止を期待して行なわれている.しかし,効果が得られるのは低酸素の回避のみで, 高濃度酸素投与は吸収性無気肺の発生,抜管時期の遅延,低酸素症状の発見の遅れ,重篤な低酸 素血症におちいる危険性も内包する.適切な酸素投与法について症例ごとに検討する必要がある. 吸入酸素濃度を論じるうえで 必要な基礎的事項 1. 低酸素血症について の結合の割合は SaO2 で表され,血液中の溶解量は PaO2 で表現される.ヘモグロビン(Hb)は 4 つのヘムで構成 され,1 つが酸素を結合するとHb 全体の構造が変化し他 のヘムと酸素との結合が促進される(アロステリック効 ヒトの細胞が生きていくために酸素は不可欠である.酸 果).この結果,Hbの酸素結合状態は all or nothing の 素は肺から血液中に取り込まれ末梢組織に運搬されるの 状態となり,酸素が豊富な肺では酸素を吸収し,少ない で,血液中の酸素含量は生命活動が維持できるかの評価 末梢組織では酸素を放出することが可能となる.つま 指標として重要である.酸素は血液中にすばやく溶解す り SaO2 と PaO2 の関係は S 字状を描く(図 1 )1).低酸素 るがごく一部であり(溶解係数 0.0031mL/dL/mmHg), 血症とは動脈血の酸素分圧が低下している状態をいい, 大部分は血液中のヘム鉄と結合し運搬される.ヘム鉄と 組織血流が維持されていても低酸素症が発生する.低 Contribution of Oxygen Concentration to Acute Lung Injury and Infection : Is Higher Inspiratory Oxygen Concentration Helpful or Hazardous? 酸素血症の臨床症状として,PaO2 60mmHg 以下で軽度 化炭素症を生じる.麻酔薬など呼吸中枢に影響を与える の精神機能の障害と視力の減退,軽度の過換気,40 〜 薬物や脳幹の障害などによって呼吸運動が障害される中 50mmHg 以下で頭痛,傾眠,意識混濁,頻脈,軽度高 枢性低換気と,気道が狭窄・閉塞する末梢性低換気に分 血圧が認められ,非常に重症の低酸素血症では徐脈,低 けられる.肺胞換気を増加させることで改善する. 血圧となる .組織血流が低下した場合は,低酸素血症 2) (2)換気血流比不均等 効率的なガス交換を行なうためには,換気と血流のバ がなくとも組織の低酸素は起こる. ランスを常に調整する必要がある.しかし,肺内の血液 2. 低酸素血症の発生機序 は重力の影響により体下部に集中しやすく,逆にガスは 吸気運動により取り込まれた新鮮ガスは比較的太い気 体上部に集まりやすいため,換気と血流のミスマッチが 道までは速い流速で末梢領域へと広がるが,やがて流速 生じやすい.陽圧強制換気を行なうとこの状態が助長さ を失い,その先は拡散という物理現象により肺胞に到達 れる.換気血流比を維持するために肺毛細血管は酸素分 する.拡散はガスの濃度勾配に従う.肺胞ではHbが酸 圧の低い肺胞への血流を減少させる自動調節能,低酸素 素分子を積極的に結合し持ち去るため,気道から肺胞に 性肺血管収縮(hypoxic pulmonary vasoconstriction: むけて濃度低下勾配が発生する.CO2 は口側にむけて減 HPV)を有する.HPV の機序はいまだ明らかでない.各 衰する濃度勾配に従い拡散し,あるレベルの気管支から 種病的状態や一部の血管拡張薬および麻酔薬によって抑 は呼気運動により体外に排出される.これら一連の流れ 制される.図 3 では左の肺胞の酸素分圧が高いにもかか が損なわれるとガス交換が障害される. わらず,右の肺胞に血流が多く流れ,HPVが抑制されて 低酸素血症を起こす生理学的機序として次の 4 つがあ いることがわかる.HPVを促進させる,あるいは調整 る . 1) (1)肺胞低換気 肺胞に到達する新鮮ガス量低下により生じる(図 2 ). 有効な濃度勾配が維持できなくなるため,肺胞−毛細血 全酸素含量 100 Hbと結合した酸素 80 18 14 60 10 40 6 20 0 22 溶解酸素 20 40 60 80 2 0 100 600 酸素含量(mL/100mL, vol%) ヘモグロビンの酸素飽和度(%) 管間のガス交換が行なえなくなり,低酸素血症と高二酸 酸素分圧 (Po2) (mmHg) 図 1 ヘモグロビン酸素解離曲線(文献 1 より引用・改変) pH7.4,二酸化炭素分圧(Pco2 )40mmHg,37℃の条件で の酸素解離曲線を( )示す.また,ヘモグロビン(Hb) を15g / 血液 100mL とした場合の,全酸素含量を( ) 示す. 図 2 肺胞低換気の発生模式図 肺胞への新鮮ガスの供給がなくなり,ガス交換が障害さ れる. O2 O2 シャント 図 3 シャントならびに換気血流比不均等の発生模式図 できる薬物は発見されていない.HPVが抑制されている 残りの 0.5 秒は予備力と考えられる.拡散量は肺胞壁の 状態で体位変換を行なうと,血流分布の変化によりミス 表面積と酸素や二酸化炭素の分圧差に比例し,拡散距離 マッチが助長され低酸素血症が悪化することがある.治 に反比例する(図 4 ).肺水腫や肺間質の炎症が代表的 療では,ミスマッチを助長する薬物があれば投与中止す な病態である.酸素濃度上昇が対症療法である. る以外には,対症療法として酸素濃度を上昇させ,背景 病態の改善を待つしかない. (3)シャント 3. 酸素毒性 過剰な酸素は組織毒性をもつ.酸素毒性はフリーラジ 静脈血が換気されている肺領域をバイパスし,ガス交 カル(活性酸素)による細胞ないし,組織障害が主因と 換の機会を与えられず直接体循環系に流れ込む状態をい 考えられる.活性酸素は正常細胞の酸化還元反応により .シャントには,気管支静脈や動静 う(図 3 右の肺胞) 産生されるため,細胞内にはフリーラジカルによる毒性 脈瘻のような構造的にガス交換に関与することのない解 効果から細胞を守る防御システムが存在しているが,活 剖学的シャントと,無気肺などのように構造的にはガス 性酸素が過形成されて防御能を超えると,タンパク質, 交換が可能であるが,その機能を失ったことによるシャ 脂質,DNA が変化して細胞傷害や細胞死に至る.酸素 ント様血流の 2 種類がある.無気肺が原因であれば肺胞 による組織傷害の病理学的変化は非特異的である.細胞 を再開通させる人工呼吸療法が有効であるが,吸入酸素 滲出期を経て終末期には肺線維化と肺高血圧などの不 濃度の上昇は効果を示さない. 可逆的変化が出現する点で急性呼吸促迫症候群(acute (4)拡散障害 respiratory distress syndrome:ARDS) に 類 似 す る. 血液が肺胞近傍を流れている時間は約 0.75 秒といわ この結果,生理学的な変化として残気量,拡散能,肺コ れ,この間に肺胞から拡散してきた酸素を取り込む必要 ンプライアンスの低下がみられる(表 1 )3).酸素によ がある.健常人では約 0.25 秒でガス交換は終了するため, る組織傷害は細胞内代謝亢進(甲状腺ホルモン,アドレ ナリン,テストステロン,高体温),薬物(ブレオマイ シン,ニトロフラントイン,コルチコステロイドなど) により増強する可能性がある 4). O2 高濃度酸素投与の“功” 高濃度酸素投与の“功” ここでは「高濃度酸素」を「吸入酸素分画(F I O2)0.60 以上」と定義する. PO2 100 表 1 健常者 100%酸素吸入時の臨床所見 (文献 3 より引用・改変) PO2 =70 吸入時間(時間) 肺機能正常 40 0∼12 0.75 秒 拡散に要する時間 図 4 拡散障害の発生模式図 臨床所見 拡散障害では酸素が血流に拡散するまでの時間が長くな る.通常は 0.25 秒程度である( ).生体は予備力とし て 0.75 秒までの遅延を許容するが( ),それ以上にな ると酸素化が悪化する( ). 気管・気管支炎 胸骨下痛 12∼24 肺活量減少 肺コンプライアンス低下 24∼30 P(A-a)O2 増加 運動時 PO2 低下 30∼72 肺拡散能低下 Contribution of Oxygen Concentration to Acute Lung Injury and Infection : Is Higher Inspiratory Oxygen Concentration Helpful or Hazardous? 1. 低酸素症の予防 / 治療 肺の病理変化があったとしても高濃度酸素によるもの Edmark らは子宮摘出術予定患者において,導入時の か,原疾患の悪化によるものか区別しがたく評価は難し F I O2(0.6,0.8,1.0)が高いと,肺底部の無気肺領域が いが,高濃度酸素による組織毒性のプロフィールは曝露 増加する(それぞれ 0.3 ± 0.3,1.3 ± 1.2,9.8 ± 5.2cm2 ) 期間により異なることだけは間違いないだろう. ことを胸部 CT の解析で示した . 5) 全身麻酔後には術後低酸素血症を含む肺合併症は 2 〜 40%で発生している 6).患者要因としては喫煙や慢性閉 塞性肺疾患(chronic obstructive pulmonary disease: COPD)など呼吸機能や循環機能,免疫反応の異常があ 酸素毒性で重要なのは吸入濃度ではなく PaO2 であり, この結果,低酸素血症患者への臨床では肺の組織学的変 化は,ほとんど起こらないと指摘する意見もある. 2. 低酸素イベント発見の遅れ り,全身麻酔関連要因には過剰な輸液,無気肺を発生さ Fu ら 12) は術後低換気の影響を調査するため,下腹 せるような不適切な換気設定,麻酔中に使用した薬物(麻 部あるいは下肢血管外科手術後 45 症例の分時換気量を 酔薬,筋弛緩薬,オピオイドなど)の効果残存が,手術 50%に減じたところ,F I O2 0.21 では SpO2 の低下がみら 関連要因には胸部手術や腹部手術など横隔膜に近い領域 れたが,0.25,0.3 では異常を感知できなかった.また, に切開創がある場合が含まれる.原因に関わらず低酸素 術後回復室滞在 288 症例では,SpO2 が 90%以下に低下 血症への対症療法として酸素投与の有効性が確認されて する割合は室内気群で 9.0%と酸素投与群の 2.3%の 4 倍 いる .急性呼吸不全治療の第一選択も酸素療法である. であり,周術期の酸素投与が SpO2 モニターの感度を低 7) 下させ,低酸素血症の発見が遅れる危険性について警告 2. その他 している. 術後悪心・嘔吐予防や術後創感染に有効との報告が あった(後述) . 3. 吸収性無気肺 麻酔に関連する無気肺の原因の 1 つに吸収性無気肺が 高濃度酸素投与の“罪” 3.高濃度酸素投与の“罪” 1. 組織毒性 ある.100%酸素で脱窒素を行なうと,血液に酸素を吸 収された後,肺胞内圧を維持するガスがなくなり肺胞は 虚脱する.分圧の上昇で気体の吸収率も上がることも関 8) 与する 13). 高濃度酸素ほどフリーラジカルが増加するので,酸素 による組織傷害の危険性も高くなる.おそらくフリー 4. 換気抑制 ラジカルに対する生体防御機構〔Toll 様受容体(Toll- COPD のように CO2 に対する換気応答を失い,低酸素 like receptor:TLR),単核貪食細胞系(mononeuclear に対するドライブに換気を依存している場合は,高濃度 phagocyte system:MPS),NO pathway,ケモカイン 酸素投与により換気が抑制される. など〕のレベルの違いにより ,肺組織への影響や生存 9) 期間には種差がみられる 10).ラットの研究では 100%酸 5. HPV の抑制 素吸入では 3 日以内に死亡するが,サルでは 2 週間は生 正常肺であっても肺内ガス分布は均一ではない.前述 存可能であり,おそらくヒトは,より耐性を有すると考 のとおり,肺胞内酸素分圧が低い領域では HPV により えられる.ヒトへの高濃度酸素使用に関する限られた 肺血管が収縮し換気と血流のマッチングを調節している 臨床報告のなかでも 100%酸素の悪影響が報告されてい が,酸素を投与することで肺胞内酸素濃度が上昇すると る 11).一方で,100%酸素で 7 日間人工呼吸を受けた心 HPV が抑制され換気血流比不均等が増大する可能性が 臓術後症例の肺機能は 42%以下の酸素濃度の症例と違 ある 14). いはなかった.頭部外傷症例で 31 〜 72 時間人工呼吸を 受けた症例では大気で換気された症例と比較し病理組織 上の違いはなかった. 6. 肺内シャントの増加 一般に P/F 比(= PaO2 ÷ F I O2)は F I O2 依存性に低下 する.この理由は F I O2 依存性に肺内シャント量が増加 チューブの位置異常,人工呼吸器の不適切な設定,カフ するためといわれる 15). 漏れなどがある.肥満患者では仰臥位となっただけで低 換気となりやすいが,同時に換気血流比不均等やシャン トも発生しやすく,複合要因が考えられる.全身麻酔中 現実的な対応策 現実的な対応策 は通常調節換気であり,その様式には従量式と従圧式が ある.従量式換気モードでは換気量は担保されているよ 高酸素症(hyperoxia)が生体にとって安全でないと うにみえるが,ガスの肺内分布に偏りを生じやすく,局 いっても,より危険な低酸素症の防止は常に最優先であ 所の過伸展や低換気を防止できないことがある.従圧式 る.低酸素症をみたら,酸素投与による不都合な合併症 換気モードでは気道 / チューブトラブルにより換気量が があるとしても治療しなければならない.その際,高濃 低下する可能性があるものの,注意深くモニタリングす 度酸素による副作用を減らすために F I O2 の上限を定め れば逆に低換気を察知しやすい.肺内ガス分布の不均一 るなら,「その患者にとって安全な」PaO2 を具体的に設 性は従量式に比べ起こしにくい.呼気終末陽圧(positive 定する必要がある.極論をいえば,ヒマラヤ山頂をめざ end-expiratory pressure:PEEP)は機能的残気量を維 す登山家(もちろん十分訓練されており素人ではない) 持することで周術期低酸素血症の予防に役立つが,至適 にとっては PaO2 40mmHg は十分許容できるレベルであ PEEP レベルの決定法に定説がないことが問題となる. る . 16) 2. 全身麻酔中の F I O2 設定 1. 全身麻酔中の低酸素血症の予防策 周術期の至適 F I O2 について結論はない.強いていう 全身麻酔中では肺胞低換気によるものが多い(表 2 , なら低酸素症を生じない濃度設定であるが,循環系への 3 ) .低換気の原因としては気道内の分泌物貯留,気管 影響が大きい手術では十分な予備力を作っておく必要が 17) 表 2 低酸素血症の原因と血液ガスの変化(文献 17 より引用・改変) 安静時 PaO2 (室内気吸入時) 安静時 PaO2 (酸素吸入時) 肺胞低換気 低下 正常 無変化もしくは低下 増加 換気血流比不均等 低下 正常 無変化もしくはやや増加,もしくは低下 正常 シャント 低下 低下 無変化もしくは低下 正常 拡散障害 低下 正常 小∼大で低下 正常 障害 運動時 PaO2 (室内気吸入時) (安静時と比較) 表 3 肺疾患の違いによる低酸素血症のメカニズム(文献 17 より引用・改変) 疾患 低換気 換気血流比不均等 シャント 拡散障害 (+) ++ − − 肺気腫 + +++ − ++ 気管支喘息 − ++ − − 肺線維症 − + + ++ 肺炎 − + ++ − 無気肺 − − ++ − 肺水腫 − + ++ + 肺血栓・塞栓症 − ++ + − ARDS − + +++ − 慢性気管支炎 PaCO2 Contribution of Oxygen Concentration to Acute Lung Injury and Infection : Is Higher Inspiratory Oxygen Concentration Helpful or Hazardous? ある.予備力の少ない高齢者では低酸素血症による認知 F I O2 を極力下げることが IP の進行を防ぐために必要と 機能障害を指摘する報告がある 18). なる 23). 3. 術後低酸素血症対策 5. 術後におけるその他の話題 人工心肺中は人工肺に問題がない限り低酸素血症にな ることは少ないが,長時間人工呼吸を停止するために無 気肺による低酸素血症がしばしば問題となる 19). (1)術後悪心・嘔吐 術後悪心・嘔吐(postoperative nausea and vomiting: PONV)の頻度は 20 〜 70%といわれる 24 〜 27).PONV 発 Sinha ら 15)は冠動脈バイパス術後症例に対し,人工心 生機序として(たとえ短時間であっても)手術操作によ 肺離脱後,血行動態が安定した段階で F I O2 0.5 で投与す る虚血が催嘔吐性物質を放出するとの説があり,PONV る群と,30 分間 F I O2 1.0 を投与する群に分けたところ, 予防手段として F I O2 上昇が議論された 28).Greif らは腸 F I O2 0.5 群では酸素化の有意な改善を認めたのに対し 切除術予定231症例を術中F I O2 0.3 群と,F I O2 0.8 群に て,F I O2 1.0 群は有意に酸素化の悪化を認めた.F I O2 1.0 分けた PONV 発生率を観察したところ,それぞれ 30%, 群では抜管までの時間も延長しており,離脱後 30 分間 17%と F I O2 0.8 群が少なかった 29).Goll らも婦人科腹腔 の酸素濃度の違いがアウトカムに影響を与える可能性を 鏡下手術 240 症例について F I O2 0.3 群,F I O2 0.3 +オン 示唆した. ダンセトロン投与群,F I O2 0.8 群の 3 群に分けたところ, これに対し,Downs は酸素供給量の増加は動脈血酸 PONV 発生率はそれぞれ 44%,30%,22%と F I O2 の上 素飽和度がわずかに上昇するのみで,Hb 濃度や,心拍 昇は制吐薬併用よりも効果的で,F I O2 0.8 とすることに 出量とは関係がなく,Fu らの研究にあるように,むし よる無気肺などの肺合併症はなかったことから,PONV ろ酸素投与をしない方が低換気や換気血流比不均等,肺 防止に有利と報告した 30). 内シャント,拡散障害など一次的肺傷害の発見が早く しかし,その後は吸入酸素濃度と PONV の発生率に なるとしており 20),周術期のルーチンの酸素投与に対 は関係がないとの報告が相次いだ 31 〜 33).Greif 論文の共著 し警鐘をならしている.心臓術後症例での術後低酸素 者でもある Sessler が加わったメタ解析では,10 論文中 血 症 は 術 中 か ら の PEEP の 使 用( い わ ゆ る open lung 8 論文で PONV 減少が確認できず,効果は期待できな approach)により回避できるとの報告もある . 21) 吸入酸素濃度を下げるためにはモニタリングが必須と なり,モニターからの情報を処理するためのスタッフが 必要となる.それぞれの状況で最適な方法を選択するべ きであろう. いと結論している 34).Sessler が 2009 年に来日した時に Greif 論文について尋ねたところ,即座に“That study was wrong”と返答したことを付け加えておく. (2)術後創感染 術後創感染(surgical site infection:SSI)の患者以外 の要因として創部の血流と酸素化が重要である.Greif 4. 全身麻酔中の特殊な状況 らは腸切除術後 500 症例について,術中から病棟帰室 2 時 (1)一側肺換気(OLV) 間後まで F I O2 0.3 と 0.8 で比較したところ,創部感染率が OLV 中は医原性に巨大なシャントを起こしており, それぞれ 11.2%と 5.2%であり,一般的な感染率 9 〜 27% 静脈系でガス交換されない血液が動脈系へ流れ込むた と比較しても,F I O2 0.8 は SSI 予防に有効と報告した 35). め,低酸素血症をきたす.HPV の反応により徐々に換 しかし,腹腔鏡下手術 1,400 症例に対して同様のプロト 気血流比不均等が改善し,酸素化が改善する .換気側 コルを用いた他の研究(PROXI trial)では,19.1%対 の肺胞虚脱を防ぐため PEEP を用いることが多いが,高 20.1%と有意差がなかった 36).さらに組織血流が悪化し すぎる PEEP ではシャントが増大し,逆に酸素化が悪化 やすい肥満患者(BMI34)を PROXI trial のデータから することがあるので個々の状況に合わせて適切な PEEP 抽出し同様の解析を行なったが,有効性は確認できな 1) を用いる必要がある . 22) (2)低酸素血症をきたす肺病変合併例 間 質 性 肺 炎(interstitial pneumonia:IP) 患 者 で は かった 37).この結果に対しては,肥満の程度が軽い,手 術内容にばらつきがある,という指摘があり,否定され たとはいえないという意見もある 38).高圧酸素療法の効 果について,胸部術後の胸骨感染では感染期間に有意差 はなかったが,感染再発率,抗生剤投与期間,在院日数 まとめ まとめ が有意に低く 39),理論的に高濃度酸素吸入の効果は期待 できるはずである.高圧酸素療法では酸素毒性はさらに 現時点では高濃度酸素の効果を支持するデータは少な ために,曝露時間の短縮が課題と く,むしろ合併症のリスクもあることから,ルーチンに 短時間で発生する 40) なる. 用いられるべき処置ではない.酸素投与の利点欠点を十 分に理解したうえで,明確な目的をもって適切な「濃度 と投与期間」を症例ごとに設定すべきである. ■ 参考文献 1)West JB,桑平一郎訳:ウエスト呼吸生理学入門 正常肺編.東 京,メディカル・サイエンス・インターナショナル,2009 2)West JB,堀江孝至訳:ウエスト呼吸生理学入門 疾患肺編.東 京,メディカル・サイエンス・インターナショナル,2009 3)Jenkinson SG:Oxygen toxicity in acute respiratory failure. Respir Care 28:614 - 617, 1983 4)Jackson RM:Pulmonary oxygen toxicity. Chest 88:900 - 905, 1985 13)Duggan M, Kavanagh BP:Pulmonary atelectasis:a pathogenic perioperative entity. Anesthesiology 102:838 - 854, 2005 14)Moudgil R, Michelakis ED, Archer SL : Hypoxic pulmonary vasoconstriction. J Appl Physiol 98 : 390 - 403, 2005 15)Sinha PK, Neema PK, Unnikrishnan KP, et al.:Effect of lung ventilation with 50% oxygen in air or nitrous oxide versus 100% oxygen on oxygenation index after cardiopulmonary bypass. J Cardiothorac Vasc Anesth 20:136 - 142, 2006 5)Edmark L, Kostova-Aherdan K, Enlund M, et al.:Optimal 16)Grocott MP, Martin DS, Levett DZ, et al.:Arterial blood oxygen concentration during induction of general anesthesia. gases and oxygen content in climbers on Mount Everest. N Anesthesiology 98:28 - 33, 2003 6)Canet J, Mazo V:Postoperative pulmonary complications. Minerva Anestesiol 76:138 - 143, 2010 Engl J Med 360:140 - 149, 2009 17)Hedenstierna G:Respiratory physiology. In:Miller R, ed. Miller's Anesthesia. 7th ed. Philladelphia, pp361- 391, 2009 7)Rosenberg J, Pedersen MH, Gebuhr P, et al.:Effect of oxygen 18)Yaffe K, Laffan AM, Harrison SL, et al.:Sleep-disordered therapy on late postoperative episodic and constant hypoxaemia. breathing, hypoxia, and risk of mild cognitive impairment Br J Anaesth 68:18 - 22, 1992 and dementia in older women. JAMA 306:613 - 619, 2011 8)Lumb AB:Hyperoxia and oxygen toxicity, Nunn's Applied respriatory physiology. 7th ed.:Edinburgh, Churchill Livingstone Elsevier, pp377- 390, 2010 9)Matute-Bello G, Frevert CW, Martin TR:Animal models of acute lung injury. Am J Physiol Lung Cell Mol Physiol 295:L379 - L399, 2008 10)Hudak BB, Zhang LY, Kleeberger SR:Inter-strain variation in susceptibility to hyperoxic injury of murine airways. Pharmacogenetics 3:135 - 143, 1993 11)Kapanci Y, Tosco R, Eggermann J, et al.:Oxygen pneumonitis in man: Light- and electron-microscopic morphometric studies. Chest 62:162- 169, 1972 12)Fu ES, Downs JB, Schweiger JW et al.:Supplemental oxygen impairs detection of hypoventilation by pulse oximetry. Chest 126:1552 - 1558, 2004 19)Weissman C:Pulmonary function after cardiac and thoracic surgery. Anesth Analg 88:1272 - 1279, 1999 20)Downs JB:Is supplemental oxygen necessary? J Cardiothorac Vasc Anesth 20:133 - 135, 2006 21)Reis Miranda D, Struijs A, Koetsier P, et al.:Open lung ventilation improves functional residual capacity after extubation in cardiac surgery. Crit Care Med 33:2253-2258, 2005 22)Slinger PD, Kruger M, McRae K, et al.:Relation of the static compliance curve and positive end-expiratory pressure to oxygenation during one-lung ventilation. Anesthesiology 95: 1096 - 1102, 2001 23)関根康雄,黄英哲:肺線維症と酸素投与(特集 麻酔科 EBM を巡る問題点) .麻酔 60 : 307- 313, 2011 24)Lerman J:Surgical and patient factors involved in postoperative nausea and vomiting. Br J Anaesth 69:24S - 32S, 1992 Contribution of Oxygen Concentration to Acute Lung Injury and Infection : Is Higher Inspiratory Oxygen Concentration Helpful or Hazardous? 25)Benson JM, DiPiro JT, Coleman CL, et al.:Nausea and vomiting after abdominal surgery. Clin Pharm 11:965 - 967, 1992 26)Quinn AC, Brown JH, Wallace PG, et al.:Studies in postoperative sequelae. Nausea and vomiting —still a problem. Anaesthesia 49:62 - 65, 1994 27)Koivuranta M, Läärä E, Snåre L, et al.: A survey of postoperative nausea and vomiting. Anaesthesia 52 : 443 - 449, 1997 34)Orhan-Sungur M, Kranke P, Sessler D, et al.:Does supplemental oxygen reduce postoperative nausea and vomiting? A meta-analysis of randomized controlled trials. Anesth Analg 106:1733 - 1738, 2008 35)Greif R, Akça O, Horn EP, et al.:Supplemental perioperative oxygen to reduce the incidence of surgical-wound infection. N Engl J Med 342:161- 167, 2000 28)Couture DJ, Maye JP, O'Brien D, et al.:Therapeutic modalities 36)Meyhoff CS, Wetterslev J, Jorgensen LN, et al.:Effect of for the prophylactic management of postoperative nausea and high perioperative oxygen fraction on surgical site infection vomiting. J Perianesth Nurs 21:398 - 403, 2006 and pulmonary complications after abdominal surgery : the 29)Greif R, Laciny S, Rapf B, et al.:Supplemental oxygen PROXI randomized clinical trial. JAMA 302:1543 - 1550, 2009 reduces the incidence of postoperative nausea and vomiting. 37)Staehr AK, Meyhoff CS, Rasmussen LS:Inspiratory Anesthesiology 1999;91:1246 - 1252. 30)Goll V, Akça O, Greif R, et al.:Ondansetron is no more effective than supplemental intraoperative oxygen for prevention of postoperative nausea and vomiting. Anesth Analg 92:112 - 117, 2001 oxygen fraction and postoperative complications in obese patients : a subgroup analysis of the PROXI trial. Anesthesiology 114:1313 - 1319, 2011 38)Canet J, Belda FJ:Perioperative hyperoxia : the debate is only getting started. Anesthesiology 114:1271- 1273, 2011 31)Joris JL, Poth NJ, Djamadar AM, et al.:Supplemental oxygen 39)Barili F, Polvani G, Topkara VK, et al.:Role of hyperbaric does not reduce postoperative nausea and vomiting after oxygen therapy in the treatment of postoperative organ/ thyroidectomy. Br J Anaesth 91:857- 861, 2003 space sternal surgical site infections. World J Surg 31: 32)Treschan TA, Zimmer C, Nass C, et al.:Inspired oxygen 1702 - 1706, 2007 fraction of 0.8 does not attenuate postoperative nausea and 40)Shykoff BE:Pulmonary effects of submerged oxygen breath- vomiting after strabismus surgery. Anesthesiology 103: ing in resting divers:repeated exposures to 140 kPa. Undersea 6 - 10, 2005 Hyperb Med 35:131- 143, 2008 33)Purhonen S, Turunen M, Ruohoaho UM, et al.:Supplemental oxygen does not reduce the incidence of postoperative nausea and vomiting after ambulatory gynecologic laparoscopy. Anesth Analg 96:91- 96, 2003
© Copyright 2024 Paperzz