第 49 回日本高気圧環境・潜水医学会学術総会 一般演題11-1 Fournier症候群に高圧酸素療法を併用した1例 プロシーディング 腔洗浄およびドレナージ,会陰創処置を続け退院とな った。初診から約 5ヵ月後に人工肛門閉鎖術を施行し た。 坊 1) 英樹 2) 松田範子 1) 松信哲朗 内田英二 2) 1) 鈴木英之 德永 2) 昭 2) Fournier症候群は陰嚢を含む会陰部の劇症型壊死 性筋膜炎とされ,未だに死亡率が 13 〜 52%と高い予 森山雄吉 1) 日本医科大学武蔵小杉病院 2) 日本医科大学 【結語】 消化器病センター 外科 後不良な疾患である。特に,肛門直腸病変より発症 例は重篤化し死亡率が高い。また,内向(攻)型は外 向(攻)型に比べ症状が発現しづらい。本症例は肛門 【はじめに】 周囲膿瘍から発生したFournier症候群であり,初期の 1883年にフランスの皮膚科医Fournierが若年健康 臨床症状が乏しい内向(攻)型であり,外来初診時に 男子の陰嚢,陰茎に突然発症し,急速に進行する原 Fournier症候群を疑うことはなく,十分な切開排膿ド 因不明の壊疽を報告した。その後,1956年にThomas レナージ,デブリードマンが遅れ重篤化を招いた。し が若年男性に突然発症し,急激に進行する原因不明 かし,その後の集学的治療で救命することができた。 の陰嚢壊疽をFournier̀s gangreneと定義した。 その治療法として,高圧酸素療法も選択肢の一つに 現在は,陰嚢を含む会陰部の劇症型壊死性筋膜炎 なりうると考えられた。本症例のような初期臨床症状 をFournier症候群と定義されている。糖尿病,肝硬 の乏しい内向(攻)型Fournier症候群には十分注意し, 変,腎不全,ステロイド服用等の基礎疾患を有する症 積極的かつ適切な時期に必要十分なドレナージを行う 例が約 75%を占め,男女比は 10:1と男性に多い。特 ことが重要であると思われた。 に,肛門直腸病変よりの発症例は重篤化することが多 く死亡率が 13 〜 52%と予後不良な症候群である。今 回我々は,Fournier症候群に対して集学的治療を施行 し救命しえた症例を経験したので報告する。 【症例】 46歳男性。肛門周囲の疼痛を主訴に当科初診。基 礎疾患に未治療の糖尿病があった。肛門周囲膿瘍の 診断のもと入院,直ちに右臀部皮下の切開排膿を施行 した。検査所見;WBC 19730/μl, CRP 35.64mg/dl, BS 224mg/dl, HbA1c 7.4% 検出菌E. coli。MEPM+ γグロブリンによる抗菌薬治療を開始。しかし炎症反 応の再上昇を認め,CTにて排膿不十分の診断。入 院 5日目に全身麻酔下に追加切開排膿ドレナージ,デ ブリードマンを施行した。追加処置にて炎症反応の低 下認めるが,検出菌にてBacteroides属も検出された。 炎症反応低下も思わしくなく,入院 10日目より高圧酸 素療法を開始した。しかし,膿瘍の拡大を認めCTガ イド下ドレナージを施行することとした。しかしこの処 置の際に膿瘍が腹腔内に穿破し,腹膜刺激症状が出 現したため緊急開腹洗浄ドレナージおよび人工肛門造 設を施行した。その後全身状態は安定し,創部の壊 死や膿瘍の拡大はみられず,血糖コントロール,膿瘍 245 日本高気圧環境・潜水医学会雑誌 一般演題11-2 糖尿病性足部病変に高気圧酸素治療を行っ た2症例 Vol.49( 4 ), Dec, 2014 開部を中心に 5×10cmの皮膚壊死となったため壊死 部のデブリードマンを行い洗浄と軟膏処置を続行した。 その後徐々に良好な肉芽が形成されたため,治療開 始 33日目に遊離植皮を行い,週 5回のHBOを継続し 1) 牧野仁美 渡邊雅俊 2) 近藤高弘 加藤圭祐 1) 2) 1) 東海病院 整形外科 2) 東海病院 臨床工学科 1) た。60日目にはほぼ上皮化が完了し, HBO施行回数は 2) 40回であった。 浅野研一 山田孝太 【考察】 ガス壊疽などの致死性軟部組織感染症はHBOが緊 急適応とされているが,それ以外の軟部組織感染症 【はじめに】 致死性軟部組織感染症を除く軟部組織感染症は, ではコストの面からもHBOが使用される症例は少なく, 国際基準よりも低圧・短時間で治療が行われるため, 切開排膿等の外科的処置と適切な抗生剤の投与で良 十分な効果が得られず有効性が認知されにくいことが 好な経過を辿る場合が多いが,糖尿病を合併した患 報告されている1), 2)。当院でも過去9年間ののべ 251 者では,末梢神経障害による知覚鈍麻のために感染 例中,通常の軟部組織感染にHBOを行った症例は10 の発見が遅れ重症化する場合がある。当施設でHBO 例と全体の約 4%に過ぎない。しかし糖尿病を伴う足 を行ったWagner分類gradeⅢの糖尿病性足部病変 2 部潰瘍はしばしば感染を伴い遷延化しやすく,漫然 症例の治療経過を報告する。 と軟膏治療を続けていたために壊死に進行し,切断 【症例】 に至るものも少なくない。糖尿病性足部病変にHBOを 症例 1:44歳男性。以前より右足 底に胼胝があり 施行した報告では,Wagner分類 1度,2度,3度の潰瘍 出血を繰り返していたが,数日前より右足部が腫脹 では創傷治癒率が高いが,4度,5度の壊疽では 90%以 し,皮膚潰瘍が形成されたため当院を受診した。来 上が悪化・切断に至ったと述べられている 3), 4)。長期 院時,右足部全体の腫脹,発赤,皮膚潰瘍,発熱が にわたる潰瘍形成やgradeⅢの症例では外科的治療, あ りCRP12.02mg/dl,glucose439mg/dl,HbA1c15.0 適切な抗生剤の投与と共にHBOが症状悪化の防止や の2型糖尿病を合併していた。前足部に膿瘍を形成す 治療期間の短縮に有効であると考える。 るWagner分類 3度の糖尿病性足部病変と診断し,膿 からはB群レンサ球菌が検出された。切開排膿,抗 【参考文献】 生剤投与と共に1日1回 2ATA,60分のHBOを計12回 1 )川嶌眞之 施行し,同時に糖尿病のコントロールを行った。HBO 開始後数日で腫脹は消退し,感染の沈静化と皮膚潰 瘍の縮小を認めた。HBO終了後も残存した皮膚潰瘍 に対して創部洗浄とプロスタンディン軟膏の塗布を続 け,治療開始 102日後に治癒と診断した。症例 2:54 歳男性。数日前より左下腿の腫脹と疼痛があり徐々 に悪化してきたため当院を受診した。来院時,左下腿 の腫脹,発赤,発熱,疼痛があり,CRP19.04mg/dl, glucose160mg/dl,HbA1c7.2の 2型糖尿病を合併して いた。MRI検査では下腿遠位の皮下全周に膿瘍形成 が見られ,Wagner分類 3度の糖尿病性足部病変と診 断し,膿瘍からは黄色ブドウ球菌が同定され,治療 経過中にMRSAも検出された。切開排膿,抗生剤投 与と共に1日1回 2ATA,60分のHBOを開始したが,切 246 他:感染性疾患(軟部組織感染症・骨髄炎 など)に対する標準的な高気圧酸素治療. 日本高気圧環境・潜水医学会雑誌 48:80-85,2013 2 )合志清隆:国際的な高気圧酸素の治療方法.日本高気 圧環境・潜水医学会雑誌 48:72-75,2013 3 )永芳郁文 他:Diabetic foot に対する高気圧酸素治療 併用療法の効果.日本高気圧医誌 37:221-226,2002 4 )井上治 他:糖尿病性足部壊死( DM 足)に対するHBO の治療効果と限界.日本高気圧環境医学会九州地方会 誌 4:11-14,2004 第 49 回日本高気圧環境・潜水医学会学術総会 一般演題11-3 会陰部の重症軟部組織感染症の1治療例 〜院内連携の重要性 プロシーディング てHBOの指示があった。高齢者でショック状態である ことから,当初は担当医にも同席してもらい,HBOは 2ATA(100分間)で日に2回を行った。治療から3日目 には病状が安定し,炎症反応の低下もみられたことか 1) 松谷眞由美 玉木英樹 3) 3) 綿貫 實 松原龍男 2,4) 2) 佐島秀一 4) 合志勝子 合志清隆4) ら,日に1回の指示に変更され,治療時間も80分間さ らに 60分間へ変更された。当院のHBO室 は救急外 来と隣接しており,医師や他の医療スタッフとの連携 1) 玉木病院 看護部 を密にとっている。その後,徐々に創部の改善が得ら 2) 玉木病院 外科 れたが,平成 26年 2月1日には難聴と耳痛を訴え中耳 3) 玉木病院 内科 炎を併発したことからHBOは終了とされた。 4) 琉球大学病院 高気圧治療部 【考察】 重症軟部組織感染症は現在でも治療予後の悪い 【はじめに】 ものであるが,従来から抗菌剤に加えてHBOの併用 会陰部の壊死性筋膜炎は重症化しやすく,高齢者 がなされてきた。この種の疾患に対してHBOの有効 や糖尿病などの基礎疾患を持った患者に多く発症し 性は統計学的には明らかされていないことから,臨床 て,現在でも死亡率の高い疾患である。今回,同疾 試験の計画も提唱されたことがあったが,この疾患に 患に対して一般的な治療法に高気圧酸素治療(HBO) は従来からHBOの併用が標準化されてきたことに加え を併用して良好な治療結果が得られた症例を報告す て,倫理的な側面からも治験は行われていない。しか る。通常,この種の重 症軟部組 織 感染 症に対して し最近,非ランダム化試験のメタ解析の結果では,こ HBOは高い治療圧が推奨されている。しかし,高齢 の疾患でのHBOによる死亡率の抑制が示されている 者や全身状態が不安定な患者でのHBOでは標準的な (OR: 0.36, 95%CI: 0.15-0.85)。以上の重症軟部組 治療圧を用いることは,病状急変時の緊急減圧が必 織感染症のなかでも体幹部ないし会陰部では治療予 要な1人用装置では,高い治療圧のHBOの実行は躊 後が悪く,会陰部での死亡率は現在でも3 〜45%と 躇される。一方で,軟部組織重症感染症では創処置 も報告されているが,この症例はHBOの併用治療で が頻繁に必要で,それに加えてHBOが追加されるこ 比較的良好な結果が得られた。これは担当医の指示 とになるが,病院内の施設配置では処置室とHBO室 で,急変時に備えて治療圧は 2ATAに抑えて治療時間 は比較的に近距離にあった方がよい。さらに,院内 は長めにして,日に複数回のHBOを行うことにしたが, 施設の配置だけではなく,医療スタッフの連携も重要 この方法は高齢患者あるいは病状が不安定な患者で になる。このような軟部組織感染症の治療の観点か も対処しやすいと考えられる。この種の疾患では創処 ら今回の治療例を紹介する。 置が頻繁に必要になり,処置室とHBO室とが隣接し 【症例】 74歳の日常的に自立した女性であり,糖尿病や自己 免疫疾患などの基礎疾患はなかった。H25年12月20 ていることもスムースな治療を行う上で重要である。さ らに,病状が不安定な状況では医師や他の医療スタッ フとの密な連携は不可欠である。 日頃から,右会陰部の腫脹,疼痛を認め,12月23日か ら疼痛が増強し,翌 24日には自然排膿がみられ前医 を受診した。抗菌剤による治療が開始されたが,症状 改善なく同月27日に壊死性筋膜炎の診断で当院に紹 介された。意識障害はなかったがショック状態であり, 悪臭をともなう会陰部から下腹部にかけて広範な皮下 組織の壊死がみられ,発赤は臀部まで広がっていた。 入院当日に切開排膿が行われ,抗菌剤の治療に加え 247 日本高気圧環境・潜水医学会雑誌 一般演題11-4 コンパートメント症候群に対するHBOの治療 状況 山口 喬 川嶌眞人 川嶌眞之 田村裕昭 永芳郁文 尾川貴洋 高尾勝浩 宮田健司 社会医療法人玄真堂 川嶌整形外科病院 コンパートメント症候群は,外傷や長時間の圧迫などに 伴って,筋区画(コンパートメント)内の組織内圧力が上昇 し,組織内圧が筋肉内の細動脈圧よりも高くなると阻血状 態となる。時間の経過とともに筋組織や神経細胞に不可逆 性の変化が生じ,切断を余儀なくされる場合もある。早期 にコンパートメント内圧を下げ,阻血状態を改善することが 患肢の救済や後遺症を残すことなくするために重要なポイ ントとなる。本症が疑われれば,できるだけ早期に筋内圧 測定を行い,必要であれば筋膜切開を行うことが推奨され ている。当院では,本疾患に対して筋膜切開を急ぐよりも, 筋内圧を下げる目的で高気圧酸素治療(HBO:Hyperbaric Oxygen Therapy)を行うことが多い。当院で治療を行ったコ ンパートメント症候群症例の治療成績について報告する。 1981年〜2014年 9月までに当院でHBOを行ったコンパ ートメント症候 群 症例は 51例( 男性 45例,女 性 6例,年 齢 13 〜87歳,平均年齢 44.9歳)であった。発症の原因と しては挫滅創,打撲など外傷に伴うものが多く,少数例と しては肉離れ,造影剤漏れなどの医原性のものも見られた (表 1)。発症部位は大腿部 12例,下腿部 26例,足部 4例 と下肢での発症が約 8割を占めており,上肢は少数であった (表 2)。筋内圧測定は 11例にしか実施していないがNeedle Manometer法にて55 〜120mmHgであった。 表1 表2 表3 Vol.49( 4 ), Dec, 2014 (中村鐵工所NHC-406A)を用いて,2.0ATAまたは 2.8ATA で 60分間の純酸素吸入を1日1回または 2回,症状が消失す るまで継続した。 51例の治療成績は,筋膜切開に至ったものは 6例であり, そのうち3例は来院直後に行っており,3例は保存療法にて 十分な治療効果が得られなかった後に行った。最終的な 治療結果は 51例全例に治癒あるいは治癒に近い状態で治 療終了となった。HBOの実施回数は最少3回,最多149回 であり,平均回数は 21.1回であったが,挫創など組織損傷 を伴う症例に対しては,HBOは損症組織の修復促進の目的 も兼ねているため,コンパートメント症候群の症状に対する HBOの実施回数は不明である。 コンパートメント症候群の主な症状は,強い疼痛,腫脹, 緊満感であり,しびれ,運動障害,脈拍の消失が見られる こともある。治療の成績を左右する要因としては,コンパー トメント内圧,発症から治療開始までの時間,受傷による 組織損傷の程度などが考えられる。阻血状態が神経では 12 〜24時間,筋組織では4〜12時間続くと不可逆性変化 を生じるとされ,一般的にはできるだけ早期に筋膜切開を 行い,コンパートメント内圧を下げる。日本救急医学会のガ イドラインでは,筋肉組織内圧が 40mmHg以上,拡張期血 圧との差が 20mmHg以下の場合には筋膜切開をすべきであ るとしている。当院では,コンパートメント症候群に対して は余程の重症例でない限り,早期に筋膜切開を行うよりも まずHBOを行うことが多い。その効果が不十分で必要であ れば筋膜切開を行うようにしている。筋膜切開よりもHBO を先行する利点として,切開による患者の肉体的苦痛を避 けられること。切開後の創閉鎖に必要な治療期間を短縮で きることが考えられる。治療期間が短縮されることは治療コ ストも削減されると予測される。Strauss1)はHBOによって筋 膜切開を免れた場合の治療コストは,4分の1程度になると述 べている。我々の症例では,全ての症例に対して筋内圧測 定を行っておらず受傷の程度は不明であること,発症から治 療に至るまでの経過時間が不明であることもあり,重症度 や経過時間による分析を行うことができなかったが,筋膜 切開を行ったのは 6例のみで,45例は保存的に良好な治療結 果が得られていることはHBOの有効性が考えられる。 コンパートメント症候群に対するHBOの作用として,動 脈血中酸素分圧の上昇により血管収縮が起こり血流の減少 の結果,腫脹が軽減することで血管や神経の圧迫が解除 され,阻血や神経障害の改善につながると考えられる。ま た,供給酸素量の増加により,損傷組織の修復に有効で ある。Bouachourら1)はコンパートメント症候群に対してHBO 群と非HBO群の治癒率をRCTにおいて比較し,HBO群で 94%,非HBO群で 59%の治癒率であったと報告している。 Skyhar2)はイヌのコンパートメントモデルを用いた実験におい て,HBOでの有意な腫脹減少と壊死組織の軽減について報 告している。 コンパートメント症候群に対するHBOの有効性は以前よ り認識されていた。日本においての保険適応は 2010年 4月 の改定に伴い,高気圧酸素治療の救急的適応疾患となっ た。今後一層,コンパートメント症候群に対しての切断回避 率・治癒率の向上,患者の負担軽減に対して,HBOの有効 性が認識されることを望む。 【参考文献】 当院ではコンパートメント症候群には緊急的筋膜切開を 要する程の重症例でない限り,HBOに併せて消炎鎮痛剤, クーリング,患肢挙上,安静など保存的に治療を行う。保存 的治療で十分な治療効果が得られなかった場合には,筋膜 切開を行うようにしている。HBOは第2種高気圧治療装置 248 1 )Bouachour G, Cronier P, Gouello JP, Toulemonde JL, Talha A, Alquier P: Hyperbaric Oxygen Therapy in the Management of Crush Injuries; A Randomized Double-Blind PlaceboControlled Clinical Trial, J. Trauma 41( 2 ): 333-9, 1996 2 )Skyhar MJ, Hargens A R , Strauss MB, Gershuni DH, Hart GB, Akeson WH: Hyperbaric oxygen reduces edema and necrosis of skeletal muscle in compartment syndromes associated with hemorrhagic hypotension., J Bone Joint Surg Am. 68( 8 ):1218-24, 1986
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