GI PS セ ミ ナ ー シ リ ー ズ 第 1 5 回 2014年12月 22 日開催 GIPS 不動産基準の準拠状況と課題 あらた監査法人 ディレクター 公認会計士 藪谷 峰 あらた監査法人 マネージャー 木幡 仁 目次 1. はじめに 2. GIPS 準拠の浸透状況 3. 準拠と検証のインセンティブ 4. 基準適用への課題 5. 終わりに 1.はじめに リーマンショックも落ち着き、アベノミクスの効果とあいまって、日本の不動産マーケットは今また盛り上がりを 6. 見せている。PwC が毎年行っている不動産マーケットの翌年の動向を投資家や運用会社にサーベイをとって出 版している Emerging Trends in Real Estate という出版物によると、昨年に引き続き 2015 年の投資を考える都市 として東京がアジアパシフィックで 1 位という結果になっており、2012 年の 16 位だったことを考えると日本の不動 産マーケットは国内外の投資家から高い注目を集めていると言える。実務感でも、シンガポール、中国、オース トラリア、最近ではタイなどの国からも問い合わせが増えており、日本の不動産マーケットへのインバウンド投資 が注目を集めていると認識している。 今回は、過去にも 2 度ほど取り上げられているトピックとして、不動産ファンドへの GIPS 基準の適用というテー マについてとりあげる。 大まかな章立てとして、GIPS 基準の浸透状況ということで、国内外の GIPS 基準の浸透状況について概観し、 そのうえで、準拠と検証のインセンティブということで、不動産運用会社のビジネスにどういった影響を与えるか についてとりあげ、最後に基準適用上の課題に触れる。 今回の説明では、資料表記上の用語について、不動産・PE ではない株式や債券いわゆる伝統的資産を投資 対象とするファンドを主に運用する運用会社を「資産運用会社」、不動産を投資対象とするファンドを運用する運 用会社を「不動産運用会社」として説明、表記する。 2.GIPS 準拠の浸透状況 最初のセクションでは、国内の資産運用会社・不動産運用会社、海外の資産運用会社・不動産運用会社とい 日本証券アナリスト協会 1 う4つの区分で、GIPS 基準の浸透状況を概観する。 まず、国内における資産運用会社の GIPS 準拠について、少し古いデータであるが、2007 年時点で、アンケー トに回答した会社の半数以上が準拠しており、回答しなかった会社でも準拠している会社が存在することは把握 されており、この時点で約 60-70%の会社が準拠していると考えられる。これ以後、同様の調査はなく、データと して出すことは困難であるが、業界の方とのインタビューやコメントや実務感として現在では 90%以上の資産運 用会社が準拠を表明していると考えている。 一方で、国内の不動産運用会社については、2008 年に住信基礎研で、調査を実施しており、この時点では回 答した 60 社弱の会社について準拠している会社はなく、検討状況については図表 1(後掲、以下同じ)のよう になっている。これ以降は同様の調査結果はないが、2014 年において国交省に登録されている総合不動産投 資顧問業者 77 社については、準拠している会社はなく、私どもの実務感としても、不動産運用会社で GIPS 準拠 している会社は現時点でも存在しないと考えている。 こうした状況には、いくつか要因は考えられるが、1つには業界の他社が準拠を表明していない状況であまり 優先度が高くないということが理由として最もシンプルである。その背景としては、日本の不動産マーケットが経 済規模に比べてまだ小さく、投資案件の数自体が少ない。その結果、日本の不動産投資は物件特定型のセパ レートアカウントによる不動産投資が 90%程度を占めると言われている。海外では物件を特定せず、マネージャ ーの投資能力に投資をするファンドが多い。そのため、マネージャーにとってのトラックレコードが重要であり、そ の基準として GIPS 基準への準拠が浸透している面がある。また、不動産時価についても、日本では特に、計算 上の鑑定価格と取引価格にかい離がみられる例が多々あり、時価による期間パフォーマンスの計算があまり重 視されていない。この点、ジョンズ・ラング・ラサール社が不動産投資透明度調査という報告書を毎年公表してお り、日本はその他の先進国と比べても透明度が低い(26 位)という結果がでている。この理由の1つとして、言語 の問題は大きく、海外の投資家が日本の不動産の情報を得たいときに、英語で情報を取得できることがあまり ない。 続いて、海外における浸透状況については、ACA Performance Services 社という会社があり、この会社はグ ローバルで GIPS に限らず、様々なルールへの会社の準拠性を保証するサービスを提供している。GIPS 検証業 務は彼らのビジネスのコア業務となっており、こうしたサーベイを公表している。 同社の資料によると、資産運用会社では、GIPS 準拠を表明している会社は US では 8 割程度、EU/UK では半 分程度と報告されている。当該報告書では、準拠・非準拠の理由の回答も公表しているが、準拠しない理由の 最も主要なものは経済的、実務負担のコストが大きいことが挙げられており、逆に準拠する理由の主なものとし て、投資家からの要請、業界でのベストプラクティスであるということなどがあげられている。 最後に海外の不動産運用会社の GIPS 準拠状況については、ACA Performance Services 社の報告では、US では約 70%超が準拠しているとされており、ヨーロッパでは、調査団体が異なるが、INREV の調査によると 7%と 低い数字になっている。ただ、ヨーロッパの調査会社の調査内容を詳しく見ると、これから準拠する予定があると いう会社が 25%と今後の準拠の方向性を示唆している。 INREV のアンケート調査をさらに詳しくみると、準拠を表明する、しない理由の分布データがあり、図表 2、図 表 3 で顕著な事実は、準拠・非準拠の決定は、顧客、つまり投資家にとってそれがマネージャーを選ぶ際の一つ 日本証券アナリスト協会 2 の判断項目となっているという点である。 以上、国内・国外の運用会社の GIPS 準拠の状況について、国内・国外ともに資産運用会社の GIPS 準拠の状 況は高い、海外の不動産運用会社は資産運用会社ほどではないが US では 7 割、EU ではまだ準拠している実 例は少ないものの検討を進めている状況、日本の不動産運用会社は GIPS 準拠について検討をしている会社は 少ないという状況にある。また、準拠するかどうかの判断基準は投資家の期待によることが明らかであり、日本 の不動産運用会社が海外でマーケティングをする上では、検討しなければならない項目の 1 つであると考えられ る。また、日本の機関投資家も伝統的資産以外への投資に対して興味を持っており、次のセクションでその点に ついて詳細に触れる。 3.準拠と検証のインセンティブ 最初のセクションで述べた通り、現状、国内の不動産運用会社で GIPS 基準への準拠を表明している会社は ほとんどないものと思われる。しかし、国内においても徐々にではあるが、GIPS 基準への準拠を後押しするよう な環境の変化が見られる。このセクションでは、不動産運用会社が GIPS 基準準拠を表明するインセンティブに はどのようなものがあるかについて、いくつか例を挙げて説明したい。 まず GIPS 基準の目的と、基準が成立した経緯について簡単に紹介したい。GIPS 基準は公正な表示と完全な 開示という原則に基づいている。これは既存顧客に対する運用報告のための基準ではなく、見込顧客に対する パフォーマンス情報の提示に関する基準である。既存顧客への運用報告においては、たとえ虚偽のパフォーマ ンスを報告したとしても、解約・償還時にその裏付資産が必要となるため、最後まで発覚を逃れることは通常不 可能である。一方、見込顧客に対するパフォーマンス報告においては、虚偽のパフォーマンスを提示した場合で も、顧客サイドでその真偽を確かめることは通常不可能である。1980 年代の米国においては資産運用会社間の 競争が激しく、虚偽のパフォーマンスを提示して顧客を獲得することが横行していた。このような問題に対処する ために、GIPS 基準の前身となる基準(AIMR-PPS)が北米においてまず導入された。その後、グローバル基準とし てのニーズの高まりを受けて内容の拡充が行われ、1999 年に GIPS 基準として確定した。 運用会社が GIPS 基準に準拠し、公正な表示と完全な開示という原則に基づいてパフォーマンス情報を提示 することにより、見込顧客である投資家は、運用会社の投資パフォーマンスが完全かつ公正に提示されていると 確信することができ、提示されたパフォーマンス情報により高い信頼性を持つことができる。また、運用会社間の 投資パフォーマンスを容易に比較できるようになる。これが GIPS 基準への準拠によるパフォーマンス数値自体 の信頼性向上という直接的メリットである。 運用会社におけるパフォーマンス測定は図表4に示した通り、ピラミッドの頂点に位置付けられるプロセスである。 信頼性のあるパフォーマンスを投資家に提示するためには、それを支える会社の内部統制、方針と手続の整備、 根拠データの保管、会計処理からパフォーマンス提示資料作成に至る全過程の信頼性向上が不可欠となる。 GIPS基準自体は、パフォーマンスの測定と報告にフォーカスした基準であるが、GIPS基準への準拠を表明する ことにより、運用会社全体として、それを支える一定レベルの内部管理体制が整備されていることも投資家に示 すことができると考える。 なお、2012年のAIJ問題を受けて金融商品取引業等に関する内閣府令が改正され、2013年7月1日から施行され ている。この改正により、顧客(年金基金等)に交付する契約締結前交付書面及び運用報告書に投資運用業者 日本証券アナリスト協会 3 が受けた「外部監査の概要」の記載が義務付けられた。ここでいう「外部監査」には一般的な財務諸表監査およ びSSAE16等の受託業務に係る内部統制の保証業務に加えて、GIPS基準準拠の検証業務も含まれている。 続いて、GIPS基準準拠状況開示への動きについて紹介したい。最初のセクションでも触れたが、これまで運 用会社のGIPS基準への準拠状況については公式なデータが公表されていなかった。しかし、2015年1月以降、 GIPS基準への準拠を表明している会社はCFA協会への報告が義務付けられることになった(最初の報告期限 は2015年6月30日)。報告内容は、必須項目として会社名、住所、担当者名、検証の実施状況。任意項目として 会社の定義、運用総資産、運用するアセットクラス等が予定されている。準拠会社のリストは、CFA協会のホー ムページ上で公開される予定となっているため、グローバルな宣伝効果も期待できる。例えば、日本の不動産へ の投資を検討している海外投資家が、運用会社候補を選定するファーストステップとして利用することも想定さ れる。 以上が、「投資家へのアピール(他社との差別化)」という観点から見た、不動産運用会社がGIPS基準準拠を 表明するインセンティブの例である。引き続き、「公的年金の動向」という観点からインセンティブとなり得る要素 を見ていきたい。 皆様ご承知の通り、2014年10月にGPIFの基本ポートフォリオの見直しが行われ、オルタナティブ資産(インフ ラストラクチャー、プライベートエクイティ、不動産その他運用委員会の審議を経て決定するもの)への投資につ いて資産全体の5%を上限とすることが明示された。5%といってもGPIFの運用資産が約130兆円にのぼることか ら6兆円以上の規模となり、国内不動産市場へ向かうのはそのうちの一部としてもかなりのインパクトが予想され る。また、多くの企業年金はGPIFの運用割合を参考にしており、GPIFの変化を受けて、基本ポートフォリオや運 用体制を見直す可能性があると考えられる。 GPIFを初めとする公的年金は、運用受託機関の公募に際してGIPS基準への準拠及び検証を前提としてきて おり、今後不動産の運用受託機関を公募するにあたっても、GIPS基準準拠の運用実績の提示を求める可能性 が高い。図表5は公的年金の運用マネージャーの公募における募集要項の抜粋である。GPIFの国内株式運用 受託機関の募集要項では、GIPSに準拠表明した運用実績であり、かつ、第三者( 監査法人)の検証を受けてい る運用実績の提出が求められており、検証を受けていないときは、その理由を明記する必要がある。国家公務 員共済組合連合会(KKR)の運用マネージャー応募に係る提出資料では、要件がさらに厳しくなっており、GIPSに 準拠する国内株式に係るすべてのコンポジット(過去に終了したものも含む。)について運用実績の提出が求め られており、第三者によるGIPS準拠の検証報告書(写し)の提出が必須とされている。 図表6は、2014年9月に(社)不動産証券化協会(ARES)が機関投資家に対して実施したアンケート調査のうち、 「不動産投資を行うために必要なこと」という質問に対する回答結果である。年金からの回答では、「不動産評価 の信頼性の向上」が最も多く、僅差で「ベンチマークとなる不動産投資インデックス」、「不動産関連情報の標準 化」が続いている。これらの事項は、GIPS基準への準拠を表明することによりある程度達成可能なものである。 GIPS基準への準拠を表明することは、今後不動産への投資を検討している機関投資家の要請に応える手段と して、また、他の運用会社との差別化を図るという意味でも効果的な取り組みであると考えられる。 最後に「不動産投資インデックスの整備」について取り上げる。グローバル市場における投資インデックスの 概況として、図表7に北米、欧州、豪州の不動産インデックスが記載してある。これまで先進国の不動産投資市 場の中で、日本だけが、実物不動産、ファンドいずれも不動産投資インデックスが定着していなかった。これは、 最初のセクションで紹介した「不動産投資透明度調査」において日本の不動産投資市場の透明度が低い要因の 1つとされてきた。この状況は、2012年10月にARESが新たな不動産投資インデックス(新AJPI・AJFI)の提供を 開始したことにより改善されている。GIPS基準においてもベンチマーク・リターンの提示は必須とされており、提 示が免除されるのは適切なベンチマークが存在しない場合に限定されている。国内における不動産投資インデ ックスが整備されたことにより、GIPS基準の要求事項の一つが満たされることになり、投資家に対してより充実し 日本証券アナリスト協会 4 たパフォーマンス情報の提示が可能となった。 4.基準適用への課題 最後のセクションでは、「基準適用への課題」いうテーマで具体的な基準の内容を紹介したい。まず初めに、 GIPS基準に準拠する上で最初に理解しておくべき、GIPS特有の3つの用語の定義について取り上げる。 第1番目は、「会社(FIRM)」である。GIPS基準の原則として会社全体として基準に準拠することが求められてい る。GIPS基準における「会社」とは、GIPS基準への準拠のために定義される主体であり、準拠を表明する者が自 ら定義する必要がある。最も一般的な「会社」はlegal entity(法人)であるが、グローバルに展開する運用会社の 場合には、グループの法人全体が一体となって準拠を表明することも可能であり、逆に法人の一部門が単独で 「会社」を定義して準拠を表明することもあり得る。 よくある誤解として、公的年金に応募するために特定のポートフォリオだけ準拠したいというリクエストをいただ くことがあるが、これはGIPS基準では認められていない。必ず会社全体として会社が運用するすべての投資一 任ポートフォリオについて準拠する必要がある。 2 番目が「投資一任」である。GIPS 基準における「投資一任」と「非一任」の区分は、法令上の「投資一任」と 「投資助言」の区分とは少し異なる概念である。GIPS 基準での「投資一任」ポートフォリオとは、会社が意図した 投資戦略を実行できるポートフォリオであり、一つ以上のコンポジットに含めてリターン計算の対象とする必要が ある。契約上は投資一任契約であったとしても、顧客による投資制限等により会社が意図した投資戦略の実行 に著しい制約が課されているポートフォリオは「投資非一任」ポートフォリオに区分され、コンポジットからは除外 される。そのパフォーマンスはリターン計算に反映されない。また、「投資一任」と「非一任」のどちらにも属さない ポートフォリオがアドバイザリー・オンリー(投資助言)ポートフォリオである。アドバイザリー・オンリーの場合、会 社が取引の決定権限をもたないため、GIPS 基準では完全にスコープ外となる。従って、コンポジットには含まれ ず、会社の運用総資産の計算からも除外される。これらの関係を図で示したのが図表 8 である。 3 番目は「コンポジット」である。コンポジットとは、類似の投資マンデート、投資目的、または投資戦略に従って 運用される 2 つ以上のポートフォリオを1つに集めたものである。GIPS 基準では、個別のポートフォリオ・リターン ではなく、コンポジット・リターンの提示を義務付けている。一般に運用会社は類似の投資戦略で複数のポートフ ォリオを運用しており、多い場合には数十に及ぶこともある。当然ながら、その中には運用成績が相対的に良い ポートフォリオと悪いポートフォリオが存在する。個別のポートフォリオ・リターンの提示が認められた場合、その 中から最良のパフォーマンスのポートフォリオを抽出して見込顧客に提示することが可能となってしまう。これは 「公正な表示と完全な開示」という GIPS 基準の原則に反するため、GIPS 基準では、個別ポートフォリオではなく コンポジット単位でのパフォーマンス提示が採用されている。 次に、具体的な不動産基準の内容に移りたい。 GIPS基準の日本語版は、日本証券アナリスト協会のホームページで公表されている。GIPS基準準拠を表明す る会社は、公表される最新情報、ガイダンス・ステートメント、Q&Aを含めて、GIPS基準の必須事項のすべてに準 拠する必要がある。ガイダンス・ステートメントとは、基準本文だけでは判断の難しい事項や新たな問題について、 追加的な解釈および説明を提供するものであり、不動産基準についてもガイダンス・ステートメントが発行されて いる。ガイダンス・ステートメントもそのほとんどが日本語に翻訳されており、証券アナリスト協会のホームページ から入手可能である。 GIPSの基準文は基準第1章の第0節から第8節までの9節から成っており、第6節が不動産基準である。第0節 から第5節までは、準拠を表明するすべての会社に適用される一般規則であり、第6節以降は、第0節から第5節 までを補完するものである。 不動産基準では、基準が対象とする資産および対象とならない資産を例示列挙している。基本的考え方とし 日本証券アナリスト協会 5 ては、実物不動産への直接投資及び不動産を原資産とする証券化商品へのエクイティ投資が対象となる。不動 産を原資産とする証券であってもローンや債券等のデット投資については、期待リターンが契約金利に連動し、 原資産となる不動産の経済的なパフォーマンスには関連しないため、基準の対象外となる。なお、エクイティ投 資であっても上場REIT等の公に取引されている不動産証券は、上場株と同様に市場価格で評価が可能である ため、不動産基準の対象外とされている。 GIPS基準における不動産の評価は、伝統的資産の評価と同様に公正価値による評価が原則とされている。 公正価値はGIPS基準において、「十分な知識と思慮に基づいて行動する自発的な当事者間で行われる独立し た立場(arm’s length)での現在の取引において、ある投資対象が交換されるであろう価格。」と定義されている。 GIPS評価原則では、公正価値を5段階に階層化して優先順位を定めており、測定日における活発な市場での客 観的かつ観察可能な調整前の公表価格(レベル1)が入手可能である場合には、それを使用して評価を決定し なければならない。これは、IFRS(国際財務報告基準)で採用されている公正価値ヒエラルキーの考え方と整合 するものである。 不動産投資の評価に適用される追加基準としては、独立した第三者による外部評価がある。外部評価は、専 門職として認定、公認、または免許された商業用不動産を評価する資格のある評価人又は鑑定人により行わな ければならない。また、独立性の観点から、評価人または鑑定人の報酬が投資対象の評価額に応じて決まるよ うな外部評価を使用してはならないとされている。 計算方法に関連する不動産基準と一般基準の大きな違いは、ポートフォリオの評価とリターン計算の頻度及 び外部評価の必要性の有無である。不動産基準ではポートフォリオの評価とリターン計算を少なくとも四半期ご とに行うこととされている。また、外部評価については、少なくとも12か月ごとに行うとされている。ただし、顧客と の合意文書に評価頻度の定めがある場合は、当該定めによる頻度と36か月のいずれか高い方の頻度で外部 評価することが認められている。一般基準では特に外部評価に関する規定はないが、ポートフォリオの評価は 大きなキャッシュフローの発生の日ごとに、リターンは少なくとも月次で計算する必要があるとされている。なお、 クローズドエンド型不動産ファンドのみに適用される追加基準として、年率換算した開始以来内部収益率 (SI-IRR)の計算が必須とされている。 コンポジットの構築に関しては、不動産基準と一般基準とで大きな違いはないが、クローズドエンド型不動産フ ァンドの場合、コンポジットを定義するための要素として「組成年」が追加されている。会社が同じ組成年に同じ 戦略のファンドを立ち上げることは通常ないため、クローズドエンド型不動産ファンドの場合、1コンポジット1ファ ンドとなることが多いと考えられる。 ディスクロージャーに関する主な違いとしては、投資一任の概略に関する開示がある。投資一任の概略に関 する開示は、不動産基準でのみ求められている開示であり、一般基準では特に求められていない。不動産投資 の場合、物件売却の承諾等、一定の決定権限は投資家が保持する場合が多く見られる。不動産基準に関する ガイダンス・ステートメントでは、そのような場合でも、会社が投資戦略を実施する上で十分な決定権限を有する 場合には、そのポートフォリオは可能な限り投資一任とみなすべきであるとしている。投資一任の程度は様々で あり、その判断は会社が行わなければならないため、どのように投資一任を定義しているかについて追加開示 が必要とされたと思われる。 フィーに関する開示では、「フィー控除前リターンにおいて、取引費用に加えてその他のフィーを控除している ときは、その旨を開示する」、「フィー控除後リターンにおいて、運用報酬および取引費用に加えてその他のフィ ーを控除しているときは、その旨を開示する」と規定されている。ここでのフィーとは、会社が投資運用サービス の対価として受領する運用報酬のみを指しており、プロパティ・マネジメント・フィーやその他の管理費用(監査費 用、弁護士費用、カストディ報酬等)を含まない。 数値データの開示については、図表9の開示例をご参照いただきたい。この例はクローズド・エンド型不動産コ 日本証券アナリスト協会 6 ンポジットの開示であるが、伝統的資産コンポジットの開示に比べて、開始来内部収益率(SI-IRR)を初めとする 多数の項目が追加的に必要とされている。なお開示例の下段の表は、クローズド エンド型不動産コンポジット にのみ必要とされている開示項目であり、クローズド エンド型以外の不動産コンポジットでは開示不要である。 5.終わりに 以上、GIPS不動産基準の準拠状況と課題というテーマで、国内及び海外におけるGIPS基準の浸透状況、準 拠と検証のインセンティブ、及び基準適用の課題について取り上げた。 現在、日本の不動産運用会社はGIPS準拠について検討をしている会社は少ないという状況にあるが、準拠 が先行している欧米の調査結果から、準拠するかどうかの判断基準は投資家の期待によることが明らかになっ ている。日本の機関投資家も、GPIFの基本ポートフォリオ見直しに象徴されるように伝統的資産以外の資産へ の投資に対する関心を急速に高めており、特に今後年金からの不動産投資の動きが本格化した場合には、 GIPS基準準拠へのニーズが拡大する可能性がある。 最後の「基準適用の課題」のセクションで取り上げたように、不動産運用会社がGIPS基準への準拠を表明す るために克服すべき課題はいくつか存在するが、基準で要求されている事項のほとんどは、本来的にGIPS基準 準拠にかかわらず会社が整備しておくべきベスト・プラクティスであるといえる。将来GIPS基準準拠を表明するか どうかは別としても、GIPS基準を参考にして早期にGIPS基準に準拠したパフォーマンスを計算し、提示できる体 制を整備しておくことは、決して無駄にはならないものと考える。 以上 本稿は 2014 年 12 月 22 日(水)に東京で開催された GIPS セミナーシリーズ第 15 回の要旨を講師の了解を得て掲載するものです。 講師の藪谷 峰氏は、あらた監査法人ディレクター 公認会計士。PwCにおいて14年以上、投資運用業とくに不動産運用業に特化して、アシュ アランス業務およびアドバイス業務に従事している。2008年から2010年にかけて、PwCのNew Yorkオフィスに出向し、グローバル不動産ファン ド及びUS SEC登録会社の監査に従事。2010年より、あらた監査法人に復帰し、ディレクターとして、不動産運用会社、大手不動産ファンド、海 外不動産ファンドに投資する国内籍ファンドオブファンズ、不動産の時価評価業務を含むアシュアランス業務に従事している。 講師の木幡 仁氏は、あらた監査法人マネージャー。PwC資産運用セクターにおいて14年以上経験を有し、一貫して資産運用会社に対するアシ ュアランス業務およびアドバイザリー業務を担当している。過去10年以上に亘り、資産運用会社に対するグローバル投資パフォーマンス基準 (GIPS)準拠体制構築サービス、GIPS準拠検証サービスを提供している。また、多数の資産運用会社の投資信託監査業務に従事するとともに、 内部統制の有効性保証業務(SSAE16/ISAE3402/86号)、規制対応支援や内部統制構築支援を中心としたアドバイザリー業務を提供している。 日本証券アナリスト協会 7 GIPS基準の浸透状況 図表1 - 国内における準拠の状況: 不動産運用会社 (1/2) 不動産マネージャーの状況 2008年当時の住信基礎研究所の調査 2014年現在の状況: ‒ 国交省データベース ‒ ⇒総合不動産投資顧問業者で、準拠を表明 する会社はない 住信基礎研究所アンケート(2008年) GIPS準拠検討状況 準拠を検討している 検討していない 20% 4% 検討したが準拠しない 基準内容を把握していない 56% 20% 出典:不動産私募ファンドに関する実態調査 2008年上半期 (住信基礎研究所) PwC 1 GIPS基準の浸透状況 図表2 - 海外における準拠の状況: 不動産運用会社 - (1/2) 米国、欧州の不動産マネジャーにおけるGIPS基準の 浸透状況 INREVアンケート調査 (回答者%) : GIPS不動産基準への準拠を表明する割合 全世界(米中心) 欧州 調査時点 2011/6/30 2013/3/31 調査対象 (会社数) 67 69 未達成であって準拠する予定 はない 準拠を表明 76.12% 7% 未達成だが準拠を予定してい る うち検証を 受けている 82.35% (no data) ACA Performance Services (*1) INREV (*2) 調査主体 GIPS基準を知らない 24 44 25 準拠を表明している 7 0 20 40 60 うち30%は2年以内の準拠を 予定していると回答した。 出典: (*1) The Value of GIPS Compliance 2014 Manager and Consultant Survey, ACA Performances なお当該調査における情報源は、eVestment Databaseによる。 (*2) An analysis of the GIPS standards in European real estate performance reporting, INREV Research & Market Information, June 2013 PwC 2 GIPS基準の浸透状況 図表3 - 海外における準拠の状況: 不動産運用会社 - (2/2) INREVアンケート調査 (回答者%) : GIPS基準への準拠を表明しない理由 INREVアンケート調査 (回答者%) : GIPS基準に準拠する主な理由 顧客がGIPS準拠を要請しない 顧客の要請 マーケティング上重要でない 規制当局の勧奨 準拠達成と維持のコスト GIPSについて馴染みがない 他の不動産投資マネジャーと の比較可能性 人的なリソースが不足 競合他社の準拠 実施上のテクニカルな問題 パフォーマンス計算に関する社 内プロセスの改善 その他 その他 知識の不足 0% 20% 40% 60% 80% 100% 0% 20% 40% 60% 80% 100% 出典:An analysis of the GIPS standards in European real estate performance reporting, INREV Research & Market Information, June 2013 PwC 3 準拠と検証のインセンティブ 図表4 - 投資家へのアピール(他社との差別化) - (2/5) 資産運用業におけるパフォーマ ンス測定は、ピラミッドの頂点に位 置付けられる • パフォーマンスの信頼性を高 めるためには、それを支える会 社の内部統制、方針と手続き の整備、根拠データの保管か らパフォーマンス提示資料作 成に至る全過程の信頼性向上 が不可欠 パフォーマンス 測定 GIPS基準準拠表明により、それを支え る一定レベルの内部管理体制の存在 を投資家にアピールすることができる 会計処理・評価 根拠データの取得・保管 方針および手続の文書化 会社の内部管理体制・内部統制 PwC 4 準拠と検証のインセンティブ 図表5 - 公的年金の動向 (3/4) 例1) GPIF運用受託機関応募書 募集要項 E 運用状況 ……… ( 様式 16 ) パッシブ用 (様式 16-1) アクティブ用 1. 運用実績 (1) 投資パフォーマンス協議会 ( IPC )のグローバル投資パフォーマンス基準 ( 「GIPS」という。 ) に 準拠表明した運用実績であり、かつ、第三者 ( 監査法人 )の検証を受けている次のデータ ( 受 けていないときは、理由明記のうえ、提出すること。外貨資産に係るデータについては、全て円建 てベースで表示すること。 ) 例2) 国家公務員共済組合連合会 運用マネージャー応募に係る提出資料 Ⅱ コンポジットの状況 国内株式に関する運用状況について、ご説明ください。ついては、GIPSに準拠する国内株式に係るす べてのコンポジット(過去に終了したものも含む。)について次の事項を記入して下さい。 なお、作成内容についてはCD-Rでもご提出下さい。 また、第三者によるGIPS準拠の検証報告書(写し)を提出して下さい。 PwC 5 準拠と検証のインセンティブ 図表6 - 公的年金の動向 - (4/4) (社)不動産証券化協会アンケート調査 - 不動産投資を行ために必要なこと 年金の回答結果は「不動産投資関連情報の標準化」が「個別の不動産投資情報開示の向上」よりも高水準 となった。 出典: 第14 回「機関投資家の不動産投資に関するアンケート調査」 2014年9月30日 一般社団法人 不動産証券化協会 PwC 6 準拠と検証のインセンティブ 図表7 - 不動産投資インデックスの整備 – (1/2) グローバル市場における投資インデックスの概況 実物不動産インデックス ファンド・インデックス 北 米 NPI - NCREIF Property Index NFI - NCREIF Fund Index 欧 州 IPD Property Index - UK, France, Germany,,, IPD Fund Index - UK, France, Germany,,, 豪 州 IPD-PCA IPD-Mercer 日 本 (~2012年10月) 旧AJPI とIPD が存在するが、定着していない 存在しない ARES 新AJPI(新設) ARES AJFI(新設) 2012年10月 出典: 新たな不動産投資インデックス(新AJPI・AJFI)の提供開始について 平成24年10月22日 一般社団法人 不動産証券化協会 PwC 7 基準適用への課題 図表8 GIPS基準の概要 GIPS特有の概念 2. 投資一任/非一任、運用総資産 会社が運用に関与する ポートフォリオ群 一つ以上のコンポジット に組入れる (例) • 運用に大幅な制限が課 されている口座 • 重大なキャッシュフロー が発生した口座 • 最低運用資産を下回っ た口座 運用総資産額に含める 投資一任 (リターン計算の対象) A 口座 PwC B 口座 運用総資産 から除外 投資非一任 (リターン計算の 対象外) C 口座 X 口座 Z 口座 (例) • 助言口座 • 一任契約だが、 運用を外部委 託しており、外 部委託先の選 任・解任権限を 持たない口座 8 Section Title クローズドエンドの提示例(2010年版 GIPS基準 巻末) PwC 図表9 9
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