2 フランシスコ修道僧

トマス・パースィ
2
フランシスコ修道僧
たくはつ
灰色の衣の托鉢 修道僧が
とな
祈りを唱えに出かけてゆくと
巡礼の衣をまとった
ひとりの美しい女性に出逢った
「修道士様
どうか
あなたにキリスト様の御加護がありますように
5
お教え下さい
やかた
むこうの聖なる 館 で
わたしの恋人に
お逢いにならなかったでしょうか」
「たくさんの人の中から
どうすれば
あなたの恋人が見分けられましょう」
かさ
10
つえ
「それは鳥貝の笠と杖で
わ ら じ
それは
そのかたの草鞋 で見分けられます
うるわ
でもとくに
みめ 麗 しい
そのかたのお顔と物腰で
あ
さ
きれいに巻いた亜麻 色の髪の毛と
15
すてきな青い目とで見分けられます」
「ああ
ご婦人よ
ご婦人よ
そして
その人なら死んで今はあの世に
その人は死んで今はあの世に
その人の枕元には青草繁り
その人の足元には
墓石が
20
修道院でながいこと
その人は
苦しみつづけて亡くなりました
あるご婦人のつれない愛に涙をながし
か
た
うら
その婦人 の高ぶる心を怨みながら
その人は
顔も隠さず棺架に乗せられ
六人の背の高い
立派な若者たちに運はれて
25
むこうの教会の囲いのうちで
涙の雨が
その人の墓を濡らしました」
「やさしい恋人よ
あなたは死んで
あなたは死んで
おも
しかも
30
今はあの世に
こ
い
わたしへの想いに焦がれて逝ってしまった
くだ
冷たい石の心よ
「ご婦人よ
砕けてしまえ」
泣かないで
神様のお慰めを
むなしい悲しみで
そんなに泣かないで
おもとめなさい
35
心を苦しめるのは
ほほ
涙で頬を濡らすのは
「ああ
修道士様
およしなさい」
どうか
とが
わたしの悲しみを咎めないで
この世で一番やさしい恋人を亡くしたのです
むかし
ああ
ひとりの女の心をうばった恋人を
今となっては
わたしは
40
悲しいあなたの死を
いつまでも泣いて嘆きましょう
あなたのためにこそ
今となっては
「ご婦人よ
生きたいとおもってきました
あなたのために死にたいおもい」
もう泣かないで
どんなに悲しんでも
泣かないで
45
無駄なこと
すみれ
摘みとられた 菫 の花は
二度とふたたび
どんなにすてきな雨にも
咲きかえることはないのです
はかな
人の世の喜びは
翼のはえた夢のように 儚 いもの
ならばどうして
悲しみは
50
亡くしたものへの想いを増すばかり
だからもう
「修道士様
過ぎたことで悲しむのはおよしなさい」
そのようにおっしゃらないで
後生ですから
恋人が
悲しみとてつづきましょう
おっしゃらないで
わたしへの想いに焦がれて逝ってしまったからは
わたしの涙が流れるのも
当然のこと
55
あのかたは
もう戻つてはいらっしゃらないの
二度と戻ってはいらっしゃらないのでしょうか
ああ
そうね
あのかたは死んでお墓の中
いつまでも
頬は
60
お墓の中にいらっしゃる
バラより赤く
この世でいちばん美しい恋人でした
でもその人は
ああ
なんと悲しいことでしょう」
「ご婦人よ
男は
いまは死んでお墓の中
もう嘆かないで
嘆かないで
65
いつでも裏切り者
おか
片足は海のうえ
片足は陸のうえ
ひとつのものに
心を留めることはないのです
あなたは冷たかったと悔やまれますが
彼こそ不実な男
つら
あなたを捨てて
その昔
悲しく辛い想いをさせたのです
夏の樹に葉が繁ったとき以来
若者の心変わりは
「修道士様
人の世の常」
そのようにおっしゃらないで
後生ですから
わたしの恋人は
ああ
恋人は
愛する恋人よ
おっしゃらないで
このうえもない真心のかた
あなたは逝ってしまったのね
逝ってしまったのね
と
故郷よ
わたしは
75
変わらぬ真心のかたでした
わたしへの想いに焦がれて
されば
70
さようなら
わ
永久 にもう
巡礼の道を選びましょう
でもそのまえに
80
恋人のお墓のうえに
からだ
疲れた 躰 を横たえましょう
か ら だ
あのかたの息絶えた肉塊 をつつむ青草に
三度
接吻しましょう」
「いいえ
お待ち下さい
美しいご婦人よ
85
修道院の囲いの下で
しばらくお休みください
さ ん ざ し
ごらんなさい
霧雨が
おちてきました」
「修道士様
ああ
冷たい風が山査子を吹きぬけ
どうぞ引きとめないで
後生ですから
90
引きとめないで
この身に降りそそぐどんな霧雨も
あやま
わたしの 過 ちを
「いいえ
洗い流してはくれません」
お待ちください
こちらをむいて
ごらんなさい
美しいご婦人よ
その真珠の涙をぬぐってください
この灰色の衣の下は
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あなたのまことの恋人です
悲しみと希望のない愛のために
無理やりに
こうして神の衣をもとめたのです
やかた
そうして
この寂しい 館 の囲いのうちで
生涯を終えようと
でも幸いに
おもっておりました
100
わたしの修練期間は
まだ了っておりません
今でもまだ
あなたの愛を得ることができれば
もうここには
「悲しみよ
もう一度
恋人よ
とどまりません」
さようなら
そして喜びよ
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わたしの心にようこそ
こうしてあなたをみつけたからは
二人は二度ともう
別れることはないでしょう」
(山中光義訳)