画像における空気濃度の病巣

病気のプロフィル
No.
29
画像における空気濃度の病巣
― No. 28「肺気腫」への追加―
「病気のプロフィル」のN o.28で肺気腫をとり上げた後に、低濃度吸収値領域
low
air
attenuation
density
area
(LAA)
に関連して、胸部 X線写真上に描出される空気濃度
の陰影をどう読むかについて、まとめて欲しいという希望があった。
筆者はこの方面の専門家ではなく、またあまり細かいテクニカルなことをまとめ
てもどうかと思ったが、しかし、よく考えてみると、アメリカの大学医学部などで
は7〜8人程度の医師または学生を対象にした臨床カンファレンス(ラウンドテー
ブル)で、かなり細かいことについても討議している。例えば肺の聴診でVelcro
rale
と
crackle
とはどこがどう違うかといったことについて30分ぐらい時間をかけ
て議論しているのを眼のあたりにしたことがある。一面では、臨床とはそういう細
かい知識と経験の積み重ねかもしれないと思った。
それで考え直して、No.
28
の「肺気腫」に追加する形で空気濃度の陰影、そのな
かでもエア・ブロンコグラムと蜂巣肺に重点をおいてまとめることにした。
以下述べる過程で、日常われわれが最も頭を悩ます問題、例えば与えられた影像
が肺胞性パターンであるか、間質性パターンであるかの判断の問題が出てくるが、
空気濃度の陰影のなかでエア・ブロンコグラムと蜂巣肺がその一つの基準になる。
参考文献
ABC」.
主要な参考文献は前回にも紹介した片山仁監修「胸部 X 線写真の
日医会誌.
103巻
線診断学」、金芳堂
(臨時増刊)
(1993)
Pp.
309
(1990)
と河野道雄、木村修治編「放射
で、その他の文献は今回は割愛する。
専門用語(アルファベット順) はじめに、このプリントに出てくる専門用語を記
しておく。われわれは日常診療の場で外国語の専門用語をもう少し用いたが良いと
いう意味ではじめに記すことにした。御覧のとおり、ごくありふれた用語ばかりで
ある。
air
alveologram,
pattern,
bleb,
consolidation,
shadow,
lung,
air
bronchiologram,
bronchial
cylindric
cuffing,
interstitial
obstructive
pattern,
pneumonia,
sequestration,
shadow,
cystic
attenuation
patchy
shadow,
lung,
cyst,
bulla,
ty, cavitation,
cavi
bronchiectasis,
fluffing,
honeycomb
low
rheumatoid
bronchogram, ty,
air alveolar
densi
bronchogenic
bronchiectasis,
frosted-glass-like
air
area,
appearance,
fluffy
honeyco
mb
lung microcavitation,
abscess,
pneumatocele,
pulmonary
tramline.
X線コントラストをなす肺の構成要素
胸部 X線写真の影像は、表1に示すように、三つの要素のX線コントラストから
成っている。これらのほかに脂肪濃度の陰影もあるが、これについては今回は問題
にしないことにする。
1
表1.
胸部 X線写真でコントラストをなす要素
⑴ 空気濃度の陰影
気管、気管支、肺胞内の空気またはガス.
⑵ 液体または組織濃度の陰影
心臓・大血管、縦隔、横隔膜など.
⑶ 金属濃度の陰影
肋骨、肺周辺の骨格、石灰化巣など.
空気濃度の陰影が描出される病変
肺門部以外で肺野に認められる陰影は大部分、血管の陰影で、気管支は壁が薄い
ために陰影として認められないか、認めにくい。したがって、気管支内と肺胞内の
空気は識別できず、気管支の状態を見たいときには気管支造影をするか、内視鏡で
覗くしかない。
以上のことから、単純X線写真で気管支内に空気が認められたならば、肺の内部
になんらかの病変が生じているとみなしてよい。
胸部 X線写真上に空気濃度が描出される肺内の病変を任意にあげると、表2のよ
うになる。最もはっきりした例として、嚢状気管支拡張症のCT像を示す
表2に示す病変のうち、エア・ブロンコグラムと蜂巣肺を主に述べる。
表2.
胸部 X線写真上で空気濃度の陰影が描出される肺内部の病変
空洞 cavity (結核性と非結核性空洞)
小空洞形成 microcavitation
肺膿瘍 lung abscess
ブラ、ブレブ (bulla, bleb)
ニューマトセル ( pneumatocele)
気管支性嚢胞 bronchogenic cyst
円柱状気管支拡張症 cylindric bronchiectasis
嚢状気管支拡張症 cystic bronchiectasis
軌道陰影 tramline
気管支肥厚 bronchial cuffing
エア・ブロンコグラム (air bronchogram)
エア・ブロンキオログラム (air bronchiologram)
エア・アルベオログラム (air alveologram)
蜂巣肺 honeycomb lung
肺分画症 pulmonary sequestration
以上のいくつかは同じ成因にもとづく可能性があるが、
日常診療で遭遇するものを任意に羅列した (筆者編成).
2
(図1)。
図1.
嚢状気管支拡張症のCT像
一部には円柱状に拡張した気管支も認められる
(田内
1990より引用)。
エア・ブロンコグラム
上に述べたように、正常な気管支は胸部 X線写真上ではほとんど見えない。しか
し気管支の周囲になんらかの病変が生じて、病変がもたらした液体または組織濃度
によって気管支内の空気が囲まれると、これとコントラストをなして気管支内の空
気濃度が浮きぼりにされる。ふつうこれは円形または類円形の横断像として認めら
れる
(図2)。これをエア・ブロンコグラム
(気管支含気像
air
bronchogram)
う。ふつう気管支壁は見えない。
図2.
肺胞タンパク症
エア・ブロンコグラム
(35歳の男性)。
ブロンコグラムが認められる
(樋口ら
両側の上中肺野に多数のエア・
1994より引用.
福岡逓信病院・
樋口雅則博士原図)。
エア・ブロンコグラムには肥厚した気管支壁がみえる軌道陰影
気管支拡張症
cylindric
tramline、円柱状
bronchiectasis、気管支喘息や細気管支炎に多く見られる
不規則な気管支壁肥厚などは入らない。
3
とい
エア・ブロンコグラムの好発部位
肺門部に近い肺胞の病変ほどエア・ブロンコ
グラムは描出されやすく、末梢に行くにしたがって描出されにくくなる。それは肺
門に近いほど気管支の内径が大きいからである。
しかし解像力の秀れたCTの発達によってエア・ブロンコグラムは末梢の肺野でも
よく見えるようになり、また他の空気濃度の病変との鑑別もより正確になった。
エア・ブロンコグラムによって推定される肺の病変 エア・ブロンコグラムが認
められる場合には、病変は胸膜、縦隔洞、胸壁などの肺以外の部分にはなく、肺の
内部の実質部分である肺胞に在って、次に述べるような変化が起こっている。この
場合、コントラストをなす液体濃度の物質が何であるかが重要である
(A)
図3.
(A)
(B)
(B)
(図3)。
(C)
エア・ブロンコグラムが成り立つ仕組み
正常な状態では気管支内の空気は肺の他の部分の空気とは識別できない。
肺胞の壁が厚くなって、肺胞に空気が入っても十分に膨らまない状態では、
気管支内の空気がコントラストをなして描出される。(C)
液や組織・細胞でおきかえられると
(コンソリデーションの状態になると)、気
管支内の空気はコントラストをなして描出される
⑴
肺胞内の空気が滲出
(大場
1990
より引用)。
コンソリデーション
コンソリデーション (consolidation) については後に一項をもうけて述べるが、
エア・ブロンコグラムの背景には肺胞の内部にコンソリデーションをきたす病変
が生じており、その要因はおよそ次の四つに分けて考えられる。
⒜
肺胞の内部が滲出液などの液体で充たされている。
⒝
肺胞の内部が細胞や組織で充たされている。
⒞
肺胞壁や気管支壁などの間質が腫瘍、肉芽腫、炎症など病変によって肥厚し、
肺胞の容積が縮小している。
⒟
閉塞性肺炎
obstructive
pneumonia
が起こって肺胞内の気腔
air
space
滲出液、細胞、組織などにおきかわっている。
⑵
肺胞の膨張不全
閉塞性の無気肺のほかに、肺の表面における活性物質の欠損、炎症後の瘢痕、
大量の胸水などによって肺胞が十分に膨張できず、空気が減少する。
4
が
ところで、上に述べたように、エア・ブロンコグラムが認められれば、肺胞性の
病変とみなしてよいが、認められないからといって肺胞性の病変がないとはいえな
い。例えば、肺炎で肺胞性の病変はあっても気管支が破壊されたり、分泌物で閉塞
されると、エア・ブロンコグラムは見られなくなるからである。
エア・ブロンキオログラム と エア・アルベオログラム 上述のエア・ブロンコ
グラムのほかに細気管支含気像
air
air alveologram
bronchiologramや肺胞含気像
なども問題になっている。病理学的には当然ありうるが、筆者は、残念ながら、画
像上ではこれらをはっきりと識別できない。これは筆者には画像の基礎的研究のう
えに立って画像を解析した経験がないからであろう。
コンソリデーション
(air
space)
態である
コンソリデーションとは、空気をふくむ肺の部分-含気腔
が滲出液や組織でおきかえられて、その部分のX線吸収度が上昇した状
(図4)。
「高濃度吸収の状態」といいかえてよいであろうか。
気道
動脈
気管支血管
周囲間質腔
末梢気道
Kohn 孔
毛細血管
肺胞壁
含気腔
胸膜下間質腔
図4. 末梢の肺における含気腔に生ずるコンソリデーション
二つの含気腔が滲出液で充たされ、Kohn hole を通って隣の第三の含気腔
に滲出液が流れ込んでいる。このようにしてコンソリデーションが生ずる
(大場1990 より引用)。
肺胞壁や細気管支壁が肥厚して空気が乏しく、無気肺atelectasisになっても同様
な状態になる。
コンソリデーションの状態には、今はあまり流行らなくなったが、いろいろな形
容の用語が使われている。擦りガラス状陰影
散りばめたような綿毛状陰影
fluffy
frosted-glass-like
shadow、または斑状陰影
どがそれである。
蜂巣状陰影と蜂巣肺
5
shadow、真綿を
patchy
shadow
な
蜂巣状陰影
honeycomb
appearance
(蜂巣肺
陰影が蜂の巣状に密集、多発している状態を指す
honeycomb
lung)
とは、嚢胞状の
(図5)。その背景にコンソリデー
ションが見られる場合と見られない場合とある。
図5.
特発性間質性肺炎における蜂巣肺
左:胸部 X線写真、右:CT像.
蜂巣肺が全肺野にわたっている
(住
1990
より引用).
一般に肥厚した、不規則な形態の嚢胞壁が認められ、この点でエア・ブロンコグ
ラム、気腫性嚢胞、ブラ、ブレブなどとは識別できる。ときとして横隔膜近くに見
出されるコンソリデーション中の蜂巣状陰影はエア・ブロンコグラムとまぎらわし
いことがあるが、高分解能CTによって識別できるようになった。
蜂巣状陰影の推移
初期には直径約2㎜
程度の嚢胞の集まりが肺下葉の底部に見
られるが、これは次第に拡大して後外側におよび、次いで内側部分にまで進展する。
さらに進行すると、下葉全体に拡大し、上葉にまでおよぶ。この段階になると、一
つ一つの嚢胞も大きくなって直径約5㎜
程度にもなり、肺気腫を合併していること
が多い。
蜂巣肺の成因
蜂巣肺が生ずる仕組みは、次のように考えられる。
肺の間質の主に肺胞隔から呼吸細気管支に至るまでの結合織が線維化し、肺胞壁
が次第に硬化、萎縮して肺胞が虚脱した状態になる。その結果、終末細気管支と呼
吸細気管支の領域が拡大して蜂巣状になる。一つ一つの嚢胞の内面は一層のサイコ
ロ状または円柱状の上皮で覆われている。
日常われわれが見出す蜂巣状陰影はほとんど間質性肺炎、肺線維症、膠原病肺に
おいてである。そのほかに塵肺、過敏性肺炎、肉芽腫性肺疾患などにも見出される
そうであるが、筆者はまだ見たことはない。
蜂巣肺の基礎になる間質の線維化の原因は何かとなると、多くの部分、謎につつ
6
まれたままである。ここでまた自己免疫説が出てくるが、ごく最近、ある免疫学者
が言っている。「免疫学のなかでとくに自己免疫の研究ほど進んでいないものはあり
ませんね。全然といっていいほどです」と。筆者は、21世紀に持ちこされるべき医
生物学の大命題として脳の高次機能、発生と分化、老化、がんの予防と治療、心臓
の自動能とともに自己免疫現象の解明をあげている (Yanase
1997)。
肺胞性パターンと間質性パターン
肺胞などの含気腔が液体または組織濃度の物質でおきかえられた結果描出される
陰影を肺胞性パターン
alveolar
pattern
きに見られる陰影を間質性パターン
の陰影といい、主に間質に病変が生じたと
interstitial
pattern
の陰影という。前者の一例
が急性肺炎、後者の一例が特発性間質性肺炎である。
日常診療の場で肺胞性と間質性パターンを見分けるのは必ずしも容易ではないが、
表3は一つの参考になろう。
表3.
胸部 X 線写真における肺胞性と間質性パターンの比較
病巣陰影の状態
肺胞性パターン
間質性パターン
分
布
比較的限局した病巣が複数
存在する
びまん性、かつ撒布状に分布
する
形
態
細葉結節状、斑状、塊状
線状、輪状、網状、粒状、
網粒状、結節状、蜂巣状
辺
融
縁
合
比較的不鮮明
傾
陰影の変化
その他の特徴
向
比較的鮮明
顕著
少ない
迅速
緩徐
エア・ブロンコグラム、
蝶形の陰影
気管支の肥厚*、気管支周囲の
結節、蜂巣肺、カーリー線 (A、
B、およびC)
この比較は定型的なパターンを基準にしたものである。
*軌道陰影 tramline をふくむ気管支の肥厚 (大場 1990
を参考に作成)。
間質性の病変が肺全体におよぶと、肺門、心臓・大血管、横隔膜などの辺縁の陰
影が鮮鋭度を失い、毛羽立ち状
(fluffing)
になる。図6はその典型例である。これ
もまた肺の病変が間質性パターンに進展したことを示す重要な所見である。
7
図6. 間質性パターンへの移行
72歳の男性。左は1995年12月25日、右は1999年4月9日の
胸部X線写真。1995年の時点ですでに間質性パターンの影像
が見られるが、1999年にはさらにそれが顕著になっている。
本文参照 (福岡逓信病院・本村正治博士原図)。
謝
辞
樋口雅則博士、本村正治博士、野崎雅彦博士の協力に深謝する。
柳瀬
8
敏幸.
(1999年4月16日)