山梨大学大学院医学工学総合教育部 機械システム工学専攻 平成 20

山梨大学大学院医学工学総合教育部
機械システム工学専攻
平成 20 年度
修士論文
RF プラズマ CVD 装置中のアンテナコイルに対するスパッタリングの抑制
学籍番号:G07MM024
氏名:竹本
亮
指導教員:加藤 初弘
修了年月:2009 年 3 月
<概要>
ダイヤモンドは優れた物性を有しており、その工業的な合成に関心が高まっている。本
研究は、このダイヤモンド合成装置の一つである RFCVD プラズマ装置を対象とした。半
導体製造などでアンテナ電極を平行に置く CVD 装置が広く用いられているが、本研究では、
アンテナをコイル状にした型の装置を使用した。この装置は前者と比較して、電子密度で 2
桁高い高密度のプラズマを生成できる。しかし、アンテナが真空チャンバー内に設置され
ており、プラズマによるスパッタリングが問題となっている。このスパッタリングを抑制
するために、チャンバー内の Ar ガスの圧力を変化させる実験とステージとアンテナ間にバ
イアス電圧を加える実験を行った。
スパッタリングに関係する制御量を探るために、プラズマ特性を表す電子温度 Te と電子
密度 ne を、ダブルプローブ法を用いて測定した。この方法はプラズマ内に 2 本のプローブ
を挿入し、プローブ間に電圧を加えることで流れる電流を測定する。得られた電流−電圧
特性から電子温度 Te と電子密度 ne 等を求めることが出来る。スパッタリング量の測定は、
ステージ上の Si 基板に堆積した金属膜を AFM(分子間力顕微鏡)により計測することで
行った。
チャンバー内の Ar ガスの圧力を高(32.8Pa)、低(13.3Pa)の 2 条件に設定して、プラズマ
状態を調べた。低ガス圧の時、コイル周辺で電子温度 Te が周辺より低下し、その分布が凹
状になることを始めて観測した。これは、コイルから光が飛び出すことにより放射損失が
生じ電子のエネルギーが下がったためと考えられる。コイル周辺では高ガス圧の場合の方
が電子温度 Te が高いことよりスパッタリングが起きやすいと考えられる。しかし、実際に
はガス圧が高い場合の方が基板に堆積するスパッタリング量が減少している。この原因は、
ガス圧が高くなることで、シースにより加速された Ar イオンが Ar 原子との衝突により加速
エネルギーを失い、スパッタリングが抑制されためと考えられる。
バイアス電圧を加えることで Si 基板上の膜厚が減少した。これは、バイアス電圧の増加
に伴って電子温度が低下したためと考えられる。これらの結果から、スパッタリングの抑
制には、バイアスの印加とガス圧を高くすることを同時に行うことが効果的であると考え
られる。
目次
第1章
序論
1.1
ダイヤモンド合成について
1.2
本研究の動機と目的
第2章
実験装置
2.1 実験装置の概要
2.2 測定装置
2.3 ダブルプローブ法
2.4 平均自由行程と磁界の影響
第3章
ガス圧によるスパッタリングの抑制
3.1 プラズマの z 方向特性とプローブ位置の決定
3.2 ガス圧によるプラズマの封じ込め
3.3 プラズマの r 方向への拡散
3.4 ステージ上の Cu 膜厚の形成メカニズム
第4章
バイアス印加によるスパッタリングの抑制
第5章
結論
参考文献
謝辞
付録 その他のダイヤモンド合成方法
・ ダイヤモンド合成の歴史
・ 高温高圧法
・ 熱フィラメント CVD 法
・ EACVD 法
・ CVD プラズマ法
第1章 序論
1.1
ダイヤモンド合成について
ダイヤモンドは、優れた光学的特性、高い硬度、化学的な安定性、広い禁制帯幅、高い
熱伝導率など優れた物理的性質を多く有している。そのためダイヤモンドの工学的応用に
多くの関心が持たれ盛んに研究開発が行われてきた。ダイヤモンドを合成する際の代表的
な手法は 2 つある。1つは天然ダイヤモンドが生成される環境と同じ高温高圧状態を人工
的に作り上げ、グラファイトからダイヤモンドへの相変化を促す高温高圧(HTHP)法である。
もう1つは低圧下で炭素を含む気体原料からダイヤモンドを合成する化学気相堆積 (CVD)
法である。
その他のプラズマ合成方法を付録の項で述べているが、CVD 法の中でもさらに大き
く 3 つの方法に分けられる。1 番目が、熱フィラメント法である。これは、約 2000℃
に加熱したフィラメント(W、Ta など)へ炭素を含む原料ガスを流しラジカルや原子
状水素を生成し、それを基板へと輸送し基板上でダイヤモンドを合成する方法である。
2 番目が、電子衝撃 CVD(EACVD:Electron Assisted Chemical Vapor Deposition)
法である。これは、基板(W、Mo、Ta など)上方に設置したフィラメントから発生さ
せた電子線によるプラズマが原料ガスの分解や基板照射を行い、ダイヤモンド合成を行
う方法である[1]。最後が、CVD プラズマ法である。この方法は、プラズマを生成する
プラズマ源によっていくつかに分かれる。例えば、DC プラズマ CVD 法[2]、マイクロ
波 CVD 法[3]及びプラズマジェット CVD 法[4-5]などがある。本研究では、CVD プラ
ズマ法の1つである RFCVD プラズマ法を用い、中垣らによって作られた内部マルチタ
ーンアンテナ RFCVD プラズマ装置[6-9]を用いてダイヤモンド合成に不可欠なスパッ
タリングの実験を行った。この方法を用いたのは、従来のものよりパワー伝送効率が良
いため低圧力、低パワーでも高密度プラズマを生成することができるからである[10]。
1.2
本研究の動機と目的
本研究で用いた実験装置では、生成したプラズマによりアンテナのスパッタリングが
生じる。これは実験装置内のアンテナの破損を招くだけでなく、合成中のダイヤモンド
への不純物の混入をまねく。真空チャンバー内に設置されたアンテナのスパッタリング
を抑制する方法として、アンテナを絶縁体で被覆する方法[11]やチャンバー外に磁石を
取り付け磁場によって電子、イオン、ラジカルなどを制御し、スパッタリングを抑制す
る方法[12-13]などが考案されている。
ここでは、別の可能性を探るという立場から、ガス圧の変化及びアンテナ−ステージ
間にバイアス電圧を印加することによりスパッタリングを抑制する実験を行った。本実
1
験では、プラズマを点灯させ易いことから、チャンバー内を満たすガスに Ar を用いて
いる。
2
第2章 実験装置
2.1
実験装置の概要
本研究で用いた実験装置の概略図を Fig.1 に示した。本装置は真空チャンバー、アン
テナ、RF 電源ユニット、整合器、ステージ、吸気・排気システムからなっている。真
空チャンバーは、ステンレスでできており、高さは約 400mm、内径は約 260mm であ
り、測定用、観察用などの目的のためのポートが多く設けられている。アンテナは、外
径φ6.4mm の銅管を用い、内径は 32mm とした。また、アンテナ内部には冷却水を流
している。アンテナコイルの巻数は 3 である。RF 電源ユニットは、27.12MHz、最
大出力 1kW(ノダ RF テクノロジー製(株))のものを用い、整合器とアンテナを DC 的
に分離するために、アンテナに対し直列に 100pF のセラミックスコンデンサを挿入し
た。ステージは、アンテナ下部に設置されている。また、ステージ根元部分で真空チャ
ンバーと電気的に絶縁されており、フローティング状態となっている。吸気・排気シス
テムは、原料ガス(Ar、CH4、H2)を真空チャンバー上部から供給する部分と真空チャン
バー下部から排気する部分とに分かれている。ガス供給部分は、減圧弁の後に設けたア
ナログ式マスフローコントローラ(MFC)によって原料ガスの流量を制御し、各ガスを混
合した後に導入する構造となっている。排気する部分は、ターボ分子ポンプ(TMP)とロ
ータリーポンプ(RP)で構成されている。本研究では、RP を用いずに TMP だけを用い
た。
Fig.1 実験装置概略図
3
2.2
測定装置
プラズマ特性を測定するために、固定型のダブルプローブと z、r 方向可動型のダブ
ルプローブを開発した。ダブルプローブの模式図を Fig.2、外観を Fig.3 に示す。ダブ
ルプローブの材質は、スパッタリングによる損傷を防ぐため Mo またはステンレスを用
いた。Mo ワイヤは、直径 1.0mm、ステンレスワイヤは直径 0.9mm の物を用い、2 本
のワイヤ間の隙間は 1mm とした。また、ノイズなどの混入を防ぎ正確な測定を行うた
めに、磁器の管によって被覆し、ワイヤの先端を 10mm 露出させる構造となっている。
ワイヤは真空チャンバーの外側でローパスフィルター(LPF:Low Pass Filter)を通して
ノイズを除去している。固定型ダブルプローブは、アンテナ下端 12.2mm の位置に設
置されており、z 方向可動型ダブルプローブは、アンテナ下端 5mm から 31mm まで可
動することができる。z 方向可動プローブの可動範囲の概略図を Fig.4 に示した。また、
r 方向可動型ダブルプローブは、アンテナ中心から半径方向に 35mm、反対方向に 9mm
の合計 44mm 可動することができる。r 方向可動プローブの可動範囲の概略図を Fig.5
に示した。
ステージ台の温度を測定するための熱電対に K 型熱電対を用いた。熱電対を用いて
温度測定を行う際の注意点として、被測定物と熱電対の接触面積が小さい場合、熱電対
に充分温度が伝わらず、実際の温度より低い値を示すことや水素プラズマ中のように還
元性雰囲気で用いると劣化し、実際の温度よりも低い値が表示されること、熱電対表面
にカーボンが付着し、素線間が短絡されてしまい正確な計測ができなることがある。こ
れらの点を考慮し、熱電対はφ1.6mm のシースタイプを用い、真空チャンバー内のガ
スと熱電対素線が直接接触しないようにした。さらにステージの上面から 2mm の場所
に、深さ 5mm の穴をあけ、熱電対先端を差し込む構造とした。熱電対で測る温度はス
テージの温度ではあるが、イオンの温度 Ti を見積もる量として用いた。
アンテナのスパッタリング量を測定するために、ステージ上に Fig.6 に示したように
一部をマスクで覆った Si 基板を設置した。この基板上に堆積した銅原子の膜厚により、
スパッタリング量を間接的に測定することができる。膜厚の計測は、マスク部の境界を
分子間力顕微鏡(AFM:VN-8000 Keyence 製)によりスキャンすることで行った。
4
Fig.2 ダブルプローブの模式図
Fig.3 プローブの外観
5
0
r
5
26mm
z
Fig.4 z 方向可動プローブの可動範囲
r
35mm
-9 0
32mm
Fig.5 r 方向可動プローブの可動範囲
6
6mm
Si(マスク用)
3mm×3mm
10mm
Si 基板
13mm
Fig.6 スパッタリング実験時の基板設置概略図
7
2.3
ダブルプローブ法について
プラズマ特性の測定に用いたダブルプローブ法の原理をまとめる。この方法はプラズ
マ中に微小な電極を挿入し、そこから電流を取ることによってプラズマ中の電子温度
Te、電子密度 ne、荷電粒子密度、エネルギー分布などプラズマが持つ特性を局所的に
求める方法である。シングルプローブやエミッシングプローブといったいくつかのプロ
ーブ法があるが、本研究では、プラズマの電位(空間電位 Vs)が測定中に変動しても、一
定の条件を満たせば、十分な計測ができる特徴があるダブルプローブを用いた。
Fig.7 はダブルプローブの回路図である。図中の記号 I は電流、V は電圧、添え字 1,2
はそれぞれプローブ 1 と 2 を表している。
プローブ 1、
2 間の電圧 Vp と電流 Ip には Fig.8
のような関係がある。プローブ 1 からプラズマへ流れる電流 I1 は、電子による電流 I1e
とイオンによる電流 I1i が逆方向に流れることから
I1
I 1e
I 1i
(1)
と表すことができる。プローブ 1 の電位 V1 をプラズマ中の空間電位を基準に表すと、
電子電流は
A1 j0
I1e
A1 j0 exp
eV1
kTe
V1
0
V1
0
(2)
と表すことができる。ここに e は素電荷、Te は電子温度、k はボルツマン定数である。
また、 j 0 は電子のフラックスで、電子の密度と平均熱速度をそれぞれ ne、vm と表す
と
j0
en e v m
(3)
で与えられる。プローブ近くには、電気的な中性が失われたシース(鞘)と呼ばれる領域
が存在し、イオンはこのシースにより加速される。このことから、イオン電流 I1i は、
I1i
kTe
0.61A1ene
mi
1/ 2
(4)
A1 g Te
と表される。ここで、0.61=e-1/2 である。また、シース領域の表面において加速された
イオンの速度 vi*は、イオンの質量 mi と電子温度 Te により
8
v i*
kT e
mi
(5)
で表され、イオンの密度 ni*は
ni* nee
1
2
(6)
と表されることが知られている。プローブ 2 に流れ込む電流 I2 についても、(2)、(4)式
にある V1、A1、I1i をそれぞれ V2、A2、I2i と置き換えることで表すことができる。
V1<<V2 のとき、プローブ 1 が相対的に負に帯電していることにより、電子電流が抑
えられイオン電流が多く流れ込む。一方、プローブ 2 には電子電流が多く流れ込む。Ip
はプローブ 1 の飽和イオン電流で決まる値以上には流れないため Vp を大きくしていく
と Ip は飽和することになる。プローブ 1,2 間の電位差を逆にした場合でも同様に Ip は
プローブ 2 の飽和イオン電流に収束する。電子電流の飽和電流 j e が、イオンの飽和電
流より大きなことから、ダブルプローブ法では、V1 と V2 の値は、プラズマの空間電位
より必ず低くなる(V1、V2≦0)。
プローブ電流 Ip と電極間の電位差 Vp の関係は(1)、
(2)及び(4)式より次式で表される。
Ip
A1 g Te
Ip
A2 g Te
A1 j 0 exp
A2 j 0 exp
eV1
kTe
(7)
e V1 V p
kTe
(8)
(7)式と(8)式の比をとり整理すると次式のようになる。
exp
Ip
A1 A2 g Te
A1
eV p
kTe
A2 exp
(9)式で Vp→∞とすると I p
1
(9)
eV p
kTe
A1 g Te であり、これはプローブ 1 に流れ込むイオン電
流である。実際の計測では、Fig.8 のように、Vp が大きなところでも Ip は飽和しないの
で、飽和した領域の電流−電圧曲線を Vp=0 へ外挿した値を I1i として用いる。I2i につ
いても同様である。
(9)式を Vp で微分して Vp=0 とすると次式のようになる。
9
dI p
dV p
eA1 A2 g Te
kTe A1 A2
Vp 0
(10)
(4)式を用いて(10)式を電極 1,2 の飽和イオン電流で書き直すと次式のようになる。
dI p
dV p
eI1i I 2i
kTe I1i I 2i
Vp 0
(11)
以上より、プローブ電流 Ip と電極間の電位差 Vp の関係が求まった。Fig.8 中に示し
てある I1i、I2i および Vp=0 のときの傾き
Te
dI p
dV p
G を用いて、電子温度 Te を次式で
Vp 0
eI1i I 2 i
kG I1i I 2i
(12)
また、 (4)式より電子温度 Te と飽和イオン電流 Ii1、Ii,2 及びプローブ 1 の表面積 A1
から電子密度 ne を次式で
I1i
ne
kTe
0.61 A1e
mi
(13)
1/ 2
と表すことができる。[14-17]。
電子温度 Te 及び電子密度 ne の測定誤差ΔTe、Δne は、測定の正確性を調べる上で重
要である。電子温度 Te と測定誤差ΔTe の比は、(12)式を対数微分することで求めること
が出来る。計算結果を示すと、
Te
Te
G
G
I 2i
I1i
I 2i
I1i
I1i
I1i
I1i
I 2i
I 2i
I 2i
(14)
である。また、電子密度 ne と測定誤差Δne の比も同様に、(13)式を対数微分すること
で求めることが出来る。即ち、
ne
ne
I1i
I1i
Te
2Te
(15)
である。
ここで、ガス圧 38.7Pa、RF パワー78W 時のアンテナ中心から 19mm の点で測定し
た 2 つの電流−電圧特性からΔG、ΔI1i、ΔI2i を求めると、それぞれ 5.08×10-5A/V、
2.69×10-5A、5.03×10-5A であった。
10
Fig.7 ダブルプローブを用いて測定するための回路図
0.003
Ii1
0.002
Ip (A)
0.001
0
-0.001
-0.002
Ii2
-0.003
-0.004
-40
-20
0
Vp (V)
20
Fig.8 ダブルプローブを用いて測定した電流−電圧曲線
Pg=38.7Pa、RF パワー=78W、r=11mm、z=5mm
11
40
2.4
平均自由行程と磁界の影響
チャンバー内の Ar ガスは、アンテナによる励起のために一部が電離する。電気的な
中性条件が成立するので、Ar+イオンの密度 ni は電子密度 ne に一致する。電子の質量
me はイオンの質量 mi と比べると 5 桁小さいことからアンテナにより容易に励起される。
このため電子温度 Te はイオンの温度 Ti と比べるとはるかに高くなっている(Te>>Ti)。
電子温度は、ダブルプローブにより測定可能で、ガス圧 Pg=38.7Pa、アンテナ駆動電力
Pa=78W の時 Te=7.80eV であった。一方、イオン温度をステージに取り付けた熱電対
で見積もると 500K であった。Ar イオンと Ar ガスが熱平衡にあると考えると、チャン
バー内の分子とイオンの密度 nm を理想気体の状態方程式から求めると
nm
Pg
kTi
(16)
21
5.60 10 m
3
となる。この値をダブルプローブの測定から得た値 ni=3.19×1017m-3 と比較すると、イ
オン化されている Ar ガスの割合は 10-5 のオーダーであることが分かる。
Ar イオンは電子やイオン同士とも衝突するが、圧倒的多数の Ar 原子との衝突が最も
多い。従って、イオンの平均自由行程を分子の平均自由行程λi で見積もることができ
る。いま、衝突半径を ri とし、nm に(16)式を用いると
1
i
nm
2ri
2
(17)
kTi
Pg
2ri
2
となる。同様に、スパッタリングによりアンテナから放出された銅原子の平均自由行程
λCu は、rCu を銅の衝突半径とすると
kTi
Cu
Pg
ri
rCu
(18)
2
と表される。また、Cu 及び Ar と電子の平均自由行程λe-Cu、λe-Ar は、電子の衝突半径
をデバイ長λDE で見積もると
kTi
e Cu
Pg
DE
rCu
10
5
2
rAr
10
5
2
kTi
e Ar
Pg
DE
12
と表すことができる。ここで、電子密度 ne は、Ar ガスの密度 nm との間に ne nm
10
5
なる関係があると仮定した。電子間の平均自由行程λe-e は、
kTi
e e
Pg
2
2
10
5
DE
となる。Fig.9 にλi、λCu、λe-Cu、λe-Ar 及びλe-e のガス圧依存をまとめた。ここで、
Ti=500K、ri=1.82×10-10m、rCu=1.28×10-10m とした。また、デバイ長λDE は、
DE
0
kTe ne e 2
12
36.9 m
である。本実験ではガス圧 Pg を主に 13.3Pa、38.7Pa としたが、このガス圧の変化で
平均自由行程は約 1/3 に減少することが分かる。電子−電子間衝突がさかんに生じてい
ることから熱平衡が実現していること、電子−Ar イオン及び電子−銅原子間の衝突も
盛んであり電子の冷却も十分に生じえることが分かる。得られた平均自由行程から Ar
イオンがアンテナに到達するまでの衝突回数及び銅が Si 基板に到達するまでの衝突回
数とガス圧の関係を Fig.10 に示した。このとき、アンテナの直径は 32mm であり、ア
ンテナからアンテナ下端 8.45mm の位置にある Si 基板までの距離は 18.2mm とした。
アンテナの中心部に発生する磁束密度 B は、コイルの巻数 na、その中を流れる電流
Ia、直径 Da、真空の透磁率μ0 により、B
I Da と表すことができる。アンテナの駆
0 a
動電力、電圧及びコイルの直径をそれぞれ 78W、200V、32mm とすると、磁界は、B=4.6
×10-5T となる。このとき、熱運動をしている電子と Ar イオンのラーモア半径ρe と
ρi は
kTe
e
eB
eB
231mm
(19)
4.63 10 3 mm
(20)
me
kTi
i
me
mi
mi
である。シース境界で加速された Ar イオンでは
kTe
i*
eB
mi
6.23 10 4 mm
(21)
mi
とさらに大きくなる。
13
シースの厚さ、ダブルプローブの太さ( 1mm )、アンテナの直径(32mm)のそれぞれ
と、上記のサイクロトロン半径を比べると、いずれの量も桁が異なっている。このこと
から、磁界による粒子の飛程の変化はわずかであり大きな影響が無いことが分かる。3.4
節(ダブルプローブの原理)で、磁界の影響を考えなかったが、本実験の条件下ではその
影響が少なく 3.4 節の議論をそのまま使うことが可能である。
14
平均自由行程λ(mm)
1.E+03
1.E+01
1.E-01
1.E-03
1.E-05
1.E-07
1.E-09
1.E-11
Cu-Ar
Ar-Ar
e-Cu
e-e
e-Ar
1
10
ガス圧 Pg(Pa)
100
衝突回数(回/秒)
Fig.9 アルゴン及び銅の平均自由行程とガス圧の関係
40
Ar
Cu
20
0
0
20
40
ガス圧 Pg(Pa)
Fig.10 アルゴン及び銅の衝突回数とガス圧の関係
15
60
第3章 ガス圧によるスパッタリングの抑制
3.1
プラズマの z 方向特性とプローブ位置の決定
本実験装置で生成されたプラズマが持つ z 方向の特性を調べた。z方向とは、Fig.3
に示したようにアンテナの軸に沿った方向である。これは、本来の目的であるダイヤモ
ンド合成の際のステージ位置を決めることとともに、r 方向可動プローブのアンテナ下
端からの設置位置を決定するために行った測定である。実験条件は、RF パワー78W、
ガス圧 38.7Pa である。z 方向可動プローブを用い、1mm 毎に測定した。ステージ位置
はアンテナ下端から 48mm である。この実験から求まった電子温度 Te、電子密度 ne、
シース端におけるエネルギー密度 Tene をそれぞれ Fig.11 から Fig.13 に示す。
このとき、
Tene はアンテナ表面にプローブと同様にシースが形成されていると考えると、シース境
界におけるイオンの温度 vi*と密度 ni*はそれぞれ(5)、(6)式で表すことができる。この
ことを用いると、シース境界でのイオンの運動エネルギーの密度を
mi 2
v i*ni*
2
1
e
2
1
2
(22)
kTe n e
と表すことができる。Fig.13 に示した Tene は、アンテナに衝突するイオンのエネル
ギーを見積もるための量である。
これらのグラフから、アンテナ下端 8mm まではプラズマの影響が強い範囲内であり、
それより離れるとプラズマの影響が減衰していくことがわかる。このことから、ステー
ジ位置及び r 方向可動プローブ位置はアンテナアンテナ下端から 8mm 以内に設置する
べきであることがわかった。
16
10
Pg=38.7Pa
8
Te(eV)
6
4
2
0
0
10
20
30
40
コイル下端からのプローブ位置(mm)
Fig.11 電子温度 Te の z 方向特性
35
Pg=38.7Pa
-3
25
16
ne(×10 m )
30
20
15
10
5
0
0
10
20
30
コイル下端からのプローブ位置(mm)
Fig.12 電子密度 ne の z 方向特性
17
40
14
Tene(×10 J/m )
3
Pg=38.7Pa
12
-2
10
8
6
4
2
0
0
10
20
30
コイル下端からのプローブ位置(mm)
Fig.13 Tene の z 方向特性
18
40
3.2
ガス圧によるプラズマの封じ込め
ガス圧の増加により、シースにより加速された高速 Ar イオンが散乱され易くなり、
アンテナに到着できなくなることでスパッタリングが減少すると考え、ガス圧によるプ
ラズマ特性の測定実験を行った。
プラズマ特性は、z 方向可動型プローブを用いて測定を行った。プローブ位置はアン
テナから中心軸に沿って下端から 5mm 降りた点で、ステージ位置はアンテナ下端から
8.45mm である。RF パワーは 60W、ガス圧は 12.8Pa、26.7Pa、40Pa である。
求まった Te、ne 及び Tene とガス圧との関係を Fig.14 に示す。どのプラズマ特性もガ
ス圧の上昇とともに、増加していることがわかる。これは、真空チャンバー内に満たさ
れる原料ガスの分子密度が上昇することで平均自由行程が短くなり、プラズマがよりア
ンテナの中央部に封じ込められたためと考えられる。より詳細には r 方向へのプラズマ
の拡散について直接調べる必要がある。
80
Tene
4
60
ne
40
2
20
0
0
0
25
50
ガス圧力 Pg(Pa)
Fig.14. 圧力依存性実験で測定された電子温度 Te、電子密度 ne と Tene
19
3
-3
100
Te
-3
Te(eV)
6
120
16
○:Te r=0mm
●:ne z=5mm
×:Tene
ne(10 m ),Tene(10 J/m )
8
3.3
プラズマの r 方向の拡散
プラズマの半径方向の特性を調べた。この実験は、ガス圧の違いによるプラズマ特性
の変化から、スパッタリングの制御性を検討するために行った。測定には、r 方向可動
型プローブを用い、その移動範囲を Fig.4 に示したものにした。また、測定は 4mm 毎
に行っている。プローブ位置は、アンテナ下端から 5mm で、ステージ高さは 32mm
である。このときの RF パワーは 78W、圧力は 13.3Pa と 38.7Pa の 2 条件で行った。
得られた結果を Fig.15 から Fig.18 に示す。ガス圧 13.3Pa の時を○印で、38.7Pa を
●印で示した。それぞれ電子温度 Te、電子密度 ne、シース端でのエネルギー密度 Tene
及びアンテナ周辺のフラックスΓを示している。このとき、シース端でのエネルギー密
度は(22)式、アンテナ周辺のフラックスは、(5)式、(6)式を用いて次式から求めた。
ni*vi*
e
1
2
k
ne Te
mi
(23)
ガス圧 38.7Pa、RF パワー78W、アンテナ中心から 19mm の位置で独立に行った 2
回の測定で得たデータから標本標準偏差を求めるとΔTe は 0.2eV 及びΔne は 3.2×
1010cm−3 であった。ガス圧が高い方が、低い場合よりアンテナ中心部でプラズマ特性
が向上しており、アンテナ真下から外側にかけては反対になっている。このことから、
ガス圧が高い場合の方がプラズマの封じ込めが十分なされていることがわかった。した
がって、ガス圧の高い方がアンテナ外部にある Ar イオンによるスパッタリングを抑制
できるのではないかと考えられる。
Fig.15 に示したように、低ガス圧の時に電子温度 Te の分布が近傍より低くなり凹状
になることを、初めて観察した。この時、アンテナ真下で凹部の底がありその電子温度
Te は 1.13eV であった。また、低ガス圧の Te は高ガス圧の時より 1.2eV 低いことがわ
かった。これは、標準偏差ΔTe の 6 倍であった。電子温度の凹分布に対して、電子エ
ネルギー密度 Tene は、Fig.6 に示したように滑らかに変化している。これは、電子ガス
の局所的な冷却が生じても電子間の衝突が頻繁で空間的な相互作用が進んでいること
を示す。電子温度の凹分布の形成原因は、アンテナからの光の放出による放射損失であ
ると考えられる。
20
7
●:38.7Pa
○:13.3Pa
6
Te(eV)
5
4
3
A
2
1
B
0
-20
-10
0
10
20
30
コイル中心からのプローブ位置(mm)
40
Fig.15 電子温度 Te の r 方向分布
45
40
35
30
25
20
15
10
5
0
16
-3
ne(×10 m )
●:38.7Pa
○:13.3Pa
B
A
-20
-10
0
10
20
30
コイル中心からのプローブ位置(mm)
Fig.16 電子密度 ne の r 方向分布
21
40
140
Tene(×10 J/m )
3
●:38.7Pa
○:13.3Pa
120
-3
100
80
60
40
B
20
A
0
-20
-10
0
10
20
30
コイル中心からのプローブ位置(mm)
40
20
-2 -1
フラックス Γ(×10 m s )
Fig.17 Tene の r 方向分布
3
●:38.7Pa
○:13.3Pa
2
1
0
10
17
24
31
コイル中心からのプローブ位置(mm)
Fig.18 フラックスの r 方向分布
22
38
3.4
ステージ上の Cu 膜厚の形成メカニズム
ガス圧によるアンテナのスパッタリングの変化を間接的に調べるために、ステージ上
の Si 基板上に堆積する銅原子の膜厚を測定した。実験条件は、RF パワー78W、ガス
圧 13.3Pa と 60W、38.7Pa の 2 つの条件である。またステージ高さはアンテナ下 8.45mm
で、放電時間は 30 分間である。得られた AFM による測定結果を Fig.19 に示した。横
軸は基板表面に沿った探針の位置で、Si 基板を覆ったマスクの境界を横断して測定し
ている。縦軸は、探針の高さであり、マスクがない位置ではスパッタリングによりアン
テナから飛来した銅原子のために段差が生じていることが確認できる。ガス圧 13.3Pa
のときのデータを実線で、38.7Pa を破線で示している。マスク表面の堆積前後の状態
を Fig.20 に示した。堆積前は 800nm と凹凸の段差が大きかったが、堆積後には 400nm
と凹凸の段差小さくなっていることがわかる。
Fig.20 中の 500μm の点の膜厚を d とし、ガス圧との関係を Fig.21 に示した。実験
時間が 30 分間であることより、膜の成長速度を Fig.19 のデータより求めると低ガス圧
(13.3Pa)の時 4.93nm/min、高ガス圧(38.7Pa)の時 0.77nm/min であった。これから、
ガス圧の増加に伴い膜の生成が減少していることが分かった。しかし、Fig.15 では、
ガス圧が高い時電子温度 Te が増加することを示しており、スパッタリング量は増加し
ているものと思われる。一方、Ar のガス圧の増加により、Ar イオンの平均自由行程は
減少する。このことから、シースで加速された Ar イオンが Ar 原子との衝突により加速エ
膜厚(nm)
ネルギーを失い、その結果アンテナからのスパッタリングが抑制されたと考えられる。
200
150
100
50
0
-50
マスク有
0
マスク無
200
400
測定位置(μm)
Fig.19 AFM による測定データ
23
600
Fig.20 堆積前後のマスク表面状態
膜厚 d (nm)
200
○:13.3Pa、78W
●:38.7Pa、60W
150
100
50
0
0
20
40
ガス圧Pg(Pa)
Fig.21 膜厚 d とガス圧の関係
24
60
第4章 バイアス印加によるスパッタリングの抑制
プラズマに対してアンテナの電位をプラスにできることを期待し、アンテナ−ステー
ジ間へバイアス電圧を加えた。これにより、アンテナへの Ar イオンの衝突を少なくす
ることで、スパッタリングを抑制できると考え実験を行った。
本実験で用いたアンテナ−ステージ間のバイアス回路を Fig.22 に示す。ガス圧は
13.3Pa、RF パワーは 60W であり、ステージ高さはアンテナ下 8.45mm である。加え
たバイアス電圧は 0V と 147.7V である。バイアス電圧を加えたときの膜厚の変化を
Fig.23 に示す。同じバイアス電圧での膜厚のデータが多くあるのは、一つの Si 基板で
位置を変えて測定を行っためである。バイアス電圧を加えることで、膜厚を減少させる
ことができたが、その理由をプラズマ特性の変化から探った。
バイアス電圧を加えたときのプラズマ特性を Fig.24 に示す。ガス圧は 38.7Pa、RF
パワーは 60W で行った。また、プローブ位置はアンテナ下 5mm に設置してあり、ス
テージ高さはアンテナ下 8.45mm である。バイアス電圧は、0V、50V、72V である。
バイアス電圧が 50V までは各プラズマ特性に大きな変化は現れていないが、50V を超
えると大きく減少していることがわかる。したがって、Fig.23 及び Fig.24 から、バイ
アス電圧を増やしていくことにより電子温度の低下が生じ、シースで加速される Ar イ
オンのエネルギーが減少することで、膜厚が減少したと考えられる。
Fig.22 アンテナ−ステージ間のバイアス回路
25
膜厚 d(nm)
160
140
120
100
80
60
40
20
0
Pg=13.3Pa
0
50
100
150
バイアス電圧(V)
200
Fig.23 バイアス電圧と膜厚の関係
-3
6
2
0
0
0
20
40
60
バイアス電圧(V)
Fig.24 バイアス電圧とプラズマ特性の関係
26
80
17
-3
4
ne(10 m )
r=0mm
●:Te
○:ne
▲:Tene
3
Te(eV),Tene(10 J/m )
12
第5章 結論
内部 RF アンテナ CVD プラズマ装置を用いて、ダイヤモンドを合成するには、アン
テナにおけるスパッタリングの抑制は必要である。本研究では、真空チャンバー内のガ
ス圧及びアンテナ−ステージ間(又はアース間)のバイアス電圧を変化させることでス
パッタリングの抑制を行い、以下の結論が得られた。
①.
基本となるプラズマ特性を測定する手段として、スキャン型ダブルプローブを
開発し、電子温度 Te 及び電子密度 ne の二次元(r,z)測定に成功した。これにより、
プラズマ特性の空間分布に特異点が存在することを明らかにすることができた。
②.
低ガス圧の時、アンテナ真下の温度が凹分布を持つことを初めて観測した。こ
の凹部分の冷却は、アンテナの放射冷却に原因があると考えられる。また、高
ガス圧の時、アンテナでスパッタリングが生じないため電子温度は低ガス圧時
より高く、凹分布は観測されない。
③.
Si 基板上の膜の成長速度は、低ガス圧(13.3Pa)の時 4.93nm/min、高ガス圧
(38.7Pa)の時 0.77nm/min であった。
④.
バイアス電圧を加えることにより電子温度 Te が減少し、スパッタリングが抑え
られた。
以上のようにスパッタリングを解決する手法を考え、実験的に解決することが出来た。
27
参考文献
[1] 瀬高信雄編, ダイヤモンド薄膜技術, 株式会社総合技術センター,1988.
[2] K. Suzuki, Appl. Phys. Lett. 50 (12), 23 March 1987.
[3] Y. Tzeng, Y. K. Liu, Diamond & Related Materials 14, 2005, 261-265.
[4] Yu.A. Mankelevich, N.V. Suetin, M.N.R. Ashfold, W.E. Boxford, A.J. Orr-Ewing, J.A.
Smith, J.B. Wills, Diamond & Related Materials 12, 2003, 383-390.
[5] T. B. Huang, W.Z. Tang, F.X. Lu, J. Gracio, N. Ali, Surface & Coatings Technology
190, 2005, 48-53.
[6] 中垣圭太, ,山梨大学 博士論文, 2007,3.
[7] K. Nakagaki, T. Yamauchi, Y. Kanno, S. Kobayashi, Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 47, 2008,
pp. 797-799.
[8] K. Nakagaki, T. Yamauchi, Y. Kanno, S. Kobayashi, R. Takemoto, J. Appl. Phys. Vol.
47, No.3, 2008, pp. 1745-1747.
[9] 菅井秀郎, プラズマエレクトロニクス, オーム社, 2005.
[10] 青木克明, 鈴木啓之, 山内健資, 東芝レビュー, Vol. 55, No.4, 2000, p. 17-20.
[11] H. Sugai, K. Nakamura and K. Suzuki, Jpn. J. Appl. Phys. Vol.33, 1994,
pp.2189-2193.
[12] T. Shirakawa, H. Toyoda and H. Sugai, Jpn. J. Appl. Phys. Vol.29, No.6, 1990, pp.
L1015-L1018.
[13] Y. Hikosaka, M. Nakamura and H. Sugai, Jpn. J. Appl. Phys. Vol. 33, (1994), pp.
2157-2163.
[14] 堤井信力, プラズマ基礎工学 −増補版−, 内田老鶴圃, 1997.
[15] Michael. A. Lieberman, A. J. Lichtenberg, プラズマ/プロセスの原理, ED リサーチ社,
2001.
[16] プラズマ診断の基礎, プラズマ・核融合学会編, 名古屋大学出版会, 1990.
[17] Richard H. Huddlestone, Stanley L. Leonard, Plasma diagnostic techniques,
Academic press New York London, 1965.
28
謝辞
本研究を行うにあたり、指導教官の加藤初弘准教授には、データ処理や論文の構成に
数多くの助言をいただき大変感謝しています。量子ビーム応用研究部門
光量子ビーム
利用研究ユニット レーザー物質制御研究グループの山内俊彦研究主幹には、夏期実習
期間中(7 月∼9 月)
、実験に参加させていただき、またその成果を修士論文へとするこ
とを認めていただき、大変感謝しています。首都大学東京の管野善則教授には、研究活
動を行う上で大変お世話になり、感謝しています。
実験装置の操作方法に関する指導や助言をくださった東北大学大学院・藪野正裕氏、
産業技術大学院・竹井透氏、及び横浜市立大学・白水美帆氏には、深く感謝いたします。
山梨大学加藤研究室の皆様には、普段の研究生活の中で助けていただき、感謝してい
ます。皆様の助力のおかげで修士論文を書き上げることが出来ました。厚く御礼申し上
げます。
29
付録
その他のプラズマ合成方法
・ダイヤモンド合成に関する歴史
ダイヤモンドは、広い波長範囲の光を透過する光学的特性、優れた熱伝導特性、高い
硬度、化学的な安定性、広い禁制帯など他の物質より優れた物理的性質をいくつか有し
ている。これらの特性を用いることで高温動作電子素子や耐放射線素子、あるいは短波
長発光素子などに応用できると考えられ盛んに研究開発が行われてきた。
このような優れた特性を持つダイヤモンドの研究は 17 世紀ごろにニュートンやボイ
ルらによって行われている。しかし、本格的なダイヤモンド合成に関する研究は 1940
年代初頭、高圧物理学の開祖ともいえる Bridgman と GE 社、更に 2 つの会社の共同
でのダイヤモンド合成研究から始まった。しかし、この研究は第二次世界大戦のため中
止となった。その後、1951 年に GE 社は単独でダイヤモンド合成プロジェクトを出発
させた。この時のプロジェクトは天然ダイヤモンドと同じ環境状態を人工的に作り出し
ダイヤモンドを直接あるいは間接的に合成する方法である高温・高圧法と、低圧下で炭
素を含んだ気体原料からダイヤモンドを合成する方法の 2 つを中心に行われた。そして、
1955 年 3 月 GE 社の研究グループは高温・高圧法によりダイヤモンドの合成に成功し
たと発表した。一方、低圧下での合成は、炭素繊維を真空中で加熱し、蒸発した炭素原
子をダイヤモンド下地表面に析出させるという方法であった。この方法では、微量の種
ダイヤモンドの重量増加を確認したが、本当に成功したかの確証までは得られなかった。
そして、同時に成長する黒鉛にも問題が残った。そのため、この実験は 3 年で放棄され
ることとなった。GE 社が低圧ダイヤモンド合成に関する研究を放棄したころの 1950
年代後半には Derjaguin と Eversole らも低圧領域下でのダイヤモンド合成を始めてい
た。これらは閉管法及び開管法という非常に簡単な化学輸送法で行われている。しかし、
これらの方法においてもダイヤモンドと同時に黒鉛も成長を始め、下地として用いた天
然ダイヤモンドの表面が黒鉛で覆われ始めると、ダイヤモンドの成長が止まってしまう
という問題を抱えていた。そこで、反応中に定期的に水素を供給して炭素を除去する過
程を加えるなどの工夫をしなければならなかった。しかし、ダイヤモンド下地にしか成
長できないという問題は残ったままであった。
この頃行われた Derjaguin らのキセノン
ランプを用いたパルス加熱方式で作製したものが構造的にダイヤモンドであることを
明らかにした研究発表や Aisenberg らのイオンビーム蒸着法によるダイヤモンド状炭
素の形成によりダイヤモンドの低圧気相合成研究が注目を集め始めた。
1970 年になると、炭素系薄膜の低圧合成に新しい展開が見られた。1971 年には黒鉛
を原料として炭素の正イオンビームを発生させ、40∼100eV に加速して、下地表面に
薄膜を形成させるイオンビーム法が考案された。イオンビーム法で作成された炭素薄膜
は、透明で、非常に電気抵抗が高く、更に非常に硬いといったダイヤモンドに近い性質
をもっていた。そのため、 ダイヤモンド状炭素膜
30
と呼ばれた。この膜は非晶質の炭
素膜中に数種類の結晶も含まれていることが見出された。その中にはダイヤモンドの微
結晶も含まれていた。この発見をきっかけとして、非晶質炭素薄膜の硬質保護膜及び絶
縁膜への利用という研究が盛んに行われた。
1982 年になると、
科学技術庁の無機材質研究所は熱フィラメント CVD 法を開発し、
ダイヤモンドの新しい評価法も取り入れた。これによりダイヤモンドが低圧下でも合成
されることを明確にした。これ以後、ダイヤモンドの低圧合成研究の主な舞台は日本へ
と移ることになる。
最近のダイヤモンド研究からダイヤモンド以外の下地でも低圧気相合成によりダイ
ヤモンドが成長することは明らかになった。しかし、どの合成方法においても下地の表
面をダイヤモンドの粉末などで傷をつける操作を行わないと結晶核の発生が極端に少
ないことがわかっている。例えば、Si(111)の下地に傷をつけた場合では結晶核発生数
が 108∼109/cm2 であるのに対して、
傷をつけない場合には 104/cm2 と非常に大きな差が
あらわれることが報告されている。これは明らかに成長種の過飽和度が低いことが原因
となっている。そこで過飽和度が低い原因となっている成長種の絶対量を増やすことと
下地の温度を上げるために、空間的に十分なエネルギー密度を与えた実験を行ったとこ
ろ下地表面を傷つけなくても同等な結晶核発生数を得ることが出来た。また、この様な
系においては成長速度も速くなることがわかってきた。
低圧気相合成の特徴は、1 次元的、2 次元的、あるいは 3 次元的形態を合成可能であ
ること、高圧合成と比べて装置が安価であり、特別な技術を必要としないことなどがあ
る。これら低圧気相合成法には、大きく分けて 2 つの流れがある。1 つは、Aisenberg
らの流れに沿ったイオンビーム、スパッタリング蒸着法であり、
もう 1 つは、Derjaguin、
Eversole らの流れを汲んだ CVD 法である。イオンビーム、スパッタリング蒸着法は、
荷電粒子を利用した方法である。そのため、常温に近い温度で、平滑な薄膜を形成でき
る特徴を持っている。前者に対して CVD 法は、基板を 600℃以上に加熱しなければな
らない欠点がある。
低圧気相合成法の中で特に CVD 法がダイヤモンド合成に用いられてきたのは、CVD
技術の応用が多岐にわたっているからである。例えば、基板表面に他の特質をコーティ
ングする以外に、粒子表面のコーティング、高純度粉末の合成、ウィスカーの育成など
がある[1]。
・ 高温高圧法
高温高圧法とは、天然ダイヤモンドの結晶が形成される地球の奥深くの高温・高圧環
境(1200−2400 ℃、5.5GPa−10GPa)を人工的に作り出し、ダイヤモンドを生成さ
せる方法である。この法では、ダイヤモンド合成時に鉄、ニッケルなどの金属を触媒と
して用いたり、窒素などの不純物が混入したりするため、黄、緑、黒色などの結晶とし
て生成される。従って、宝飾用途には用いられず、主に工業用として利用されている。
31
・ 熱フィラメント CVD 法
熱フィラメント法とは、石英管中にシリコン等の基板を置き、メタン−水素の混合ガ
スを 10∼100Torr の減圧下で流し、外部から電気炉で 700∼1000℃に加熱する。これ
に加えて基板上方にタングステンフィラメントを設置し、これを 2000℃程度に加熱す
る。この加熱されたタングステンフィラメントによりメタンから炭化水素ラジカルや原
始状水素などを含む生成物が作り出され、基板上にダイヤモンドが析出、成長する。こ
の方法により 1μm/h の速さで基板上に粒状または微結晶からなるダイヤモンドを析出
させることができる[1]。
・ EACVD 法
2 つ目の EACVD(Electron Assisted Chemical Vapor Deposition:電子衝撃 CVD)
法は、薄膜作製時に電子線を照射することで成長効率を向上させる合成方法である。電
子線を照射することの利点は 2 つある。1 つは空間への影響である。これは反応気体分
子と電子との相互作用によりプラズマ状態を作り出すことができる。これによってイオ
ンやラジカルといった活性粒子を生成することができ、そして電子線を照射し続けるこ
とでプラズマ状態の維持を容易になる。もう 1 つは下地表面への作用である。下地表面
に電子線を照射しながら薄膜を作製させると、成長初期の結晶核発生数が向上すること
が知られている[1]。
・ CVD プラズマ法
最後に、CVD プラズマ法は、プラズマを生成する方法でいくつかに分かれている。
その中でも代表的な方法として、マイクロ波でプラズマを生成する方法がある。
プラズマにはアーク放電を利用したプラズマとグロー放電を利用したプラズマとに
分かれている。グロー放電プラズマの電子は、イオンや中性粒子などと比べて非常に大
きな運動エネルギーを持っており、温度に換算すると数万度にも達する。しかし、実際
のガス温度は低い。
このプラズマが化学反応に及ぼす効果は、2 つある。1 つは化学反応を促進する効果
があること。もう 1 つは熱力学的には低温で不可能な反応を促進する効果があることで
ある。これら 2 つの効果はともに高エネルギーの電子が中性分子種と非弾性衝突するこ
とによって生じる反応によって起こる。これらの効果を利用した合成方法が CVD プラ
ズマ法である[1]。
32
添付資料
Japanese Journal of Applied Physics Vol.47, No.3, 2008, pp. 1745-1747