視認性評価法における閾値と見えやすさの関係 The Relationship between Psychological Scale and Threshold of Visibility in Image-based Visibility Evaluation Method 中村研究室 06M30040 岩本 朋子 (IWAMOTO, Tomoko) Keywords:視認性,輝度分布,コントラスト感度特性,ウェーブレット変換,高齢者 Visibility, luminance distribution, Contrast Sensitivity Function, Wavelet transformation, elderly 1.序 2.視認性評価法とは 視野内の領域における対象のエッジ(輪郭線)を表現することで,領 2.1.視認性評価法の考え方 域の見え方を定量的に評価する方法として視認性評価法が提案されて 視覚系の多重チャンネルモデルとウェーブレット変換 視認性 いる1).この方法は,輝度画像から局所的な輝度変化特性を抽出し,輝 を評価するためには輝度画像を空間周波数成分に分解する必要 度変化に対する我々の視覚特性を反映させることで見え方を表現する. がある.人間の視覚特性には,多重チャンネルモデルという機 図 1 は階段の輝度画像とその視認性評価画像である. 構があり,視覚系はかなり狭い範囲の空間周波数しか通さない バンドパスフィルタに相当するものが複数存在し,入力刺激に 対して並列的な処理を行っているという研究がある.視認性評 価法では,このモデルの考えに従って輝度画像を周波数成分に 分解しており,局所的な輝度変化の抽出を目的としていること から,離散ウェーブレット変換を解析方法として選択している. 輝度画像 視認性評価画像 図 1 輝度画像とその視認性評価画像 マザーウェーブレットには分解・合成ともに対称性の高い直行 ウェーブレット’Symlet6’を使用する. 作成された画像のエッジの強度は,視認可能な限界の輝度変化である コントラスト感度特性 視覚系の細部識別能力を示すのにコン 閾値に対する倍率(以下 閾値倍率)として表現されており,この倍率 トラスト感度特性が用いられるが,視認性評価法ではこの特性 が高いほど視認性も高くなると考えられる.しかし,表された閾値倍率 を解析に用いている.コントラスト感度特性とは,サインカー に対して我々がどの程度の「見えやすさ」として心理評価をするのか, ブに従って明暗が変化する縞を用いて,縞のコントラストと単 その対応関係は明らかにされていない.そこで本研究では,閾値倍率と 位幅あたりの縞の本数,すなわち空間周波数を変えてその識別 心理量の対応関係を求めることで,見えやすさを定量的に表現できる方 特性を調べたものである.図 2 にコントラスト感度特性の測定 法を構築することを第一の目的とする. 例を示す.横軸が空間周波数,縦軸がコントラスト感度である. 一方,視認性評価画像は入力する視覚特性のデータに依存するので, Contrast sensitivity 視力や年齢による違いが確認できる.しかし,入力する視覚特性は測定 が複雑なことから,従来の方法では使用できるデータが限られていた. 引用論文:Van Ness, F.L. and たとえば図 2 の様な階段の視認性を考えた場合,視機能の低下した高齢 Bouman , M.A. :Spatial modulation 者の見え方が表現できれば,その応用価値はますます高くなる.そこで transfer in the human eye, Journal 本研究では,若年者に加えて同じ条件下で高齢者の視覚特性データを取 得し,画像を作成する.そして,加齢に伴う視力の低下によって変化す る見え方の違いを明らかにすることを第二の目的とする. of the Optical Society of America, Spatial frequency [cycle/degree] 図 2 コントラスト感度特性 A1, pp443-450(1967) 人が知覚する輝度差を表現するためには,空間周波数ごとに異なる重み トの値にεを乗じて小さくし,被験者が不正解したらεで除し 付けをする必要があるとの考えから,空間周波数ごとに閾値となる輝度 て大きくした.被験者の回答が,正解から不正解,不正解から 差を求め,それらに応じた重み付けをする必要がある.この重み付けに 正解に転じた点を転換点とした.最初の転換点まではεの値は 使用する係数をコントラスト感度特性から取得する.従来の視認性評価 0.5 とし,それ以降は 0.9 とする.5 回目の転換点で測定を終了 法で用いていたコントラスト感度特性は図 2 の Van Ness らの測定結果 する.図 5 に測定の流れを示した.ガボールパッチの縞の角度 であるが,本研究ではより広い周波数領域に対応するため低周波数領域 は,ランダムに表示した.被験者にはガボールパッチの縞の角 まで範囲を広げ,更に高齢者の視覚特性データを測定する. 度がどの方向に見えたかを口頭で回答させ,わからない場合は, 2.2.視認性評価画像の作成方法 「わからない」と回答してもらう.提示時間は 1[sec]とした. 輝度画像から視認性評価画像への変換の流れを図 3 に示す.輝度画像 更にこれを,環境の平均輝度の設定を変えて行う.測定結果と をウェーブレット分解することで得られる空間周波数ごとの成分を一 して,コントラストの値,ガボールパッチの実際の方向,被験 次微分し,視覚特性に応じた重み付けをして足し合わせることで視認性 者の回答を記録した. 評価画像が出力される.重み付けに必要となる係数を算出するために, 第一実験としてコントラスト感度を測定する実験を行い,その特性を調 べる.作成した視認性評価画像は閾値倍率で表されるが,これを心理量 として表現するために,第二実験では様々な輝度変化に対する心理評価 実験を行う.その後,閾値倍率と心理量との対応関係を求め,閾値倍率 による見えやすさ算出式を得る. 3.第一実験:コントラスト感度測定実験 3.1.実験条件 被験者 被験者は,健常な視覚特性を持つ若年者(20 歳代),および高 齢者(65 歳以上),それぞれ 10 名ずつの合計 20 名とし,若年者・高齢 者ともに男女各 5 名ずつとする. 実験空間及び実験装置 外光を遮断した実験室に提示刺激画像表示 用ディスプレイを設置し,画像表示用 PC と接続した.ディスプレイか ら視距離が 200[cm]になる位置に被験者用の椅子を設置した.図 4 に実 図 3 本研究における視認性評価画像作成方法 験空間を示す.刺激表示には,高解像度の医療用ディスプレイを使用す る.画角は縦 9.7×横 12.1[deg]である.提示刺激画像の平均輝度を, 0.045 [cd/㎡](薄明視),0.45 [cd/㎡](薄明視),4.5[cd/㎡](明所 視),45[cd/㎡] (明所視),225[cd/㎡] (明所視)の 5 種類設定し, 平均輝度 225[cd/㎡]以外の場合には,減光用ゴーグルを被験者に装着 してもらった.暗順応よりも明順応の方が必要な時間が短いため,測定 は輝度が低い方の設定から順に行う. 提示刺激画像 図 4 実験空間 表 1 ガボールパッチのパターン 空間周波数と縞の向きが変化するガボールパッチを 提示刺激とする.ガボールパッチは正弦波格子に 2 次元ガウス関数をか けたもので,無限に続く正弦波格子の一部を滑らかに切り出したもので ある.刺激は 1024 階調で作成した.表 1 に詳細を示す. 3.2.実験手順 測定は,空間周波数の小さいほうから順番に測定を行う.空間周波数 毎に,コントラストが 100[%]からガボールパッチの提示を始める.コ ントラストの値 100[%]で被験者が不正解(わからなかった場合を含む) を回答した場合には,測定を終了する.被験者が正解したらコントラス ※刺激数 =(8 種類:空間周波数)×(4 種類:縞の提示角度)×コントラスト であり,コントラストは被験者の回答によって変化させるので,個人差がある. 3.3.結果 測定で求めた 5 つの転換点のうち,最初の転換点を除く4点の平均を とってコントラスト感度とし,若年者・高齢者それぞれ平均輝度毎に, 8 種類設定した空間周波数において求めた.その後,各空間周波数にお けるコントラスト感度の平均値に対し,多項式近似を用いてフィッティ ※○から×,×から○に評価が転じた点(線が折れる箇所)を転換点とする. 図 5 コントラスト感度測定の流れ ングを行い,より残差が少なく滑らかな曲線を採用した.図 6 に若年 者・高齢者それぞれの各平均輝度におけるコントラスト感度曲線を示す. 3.4.考察 若年者・高齢者ともに高周波数領域において,平均輝度が高くなるほ どコントラスト感度が高くなっており,最大感度も高周波数方向にシフ 若年者 コ ン ト ラ ス ト 感 度 トしている.一方低周波数領域の明所視条件下(平均輝度 4.5, 45, 空間周波数 [cycle/degree] 225[cd/㎡])において,感度に差は殆ど見られなかった.若年者と高齢 者とを比較すると,高齢者は若年者に比べて最大感度が低周波数方向へ シフトしており,また高周波数領域において感度が低く,細かい変化に 対する視認性が低いことがわかる.従来指摘されていた加齢に伴う周波 数領域の感度低下が確認できた. 高齢者 コ ン ト ラ ス ト 感 度 4.第二実験:エッジの見えやすさ評価実験 4.1.実験条件 空間周波数 [cycle/degree] 被験者および実験空間 評価尺度 第一実験と同様. 図 6 実験より得られたコントラスト感度曲線 エッジがどの程度認識できるかを図 7 に示す 5 段階の見え やすさ尺度として定義し,回答させた. 提示刺激画像 提示刺激画像は視対象と背景の組み合わせで作成す る.視対象は輪郭の形,背景輝度に対する輝度倍率,輪郭のぼかし効果 のパターンを複数設定した.背景画像は輝度分布が均一な画像と不均一 な画像の 2 パターンとし,刺激は 256 階調で作成した.尚,評価箇所を 図 7 見えやすさ尺度 指し示すために視対象内部に直角三角形の矢印を配置した.提示刺激画 表 2 第二実験提示刺激画像詳細 図 8 第二実験提示刺激画像例 像の例を図 8 に,詳細を表 2 に示す. 4.2.実験手順 ディスプレイに視対象と背景を組み合わせた提示刺激画像をランダ ムに表示し,一種類の平均輝度につき 78 枚の刺激を被験者に提示した. 提示された刺激について,評価箇所の見えやすさを被験者に評価させ, 回答を記録した.提示時間は 3[sec]とした.評価箇所は, 「視対象内部 の矢印の延長線と,視対象のエッジが交差する箇所」と定義し,被験者 には可能な限り小さな範囲を対象として評価をさせた. 4.3.結果 得られた回答から,若年者・高齢者それぞれについて 10 名の被験者 評価の中央値を求め,「見えやすさ評価」とした.画像パターン数(78) ×平均輝度(5) ×被験者(若年者・高齢者の 2 パターン) = 780 のデー L = L0 + A sin(2πfx)hθ L:輝度 L0:平均輝度 A:平均輝度/コントラスト感度 輝 度 位置 [pixel] f:空間周波数 x:位置 h:横方向の全ピクセル数 θ:視角 タが得られた.5 章では,上記 780 パターンの「見えやすさ評価」に対 応する視認性評価画像(閾値倍率による)を作成する. 図 9 第一実験提示刺激の 1 次元輝度データ 5.見えやすさを定量化した視認性評価法の構築 5.1.重み付け係数の算出 5.4.視認性評価法の応用 図 12 は見えやすさを定量化した視認性評価画像である. 5 3.3.で得られたコントラスト感度曲線から空間周波数と対応するコ 段階尺度の「見える」から「非常によく見える」までの範囲を ントラスト感度のデータを読み取り,図 9 と同様の一次元の輝度データ 表示した.同じ光環境の段差に対して高齢者は若年者ほどの見 を作成する.視認性評価法では刺激に対する知覚を輝度対比で考えるた えやすさが得られていないことがわかる.例えば画像に示す一 め,作成した輝度データは対数に変換し,11 段階にウェーブレット分 番手前の段差のエッジは,若年者は 3.3~3.4 の評価で推移して 解をする.各分解成分を一次微分したデータの変化の最大となる点の値 いるのに対し,高齢者は 2.2~2.3 のとなり,見えやすさ尺度に を分解レベル・空間周波数ごとに求めた.得られた値を独立変数,変化 しておよそ 1 段階程度評価が下がった.今回用いた階段の画像 に対する視認性(閾値なので 1 と定義する)を従属変数として重回帰分 は比較的明るい場所での撮影であったが,住宅階段の夜間使用 析を行い,重み付け係数を算出した.図 10 に結果を示す.非常に相関 や緊急時の暗闇での移動等,ユニバーサルデザインを含めた光 が強く,信頼性が高いといえる. 環境設計の様々な場面に利用が可能である. 5.2.視認性評価画像の作成 6.結 第二実験で扱った提示刺激画像を輝度分布画像に変換し,解像度 閾値倍率による見えやすさへの算出式を得たことで,見えや 0.0125[degree/pixel]にリサイズをした(縦 776×横 970[pixel]).そ すさの定量的評価が可能となった.また,若年者と高齢者につ の後,2 章で述べた解析方法に従って視認性評価画像を作成した. いて統一した算出式を得たことで,幅広い年齢層における見え 5.3.閾値と見えやすさの関係 やすさ評価が可能となった.つまり,視認性評価法は輝度変化 閾値倍率で表された視認性評価画像を作成したのち,中心の 10× に対する視認性を定量的に表現する方法として非常に有効であ 10[pixel]の中の最大値を「エッジの見えやすさ評価実験」における評 る.今後は色知覚やグレアが視認性に及ぼす影響,白内障患者 価箇所の閾値倍率値として取り出した.その後,取り出した閾値倍率値 やロービジョン者の視覚特性等に対する応用が考えられる. を x 軸,4 章で得られた「見えやすさ評価」を y 軸にとり,両者の関係 をプロットしたところ,閾値倍率と見えやすさの間には相関があること が予測できた.この時,閾値倍率と見えやすさの関係は若年者・高齢者 とも等しいと仮定し,同一グラフ上に両者の照合結果をプロットした. 対数近似をすると相関が高いことから,閾値倍率を対数に変換し,閾値 倍率の対数を x 軸,見えやすさ評価を y 軸にとり,再度グラフを作成し た.照らし合わせの方法と結果を図 11 に示す.その後,見えやすさ評 価を目的変量 Y,閾値倍率の対数を説明変量 X とし,回帰分析を行った. 図 10 分解レベルと重み付け係数 得られた回帰式を以下に示す. Y = 1.4106 * X + 0.5235 (R=0.8141)・・・式(1) Y:見えやすさ X:閾値倍率の対数 グラフからは多少ばらつきが多いようにも感じるが,相関係数 R = 0.8141(R2=0.6628)より,X と Y の間にはかなり強い正の相関があること 図 11 閾値倍率と見えやすさ評価の照合 が確認できた.また,X = 0 (図の点線で示した部分)での Y は 0.524 と なり,「0:全く見えない」と「1:かろうじて見える」の間に閾値があ ることが確認できた.よって信頼性は高いと言えるので式(1)を以って 閾値倍率による見えやすさへの算出式とする.また,若年者・高齢者で 統一した算出式が得られたことから,視覚特性から対応する閾値が得ら れれば,幅広い年齢層に対して,見えやすさを定量化した視認性評価画 像を作成することが可能になる. 輝度画像 若年者 高齢者 図 12 見えやすさを数値化した視認性評価画像 ■参考文献 1)島崎航,中尾理沙,中村芳樹:輝度画像を用いた視認性評価法,照明学 会全国大会講演論文集 pp.178,平成 19 年 8 月 ■謝辞 本研究で扱う高齢者のデータはすべて(株)構造計画研究所が測定し,本研究 ではそのデータを使用させていただきました.ここに深く感謝の意を表します.
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