色の効果を考慮した視認性評価法 Color Effect Incorporated Image

色の効果を考慮した視認性評価法
Color Effect Incorporated Image-based Visibility Evaluation Method
中村研究室
07M30190
(SHIMIZU, Toshiaki)
清水 寿昭
Keywords:輝度, 色度, 視認性, コントラスト感度
luminance, chromaticity, visibility, contrast sensitivity
1. 序論
2. 視認性画像作成モデル
視対象のエッジの見えやすさ、すなわち視認性を定量的に評
本研究では色光の扱い方が重要になるが、人間の視覚の
価する方法として視認性評価法が提案されている。この手法は、 メカニズムに近い、操作が容易であるといった点が有利で
階段の淵がどの程度はっきり見えるかを知りたい場合等に有
あると考え、standard RGB 表色系に基づきモデルを構築
効であり、視認性は輝度画像を変換することで得られる視認性
した。既往研究
2)を参考に構築した視認性画像作成モデル
画像で表現される。この視認性評価法に関する既往研究として、 を図 3 に示す。手順は以下の通りである。
①中尾による研究 1)、②岩本による研究 2)がある。①では視認性
①RGB 画像を R 画像、G 画像、B 画像に分解する
を閾値倍率で表現する方法、②では視認性を感覚尺度で表現す
②各画像を空間周波数(図 4)成分に分解する
る方法、及び若年者と高齢者の視覚特性の違いを反映する方法
③各周波数成分を一次微分し、輝度変化を抽出する
が提案されている(図 1)
。
④各周波数成分に重み付け係数をかける
⑤各周波数成分を合成、R、G、B 視認性画像を得る
⑥R、G、B 視認性画像を合成、視認性画像を得る
このうち④、⑥に関する実験、
検討が本研究の中心となる。
RGB画像
①視認性画 像(閾値倍率)
①分 解
4 非常によ く見える
3.5
R画像
G画像
B画像
Rと同様
Rと同様
3 よ く見える
②空 間周波数 成分に分解
輝度 画像
2.5
2 見える
若年者
高齢者
1 かろ うじで見える
0 ま ったく見えない
②視認性画 像(感覚尺度)
図1 視認性評価法に関する既往研究のまとめ
これらの研究により視認性評価法は信頼性の高いものにな
っているが、色の効果が考慮されていない点が問題点として挙
げられる。例えば同輝度で色相が異なる色が隣り合っている場
合、人間の目にはその境界がエッジとして認識されるが、現状
の視認性評価法ではエッジは評価ができない(図 2)
。本研究は
レベル レベル
1
2
・・・
レベル レベル
1
2
・・・
レベル レベル
1
2
・・・
レベル
n
③一 次微分
レベル
n
コントラスト感度
測定実 験
④重 み付け
レベル
n
⑤合 成
R視認性画像
G視認
B視認
⑥合 成
視認 性画像
この問題を解決し、より忠実に実際の見え方を評価する視認性
評価法を構築することを目的とする。
図3 色の効果を考慮した視認性画像作成モデル
3. コントラスト感度測定実験(実験 1)
装置:刺激を提示する手段として、10bit(1024 階調)モ
3.1. 概要
ノクロディスプレイ(ナナオ
目的:図 3 の④の重み付け係数を算出するために必要な R、
た。被験者とディスプレイの視距離は 2000[mm]とする。
G、B 別のコントラスト感度関数を取得することが目的で
色相が R、G、B の刺激を提示する際には被験者とディス
ある。コントラスト感度とは、輝度変化がサインカーブの
プレイの間にカラーフィルターを設置した。
縞刺激についてどの程度コントラストが小さなものまで視
手順:色相毎、平均輝度毎、空間周波数毎に行う。各空間
認可能かを表す値である。ここで用いるコントラストは、
周波数毎の流れを図 6 に示す。基本的な流れは①刺激を提
コントラスト = a / L0
( a : 振幅[cd/㎡],
L0 : 平均輝度[cd/㎡] )
RadiForce G51)を使用し
示する、②被験者が縞の向きを回答するの繰り返しである。
により算出されるマイケルソンコントラストである。また
回答が正解の場合はコントラストを小さく、不正解の場合
コントラスト感度は、縞を視認できる最小のコントラスト
は大きくしていき、5 回正誤が転換したら測定を終了する。
をコントラスト閾値とすると、
コントラスト感度 = 1 / コントラスト閾値
により算出される。これを空間周波数毎、平均輝度毎に整
理したものをコントラスト感度関数と呼ぶ。
(図 5)
図 6 実験手順
被験者:20~30 代の男女計 12 名。
3.2. 結果
全被験者の 2~5 回目の転換点の平均値によるコントラス
ト感度関数を図 7 に示す。グラフは色相毎になっており、
各グラフの各系列は平均輝度毎のデータである。
1000
1000
平均輝度[cd/㎡]
平均輝度[cd/㎡]
提示刺激:提示刺激にはガボールパッチを用いる。ガボー
ルパッチとは輝度変化がサインカーブの縞刺激に 2 次元ガ
0.045
コ
ン 100
ト
ラ
ス
ト
10
感
度
0.45
4.5
1
ウス関数をかけたものである。提示刺激の変数は①色相②
平均輝度③空間周波数④コントラスト⑤縞の角度である。
1
0.01
0.1
1
10
0.01
0.1
空間周波数[cpd]
1
10
空間周波数[cpd]
R
G
1000
1000
平均輝度[cd/㎡]
提示刺激のパターンを表 1 に示す。
0.045
0.45
4.5
45
コ
ン 100
ト
ラ
ス
ト
感 10
度
0.045
コ
ン 100
ト
ラ
ス
ト
感 10
度
0.45
4.5
1
平均輝度[cd/㎡]
0.045
0.45
4.5
45
225
コ
ン 100
ト
ラ
ス
ト
感 10
度
1
0.01
0.1
1
10
空間周波数[cpd]
B
0.01
0.1
1
10
空間周波数[cpd]
無彩色
図 7 実験 1 結果
3.3. 考察
既往研究との比較:図 7 の無彩色のグラフは破線が既往研
究、実線が本研究のデータである。結果に多少の相違はあ
るものの傾向は類似している。相違がある原因としては、
①実験装置が異なる点、②被験者が異なる点が考えられる。
色相毎の比較:一部例外もあるが(主に色相 B)
、平均輝度
が同じであれば色相によらずコントラスト感度関数はほぼ
一定であることが分かる。
4. R,G,B 視認性の合成
4.1.
表2 視認性が1のNのデータをR,G,B成分に分解
R,G,B 視認性合成モデル
図 3 の⑥のプロセスについて検討する。
図 3 のモデルは、
R 視認性(VR)、G 視認性(VG)、B 視認性(VB) が互いに独立
であるという前提に基づいているため、⑥の基本的な考え
方は関数 f (VR, VG, VB)により視認性(V)を算出するとい
平均輝度0.045[cd/㎡]の刺激を分解した場合
空間周波数
0.1 0.2 0.6
1
2
6
10 20
VR 0.85 0.50 0.47 0.39 0.36 0.87
VG 0.48 0.63 0.82 0.88 0.80 1.66
VB 0.78 0.50 0.78 0.63 0.64 0.43
V 2.11 1.63 2.08 1.90 1.79 2.96
平均輝度4.5[cd/㎡]の刺激を分解した場合
空間周波数
0.1 0.2 0.6
1
2
6
10 20
VR 0.84 0.79 0.77 0.62 0.61 0.62 0.62
VG 1.05 0.91 0.92 0.85 0.83 0.73 0.83 0.66
VB 0.65 0.55 0.57 0.42 0.23 0.07
V 2.54 2.25 2.27 1.90 1.67 1.42
平均輝度0.45[cd/㎡]の刺激を分解した場合
空間周波数
0.1 0.2 0.6
1
2
6
10 20
VR 0.66 0.50 0.44 0.38 0.36 0.56 0.65
VG 0.72 0.83 0.81 0.80 0.79 0.79 1.04
VB 0.50 0.39 0.44 0.36 0.26 0.12
V 1.88 1.72 1.69 1.54 1.41 1.48
平均輝度45[cd/㎡]の刺激を分解した場合
空間周波数
0.1 0.2 0.6
1
2
6
10 20
VR 0.91 1.42 1.26 1.08 1.08 0.90 0.88 0.84
VG 0.83 0.89 0.91 0.81 0.74 0.62 0.66 0.64
VB 0.75 0.72 0.61 0.42 0.29 0.12 0.10
V 2.48 3.03 2.77 2.32 2.11 1.64 1.64
うことになる。ここでは「視認性」に図 1 の①の閾値倍率
4.3. 問題点(実験 2)
による尺度を用いており、閾値のとき視認性は 1 になる。
実験によりこのモデルの問題点を検証する。
関数 f の推定にあたり、図 8 のように考えた。
提示刺激:R,G,B のうち 2 色を含む。2 色のうち 1 色はガ
ボールパッチでコントラストは一定、空間周波数は 1[cpd]
(VR, VG, VB) = (0, 0, 0) の場合
+
+
VR
である。もう 1 色は全画面が同輝度で一様、輝度は 2 パタ
=
VG
VB
V
ーン。前者を「定常刺激」
、後者を「変化刺激」とする。
⇒V = 0 なので、関数fは定数項を含まないと推定される
装置:提示刺激の色相が一様でないため、実験 1 とは異な
(VR, VG, VB) = (1, 0, 0) の場合
+
+
VR
=
VG
り 8bit カラーディスプレイ(ナナオ Color Edge CG19)
VB
V
を使用した。実験空間は実験 1 と同一である。
⇒V = 1 なので、「f (VR, VG, VB) = VR^a + VG^b + VB^c (a,b,cは定数)」と推定される
手順:変化刺激の輝度が異なる 2 種類の刺激を提示し、ど
(VR, VG, VB) = (2, 0, 0) の場合
+
+
VR
=
VG
ちらが視認しやすいかを回答してもらう。提示刺激・手順
VB
V
の概要を図 10 に示す。
⇒V = 2 なので、「f (VR, VG, VB) = VR + VG + VB」と推定される
図8 関数 f の推定
変化刺激①(B)
以上により、関数 f は次のように推定された。
+
定常刺激(R)
f (VR, VG, VB) = VR + VG + VB
4.2.
合成モデルの妥当性の検証
実験 1 より、無彩色のサインカーブのコントラスト閾値が
分かる。このサインカーブを R,G,B 成分に分解し、さらに
各成分の視認性を求め、それらをモデル式に当てはめるこ
とで合成モデルの妥当性を検証する。例を図 9 に示す。
N
4.5
0
R
⇒
G
+ 3.2
1.0
B
+
⇒
0.45
0
0.45
0
平均輝度0.45[cd/㎡]
コントラスト5.94[%]
VR = 3 (>1)
提示刺激①
0.9
0
平均輝度0.45[cd/㎡]
VB = 0
変化刺激②(B)
提示刺激②
3.45
3
+
⇒
0
0
ど
ち
ら
の
方
が
視
認
し
や
す
い
か
を
回
答
平均輝度3[cd/㎡]
VB = 0
図10 実験2の提示刺激・手順
被験者:実験 1 の被験者のうち 6 名。
結果・考察:例えば図 10 の場合、各成分の視認性は 2 つ
0.3
平均輝度1.0[cd/㎡]
コントラスト2.7[%]
平均輝度3.2[cd/㎡]
コントラスト2.7[%]
平均輝度4.5[cd/㎡]
コントラスト2.7[%]
視認性(V) = 1
※振幅はデフォルメして表現している
平均輝度0.3[cd/㎡]
コントラスト2.7[%]
の提示刺激で等しく、VR = 3、VG = 0 、VB = 0 である。こ
図9 色相Nのサインカーブの分解例
れを前述の関数 f に当てはめると、
この例の場合、各成分の視認性は VR = 0.62、VG = 0.73 、
V = f (VR, VG, VB) = VR + VG + VB = 3
VB = 0.06 となる。これを前述の関数 f に当てはめると、
となり、これも当然等しくなる。しかしながら、実験では
V = f (VR, VG, VB) = VR + VG + VB = 1.42
変化刺激の輝度が低い刺激の方が視認性が高い結果になっ
となる。このプロセスを全ての N のデータに適用したもの
た。その原因は、R,G,B の各成分の持つ輝度が R,G,B 視認
を表 2 にまとめる。分解前の色相 N のサインカーブのコン
性のすべてに影響を与える(上の例の場合、B 成分の輝度
トラストはコントラスト閾値に等しいため、V が 1 になる
が R 視認性に影響を与える)ためであると考えられる。こ
ことが理想的である。しかし、全てのパターンで V が 1 を
れは即ち R 視認性、G 視認性、B 視認性が互いに独立であ
越えているため、この解析から妥当性は証明されない。
るという図 3 のモデルの前提が否定されたことになる。
5. 視認性画像作成モデルの再構築
0.01
前述の問題点を解決するために、各成分が輝度か色度の
一方しか持たない表色系を用いてモデルを再構築し、その
0.01
コ
0.1
ン
ト
ラ 1
ス
ト 10
0.00001
コ 0.1
ン
ト 1
ラ
ス
ト 10
[%]
0.0001
0.001
振
幅 0.01
0.1
[%]
-0.3-0.2-0.1 0 0.1 0.2 0.3
1
-0.7 -0.6 -0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1 0
平均色度a
妥当性を検討する。
Y ガボールパッチ
+ a 一様
5.1. Yab 表色系に基づいた視認性画像作成モデル
40
50
0.001
0.001
振
幅
0.01
振
幅
0.01
0.1
0.1
を再構築する。
30
0.0001
0.001
振
幅 0.01
20
平均輝度[cd/㎡]
a ガボールパッチ
+ Y 一様
0.0001
0.0001
0.1
1
1
-0.6 -0.5 -0.4 -0.3 -0.2 -0.1
Y
10
Y ガボールパッチ
+ b 一様
0.00001
以下の 3 つの値で定義される Yab 表色系に基づきモデル
0
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
平均色度b
a = log ( X / Y )
b = log ( Y / Z )
0
0.1 0.2 0.3 0.4 0.5 0.6
平均色度b
1
0
10
20
30
40
50
-0.3 -0.2 -0.1
a ガボールパッチ
+ b 一様
b ガボールパッチ
+ Y 一様
図 13 実験 3 結果
色系の 3 刺激値である。新たな視認性画像作成モデルとし
5.3. Y,a,b 視認性の合成モデルの検証(実験 4)
ーディスプレイで出力可能な Yab 色空間を図 11 に示す。
0.1
0.2
0.3
b ガボールパッチ
+ a 一様
Y が輝度、a と b が色度を表し、X,Y,Z はそれぞれ XYZ 表
て図 3 の R,G,B を Y,a,b で置き換えたものを考える。カラ
0
平均色度a
平均輝度[cd/㎡]
Y,a,b 視認性の合成モデルは図 8 と同様の考え方により、
視認性 = Y 視認性 + a 視認性 + b 視認性
となる。実験によりこのモデルの妥当性を検討する。
提示刺激は Y,a,b の 3 つの成分のうち 2 つの成分を含み、
その両方がガボールパッチのものとする。実験 1 と同様の
手順によりコントラスト閾値を取得し、その刺激を Y,a,b
成分に分解する。そして各成分の視認性を算出し、上の式
に代入する。図 14 にこの視認性の値を示す。
2.5
2
視
認
性
11
1.5
1
0.5
5.2. Y,a,b 視認性の独立性の検証(実験 3)
0
実験により Y,a,b 視認性の独立性を検証する。提示刺激
Y+a
Y+b
a+b
図 14 実験 3 結果
は Y,a,b のうち 2 つの成分を含み、1 つの成分がガボール
提示刺激の視認性は閾値であるため、視認性が1になるこ
パッチ、もう 1 つの成分が全画面が一様なものとする。前
とが理想的であるが、1 を中心に概ね 0.5~1.5 の間に分布
者を「変化刺激」
、後者を「定常刺激」とし、変化刺激は実
しており、このモデルの妥当性が高いことが示唆された。
験 1 と同様の手順でコントラストが変化する。装置、被験
者は実験 3 と同一である。本実験の概要を図 12 に示す。
a成分
Y成分
+
⇒
0
-0.1
←
輝
度
5
提示刺激①
0
平均色度 a = -0.1
5
0
平均輝度5[cd/㎡]
+
0.1
0
平均色度 a = 0.1
⇒
←
輝
度
5
0
提示刺激②
視
認
性
が
同
じ
で
あ
る
こ
と
を
確
認
※Yとa同様に、Yとb 、aとbの独立性についても確認する
図12 実験3のイメージ
6. 結論
残念ながら本研究の目的を完全に達成することは出来なか
ったが、以下に挙げるような有益な知見を得られた。
①色相が一定であれば視認性に対する色の効果はなく、輝
度により視認性を説明することが可能である。
②各成分の視認性が独立である場合、視認性は各成分の視
認性の和となる。
③色の効果を考慮した視認性画像作成モデルは、輝度と色
度が分離されている必要がある。
実験結果を図 13 に示す。各グラフのコントラスト閾値ま
参考文献
たは振幅閾値は平均輝度、平均色度によらずほぼ一定にな
っており、Y,a,b 視認性は互いに独立であると考えられる。
1) 島崎航, 中尾理沙, 大谷文彦, 中村芳樹:輪郭抽出を用いた博物館における映り込みの定量評価法
その 1 輝度画像を用いた視認性評価法, 日本建築学会学術講演梗概集.D-1,pp501-502,2007
2) 土屋麻衣, 島崎航, 岩本朋子, 中村芳樹:視認性評価法における閾値倍率と見やすさ評価の関係,
日本建築学会学術講演梗概集.D-1,pp491-492,2008