軽貨物車前面のエネルギ吸収特性

JARI Research Journal 20140301
【技術資料】
軽貨物車前面のエネルギ吸収特性
Frontal Crash Energy Absorption Characteristics of Light Freight Car
鮏川
佳弘*1
Yoshihiro SUKEGAWA
福山
慶介*2
面田
Keisuke FUKUYAMA
1. はじめに
交通事故の鑑定における衝突速度算出の一手法
として,車体の永久変形量から固定壁換算速度
(Equivalent Barrier Speed:以下「バリア換算
速度」と呼ぶ)を求め,この速度と車両停止位置
やタイヤ痕跡などから,衝突速度を算出する手法
がある1).前面衝突時のバリア換算速度は,広く
交通事故鑑定にも用いられており,剛体の固定壁
へのフルラップ前面衝突試験(平面バリア衝突試
験)から求めた車体エネルギ吸収分布図(永久変
形量と車体のエネルギ吸収特性の関係)を使って
求めることができる.既に,ボンネット型車やキ
ャブオーバ型車,ピックアップ型車など,いくつ
か車種について車体エネルギ吸収分布図が報告さ
れている2)~4).しかし,軽貨物車(軽セミキャブ
オーバー型車)については,日本特有の車種であ
るため平面バリア衝突試験データが少ないほか,
車体フレーム(以下,フレーム)の強度が高いこと
から,車体前端のエネルギ吸収分布図しか作成さ
れていない状況にある4).また,軽貨物車の多く
はフレーム構造であるため,オフロード車や小型
トラックへの追突事故などの場合は,フレームが
追突車両の構造物に直接衝突したか否かによって,
フレームの変形が軽微であってもキャビン(セミ
キャブ)が大きく変形する場合があり,軽貨物車
の変形量(つぶれ量)が大きく異なることが予想
される.
このため,本報告では,軽貨物車の高速平面バ
リア衝突試験,ならびに突起バリア衝突試験(軽
貨物車のフレームが直接接触しない形態)を行う
ことで,軽貨物車前部の変形に関する基礎データ
を調査した.さらに,これらの結果をもとに,セ
ミキャブオーバー型軽貨物車前部のエネルギ吸収
分布図を作成した.
*1 一般財団法人日本自動車研究所 安全研究部
*2 一般財団法人日本自動車研究所 安全研究部 博士(工学)
*3 警察庁科学警察研究所
JARI Research Journal
雄一*1
涼* 3
大賀
Yuichi OMODA
Ryo OGA
2. 試験方法
軽貨物車前部の変形に関する基礎データを調査
するため,図1に示す試験方法,ならびに表1に示
す試験条件で合計4ケースの衝突試験を行った.
なお,試験を行った車両の重心付近には加速度計
を取り付けており,衝突時の車体減速度を計測し
ている.
文献4)では,自動車アセスメント試験(55km/h
での平面バリア衝突の結果)を用いた8車種の車
体エネルギ吸収分布図が報告されており,軽貨物
車についても0.3mまでの車体エネルギ吸収分布
が作成されている.本試験では,さらに大きな変
形までの特性把握を目指して,衝突速度95km/h
での平面バリア衝突試験を行った.
(a) 平面バリア衝突
平面バリア
(幅2500mm)
95km/h
固定壁
(b) 突起バリア衝突
突起バリア
(幅2500×高さ800mm)
目標衝突速度
固定壁
550mm
図1 試験方法
表1 試験条件
試
験
車
両
試験No.
F1
試験形態
平面バリア衝突
P2
P3
P4
突起バリア衝突(突起下端:550mm)
車種
軽1BOX
軽トラック
軽トラック
車両重量(車検証)
910kg
690kg
690kg
910kg
試験時の質量(実測)
816kg
674kg
674kg
1130kg
後席に2体
軽1BOX
搭載ダミー
なし
なし
なし
フレーム上端高さ(実測)
未計測
480mm
470mm
365mm
95km/h
40km/h
55km/h
55km/h
- 1 -
目標衝突速度
(2014.3)
3. 車体の荷重-変位特性
図2に,平面バリア衝突試験No.F1の荷重-変位
特性を示す.なお,荷重-変位特性は平面バリア
面の荷重計から計測した荷重とビデオ解析から得
られた車体の動的変位(左右平均)から算出したも
のである.
荷重-変位特性は,最大荷重が800kNに達して
おり,動的変位の最大が0.73mであった.また,
試験後に車体変形量を計測したところ,永久変形
量は0.67mであった.このため,永久変形量と動
的最大変位の比(以下,永/動変形比と呼ぶ)は,
0.92であった.
約0.6mの永久変形量に対し,P4では約0.8mの永
久変形量であった.
また,試験No.P2,P3,P4それぞれの永/動変
形比は,0.76,0.86,0.91であった.これらの結
果から,動的最大変位が大きくなるにつれて,永
/動変形比が大きくなる傾向にあることがわかっ
た.
400
永/動変形比=0.29/0.38=0.76
P2
350
動的最大変位:0.38
300
荷重 [kN]
一方,突起バリア衝突試験については,突起バ
リアの下端高さを550mとして,衝突速度,車種,
試験時の質量などを変えて,合計3ケース行った.
なお,突起バリアの下端高さ(550m)は,大型
トラックの後部突入防止装置(リアバンパー)の
下端地上高と同じ高さの設定になる.
250
永久変形量:0.29
(寸法計測結果)
200
150
100
50
0
0.2
0
0.6
0.8
図3 試験No.P2(突起バリア衝突)の荷重-変位特性
400
1000
永/動変形比=0.59/0.68=0.86
P3
永/動変形比=0.67/0.73=0.92
F1
0.4
動的変位 [m]
350
動的最大変位:0.73
300
永久変形量:0.67
(寸法計測結果)
600
荷重 [kN]
荷重 [kN]
800
400
動的最大変位:0.68
永久変形量:0.59
(寸法計測結果)
250
200
150
100
200
50
0
0
0
0.2
0.4
動的変位 [m]
0.6
0.8
0
図2 試験No.F1(平面バリア衝突)の荷重-変位特性
0.4
動的変位 [m]
0.6
0.8
図4 試験No.P3(突起バリア衝突)の荷重-変位特性
400
永/動変形比=0.77/0.84=0.91
P4
350
動的最大変位:0.84
300
荷重 [kN]
同様に,突起バリア衝突試験のそれぞれについ
ても,荷重-変位特性ならびに永/動変形比を求
めた.
図3,4,5に試験No.P2,P3,P4の結果を示す.な
お,ここでは,突起バリア面の荷重を計測しなか
ったことから,車体重心付近のとりつけた加速度
計の計測結果(前後方向)に試験時の質量を乗じ
ることにより荷重を求めている.変位についても
前後方向加速度を2回の時間積分するより算出し
ている.
試験No.P3とP4は,同速度で試験を行っている
が,試験時の質量などが異なることから,P3では
JARI Research Journal
0.2
- 2 -
永久変形量:0.77
(寸法計測結果)
250
200
150
100
50
0
0
0.2
0.4
0.6
動的変位 [m]
0.8
図5 試験No.P4(突起バリア衝突)の荷重-変位特性
(2014.3)
吸収エネルギ [kJ]
300
JNCAP:A車
JNCAP:B車
JNCAP:C車
F1(速度:95km/h)
200
これは,軽トラックと軽1BOXとでは、車両重
量が大きく異なることの影響と推察されるので,
吸収エネルギを車両重量1.0tonに正規化して算出
した.図8に車両重量で正規化した吸収エネルギ
と永久変形量の関係を示す.
吸収エネルギを車両重量で正規化することで,
軽トラックと軽1BOXの吸収エネルギと永久変
形量の関係は,ほぼ同一線上となった.
200
正規化した吸収エネルギ [kJ/ton]
4. エネルギ吸収特性
図6に文献4)の試験データ3ケース(軽1BOX
の平面バリア55 km/h衝突試験)と,平面バリア
衝突試験No.F1の吸収エネルギと永久変形量の関
係比較を示す.なお,試験No.F1の永久変形量に
ついては,文献4)と同様に,動的変位にF1の永/
動変形比(0.92)を乗じることにより算出した.
いずれも軽1BOXの試験結果ではあるが,吸収
エネルギと永久変形量の関係は,車種に関わらず
ほぼ同一線上にあった.
100
P2(衝突速度:40km/h)
P4(衝突速度:55km/h)
100
50
0
0.0
0.2
0.4
永久変形量 [m]
0.6
0.8
図8 車両重量で正規化した吸収エネルギと
0
0.0
0.2
0.4
永久変形量 [m]
0.6
永久変形量の関係(突起バリア衝突)
0.8
図6 平面バリア試験の吸収エネルギと永久変形量の関係
図7に,突起バリア衝突試験での吸収エネルギ
と永久変形量の関係を示す.
なお,
永久変形量は,
平面バリア衝突と同様に,動的変位に永/動変形
比を乗じて算出した.
試験No.P2, P3は軽トラック,試験No.P4は軽1
BOXの結果であるが,永久変形量が0.3m付近から
少し異なる傾向が見られた.
以上のことから,軽トラックと軽1BOXの突起
バリア衝突における吸収エネルギと永久変形量の
関係は,吸収エネルギを正規化することにより,
同一のエネルギ吸収特性で比較,予測できること
がわかった.
同様に,平面バリア衝突の吸収エネルギを車両
重量で正規化し,突起バリア衝突の結果と比較し
た.この結果を図9に示す.
350
150
P2(衝突速度:40km/h)
P3(衝突速度:55km/h)
P4(衝突速度:55km/h)
正規化した吸収エネルギ [kJ/ton]
吸収エネルギ [kJ]
P3(衝突速度:55km/h)
150
100
50
0
0.0
0.2
0.4
永久変形量 [m]
0.6
0.8
図7 突起バリア試験の吸収エネルギと永久変形量の関係
平面バリア衝突
突起バリア衝突
300
250
200
150
100
50
0
0.0
0.2
0.4
永久変形量 [m]
0.6
0.8
図9 車両重量で正規化した吸収エネルギと永久変形量
の関係(平面バリア衝突と突起バリア衝突)
JARI Research Journal
- 3 -
(2014.3)
平面バリア衝突と突起バリア衝突の吸収エネル
ギは異なり,バリア別に吸収エネルギ特性を分析
する必要がある.バリア別に見ると,車両重量で
正規化することにより,軽トラックと軽1BOXが
同一の吸収エネルギ特性で比較,予測できると考
えられる.
5. エネルギ吸収分布図の作成
上述の結果をもとに作成した軽貨物車(軽トラ
ック,軽1BOX)の平面バリア衝突と突起バリア
衝突におけるエネルギ吸収分布図を図10,11に示
す.
エネルギ吸収分布図に作成にあたっては,図9
から永久変形量0.1m毎に吸収エネルギを算出し,
これを車幅方向に8等分することで,分布図の数
値を算出した.それぞれ、永久変形量0.7mまでの
エネルギ吸収分布図を求めた.
単位 kJ/ton
0
永
0.2
久
変 0.3
形 0.4
量
0.5
[m]
0.6
0.7
11.8 11.8 11.8 11.8 11.8 11.8 11.8 11.8
6.4
6.4
6.4
6.4
6.4
6.4
6.4
6.4
5.9
5.9
5.9
5.9
5.9
5.9
5.9
5.9
5.3
5.3
5.3
5.3
5.3
5.3
5.3
5.3
4.7
4.7
4.7
4.7
4.7
4.7
4.7
4.7
4.1
4.1
4.1
4.1 4.1
車両全幅
4.1
4.1
4.1
図10 平面バリア衝突におけるエネルギ吸収分布図
単位 kJ/ton
0
永
久 0.2
変 0.3
形
量 0.4
[m] 0.5
0.6
0.7
衝突よりも,より高い吸収エネルギ量(つまり,
より高い衝突速度での衝突事故)を意味する.
以下に,これらのエネルギ吸収分布図を用いた
前面衝突事故における軽貨物車のエネルギ吸収量
の求め方を示す.
軽貨物車のフレームが大きく変形している場合
は平面バリア衝突のエネルギ吸収分布図を用い,
フレームの変形は軽微であるがキャビンが大きく
変形している場合は,突起バリア衝突のエネルギ
吸収分布図を用いて,車両の変形した部分に相当
する分布図の数値の総和(E’)を求める.
車体の吸収エネルギ(E)は次式で求める.
E=E'×車両重量[kg]/1000[kg]
このEをもとにバリア換算速度等も求めること
ができる.なお,大型トラックのリアバンパーが
外れて荷箱に追突するなど,キャビンの上部のみ
が変形する場合には,突起バリア衝突のエネルギ
吸収分布図よりもさらに分布図の数値が小さくな
るものと予想される.
2.7
2.7
2.7
2.7
2.7
2.7
2.7
2.7
2.8
2.8
2.8
2.8
2.8
2.8
2.8
2.8
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
2.9
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
3.0
車両全幅
6. おわりに
本報告では,これまで速度算出が難しかったセ
ミキャブオーバー型軽貨物車のエネルギ吸収分布
図を作成した.事故解析への適用などを考慮して,
今後も実用的なエネルギ吸収分布図を整備してい
く予定である.なお,本報告は,平成23~25年度
に実施した警察庁・交通事故鑑識官養成委託研修
における衝突試験データをもとに作成したもので
ある.
最後に,ご協力いただいた関係各位にお礼を申
し上げます.
参考文献
1) Kenneth L. Campbell:Energy Basis for Collision
Severity.SAE paper No.740565
2) 松川不二夫,石川博敏:事故解析における固定壁換算
速度推定の一手法について,自動車研究
No.80001
第2巻第1号
(1980)
3) 久保田正美,国分善晴:前面形状別の車体エネルギ吸
図11 突起バリア衝突におけるエネルギ吸収分布図
収特性.自動車研究
第17巻第2号No.95003
(1995)
4) 大賀涼,井出芳和,碇孝浩:自動車アセスメントの試
両者の吸収エネルギ分布図を比較すると,吸収
エネルギ量は突起バリア衝突の方が平面バリア衝
突よりも小さい値である.したがって,同じ変形
量であっても,平面バリア衝突の方が突起バリア
JARI Research Journal
験データを用いた変形エネルギー吸収分布図の作製.社
団 法 人 自 動 車 技 術 会 学 術 講 演 会 前 刷 集 No.49-07
No.20075257 (2007)
- 4 -
(2014.3)