(S6-16)もらい汚染に関する調査結果から見えるその実態と傾向 ○石山陽一 1・木下秀昭 1・木下牧 1・中瀬貴大 1・薮中健一 1 1 ランドソリューション株式会社 1. はじめに 不動産取引においては、周辺からの対象地への土壌・地下水汚染の影響(いわゆる「もらい汚染」)につい ても対象地に起因する土壌汚染リスクと同等に取り扱われることが多く、土地購入検討時の地歴調査(資料 等調査)において、もらい汚染の可能性を指摘されたことを契機として、多数の土壌・地下水調査が実施さ れている。 一方、もらい汚染調査については、不動産資産価値への影響評価を主目的として実施されることから、健 康被害の防止を趣旨とする土壌汚染対策法及び各自治体の条例を契機とした調査ではない。従って、調査方 法についても具体的な基準は定められておらず、その調査結果は、環境省が公表 1)する対象地における汚染 原因としてもらい汚染の記述が見られる以外、組織的な取り纏め、統計的な検証もなされていないのが実情 である。 本報告は、筆者らが過去実施したもらい汚染調査の結果から伺えるその実態と傾向を考察し、報告するも のである。 2. もらい汚染調査が求められる背景 2-1 不動産鑑定評価における土壌汚染の定義 不動産取引において、もらい汚染調査が求められる背景としては、以下に示す不動産鑑定評価における土 壌汚染の定義 2)が大きく影響しているものと考えられる。 ・不動産鑑定評価における「土壌汚染」とは、個別的要因の一つとして、価格形成に大きな影響がある有害 物質が地表又は地中に存することをいう。実務上は、原則として土壌汚染対策法(平成 14 年法律第 53 号)第 2 条第 1 項に規定されている特定有害物質を中心として各自治体の条例等及びダイオキシン類対 策特別措置法において対象とする有害物質が各法令等の基準を超えて存在すれば、価格形成に大きな影 響があるものと解する。 ・なお、土壌汚染対策法等は、人の活動に伴う人への健康に係る被害の防止の観点から規定されており、 調査又は措置に係る義務についても所有者等に負担を負わすことが妥当かの考慮もなされている。 一方、 不動産鑑定評価において考慮すべきは、価格形成に大きな影響がある土壌汚染の有無である。したがっ て、自然に由来するものも含み、法令等による調査等の義務がないことのみをもって、土壌汚染がない、 ということはできない。 上記のとおり、不動産という観点からの土壌汚染については、その存在が与える不動産という商品の価値 (価格)への影響のみが問題であり、その原因が対象地に起因するものなのか、もらい汚染なのかについて の区分はない。 2-2 大手デベロッパーの現状 我国における主要なデベロッパーにおいても、その多くが土地購入検討時の地歴調査(資料等調査)を実 施し、もらい汚染リスクが指摘された際、実際の土壌・地下水調査を実施することをルールとしている。 これは実際に汚染が存在した場合の開発時の浄化・対策コストへの影響とマンション等販売時のエンドユ ーザーの土壌汚染に対する嫌悪感に起因する販売リスクを回避するためである。 The realities and tendency of the Soil and Groundwater Contamination from Off-Site Source Youichi Ishiyama1, Hideaki kinoshita 1, Maki kinoshita 1, Takahiro Nakase1 , Kenichi Yabunaka1 (1Land Solution Co. ,Ltd) 連絡先:〒107-00 東京都港区北青山 1-3-6SI 青山ビル 3F ランドソリューション株式会社 TEL 03-5412-6700 FAX 03-5412-6701 E-mail youichi.ishiyama@landsolution.co.jp - 558 - 3. もらい汚染調査結果の概要 2001 年 10 月から 2010 年 12 月の間に筆者らが実施した調査のうち、もらい汚染調査事例 695 件の調査結 果を以下に示す。 なお、本報告において取り扱う、もらい汚染とは対象地周辺の汚染懸念施設からの地下水を介した汚染流 入を指し、汚染土壌の移動、大気からの影響等によるものは含まない。 3-1 対象期間及び調査件数 対象期間:2001 年 10 月~2010 年 12 月 調査件数:695 件 3-2 超過及び検出件数 上記、もらい汚染調査の結果、調査対象物 質が定量下限値を超えて検出された件数(以 下「検出」という)は全体の 62.7%(436 件) であった。このうち、明らかに懸念施設から の影響であると判断されるケースは、全体の 6.8%(47 件)であり、うち環境基準を超えて 検出されたもの(以下「超過」という)は、1.3% (9 件)であった(図-1) 。これ以外のケース は、①対象地に起因(対象地の過去の土地利 用、地質等)すると思われる案件、②自治体 による周辺地下水測定結果(定期モニタリン グ調査等)において、バックグラウンドとし て既に検出されているため、懸念施設からの 影響ではないと思われる案件等であった。 調査件数 定量下限値 環境基準値 懸念施設の影響 あり 9件( 1.3%) 超過61件 (8.8%) なし 52件( 7.5%) 検出436件 (62.7%) あり 38件( 5.5%) 695件 以下375件 (53.9%) 不検出259件 (37.3%) なし337件(48.4%) 3-2 超過及び検出物質 もらい汚染調査の結果、調査対象物質が検 出された 436 件における、特定有害物質の分 類毎の検出割合を図-2 示すが、第二種特定有 害物質(重金属等)が全体の 84.5%(398 件) となっている。また、特定有害物質毎の検出 件数(図-3)では砒素、ふっ素、ほう素が突 図-1 超過及び検出件数 出しており、当該 3 物質で全体の 80.7%(660 件)を占めている。これは対象地の自然的原因やバックグラウンドの影響によるものが大半であると推測さ れる。 300 271 253 200 136 150 100 検出された調査対象物質 全検出数 図-2 特定有害物質の分類毎の検出割合 うち,懸念施設の影響が認められるもの 図-3 特定有害物質毎の検出件数 - 559 - 11 22 油 分 60 チウ ラム 6 1 133 Se 2 1 Cr 6+ 1 F 0 B Pb 42 Cd 27 0 1 1 10 As 34 2519 17 2216 12 PC E CC l4 0 32 C6 H6 50 TC E ci s1 ,2 DC E 1, 1D CE 1, 1, 1T CA 1, 3D CP 検出件数(件) 250 13 14 12 10 8 6 4 2 0 7 明 不 業 1 0 小 ド ラ イ 自 動 車 整 設 備 グ ン ド ニ ン リ ー ク 業 業 0 ) 業 造 タ ス ソ 機 (ガ 売 業 0 3 1 建 1 リ ン 具 器 械 回 子 気 電 4 3 0 製 造 製 路 具 器 械 ・電 ス イ バ 品 ・デ 属 電 子 部 金 0 業 業 業 造 製 き っ (め 業 造 機 製 品 製 1 0 ) 0 業 業 製 石 4 3 22 造 品 品 製 ・土 業 窯 炭 プ ラ ス ・石 ク 製 製 本 学 化 品 製 油 石 1 1 製 造 造 業 業 0 製 工 連 工 関 維 ・同 印 2 11 チ ッ 0 刷 繊 1 1 業 1 業 検出された件数(件) 3-3 超過及び検出業種 前述の明らかに懸念施設の影響が認め られる調査結果における懸念施設の推定 業種を以下に示す。業種の推定に当たっ ては、過去の住宅地図に記載された事業 所名から web 情報、各種工場通覧を元に 行った。 その結果を図-4 に示す。検出された件 数はドライクリーニング業が最も多く、 次いで印刷・同関連業となっている。ま た、超過した件数についてもドライクリ ーニング業が最も多く、次いで金属製品 製造業(めっき業)となっている。 業種名 全検出件数 うち超過件数 図-4 超過及び検出が確認された業種の内訳と件数 3-4 超過及び検出が確認された調査における懸念施設推定操業開始年代 超過及び検出が確認された調査における懸念施設 の推定操業開始年代を表-1、図-5 に示す。なお、懸 表-1 超過及び検出が確認された 案施設の操業開始年代の推定に当たっては、過去の 懸念施設の推定操業開始年代 住宅地図において当該懸念施設が確認された最も古 割合 調査対象物質が い年代や web 情報、各種工場通覧で確認された年度 懸念施設 検出された件数 関係法令等の制定状況 操業開始年 ()は基準超過 各年代 累積 を操業開始年として取り扱った。この結果、操業開 3 7.1% 7.1% 始年が不明の 3 件を除く、調査対象物質が検出され 1958年工場排水規制法制定 1950年代 1958年水質保全法制定 た懸念施設の 80%以上が水質汚濁防止法において (1) (11.1%) (11.1%) 有害物質を含む汚染水等の地下浸透禁止、廃棄物の 13 31.0% 38.1% 処理及び清掃に関する法律において、有害物質を含 1967年公害対策基本法制定 1960年代 (4) (44.4%) (55.5%) む廃棄物の適正処分が規定された 1980 年代以前か 1970年公害対策基本法改正(土壌汚 ら操業しており、超過が確認された懸念施設につい 16 38.1% 76.2% 染を典型公害に追加) 1970年水質汚濁防止法制定 1970年代 ては、 全てが 1980 年代以前の操業開始であるという 1976年廃棄物処理法(敷地内埋立禁 (3) (33.4%) (88.9%) 止) 結果となった。 5 11.9% 88.1% 1989年水質汚濁防止法に有害物質を 含む水の地下浸透禁止等追加 1980年代 120.0% 18 16 検出件数(件) 14 80.0% 12 10 60.0% 8 40.0% 6 割合(累積) 100.0% (1) (11.1%) 5 11.9% (0) (0.0%) 0 0.0% 100.0% 2001年環境庁「土壌・地下水汚染に (0) (0.0%) 係る調査・対策指針・同運用基準の 策定」 (100.0%) 2002年土壌汚染対策法制定 20.0% 2 0 0 0.0% 100.0% (0) (0.0%) (100.0%) 42 100.0% 100.0% (9) (100.0%) (100.0%) 100.0% 1991年土壌環境基準制定 1993年土壌環境基準に有機塩素系化 合物等15項目追加 1990年代 2000年代 4 (100.0%) (100.0%) 1999年地下水質環境基準制定 0.0% 1950年代 1960年代 1970年代 1980年代 1990年代 2000年代 2010年代 懸念施設操業開始年 調査対象物質が 検出された件数 内、基準超過件数 割合(累積) 2010年代 割合基準超過(累積) 図-5 超過及び検出が確認された 懸念施設の推定操業開始年代 2010年土壌汚染対策法改正 計 - 560 - 3-5 超過及び検出が確認された調査における懸念施設と対象地の距離 超過及び検出が確認された調査における懸念施 設と対象地の距離を整理した結果を表-2 に示す。 表-2 超過及び検出が確認された なお、距離は旧住宅地図上の敷地境界間を測定し 調査における懸念施設と対象地の距離 た。この結果、調査対象物質が検出された最大距 検出のみ 超過 離はドライクリーニング業の 25mであり、次いで 業 種 件数 対象地までの距離(m) 件数 対象地までの距離(m) 電気機械器具製造業の 15mとなった。なお、これ (件) 最小 最大 (件) 最小 最大 繊維工業 1 隣接 0 ら調査で検出された調査対象物質は、いずれも第 印刷・同関連業 6 隣接 6 1 10 一種特定有害物質 (揮発性有機化合物) であった。 化学工業 1 石油製品・石炭製本製造業 0 隣接 0 1 隣接 4. 考察 プラスチック製品製造業 1 隣接 1 隣接 これまで述べた調査の結果より伺えるもらい汚 窯業・土石製品製造業 1 8 0 金属製品製造業 0 2 隣接 染の実態と傾向は以下のとおりである。 (めっき業) 機械器具製造業 3 隣接 0 ■地歴調査(資料等調査)において、懸念される 電子部品・デバイス 1 5 0 ・電子回路製造業 もらい汚染の可能性に対し、懸念施設の影響あ 電気機械器具製造業 4 隣接 15 0 りと判断される超過率は 1.3%と小さかった。 小売業(ガソリンスタンド) 1 隣接 0 ■もらい汚染は、業種及び操業開始年代の影響を ドライクリーニング業 10 隣接 25 3 隣接 8 受け、特に水質汚濁防止法における有害物質を 自動車整備業 4 隣接 5 0 建設業 1 10 0 含む汚染水の地下浸透禁止、廃棄物の処理及び 不明 2 隣接 1 隣接 清掃に関する法律において、有害物質を含む廃 棄物の適正処分が規定された 1980 年代を境に大きく異なる。 ■明らかに懸念施設からの影響を受けていると判断された調査結果において、検出された調査対象物質の最 大距離は 25m程度であり、中環審答申 3)に示された、第一種特定有害物質による地下水汚染の汚染源から 基準に適合しない井戸までの最長距離(80%が 650m以内)と比較すると小さかった。 ■もらい汚染調査により得られる結果は、対象地周辺の地質等、懸念施設以外からの影響を受けることも少 なくない。特に砒素、ふっ素、ほう素等の自然的原因で検出され易い物質については、その影響の有無を 評価することが困難である場合が多い。 一方、今後の課題は以下のとおりである。 ■懸念施設規模ともらい汚染リスクの相関性の検証 ■更なるデータの蓄積と継続的な検証 5. まとめ もらい汚染が不動産資産価値の価格形成に影響を与える原因は、実際汚染があった場合の浄化・対策コス トリスクの影響とスティグマ“「土壌汚染」の存在(過去に存在したことも含む)に起因する心理的な嫌悪感 等から生ずる減価要因“である。本調査結果では、地歴調査において懸念される施設から実際に基準を超過し て地下水汚染が確認された割合は 1.3%と少なく、懸念施設の業種及び操業開始年代により異なるが、検出さ れた最大距離は 25m程度であり、一般に考えられる範囲よりも狭いものであった。今後、より多くの事例を 収集し、もらい汚染のリスクの定量化し、適切なリスクコミュニケーションを行うことにより、不動産市場 の適切な価格形成及び円滑な不動産取引に寄与することが出来ると考える。 6. 参考文献 1) (環境省水・大気環境局 2010) :「平成 20 年度土壌汚染対策法の施行状況及び土壌汚染調査・対策事例等 に関する調査結果」 2)土壌汚染に関わる不動産鑑定評価上の運用指針Ⅰ-運用方針・公表までの暫定措置として-2004 年 12 月 (社)日本不動産鑑定協会 調査研究委員会 基準検討小委員会土壌汚染対策ワーキンググループ 3) (中央環境審議会 2002) :「土壌汚染対策法に係る技術的事項について(答申)」 - 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