2.酪農場で発生した Salmonella O4 群:i:-による下痢症 と清浄化対策

2 .酪 農 場 で 発 生 し た Salmonella O 4 群 :i:- に よ る 下 痢 症
と清浄化対策
下北地域県民局地域農林水産部むつ家畜保健衛生所
○中村
紀文
児玉
能法
藤掛
斉
赤沼
保
中村
成宗
松本
敦
小笠原良孝
齊藤
益
2010 年 8 月、酪農密集地域の 1 酪農場で
Salmonella O4 群:i:-による下痢症が発生し、
成牛 11 頭が短期間に死亡するなど大きな被害を
もたらした。
当所は、関係機関との連携を密にし周辺農場へ
のまん延を防止するとともに、速やかに清浄化を
達成したのでその概要を報告する。
図1 発生農場周辺
1 発生状況
(1)農場の概要
(2)発生状況
8 月 14 日、1 頭が水様性の下痢を呈し、16
農場は青森県上北郡横浜町に位置し、同一
日に流産、18 日に死亡した。20 日以降、同
敷地内に搾乳牛舎と育成牛舎を有している。
居牛にまん延したが、畜主は当初、暑熱の影
搾乳牛舎では搾乳牛 48 頭を対尻式のスタ
響と考えていたため、22 日夕方になって家保
ンチョン、乾乳・育成牛 14 頭をフリースト
ールで飼養し、育成牛舎では子牛 10 頭を飼
に通報し、23 日に立入を行った。
すべての発症牛は食欲不振と 40℃以上の
養していた。また、牛の更新は全て自家産で
発熱を呈し、水様性の下痢、血便、偽膜の排
行っており、約 3 年間外部からの牛の導入は
出が見られるものもあった。また、乳量は著
行っていない。
しく低下した。
発生農場を中心とした半径 1.0km 圏内の地
立入検査時の発症割合は、搾乳牛が 48 頭
図を図 1 に示す。発生農場周辺には酪農場 8
中 32 頭で 67%、乾乳・育成牛が 14 頭中 12
戸 436 頭、肉用牛農場 1 戸 33 頭が飼養され
頭で 86%であった。
ており、酪農密集地域となっている。
なお、育成牛舎で飼養されている子牛には
症状は見られなかった。
(3)死亡の状況と出荷乳量
特異的な 90kb 病原性プラスミドを保有して
図 2 には成牛の死亡状況と出荷乳量を示し
いた。
た。成牛の重症例では、発症から 5 日以内に
薬剤感受性試験は、一濃度ディスク法によ
死亡や流産する個体もあり、8 月 14 日の初発
り実施した。その結果、アンピシリン、アモ
生から 30 日までの 17 日間に成牛 11 頭が死
キシシリン、セファゾリン、ストレプトマイ
亡し、6 頭が流産した。
シン、カナマイシン、オキシテトラサイクリ
1 日当たり出荷乳量は 8 月 20 日まで
ン、コリスチン、クロラムフェニコール、ナ
1,100kg 前後であったものが、その後、急激
リジクス酸、ホスホマイシン、オフロキサシ
に減尐し 9 月 1 日には約 350Kg にまで低下し
ン、エンロフロキサシン及びスルファメトキ
た。
サゾール・トリメトプリムに感受性で、ペン
ジルペニシリン及びエリスロマイシンには
耐性であった。
ウイルス学的検査は、PCR 検査、ウイルス
分離及び抗体検査を行った。
PCR 検査は、飼養牛 10 頭の糞便を用い、
A、
B、C 群ロタウイルス、牛ウイルス性下痢粘膜
病ウイルス(BVDV)
、牛伝染性鼻気管炎ウイ
図 2 成牛の死亡、流産と出荷乳量
及び牛コロナウイルス(BCV)について検査
し、陰性を確認した。
(4)病性鑑定結果
細菌学的検査は、常法に従い搾乳牛 20 頭
の糞便、死亡牛 3 頭の主要臓器について行っ
た。その結果、全頭の糞便と死亡牛 2 頭の主
要臓器からサルモネラ菌が分離された。また、
発症牛 5 頭の糞便 1g 中のサルモネラ菌数は
107 から 108CFU/g であった。
分離された菌株の性状検査で、血清型はO
4 群:i:-、生物型 1)は Duguid et al.の1
型を確認した。
PCR 検査では、Salmonella
ルス(IBR)
、牛アデノウイルス7型(Ad-7)
Typhimurium
(以下、ST)の特異遺伝子(IS200)を保有し
ていたものの、第Ⅱ相 H 遺伝子(fij B)は保
有していなかった。
また、プラスミドプロファイルでは、ST に
ウイルス分離は、MDBK、HRT-18 及び BFM
細胞を用い培養を行なったが、分離されなか
った。
抗体検査は、立入時とその 2 週間後のペア
血清 20 頭 37 検体について BVDV(1 型、
2 型)
、
IBR、Ad-7 及び BCV について検査したが、有
意な抗体上昇は見られなかった。
病理組織学的検査では、死亡牛 3 頭のホル
マリン固定臓器について常法に従いヘマト
キシリン・エオジン染色及び免疫染色を行っ
た。剖検時には、3 頭とも腸管の病変が著し
く、組織所見では 1 頭の肝臓に巣状壊死が確
認された。また、肝臓の病変部には免疫染色
においてO4 群抗原を証明した。
当所では分離された菌株が ST に特異な遺
伝子とプラスミドを保有することから、牛サ
ルモネラ症として届出を行った。
(4)まん延防止対策
周辺農場へのまん延防止のため、農家、町
畜産担当者、診療獣医師、共済、家保で対策
2 清浄化対策
会議を開催し、情報の共有を図った。また、
(1)牛舎消毒
部外者の入場を制限し、外来者の長靴、車両
牛舎内は、8 月 24 日、30 日に緊急的にド
ロマイト石灰乳による塗布を行い、その後、
定期的に消石灰を散布した。さらに、毎朝夕、
の消毒を徹底するとともに、集乳車の順路を
変更し発生農場を最後とした。
周辺農場へは、聞き取り調査などの情報収
動力噴霧機を用いて逆性石けんによる消毒
集を行い異常の有無を確認し、消毒の徹底を
を行った。
指導するとともに、家畜衛生情報紙を作成し
また、踏込み消毒槽は、既存の牛舎入口の
注意喚起を図った。
1 か所の他に、牛舎内での伝播を防ぐため、
通路など 5 か所に新たに設置した。
牛舎外は、農場入口、牛舎周囲に定期的に
消石灰を散布した。
(2)薬剤投与
発症牛には、8 月 26 日から薬剤感受性試験
に基づきエンロフロキサシンを 3 日間投与し
た。また、治療後も持続して排菌している個
3 追跡検査
(1)細菌検査
農場の清浄性を確認するために、9 月から
月1回、飼養牛全頭の糞便や飼槽・ウォータ
ーカップ、通路、壁・塵埃、敷料などの環境
の細菌検査を実施した。
糞便と環境の結果を表 1 に示した。
糞便は、
体には、胆嚢での保菌を考慮し、胆汁へ移行
9 月に 64 頭中 47 頭、73.4%から菌が分離さ
するセファゾリンに加え、利胆剤(デオキシ
れたが、検査毎に分離頭数が減尐し、11 月と
コール酸)を 3 日間併用した。さらに、対策
翌年 1 月に全頭陰性を確認した。
当初から全頭に毎日、活性生菌剤(乳酸菌、
酪酸菌、糖化菌)30~60g を給与した。
(3)衛生管理
病原体の拡散防止のため、排菌牛を隔離し、
環境では、9 月に飼槽、ウォーターカップ、
通路、犬猫のトイレ、餌箱から分離され、24
か所中 22 か所と牛舎内が広く汚染されてい
たが、消毒の徹底により 10 月には 3 か所に
防鳥ネットの設置やネズミの駆除、犬猫の牛
まで減尐し、翌年 1 月には分離されなくなっ
舎内への侵入防止を行った。また、作業時に
た。
は専用の長靴、作業衣を用いた。さらに、た
い肥は十分に発酵させた。
経口感染防止のため、飼槽、ウォーターカ
ップの消毒を徹底し、ひび割れなどの飼槽の
破損個所は修繕した。さらに、健康観察を徹
底するため、健康調査票を作成し、ファクシ
ミリにより毎日家保への報告を求めた。
表 1 細菌検査結果
(2)抗体検査
感染の状況を確認するため、
2009年11月、
2010 年 8 月、9 月、10 月、11 月の血清を用
んだ可能性が考えられた。
(2)感染時期
発症状況と抗体の推移を図 3 に示す。本年
いて抗体検査を行った。抗体検査は馬パラチ
8 月の立入時に初発牛に隣接する 2 頭が既に
フス急速診断用菌液(
(独法)動物衛生研究
高い抗体価を保有していた。また、初発牛お
所)を抗原とし、血清を 2ME 処理後、U 字マ
よび周辺の牛は 8 月 14 日頃から症状が見ら
イクロタイタープレートを使用したウィダ
れていたことから、8 月初旬に初発牛周辺の
ール反応により実施した。
牛が感染し、その後、感染が広がったと推察
抗体価の推移を表 2 に示す。なお、抗体価
された。
32 倍以上を陽性とした。発生前の 2009 年 11
月は、抗体を保有している牛は確認されなか
った。発生時の 8 月は検査した 20 頭中 2 頭
がそれぞれ 256 倍、1024 倍以上と高い抗体価
を示し、陽性率は 10%であった。その 2 週後
に行った 9 月の検査では陽性率が 92.2%、GM
値 139.6 と上昇し、2 か月後の 11 月の GM 値
は 67.9 と半減した。
表 2 抗体検査結果
図 3 発生状況と抗体価の推移
(3)発症要因
2010 年 8 月の最高気温を図 4 に示す。本年
は記録的な猛暑で最高気温は 34.5℃で、昨
年に比べ、平均で 4.9℃、過去 30 年間の平
年値に比べ、3.4℃も高い状況であった。こ
の様な暑熱ストレスが急激な感染拡大の誘
因と考えられた。
4 考察
(1)病原体の侵入
調査の結果、周辺農場では、異常は確認さ
れず、発生農場の疫学調査でも、侵入経路は
特定できなかった。しかし、発生当時カラス
やスズメ等の野鳥が牛舎内で見られ、犬猫が
牛舎内に自由に出入りできる状況であった
ことから野生動物や犬猫が病原体を持ちこ
図 4 最高気温の推移(8 月)
5 まとめ
今回、酪農密集地域の一酪農場で Salmonella
O4 群:i:-による下痢症が本県で初めて発生
した。
搾乳牛舎のほぼ全頭が水様性の下痢を発症し、
成牛 11 頭が死亡するとともに出荷乳量が大幅
に減尐するなど甚大な被害が認められた。
当所では病性鑑定の結果、ST によるサルモネ
ラ症と診断し、速やかに清浄化対策を講じた。
今回の事例では、農場への侵入経路は特定で
きなかったが、発生状況や抗体の推移から 8 月
初旬に初発牛周辺の牛が感染し、記録的な猛暑
によるストレスが誘因となり急激に感染が拡大
したものと推察された。
当所の徹底した対策により、関係機関の協力
のもと、発生から 3 か月後に清浄化を達成し、
周辺農場へのまん延を防止した。
<引用文献>
1) 坂崎利一ら:新 細菌培地学講座〈下 1〉87
(1988)
2) 河合浩二ら:長野県業績発表会(1997)