詩の礫 - 会津・漆の芸術祭2010-2012

詩の礫
和合亮一
01
本日で被災六日目になります。物の見方や考え方が変わりました。
放射能が降っています。静かな静かな夜です。
(2011.3.16)
02
どれだけ私たちを痛めつければ、気が済むのか。雪はみぞれはここで、こんなにも厳しす
ぎる。
父もまた あどけない 幼いきみの笑い顔から いつか 卒業しなくてはいけないね
もまた あどけない 幼いきみの泣き顔から いつか 卒業しなくてはいけないね
母
(2011.3.17)
03
あなたの街の駅は、壊れていませんか。時計はきちんと、今を指していますか。おやすみ
なさい。明けない夜は無いのです。旅立つ人、見送る人、迎える人、帰ってくる人。行っ
てらっしゃい、おかえりなさい。おやすみなさい。僕の街に、駅を、返して下さい。
あなたはどこに居ますか。私は暗い部屋に一人で言葉の前に座っています。あなたの言葉
になりたい。
あなたはどこに居ますか。私は閉じ込められた部屋で一人で、言葉の前に座っている。あ
なたの閉じ込められた心と一緒に。
世界はこんなにも私たちに優しくて、厳しい。波は今もなお、私たちに襲いかかろうとし
ている。あなたはどこに居ますか。私たちの寄る辺はどこ?
南相馬市の夏が好きだった。真夏に交わした約束は、いつまでも終わらないと思ってた。
原町の野馬の誇らしさを知っていますか?
南相馬市の野原が好きだった。走っても走ってもたどりつかない、世界の深遠。満月とス
スキが、原町の秋だった。
会津・漆の芸術祭 2011 ~東北へのエール~
和合亮一 「詩の礫」
南相馬市の冬が好きだった。少しも降らない冬の、安らかな冷たさが好ましかった。原町
の人々の無線等の自慢話が好きだった。
あなたはどこに居ますか。あなたの心は風に吹かれていますか。あなたの心は壊れていま
せんか。あなたの心は行き場を失ってはいませんか。
命を賭けるということ。私たちの故郷に、命を賭けるということ。あなたの命も私の命も、
決して奪われるためにあるのではないということ。
(2011.3.18)
04
一昨日から始まった私のこの言葉の行動を、「詩の礫」と名付けた途端に、家に水が出まし
た。私の精神と、私の家に、血が通ったようでありました。
「詩の礫」と通水。駄目な私を
少しだけ開いてくれた。目の前の世界のわだかまりを貫いてくれた。
僕は詩を書いた。卒業を記念して。それを息子の避難先に電話して、彼が眠る前に、声に
出して読んでやりました。僕が卒業証書を渡す資格があるわけでもないのに。でも、卒業
だ。おめでとう。大地。父はきみを誇りに思う。
(2011.3.19)
05
夢を追うのだ、ためらわず。いつ何の時に、この世界に絶対が無いことにまた、気づかさ
れるのか分からないからだ。ならば、あなたよ。そして必ず、実現したまえ。
余震か。否。
余震か。否。だがしかし、常に、余震が私に宿るようになってしまった。揺れは恐ろしい。
この恐怖が、常に私に何かを書かせる。詩の礫が夥しく湧いてくる。キーを叩き、メモを
する。レコーダーに吹き込む。叫びながら部屋を歩き、床の紙片をこの男は、蹴散らして
いる。宇宙の中に一人。鹿の鳴き声。
はっきりと覚悟する。私の中には震災がある。
あなたの中には震災がある。
余震か。否。私はある日、避難所の暗がりで、手帳に何かを書き殴っていた。私の文字は
私の心など少しもとらえない。しかし書くしか無い。この徒労感は初めから勝負が決定し
ている。書いているが、何も書けていないからだ。避難所の暗がりで、私は阿保な修羅で
あった。
会津・漆の芸術祭 2011 ~東北へのエール~
和合亮一 「詩の礫」
余震か。否。私はある日、避難所の正午。米と鶏肉とコンソメスープを貰った。むしゃぶ
り食べた。舌鼓を打ちながら、書き殴った。帳面を開く「このまま何かが大きく動き続け
て、大きく変わらないとしたらどうなるか」。時の昂然だけが私には思い出せるが、言葉が
何を捕らえようとしたか、定かではない。
余震か。否。帳面もまた壊れていく。私の親しい場所…、相馬、新地、仙台若林区、女川、
南三陸。この時。避難所のテレビの報告が、死者の数を増やしているかのようだった。私
は帳面にこの数を記録していた。記録? どうしたいのか、私は。偏頭痛が収まらない。
いくつもの破片を拾い集めてかけらは
族のもの 捨てられていくもの
宇宙のもの
世界のもの
かつては
僕たち家
今日も言葉の瓦礫の前で、呆然としています。
外への扉を開けると、真顔の放射能。美しい夜の、福島。
(2011.3.19)
06
緊急地震速報。震源地は宮城県沖。緊急地震速報。震源地は茨城県沖。緊急地震速報。震
源地は岩手県沖。緊急地震速報。震源地は冷蔵庫 3 段目。緊急地震速報。震源地は革靴の
右足。緊急地震速報。震源地は玉ねぎの箱。緊急地震速報。震源地は広辞苑。緊急地震速
報。震源地は、春。
(2011.3.20)
07
巨大な力を制御することの難しさが今、福島に二重に与えられてしまっている。自然と人
口とが、制御出来ない脅威という点で重なっていく。余震。
子どもの頃から、思っていた。絶対に、僕のばあちゃんは死なない。不死身っていうこと
は無いかもしれないけど、
「ばあちゃん」は死なないよ。凄くて優しい人だから。強震。
絶対を信じることしか出来ない 信じなければ
てくれない 放射能の雨 実感 何?
大地は
大河は
大海は
絶対に 生きる
私たちはここに生まれた。福島を私たちが信じなければ、誰が信じる。
「信じる」を信じる今。3 月 22 日。
会津・漆の芸術祭 2011 ~東北へのエール~
和合亮一 「詩の礫」
私たちを信じ
故郷を捨てちゃいけない。
大きな青空。阿武隈川。雄大な安達太良山。会津の旗。太平洋のきらめき。
福島を捨てるな。
最後の家とせよ。
(2011.3.22)
08
5 日ぶりの買い出しをする。トマトを買おうと思った。余震。店外避難。戻る。トマトを買
う。家に持ち帰り、塩を振ってかじりつこうか。熟れたトマトを持ってみて、分かった。
野菜が涙を流していること。
(2011.3.23)
09
空気が恐い、空気に何かがいるよ、恐いよ、やだよ、空気が恐い顔をしているよ、やだよ、
何。
見あげてみて下さい。雪。何億もの命。私たちは生きています。生かされています。
「あめ
ゆじゆとてちてけんじや」
。福島では今、雪と雨に触ることを心配しています…。見あげて
みて下さい。見あげてみて危ない。
(2011.3.27)
10
私たちは汗をかいている。また別の男が言う。
「私は、プルトニウムを一番、恐れている。
これまでの物質の中でも、私は最悪だと思う」。私たちは足の裏に、冷たい汗をかいてみる。
(2011.4.1)
11―昂然
緊急地震速報、もしくは、噂話、20 キロ圏内。牛や犬や豚が徘徊している、無人がそれら
の家畜や番犬を追い回している。涙を流している、注意が必要です。
緊急地震速報、もしくは、噂話、20 キロ圏内、柵につながれたままの牛は、大きな体を休
ませている、いや、飢え死にしている、無人も飢えている、果てし無い、注意が必要です。
会津・漆の芸術祭 2011 ~東北へのエール~
和合亮一 「詩の礫」
緊急地震速報、もしくは、噂話、20 キロ圏内、豚は食べるものがなくて、仕方なく、豚の
死骸を食べている、無人も仲間を睨みつけている、理由は無い、注意が必要です。
緊急地震速報、もしくは、噂話、20 キロ圏内、番犬は空気を追い回している、放射能を追
い回している、春風を追い回している、無人は追われている、無人に、注意が必要です。
私たちは、それぞれが一匹の猫を持て余している。それでも甘えることを止めようとはせ
ず、捨て去ろうとすれば牙を剥く。畜生、いつかどうにかしてやる。
ここまで書いていると、原子力が私の家の扉のチャイムを押した。「どなたですか」
。話が
あります。「私にはありません」。とにかく扉を開けて下さい。「開けるもんか」。
きみは無知なだけです。「確かに、知らない」
。だから開けて下さい。
「話をしても、もう仕
方が無いじゃないか」
。そうですか…、うつむいて、今日は帰っていったらしい。方法は無
いのか。
私たちは、それぞれが一匹の原子炉を持て余している。ここまで書いていると電話が来た。
話があります。
「私にはありません」
。耳寄りな情報です。
「聞くもんか」。きみは本当に何
も知らないんだな、絶対に安全です。「確かに、そう思っていた」。
だから聞いてください。「聞いても、仕方ないじゃないか」
。一方的に電話を切り、電源を
切った。方法は無いのか。
私たちは、それぞれが恐怖の猫を持て余している。ここまで書いていると、葉書が来た。
「読
むもんか」。人類は卑怯だ。「何が卑怯だ」
。
困ったときには頬を寄せて、すり寄り、駄目になると、毛嫌いして捨てようとする。
「破い
てやる」
。だから読んで下さい。「読んでも、仕方ないじゃないか」。破く。
街を返せ、村を返せ、海を返せ、風を返せ。チャイムの音、着信の音、投函の音。波を返
せ、魚を返せ、恋を返せ、陽射しを返せ。チャイムの音、着信の音、投函の音。乾杯を返
せ、祖母を返せ、誇りを返せ、福島を返せ。チャイムの音、着信の音、投函の音。
夢があるのなら それをあきらめない それをあきらめるな 私をあきらめるな 自分を
あきらめるんじゃない 命をあきらめてはいけない 無念の死を受け入れた たくさんの
私たちのため
掲載したものは平成23年4月までの「詩の礫」からの抜粋です。
「詩の礫」は和合亮一氏ツイッターで随時更新され続けています。
会津・漆の芸術祭 2011 ~東北へのエール~
和合亮一 「詩の礫」