大阪星光学院中高等学校 中等部の柔道授業について 大阪星光学院非常勤講師 講道館八段 池田光輝 平成24年度から武道が必修になります。 「柔道は安全なのか、体育教師に柔道の指導ができるのか」と、昨年からメディアは大 きく取り上げています。 中学・高校における柔道の授業・クラブ中の死亡件数は過去28年間に114件。重い 障害は275件も起きており、指導にあたる教師はこのことを重大なことと受け止め、自 分の学校からは絶対に不幸な事故は起こさないのだという気持ちをもって指導にあたらな ければなりません。細心の注意を払うことによって、重大な事故は防げるものです。 そこで、指導に不安を覚えておられる先生方の参考になればと思い、一言書かせて頂き ます。 星光学院では中学3年間柔道、剣道が必修になっており、年間25~27時限の授業を 行っています。 1年生最初の授業は、柔道場、剣道場に集合させて、3年間に習うことを各20分間実 技して見せて選択させ、概ね半数(1クラスあたり22~24名の偶数)になるように分 け、2クラス合同で授業を行います。 カ リ キ ュ ラ ム に 従 っ て 、 柔 道 衣 の 着 用 ・ 準 備 運 動 ( 柔 軟 運 動 ・ 体 力 補 強 (頸 部 も )の ト レ ー ニ ン グ も 導 入 )・ 受 身 の 習 得 ( 後 受 身 ・ 前 受 身 ・ 横 受 身 ・ 前 回 受 身 )・ 投 技 の 習 得 ・ 約 束 練習・乱取稽古と行っていきます。 1:事故防止のための注意点 ①準備運動について (a ) 畳に慣れさせるための運動や柔軟運動や補強運動を取り入れます。 柔道は素足でします。生徒たちは普段素足になる機会が少ないので、足指や 皮膚が弱く、突き指、指の裂傷が起こります。指先で畳を進む運動や反復横跳 び等を取り入れることで、畳に慣れさせます。 ②後受身について (a ) 畳 を 強 く 打 つ と 、首 に 力 が 入 る の で 後 頭 部 を 打 ち に く く 、体 に 受 け る 衝 撃 を 腕に分散できるので、背部の痛みが軽減できます。 (b ) 低い姿勢から順次高い姿勢に移行していきます。 ③前回受身について (a ) 膝を畳につけさせて低い姿勢から始めます。 (b ) 回 転 す る と き に 腕 を 速 く 腹 部 に 入 れ る と 、肩 か ら 落 ち て 鎖 骨 骨 折 を す る こ と がありますので注意します。 (c ) 歩 き な が ら 受 身 を さ せ る 場 合 は 往 路 は 右 前 回 受 身 、復 路 は 左 前 回 受 身 と し ま す 。 歩 み 足 で 回 転 す る と 、( 右 前 回 受 身 の 場 合 、 右 手 が 前 で 左 足 が 前 に 出 た と きに右回転)肩から落ち、鎖骨骨折をすることがあります。授業での受身は膝 をつけた低い状態で、最初はさせるのがよいと思います。 (d ) 耳を肩に着けさせて回転させないと頭が前屈し頸椎を損傷することもある ので、注意が必要です。頭が畳に触れないように回転させます。 (e ) 回 転 が で き に く い 生 徒 に つ い て は 、右 前 回 受 身 の 場 合 、左 側 に 指 導 者 が 低 い 姿勢で付いて、右手で生徒の腹部から右手首を握り、左手で生徒の頭を抱える ようにして耳を肩につけさせて、回転の補助をします。 ④組み方について (a ) 受 身 が 取 れ る よ う に な っ た ら 、投 技 を 習 得 さ せ ま す が 、授 業 の 場 合 は 全 員 右 組に統一します。左利きであっても右に統一しておかないと、対応できない生 徒がいるためです。 (b ) 身長・体重・運動能力が同じ生徒同士を組ませるようにします。 体力差があり過ぎると、技が効きすぎた場合、正しく受身を取っても後頭部 打撲や、加速損傷がおこり頭の血管が切れると言われています。(中学授業で は起こりえない)差がある場合は正しい技で軽く奇麗に投げるよう指導します。 投げられる回数が多くなることにより、徐々に順応性ができて、強く投げられ ても加遠損傷は起こらなくなるものです。 ⑤投技について (a ) 投 技 に つ い て は 3 年 間 で 比 較 的 習 得 し や す い 5 本 の 技 の み と し 、こ れ ら の 技 に ついての返技も習得させています。授業では多くの投技の習得は時間的にも難し いだけでなく、必要性はないと思われます。大外刈・大内刈は頭部を打撲しての 事故が一番多いので、特に注意を払った指導を心がけます。 背負投、捨身技、内股(小内股は問題ない)のような技は、授業には取り入れ ないほうがよいと思います。 大腰・払腰等の技は問題ありません。 ⑥ 打 込 (投 げ 込 み )に つ い て (a ) 足 の 位 置 、 腰 の 位 置 、 両 腕 の 引 き 具 合 、 顔 の 回 し 方 な ど 、 形 を 作 る た め の 打 込 よりは最初から軽く投げさせるほうが、体得が早いと思われます。受身の練習に もなります。 (b ) 最 初 は 出 足 払 ( お 互 い 右 自 然 体 で 組 ん で 、 左 足 で 相 手 の 右 足 足 首 辺 り を 払 う 。 右足で相手の左足を払うと手を畳につくので、禁止します)の技を習得させ、横 受身の習得も兼ねます。袖を握っている全ての右技は、左手が大切な引手になり ます。左手が利き腕でない場合、投げたときに袖を握つた手が離れやすいので、 両腕で引手を握るように指導します。 (c ) 小 内 刈 と 大 内 刈 の 習 得 は 後 受 身 の 習 得 を 兼 ね さ せ る た め 、投 げ る 時 は 両 腕 を 離 して軽く投げさせ、尻を着かせてから後受身の習得をさせます。 袖・襟を握ったまま投げると、相手の膝が急所に当たることがあるため、初期 の段階では離す方が良いと思われます。 (d ) 大 外 刈 は 投 げ た 時 に 上 体 を 起 こ し て 引 手 を 引 か せ 、 両 腕 で 袖 を 持 た せ る 。 受は右手で襟を持たせておくと、頭を打つこともなく、衝撃が柔らぎ体の痛みも ありません。 前屈しすぎない状態で引かせるようにし、相手の頭が畳につかない引き具合を 確認させます。 (e ) 体 落 は 膝 を 曲 げ 踵 を 畳 か ら 浮 か せ て 投 げ さ せ ま す 。利 き 足 の 膝 が 伸 び た り 、踵 が畳についた状態で、相手が膝の上に落ちると、膝・足首を負傷することがある ので注意します。 2:各学年時の指導目標 ①1年生について (a ) 日 本 の 文 化 ・ 武 士 の 文 化 で あ る 柔 道 と は ど の よ う な も の な の か 、を 理 解 さ せ る た め に 、講 道 館 創 立 1 2 0 周 年 記 念『 術 か ら 道 へ 』の DV D を 鑑 賞 さ せ て い ま す 。 (b ) 受 身 が で き る よ う に な る と 、 易 し い 技 を 習 得 さ せ て 、投 げ さ せ 、受 身 の 取 り 方 を習得させます。 出足払・小内刈・大内刈・大外刈の技を順次習得させます。 (c ) 期 末 テ ス ト (期 末 の み 年 間 3 回 ) 1 学期 柔道衣の下履きの結び。帯の結び。 立礼、立礼からの正座、座礼。 腕立て伏せ 5 回。 2 学期 後受身、横受身、前受身、前回受身 腕立て伏せ 8 回。 3 学期 前 回 受 身 。 (膝 を 畳 に つ け た 状 態 か ら ) 腕 立 て 伏 せ 10 回 。 小内刈・大内刈の投げ。 ②2 年生 (a) 1 年 生 に 習 得 し た 受 身 ・ 投 技 の 復 習 。 (b) 体 落 の 技 の 習 得 。 (c) 小 内 刈 ・ 大 内 刈 ・ 大 外 刈 ・ 体 落 の 返 技 を 習 得 。 (d ) お 互 い が 習 得 し た 投 技 、 返 技 を 相 手 を 動 か し な が ら 掛 け 合 う 約 束 練 習 。 習得した技以外は掛けることを禁止します。 (e) 期 末 テ ス ト 1 学 期 前 回 受 身 。 (膝 を 畳 に つ け た 状 態 か ら ) 腕 立 て 伏 せ 13 回 。 大外刈・出足払の投げ。 2 学 期 前 回 受 身 。 (膝 を 畳 に つ け た 状 態 か ら ) 腕 立 て 伏 せ 17 回 。 小内刈・大内刈の返技。 3 学 期 前 回 受 身 。 (膝 を 畳 に つ け た 状 態 か ら ) 腕 立 て 伏 せ 20 回 。 体落の投げ。 大外刈の返技。 ③3 年生 (a ) 1 ・ 2 年 生 に 習 得 し た 技 の 復 習 。 (b ) 投 げ よ う と 力 む の で は な く 、多 く の 技 を 掛 け あ う こ と を 主 眼 と し た 乱 取 稽 古 が 主になります。 習得した技以外を掛けることは禁止します。 (c ) 期 末 テ ス ト 1学期 前回受身。 腕 立 て 伏 せ 23 回 。 動 か し て チ ャ ン ス を 捕 ら え て の 投 げ 。 (小 内 刈 ・ 大 内 刈 ・ 大 外 刈 ) 2学期 前回受身。 腕 立 て 伏 せ 27 回 。 動 か し て チ ャ ン ス を 捕 ら え て の 投 げ 。(小 内 刈・大 内 刈・大 外 刈・出 足 払 ・ 体落) 3学期 前回受身。 腕 立 て 伏 せ 30 回 。 動かしてチャンスを捕らえて、習得した全ての投技、返技を掛けさる。 3 : 指 導 上 の 配 意 点 (部 活 動 と も 参 考 ま で ) ①礼法・心構え・技指導 (a ) 道 場 に 生 徒 が 入 る 前 に は 入 口 に 立 っ て 、生 徒 の 柔 道 衣 の 着 装 状 態 や 入 場 時 の 礼 法指導をします。 授業が始まる前に生徒同士が習いたての技を掛け合って遊んだり、ふざけたり することもあるので注意が必要です。 (b ) 授 業 の 始 め と 終 わ り は 整 列 さ せ て 、柔 道 の 創 始 者 嘉 納 治 五 郎 師 範 の 写 真 を 掲 げ て立礼させ、お互いに正座をして礼を交わします。 終わると、3~4分間瞑想させ気持ちを落ちつかせ、お互いに礼をして解散さ せます。 (c ) 柔 道 は 日 本 の 文 化 、 武 士 の 文 化 で あ り 、 外 来 ス ポ ー ツ の よ う に 競 争 や 肉 体 的 鍛 練の身体運動のみではなく、礼儀作法、道場内での作法、相手を思いやる心の肝 要等を育てるためにも、実技のみに終始しないように努めます。 (d ) 稽 古 の 前 後 は 、 必 ず お 互 い が 尊 敬 の 心 を 持 っ て「 お 願 い し ま す 。有 難 う ご ざ い ました」と、声を出して言えるように指導します。 ( e ) 技 術 的 な こ と で で き な い こ と に つ い て は 、同 じ こ と を 毎 回 繰 り 返 し て 教 え ま す 。 一度ではなく、少しずつ修正していきます。 (f ) 約 束 練 習 、 乱 取 稽 古 ま で 進 む 場 合 は 、 相 手 を 投 げ よ う と 力 む の で は な く 、 習 得 した技を多く掛けるよう促します。 ② 事 故 防 止 (安 全 対 策 ) (a ) 人 は 転 ぶ と 頭 を 守 る た め に 咄 嗟 に 手 を 着 き ま す 。 こ れ は 人 間 の 本 能 な の で す 。 しかし、柔道で畳に手を着くと、相手の力と自分の体重により加速度が増し、簡 単に脱臼、骨折してしまいます。そこで危険であることを十分説明して注意を促 します。防御方法を教え、正しく防御するもバランスが崩れたら自ら受身を取り に行くよう指導します。 (b ) 危 険 な こ と が 見 受 け ら れ れ ば 、 直 ち に 全 生 徒 に 注 意 し ま す 。 (c) 長 時 間 の 稽 古 に よ り 疲 労 が 増 す と 怪 我 が 多 く な り ま す 。 年 齢 、 体 力 、 レ ベ ル に よって練習量は違います。疲労すると頭を打たなくても、集中力がなくなり、投 げられたときに脳が揺さぶられ加速損傷が起こるのではないでしょうか。 (d ) 僅 か な 授 業 で テ ス ト 時 に 試 合 を す る 学 校 も あ る と 聞 き ま す が 、危 険 こ の 上 な い ことです。試合は練習量も充分で、どのように投げられても怪我はしないと思わ れる体力や技術、強さがついて、初めてできるものです。 (e ) 初 心 者 に は ヘ ッ ド ギ ア や マ ウ ス ピ ー ス を つ け さ せ る こ と も よ い と 思 い ま す 。 (f ) 乱 取 稽 古 は 、 1 組 6 ~ 8 畳 と る こ と に よ っ て 投 げ 足 (ク ラ ッ シ ュ ) を 防 ぐ 必 要 が あります。 (g) 練 習 開 始 前 や 練 習 中 、生 徒 の 顔 色 を 見 て 、体 調 が 悪 い と 思 わ れ る 生 徒 に つ い て は練習を休ませることが大事です。中には無理をしてでもやろうとする生徒もい るので、注意が必要です。 (h ) 投 げ ら れ そ う に な る と 、 笑 っ た り 、 力 を 抜 く 生 徒 も い る の で 注 意 が 必 要 で す 。 (i ) 投 げ ら れ る と き 、 安 定 し た 姿 勢 で 正 確 な 技 ば か り で 投 げ ら れ る こ と は あ り ま せ ん。不安定な場合でも、投げに入ると途中でやめることができない場合もあるの で、不安定な状態で投げられそうになった場合、相手任せにせず、自分から受身 を取るよう指導します。頭部・顔面の打撲や、肩から落ちると鎖骨骨折をするこ とがあります。 (j ) 白 帯 ・ 初 段 レ ベ ル で は 、 日 頃 の 練 習 相 手 は 右 組 の 右 技 を 掛 け る 相 手 が 多 い と 思 います。右技で投げられてもある程度対応はできるようになっても、左相手の練 習が少なく、左の巻き込み「払腰」や、低い「一本背負投」には対応できにくい ので、注意が必要です。鎖骨骨折や頭部打撲をすることがあるので、左技で投げ られる機会を多くする必要があります。 (k ) 相 手 の レ ベ ル に 合 わ せ た 稽 古 を す る よ う に 指 導 し ま す 。 相手によっては対応できない技もあることを教えます。技量の劣る相手には、 軽く奇麗に投げる練習をさせます。 (l ) 寝 技 を す る 場 合 、 横 四 方 固 の 押 込 技 は 返 さ れ た と き に 額 が 畳 に つ き 、 頸 椎 を 損 傷することがあるので、授業には取り入れないのがよいと思われます。
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