渡辺 高弘,ウォータージェット制御型水中観測ビークルの研究

平成19年度
日本水産工学会
学術講演会
講演論文集
ウォータージェット制御型水中観測ビークルの研究
朴
俊成・芳村 康男・中村 朋矢・渡辺 高弘(北海道大学大学院水産科学院)
1. 緒 言
2. ウォータージェットシステムの基本構想と
海中の環境や生物資源を調査する方法として,
供試模型船
船上からの探査に加え,水中調査艇を使った方
水中ビークルは,対象である生物や調査目的地
法がある。この方法には有人の調査艇もあるが,
への接近,調査領域での定点保持する時,横移動
安全性確保の面から莫大な設備や運行システム
や後進,その場回頭などの操船が頻繁に行うこと
が 必 要 な こ と か ら , 手 軽 に 実 施 可 能 な ROV
を想定した。そのためウォータージェット推進型
(Remotely Operated Vehicle)や AUV (Autonomous
水中ビークルは,前後・左右・上下対称な回転楕
Underwater Vehicle)が活用されている。ROV は電
円体とし,その前後に噴射口 10 個を持って前
源の供給と計測信号を送るケーブルで繋がって
後・左右・上下にコントロールする方式とした。
遠隔操縦されるものであり,そのケーブルの届
船尾には直進性を確保する目的で固定のフィン
く範囲に限られ,調査できる空間や潜航深度に
4枚を設ける。Fig.1 にビークルの概略を示す。
やや制約がある。これに対し,自律型水中ビー
①
クル AUV はエネルギーを自分で持ち,航行は自
分のコンピュータの中のプログラムにより水中
を航行する自動運航型のビークルであり,ROV
WaterJet
より行動範囲は広くなる。また,以上の海洋調
②
査の他,漁業生産の面からも,水中ロボットに
よる沿岸養殖設備の保守,あるいは魚群の誘導
などに水中ビークルの活用が期待されている。
③
このように水中ビークルに対する期待は高い
が,操縦推進システムについてはほとんどがプ
Fig.1 ウォータージェット推進型水中ビークル
ロペラのスラスターによる推進方式であり,漁
④
場等の海中では網や索に絡まる危険性を抱えて
PUMP
Water-Jet
いる。昨今は海洋生物の遊泳形態を参考にした,
System
①
PUMP
1)
尾ビレ推進方式 ,胸鰭推進方式,更にはアオリ
PUMP
PUMP
イカやシャコを真似た推進方式なども研究が進
③
②
められているが,いずれも推進装置が外部に突
出している点に変わりなく,網や索に絡まる危
Fig.2 模型実験に使用した模型船とウォーター
険性は避けられない。
ジェット推進装置
そこで本研究では水中ビークルの新しい推
進・制御システムとしてウォータージェットに
本報の実験においては,模型船の形が左右対称
よる駆動システムを提案し,この水中ビークル
の回転楕円体なので,水平方向の4ヶ所の噴射口
の可能性を探ることとした。まず,運動に対す
を設け,それぞれ小型水中ポンプを連結して模型
る流体力特性といった基礎的な流体力を計測す
試験を行った。各噴射口において,船尾後方は①,
る実験を行い,続いてこれらの結果を基に数値
船尾右舷は②,船首右舷は③,船尾左舷は④と記
シミュレーションで概略の運動特性の検討を行
す。ウォータージェットの吸い込み口(インレッ
った。本報ではこれらの研究の概要を紹介する。
ト)はビークル本体の中央に 8 個の吸い込み口を
開けた。模型船の主要目を Table 1 に示す。
- 133 -
N’H ) を Fig.4 に示す。
Table 2 模型船の要目
全長
幅
高さ
質量
L
B
D
m
(m)
(m)
(m)
(kg)
1.200
0.300
0.300
59.4
(
3. 水中ビークルの操縦流体力
前述のように,この水中ビークルは定点保持,
横移動や後進,その場回頭などの操船が頻繁に
行うことを想定したので,その運動範囲は,前
進航走を主体としたものでなく,広範な運動を
想定している。そのため,斜航角β は±90°,無
次元旋回角速度 r’ (=rL/U,L:船長,U:船速)
無限大(その場回頭状態)まで考える必要がある。
本研究における流体力の表現には,芳村による
Cross-flow モデル 2)で,実験から得られた定常流
体力を解析し,その有効性を考察する。なお,
流体力の計測や解析に関しては,供試モデルが
回転楕円体であることから,水平方向の運動に
ついてのみ実験を行い,垂直方向については同
じ特性であるとして割愛した。水中ビークル運
動と流体力の座標系を Fig.3 に示す。
(
(
)
X'H
0.3
0
-100
r'=0
r'=0.1
r'=0.3
r'=0.5
r'=1.0
r'=2.0
-50
0
50
ψ
β(deg)
100
-0.3
-0.6
2
Y'H
r'=0
r'=0.1
r'=0.3
r'=0.5
r'=1.0
r'=2.0
1
β(deg)
0
U
-100
-50
β
0
50
100
-1
u
-2
X
y0
Fig.3
(1)
0.6
-v
N,r
)
ただし,ρ は流体密度,U は曳航速度である。
x0
Y
)
X H′ = X H 0.5ρLDU 2 ⎫
⎪
YH′ = YH 0.5ρLDU 2 ⎬
⎪
N H′ = N H 0.5ρL2 DU 2 ⎭
0.4
水中ビークルの座標系(水平運動状態)
r'=0
r'=0.1
r'=0.3
r'=0.5
r'=1.0
r'=2.0
1) ビークル本体に作用する流体抵抗
模型船を曳航水槽の曳引電車にストラットを
介して取り付け,水中の模型船に作用する流体
力を 3 分力計で計測した。実験は旋回の行わな
い直進曳航状態で斜航角β を付けた斜航試験と
一定の斜航角と旋回角速度 r を与える拘束旋回
試験(CMT)を実施した。3分力系で計測される力
(前後力, 横力,回頭モーメント)には,ストラ
ットに働く流体力,またストラットや模型船の
慣性力が含まれているので,これらを控除し,
次式で模型船に働く流体力を無次元化した。
種々の斜航角(-90°<β<90°)と無次元回頭角速
度(0<r’<2)に対して計測した流体力(X’H , Y’H ,
N'H
0.2
β(deg)
0
-100
-50
0
50
100
-0.2
-0.4
Fig.4
種々の斜航角と無次元回頭角速度に対
するビークル本体に作用する流体抵抗
ビークルの操縦運動をシミュレーションするに
は流体力を数式表現する必要があるので,これ
- 134 -
らの力を文献[2]にしたがって次式で表現する。
ただし,旋回のない斜航状態の流体力は斜航角β
に関する周期関数で表現する。すなわち,
①②噴射時の推力
0.3
X/9.8[N]
0.2
0.1
⎫
X H′ = ( m ′y + X vr′ )v ′r ′ + ∑ a n ⋅ cos nβ
⎪
n =0
⎪
2
⎪
YH′ = (Yr′ − m ′x )u ′r ′ + ∑ bYn ⋅ sin nβ
⎪
n =1
⎪
⎪
L
/
2
1
⎛ ⎞
v ′ + C rY r ′x (v ′ + C rY r ′x)dx − L v ′ v ′ ⎬
− C DO ⎜ ⎟ ∫
⎝ L ⎠ −L / 2
⎪
2
⎪
N H′ = N r′ u ′ r ′ + ∑ b Nn ⋅ sin nβ
⎪
n =1
⎪
⎪
/
2
L
⎛ 1 ⎞
v ′ + C rN r ′x (v ′ + C rN r ′x ) xdx
− C DO ⎜ 2 ⎟ ∫
⎪
⎝ L ⎠ −L / 2
⎭
(2)
ただし, u′ = cos β , v′ = − sin β である。CD0 は
Cross-flow drag 係数,CrY, CrN は旋回運動に対
する横力と旋回モーメントの補正係数であり,
斜航角 90°の流体力から次式で求められる。
2
β[deg]
0
-50
}
0
-0.1
①②噴射時の推力
0.3
-0.2
50
0.2
-0.3
100
U=0[m/s]
U=0.1[m/s]
U=0.2[m/s]
Y/9.8[N]
-100
0.1
β[deg]
0
-100
-50
0
50
100
-0.1
①②噴射時の推力
噴射,①④同時噴射,②③同時噴射,③④同
-0.2
0.15
U=0[m/s]
時噴射を行った。Fig.4.5 のように,①②同時噴
U=0.1[m/s]
-0.3
0.1
U=0.2[m/s]
射の場合,各噴射口①,②の推力による総合的
な推力が発生し,水中ビークルの本体に加わる。
0.05
N/9.8[Nm]
{
U=0[m/s]
U=0.1[m/s]
U=0.2[m/s]
β[deg]
0
-100
-50
0
50
100
-0.05
-0.1
YH′ (u = r = 0) = C DO
2
Fig.5
(3)
速度および斜航角に対する①および②噴
-0.15
射による駆動力(XP, YP, NP)の変化
②噴射時の推力
0.3
上記の数学モデルで解析した流体力特性を
Fig.4 の各曲線に示すが,概ね計測された流体力
を表現できていると思われる。
r'=0(U=0)
r'=0.1
X/9.8[N]
YH′ (u = 0)
N H′ (u = 0)
⎫
⎪
= C DO (1 + C rY r ′ / 12) ⎬
⎪
= −C DO C rN r ′ / 6)
⎭
2
0.2
0.1
β [deg]
β[°]
0
-50
0
②噴射時の推力
-0.1
0.3
50
-0.2
0.2
100
r'=0(U=0)
r'=0.1
Y/9.8[N]
-100
-0.3
0.1
β [deg]
β[°]
0
-100
-50
0
50
100
-0.1
②噴射時の推力
-0.2
r'=0(U=0)
0.15
r'=0.1
N/9.8[Nm]
2)ウォータージェットによる駆動力
ビークルが停止状態(U=0)における駆動力は,
ウォータージェットの噴き出し流量がわかれば
運動量理論を用いて容易に推定することができ
る。しかし,ビークル本体が運動をすると,そ
の運動方向や大きさに応じて,ビークル本体と
干渉力が発生し,駆動力が変化することが予想
される。本節では種々の運動に対する駆動力を
実験で確認する。駆動力は,ウォータージェッ
ト噴射時,得られた水中ビークルの流体力から
噴射なし状態の流体力を差し引くことによって
特定することができる。実験は種々の噴出の組
み合わせで行ったが,以下には代表的な実験結
果を示す。
Fig.5 には噴射口①(後方噴射)と噴出口②(ビ
ークル後方右噴射)を種々の斜航角で作動させた
時の駆動力を示す。この場合,前進力と船尾を
左方向に押す力とモーメントが働くが,速度が
-0.3
0.1
0.05
0
-100
Fig.6
-50
0
-0.05
100
β[°]
速度および旋回角速度に対する②噴射
による駆動力(X
-0.1 P, YP, NP)の変化
-0.15
- 135 -
50
速くなるにつれ斜航角が 60°以上で横力とモー
メントがやや変動する傾向を示しているが,停
止状態とほぼ同等の推力が発生している。
Fig.6 には速度が 0.2m/s で噴射口②(ビークル
後方右噴射)を種々の斜航角および旋回状態で作
動させた時の駆動力を示す。この場合も,斜航
角が大きくなると横力が変動するが回頭モーメ
ントは停止状態とほぼ同等の推力が発生してい
ることがわかる。
Fig.7
噴射口①と②の航跡 (推力 0.5N)
Fig.8
噴射口②と③の航跡 (推力 0.5N)
4. 操縦運動のシミュレーション
水中を航行するビークルは 6 自由度の運動を
行うので,その運動方程式は重心に固定した移
動座標系をとると次式で表される。
)
(
r r r
r
m V& + ω × V = F ⎫⎪
r r r r ⎬
h& + ω × h = G ⎪⎭
(4)
r
r
ただし,m はビークルの質量,V は速度,h は
r r
角運動量, F , G はビークル重心に働く力とモー
メントをそれぞれベクトルで表す。ここで,水
平運動に限定し,Fig.3 に示す座標系の記号を用
いると(4)式から運動方程式が次式で表される。
m(u& − vr ) = X = X H + X P
m(v& + ur ) = Y = YH + YP
I ZZ r&
⎫
⎪
⎪
⎬
= N − xG Y
⎪
= ( N H + N P ) − xG (YH + YP )⎪⎭
(5)
ただし,(XH, YH, NH )は水中ビークルに働く流体
抵抗,(XP, YP, NP )はウォータージェットによる駆
動力を表す。また Izz はビークルの z 軸周りの慣
性二次モーメント,xG は重心の前後位置である。
シミュレーション結果の一例を Fig.7,Fig.8 に
示す。Fig.7 は停止状態から噴射口①(後方噴射)
と噴出口②(ビークル後方右噴射)を同量駆動し
た場合である。ビークルが前進しながら右旋回
する様子がシミュレーションできている。
Fig.8 は停止状態から噴射口②と③のそれぞ
れ反対側を同時に駆動した場合である。ビーク
ルは右方向に横移動するが,Fig.4 に示した前後
方向の流体力が零でなくやや前進方向となって
いるため,前進運動を伴う結果となっている。
このように,水平運動だけであるが,複数のウ
ォータージェットによってビークルを自在に制
御できることが確認できた。
- 136 -
5. 結言
ウォータージェット推進型の水中ビークルを
開発することを目的とし,流体力に関する模型
試験とシミュレーションでビークルの運動性能
を検討した。本研究で得られた主な結論を以下
に要約する。
1) 種々のビークルに働く流体力の内,流体抵抗
は著者らの Cross flow モデルが使用できる。
また,駆動力は速度や運動が大きくない範囲で
は停止状態と同じ値が使用できる。
2) 複数のウォータージェットによってビークル
を自在に操縦制御できることが確認できるこ
とがシミュレーションで確認できた。
なお,本研究の実施に際しては文部科学省研究
費補助金(課題番号:17656279)の援助を受けた
ことを付記し,関係各位に感謝致します。
参考文献
1) Hirata, K. : Development of experimental
fish robot, 6th International Symposium
on Marine Engineering, p.711-714, 2000
2) 芳村康男:浅水域の操縦運動モデルの検討
(第 2 報),関西造船協会誌,第 210 号,p.77-84,
1988)