日本ロボット学会誌
Vol. 18
No. 5, pp.721∼727, 2000
721
学術・技術論文
人とビーチバレーボールを打ち合うロボット
辰 野 恭 市∗
A Beach Ball Volley Playing Robot with a Human
Kyoichi Tatsuno∗
It is expected that robots will work in homes and hospitals with humans in the future. We have developed a
beach ball volley playing robot as a demonstration of human friendly robot technology. Our developed robot has
the following three functions for a human friendly robot: 1) to interact with a robot using everyday words, such as
“Let’s play volleyball”, “Pick up a ball”, 2) to move under visual feedback by measuring a target position, and 3)
to control arm motions which are expressed by using dynamic equations for performing tasks. This paper describes
structures and procedures of the robot system.
Key Words: Intelligent Robot, Motion Planning, 3D–Position Measurement, High–Speed Stereo Vision, Robot Controller, Arm Control, Beach Ball Volley
1.
は じ
指定された色のビーチボールを取り,高さ 2 [m] のネットを介
め に
して,人とビーチボールを打ち合ったのち,人と握手をするも
現在,有効な道具として使われているロボットは,自動車組
のである [10].
立ラインでスポット溶接や塗装をする多関節ロボット,電子回
本論文では,2 章で人と共存するロボットに必要な機能を挙
路組立ラインで部品の挿入を行うスカラロボットである.これ
げ,それらの機能が人とビーチボールをしたり,握手をすると
らは大量生産ラインにおけるティーチングプレ イバック方式の
きにどのように使われるかを説明したのち,3 章以降に人とビー
ロボットである.一方,1980 年頃から,これらティーチングプ
チボールをするロボットシステムの構成と動作を紹介し ,最後
レ イバック・ロボット以上の機能をもったロボットを実現する
に,このシステムの基本機能を支える,ビーチボールの位置計
前ステップとして,いろいろな基本機能(例えば,視覚認識 [1],
測法とビーチボールを高速で追うための移動アームの制御方法
タスクプランニング [2] [3],マニピュレータ [4],力制御 [5],ビ
について述べる.
ジュアルフィード バック [6] など )をまず獲得することに主眼
をおいた研究が展開され,多くの成果が出てきている [7]∼ [9].
そろそろ,これらの基本機能を用いてロボットシステムとして
組み上げ,獲得した成果の評価や研究の方向の見直しをする時
期であると思われる.
我々は,今後ロボットが大量生産ラインから出て,将来は家
庭,病院などで活躍するお手伝いさんロボットや介護ロボット
のような,人と共存するロボットの実現を目指してしている.
今回,これら人と共存するロボットに必要な基本機能を持った
ロボットシステムを開発し ,人とビーチボールを打つデモンス
トレーション( 以下,デモと略記)を通じて,人と共存するロ
ボットシステムの実現の可能性を示した.行ったデモは Fig. 1
に示すロボットが Fig. 2 のようなデモ・ブースで,
「 赤いボー
ルを取れ 」などと音声で指示すると,コート内に転がっている
原稿受付 1999 年 6 月 10 日
( 株)東芝 研究開発センター
∗
R&D Center, Toshiba Corporation
∗
日本ロボット学会誌 18 巻 5 号
Fig. 1 A beach ball volley playing robot
—105—
2000 年 7 月
辰 野 恭 市
722
Fig. 2 Overview of the system
2.
人と共存するロボット に必要な機能
現在,自動車製造ラインで塗装や溶接の作業で大活躍してい
Fig. 3 Mechanism
るロボットは,ある作業場所に固定されていて,コンベアで自
動車が運ばれ,ある決められた位置にセットされると,ロボッ
ボットの位置関係があらかじめ分かっていないと作業ができな
1 )人間の言葉での指示(タスクレベル言語)で動く機能.
2 )作業対象物の位置を測定し ,アームを位置合わせする機能.
3 )作業を運動学的・力学的に記述し,アームがそのような運動
い.また,ロボットを動かすための指令,すなわちロボット言
をする機能( 制御法)
.
トはあらかじめ教えられた動作を行うことにより作業を実行す
る.このように現在のロボットは作業対象物である自動車とロ
このような機能を盛り込んだロボットシステムを試作したの
語は Move P1(「点 P1 まで動きなさい」)などと単純なアーム
の運動を一つ一つ指示するもので,作業をすべて指示するには
で,3 章以降でシステムの構成,動作を紹介する.
数十∼数百ステップのロボット言語命令列を書かなければなら
3.
ない.
3. 1
一方,家庭内で『お手伝いさんロボット 』を使う場面を想定
ロボットシステムの構成
機構
Fig. 3 にロボットの機構概要を示す.ロボットを吊り下げ,
してみよう.例えば『お手伝いさんロボット 』に「 新聞を取っ
てちょうだい」と人間の言葉で指示すると,新聞をもってきて
ロボットを移動させるための機構( 6 自由度,God アームと呼
くれると嬉しい.そのためには,まず,ロボットは人間の発し
ぶ)
,ラケットを持っている左アーム( 6 自由度,左 Angel アー
た音声を認識し ,
「 新聞を取ってちょうだい」と指示されたこと
ムと呼ぶ)
,手が付いていて握手ができる右アーム( 6 自由度,
を理解する.理解すると,新聞を探し ,その位置を測定しなが
右 Angel アームと呼ぶ )
,顔に相当する雲台からなる.顔には
ら新聞を掴む位置まで移動する.このとき,カメラで新聞とロ
ボールを認識・測定するための 2 台の CCD カラーカメラが搭
ボットとの相対距離を測定し ,この相対距離が目標値になるよ
載されている.
うにビジュアルフィード バックを行いながら移動する.次に,
腕を伸ばしてハンド を閉じ ,新聞を掴む.このとき,新聞との
各アームに必要な運動能力は,人と人とがビーチボールを打
ち合っているところを高速ビデオカメラで撮影し,ボールの運
相対距離を測定し ,その距離情報を用いて,掴むための腕やハ
動,ボールを打ち返すためのラケットの運動を測定し ,以下の
ンド の運動( 軌道)を生成し ,かつ,対象物の硬さに合わせて
ように決定した.
God アーム先端の最大速度,すなわちロボットの最大移動速度
掴むために必要なハンド や腕の力,コンプライアンスを決めて,
は,ボールを追うために,2.5 [m/sec],最大加速度 13 [m/sec2 ]
制御する.
「新聞を取ってちょうだい」を「赤いボールを取れ 」に代える
とし た.ビ ーチバレ ーボ ールをしているときのボ ールの最短
と,ビーチボールを拾うデモと同じである.人とビーチボール
飛行時間は 0.5 秒であるので,ロボットがコート中心からコー
を打ち合うデモは高速にボール( 作業対象物)の位置計測が行
ト の端まで 0.8 [m] を移動するためには ,God アーム先端は
え,それに対して高速にロボットを動かせることを示した.人
1.6 [m/sec] で動く必要がある.加減速のための時間を考慮し ,
との握手は人と接触できることを示すために行ったものであり,
少し余裕をみて速度・加速度の値を上記のように設定した.こ
人の握手を力学的に記述し,そのようにアームを制御している.
のように高速で動かすために,God アーム根元の二つの関節の
他に重要な技術もいろいろあるが,人と共存するロボットに
みを使って振り子のように動かす.振り子のように動かすと重
必要な機能として次の三つを挙げる.
JRSJ Vol. 18 No. 5
力に逆らう動きを小さくできる.
—106—
July, 2000
人とビーチバレーボールを打ち合うロボット
723
左 Angel アームは,ビーチボールを打ち返すのに必要なラケッ
センサの信号を入力する A/D 変換ボード などからなる.制御
ト速度 3.0∼4.0 [m/sec] を得るために,最大速度を 4.7 [m/sec],
サイクルは God アームと雲台が 2 [msec] で左右 Angel アーム
2
最大加速度を 31 [m/sec ] とした.God アーム,左 Angel アー
は 1 [msec] である.
ムの加速度,速度はこの大きさのロボットとしては,現状の市
販のモータ・減速機を用いた場合の最大に近い.
また,音声認識用のワークステーションが イーサネット経由
で全体管理に接続されている.
雲台の速度は ,カメラでボ ールを追い続けるために 上下に
3. 2. 2 ソフトウエア
440 [度/sec],左右に 140 [度/sec] である.
右 Angel アームは人と握手をするので,手首に 6 軸力センサ
を用いて説明する.全体管理がデモのシナリオのシーケンスに
が装着され,インピーダンス制御される.
従ってロボット全体の動きを指示すると,動作管理とボール打
3. 2
3. 2. 1
コント ローラ
このコントローラ内で実行されるプログラムの流れを,Fig. 5
ち合い管理が各アームの動きに分解して動作を指示する.この
動作指示に従って各アームは次のように制御される.ボール位
ハード ウエア
Fig. 4 にコントローラのハード ウエア構成を示す.全体管理
置測定系は,ボールを赤,緑,青の色で識別しながら,その三
のパソコンのもとに,イーサネットを介して,アームの動作管
次元位置を測定し ,左 CCD カメラの中心にボールがくるよう
理,ボール打ち合い管理があり,その下に各アームの制御をす
に雲台を制御する.三次元位置測定は各アームの動作とは独立
る右 Angel アーム制御系,左 Angel アーム制御系,God アー
に行い,時刻を貼り付けてボール打ち合い管理ボード のメモリ
ム制御系,位置計測系,および 雲台制御系がある.
全体管理はデ モ全体のシーケン スの制御とマン マシン イン
ターフェイスの役割を果たす.動作管理は,ロボット全体の動
きを各アームの動きに分解して各アーム制御系に移動命令を送
る.ボール打ち合い管理は,ボールの位置データの管理とボー
ルを拾うときと打つときの動作を各アーム制御系に指示する.
各アームの制御系は指示された移動命令に従って関節を動かす.
ボール位置計測系はカメラでボールの位置計測を計測し ,雲台
制御系はカメラの雲台を制御する.動作管理以下は VME バ
スシステム( CPU:モトローラ 68040,OS:Vx Works )で構
成されている.ただし ,ボール位置測定はパソコンを用い,バ
スアダプタを介してボール打ち合い管理に位置データを送って
Fig. 5 Software structure
いる.
各アームの制御系は軌道生成,アーム手先位置から関節角
への変換( 座標変換)
,サーボ演算に各一つずつ,合計 3 個の
CPU ボード を割り当てている.I/O はエンコーダのパルスを
カウントするカウンタボード,モータを駆動するサーボアンプ
に指令( 速度指令,トルク指令)を出す D/A 変換ボード,力
Fig. 4 Robot control system
日本ロボット学会誌 18 巻 5 号
Fig. 6 Arm control
—107—
2000 年 7 月
辰 野 恭 市
724
に格納する.各アーム制御系は,動作管理とボール打ち合い管
理の動作指示,例えば ,動作管理からの Garm.Move()( God
アームの移動命令 )など のロボット 言語で書かれた移動命令
や,ボール打ち合い管理から送られる目標位置に従って動く.
各アーム制御系内では Fig. 6 に示すように,移動命令や目標
位置が送られてくると,アーム手先の軌道生成を行い,それを
関節角に変換した後,この関節角を目標値として,各関節のエ
ンコーダからの関節角データを用いて位置サーボを行う.
4.
システムの動作
1 )ボールを拾う場合
2 )人とビーチボールを打ち合う場合
3 )人と握手をする場合
Fig. 7 Visual feedback
について,システムの動作を説明する.
4. 1
ボールを拾う場合
ボールを拾う場合の動作手順を箇条書きにする.
1)
「赤いボールを取れ.
」とマイクから音声で指示.
全体管理は,ボールを拾うデモを指示し ,音声認識を音声入
力待ち状態にする.音声認識 [11] は,
「 赤いボールを取れ 」と人
が音声で入力(タスクレベルの言語での指示)すると,音声を
認識し ,全体管理に音声認識が終了したことを知らせる.全体
∼6 )の動作を順次,動作管理とボール打ち
管理は,以下の 2 )
Fig. 8 Software structure for playing beach ball volley
合い管理に指示する.
2 )ボールを拾うデモのための初期位置にロボットを移動.
動作管理は各アーム制御系に初期位置へ移動する命令( 例:
めの God アームの関節角( 第 1,2,3 関節)を Æ とすると,
Garm.Move(),Larm.Move()( God アーム,左 Angel アーム
Æ X = J · Æ
の移動命令)など )を出し ,ロボット全体として初期位置・姿
勢をとる.
( 1)
の関係がある.ここで J は Æ と Æ X との関係を示すヤコビア
3 )雲台( 顔)を振って,コート上の赤いボールを探す.
ンで,設計値である.したがって,式( 1 )の逆,
雲台制御系は,カメラの視野がコート 上を走査するように,
Æ = J− 1 Æ
雲台を振る.
ボール位置計測系は 1/60 秒ごと(フィールドレート )で,雲
台上のカラー CCD カメラの映像信号からボールを認識し,ボー
( 2)
を用いて,2 [msec] ごとに Æ を計算し ,(X − Xr) が零にな
ルの三次元位置を測定する.ボールの認識と位置測定について
るように関節角 を制御する.このようにして,ロボットが
は 5.1 節で詳しく説明する.この三次元位置データはカメラ基
ボールを拾う位置 Xr にくるように制御する.用いたヤコビア
準座標系( 雲台が正面を向いたときのカメラ座標系,Fig. 9 で,
ン J は設計値であるが,実際のヤコビアン J と少し違っていて
ロボットの目の位置に配置した座標)に変換され,時刻データ
も,漸近的に目標値 Xr になる に収束する.
リに格納される.時刻を貼り付けることによりロボットの運動
5 )左右 Angel アームでボールを左右から挟む.
左右の Angel アーム制御系は,あらかじめ教示した挟む動作
制御との時間同期をとっている.
をプレーバックする.
( 世界時計)を貼り付けて,ボール打ち合い管理内の共通メモ
測定したボール位置を用いて,雲台制御系はボールの映像の
6 )ボールを拾ったことを確認.
ボールを上に持ち上げ動作を行った後,カメラで測定してい
中心が左カメラの画面の中心にくるように雲台を制御し ,ボー
るボール位置が不変であれば拾ったと判定する.
ルをトラッキングする.
人とビーチボールを打ち合う場合 [13]
4 )ビジュアルフィード バックにより,ボールを拾うための位置
4. 2
へ移動 [12].
人とビ ーチボ ール を 打ち合 う場合のプ ログ ラムの 流れ を
いて説明する.カメラから見たボールの位置を X,拾うための
ここで行っているビジュアルフィード バックを,Fig. 7 を用
Fig. 8 に示す.また,Fig. 9 にボールの軌跡(計測値)の例を
示す.Fig. 8 に示すように,ボール位置計測系はボールの三次
位置,すなわち目標値を Xr とする.ロボットの姿勢は固定で,
元位置を測定し,ボール軌道予測系は,ボールの軌道を推定し
て最終的なボールの打点と打刻を予測する.God アーム制御系
あらかじめ決めた拾うための姿勢のままである.
まず,現在値 X から目標値 Xr までの直線軌道を生成し,こ
は予測された打刻の 0.2 秒前までに打点に到達するように軌道
の軌道上の微小ステップを Æ X とする.Æ X だけ移動させるた
を生成して移動する.打刻の 0.2 秒になると左 Angel アームは
JRSJ Vol. 18 No. 5
—108—
July, 2000
人とビーチバレーボールを打ち合うロボット
725
Fig. 10 Shake hands
するような移動軌道を生成し 続け,God アームの根元の 1,2
軸のみを用いて移動する.ただし,ロボットの姿勢は正面を常
Fig. 9 Ball trajectory and base coordinates
に向くように 5 軸も制御している.ボールを高速に追うための
God アーム制御方法は 5.2 節で説明する.
1)
∼3 )をボールのデータが増える度に,すなわち 1/60 秒ご
ボールを打つスイングを開始する.以下,上記の流れに沿って
説明する.
とに繰り返す.
4 )0.2 秒前に予測打点に到達し,左 Angel アームを振ってボー
1 )ボール位置計測系と雲台制御系は,ボールを拾うときと同
ルを打つ.
様に,ボールの三次元位置を測定しながらボールをトラッキン
グする.
ボールの打ち方は,肩を支点にアンダーハンドで打つ.打つ
ために使っている関節は,前方にラケットを送り出す方向に動
2 )ボールの飛行軌道を推定し ,打点・打刻を予測する [14].
a )カメラから見たボールの位置を God アーム基準座標系に変
換する.
く肩の 1 軸と肘の 4 軸のみであり,あらかじ め決められた速
度パターンでこの関節を動かす( Fig. 9 の左 Angel アームの関
節に回転方向を示す矢印を記入しておいた )
.ボールを相手の
測定されたボ ールの位置はカメラ基準座標系での値である.
これを God アームの関節角を用いて God アーム基準座標系
( Fig. 9 の God アームの振り子の根元 OG を原点とする座標
系)に変換する.この変換は,ボール軌道予測がボールの軌道
は重力方向とそれ以外の方向に分けた方が容易になるから行う.
コートの中央付近に返すため,ロボットのコートの中央より左
で打つとラケットの面を右に向け,右で打つと左に向ける.ま
た,中央より前で打つとラケットの面をボールが上に上がる方
向に向け,後ろで打つとボールが前方へ飛ぶようにラケットの
面を傾けている.
b )その時点までに得られたすべての測定点を用いてボールの
飛行軌道を予測し ,最終打点と打刻を推定する.
打った後も左 CCD カメラはボールを追い続けるが,追いき
れず視野から出た場合は雲台をホームポジションに戻し ,ボー
ボールの位置が 3 回連続してロボット側に進み,かつ上方へ
上がったとき,人がボールを打ったと判断する.この時点から,
ルが 視野に入るのを待つ.上記の処理をラリーが 続く間繰り
返す.
ボール軌道予測系は得られたすべてのボールの位置データを用
4. 3
いてボールの飛行軌道を推定する.時間が経つに従ってデータ
握手をしているとき( Fig. 10 )の右 Angel アームの制御方
数は増えていく.x,z 方向( Fig. 9 の God アーム基準座標系
法を説明する.握手を次のように力学的に定義する.握手とは,
参照)の軌跡は三次の多項式,y 方向の軌跡は二次の多項式で
人の外力が加わらない場合は,アーム先端( 位置 X )が周波数
1 [Hz] 程度,振幅 15 [cm] の正弦波状の振動であり,人の外力
F が加わると,外力に応じて質量マトリックス M,ダンピング
マト リックス B,バネマト リックス K で外力が加わらない場
合の中立点( Xd )から変位するものと定義する.式で表現す
近似し ,重み付き逐次最小 2 乗法 [15] で測定値に対してフィッ
ティングした.空気抵抗も考慮するために三次の多項式を用い
たいのであるが,y 方向の軌道は直線に近いので三次式では解
くのが難しくなるので二次の多項式とした.係数を求める連立
方程式の条件数が 大きくなり解けなくなるからである.最小
人と握手をする場合
ると,
2 乗法の重みは,時刻の古いデータとの誤差は大きく,新しい
F = M · Ẍ + B · (Ẋ − Ẋd ) + K · (X − Xd )
データとの誤差は小さくなるようにしている.
ロボットは God アームの 1 軸,2 軸のみを使って振り子のよ
Xd = A · Sin(ωt)
うに移動しているので,打点は God アームの根元を中心とし
.したがって,最終打点はボール
た球面上にある( Fig. 9 参照)
の軌跡とこの球面の交点として求まる.また,この交点にボー
日本ロボット学会誌 18 巻 5 号
( 4)
となる.ここで,A は握手の振幅,ω は握手の周波数である.
( 3 )を関節角で表すと式( 5 )になる.
ルが到達する時刻を計算する.
3 )God アーム制御系は,推定された最終打刻の 0.2 秒前に打
点に到達する God アームの移動軌道を生成し ,移動する.
1/60 秒ごとに,現地点から最終打点に打刻の 0.2 秒前に到達
( 3)
¨ + b · (˙ − ˙ d ) + k · ( − d )
JT · F = m · ( 5)
ここで ,JTは 右 Angel アームの基本座標系と関節角との間
のヤコビ アン J の 転置行列,m は m = JT · M · J,b は
—109—
2000 年 7 月
辰 野 恭 市
726
b = JT · B · J,k は k = JT · K · J, d は Xd に対応する d
である.
式( 5 )の関係を満たすようにするには ,次の式( 6 ),
( 7 ),
( 8 )を満足すれば良い.
¨ i = m− 1 ·{jT·Fi −b·(˙ i − 1 −di − 1 )−k·(i − 1 −di − 1 )}
( 6)
˙ i = ˙ i − 1 + ¨ − 1 · ∆t
( 7)
i = i − 1 + ˙ i − 1 · ∆t
( 8)
Fig. 11 Labelling board
ここで,∆t は制御のサンプ リング間隔である.
,
( 4 )を用いて力学的に定義し ,こ
握手という作業を式( 3 )
の定義に沿って制御することにより,握手という作業を実現し
ている.
5.
5. 1
ボールの位置計測法と God アームの制御方法
ボールの位置計測法 [16]
ボールの位置計測法は,ロボットの顔に相当する雲台上の二つ
の CCD カラーカメラによるステレオ視である.ボールを赤・緑・
青の割合により色で識別し ,左右のカメラで撮ったボールの重
心位置から,三角測量の原理により三次元位置を算出する [17].
以下,ラベリングボード のブ ロック図( Fig. 11 )と画像の処
理の様子を模式的に表した Fig. 12 を用いて詳し く説明する.
ラベ リングボ ード の各機能は FPGA( Field Programmable
Gate Array )で実現している.
まず,赤・緑・青個別に出力される 3 板式カラー CCD カメラ
Fig. 12 Ball image processing
の映像信号が,イメージ I/O コントローラにより映像信号との
同期をとりながら A/D 変換器を介してラベリングボード に入
力され,ルックアップテーブルに送られる.ルックアップテー
ブルでは設定した色領域(赤・緑・青のベクトル空間内の領域)
であるかど うかを判断し ,2 値化処理する.ラベリング・プロ
セッサでは,現在処理している画素が八つの隣接画素と同じ 色
の領域かど うか判断し ,連続した領域に順番を付けて,画像メ
モリに格納する( Fig. 12 (1),(2) )
.各 FPGA は上記の処理を
パイプライン方式で 1 秒間に 60 枚の画像(奇数フィールド,偶
Fig. 13 Second order moment
数フィールド,768 × 256 画素,12 [bit]/画素)を処理してい
る.また,メモリコントロールは,画像メモリ内の 2 値化デー
タの連続する一塊の領域を見直し ,再度番号付けをしている.
メモリコントロールと画像メモリは,奇数・偶数フィールドご
とに高速に処理するために 2 系統になっている.このラベリン
グボード はこのロボットのために新たに開発したものである.
その後,画像メモリからパソコンのメモリにラベリングされ
と固定値になる.左右のカメラで撮った映像を以上のように処
理した後,ボールの領域が一つのボールの像であるための拘束
条件(エピポーラ拘束)[17] を満足しているかど うか確認する
.このようにして左右の画像のボールの領域を識
( Fig. 12 (4) )
別する.
ボールを認識すると,その領域の重心を求める.左右の像の
た画像データを転送する.パソコンでは,まず転送された画像
デ ータのラベリング された領域が 円であるかど うかを断面二
重心位置から三角測量の原理で三次元位置を算出する.
5. 2
次モーメントと円形度により識別する( Fig. 12 (3) )
.断面二次
God アームの制御方法
モーメントとは Fig. 13 に示すように X 軸と Y 軸回りの二次
人とビーチボールを打ち合う場合,ボールの打点に God アー
モーメントでボールのように円形であれば ,二つの軸回りの二
ムは高速に振動せずに移動しなければならない.このときの制
次モーメントはほぼ同じ 値になる.また,円形度とはラベリン
御方法を説明する [14].
まずは振動を発生しない軌道を生成する.このために,軌道
グされた領域の面積と周長の 2 乗の比で円では
は,加速度,速度,位置が連続になるように五次の多項式を用
πr2 /(2πr)2 = 1/4π
JRSJ Vol. 18 No. 5
( 9)
いたいところであるが ,次数が 高いと加減速が多いので最終
—110—
July, 2000
人とビーチバレーボールを打ち合うロボット
727
打刻の 0.17 秒前までは四次の多項式,その後は五次の多項式
ある.紙面の都合上,本プロジェクトのリーダ ーとして企画・
を用いている.サーボ 制御のサンプル周期は 2 [msec] で ,軌
概念設計を行った辰野恭市が著者を代表した.
道追従性をあげるために位置,速度,加速度目標値のフィード
参
フォワード を行っている.また,防振のために,振り子のよう
な God アームの中点あたりに設置した三次元加速度センサの
出力を逆ヤコビアン行列で関節に分配し ,これらの関節のモー
タの電流指令に足し込んでいる.
6.
お わ
り に
人と共存するロボットに必要な
1 )人間の言葉での指示(タスクレベル言語)で動く機能,
2 )作業対象物の位置を測定し ,アームを位置合わせする機能,
3 )作業を運動学的・力学的に記述し,アームがそのように運動
する機能,
を持ったロボットシステムを試作し ,
「 赤いボールを取れ 」と指
示すると指定された色のボールを取り,人とビーチボールをし
たり,人と握手をするデモを行った.また,現状の技術で実現
できるロボットの運動能力( 加速度,速度など )を示した.
試作したロボットは所望の性能を発揮して,
「 赤いボールを取
れ 」とタスクレベルの言語で指示すると,カメラによりボール
の位置を 1/60 秒ごとに測定しながらボールを拾ったり,高速
にボールを追いながら人とビーチボールをしたり,握手をする
ことができた.
デモしてみて,コートは大きい方が人がボールを打ち返しや
すい,あるいはボールを拾う範囲も大きい方がロボットのフレ
キシビ リティを示せたのではないかという反省がでた.ロボッ
トが作業の変更にフレキシブルに対応するには,車輪移動とビ
ジョン( 作業対象物の認識とその三次元位置計測)は不可欠で
トフォームの整備が不可欠と考える.
謝 辞 この仕事は東芝・研究開発センターの辰野恭市,佐
藤広和,橋本英昭,尾崎文夫,大明準治,小川秀樹,植之原道
宏,吉見卓,浅利幸生,前田勝宏,番場弘行(現アオバ産業(仙
台))
,中井宏章,谷口恭弘,田中英治,館森三慶,石川実,東
芝・電力産業システム技術開発センターの岡田敏が共同で,東
文
献
[ 1 ] 特集:
「組立作業計画」,日本ロボット学会誌,vol.1, no.2, 1993.
[ 2 ] 特集:
「リアルタイムビジョン」,日本ロボット学会誌,vol.13, no.3,
1995.
[ 3 ] 浅野:知能ロボット( ハイテク選書)
.東京電機大学出版局,1990.
「ロボットマニピュレーションの機構学」,日本ロボット学会
[ 4 ] 特集:
誌,vol.5, no.4, 1987.
[ 5 ] 特集:
「アド バンスト・モーションコントロール 」,日本ロボット学
会誌,vol.11, no.4, 1993.
[ 6 ] 橋本:“ビジュアルサーボイング ”,計測と制御,vol.35, no.4, p.282,
1996.
「重点領域研究「知能ロボット」」,日本ロボット学会誌,vol.16,
[ 7 ] 特集:
no.5, 1998.
[ 8 ] 特集:
「知能ロボット 」,日本ロボット学会誌,vol.9, no.1, 1991.
「教示」,日本ロボット学会誌,vol.13, no.5, 1995.
[ 9 ] 特集:
[10] 尾崎: “Beach Ball Volley Plaing Robot,” 1999 IEEE Robotics
& Automation Video Proceedings.
[11] 舘森,金沢,坪井:“複数の座標系による特徴表現を用いた HMM 音
声認識”,日本音響学会春季全国大会講演論文集,pp.95–96, 1996.
[12] 尾崎 他: “ビ ーチボールロボット —ビジュアルフィード バックによ
るビーチボール拾い”,第 15 回日本ロボット学会学術講演会予稿集,
pp.131–132, 1997.
[13] 小川 他:“ビ ーチボールロボットの「ボール打ち合い」動作制御シ
ステム”,第 15 回日本ロボット学会学術講演会予稿集,pp.377–378,
1997.
[14] 吉見 他:“ビーチボールロボットの打点位置・打刻予測システム”,第
15 回日本ロボット学会学術講演会予稿集,pp.375–376, 1997.
[15] 片山:システム同定入門.朝倉書店,pp.81–82, 1994.
[16] Nakai et. al.: “A Valleyball Playing Robot,” Proc. of 1998
IEEE International Conference on Robotics and Automation,
pp.1084–1089, 1998.
[17] 井口,佐藤:三次元画像計測.昭晃堂,pp.20–64, 1990.
あることを痛感した.また,ロボット研究の成果を積み重ねる
ためには,作業知識を蓄積するロボットコントローラ・プラッ
考
辰野恭市( Kyoichi Tatsuno )
1950 年 1 月 1 日生.1972 年大阪大学工学部電気
工学科卒業.1973 年( 株)東芝入社.同社研究開
発センターで計測技術,ロボットの研究開発に従
事,現在に至る.現在の役職は研究主幹.工学博
士.1986 年注目発明賞(科学技術庁)
,計測自動制
御学会・技術賞,1997 年日本ロボット学会・実用
化技術賞受賞.計測自動制御学会,日本機械学会,IEEE など の会
員.
( 日本ロボット学会正会員)
芝・研究開発センター・機器試作部の協力の下に行ったもので
日本ロボット学会誌 18 巻 5 号
—111—
2000 年 7 月
© Copyright 2025 Paperzz