日本フライトケータリング協会 第 20 期第 2 回会議(名古屋会議

日本フライトケータリング協会 第 20 期第 2 回会議(名古屋会議)特別講演会
講演者:子安大輔(こやす だいすけ)様
株式会社カゲン 取締役 ・ フードビジネスコンサルタント
演 題:「フードビジネス、新しい潮流」
(講演者の略歴)
1976 年(昭和 51 年)生まれ。1999 年、東京大学・経済学部卒業。同年、広告大手の株式会社博
報堂に入社。博報堂で、飲料、食品、金融などの広告マーケティング戦略立案などに携わる。
2003 年、飲食業界へと転身、有限会社フェアグランドに入社。同社で飲食プロデューサーの中村
悌二氏に師事。2005 年、中村悌二氏と共同で株式会社カゲンを設立し、取締役に就任。飲食業
界のプロデュースやコンサルティングに広く携わる。2009 年 5 月に上梓した「『お通し』はなぜ必ず
出るのか~ビジネスは飲食店に学べ~(新潮新書)」が評判となる。
(講演内容)
みなさま、はじめまして。株式会社カゲンの子安大輔と申します。本日はよろしくお願いいたしま
す。このような貴重な場にてお話しする機会をいただきまして、大変光栄に思っております。こちら
から拝見いたしますと多くのみなさまが私よりも先輩で、こんな若輩者が高いところからマイクを通
してお話をさせていただくのは大変恐縮ではございますけれども、是非お付き合いいただければ
と思います。
「食」に関してはここ数年、かなり状況の変化が目まぐるしく起きております。若い感性を生かし
て食について色々と見つめているつもりでおりますので、みなさま方に少しでもお役に立てるお話
が出来ればと考えております。
今日は「フードビジネス、新しい潮流」という大きなお題をいただいております。フードビジネスと
言いましても、私が携わっておりますのが主に外食産業ですので、今日もそれが中心になります
が、外食産業の閉じたお話ではなく、少しでも食全般やあるいは世の中に通じるお話が出来れば
と思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。
本題に入ります前に簡単に自己紹介並びに会社の紹介をさせていただきます。まずは 99 年に
博報堂という広告代理店に入社しました。主にビールやソフトドリンク、食品などのマーケティング
のセクションに配属されまして、そこで企画戦略を立案するということをやっておりました。10 年前
のその当時から広告だけでは物が売れないというのは当然分かりきっていましたので、例えばお
茶の新商品を出すときでも、「そもそも今の世の中はどうなっているんだろうか」とか、「これからど
ういうことが起きていくんだろうか」と分析することが非常に多く、そのうえで、今の時代にどういう
ものが求められるのかを考えていくことを主な仕事にしておりました。
社会人としての第一歩を世の中を見つめるとか、そこから何かアイディアを考え出すというような
ところからスタートできたことは、今の私に非常に大きな影響を与えているなと思っています。
博報堂時代の仕事は非常に楽しかったですけれども、より分かりやすくてリアルな仕事に携わり
たいという思いが非常に強くなって、かねてから興味がありました外食産業という世界に飛び込ん
でみようと思ったんです。博報堂に 4 年間勤務したのちに、私の師匠にあたります中村悌二という
外食のプロデューサーの元に飛び込んだのが 03 年のことです。
中村は飲食店のオーナーでもありまして、現在は 5 店舗を経営しています。ただ、飲食店オーナ
ーとしては珍しいタイプなのですが、店の数を増やすということにあまり執着が無い人間なんです。
その代わりに新しいことを考えるのが非常に好きな人間でして、よそ様から依頼を受ける形でプロ
デュースやコンサルティングをしていくというスタイルで仕事をしております。私はそのアシスタント
的なことを数年間やりまして、じゃあその企画部門を別会社化しようかということで作りましたのが、
この「株式会社カゲン」という会社です。
ちょっと変わった社名ですから由来を聞かれることが多いんですが、これは「いい加減」のカゲン
です。日本語だと「いいかげん」って語尾が上がるイントネーションになりますけれど、元を正せば
「良い加減」ということです。プロデュースやコンサルティングの仕事というのは、何か足りないもの
を足したり余計なものがあったらそれを取り除いたりして、最終的に一番いいバランスを取っていく
のが本質です。そういう意味で、うまく加減をしてグッドバランスを取りたいという思いを込めてカゲ
ンという名前を付けております。それから同じ年に学校も設立しました。ここは後ほどご説明いたし
ます。
カゲンの主な業務を簡単にご紹介しますと、仕事の中心になっていますのは飲食店のプロデュ
ースやコンサルティングです。プロデュースと聞きますと、分かったような分からないような・・・とい
う方が多いのではないかと思いますけれども、言ってみれば何もないゼロの状態からお店がオー
プンするまでのほぼ全てをやるということです。
最初に新しくつくり出すお店のコンセプトを考えるところから始まりまして、店名をどうしようか、ロ
ゴデザインをどうしようかということもやります。当然お店ですから箱が必要になりますので、そこ
の設計であったりインテリアデザインの部分が非常に重要な意味を持ちます。ただ私たち自身は
設計の部分の仕事はできませんので、外部の設計の方を招き入れて、その方たちに対して「こう
いう方向で」という指示を出していくこともやります。
最終的には食器をどうするだとかユニフォームはどうするとか、飲食店にはかなり細々したもの
も多いですけれど、そういうもののセレクト、コーディネイトも全てやるわけです。プロデュースとい
う言葉は一見カッコよく聞こえがちなんですけれど、やっていることは結構地道な作業の積み重ね
なんです。こんなことを色々やって、ようやく何とか一軒のお店をつくり上げるというのが、私たち
の仕事の中心です。
関わっている仕事の比率で言いますと和食の業態が一番多いのですが、和食に限っているわ
けではなく、イタリアンであったり中華であったりバーであったり、そんなお店もいろいろつくってお
ります。この 5、6 年で 50 店舗ぐらい、東京中心につくりました。
その延長になりますが商業施設の企画・プロデュースという仕事もしています。と言いますのも、
たぶん丸ビルが出来たあたりからだと思うのですが、商業施設とか百貨店が人を呼ぶためにはレ
ストランフロアの充実が欠かせないとみなさんが認識しはじめたんです。一方ではファッションなど
の高級ブランドが売れなくなってきたという事情も当然その裏にはあるわけですが。ですから新し
く出来るビルのレストランゾーン、レストランフロアをどう魅力的にしてくのかというのが、デベロッ
パーサイドとしてはかなり大きな課題になっています。今までのように全国的にチェーン展開して
いるレストランをただ入れればいいということではなくなってきたんです。このタイプの仕事では、ビ
ルのフロアをそもそもどう考えていくのかというあたりから始まりまして、最終的にはテナントを誘
致していくころまでをプロデュース、コンサルティングしていきます。
それから、さきほど少しだけ触れましたが「スクーリング・パッド」という学校もやっています。たま
たま私どもの事務所は、東京の世田谷で廃校になってしまった中学校がリノベーションして生まれ
変わった「世田谷ものづくり学校」という建物の中にあるんです。その中の教室の1つをそのまま
事務所として使用しているのですけれども、せっかく学校という建物の中に身を置いているので、
これからの時代の面白い学校をつくろうじゃないかということになったんです。現在は私どもが主
宰しております「レストランビジネス」をテーマにした学部の他に、デザイン、映画、農業という 4 つ
の学部構成でやっております。この学校はもう丸 4 年経ちましたけれども、卒業生を 1200 人ぐらい
送り出すことができまして、独立開業して飲食店を始められた方もかなりの数いらっしゃいます。
また、今年の五月に新潮新書から「『お通し』はなぜ必ず出るのか」という本を上梓することがで
きました。学校をやっていく中で、外食産業について思うところが色々ありましたのでそれを形にし
てみようという思いから書き始めたんですが、初めて書いたものですからかなり苦労しました。何
とか形に出来てよかったなと思っています。
余談ですけれどタイトルで最後まで揉めまして、私自身としては中身に対して非常に思い入れが
強かったものですから、あまりふざけたタイトルは付けたくなかったんです。100 案ぐらい私の方か
らも出したんですが、その中で自分として一番付けたかったのは「美味しいビジネス」というタイト
ルだったんです。ただ、編集者の方からはこう言われました。「そのタイトルをつけたい気持ちはよ
く分かる。ただそのタイトルが活きるとしたら、例えば美味しそうな寿司の写真の上に、そのタイト
ルが載ってくるというケースだと思う。きれいな写真の上にビジネスという言葉が載ってくると、そこ
には非常に違和感があって、手に取りたくなる本になるだろう。ただ、新書のようにデザインがフォ
ーマットとして既定されてしまっている場合には、どれだけタイトルがお客様の目にフックを掛ける
かということの勝負になってしまうので、そういう意味では本質かどうかはさておき、もっとキャッチ
ーなタイトルの方がいいのではないか」とアドバイスを受けたんです。それならばと折れてこのタイ
トルになったんですが、結果的にはこのタイトルのおかげで多くの人に手に取っていただけたと思
うので良かったです。
前置きが少し長くなってしまいましたが、ここから本題のお話をさせていただきます。今日は大き
く 3 つのポイントについてお話します。一つ目が「外食市場の概況」は今どんなふうになっているの
か。二つ目はもう少し踏み込んで「現在のトレンドや変化の兆し」がどんなところにあるのか。最後
は「これからの時代を見据えたときの重要なポイント」は何なのかについてお話ししたいと思いま
す。
外食産業の概況
まずは、外食産業の市場規模の推移を見てみますが、97 年から 07 年まで、ずっと 20 数兆円と
なっています(08 年は 07 年とほぼ同様の数値)。この 20 数兆円という数字自体を大きいと感じる
か少ないと感じるかは、みなさまそれぞれだと思います。ただし、他の産業と比較してみますと、外
食産業は非常に大きい市場規模であることがわかります。国内の乗用車の市場が約 17 兆円と言
われていますので、車の市場より大きいんです。それから、コンビニエンスストアの市場、百貨店
の市場、それからスーパーマーケットの市場は、それぞれがおよそ 7 兆円から 8 兆円ぐらいの市
場規模です。つまり、コンビニ、スーパー、百貨店の流通を全て合わせて、ちょうど外食産業と同じ
ぐらいの市場規模になるというわけです。さらに言いますと、出版業界は 2 兆円を割り込んできて
います。社会的には影響力の大きい映画産業を見てみますと、DVD の販売あるいはテレビの放
映権までを含めても 8000 億円ぐらいなので、我々が目にする割には市場規模としては決して大き
くはないと言えます。それらと比べますと、食は日常的なものですから、当たり前といえば当たり前
なんですが、非常に大きい規模を誇っています。
ただし、97 年には 29 兆円を超えてこのままの勢いだと 30 兆円に迫るのではないかと言われて
いた市場が、そこからすーっと見事に落ちてきましたことがわかります。よく「失われた 10 年」なん
て言い方がなされますが、実はバブルが崩壊した後も外食産業の市場自体は拡大していたんで
す。理由は色々あるのかもしれません。まだまだ外食産業に新しいお店をつくればお客さんがつ
いてくれた開拓期だったということもあったでしょうし、高い買い物はやめる代わりに日常の外食ぐ
らいはもう少ししてもいいかなという方が多かったのかも知れません。97 年をピークにその後は結
果的にはずっと下がっていて、97 年から 07 年の 10 年間で 5 兆円の市場が無くなっています。比
率に直すとマイナス 15%と非常に苦しい状況です。昨今のこの不況で「外食産業は大変ですね」
なんてよく言われるのですが、実は今に始まったことではなくて、外食産業はずっと大変な時代を
迎えていたということが改めてお分かりいただけるかと思います。市場は 05 年を一旦底にして少
しだけ回復傾向にあるかと思われたのですが、08 年はやはりリーマンショックの影響もありました
ので微減傾向にまた戻りまして、おそらく今も進行中ですが 09 年の数字はかなり凹んで、また厳
しい数字になろうかと思います。
果たしてこれから先この外食産業の市場がどういう方向に向かうのかというときに、どう考えても
右肩が上がっていく理由は一つも見出せないんです。この数年間落ち込んできた理由のひとつに
道路交通法の改正で飲酒運転がかなり厳罰化したということがあります。これはモラル的には本
来当然のことなんですけれども、今までは「車で行くロードサイドの居酒屋」というのが成立してい
たんです。しかし、そこが当然無くなり市場としては存在できなくなってしまったわけです。今でも地
方では車は必需品であるというのは変わらないとは思いますけれども、「車離れ」なんていうこと
がしきりに昨今言われてまいりました。ですので、家族揃って郊外のロードサイドの飲食店に行く
という機会もこれからは少し減っていくのかも知れません。それから、少子高齢化という話もありま
す。「今どきのシニアは元気だよ」なんて話もありますけれども、現役を退かれて収入が減った方
が、このご時世に積極的に外食にお金を使っていくとはとても考えられません。
あと個人的に実は一番ネガティブな風ではないかと思っているのが「若者のアルコール離れ」とい
う現象です。みなさまもひょっとしたらお感じかも知れませんが、今どきの 20 代はどんどんお酒を
飲まない傾向になってきています。その方たちがこれから 10 年 20 年経ったときに、果たしてどこ
かのタイミングでお酒を飲むようになるかというと、多分ならないんだと思います。
蛇足になりますけれども、アルコール飲料の中で一番市場規模の大きいのはビールです。ビール
ってご記憶を辿っていただくと、最初に飲んだとき決して美味しいと感じる飲み物ではなかったは
ずです。ただ、それを学生時代に先輩に無理矢理飲まされたりとか、会社に入ってビールしか飲
まざるを得ない状況を何度も積み重ねていくうちに、気づけば好きになっているという類の飲み物
なんじゃないかなと思うんです。大学生がサークルでイッキを強要されるなんていうことも、だんだ
ん減ってきていると聞きますし、会社に入っても会社での飲み会みたいなものが減ってきています
ので、そんな「ビールを飲まざるを得ないシチュエーション」というのがだいぶ減っているのではな
いかと思います。そうしますと、きっとその人たちはいつまで経ってもビールの美味しさに気づかな
いまま 30 歳 40 歳を迎えるんじゃないかなと個人的には予想しています。そうするとひょっとすると
10 年後 20 年後の日本のアルコールマーケットは、今から想像できない規模まで小さくなっている
かもしれない、そんなことも考えます。ちょっと余談ではありました。
今、外食産業の市場規模が縮小しているというお話をしましたが、実際に店舗の数という視点で
見てもそれがわかります。これは 2001 年から 2006 年にかけて、新しくお店がオープンした数とク
ローズしてしまった数をそれぞれ並べたものですが、5 年間で総店舗数が大きく減っております。
一年平均にならしても、開店が 23000 に対して閉店 28000 ですから、単純に年間 5000 軒ずつ店
の数が減っているのが今の状況です。これは 06 年までの数字ですけれども、それに加えて昨年
からの不況というものが、また非常に大きな影響を与えてきているのをひしひしと感じます。
その結果、最近新たに表れてきた現象が二つあります。一つは業態の「低価格化」です。みなさ
んも最近やたらとテレビで餃子の王将が取り上げられているのを目にされるのではないかと思い
ます。王将は安くて旨いということですごく注目を集めています。それにつられるようにして、今東
京では(ちょっと地方のことをあまり把握できていないので申し訳ないんですけれども)300 円前後
にメニューを均一化して提供している居酒屋チェーンが非常に増えてきました。私の知っているか
ぎりだと 270 円というお店もあります。つまみが全部 270 円、ビールも小さいサイズにして 270 円で
提供してしまう、あるいは同じサイズのジョッキであれば発泡酒にしてしまって 270 円、というような
ことをやっているお店が増えてきたんです。そういうお店が血みどろの争いを繰り広げている状況
です。
そして2つ目ですが、経営側の視点としては、お店づくりに関して「低投資化」が非常に進んでおり
ます。2000 年代前半ぐらいまでは多少お金がかかっても、カッコいいお店をつくりたいという方が
まだまだ多かったです。いわゆるお洒落なお店、女性を連れて行くと喜ばれるようなお店をつくる
傾向がありまして、それにあわせて創作料理なんていう言葉も街を賑わせていました。今は全くそ
ういう傾向が無くなってしまいました。「居抜き」と言われる元々あった飲食店が潰れたところを厨
房設備等はできるだけ活用して、ちょっと壁の色を塗りなおして椅子を入れ替えて看板を変えてリ
ニューアルスタートする、というようなお店の比率がかなり増えています。
また同時に、この不況で企業自体や企業の中でも特定の業態を売りたいという声があちこちか
ら聞こえてきます。大きな声では言えないのですが、一部上場の外食企業であっても身売り先を
探しているなんていう声が本当に聞こえてきています。ということは、余裕のある会社にとってはお
金をかけずともお店を開けてしまう状況がどんどん出来てきています。この状況がいいのか悪い
のかと言うと、かなり難しいところなんですが、不況のあおりを受けてこういう傾向がますます強ま
っているということは、お伝えしておきたいと思います。
最初にマイナスの話が続いてしまって何なんですけれども、チェーンストアというものが外食の
中で非常に苦しくなってきています。特にチェーンストアのシンボルとも言うべきファミリーレストラ
ンが軒並み苦戦を強いられているんです。先程 97 年から 07 年の 10 年間で市場全体はマイナス
15%というお話をしましたけれども、ファミリーレストランに限って見るとマイナス 30%です。10 年
間で 30%の売上が減っているというのはかなり深刻な状況です。デニーズが 130 店舗閉鎖すると
か、すかいらーくは 1970 年に開店して日本にファミリーレストランというものを定着させた第一人
者ですけれども、そのすかいらーくが自らの社名を冠したブランド「すらいらーく」を先月をもって閉
店したというのも象徴的です。ちなみに、ガストというより低価格な業態へ全て転換していくという
のが、すかいらーくの方針ですが、低価格にしたから生き残れるかというと、またそういう話でもな
いだろうと思いますので、非常に苦しい状況にあるのは間違いありません。
それから、チェーンの居酒屋には、和民、魚民、白木屋等ありますけれども、ああいう赤い看板
の居酒屋さんも非常に苦しい状況にあります。今までは店数を増やして店舗拡大という路線をず
っとひた走ってきましたけれども、さすがにそれにも限界が訪れました。今は血を止める方を優先
するべきだということで、新規出店を軒並みストップしまして既存店の見直しに力を入れている最
中です。 また、これは変化の兆しなんですけれども、アメリカの本国でスターバックスが新しい動
きを見せようとしているようです。この点はまた後で触れます。いずれにしてもチェーンストアという
ものが非常に苦しい状況になっているのは間違いありません。
ここまでお話してきた外食産業の概況に関するポイントを総括します。外食産業は少なくとも国
内においては成長が望めないマーケットであるということ。この不況のあおりを受けて外食各社は
体力勝負の血みどろの戦争を繰り広げている真っ最中であるということ。チェーンストア理論であ
ったり、店数を増やして単純に売上高を上げていく規模拡大路線がそろそろ限界に達したなという
感じがすることなどが挙げられます。そういう意味では、「戦略」というものをこれからどう見直して
いくのか、各社・各店舗がまさに問われているという状況です。これが今外食産業が置かれている、
ちょっと大きな視点に立ったときの環境です。
外食産業のトレンド、変化
次は外食産業のトレンドや変化についてお話をしていきます。ただ、細かい話まで拾っていくと
本当に切りが無いくらい話が膨らんでしまいますので、ここもいくつかポイントを絞ってお話しさせ
ていただこうと思います。
まず、どんなお店がそもそも今流行っているんだろうかという点です。多分、みなさんも何となく
実感しているのではないかと思うのですが、いわゆる立ち飲みであったり、もつ焼きであったりと
か、先程お話しした低価格のお店が流行っています。例えば「日本再生酒場」。世の中を元気付
けたいという思いを名前に込めているようですが、ここはもつ焼きのお店です。本店が新宿の 3 丁
目にありますが、三菱地所からお誘いを受けて新丸ビルの中にも出店しています。三菱地所が自
分のお膝元である新丸ビルの中に、立ち飲みのもつ焼き屋を入れるということ自体が、時代が変
わったと感じさせる非常に象徴的なことかと思います。この日本再生酒場というブランドに限らず、
もつ焼きのお店というのはかなり増えてきています。
それからもう一つ似たような価格帯で増えてきているのが海鮮系の居酒屋です。ものすごく安く
て、いかにも漁師とか港町風なデザインで活気のいい環境をつくって、元気な店員が呼び込みを
しているような店です。このタイプの店も非常に増えております。一方、洋食に関して言うと、ワイ
ンを激安で飲ませるようなお店も増えてきました。この「ワイン酒場」というのは最近出来たお店な
んですが、アウトレットワインというのをコンセプトにしていて、訳ありで安くなってしまったワイン
(在庫を抱えてしまった等)を安く飲んでいただこうというお店で、ここも非常に大繁盛しています。
現在の繁盛飲食店のキーワードは「ベタコテ業態」です。もうベタベタでコテコテの業態ばかりで
す。これらの店では、低価格というのはすでに前提になっていまして、そのうえで「力強い」あるい
は「分かりやすい」というような要素を持っています。いくつか共通するキーワードがあると思うの
ですが、まずは何と言っても活気ある店づくりをしています。それはスタッフのサービスも含めてで
す。それから、お店自体に開放感があること。開放感というか、この店なんかはほとんど道路に出
ています。よくこれで怒られないなと思うんですが、立ち飲みスペースを店と道路の境界に置いて
しまって、どこまでが店で、どこからが道路かがよく分からない状態です。よく「にじみ出し」という
表現をしますけれども、そういうお客のにじみ出しを演出する、そんな店づくりをしているところが
ほとんどです。 また何でも有りの居酒屋というよりは、もつであったり海鮮だったり得意なワイン
だったりと、ある程度目立つ商品を際立たせて、それを武器に戦っていくのが主流です。
この手の活気や勢いを出していくには、大きな箱のレストランというのは難しいんです。確かに箱
の大きなレストランというのは、スケールが感じられてカッコいいという側面はあるんですけれども、
そこにお客さんがいないと、スカスカで淋しい空気が流れてしまうんです。そういう意味では、先程
ご紹介したようなお店は 10 坪から 20 坪ぐらいで狭いんだけれども、ギュウギュウに人が入って活
気がある状態をつくっているケースがほとんどです。その対極のカッコいい店は減ってきています。
この手の店はバブル時代からずっとあったでしょうし、今でもこういうお店が全く無くなってしまった
わけではありません。いいお店であれば一部残ります。ただ、お洒落であったり、夜景を売りにし
たり、女性を口説いたり、何料理か分からない創作料理を作っているとか、あるいは一時気鋭の
デザイナーがデザインしたレストランとかも非常に増えました。あるいは個室だらけのダイニング
なんていうのも非常に多い時代がありました。今はこのようなレストランが全く見向きもされなくな
ってしまっています。
先程の低価格のお店にはおじさんばかりかと思って行ってみると、意外と若い女性の姿もかなり
見受けられます。また女性同士でこういうところに来たり、あるいは男女がカップルで来るなんてい
うシーンも非常に多いんです。このような店は一過性のトレンドというよりは、これから定着していく
ある種の形だろうなと思います。
では、他にどんなトレンドやブームがあるのかを考えてみたいんですが、実は今他にはあまり強
い流れというのは見えてきていません。一時に比べて、大ヒットというのが出なくなってきているん
です。これはおそらくどのような業界もそうなんじゃないかと思います。音楽でもそうですし、映画で
もそうです。外食産業で言えば 2004、2005 年ぐらいにはジンギスカンが全国的に大ブームになり
ました。けれども、それ以降、外食産業の中で今これが「来てる」と言われるような業態は出てきて
おりません。
ただ、こういうお話をしていくと、「これからはやはり健康の時代ですから、ヘルシーなものとか、
野菜みたいなものが広く受け入れられて繁盛するんじゃないんですか」とよく言われます。実際に
そういうお店もたくさんありますし、そういうお店をやりたいんですと相談されるケースも非常に多
いのですが、我々はそれを止めることが多いです。そういうお店の中で繁盛しているところは、ほ
とんど存在しないからです。野菜を美味しく食べられるレストランとか、オーガニックにこだわったカ
フェとか、耳障りは非常にいいんですけれども、そういうお店が非常に繁盛して支店を増やしたと
いうことは、ほとんど聞いたことがありません。「それはなぜだろう?」ということを、ここで少し考え
ていきます。
外食というのは食の象徴ですけれども、食欲ってやっぱり「欲」なんですよね。人間には右脳と左
脳があって、右脳が感覚で左脳が理屈だなんて話がされるかと思いますが、欲ということを考えて
いくと、右脳の感情の部分が最後は勝ってしまうのではないかと私自身は考えています。どんな
に野菜が体にいいと思っていても、例えば完熟のトマトを眺めたときに、果たしてむしゃぶりつきた
くなるかというと、たぶんそういう感覚ってあまりないのではないでしょうか。単純に「きれいだな」と
か「体に良さそうだな」という思いはもちろんあると思いますが。炭火の上で肉から油が滴っている
のを見たときの「グッとくる感じ」とは全く違うんじゃないでしょうか。そのグッとくる感じみたいなこと
を“シズル感”なんて表現しますけれど、野菜というのはどう頑張ってもそのシズル感というものが
演出しにくい商品です。ですので、左脳の判断で店に行くことはあるけれども、心からその店に行
きたいと思うかと言うと、なかなか難しいのではないでしょうか。
それから、人やシーンを限定してしまうということも、野菜の難しさの一つです。ここの会場にいら
っしゃるみなさんも、自分の健康のことは気にしているとは思います。でも、だからといって、外食
でわざわざ野菜を食べに行くかというと、自分のお金を払ってまでそうはしたくないという方が多い
のではないかと思います。特にお酒を飲まれる方であれば、お酒に合わせて何の野菜を食べれ
ばいいのかと言うと、これも難しいお題です。そういう酒飲みにとっても、野菜料理の店とは足を運
ぶ理由の見出しにくい業態です。加えて、「今日はしっかり食べたいね」という時にも、わざわざ野
菜料理を選ばないだろうなと思います。このように人やシーンをかなり限定してしまうということも
野菜の難しさです。この手のレストランに行かれた方は分かると思うのですが、客層は大体女性
のグループなんですね。そうしますと、健康志向が強い方ですから、食欲もそんなに旺盛なわけで
はないので頼む品数も少ないですし、当然お酒も飲んでも1杯ほど。そして 2、3 時間おしゃべりを
ずっとしているということですので、お店の経営という視点で考えるとかなり厳しいですね。ですの
で、一見席が埋まっているようだけれども、売上げは実は全く立たないというお店が非常に多くて、
結局商売としては長続きしないで撤退というのが、よく見られる1つのパターンになっています。
野菜というのは商売として有りか無しかで言うと、必ずしも無しではないんですけれども、非常に
商圏を狭めてしまって、特定の狭いエリアの中で人を呼ばなければいけないんです。わざわざ 1
時間電車に乗って美味しい野菜料理を食べに行くかというと、機会としては少ないと思います。一
方、ラーメンではラーメンフリークって本当に世の中にたくさんいますから、はるばるラーメン1杯を
食べに電車あるいは車に乗って出かけるなんていうケースはよくあります。寿司とか焼肉というジ
ャンルも商圏が非常に大きい商品です。それに対して野菜は「そこまでするほどでもない」という方
が多いので、商売として非常に難しさを伴うというのが実感としてあります。
では、健康志向が強まっている中、そういうものは商売として有り得ないのかと考えていくと、実
は「有る」んじゃないかなと思います。ただし、それは飲食店という形態は相応しくないのかも知れ
ないと私自身は考えています。2つ例を挙げてみます。1つはジュースバーです。最近は駅の構内
や商業施設のちょっとした一角に、こういう店を構えているところがあるかと思います。フレッシュ
ジュースがミキサーにかかって置いてあって、1 杯 200~300 円で頼めるというものです。人に見ら
れると恥ずかしいので何となく頼みづらいということはあるかも知れませんが、たまたま近くを通り
すがったときに、時間が 10 分空いていたら寄ってもいいかなと思う方はいらっしゃるんじゃないか
と思います。最近ちょっと食生活が乱れていて野菜を食べていない気がする日なんかにはいいか
もしれません。野菜ジュースに限らず、青汁とか黒酢のドリンクなんていうのも最近増えてきました。
そういう業態はいわゆる飲食店という形態とは少し違うとは思いますが、まだまだ可能性があるよ
うな気がします。
もう一つはお弁当屋さんです。例えばビジネス街で考えますと、若い女性がお昼のお弁当を買
いに、お弁当屋さんやコンビニに行列しているという姿を目にされる方も多いのではないかと思い
ます。これは仮定ですけれど、例えば“300 キロカロリー”という名前の弁当屋をつくったとします。
実際には 300 キロカロリーに全て抑えるのはかなり難しいと思いますけれども、なんとか量も抑え
めにしておかずは野菜だらけにして、そういうものが実現できたとします。そうすると、じゃあどうせ
お弁当を買うんだったらこっちのコンビニ弁当じゃなくて、この 300 キロカロリーの野菜中心の弁当
に今日はしようかな、という方がいてもおかしくないと思います。
こんなことを考えていくと、「健康」という部分に関しては、いわゆる飲食店のような目的性の強い
消費を狙うよりは、「ついでにちょっと立ち寄ろうかな」とか、「どうせ買うならこっちにしようかな」と
いうところにチャンスがあると思っています。こういうシーンに「健康」という価値を付加したら非常
に支持されるというものは、私自身まだ思いついていませんけれども、きっとビジネスチャンスとし
ては「有る」ような気がします。
ここで、お話をガラッっと変えてみたいと思います。これも外食産業の変化の兆しとして説明した
いのですが、「食べログ」というインターネットのサイトをご存知の方ってどれぐらいいらっしゃいま
すか、、、?そんなにいらっしゃらないですね。じゃあその中で、日常的に使われている方はどれぐ
らいいらっしゃいますか、、、?けっこう少ないですね。実は「食べログ」と言うのは、この数年間で
非常に伸びているインターネットのサイトです。最近もミシュランガイドの関西版が出たとか、ある
いは雑誌なんかで有名なグルメライターが記事を書いているのをよく見かけると思います。食べロ
グはそういうプロが評価した情報とは対極にあって、一般の方が自分がお店に行った体験をレポ
ートしているというものです。別にお金が発生するものではなく、無償で個人が好きに書いていて、
それを個人が好きに見ているというだけのものです。
例えばこのスライドは、食べログのサイトの中で「渋谷」というエリアを選んで、且つ「居酒屋」とい
う条件を選択した場合の、昨日の時点で出てきたランキングなんですね。実際に行かれた方が 5
段階で評価をしています。味、サービス、雰囲気、コストパフォーマンス、お酒・ドリンク、それぞれ
に対して 5 段階でいくつの星に見あうかを、有名な方から一般の方までが同じ条件で評価をして
います。その平均値をとってランキングしたのがこの状態です。これを見ると、一番上が「婁熊東
京(るくまとうきょう)」というお店です。ここが 3.84 というスコアを獲得していて、その次が「並木橋な
かむら」というお店が 3.82 というスコアを獲得しています。
実はこの並木橋なかむらというのは、先程ご紹介した私の師匠にあたる中村が経営している飲食
店です。そこをもう少し紐解いてみますと、実際に行かれたユーザーの方の声が書かれています。
例えば「階段の下に小さな看板があるのを見落とさないでください」というご親切なことから、「ちょ
い悪オヤジ御用達といった感じのオシャレなお店」「サンマの塩焼きを一人ずつ頼んだときのサン
マの太さと脂ののりに絶賛」「牛と豚がありどちらも美味しくいただきました」など、色々書いてくれ
ています。この方は平均が 4.5 とけっこう高く評価していただいています。今、若い世代を中心にこ
のサイトで「事前にお店の評価を確認してから行く」という行動パターンが非常に増えてきておりま
す。
少し戻りますけれども、例えば自宅でも会社でもいいですが、パソコンで今度の週末どこに行こ
うかと考えてこのように条件を入力していくと、今のようなスコアもわかりますし、実際に行かれた
方のリアルなコメントもわかります。それを見て、「ここなら安心だから今日はここにしよう」と決め
て、電話をかけて予約を入れます。そして地図をプリントアウトして当日持って行くわけです。ただ、
この点もどんどん進んでいて、携帯電話に対応してきています。携帯電話もiフォンのように大きく
て見やすい画面を使うと、非常に検索もしやすくなってきます。
例えば今日、この「金山」という駅で夜 7 時から店を探しているとします。そして今は 6 時 50 分で
す。そのときに携帯をパパっと操作することで、この状態(画面)が見えるんですね。これで「金山」
ではどんな飲食店が今人気なのかがわかります。じゃあここが空いているか確認してみようと電
話をかけて、すぐその場で予約をしてしまいます。携帯電話もナビゲーションシステムがだいぶ発
達してきましたので、最終的には地図でその店まで案内までしてくれます。プリントアウトした地図
を持たなくてもいいという状況まできているんです。こういう行動パターンがだんだん浸透してきて
一般化してきているのが、今の飲食業界の現状です。
これは思いのほか、色々な変化をこれから与えていきそうだと考えています。1つは優劣がこう
して可視化されることで、飲食店がかなり激しく淘汰されるのではないかということです。今はまだ
変化の兆しですが、これから数年以内に必ずこういうことが起きるだろうなと考えます。単純なも
ので「数値」というものは強いです。スコアが 3.8 というお店と、3.0 というお店があったら人間は 3.8
の方がいいんだろうなと当然考えますから、どっちも同じような条件であれば、評価の高い方へ行
こうと考えて行動します。そうすると、この食べログというサイト上で人気の飲食店はますます人気
に拍車がかかりますが、その一方で、ここで評価されなかったお店はどんどん人が遠のいていくと
いうように、優劣がはっきりしていく状況がこれから起こっていくと思います。それによって、努力を
していなかったお店や魅力のないお店が、これからどんどん日本の中から減っていく。そういう変
化が起きていきそうな気配があります。
そして、それと併せて、これまでの立地や物件に対する評価が、これから少し変わっていくので
はないかと考えています。と言いますのも、今までであれば、駅前で非常に視認性が高い場所、
あるいは店の前の通りをたくさんの人が歩いている場所が、飲食店をやるには一番いい立地とい
うのが普通の考えでした。けれども、必ずしもそうじゃなくてもいいんじゃないか、と変わってきてい
るのです。お客様が前もって調べてから来るのであれば、一本裏に入った路地でも、わざわざ探
して見つけて足を運んでくれるという状況です。さすがに全く人がいない不毛地帯ではダメですけ
れども、ある程度エリア内に人がいる場所であれば、必ずしも視認性が高い場所でなくても、ビル
の地下であったり、路地裏のビルの 5 階であっても、客を呼ぶ自信があるお店ならばどこでお店を
開いてもいいじゃないかという状況が、これから出てくるんじゃないかと思います。
このことは非常にいいことです。今まで家賃が高くてお店をなかなか出せなかった個人や中小零
細企業が、比較的家賃の安いところへ出店しやすくなってきたという状況が起きてきたわけです。
これは自信がある方にとっては、追い風になってくると思います。こうして考えると、たかだか1つ
のクチコミのウェブサイトじゃないかという見方で止めてしまうのはもったいないと言えます。来年
急激に今申し上げたような状況になるという話ではありませんが、恐らく数年内に一気にこうした
変化が起きてきますので、少し注目をしていただけたらと思います。食べログというサイトは結構
便利ですので、是非使ってみてください。
ここまでのポイントをまとめてみます。外食産業のトレンド・変化では、まずこの数年は不況の影
響もあって低価格のベタコテ業態ばかりがヒットしている状態です。他の可能性として、ヘルシー
な飲食店は必ず話題にのぼるけれども、飲食店という形態の中では非常に難易度が高いことは
意識しておきたいところです。むしろ食物販やその他の食のジャンルでは、このヘルシーというキ
ーワードは効果を発揮するのではないかと考えます。また IT の進化によって、店選びや物件など
様々な形で外食産業は影響を受けそうな気配がありますので、この数年の変化に要注目です。
これからの時代のキーワード
私自身はこれからの時代のキーワードとして「個」というものを掲げたいと思っています。これだ
けでは何のことやら分かりませんので、もう少しこれを紐解いて 4 つの切り口でお話しいたします。
まず、個の視点の一つ目は「1個」です。外食産業の中にも新興勢力が色々出てきておりますが、
ここではダイヤモンドダイニングとゼットンの2社を取り上げます。両社ともそれぞれ大証(大阪証
券取引所)と名証(名古屋証券取引所)に上場している会社です。上場も最近(三年以内)のことで、
ちなみにゼットンは、この名古屋から東京を中心にマーケットを広げていった企業です。
これらの企業のお店の増やし方のスタイルは非常に新しくて、「1 業態 1 店舗主義」なんです。例え
ば、豚のしゃぶしゃぶのお店を始めたとします。そのお店が繁盛すると、普通は単純に 2 号店 3 号
店と増やしていこうとします。ただし、彼らはそんな風に考えないんです。みなさんも薄々お気付き
かと思いますが、店の数は増えていけば増えていくほど、お客にとっては何となく有難味が無くな
っていったり、自分が大好きなお店という意識が乏しくなっていくと思うんです。2店舗3店舗ぐらい
ならまだいいかもしれませんが、自分の好きな店が100店舗200店舗になっていくと、その店を
好きと言っている自分が馬鹿らしいという気持ちになっていくのではないでしょうか。
ではその真逆として、「そこにしかない唯一のお店」を考えてみます。そうすると、希少性がありま
すから、お客様の心をつかむという意味では非常に効果を発揮すると言えます。これが1業態1店
舗の最初メリットです。また、1店舗しかありませんから、メニューをこう変えようとか、サービスの
仕方をこう変えようということも、その日に決めてすぐに変えてしまっても全く問題ありません。それ
に比べて、例えばマクドナルドや吉野家がメニューを変えようとなると、多分大変なことが起きます
よね。それだけで1つのプロジェクトになってしまうと思います。それと違って、1業態1店舗のスタ
イルならば、店長の気分次第で何かをいじれるので、フレキシブルというか機動性というか、そう
いう「フットワークの軽さ」みたいなものが担保されるというメリットもあります。
そして、この1業種1店舗の最大のメリットは「リスクヘッジ」です。先程豚のしゃぶしゃぶのお店
の話をしました。今新型インフルエンザが話題になっていますけれど、当初は「豚インフルエンザ」
ということで、問題になっていましたよね。病気が話題になり始めたとき、、豚肉料理を扱っている
お店の売上げはやっぱりマイナスになったようです。まだちょっとのマイナスくらいで済んでいれば
いいですけれども、BSEのときは本当に大変で、焼肉店はかなり倒産に追い込まれましたし、吉
野家は多分あそこから業績がおかしくなって、会社もおかしくなっていったのではないかと思いま
す。やはり1つのものだけに頼っていく怖さは常にあるように思います。ですので、例えば 50 店舗
の豚しゃぶのお店を持っている会社と、50 店舗バラバラのお店を持っている会社で、どっちが変
化とか突発的な事故に対応できるかというと、明らかに様々なことをやっている後者の会社の方
がリスクヘッジができると思います。
こういう様々なメリットがあるので、彼らの会社はこういうスタイル(1業種1店舗)で店の数を少し
ずつ増やしていっているのです。とは言っても、このような方法論にも当然ディメリットがあって、そ
れはその都度手間がかかるということです。1 店舗目の店を単に2店舗、3店舗と増やしていくの
であれば、多少アレンジは必要かもしれませんけれども、基本的には使いまわしができます。つま
りイニシャルコストは人件費を含めて抑えられます。それに比べて1業種1店舗のスタイルでは、
業態開発にかなり膨大な手間がその都度かかってしまいます。その手間をかけてでもメリットがあ
ると判断しているからこそ、彼らはこういうスタイルでやっているのだと思います。先程チェーンモ
デルの話をいたしましたが、数が多いということは、今まではメリットだったわけですが、最近はそ
のデメリットの面が出てきたなという気がします。ですので、「1個」というのは、これからのキーワ
ードとしてあるように思います。
個の視点の2つ目は「個人」です。私の感覚なんですが、個人店が改めてチャンスという時代が
やってくるんじゃないかなと思います。いかにも企業がつくりましたという感じの飲食店が、なかな
か愛されづらくなってきています。
例えば、居酒屋に行くことを考えてみてください。いかにもチェーン店で、ハンディ端末でピッピッ
ピッと注文をとっているのと、最近独立したての元気な若い店主がいて活気があって手書きで伝
票を書いてくれるお店があったします。同じお金を払うならどっちに行きたいかと言ったら、後者の
方がいいと思う人が多いのではないでしょうか。企業然とした飲食店に対する飽きやある種の嫌
悪みたいなものが出てきたなという空気感はありますので、それは当然個人にとっては追い風に
なってきていると思います。
飲食店事業は成功していけば企業化していくというのが当たり前とされていますけれど、よく考
えてみれば実はそれってアメリカ型のスタイルに限った話かもしれないと改めて思います。ヨーロ
ッパを考えてみますと、イタリアなどがその象徴かも知れませんけれども、トラットリアなどではおじ
いちゃんとおばあちゃんが60代になっても現役で料理を作っていて、息子たちがホールでサービ
スしていて、孫たちが洗いものをしているという光景がよく見られますし、むしろそういうお店の方
が中心だったりします。
飲食店は店数を増やしてビジネスとしてどんどん大きくなっていくべきだという前提自体が、少し
崩れてきているんです。それは個人店にとっては、そういうのを嫌がる人たちを受け入れる可能性
が高まるという意味で、非常に追い風になっている可能性があると思います。どんなビジネスでも
そうなんでしょうけれども、結局最後は「人」に行き着くんだと思いますが、特に外食産業・飲食店
にはその要素が強いような気がします。個人の顔が見えて地域に愛されるような店が飲食店の原
点であるはずですけれど、その原点に戻っていく風潮が出てきたなという感じがいたします。
この「個人」の力を上手に活用している会社がありますので、是非ご紹介したいと思います。そ
れはムジャキフーズという会社です。普通の飲食企業は店をどうやってつくるかと言いますと、社
長あるいは店舗開発の責任者が、次はこんなお店をつくるぞと決めて、物件を決めて箱もつくり込
んで、最後に出来上がったあとに「じゃあ君、ここの店長やってね」と渡していくというのが、一番多
いパターンです。それをやりますと、現場の店長というのは当たり前ですが、所詮「雇われの現場
責任者」に過ぎないという位置付けになります。そうすると、なかなかモチベーションが上がりづら
いという側面があります。それから社長や店舗開発責任者がいつもお店をつくっていくと、どうして
も似たようなお店ばかりになってしまうというジレンマも抱えています。
ムジャキフーズはそれを一切やめてしまった会社です。社長自身がもともと不動産事業出身とい
うことで、飲食に対していい意味でも悪い意味でも執着がなかったということが幸いしたんだと思
います。まず、このムジャキフーズの社員は、自分のやりたいお店の企画を社内でプレゼンテーシ
ョンする機会があります。ここの会社は店長にあたる人間のことを「大将」と呼んでいるのですが、
それを「大将選挙に立候補する」という言い方をするんです。そこで立候補して「自分はこういうお
店がやりたいんだ」と企画をアピールしつつ、当然自分の情熱もアピールしていきます。それが認
められて、会社の経営陣が「じゃあ、こいつに任せてみようか」と思ったら、会社は物件を押さえて
お金もつぎ込んで、その大将になる人間と色々と相談しながらお店をつくっていきます。そして、出
来上がったところでその大将に委ねていくんです。
そしてここがユニークなポイントなんですが、大将になることが決まった人間は、この会社を一旦
退社するんですね。そのうえで、個人事業主として、ムジャキフーズと業務委託契約を結びます。
売上げがどれぐらいに達したらインセンティブとしてこれだけ貰えるという契約を結びます。もちろ
ん、企業には当然リスクはあります。失敗したら元も子もないわけですから。ただ、これによって、
個人の個性が発揮された魅力的なお店ができやすいというシステムをつくりあげています。
例えば、東京の恵比寿に「俺のハンバーク山本」という、非常に変わった名前のハンバーグのレ
ストランがあります。そこは山本さんという「個人」が自分はハンバーグのお店をやりたいんだと情
熱を持って上層部を説得して、そのために美味しいハンバーグを徹底的商品開発をしたんです。
その情熱で会社は動きました。「わかった、会社として箱を用意する。で、名前はどうする」と言っ
たときに、出てきたのが「俺のハンバーグ山本」です。さすがに企業としては普通は付けられない
名前ですよね。でも、山本さんという人に委ねると決めたわけですから、その名前でいこうとなりま
した。結果的にそのお店は大繁盛してすぐ渋谷に2号店も出しています。
まだ、ムジャキフーズはそこまでのステップには至っていないようですが、最終的には大将がそ
のお店を買い取る権利(オプション)も与えたいようです。最初は資産としてのお店は会社のもの
なんですけれども、その資産を大将に売却することまで見据えているということです。大将になっ
た人間というのは、先程申し上げた雇われの現場責任者というポジションとは全く違って「擬似経
営者」としてスタートするわけですし、最終的にはそれを買い取れば本物の独立した経営者になれ
るわけです。ですから、情熱を持った人たちが集まってくる会社として、リクルーティングという意味
でも非常に効果を発揮しているケースです。
ムジャキフーズのやり方はこれからの時代の示唆を与えてくれていると思います。企業のやりた
いことに個人を当てはめていく今までのスタイルよりも、個人のやりたいことをすくい上げてそれを
緩やかに束ねていくというのが、これからの組織論として参考になるアイディアかもしれません。
そして、これはひょっとすると飲食店とか外食産業に限った話ではなく、もっと色々な業界で応用で
きるシステムなのかも知れないということも考えます。
三つ目の個の視点は「個別」です。これも先程少しだけ触れましたが、スターバックスが新しい動
きを見せようとしています。まだ情報が不足していて私自身も未確認なのであまり無責任なことは
言えないのですが、実際既にシアトルに2店舗新しい業態のお店を出したそうです。これは“15th
アベニュー コーヒー&ティー”というブランドで、この狙いの1つに「地域に根ざした経営を目指す」
という文言が書かれているのが非常に気になっております。
スターバックスはそろそろ本国や日本も含めて成長が頭打ちになってきたと思います。その時、今
までの方法論でこのスターバックスのパッケージを、ただばら撒けばいいということではないと、当
然気づいていると思うんです。では次は何があるのかと考えたときに、「地域に根ざした経営を目
指す」という言葉が出てきたのではないかという気がします。
先程から私はチェーンレストランに対して非常にネガティブな発言をしていますけれども、チェー
ンという仕組み自体を全否定するものではなくて、当然いいところはたくさんあると思っています。
企業の力を活かして安定的に物件や資金を調達するというのは、とても個人では真似できないも
のです。そして企業の力を活かすからこそ、食材を安く抑えることができていて、それは結果的に
お客様にとって良い品質のものを提供できるというのが、チェーンの一番いいところだと思います。
そういう「バックヤード」の部分は、企業の力がこれからもますます必要になっていくのではないか
と思っています。
ただし、お客様と接する「インターフェース」までを、マニュアル化してパッケージにしてしまうと、
何となく心が離れてしまう、というのが、今の問題なんじゃいないかと考えています。チェーン店あ
るいは外食企業の1つの進化の形は、企業の力を活かした共通のフォーマット(バックヤードの部
分)はできるだけシステマチックにやっていく。けれども、最終的にお客様に触れる部分、それは一
人一人のサービスのスタッフであったり、食器だったりしますが、そうやって手に触れていく部分は、
できるだけ企業色というものを排除していく。そして、一人一人のお客様であったり、その地域に合
わせて寄り添っていくというようなやり方が、これからの(飲食店に限ってますけれども)ビジネスと
して有り得る形かなと思っています。今まではお客様と接する部分まで含めて、全部を共通フォー
マットにしてしまっていたわけなんです。そこを変えていくだけで全然見え方が変わってくると思い
ます。
とは言え、この個別のインターフェースを作っていくという部分が、実は一番ハードルが高い部分
でもありますので、そう簡単にできる話ではないんですけれども、目指す方向としてはこういうこと
があるのかなと考えます。
個の視点の4つ目は「個性」です。飲食店の数がずっと減り続けているというデータがありました
けれども、それでもまだまだ都心部ではオーバーストア状態だと考えています。ですので、これか
ら新しいお店をやっていくときに、「個性がない普通のお店」というのは、一番やってはいけないこ
とです。お客様から「そこそこいいよね」とか「悪くはないよね」と言われる店が実は一番最悪で、
少し不足している要素があったとしても「すごくいい」とか「ここはめちゃくちゃ面白い」とか言われる
ものを仕込むことができるかが、これからの飲食店の成否を分けていくと考えています。
そういう個性を意図的につくりあげていくためには、「企画力」が問われる時代になってきました。
誤解をしていただきたくないんですが、ここで言う企画力というのは、奇をてらったことをやりましょ
うということではありません。ただただ普通に真面目に真っ当なことをやっていただけでは、なかな
かお客さんに評価してもらえないよということです。本質的な部分にどう磨きをかけてお客さんの
心に突き刺していくかということが、非常に大事になってきたということです。
いくつか具体的なケースをご紹介します。これは弊社がプロデユースをした案件で、クライアント
からは「和の業態をつくって欲しい」というだけの縛りで依頼を受けて、実際に落とし込んだ業態で
す。東京の中目黒にある鍋料理の専門店で「鍋ぶん」というお店です。これは「鍋」という文化をも
う一度見直そうということでつくりました。鍋はコミュニケーションのツールとしてもいいですよね。
他の人と鍋を囲むと、何となく仲良くなった気がしますし。とは言え、季節変動が大きくてなかなか
鍋の専門店は怖いよね、というのが正直なところです。ただ、我々は別のケースで、もつ鍋とか韓
国料理の店もつくったことがあるんですが、もつ鍋やチゲと呼ばれる韓国の辛い鍋というのは、夏
場でもスタミナ料理としてそんなに売上げが落ちないというのが、実感としてありました。ですから、
その辺を組み合わせていけば、何とか夏場の落ち込みが、少しは緩和できるんじゃないかという
ことでつくったんです。
2つあるポイントのうちのひとつは「鍋、年中無休。」というキーワードを掲げたことです。私自身
が広告代理店出身だということもあるんですが、「言葉の力」というものをまだまだ信じていて、大
事にしています。何かをやるときにぼんやりした言葉だと伝わらないんです。そこで頭に残るキー
ワードをきちんと掲げていくというのは、非常に大事だと思っていまして、ここもただ「鍋料理専門
店」と書くだけではちょっとつまらないなという思いがあって、店の前に掲げているでっかい提灯に
「鍋、年中無休。」と書いています。それだけでここは鍋を一年中出す店なんだなということは一目
瞭然ですよね。
それから、この店では「鍋ぶんの七大鍋」というものも開発しました。我々が意識するのは、例え
ば雑誌が取材に来たときに、編集者はどの料理の写真を撮って、それに何とコメントするかという
ことです。それを最初から見据えて業態やメニューを開発するということが多いんです。この場合
は、「赤カレー鍋」を絶対に取り上げてもらおうと決めていました。最近一般家庭でもカレー鍋って
いうものが普及してきましたけれども、ちょうどその走りにあたる頃です。この「赤カレー鍋」は、メ
インの面白い具材として海老天を添えました。海老天を後から載せるんですけれども、衣がまだカ
リカリの状態で食べていただいてもいいですし、しっとり汁を吸ってから召し上がっていただいても
いいんです。海老天が載っているのと、一見めちゃくちゃ辛そうなビジュアルのおかげで、赤カレー
鍋は非常にヒットしまして、かなりメディアからも取り上げられました。大手のメディアだけではなく
て、ブログでもたくさん書いてもらいました。これは非常にうまくいったケースです。
他にも、店先にかかっている大きいのれんにロゴマークを入れました。ロゴも色々悩んで最終的
に出てきたのが鍋蓋を上から見たビジュアルです。考えて考えてなかなか出てこなかったのです
が、鍋蓋がなんとなく和の家紋みたいに見えるから、これをのれんにしたら面白いんじゃないかと
いうことに決まりました。そういう意味では、ここは企画の要素をたくさん散りばめたお店です。
その後、この店がそれなりに繁盛して二号店を出したいとオーナーから相談を受けました。ただ、
そのまま同じ店をやってもちょっとつまらないと思いましたし、先ほどスタミナ鍋は夏場の売上げの
落ちを緩和できるんじゃないかとお話ししましたけれども、やはり、何だかんだ数字が落ちるんで
すね。そこを補う何かを足したいということで、ここでは「海鮮」を足しました。刺身を摘んで、何か
ちょこちょこ摘んで、最後は鍋で締めるというような使い方をしてもらえるお店にしようとしたんです。
結果的には「海ぶん鍋ぶん」という名前にしまして、ここは「鍋、年中無休。」と対になるようなかた
ちで、「魚、売切御免。」というのを掲げました。この言葉を使うことで、鮮度ある魚を毎日仕入れて
どんどん売り切っているんだなという非常にフレッシュな感じも伝わりますし、魚と鍋という分かり
やすい言葉が見えていますので、店の外の大きいのれんにこれも掲げたりして、分かりやすさを
追求しました。
ここで実験してみて面白かったのは、ハイボールの品揃えです。ハイボールは今サントリーさん
が頑張ってプロモーションして注目を集めているウイスキーのソーダ割りのことですが、2年前ぐら
いのちょうどサントリーさんが仕込んで頑張っているときだったと思います。普通のハイボールをた
だ 1 種類だけ置いてもつまらないということで、5種類用意することになりました。5種類といっても
レモンを半個ぎゅっと絞ったレモンの味がするハイボールだったり、ジンジャーエールで割ったウイ
スキー・ジンジャーだったりと、メニューレシピとしては非常にシンプルなものです。
ただ、それをそのまま名前に書いても面白くないよねということで勝手に「ハイボール 1 号」から
「ハイボール 5 号」まで名前をつけて、ドリンクメニューに割りと目立つように表記をしました。そう
するとお客様も気になるんですよね、これは何なのと。もちろんメニューに内容は書いてあります
が、例えば、お客が「私、2号ください」と言うと、スタッフが「ハイボール2号、入りました!」という
風にオーダーを通すわけです。そうすると、存在に気づいていなかった他のお客様も「なんだ?そ
の2号というのは」というようになって、次に注文してみるということになるわけです。そして、2号を
飲まれた方は「次、私は4号いく!」って言って、お店の中が不思議な空気感になっていくんです
ね。あちこちから2号、3号、4号、という言葉が飛び交っている状態になりまして。結果的にこのお
店で一番出るのがハイボールになってしまったんです。これもほんのちょっとした工夫ですけれど
も、そうなることを狙ってやった企画ですので、それが当たってよかったなと思います。
弊社の直営というかグループに「KAN(カン)」というお店が、東京の池尻大橋にあります。ここは
通常の和食店なんですけれども、和食ってどうしてもデザートが弱いんです。果物が出てきたりと
かして、フレンチやイタリアンの華やかなデザートと違って、ちょっと地味だよなというのが問題意
識としてありました。そんな中でスタッフから出てきたアイディアです。自家製の羊羹を小倉とこし
餡と抹茶の三種類を作りまして、桐でできた寿司のネタケースに長いままドーンと入れてお客様の
ところまで持っていって「何センチにお切りしますか?」と聞くというオペレーションをしたんです。普
通そんな面倒なオペレーションはしません。でもこうすると「3種類あるから迷っちゃうし、じゃあ1セ
ンチずつ切ってちょうだい」なんて言われます。1センチいくらと決めておけばいいだけの話なので、
お客様の好きなだけ提供できるわけです。これもやり方としては非常にシンプルなんですけれども、
ただ単に羊羹ってメニューに書くだけでは多分こうはならなかったんだと思います。そういう意味で
は、同じものであってもプレゼンテーションの仕方ひとつで、お客様からの見え方が全く変わってく
るということの、非常に象徴的なケースだったと思います。
それからこれもKANという店の最近のヒットメニューなんですけれども、締めのメニューに面白い
ものを作ろうと試行錯誤して作ったのが「しじみラーメン」というものです。みなさんご存知だと思い
ますが、しじみって肝臓にいいというイメージがありますし、なんか最後にラーメンが食べたいなっ
ていう欲求がどこかにあったりするときに、しじみラーメンというのは罪悪感を減らしてくれるちょう
どいいメニューなんです。ひと通り飲んで最後に小ぶりな(お茶漬け大くらいの)「しじみラーメンあ
ります」と書いてお勧めすると、男性の方から非常に好評で、人気のメニューに育ちつつあります。
私は企画というものは、色々仕込んで仕込んで仕込んで、やっとその一部がお客様に伝わると思
っています。ですから、自分達はいいのもを作っているつもりなんだけれどもお客様が評価してく
れないっていうのは、やはり企画に力が足りないんだと自戒も込めて考えております。
ここまでをまとめます。これからの時代のキーワードとして大きく「個」という言葉を掲げました。
「1個」、すなわち「1業態1店舗」という展開スタイルが今はメジャーになってきたということ。「個
人」の力にもう一度注目してみたいということ。1つのパッケージをばら撒くのではなくて、それぞれ
にアレンジしたりカスタマイズして「個別」に適応していくということが必要となってきたということ。
「個性」、そしてそのためには企画力が問われる時代になってきたのではないかということ。私は
今、こんなことを考えております。本日はほとんどが外食産業に関する話ではありましたけれども、
今日みなさまにお伝えしたかったのは以上です。
最後に、私自身がこの数年間非常に大切にしている言葉をご紹介したいと思います。「一風堂」と
いうラーメン屋さんをご存知の方もいらっしゃるでしょうが、ここの社長の河原成美さんという非常
にエネルギッシュな方から聞いた言葉です。
その言葉とは「変わらないために、変わり続ける」というものです。
一風堂のラーメンはこの10年ぐらいで実は味が全く変わっているらしいんです。それはスープの
取り方から麺の硬さから何から何までです。もし単純にその2つを比較すると一風堂のラーメンっ
てこんなに変わっちゃったの?ということになるんですけれど、それを日々少しずつ変えていって
いるんだそうです。でも一風堂のファンの方は「いつ来ても一風堂のラーメンは変わらず美味しい
ね」と言ってくれる。それは一風堂の河原さんという方が、「もっと旨くできるんじゃないか」というこ
とを追求し続けている結果なんだろうと思っています。
私自身が一番嫌いなのが、東京の下町などによくありがちなんですが、「先祖代々の味を守って
おります」ということを言うお店です。それは自ら成長することを放棄してしまっているのではない
かという気がしますし、守っているということは、どんどん時代からずれていくということだと思いま
す。時代に合わせたり、先取りしたりして、少しでも今より良くしていこうという上昇志向や成長欲
求みたいなものがあって、初めて一定のレベルが保たれるのではないかと考えております。これ
は自戒を込めていつも思い続けていることなんですけれども、是非みなさんにもお届けしたいと思
いまして、これを締めの言葉とさせていただきました。
本日はご清聴ありがとうございました。