社会との対話から イノベーションを生み出す

conference report
Societal
Leaders
カンファレンス
レポート
社会との対話から
イノベーションを生み出す
社会課題が複雑化する中、持続的な社会を実現するために、企業はどのようにしてイノベーションを起こすことができる
のか。社会課題とイノベーションについて考え、話し合うことを目的に、
「Societal Leaders カンファレンス 第1回 “社会
課題×イノベーションに挑む!” ~企業とNPOの対話~」が開催された。
企業と社会との関係が今、大きく変わろうとしている。きっかけは3.11だ。支援活動を通じて社会貢献意識が強まり、社
会に対する責任を果たそうとする企業や人々が増えている。また、NPOとのかかわりを深めた企業は、社会課題の解決に
コミットすると同時に企業の新たな在り方を生み出そうとパートナーシップを結び始めている。しかしながら、こうした動
きはまだ小さな流れに過ぎない。未来を変えるような大きなうねりにしていくためには、何が必要なのか。
本カンファレンスから、スタンフォード大学客員研究員の井上英之氏による基調スピーチ、および企業とNPOのパネラー
による座談会についてまとめた。
キーノートセッション
ソーシャル・イノベーションとは何か
一人ひとりの“困りごと”には市場性がある
その前提として大事なポイントを2点あげます。
まず1点目は、
「私」
と
いう主語を持つこと。
そして2点目は、
「私」
と
「仕事」
と
「世の中」
が一本の
線でつながっているかどうかです。
このことは、
人が働き、
創造的な活動を
していく上でモチベーションに大きく関わってきます。
まず
「私」
と
「仕事」
の関係ですが、
特に若い人たちの間で、
「割り切る」
と
いう行為が見られます。本来の
「私」
はいったん外に置いて
「仕事」
と切り
生まない社会をつくることです。
離し、単なるジョブディスクリプションをこなしていくという労働観です。
今、
ビッグイシューは大きな問題を抱えています。
それは一度自立した
では、
「仕事」
と
「世の中」
の間が切り離されていたらどうか。
自分は何のた
ホームレスが再び路上に戻ってしまうこと。
なぜそうなるのかというと、
雑
めにこの仕事をしているのかわからない、
けれども責任感が強いため一
誌の販売というスキルだけでは市場で通用せず、社会の中に彼らの居場
生懸命成果を出そうとする、
でもやっぱり持たない…。
もし
「仕事」
と
「世
所がないからです。
そこで職業訓練プログラムが必要となりますが、
同時
の中」
が自然とつながる方法があると、
素晴らしいですよね。
どんな困難が
に彼らを受け入れる側の社会も変えていかなければなりません。
となる
あっても続けていけるはずです。
と、
そのミッションを達成するためにはビッグイシューだけの力では無理
そこで今、
自分が抱えている困りごとや日頃気になっていることを思い
です。
浮かべてください。
それらは、他の誰かの困りごとや課題を代表していな
多様なプレイヤーが集まって、
それぞれが持っている人材やノウハウを
いでしょうか? つまり、一人一人が持っている困りごとには市場性があ
出し合い、得意分野を活かして大きなインパクトを目指すことを、
コレク
ると言えるのです。
さらに言えば、世の中のすべての困りごとは社会課題
ティブ・インパクトといいます。
今、
ホームレスの若年化が進んでおり、
ビッ
たとえば、
強いリーダーシップが大事だとか、
クリエイティビティをもっ
として市場性を持っていて、
その解決に取り組むこと、
これすなわち、
「私」
グイシューを含めた20団体くらいで連絡会議をつくって活動を始めてい
と発揮しようとか、決まり文句のように言われる言葉があります。
もちろ
と
「仕事」
と
「世の中」
を1本の線でつなげることにならないでしょうか。
ます。複雑化した社会問題を解決していくためには、
こうしたコレクティ
ソーシャル・イノベーションとは、
もともと、革新的なNPOや社会起業
んそれはその通りで正しいのですが、
それだけでは体は動きません。
なぜ
家と呼ばれる人たちが始めた社会課題解決における新しい方法です。金
ならば、
それを自分の中に深く落とし込むという契機、
すなわち体感する
融危機後、社会経済環境が不透明化する中、新しいプロダクツやサービ
という部分が欠けているからなのです。
この体感が得られるかどうかが、
スを提供することはおろか、
戦略すら描くことができないという危機感を
ソーシャル・イノベーションを生み出す上で重要なキーとなります。
ブ・インパクトが欠かせません。
コレクティブ・インパクトによる課題解決
天台宗の開祖、最澄の言葉に
「一隅を照らすもの、
これ国の宝なり」
と
いう一節があります。
一人一人が自分の技術や経験を持ち寄り、
社会のた
「私」
と
「仕事」
と
「世の中」
というのは、
専門用語を使うと、
それぞれイン
めに心を込めて働くことを日本人は古くから大切にしてきました。誰もが
感じている企業も多いのではないでしょうか。
もはや社会のあり方や仕
プット、
アウトプット、
アウトカム
(成果)
に対応します。
インプットは人やお
社会の一隅を照らす存在になれる―まずはそうした認識を多くの人と共
組みそのものを変えないと、
この閉塞状況を突破できない。
そう考える企
金などのリソースや場であり、
アウトプットは仕事をした結果、
たとえば売
有するところから始めていただければと思います。
業の中から、
ソーシャル・イノベーションに積極的に取り組む動きが生ま
上げなどです。
アウトカムには中間アウトカムと最終アウトカムとがあり、
れ、
大きな潮流になってきています。
後者についてはインパクトという言い方をします。
また、
これら一連のつ
ソーシャル・イノベーションに関する実践研究は、
これまで主に2つの
ながりをセオリー・オブ・チェンジ
(変化の法則)
と呼んでいます。
要するに
分野で進められてきました。
1つはビジネススクール系(=論理的思考)
問題解決の方法のことです。
で、社会性と事業性をいかに両立させるかについて経営学的に分析して
ビジネス的手法を用いて社会の課題解決に取り組む企業の1つに、
いく方法です。もう1つはデザイン思考に代表されるクリエイティヴ系
ホームレスの自立支援を行うビッグイシューがあります。
ホームレスに雑
(=創造的思考)
で、新しいアイデアや創作、
デザインの力を使って変化を
誌販売の仕事を提供することで、
彼らがお金を稼ぎ、
それを元手に住まい
生み出していくやり方です。前者は理性による管理的手法、後者は創造
を得、就職活動につなげるというのがその事業モデルです。
こうしたレバ
性や感性からのアプローチともいえますが、
しかしそこには重要なピー
レッジの効いたセオリー・オブ・チェンジを持っているため、ビッグイ
スが1つ抜けています。それは体 感すること( ≒マインドフルネス:
シューはホームレスの自立という中間アウトカムにおいて一定の成果を
Mindfullness)
です。
上げました。
しかし、
ビッグイシューが最終的に目指すのは、
ホームレスを
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プロフィール / Hideyuki Inoue
スタンフォード大学US-Asia Technology Management Center, School of
Engineering Visiting Scholar(客員研究員)、
日本財団国際フェロー。
1971年東京都生まれ。慶應義塾大学卒業後、ジョージワシントン大学大学院に進学
(パブリックマネジメント専攻)。
ワシントンDC市政府、
アンダーセン・コンサルティング
(現アクセンチュア)
を経て、若手の起業家支援を行うNPO法
人「ETIC.」に参 画。2002年より日本 初 のソーシャルベン
チャー向けビジネスコンテスト
「STYLE」
を開催するなど、国内
の社会起業家育成・輩出に取り組む。2005年、北米を中心に
展開する社会起業向け投資機関「ソーシャルベンチャーパート
ナーズ
(SVP)」東京版を設立。同年より、慶應義塾大学大学院
政策・メディア研究科特別招聘准教授として慶応大学湘南藤沢
キャンパスで、社会起業論など新規授業を開講。現在に至る。
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B 社内的なことですが、
上司と部下、
あるいは取引先などステークホ
ダイアログ
まずは対話から始めよう〜企業×NPO座談会〜
司会:富士ゼロックス株式会社 KDI 荒井恭一
パネラー:A、B、C(以上、企業側)、D、E、F(以上、NPO 側)、井上英之(スタンフォード大学客員研究員、日本財団国際フェロー)
ルダーの関係では絶対に通らない話が、全く違う角度から突破で
きるというのはありますね。
これは実際に経験したことで、実務の
A うちの会社でもチャリティコンサートや慈善事業への資金提供を
行っていますが、
それが本業と直結しているかというと、
やはり距
社会起業が注目されるのかというと、そこには貧困層の子ども
だったり、
支援を必要とする人たちが目の前にいて、
当事者性を取
要。結構周囲から白い目で見られますから。今、NPOをつくって被
り戻す重大な契機があるからなんです。
災地に人を派遣しているのですが、旅行会社でもないのになぜ若
B 会社だってもともとは社会をよくするという目的があって創業した
者を連れていくのかとか、
地震がまた来たらどうするんだとか言わ
はずで、
一社員からそれが見えなくなっているのが今の状況じゃな
当事者性を取り戻す契機
―ここでは企業とNPOの連携をテーマに、
双方が抱える問題意識や
離感がありますよね。
そもそも本業である保険業自体が社会奉仕
課題について掘り下げていきたいと思います。
まずは企業側から
の理念を出発点としているのだから、
むしろそれを発展させる方
始めましょうか。
向で貢献できないかなと。
ただ、
かつてのように職場に販売員が入
D 企業のBOPビジネスへの参入を手伝っているんですが、最近感じ
A 生命保険で人材開発を担当しています。弊社では昨年から新人研
り込んで保険を募集するというやり方が難しくなっていて、
どう
るのは、企業もNPOも見ている問題が重なり始めてきたことです
修の一貫として、
小学生を対象とする生命保険教室をNPOとのコ
やって人とのつながりを保持していくかが課題となっています。全
ね。
お互いが同じ視点を持てるようになったというか。
開発支援に
ラボで始めました。
最初はNPOが何をしているのか、
どこにどうい
国に拠点を展開しているので、
それぞれの地域で何かできないか、
関しても、
以前より話が通じやすくなり、
一緒にやりましょうという
う人たちがいるのかもわからなかったのですが、
働くことの意義や
模索を始めたところです。
たとえば育児や介護で悩まれている方
場面が増えたと思います。
―では、NPO側の認識はいかがでしょうか。企業との協働で何か見
えてきたことはありますか。
いでしょうか。
この会社で働いている意味を見失ってしまって、
なん
となく喪失感を抱えているから、
NPOがやっている活動に個人とし
て共感するんだと思います。NPOと連携することで社会貢献でき
ていると感じられるようになれば、やっぱりうちの会社にいて良
かったなとまた思えるんじゃないかな。
D NPO側も企業のリソースを活用させていただきながら、一緒に何
かやりたいという思いはすごくあります。
まずはこうして出会うこ
とが重要になりますね。
―企業もNPOも目的は違わない。
ただ、
持っているリソースや活動す
る場が違うだけ。
だから当然強みも偏るけれど、協働することで逆
社会について小学生に教えるという体験を通じて、人の成長に貢
のコミュニティづくりなどですね。
ただ、私たちにそういう場をつく
献できることの喜びを感じ、
同時にNPOの社会的な重要性を肌で
る能力やノウハウがないので、
そこの部分でNPOとの連携ができ
関して違和感を感じることもまだ多いかなと思います。
たとえば、
今回お互いの認識を一部共有できたのではないかと思います。本
学ぶことができました。
ないかなと考えていて。
プロボノで来られる方にありがちなのですが、
あるべき論を振りか
日はありがとうございました。
B IT系の弊社ではイノベーションから遠ざかっているという危機感
E 確かに互いの壁は低くなりましたが、
コミュニケーションの作法に
井上 ちょっといいですか。
企業の人たちの話を聞いていてありがちなの
ざして、
なんでこうしないんだと詰め寄るみたいな。逆にNPO側に
から、他社と組んでシステムづくりを勉強するプロジェクトを始め
が、手元のリソースから何かできないかというふうに、
身の丈でも
も問題はあって、
中期経営計画をつくるとき、事業を支えるための
たのですが、
その矢先に震災が起こって。会社として何ができるか
のを考えていくんですね。要するにフォアキャスティングなんです
キャッシュはどう回すのかという部分がスコンと抜けていたりす
現場を見に行ったのですが、
すでに多くのNPOが被災地に入り、
よ。
そうではなく、手順としてはまずかなえたいものがあって、
そこ
る。双方が互いの言語や意識のズレを埋めていく仕組みが必要だ
ガンガン動き回っている状況を見て唖然としました。
一方で自分た
からバックキャスティングで考えていくことが大事なんです。
こうい
と思います。
その意味でビジネスセクターからNPOセクターに転
ちは何をしたらいいかわからず、手をこまねいているわけです。
そ
うことを実現したい、
だけど自分たちだけは無理なので、
どこと組
職する若者が増えているのはいいことですね。
ただ、
逆の流れはほ
のときにシステムのことだけを勉強していてもダメで、社会に深く
めばそれが可能になるか、
というふうに。
とんど起きていないですけど。
コミットし、課題解決ができる人材を育てなければいけないと強く
感じました。
C 損保会社のC S R環境推進室で働いています。当初は私自身が
それと、先ほど被災地に行って何をすべきかを気づきを得たとい
F NPOの側に警戒心があるかもしれないですね。企業と組むことで
う話をされましたよね。
それって実はすごく重要なんですよ。
自分た
自分たちの思いやミッションがずれていってしまうのではないかと
ちがやっていることが被災者にとって本当に意味があるかどうか、
いう。
CSRという言葉すらよくわからなかったし、
社内でも会社のボラン
現場に行かないとわからない。
被災者や現地で支援するNPOと直
ティア事業だという受け止め方をされていたので、
まずはいかに本
接対話をしているうちハッとする瞬間があって、
そこから真の課題
業とかかわりを持たせていくかが課題となりました。
一方で社会と
や解決方法が見つかっていく。
これはコミュニケーション能力や
とは確かですね。昔は地道にやることや、
どれだけ汗をかいたがが
のかかわりも大事なわけですよ。
でもデスクワークをしているだけ
リーダーシップが身につくいい機会なんですね。
その入口として、
大事で、結果は考えないという人が多かった。本気でシステムごと
では、
何をしたらいいのかわからない。
そのときにNPOさんとの対
NPOとの協働が考えられるかなと思います。
変革しようと意図しているNPOや起業家とつきあうことで、
新しい
話があれば、
いい気づきを得られるのではないかと。
―企業側の問題意識として、
1つはCSR活動をどう捉えるかというこ
とがありますね。事業なのか、人材育成なのか、
そしてそれは本当
に社会に対する貢献になっているのかどうか。
井上 NPOといっても一括りにできないけど、
ここ数年の間に立ち上げ
の時期から明確にスケールを描いているNPO起業家が増えたこ
リーダー像やリーダーシップのあり方を学べると思う。
―それこそ体感することによる意識変革というわけですね。NPOと
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井上 当事者性をどれだけ持っているかというのは重要ですね。
なぜ今、
進め方も変わるんですよ。
ただし、
トップのゴーサインが絶対に必
れて
(笑)
。
なかなか理解が浸透していかないですね。
NPOとの協働から得られるもの
決めたいなと思います。
の協働で他に何か期待できることはありますか。
C 企業の側も別にNPOと連携することが目的じゃないんですよね。
イノベーションを起こしたい、
そのために組む相手としてふさわし
C 参加したメンバーのモチベーションは確実に上がりますよね。
それ
いのはどこかという話で、企業同士でも構わない。
というか、企業
が会社にもフィードバックされて、
愛社精神にもつながったりとか。
かNPOかという意識ではなく、
コミットの深さで協働する相手を
にそれはお互いのリソースになるわけですね。
そんなことも含めて
この日、本カンファレンスには企業から約35名、NPOか
ら約10名が参加。最後に参加者らによる全体共有が行わ
れた後、終了した。企業からの参加者からは「NPOに対す
る認識が変わった」、
「普通にパートナーとして組める相
手だとわかった」との声が聞かれた。ワールドワイドでビ
ジネスを展開する多国籍企業では、NGOを含めこうした
あらたなパートナーシップの構築によるソーシャル・イノ
ベーションへの取り組みは、もはや企業戦略の一部として
位置付けられつつある。日本国内においても、今回集まっ
た参加者のなかから、その機運が高まるであろうことを予
感させたが、一方で、まだ思考・試行途上であり、お互いを
もっと知る、深く知る場の必要性をあらためて感じさせ
た。企業にとって社会課題の現場を知るNPOとの連携・
協働は、イノベーション戦略や次世代のリーダー育成の観
点などからも、今後ますます欠かせない。そのためにも、
こうした出会いの場、互いの戦略を結び付け、実行してい
くための社内外のあらたな関係性を紡ぐ機会をいかにプ
ロデュースしていくか、当面の課題だといえよう。
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