5 太陽信仰文化と母音言語 - WordPress.com

#5 太陽信仰文化と母音言語
そんな中で、太陽というものはどういう作用があるのか、現代人はなかなか、その意識から知識から離れ
ているので、じゃ太陽っていうものをもっと生活の中に取り入れている民族や種族の所に勉強に行きたい。
勉強って言うよりも
出
いに行きたいと思って、その臨死体験がキッカケで一命を取り留めて、そして20歳、21歳の時にヒマラ
ヤに行って、ヒマラヤの山岳民族に触れたことが、一つのクセと言うかキッカケになって、そこにハマっ
ちゃって。それからあらゆる先住民の所に、20代、30代、行かしてもらって。ただその先住民を客観的に見
るだけじゃなくて、客観的に見るのも大事なんだけど、その中に入って一緒に生活することによって、共に
ね、様々な智慧を共有したいと思ったんですよ。
それでいろんな所に行ったら、面白いことが分かったんですよ。
今まで行ったのはもちろん、アボリジニとか、マオリ族とか、マヤ・インカの人たちとか、あとはネイ
ティブ・アメリカンやアフリカの先住民、あとアジアにたくさん分布している先住民の所にいろいろ行った
んだけど。何故先住民の所へ行ったかというと、さっきから言っているように「太陽信仰文化」だからで
す。基本的に太陽っていうのを中心に置いてるんですね。その反映として月の「女神信仰」というのもある
んですよ。その両軸っていうのもスゴく面白かったんだけど。
そういう流れの中で、太陽信仰文化が今でも機能してるとか、今でも生活の中心に置いてるような先住民
の所に行って。ワケも分からない先住民の所に行く訳ですから。そうすると「本当に日本人と同じやなぁ」
と思ったんです。顔とか、感覚とか。そしてさらに、言語。
僕は先住民の言葉知りません。日本語も通用しません、基本的に。英語ももちろん通用しません。でもし
かし、英語よりも日本語の方が、なんか母音言語だから共通性があるかなぁと思いながら、先住民の言葉を
知らされる前から、要するにその先住民の所へ行って先住民の言葉を段々知って行くんだけど、その知って
行くプロセスにおいても、日本語で話してたら良いじゃない。最初は日本語で話してもあまり伝わらなかっ
たんだけど、3日くらいすると伝わるんですね。先住民の言ってる言葉も、最初、なんか東北の訛りのおば
あちゃんが言っているように、なんか日本語に近いんだけど何言ってるか分かんない。しかし3日くらいす
ると慣れてくるんですね。なんか日本語で入ってくるんですよ。だから結果的に僕自身は、各先住民の所へ
行ったんだけど、ほとんど日本語で話してたんですね。
なんで日本語で通用するかというと、さっきも言ったように、先住民の使っている言葉と日本語が「母音
言語」、母の音の言葉だから。母なる地球の音の響きだから。しかし英語っていうのは、子どもの音の言葉
と書くんですね。だからちょっと違うんですね、どっちが良いとか悪い訳じゃなくて。そういう流れだった
んです。
そして先住民といろいろ触れていったら、なんと先住民の使っている言葉が日本語に近いか、さらに日本
語で通じるか、っていうことを体験して行くんだけども。
例えばね、ハンガリーにフン族っているんだけど、ハンガリーのフン族は「塩」のこと「ショ」って言っ
てます。「水」のこと「ミジュ」って言ってます。オーストラリアのアボリジニとニュージーランドのマオ
リ族は、ニワトリの鳴き声を「コケコッコー」と言います。西洋では「クックドゥールドゥー」です。
「クックドゥールドゥー」に聞こえますか?(笑)
だから、構造が違うんですよ。私たち日本人っていうのは、実は昔からジャッジメントしない民族なんで
すよ。良いとか悪いとか、光とか闇とか、天国とか地獄っていうのはあんま考えないんですね。つまり右脳
と左脳が共鳴してるんですよ。そういう働きなんですね。しかし西洋人っていうのは、右脳と左脳を単独で
機能させるんですよ。これ、どっちが良いとか悪い訳じゃなくて役割分担だと思うんですね。
#5 太陽信仰文化と母音言語
だから、日本語が右脳と左脳が共鳴しているっていう状態から導き出されている言葉ですから、例えば
「為せば成る」。成るように成る、って言う日本語って、なかなかこれ凄い言葉なんですよ。為すべきこと
を為したら成るように成るんですから。
さらに「仕様がない」って言葉がまた面白いんですね。なんか外国の人に言われた。「お前たち、よく
ショウガナイで片づけられるな」って。「ハッキリせぇ!」って。良いのか悪いのか、好きなのか嫌いなの
か。だから「仕様がない」って言葉も曖昧なように思うんだけど、そういう言葉なんですよ。究極的には
ね、「良きに計らえ」ですよ。
平安時代にはね、どんな社会やったの?って。だって今の社会から言うと、合理的じゃないじゃ、全く。
十二単とか着てさ、重いよね。(笑)歩くのもゆっくり歩いてねぇ。だからそういう歩き方とか、立ち振る
舞いとかっていう、所作とか、動行に優雅さを見立てて、ものすごいプロセスを大事にしたんですよ。
何故か。もう決まってるから。人間はもう、生まれて死ぬっていうのは決まってるし、生まれたら自分の
求める世界に確実に行くんですよ。だから最終的にはハッピーエンドになるっていうことを知ってたから、
そのプロセスを大事にし、プロセスを味わおうっていう理解なんですよ。だから「良きに計らえ」。こうい
う言葉なんですね。これも外国には無いと思いますよ。
こういうことからも分かるように、日本語っていうのはスゴイ面白い感覚を持ってるなぁ、右脳と左脳を
共鳴させてるなぁ。
例えば夏にね、セミが鳴いてると、外国の人の中では「ちょっとセミ五月蝿い!」っていう感覚持ってる
人いるんですよ。この感覚は日本人には無いんですよ。日本人の感覚は、セミが鳴いてる方が素麺が美味し
い、っていう感覚なんですよ。だから素麺だけ食べてる訳じゃなくて、そのシチュエーションもちゃんと食
べてる訳ですよね。
こういう、自然と一体になって、右脳と左脳が共鳴している概念と智慧を持ってるんですよ。それが先住
民と同じだから、先住民の言葉とスゴイ近かった。
究極に近いのはねぇ、ネイティブ・アメリカンです。ネイティブ・アメリカンの部族の名前とか言葉、ほ
とんど日本語と共通性があって。「アルイテ族」。そのまんまです。(笑)そのまんまなんですよ。原書を
調べると、自分たちの先祖はベーリング海峡を西から歩いて渡って来た。
「イロコイ族」。色恋に全力投球。(笑)「アナサジ族」。穴に住んで、サジ加減が上手なんですよ、本
当に。「タマウリペック族」。マガタマを売り歩いてた部族。「タスカノール族」。人々を助けて歩いた部
族。「オサゲ族」。みんな三つ編みにしてます。三つ編みにしてる部族を、日本語で三つ編みのことを「オ
サゲ」って呼ぶから「オサゲ族」って日本人が付けた訳じゃないですよ。現地で三つ編みのことを「オサ
ゲ」って言うんです。これは共通性あるよね。
ナバホ・インディアンの古い言葉調べたら、遠い所を「アッチャ」だって。近い所を「コッチャ」だっ
て。自分のことを「ナンジャ」だって。(笑)
こうやって、本当に世界の先住民との言葉の共通性が日本語にあるんですよ。
古代のヘブライ語でね、発音はちょっと違いますが、古代のヘブライ語での数の数え方。「ヘー、フー、
ミー、ヒョー、ヒー、フー、ナー、ヒャー、コー、トー」ですよ。「ヒー、フー、ミー、ヨー、イー、
ムー、ナー、ヤー、コー、トー」とほとんど同じ。
私たちが、三社祭もそうだけど、御神輿で「ワッショイ、ワッショイ」「エンヤラヤー」。それ、古代の
ヘブライ語で「我こそ神を讃え祀らん」という意味なんです。スゴイ共通性があるんですよね。だからこれ
が母音言語だから。
#5 太陽信仰文化と母音言語
だから、そういう母音言語を持ってる先住民と私たち日本人は、母音言語の共通性があるから日本語で伝
わっちゃうんですよ。ちょっと訛ってるから最初は慣れないけどもね。伝わっちゃう。
さらに、伝わりやすいもう一つの理由は、先住民の言語の数が極端に少ない。本当に。ピグミーとか300
くらいしかない。300って少ないですよ。1から300まで数えただけで300種類ですから、言語が。もう
300種類くらいしか無い訳ですからね。先住民は数の数え方も、1から10まであるんだけど、10以上は
「たくさん」って勘定するんです。(笑)だいたい。ま、各先住民によって微妙に違うんだけども、もう多
いのは「たくさん」なの。そういうふうに生きづけて、言語の数も少ない。
で、その言語の数が少ないことからもうちょっと紐解いて行くと、その言語の意味がまた、説得と納得の
言語が全く無いんだよ。今の日本人は、今の文明人は、説得と納得の為に言葉がいっぱいあるし、今も僕
いっぱい喋ってるけどね、言葉だけじゃなくて時間とお金と労力使ってる、説得と納得の為に。これ、自然
界にあり得ませんよ。例えば、クマの悩みを聞いてるキリンとか。(笑)トラの失恋を本当に聞いてるライ
オンとか。こういうのって無いでしょ?だから、説得と納得っていうのは自然界に全く無いんですよ。
「生まれる」ってことは、「生まれ出る」ってことは、説得されてな納得しないと生まれて来ないんです
よ。なのに説得・納得っていうサイクルに生きてるってことは、もう全然本来の、広がったオープンの、こ
の大宇宙に生きてるっていう世界ではないんですよ。だから、説得と納得の言葉が一切先住民の世界には無
いので、言語が少なくて、そしてその先住民の使っている意味を日本語で解すると、「よう」「元気?」
「美味しいね」「嬉しいね」「おはよう」「いただきます」「ごちそうさま」「ありがとう」と、こういう
言葉しか無いんだから。だから伝わるに決まってるじゃん。朝、パッと起きて先住民と顔が合う。そして何
か先住民が先住民の言葉で笑いながら「⃝■*△∼」って言ったら「おはよう」って言ってるに決まってる
んだから。(笑)言語の意味じゃなくて、何となく感覚と響きで分かるの。だからこっちが「おはよう」っ
て言えば、もうそれで伝わるの。こういう世界ですからね。