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「プロジェクトマネジメント」から考えるITガバナンス
(前編)
プロジェクトマネジメント力向上に必要な
経営課題としての認識
永谷 裕子
氏
PMI東京支部 事務局長
MBA、PMP、JUAS認定システムコンサルタント
米国オハイオ州マローン・カレッジ卒業
(心理学)
。米国オハイオ州立大学でMBA取得。同州の保険会社でプログラマーとしてスタート
する。その後、ユーザー企業
(主に多国籍企業)
、情報処理サービス会社においてSE、ITプロジェクトマネジャーとして多数の情報シス
テム開発プロジェクトに参画する。特に国際的なITプロジェクトに豊富な経験をもつ。
ITの導入・活用にあたり、目的と戦略を適切に設定し、その効果やリスクを測定、評価して、理
想とするIT活用を実現するITガバナンスへの取り組みが重要になっている。変化の激しい企業
環境の中で、経営戦略の実行段階としてのプロジェクトマネジメントは、重要性を増すばかりで
ある。PMO(Project Management Office)の機能と役割やプログラムマネジメント、プロ
ジェクト・ポートフォリオ・マネジメントをどう考えるべきなのか。PMI東京支部 事務局長 永
谷 裕子氏に2回にわたって、話を聞いた。1回目の今回は、プロジェクトマネジメントが重視さ
れる背景や成功させるためのポイントについて語ってもらった。
PM領域の普及啓蒙活動を
積極的に展開
ジェクトマネジメント領域の活動も行っています。
具体的には、複数のプロジェクトを管理するプロ
グラムマネジメント、資源の最適化を考えて、プ
―― 最初に、PMI東京支部の概要と活動内容に
ロジェクトを運営するポートフォリオ・マネジメン
ついてお聞かせください。
ト、組織としてのPMへの取り組み(OPM3 ®:
PMI ®(Project Management Institute)
Organizational Project Management
はプロジェクトマネジメント(以下、PM)の標
Maturity Model)、プロジェクトのパフォーマン
準 開 発 、P M P ®( P r o j e c t
スを定量的に測定・分析し、一元的な管理を行う
Management
Professional)資格認定などを通して、PMの普
EVM(Earned Value Management)など、
及発展を目的とした団体です。PMのバイブルと
様々な活動を展開しています。
なったPMBOK ®(Project Management
―― 具体的にはどのような活動を行っているの
B o d y o f K n o w l e d g e )を 開 発 、P M B O K ®
ですか。
Guideは世界で220万部以上が刊行されていま
私たちの活動は主にボランティアによって行
す。PMI®は全世界で250支部があり、PMI東京
われており、9つの委員会と6つの研究会、そし
支部は日本で唯一の支部です。PMI東京支部は、
てPMO(Project Management Office)やポ
1998年の設立以来、プロジェクトの普及啓蒙活
ートフォリオ標準、プログラム標準など期限付き
動を実践しており、会員数、PMP ®取得者共に、
のプロジェクトがあります。そのほか、月例セミ
増加しています。また、PMBOK ® 以外のプロ
ナーやPMBOK®普及セミナー、数百人の参加者
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プロジェクトマネジメント力向上に必要な経営課題としての認識 2
がある年1回の東京フォーラムなどのイベントも
開催しています。
また、関東圏以外での普及活動にも力を入れ
しさを見てとることができます。
表裏の関係にあるITガバナンスとPM
ていると共に、PM普及に欠かせない経営者の意
―― 内部統制の整備が求められる中で、ITガ
識改革のためのエグゼクティブ対象のセミナー
バナンス強化が大きな課題として出てきていま
も行っています。
すが。
―― P M P ® の 取 得 者 も 増 え て い る と 聞 き まし
たが。
日本版SOX法対応に端を発した最近のITガバ
ナンス強化の動きは、経営者にITの重要性、とり
PMP®資格取得者は最近、急増しています。資
わけITをマネージすることの難しさを感じさせ
格取得者は5、6年前は数百人のレベルでしたが、
て い ま す。I T ガ バ ナ ン ス と い え ば 、C O B I T
2007年には2万人を超えました。ここ数年、毎
(Control Objectives for Information and
年50%を超える勢いで資格所得者が増えてお
related Technology)が思い出されますが、
り、当分この勢いは続くことでしょう。
COBITはアクティビティをいかに実行していく
失敗の許されないプロジェクトが
増えている
かというよりも、ITの統制に主眼をおいていま
す。COBITで定義された4つの領域と34のITプ
ロセスを見ると、PMと重なるところがあり、
―― IT部門で、プロジェクトやPMが求められて
PMの狙いと表裏の関係にあることがわかりま
いる背景はどこにあるのでしょうか。
す。すなわち、ITガバナンスは統制面、PMは実
第1の理由は、企業にとって失敗が許されない
行面に焦点をあてており、実際のアクティビティ
プロジェクトが増えていることです。企業の合
に落としていく時にPMが必要になるのです。
併・統合プロジェクト、ERPによる基幹システム
―― PMの改善には何が求められるのでしょ
の再構築、銀行のシステム統合プロジェクトな
うか。
ど、その失敗は企業生命を断つほどの重みを持
ITガバナンスの中身ともいえるPMの改善は、
っています。しかも、これらのプロジェクトはト
それほど簡単なものではありません。経営者が
ランスフォーメーションや業界再編成や競争力
PM力の向上に取り組んだ時、直面するのは、
の強化など、企業の生き残りをかけた、重点施策
PM領域は会社の基本プロセスと関連し、会社全
という共通点があります。また、企業活動がグロ
体のレベルアップがない限り、PMそのものの底
ーバル化する中で、プロジェクトもグローバルに
上げができないという現実です。
なっており、その中での共通言語としてのPMの
枠組みも求められています。
第2はITサービス業における請負システム開発
具体的な例で説明しましょう。あるITサービ
ス会社では、請負システム開発が予定コストの
2倍の費用がかかってしまいました。その結果、
事業の赤字問題です。固定金額でプロジェクト
この会社はその期に、創業以来の大幅赤字決算
を受注した場合、
平均売上高5%の業界ですから、
に陥りました。そこで、
「この赤字状態をなぜ、
ひとつのプロジェクトの失敗が企業収益に大き
もっと早くマネジメントが検知できなかったの
な影響を及ぼします。ITサービス業でのPMに対
か」
「プロジェクト計画書の妥当性はどのように
する積極的な取組みに、企業経営レベルでの厳
検証されたのか」
「受注時の入り口管理は的確で
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プロジェクトマネジメント力向上に必要な経営課題としての認識 3
図:PM力向上のための前提とポイント
成功のカギ
失敗が許されない
プロジェクトの増加
ITサービス業における
請負システム開発の
赤字問題
PM力向上の前提
P
M
力
向
上
の
要
請
経営課題としての
認識
戦略・ミッションなど
会社の基幹プロセス
全体の底上げ
IT統制との連携
あったか」など徹底的な原因の分析がなされ、
でPMを考える必要があり、経営層のPMに対す
原因は稚拙なPMにあるということが分かりま
る認識が求められるのです。
した。
―― PMを成功させるためのポイントはどこに
そして、会社を挙げてのPM力向上策の検討を
あるのでしょうか。
行った結果、プロジェクトマネージャーのスキル
ITガバナンスとPMを成功させる秘訣は次の
向上だけではなく、財務・管理会計システムの改
2つです(図)。ひとつは、PM力の向上を経営課
善や人事制度の見直し、品質管理体制の見直し、
題としてとらえることです。ある部門のマネー
事業遂行組織体制の変更など、会社経営の根幹
ジャーがうまくやったかどうかというレベルで
の仕組みに手を入れる必要があるという結論に
属人的に考えたり、事業部や品質管理部門、情報
至りました。
システム部などの単一組織に任せればよいとの
PM力向上を経営課題として
認識することが成功のカギ
考えは間違いです。そうしたやり方を続けてい
る限り、プロジェクトマネージャーは3K労働か
ら脱却できません。
この例から分かるように、PMは閉じたひとつ
もうひとつは、主として、ITプロジェクトの発
の領域ではなく、企業の戦略やミッションなど基
注者側にいえることですが、緊密な関係にある
幹プロセスをも取り込んだプロジェクトマネジ
IT統制と連携を図ることです。発注者側がベン
メント・コンプレックス(複合体)なのです。PM
ダーに丸投げして全てを任せるようなやり方で
を単体で語っても意味はありません。企業全体
は、PMを成功させることはできません。
(後編に続く)
■ 詳細については、ca.com/jp/itg/をご覧ください。
編集・制作 日経BP企画 2007/10