島田行恭 変更管理支援のためのリスク管理情報の活用に関する研究 独立行政法人産業安全研究所 化学安全研究グループ ○島田行恭, 静岡大学工学部 物質工学科 武田和宏, 名古屋工業大学大学院 工学研究科 濵口孝司, 東京工業大学大学院 理工学研究科 渕野哲郎 Study on a framework to support management of change based on the risk management information Yukiyasu Shi ma da, Chemical Sa fety Group, Nationa l Institute of Industrial Sa fety Kazuhiro Ta keda, Department of Materia ls Science & Chemica l Engineering, Shiz uoka University Ta ka shi Ha ma guchi, Department of Engineering Physics, Na goya Institute of Technology Tetsuo Fuchino Department of Che mica l Engineering, Tokyo Institute of Technology キーワード:プロセス安全管理,変更管理,リスク管理,プラントライフサイクル Keywords: Process Sa fety Ma na ge ment, Ma na gement of Cha nge, Risk Ma na gement, Pla nt Life Cycl e 1. は じ め に 変更管理とは変更に伴うリスクをあらかじめ予測して対策を講じ,リスクがトラブルとして 表出することを防止する組織的な活動である 1) ~ 3 ) .化 学 プ ラ ン ト で は ,通 常 の 運 転 や 保 守 管 理 においても無意識のうちに変更を行っていることが多く,知らぬ間にプラント設計当初の意図 や論理とは全く異なる環境で業務を行い,それが異常事象発生の原因となり,事故災害に至っ ている場合がある.本論文では,プラントライフサイクルを通じて実施されるリスク管理情報 を基に,変更管理の必要性を気付かせ,変更による影響を受けるために再評価すべき重要な管 理ポイントはどこかを示す変更管理支援のためのフレームワークを提案する. 2. 変 更 管 理 化学プラントでは,生産性や安全性の向上,保全面や経済的,あるいは社会的な面からの改 善要求などにより様々な変更を行ったり,設備更新時に異なった仕様を採用する場合がある. 図1に変更管理の流れを示す.変更計画に対して,現状のプラントとの比較を行い,影響を 受 け る プ ラ ン ト 構 造 や プ ロ セ ス 挙 動 ,操 作( 手 順 を 含 む )を 洗 い 出 し ,リ ス ク の 再 評 価 を 行 う . リ ス ク 再 評 価 の 結 果 ,変 更 が プ ラ ン ト の 安 全 性 な ど の 観 点 か ら 見 て 妥 当 で あ る と 判 断 さ れ れ ば , 変更実施が許可され,変更が行われる.さらに,変更後のプラントに対して評価,変更履歴の 管理を実施する必要もある. 島田行恭 ①変 更 を 計 画 する ②変 更 計 画 に 対 してリスク を評 価 する ③変 更 を を実 施 する 図 1 ④変 更 後 の プラントを 評 価 する ⑤変 更 履 歴 を 管 理 する 変更管理の流れ 従 来 の 変 更 管 理 プ ロ グ ラ ム に 対 し て は ,一 般 的 に 以 下 の よ う な 問 題 点 が 指 摘 さ れ て い る 4) , 5) . (1) 変更は現場の判断で実施されることが多く,変更管理の 対象 で ある こと に 気付 か ない . (2) 変 更 に よ る プ ラ ン ト へ の 影 響 を す べ て 網 羅 し ,評 価 す る こ と が 難 し い .こ の た め ,個 別 的 で ア ド ホ ッ ク な 変 更 と な り ,全 体 か ら 見 る と 不 必 要 な 安 全 対 策 が 実 施 さ れ て い る 場 合 や , 反対に必要な安全対策を見逃す可能性がある. (3) 変 更 の 際 に ,設 計 段 階 で 検 討 さ れ た 内 容( 設 計 論 理 )と 比 較 し て い な い た め ,安 全 管 理 の面から見ると実施すべきではない変更を行ってしまう. (4) 「論理に基づく技術」よりも「経験に基づく技術」により変更が行われている. (5) 変更の記録(履歴)が残されていない. (6) ライフサイクルを通じたプラント情報の管理ができていない. (7) 変 更 の 情 報 が 関 係 者 に 伝 達 さ れ な い ( 書 類 の 不 備 , 関 係 者 へ の 教 育 不 足 を 含 む ). 3. リ ス ク 管 理 情 報 化学プラントは多くの機器とそれらを機能させるための配管や制御装置,及びそれらを支え る構造物・設備・運転システム等により構成されており,プラント構造,プロセス挙動,操作 (手順)間の整合性が確保されるように設計されなければならない.またこの時に実施される リスク評価やリスク低減対策立案のための安全設計では,コストや法・規制,社会的要求など の様々な制約条件の下で,広範で多岐にわたる安全管理技術が統合され,その調和と管理が重 要となる. 一方,表 1 に示すように,リスク評価結果や実施された対策に関する情報,及びそこで検討 された論理的思考内容(設計論理)に関する情報は,後に続く運転や保全業務における安全管 理にも重要な情報(データ,知識)となり,有効に利用されるべきである.また,一般的に変 表 1 リスク管理情報とその例 分類 内容(具体例) ① 操 作 設 計 情 報( 正 常 時 , ・ プ ラ ン ト 構 造 ( 機 器 , 装 置 , 接 続 情 報 な ど ) 異常時,緊急時) ・プロセス挙動(物質特性,反応特性,危険性データなど) ( リ ス ク 分 析 リ ス ク 評 ・操作管理(手順)情報など 価 対 策 立 案 の 過 程 ) ・ 異 常 時 シ ナ リ オ 分 析 情 報 ( 例 : HAZOP 因 果 関 係 モ デ ル 6 ) な ど ) ・ リ ス ク 評 価 結 果 ( 例 : HAZOP 結 果 , フ ォ ー ル ト ツ リ ー な ど ) ・ 安 全 対 策 選 定 情 報 ( 例 : 独 立 防 御 層 ( IPL) 概 念 を 用 い た 論 理 的 安全対策とその選定根拠) ②運転情報 ・過 去 の 運 転 ロ グ( 例:正 常 時 運 転 情 報 ,製 造 履 歴 ,ト ラ ブ ル 情 報 , 例外処理情報など) ③設備保全情報 ・メンテナンス履歴(例:物理的変更情報,更新履歴など) ④外部データベース ・事 故 事 例 情 報( 変 更 管 理 に 起 因 し て 発 生 し た 他 の プ ラ ン ト に お け るトラブル事例,ヒヤリハット情報など) ・変更管理を必要とする変更のトリガー情報など 島田行恭 更が実施されるのは稼働中のプラントであるが,それまでの運転履歴や設備管理情報にも,対 象プラント固有のリスク管理情報が含まれる.さらに,類似のプラントに対する過去の事故事 例やヒヤリハット情報なども対象プラントのリスク管理に有用な情報である. 本論文では,プラントの設計から運転,保全業務を含むプラントライフサイクルを通じて検 討されたリスク管理情報と事故事例などを含む外部データベースの情報を変更管理支援に利用 する方法を提案する. 4. 変 更 管 理 支 援 の た め の リ ス ク 管 理 情 報 の 利 用 2 章 で 示 し た 変 更 管 理 の 問 題 点 (1)~ (4)へ の 取 り 組 み と し て , 次 の 2 点 に つ い て 検 討 す る . ① 計画された変更の内容が変更管理を必要とするかどうか,つまり,現状のプラント設計 論理や運転思想に影響を与える変更を行おうとしていることを気付かせること ② 変更により対象プロセスの安全性や生産性などに影響を与えるポイントを明確にし,リ スクの再評価,安全設計を行うための情報を提供すること これまでの変更管理プログラムでは,これらの気付き,リスク再評価の実施は経験的な判断 に任されており,再評価の抜けや簡素化を起因とした事故・災害発生を導いている.本論文で は,変更管理を実施する際に検討を要する重要ポイントを示すためにリスク管理情報を活用す ることを提案する.図 2 にリスク管理情報を利用した変更管理支援の流れを示す. 1) 変更を行う対象,目的(理由)を入力する. 2) 変更のトリガーとなる事例リストを参考に,現在のプラント情報と比較し,変更管理の 対象となるかどうかを明確にする. (例)設計時に検討した構造-挙動-操作の整合性に影響を与える変更かどうか? 1) 変 更 計 画 の入 力 ・変 更 箇 所 ・変 更 目 的 出力 2) 変 更 管 理 の 必要性 ・変 更 管 理 の対 象 か? 比較 現 在 のプラント情 報 ・プラント構 造 ・プロセス挙 動 ・操 作 手 順 (内 容 ) 変 更 のトリガーとなる事 例 リスト 3) リスク管 理 情 報 の検 索 ・ 変 更 の 影 響 を 受 け る 異 常 時 想 定 シ ナ リ オ,対 策 の設 計 根 拠 (論 理 ) ・過 去 の運 転 の不 具 合 ・メンテナン ス履 歴 ( 変 更 の蓄 積 による 不 具 合 発 生 の可 能 性 ) ・類 似 の変 更 によるトラブル事 例 参 照 PLC統 合 環 境 内 DBにあるリスク管 理 情 報 ・設 計 情 報 (正 常 時 操 作 設 計 ,異 常 時 操 作 設 計 ): リスク分 析 (異 常 時 シナリオ分 析 ) 情 報 リスク評 価 結 果 ( HAZOP,F TA,What -If,・・ ・) IP Lベースの対 策 立 案 ( 設 計 根 拠 )情 報 ・運 転 情 報 :運 転 ログ(不 具 合 情 報 を含 む) ・設 備 管 理 情 報 :物 理 的 変 更 履 歴 (更 新 履 歴 ) 事 故 事 例 DB(同 種 の変 更 による不 具 合 事 例 ) 図 2 出 力 4) 検 索 による出 力 結 果 ・変 更 に伴 い検 討 すべ き重 要 ポイント この 結 果 を参 考 に ,変 更 に よるリスクの再 評 価 を行 う リスク管理情報を利用した変更管理重要ポイント導出の流れ 島田行恭 3) プラントライフサイクル統合環境内に保存されたリスク管理情報を参照し,変更により 影 響 を 受 け る 異 常 時 想 定 シ ナ リ オ ,装 置 や 操 作 の 設 計 意 図 な ど を 含 む 安 全 対 策 の 設 計 根 拠 , 過去の運転における不具合の記録,設備変更履歴,及び類似の変更に関連するトラブル事 例などを取り出す. (例)設計時にはどのような異常時シナリオが想定され,対策が検討されていたか? 同様の変更により,過去にどのようなトラブルが発生しているか? 4) 変更に伴い,検討すべきポイントを出力する.この結果を基に,変更により影響を受け る範囲(機器,挙動,操作)を明確にし,それまでのプラント安全管理対策との差異に注 目して,リスクの再評価を実施する. 以上の手順により,変更管理に必要な情報(リスク再評価のための情報)を提供すれば,変 更により影響を受ける範囲をあらかじめ明確にすることができ,個別的でアドホックな安全対 策を回避することができる.これより,論理的でプラント全体の安全管理を考慮に入れた変更 管理を実施することも可能となる. 5. ま と め 化学プラントの安全性の検討は,プラントライフサイクルを通じて繰り返し実施されるが, 日常の運転管理や保全作業においては,経験的な知識に基づく判断から変更を行ってしまう場 合が多く,現場での安易な変更が思わぬ災害の原因となっている.本論文で提案したフレーム ワ ー ク で は ,何 ら か の 変 更 が 計 画 さ れ た 場 合 ,そ れ ま で の リ ス ク 管 理 情 報 を 基 に ,現 状 の 機 器 ・ 装置,化学反応,操作手順などに影響を与える事象や,変更により生じる新たなリスクの可能 性を示す.これより,変更への対策漏れの無いリスクの再評価を支援することができ,変更に よる異常(災害)発生を防ぐことにもつながる. 今後の課題として,提案するフレームワークを例題プラントに適用し,情報検索の流れをよ り具体化し,検証する.さらに,必要なリスク管理情報の整理を行い,有用性を確認する.ま た,提案するフレームワークを基に,変更管理活動を支援するためのシステムの開発を行う. シ ス テ ム の 機 能 と し て は ,次 の よ う な も の が 期 待 さ れ る .(1)明 示 さ れ た 変 更 管 理 ポ イ ン ト に 対 す る リ ス ク 再 評 価 を 支 援 す る 機 能 .(2)プ ロ セ ス 設 計 時 の 論 理 的 な 情 報( 設 計 論 理 情 報 )を 用 い て 安 全 対 策 の 再 検 討 を 支 援 す る 機 能 .(3)変 更 の 履 歴 を 記 録 し ,プ ラ ン ト ラ イ フ サ イ ク ル 情 報 の アップデートを行うとともに,関係者に周知させるための機能. 参考文献 1) (社 )神 奈 川 県 高 圧 ガ ス 協 会 , 変 更 管 理 に 関 す る 調 査 ・ 研 究 報 告 書 ( 2001) 2) (社 )化 学 工 学 会 安 全 セ ミ ナ ー 「 変 更 管 理 」 3) 大 野 晋 , 変 更 は 事 故 を 招 く , INCHEM TOKYO 2001 技 術 会 議 「 化 学 プ ラ ン ト 技 術 セ ミ ナ ー B-1 安 全 オ ペ レ ー シ ョ ン を め ざ し て 」( 2001) 4) 社 会 技 術 研 究 シ ス テ ム 化 学 プ ロ セ ス 安 全 研 究 グ ル ー プ , 平 成 13 年 度 研 究 報 告 書 「 化 学 プ ロ セ ス の 安 全 性 に 関 わ る 社 会 的 合 意 形 成 に 関 す る 研 究 」( 2002) 5) 社 会 技 術 研 究 シ ス テ ム 化 学 プ ロ セ ス 安 全 研 究 グ ル ー プ , 平 成 14 年 度 研 究 報 告 書 「 化 学 プ ロ セ ス 施 設 に お け る 安 全 管 理 に 用 い る 安 全 性 評 価 手 法 , 解 析 手 法 に 関 す る 調 査 報 告 書 」( 2003) 6) R.Batres, A.Aoya ma, T.Fuchino, Y.Na ka , H.Sumida, Y.Shima da a nd N.Ta ka gi, A Syste m Theoretic Approa ch to Support HAZOP Ana lysis, APCChE 2004, CD-ROM Proceeding, 2N-02( 2004)
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