群馬県立自然史博物館研究報告(1 5 ) :1 6 7 -1 7 0 ,2 0 1 1 167 Bu l l . Gu n maMu s . Na t u . Hi s t (1 .5 ) :1 6 7 -1 7 0 ,2 0 1 1 軸宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍雫 資 料 軸宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍宍雫 群馬県で発見されたニホンオオカミ遺骸 小山 宏1・茂原信生2・石黒直隆3・金井英男4 1 北群馬渋川郷土館:〒3 7 0 3 6 0 6 群馬県北群馬郡吉岡町上野田2 3 3 4 2 奈良文化財研究所:〒6 3 0 8 5 7 7 奈良県奈良市二条町2 丁目9 1 3 岐阜大学 応用生物科学部 獣医学課程 食品環境衛生学教室:〒5 0 1 1 1 9 3 岐阜市柳戸1 1 4 群馬県立自然史博物館:〒3 7 0 2 3 4 5 群馬県富岡市上黒岩1 6 7 4 1 要旨:群馬県藤岡市で発見された下顎骨より抽出したミトコンドリアDNAを解析した結果,こ の標本の塩基配列は国立科学博物館所蔵のニホンオオカミと一致し,この標本がニホンオオカ ミであることが判明した. 既報のニホンオオカミ標本と比較すると本標本は比較的小型である. キーワード:ニホンオオカミCa n i sl u p u sh o d o p h i l a x ,群馬県藤岡市,ミトコンドリアDNA An e ws p e c i me no fJ a p a n e s ewo l f ,Ca n i sl u p u sh o d o p h i l a x ,f o u n d f r o m Fu j i o k a ,Gu n maPr e f e c t u r e 1 2 3 4 KOYAMA Hi r o s h i ,SHIGEHARA No b u o , I o t a k a a n dKANAIHi d e o SHI GURO Na 1 Ki t a g u n ma S h i b u k a wamu s e u mo fl o c a lh i s t o r y : Ka mi n o d a ,Y o s h i o k a ,Ki t a g u n ma ,Gu n ma2 3 3 4 ,J a p a n 2 Na r aNa t i o n a lCu l t u r ePr o p e r t i e sRe s e a r c hI n s t i t u t e : Na r a6 3 0 8 5 7 7 ,J a p a n 3 La b o r a t o r yo fFo o da n dEn v i r o n me n t a lHy g i e n e ,V e t e r i n a r yMe d i c i n e ,Fa c u l t yo fAp p l i e da n dBi o l o g i c a l i e n c e s ,Gi f uUn i v e r s i t y : Gi f u5 0 1 1 1 9 3 ,J a p a n S c 4 Gu n maMu s e u mo fNa t u r a lHi s t o r y :1 6 7 4 1 ,Ka mi k u r o i wa ,T o mi o k a ,Gu n ma3 7 0 2 3 4 5 ,J a p a n KeyWords :J a p a n e s ewo l fCa n i sl u p u sh o d o p h i l a x ,Fu j i o k a ,Gu n maPr e f e c t u r ,mi t o c h o n d r i a lDNA はじめに れ,著者の一人小山が保管していた下顎骨である.本稿で は, 本標本の形態的な特徴とミトコンドリアDNA (mt DNA) ニホンオオカミ(Ca n i sl u p u sh o d o p h i l a x )は,1 9 0 5 年(明 の解析結果について報告する.計測方法は,斉藤(1 9 6 3 ), 治3 8 年)に奈良県東吉野村鷲家口で捕獲された個体(イギ Dr i e s c h (1 9 7 6 )にしたがった. リス自然史博物館所蔵)の記録を最後に絶滅したとされて いる. オオカミ資料は,本州,四国,九州の各地に散在して いるが(長谷川他,2 0 0 4 ) ,群馬県産の資料は少なく,上野 下顎骨標本の形態的特徴 村小倉山の縦穴から採集された更新世化石資料の1 個体分 本標本は表面に乾燥した軟部組織片が固着した下顎骨で の頭骨(小原・長谷川,2 0 0 3 )と桐生市不動穴から産出し ある.左下顎骨は下顎枝の一部を欠き,右下顎骨はP3 より た後期更新世の上腕骨・距骨(洞穴団体研究グループ, 後部が欠損している.下顎体の外面には刃物で削ったと考 1 9 7 3 )と,新保田中村前遺跡から出土した弥生時代のオオ えられる複数の切痕が確認される(図版1 ).第3 大臼歯(M カミの犬歯(小山,1 9 9 9 )が報告されているのみである. 3 )までのすべての歯が萌出しており,裂肉歯の第一大臼歯 今回報告する標本は,1 9 6 3 年に藤岡市の日野で発見さ (M1 )に咬耗が見られるので,少なくとも成獣には達してい 受付:2 0 1 1 年1 月6 日,受理:2 0 1 1 年2 月4 日 168 小山 宏・茂原信生・石黒直隆・金井英男 たと考えられる.なお,本標本の帰属年代は不明である. 日本犬も大きいが,現生の秋田犬とほぼ同大であるといえ 下顎のM1 の近遠心径は2 3 . 9 mmで更新世のニホンオオカ る. ミ(2 6 . 8 ~2 9 . 6 mm)やシベリアオオカミ(2 9 . 3 mm)よりか なり小さい.また,ニホンオオカミの和歌山県の十津川村 ミトコンドリアDNAの解析 標本(2 6 . 0 mm)や神奈川県秦野市の札掛標本(2 6 . 4 mm) よりも小さい.一方,本標本のM1 近遠心径は現世の朝鮮 I s h i g u r oe ta l . (2 0 0 9 )に 従 い,下 顎 骨 の 骨 粉 を 用 い て ヌクテ(朝鮮オオカミ) (2 3 . 9 mm) ,ニホンオオカミと同定 mt DNAを抽出し,Dl o o p 領域の約6 0 0 b p を増幅した.解析 されている吉倉(1 9 6 9 )によって報告された熊本県八代郡 の結果,本標本はI s h i g u r oe ta l . (2 0 0 9 )掲載の標本J W2 3 9 の 泉村矢山岳の石灰岩縦穴から発見されたニホンオオカミ 塩基配列と一致したことが明らかとなった(表2 ) .J W2 3 9 (NSMTPV9 7 9 2 :2 3 . 8 5 mm) ,同じ熊本の京丈山標本(北 は国立科学博物館収蔵の神奈川県産のニホンオオカミ 村他1 9 9 9 :2 3 . 5 mm) ,あるいは縄文時代前期の鳥浜貝塚出 (Ue n op e r s o n a lc o l l e c t i o n 帰属年代:江戸~明治)である 7 mm)などとほぼ同大であ 土オオカミ(茂原他2 0 0 0 :2 3 . ことから,本標本はニホンオオカミであると考えられる る.な お,矢 山 岳 標 本(NSMTPV9 7 9 2 )に つ い て 今 泉 (表3 ). (1 9 7 0 )は老齢のニホンオオカミと同定している.縄文時 代から明治時代にかけてのニホンオオカミの下顎M1 の近 遠心径の変異幅は2 3 . 5 mm~2 7 . 3 mmで,本標本の2 3 . 9 mmは ま と め このなかでも最も小さい部類に属している(表1 ) .この大 群馬県で発見されたニホンオオカミの下顎M1 近遠心径 きさの関係が性別によるものかどうかは性別の明らかに は,縄文時代から明治時代のニホンオオカミの下顎M1 と なっている個体が少ないので今のところ不明である. 比較すると,小さい部類に属することがわかった.本標本 一方,比較的大きな日本犬と比較すると,小原・今泉 は,群馬県で発見されたニホンオオカミ標本としては4 例 (1 9 8 0 )の 報 告 し て い る 秋 田 犬 の 下 顎 M1 は,M±SD= 目であり,標本の状態から推測すると,そのうちもっとも 2 4 . 9 8 ±1 . 1 1 mm(n=5 ),中型日本犬(四国犬)の下顎M1 は, 新しいものである可能性がある. M±SD=2 0 . 2 2 ±1 . 0 4 mm(n=1 5 )で,本標本のM1 は中型の 表1 群馬県内で発見されたオオカミ下顎歯の計測値と比較資料(単位はmm).茂原・江木(2002)表3より改変 群馬県で発見されたニホンオオカミ遺骸 169 表2 ミトコンドリアDNA解析結果.I shi guroetal (2009)Tabl e3より改変 表3 ミトコンドリアDNA解析に用いた標本.I shi guroetal (2009)Tabl e1より改変 引用文献 安部みき子(2 0 0 1 )ニホンオオカミとモンゴルオオカミの頭骨につい て.フォレストコール,8 :2 2 2 5 . 洞穴団体研究グループ(1 9 7 3 ) :不動穴洞穴第Ⅰ次調査概報.2 8 p p . Dr i e s c h ,A.v o nd e ( n1 9 7 6 ) :A g u i d et ot h eme a s u r e me n to fa n i ma lb o n e s r c h a e o l o g i c a ls i t e s .Pe a b o d yMu s e u m.Bu l l e t i n .1 , 1 3 7 p . f r o ma 遠藤秀紀・酒井健夫・伊藤琢也・鯉江 洋・木村順平 (2 0 0 4 ) :山梨県の民 家で発見されたニホンオオカミ頭蓋の骨学的および画像解析学 的検討.日本野生動物医学会誌,9 :1 0 9 1 1 4 . 長谷川善和・小原 巌・曾塚 孝(2 0 0 4 ) :石灰岩洞窟内で発見された九 州産ニホンオオカミ遺骸. 群馬県立自然史博物館研究報告, (8 ) : 5 7 7 7 . :ニホンオオカミの系統的地位について1 . ニホンオオ 今泉吉典 (1 9 7 0 a ) カミの標本.哺乳類動物学雑誌,5 :2 7 3 2 . I s h i g u r o ,N. ,I n o s h i ma ,Y.a n dSh i g e h a r a ,N (2 .0 0 9 ) :Mi t o c h o n d r i a lDNA p a n e s eWo l (C f a n i sLu p u sHo d o p h i l a xTe mmi n c k , a n a l y s i so ft h eJ a とり出された頭骨について.和歌山大学教育学部紀要,3 2 ;9 1 6 . 直良信夫(1 9 6 5 ) :日本産狼の研究.校倉書房,東京.2 9 0 p p . 小原 巖(1 9 9 0 ) :神奈川県厚木市及び愛甲郡清川村の民家に保存され ているニホンオオカミの頭骨.神奈川自然誌資料,1 1 :5 3 6 5 . 小原 巌・長谷川善和 (2 0 0 3 ) :群馬県上野村小倉山竪穴から発見され たニホンオオカミ頭骨. 群馬県立自然史博物館研究報告, (7 ) :3 5 3 9 . 小原 巖・今泉吉典 (1 9 8 0 ) :日本犬の頭骨及び歯に見られる形態的特 徴.在来家畜研究会報告,9 :1 3 9 1 5 7 . 6 3 ) :犬科動物骨格計測法. 自費出版,東京,1 3 8 p p . 斎藤弘吉(19 茂原信生(1 9 8 7 ) :東京大学総合資料館所蔵の長谷部言人博士収集の犬 科の動物資料カタログ. 東京大学総合研究資料館標本資料報告, 第1 3 号;1 1 8 7 . 茂原信生 (2 0 0 2 ) :保地遺跡出土の獣骨の観察記録, 特にオオカミを中 心として.坂城町埋蔵文化財 調査報告書第2 0 集, 「金井東遺跡群保地遺跡」 :9 4 9 7 . 茂原信生・江木直子 (2 0 0 2 ) :荒井猫田遺跡出土の中世ニホンオオカミ 1 8 3 9 )a n dc o mp a r i s o n wi t hr p r e s e n t a t i v e wo l fa n dd o me s t i cd o g の全身骨格. 荒井猫田遺跡 (Ⅱ区)第1 4 次発掘調査報告. 郡山市埋 h a p l o t y p e s .Zo o l o g i c a lSc i e n c e ,2 6 :7 6 5 7 7 0 . 蔵文化財発掘調査事業団,付章 1 :2 9 1 3 0 2 .福島県郡山市教育委員 岩田栄之(2 0 0 1 ) :モンゴル産オオカミと仁淀村産ニホンオオカミとの 骨学的の比較の試み. フォレスト・コール, (8 ) :2 3 2 6 . 北村直司・小原 巖・南 雅代・中村俊夫(1 9 9 9 ) : 熊本県八代郡泉村京 丈山洞窟より産出したニホンオオカミ全身骨格. 熊本博物館報, (1 1 ) :3 5 4 8 . 1 2 1 . 小山 宏(1 9 9 9 ) :日本産-オオカミ.北群馬渋川郷土館,p p. 宮本典子・牧 岩男(1 9 8 3 ) :ニホンオオカミ剥製標本の改作と新しく 会:郡山. )鳥浜貝塚(福井県)出土の縄文時代前期のイ 茂原信生・本郷一美 (2 0 00 ヌとオオカミ.鳥浜貝塚研究 2 :2 3 4 0 . 米田政明 (1 9 9 7 ) :ニホンオオカミの頭骨をめぐって.加計町誌 地誌 編,1 8 3 1 9 6 . 吉倉 真(1 9 6 9 ) :人吉・五木・五家荘地区の鳥獣類. 人吉球磨五木五家 荘地区自然公園候補地学術調査報告書,p . 6 8 1 1 1 . 170 小山 宏・茂原信生・石黒直隆・金井英男 図版1 群馬県で発見されたニホンオオカミ下顎骨 A:下顎骨咬合面 B:左下顎骨頬側面 C:左下顎骨舌側面
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