日本国とイタリア共和国との土砂災害に関する共同研究の変遷と課題

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日本国とイタリア共和国との土砂災害に関する共同研究の変遷と課題
○筑波大学生命環境系(現(国研)土木研究所) 水野秀明
1.はじめに
土砂災害は日本国やイタリア共和国だけでなく世界各国で発生している。土砂災害による被害を防止・軽減
するためには、学術的な研究だけでは十分ではなく、行政がその研究の成果を踏まえて対策を検討し、実社会
に組み込んでいくことが重要である。この点を踏まえて、日本国政府は 1998 年 5 月にイタリア共和国サルノ
市で発生した泥流災害(南ら、1998)に対して技術的な支援を行い、それを契機として第6回日科学技術協
力合同委員会(1998 年 11 月)において「日伊土砂災害防止技術会議の設置」プロジェクトおよび「火山地域
で発生する泥流への総合的な対策に関する研究」プロジェクトの実施をイタリア共和国政府と合意した。前者
はイタリア共和国国家研究グループと日本国建設省砂防部(現国土交通省砂防部)、後者は建設省土木研究所
(当時)とサレルノ大学の間で実施取り決めと取り交わした。さらに、第 7 回日伊科学技術協力合同委員会
(2002 年 10 月)において「水文地質学的リスクに関する文献、研究及び研修のための日伊共同研究所」プロ
ジェクトがエグゼクティブ・プログラムとして新たに合意された。本報告では、「日伊土砂災害防止技術会議
の設置」プロジェクトおよび「水文地質学的リスクに関する文献、研究及び研修のための日伊共同研究所」プ
ロジェクトの概要と課題を報告する。
2.「日伊土砂災害防止技術会議の設置」プロジェクト
「日伊土砂災害防止技術会議の設置」プロジェクトを報告する前に、イタリア共和国での砂防行政について
簡単に触れておく。日本国の砂防法に相当するイタリア共和国の法律は「国土保全に対する組織と機能の再編
に関する法律」 (Law 183/1989)(水野、2000)である。公共事業省と環境省の共同組織である国土保全総局
が流域内の保全のための計画の作成、基準の作成、設計施工といった業務を担っており、国家流域管理局、公
共事業省出先機関、州政府等が設計施工する。なお、この法律は 2006 年に改訂になり、現在は新しい施行令”
Norme in materia ambientale 152/2006”に引き継がれた。また、行政機関の名称は 2000 年当時のものであ
り、現在では公共事業省はインフラストラクチャー・交通省、環境省は環境国土海洋保全省へと変わった。ま
た、日本国の災害対策基本法に相当するイタリア共和国の法律は「市民保護に関わる国会事業の設立のための
法律」”Istituzione del Servizio Nazionale della Protezione Civile”(Law 225/1992)がある。この法律で対象
となる災害に土砂災害は含まれており、内閣府及び内務省、州県市町村レベルの市民保護部局が予知活動、防
止活動、救助活動、復興活動といったソフト対策を担う。これらの活動のうち研究に関わる分野は、同法 17
条”Gruppi nazionali di ricerca scientifica”に基づき国家研究グループによってなされる。土砂災害に関する
研究は国家研究グループの一員である国家研究評議会水文地質災害研究所(Istituto di Ricerca per la
Protezione Idrogeologica, Consiglio Nazionale delle Ricerche)により実施される。IRPI, CNR は「日伊土砂
災害防止技術会議の設置」プロジェクトのイタリア共和国側窓口である。同プロジェクトの日本国側窓口は国
土交通省砂防部である。
日伊土砂災害防止技術会議は 1999 年 10 月に日本国で第 1 回会議を開催した後、2000 年 10 月に第 2 回、
2002 年 4 月に第 3 回、2004 年 5 月に第 4 回、2006 年 10 月に第 5 回、2008 年 5 月に第 6 回、2010 年 11 月
に第 7 回、2012 年 11 月に第 8 回、2014 年に第 9 回をそれぞれ日本国とイタリア共和国の交互に開催した。
この会議ではこれまでに全体で2~3日間の日程で実施してきた。そのうち 1 日を土砂災害対策に関する行政
上の課題や研究上の課題を討論することに費やし、残りの日を災害現場や砂防工事の現場において現地討論会
に費やした。会議の中では、土石流の観測や検知方法・地すべりの挙動の計測・流砂の観測等といった研究的
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な課題や、リスク評価やハザードマップといった行政的な課題など、かなり幅の広い話題提供と議論がなされ
てきた(例えば、危機管理技術研究センター砂防研究室、2010、2013)
。
3.「水文地質学的リスクに関する文献、研究及び研修のための日伊共同研究所」プロジェクト
上記のプロジェクトが進んでいる中、土砂災害に関する文献の収集、研究の実施、一般市民への研究成果の
還元を目的として、2002 年 10 月に開催された第 7 回日伊科学技術協力合同委員会において「水文地質学的
リスクに関する文献、研究及び研修のための日伊共同研究所」プロジェクトがエグゼクティブ・プログラムと
して新たに合意された。この合意に基づいて、2004 年 5 月 29 日に実施取り決めが国土交通省砂防部と国家
研究評議会水文地質災害研究所との間で取り交わされた。この研究センターの目的は土砂災害に関する文献の
収集と蓄積、研究の実施、並びに、それらの成果を一般の方々への還元である。研究については、土石流と地
すべりという 2 つの現象に着目して、それぞれモニタリングを含めた検知・監視手法の開発等を課題として設
定した。研究活動の成果は例えば Fujisawa et al. (2010)に挙げるように公表されている。また、一般の方々
への啓蒙活動の一環として、後述するように、自然災害危機管理に関する日伊シンポジウムを 2006 年 10 月
に東京で、また、土砂災害危機管理に関する日伊シンポジウムを 2009 年 10 月に東京で開催した。これらの
シンポジウムは一般の方々にも参加を頂いた。現在、研究センターはパドバにある CNR-IRPI パドバ支所内
に移設されている。
4.学術研究・技術交流を行う上での課題
学術研究・技術交流の継続という観点では、前述のプロジェクトを踏まえると、研究機関と行政機関が協力
してプロジェクトを実施することに加えて、特に土砂災害対策の分野においては実際に行われている土砂災害
対策をケーススタディーとすることが良いと言える。学術研究・技術交流の成果を実際の社会に還元するとい
う観点ではワークショップの開催にとどまっており、具体的な技術指針等への反映まで至っていない。今後は
学術研究・技術交流の成果の社会への還元方法も検討していく必要がある。
5.おわりに
本報告では 1998 年から開始されたイタリア共和国との学術研究・技術交流の概要を報告するとともに、そ
の交流を進めていく上での課題を検討した。その結果は前述のとおりである。今後も日本国とイタリア共和国
の学術研究・技術交流が継続するとともに深化することを期待している。
引用文献
南哲行、山田孝、三好岩生(1998)
:1998 年 5 月にイタリア南部 Sarno 市周辺で発生した土石流災害、砂防
と治水、第 123 号、p.66-69
水野秀明(2000)
:イタリア共和国における土砂災害対策に関する法律と行政組織、砂防学会誌、Vol.53, No.4,
p.58-61
危機管理技術研究センター砂防研究室(2010)
:土砂災害危機管理に関する日伊シンポジウム報告書、国総研
資料第 577 号、96pp.
危機管理技術研究センター砂防研究室(2013):日伊土砂災害防止技術会議報告書、国総研資料第 727 号、
148pp.
Kazunori Fujisawa, Gianluca Marcato, Yasuhiro Nomura and Alessandro Pasuto (2010): Management of
a typhoon-induced landslide in Otomura (Japan), Geomorphology, Vol.124, Issues 3-4, p.50-156
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