業績向上に効く組織風土改革

業績向上に効く組織風土改革|第4回 |
IT 業界の商慣習は見直せる
「納品」が最終目的に待った
ITベンチャーの“同棲モデル”に注目
スコラ・コンサルト/ 柴田
今
昌治
回取り上げるのは、IT(情報技術)業界ではほ
社は「ビジネスモデルの転換を図る」という明確な目的
とんど例を見ない仕事のやり方をしているIT
を持って、今までにないビジネスモデルの構築に挑戦し
ベンチャー、ソニックガーデン(東京・渋谷)というシス
テム開発会社である。同社は元々、大手システムインテ
グレーター( SIer )であるTIS の社内ベンチャーとして
ている極めてユニークな SIerなのだ。
顧客と一緒にシステムを成長させる
発足し、その後、現社長の倉貫義人氏と副社長の藤原
ソニックガーデンが実践する新しいビジネスモデルと
士朗氏が、TIS の経営トップを含む周囲の協力を得て、
は、
「納品のない受託開発」というコンセプトに基づく。
2011 年に MBO(経営陣による企業買収)してつくった
簡単に「ビジネスモデルの転換」と書いたが、これはま
会社である。
さにコペルニクス的転回ともいえる意味をもっているの
周知の通り、日本の IT 業界は様々な問題を抱えてい
である。
る。顧客であるユーザー企業は、激化する競争を勝ち
TIS の社内ベンチャー時代から倉貫氏は、IT 業界が
抜くために、短期間で安価に IT システムを構築するよ
陥っている悪循環を何とか断ち切ろうと試行錯誤を繰
うSIer に要求する。そういう状況の中で SIerでは、シス
り返してきた。たいていシステム開発案件は、最初に仕
テムの開発遅れや手戻りが生じ、採算割れするプロジェ
様書なり設計図を固めた後、納期と格闘しながら開発
クトの件数が増えやすくなっている。
作業を進める。そして SIer は、顧客に出来上がったシス
こうした事態を防ぐため、SIer のシステム開発の職場
テムを一括納品する。これはモノづくりとまったく同じ
では長時間労働が常態化するなど労働環境が悪化。メ
形態で、納めた時点でシステムは 100 %の完成品だとい
ンタル不調に陥る人材が増えるといった問題が深刻化
うことになる。その後の修正・変更は保守・メンテナン
する要因になっている。
スという扱いなのだ。
ソニックガーデンの倉貫氏らは、こうした現象の根底
一見、何も問題がないと思えるが、倉貫氏はここに疑
に横たわる本質的な問題について、IT 業界では当たり
問をもった。
「お客様はシステムそのものが欲しいわけ
前になっている注文の取り方、仕事の進め方、つまりビ
じゃない」。こうした考えから出発し、たどり着いた答え
ジネスモデルそのものに原因がある、と考えている。同
が、
「完成したシステムの納品をゴールにするのではな
く、お客様と一緒にシステムを成長させ続ける『パート
しばた まさはる氏● 1986 年に企業の風土や体質問題に目を向けて変革支援をす
るスコラ・コンサルトを設立。文化や風土といった人のありようの面から企業変革に
取り組む「プロセスデザイン」
という手法を結実させた。一方、大学院在学中にド
イツ語語学院を始めて経営に携わり、30 代ではNHKテレビ語学番組の講師を務
める。2009 年、日本企業のアジアビジネス支援のため、シンガポールに会社を設
立した。著書に『考え抜く社員を増やせ!『
』どうやって社員が会社を変えたのか』
(共
著)
( 以上、日本経済新聞出版社)
などがある。
64 · 日経情報ストラテジー April 2013
ナーシップモデル』」というサービス形態だった。
同社の取り組みに関しては、
「アジャイル」といった開
発手法を採用していることや、クラウドコンピューティン
グ分野に強いといった技術力の高さに定評があるもの
の、こうした点よりも、彼らが大事にしている「顧客のビ
振り返ってみれば、そもそもシステム開発が始まった
ジネス価値を生む」というビジョンに注目すべきだろう。
初期のころは、SIer にシステム開発を丸投げするのでは
最新の開発手法だけでは価値は生まれない
なく、ユーザー企業のシステム部門が中心となって、試
行錯誤しながら時間をかけてシステムを作り上げるの
同社が採用する「パートナーシップモデル」とは、月
が一般的だった。ところが今日、そのようなシステム構
額定額制で継続的な IT サービスを顧客に提供する契
築スタイルをとる企業は少なくなっている。近年、急速
約形態のことだ。顧客企業に対するIT 顧問的な契約と
に技術革新が進んだこともあって、ユーザー企業のシス
言い換えることもできる。
テム部門が高度で難易度の高い IT をキャッチアップで
優秀な IT人材を抱えることが難しいユーザー企業に
きなくなっているという事情がある。
とってはメリットの多い契約形態に思える。だが、従来
のようにシステム開発を SIer に発注し、完成したシステ
システムに「完成品」などないという発想
ムを納入してもらうことに慣れているユーザー企業にし
現状の IT 業界で当たり前のようになっている「納品す
てみれば、最初は不安や抵抗がつきまとう契約形態で
る」という商慣習。これが、何を意味しているのかとい
もあろう。
えば、納品する時点で、顧客であるユーザー企業からは
そこで、ソニックガーデンでは、パートナーシップモ
プログラムの完成形、つまり完成品としてのシステムが
デルに基づくサービス契約を結ぶ前の最初の約 2 カ月
求められているということだ。
間、ユーザー企業との 同棲期間 を設けている。この
「納品する」というのは、前提として、どんな場合でも
間は、ユーザー企業に「自分たちの価値をどう感じても
「完成した商品」としてシステムが受け渡しされること、
らうか」が同社の勝負ということだ。
そして、そのシステムをユーザーが使い始めることを目
実際にシステムを試作し、どう動くのかユーザー企業
的にした商慣習ということを意味する。だが、よく考え
の担当者にパソコンの画面で見てもらう。とにかく、ユ
てみれば、激動する環境の中では、企業の仕事の進め
ーザー企業が求めるシステムのプロトタイプを素早く作
方は、常に外部の環境とともに揺れ動き、変化を余儀な
って見せるのだ。完成版を作るとなると半年から1 年は
くされている。それに伴い、システムも常に変化させて
かかるところを、1 ∼ 2 カ月でベータ版を作り、社名であ
いかざるを得なくなっている。変化するのを前提にシス
る「ソニック(音速)」の通り、システム開発速度の高さ
テムを構築するのが本来の姿なのである。
をユーザー企業に実感してもらうわけだ。
どんな組織も刻々と動き、変わっていく。成長もする。
作ったベータ版を使いながら、操作性や機能を順次
そこにシステムを導入するとしたら、どういうものが望ま
改善していく。開発作業がある時点で完了するのではな
しいのか。逆に、導入したシステムが確立し 固まってい
く、ユーザー企業の要求に応じて、システムを進化させ
る システムだとしたら、事業や組織の成長に合わなくな
続けていくのがパートナーシップモデルの肝である。
るのは当然であり、むしろ成長を阻害する要因にもなり
最近では、
「アジャイル」を売りものにしている SIerも
かねない。
「 10 年前に作ったシステムのせいでオペレー
増えているが、それ自体は開発手法の 1 つにすぎない。
ションが悪くなっている」という事態に陥っている例は
ビジネスモデルの転換によって創出される顧客への付
少なくない。
加価値は、開発スピードの早さではなく、そのことによ
「いいシステムの条件」は以前とは違う。つまり、シス
ってシステムの品質を高めたり、機能を追加・変更した
テム開発というのは、どこかにゴール(最終目的)を置く
りして理想的な姿へと成長させやすくなることにある。
べきものではない、というのが最も大きな問題提起で
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April 2013 日経情報ストラテジー
ある。
システムのように、極めて高い安定性や精密さを要求さ
それにもかかわらず、期間を限定しシステムを作るこ
れるものや、明確に稼働時期を要求されるものもある
とを目的とするシステム開発スタイルを採用し、ゴール
が、一般的な企業のシステムの多くは、変化対応力を前
を置かざるを得なくなってしまうから、そこの無理が職
提にした開発スタイルが適している、と言えるだろう。
場環境を悪化させるような様々な問題を発生させてい
ところで、ソニックガーデンの「パートナーシップモデ
るのだ。
ル」という顧客との契約関係は、組織風土改革を支援
システム開発のプロジェクトというのも、モノづくりと
する我々のスコラ・コンサルトにも共通する契約形態で
同じで「クオリティ、コスト、デリバリー」というゴール
ある。ユーザー企業と私たちとの顧問契約的な関係は、
(目標)を達成することで完結する仕組みになっている。
多くの場合、複数年続くのが通例だ。10 年以上というケ
SIer から見れば、システムは作って、お金(=検収書)を
ースもある。
もらえば終わりなのである。
なぜ、こうした契約形態になったのかといえば、組織
顧客にとっての価値を見つめ直す
風土改革というのも、システム開発と同じく、完成形(固
定したゴール)があるわけではなく、作り込んでいけば
「何のためにシステム開発をしているのか」という、そ
いくほど限りなく質が上がっていくものだからだ。
もそもの問いに本気で向かい合ってみる。するとシステ
一方、戦略系のコンサルティング会社の多くは、出来
ムの本来の目的は、
「利用者(エンドユーザー)がシステ
上がった戦略プランを分厚い報告書で納品して仕事を
ムを使って価値を引き出すこと」ということに気づく。
終了させる。ただし、この提案として納品された戦略が
そういう意味でも、システムというのは、継続性を意
実際に使われ、成果をもたらす割合が決して高くはない
識して開発されるべきものであることが分かる。システ
ことは、事情をよく知る者の間ではほぼ共通認識になっ
ムは、 ゆらぎ とも表現できる環境変化に対応できる性
ている。また、一度納品された戦略が環境の変化にも
質を持つべきであるのに、そうすることが難しい長年の
柔軟に対応しながら使われていく、などという可能性も
商慣習に基づき、システムという成果物が SIerとユーザ
大きいとは言えないのが現実だ。
ー企業の間でやり取りされている。ここに問題がある。
この原因の多くは戦略策定レベルの低さにあるので
仕様があいまいな状態でシステム開発作業を進めて
はなく、そもそも 生もの である現実を固定した一点で
いたり、完成目前にした大幅な仕様の変更が発生したり
とらえ、それを完成形として納品するという仕組みその
して、SIer の開発担当者が振り回されるといった事態
ものにそもそも無理がある、ということだろう。
は、IT 業界では日常茶飯事のように起こる。
こうしたことが要因で、システム開発プロジェクトの
システムは売った後からスタート
担当者は長時間残業を余儀なくされ、現場は疲弊して
ソニックガーデンが現状のサービス提供の方法に至
いるのだ。それで
かればいいが、仕様変更による赤
ったのは、倉貫氏と藤原氏が前職でシステム開発の現
字は珍しくない。最悪の場合、プロジェクトが失敗に陥
場に身を置く中で、
「今の仕事は作って売ることが目的
り、訴訟沙汰になったりすることもある。
になっているけれども、本当は売ってからがスタートな
「完成品と
今日の IT 業界の商習慣に内包されている、
のではないか」と考えたことによる。
してのシステムを納品する」という前提そのものが、そも
TIS 時代、倉貫氏は様々な仕事を経験した。システム
そも現実にそぐわない。それなのに見直されることもな
開発の現場の担当者を経て、サブリーダー、リーダーを
いのはおかしい。銀行の勘定系システムや、鉄道の運行
経験し、比較的若い時期にプロジェクトマネジャーも務
66 · 日経情報ストラテジー April 2013
・プロジェクトマネジメントの仕方、金
けの方法もサービス業とはまったく違う
業績向上に効く組織風土改革
●製造業とサービス業における「品質価値」の違い
Q
(品質)
製造業
サービス業
Q
(品質)
売る/買う
Point of sales
Point of use
使う瞬間が最高品質
買い替え
売るタイミングが最高品質
T
(時間)
T
(時間)
出所:ソニックガーデン
・SIerは、会社が製造業のようなしくみで回っている
・プロジェクトマネジメントの仕方、金 けの方法もサービス業とはまったく違う
めた。理想的なシステム開発のあり方、契約の形態を常
義や考え方が違う。品質に対する価値感が違えば、当
に模索し続けたが、
「これ」といった答えが見つからな
然、金
かった。システム開発の受注のあり方を見直そうと、技
製造業の場合、モノの品質価値は、モノを納品した
術者から営業へと仕事の内容を変えたりもした。ユー
時点が 100 %なのである。そこからは時間とともに減損
ザー企業と一緒に新たな契約形態を考案しようとした
していくだけになる。モノの品質というのは時間ととも
が、協力を得られずうまくいかなかった。結局、TIS 時
に低下していくのが当たり前だからである。
代に多種多様な役割・立場を経験し、SI ビジネスのモ
ただし、同じ製造業であっても生産設備を作ってい
デルチェンジを試みたものの、現行のやり方を変えるこ
る会社の場合、必ずしもそうではない。顧客先に納めた
とは不可能という現実を知った。規模の大きい SIer の
生産設備は減損していくばかりではなく、時にはメンテ
商売の枠組みを変えられなかったのである。
ナンスや改造の手を加えられ、価値を増大させていくこ
規模の大きい会社というのは、善しあしの問題では
ともあるからだ。そういう製造装置を作っているメーカ
なく、会社が決めたビジネスモデルに最適化された組
ーには、単なるメーカーではないサービス業的な要素も
織体制が作り上げられてしまっている。
「大きなピラミッ
加わっている。
ド型組織の中にいては、実現できないことがある」。倉
ソニックガーデンで注目すべきは、
「(システム開発の
貫氏は痛感した。従来の SIer はソフトウエアを提供して
仕事でも)サービスという形態でのビジネスが成立す
いるけれど、ビジネスとしてはサービス業ではなく、製
る」ことを体現している点だろう。ただし、それを実現
造業モデルなのではないか。それに気付いて、ソニック
するには、精神論だけでは不可能。彼らが掲げている
ガーデンは サービス業モデルによるソフトウエアの提
ビジョンとそれを実現できるだけのスキルがしっかりし
供 という道を選んだのである。
ている、といった前提があってのことである。その詳細
製造業とサービス業では、そもそも「品質価値」の定
については次回説明しよう。
けの仕方も異なるわけだ。
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April 2013 日経情報ストラテジー