1.重婚解消後の重婚取消しの可否

1. 重婚解消後の重婚取消しの可否
最高裁昭和 57 年 9 月 28 日第三小法廷判決
(昭和 54 年(オ)第 226 号婚姻取消請求事件)
民集 36 巻 8 号 1642 頁、判時 1065 号 135 頁
<事案>
妻Xと夫Y1 は、昭和 32 年 6 月 3 日に婚姻の届出をした夫婦であり、その間に 2 人の子
をもうけた。Y1 は昭和 47 年」3 月 21 日に協議離婚を届け出た後、同年 7 月 22 日にY2 と
の婚姻の届出をなし、翌年には一子をもうけた。Xは、Y1 との協議離婚に際してXが自ら
署名を捺印した協議離婚届出書をY1 に渡したが、それはY1 の欺罔によるもので、それに
気づいたXが撤回したにもかかわらずそれを無視して離婚無効確認の訴えを昭和 48 年ごろ
に提訴した。昭和 52 年にXが勝訴して確定し、これを受けてXは、Yらの婚姻は重婚であ
るとしてその取消しを求める訴訟を提起した。
1 審はXの請求を認容し、婚姻の取消しおよび子の親権者をY2 とする判決を下した。し
かし、Yらは昭和 53 年 7 月 27 日に協議離婚を届け出た上で、本件取消請求の目的である
婚姻は協議離婚によって解消されたのであるから、取消しを求める必要性は消滅したと主
張して控訴した。2 審は、Yらの主張を認容して本件訴えを却下した。これに対して、婚姻
取消しと離婚は将来に向かって婚姻を解消する点では共通するが、婚姻取消しが不完全に
成立した婚姻の成立過程の瑕疵をとがめようとするものである点で社会的意味が全く異な
ることや、財産関係上の効果に顕著な差異があることなどを上告理由としてYが上告した。
<争点>
重婚に陥っているために取消可能となっている婚姻(後婚)が離婚によって解消された
場合において、それでもなおその後婚を取り消すことができるか。
<判旨>
上告棄却。
「重婚の場合において、後婚が離婚によって解消されたときは、特段の事情のない限り、
後婚が重婚にあたることを理由としてその取消を請求することは許されないものと解する
のが相当である。けだし、婚姻解消の効果は離婚の効果に準ずるのであるから(民法 748
条、749 条)
、離婚後、なお婚姻の取消を請求することは、特段の事情がある場合のほか、
法律上その利益がないものというべきだからである。
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これを本件についてみるのに、原審の適法に確定したところによれば、XとY1の前婚
についての協議離婚が無効とされた結果、右協議離婚届出後にされたY1とY2 間の後婚が
Y1 につき前婚との関係で重婚となるに至ったものの、前婚の配偶者であるXが右重婚を理
由に提起した後婚の取消を求める本訴の係属中に右後婚が離婚によって解消されたという
のであるから、他に特段の事情について主張立証ないし本件においては、重婚を理由とし
て後婚の取消を求めることはもはや許されないものといわなければならない。」
◎重婚
・既に配偶者のある者が他の者と重ねて結婚をすること。
・
「配偶者のある者は、重ねて婚姻をすることができない(732)」によって禁止されている。
・不適法な婚姻として取り消しうるものとしている(744)
。
◎重婚が生じる例
・戸籍事務上の過誤により二重に届出が受理された場合
・後婚の成立後に前婚の離婚が無効あるいは取り消された場合
・失踪宣告を受けた者の配偶者が再婚した後に失踪宣告が取り消された場合
・認定死亡あるいは戦死公報による婚姻解消ののち残存配偶者が再婚した後に前の配偶者
が生還した場合
・失踪宣告を受けた者が実は生存していて他所で婚姻した後に失踪宣告が取り消された場
合
・内地と外地とでそれぞれ婚姻した場合
◎積極説
婚姻取消と離婚がともに将来に向かって婚姻を解消するものであっても、離婚が完全有効
な婚姻の成立を前提とするのに対し、婚姻取消が成立過程の瑕疵をとがめるものである点
で社会的意味が異るだけでなく、民法 748 条 2 項・3 項の規定から財産関係では顕著な差異
があるというものである。
◎消極説
婚姻の取消と離婚とではほとんどその効果を異にしないことから、離婚によって後婚が解
消されたときは取消を求める実益はない、あるいは取消の利益は消滅する、というもの。
(→今日では多数を占めており、本判決は当然以上のような情況をふまえてこの見解を採
用している。
)
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<解説>
1. 婚姻の取消しも離婚も、夫婦の一方の死と並ぶ婚姻の解消原因である。しかし、婚姻の
取消しは、婚姻の成立に内在する反公益性などの瑕疵を原因としてその成立を否定する
制度であるのに対し、離婚は、当事者の合意あるいは裁判による婚姻の解消であるとい
うように、その制度の本質が大きく異なる。また、効果の面では、婚姻取消しについて
は、取消の遡及効(121)の特則が置かれ、
「将来に向かってのみその効力を生ずる」と
されており(748Ⅰ)
、財産分与を含む離婚の効果に関する諸規定が婚姻取消しに準用さ
れているため(749)
、効果面での類似性は高いといえるが、婚姻取消原因についての当
事者の婚姻時での善意・悪意を区別して、善意の場合は婚姻によって得た財産を現に利
益を受けている限度において返還することを義務づけ(748Ⅱ)、悪意の場合は婚姻によ
って得た利益の全部を返還させ、さらに相手方が善意の場合はさらに損害賠償義務を負
わせている(748Ⅲ)という相違点がある。
2. この争点に関連する先例は多くない。取消しを肯定するものとして関連判例①(大阪家
堺支審 52・1・14 家月 29 巻 11 号 98 頁)があるが、これは合意に相当する審判である
ことに注意する必要がある。また、否定するものとしては、関連判例②(大判明 33・11・
17 民録 6 輯 10 巻 82 頁)がある程度である。
3. 本判決はこの争点につき肯定していないことは明らかである。しかし、特段の事情があ
る場合は取消しを認めているため、否定説を採っているとも言い切れない。では本判決
が言う「特段の事情がある場合」とはいかなる場合であろうか。結局のところは 748 条
2 項・3 項が適用されている場合であろうが、これは後婚当事者間の問題であり、前婚
配偶者は無関係である。後婚の離婚に際して過度の財産分与がなされた場合の前婚配偶
者の救済可能性を残すために取消しを認めるべきとの見解もあるが、取消しを認めるこ
とと前婚配偶者の保護は必ずしも直結していないように思える。
また、取消しを主張する者の範囲とその他の取消可能な婚姻にも妥当するのかという 2
つの側面で本判決の射程を考える必要があるが、判旨が示す理由に鑑みると特段差異を
設ける必要はないであろう。
<私見>
私はこの判例に賛成です。
<参考文献>
・判例プラクティス民法Ⅲ
家族・相続(松本恒雄・潮見佳男 編)
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