LCC 定着のための航空運賃のあり方 - JAFIT

日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012
LCC 定着のための航空運賃のあり方
―市場動向と法的環境整備の観点から―
野村 尚 司
玉川大学 経営学部 観光経営学科 教授
What is the critical issue for the implementation of LCCs in Japan market ?
This is a study to identify the constraint in terms of air ticket distribution and regulatory issues, and consider idea for smooth
implementation of LCC in Japan. Comparative study between actual users of LCC and general travelers conducted to identify
travelers’preference in selecting airline for overseas travel. LCC users significantly give priority for‘low fare’. Meanwhile general
travelers think highly of‘Airline brand image’
,‘high standard in-flight services’which traditional major airlines have despite
highly sensitive of prices. Educating the market of LCC’s price strategy seems to be critical to expand the market. Regulation of
the government filing of international tariffs has constraint in Japan compared to other countries which LCCs have grown. Airlines
have no full freedom of pricing to maximize its capability particularly for LCCs. This study recommends further liberalization of
government filing of tariffs.
1.はじめに
器にLCCが市場シェアを拡大し、米国を皮
分提供することを発表し大きな反響を
切りに欧州や東南アジアなどで広がりを見
呼んだ。
(2)
本年に入り、本邦において新規格安航空
せている 。わが国では2007年に豪州のジ
3. 7月21日にANAはマレーシアのLCCエア
会社
(ローコストキャリア。以下、LCC。
)
ェットスターが乗り入れを果たしその嚆矢
アジアと共同で日本に「エアアジア・ジ
(3)
の設立が相次いで発表されている。諸外国
となった 。その後、韓国など近隣諸国を
ャパン」を設立することを発表した。
と比較して我が国におけるLCCの進展状
中心とした外国LCC数社が就航したもの
2012年8月には成田空港を拠点に国内線
況は極めて緩慢であり、その原因について
の現在の国際線提供座席数シェアは約3%
および国際線の運航開始を表明してい
はコスト高や首都圏空港容量また燃料税な
に留まっている(4)。2011年に入ると日本を
る。
どの公租公課などの諸課題を切り口に様々
拠点とするLCC設立が発表され、本格的
4. 8月16日にはJALが豪州・カンタス航空
な議論が展開されてきた。しかし、旅行の
LCC展開への下地が整ってきたといえる。
グループのLCC部門であるジェットス
消費行動や旅行業界との関連における視点
2011年の本邦LCCをめぐる動きは以下
ターならびに使用航空機のリースを提
に立脚した分析・考察は驚くほど少ない。
の通りである。
(各企業の概要については
供する三菱商事と共同で「ジェットスタ
本稿では昨今の調査結果や一昨年筆者が
表−1を参照)
ー・ジャパン」を設立し、2012年末まで
実施したwebアンケートと聞き取り調査の
に運航を開始すると発表した。その後運
結果を手掛かりに、利用者意識の特定、並
1. 2月1日に、全日空は外資
(香港)とLCC
びに昨年10月に発表された国際航空運賃
運航に向けた会社設立の合意、ならびに
(1)
航開始を同年7月に前倒ししている。
認可制度の変更が与える影響 を踏まえつ
本邦初の本格的LCCとしてブランドネ
スカイマークは既に格安運賃を提供する
つ、日本における国際線LCC定着の阻害要
ームを「Peach Aviation(ピーチ・アビ
航空会社として1996年に運航を開始して
因と今後のあるべき姿について考察を行う。
エーション)
」に決定したと発表した。
いる。これまでスカイマークは自らをLCC
2012年3月 よ り 国 内 線、2012年5月 よ り
位置付けておらず、あくまでも、
「当社は、
2.本邦におけるLCCの進展
近距離国際線の運航を行う。
(運賃が高止まりしている寡占状態の)
国内
2. 4月12日には、スカイマークが成田空港
線市場に参入し、競争状態を生み出し、利
1970年代後半に米国で航空規制緩和法
発着国内線に10月30日より参入するこ
用者便益の向上に資する」とするに留まっ
が成立して以来、航空輸送産業の自由化が
とを発表した。また同路線で記念割引運
ていた(5)。しかし2011年4月12日に成田空
進展した。その結果、近年では低運賃を武
賃として980円の航空券を合計28,800席
港発着の国内線参入の発表の際、同社社長
−39−
日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012
表−1 日本におけるLCCのまとめ(2011年12月10日現在)
西久保愼一氏は「スカイマークをLCCの最
(図−1参照)
。このこと
由「航空運賃が安いから」は9.1%に留まり、 いると推察される
終形として位置付ける」
、と表明し本格的
値段の安さの優先度は低かった。前述のと
から今後国際線LCCを定着させる方策と
なLCCビジネスモデルによる事業展開を
おり日本発着の国際線航空座席数でLCC
しては、
「まず利用してもらう」ための諸
実施することとなった。今後は既存のスカ
の占める割合は大変低く、また以下に紹介
施策が必要となる。
イマークに加え2012年には新規に設立さ
する他の調査よりも前の段階で実施してい
れたLCC3社が運航を開始し、国内線を皮
るため、実際のLCC利用経験者が少ないこ
LCC定着のために本調査で特定された
切りに我が国でも本格的なLCC時代が始
とも相俟って、LCC利用に対するイメー
点は以下のとおりである。
(6)
まることとなる 。
3.我が国のLCCにかかわる調査
3−1 国際LCCの利用意向に関する調査
ジ・意向は弱かった。しかしLCCを実際に
利用した旅行者への面談調査では前述の海
ア)LCCの販売戦術として空席の多い便を
外旅行経験者へのアンケート結果と大きく
中心に片道数百円程度のキャンペーン
異なり、
「値段が安ければ是非利用したい」
価格での販売促進がある。これは、既
「思ったほどサービスは悪くなかった」と
(8)
存の自社便利用者に加え、他社便利用
筆者は2010年夏に首都圏在住で過去一
の結果が出ている 。つまりLCC利用前と
者や従来航空運賃が割高で手が出なか
年間に海外旅行に行った人を対象にインタ
利用後で、利用意向に大きな変化が生じて
った層や、またイメージの悪さから
ーネットアンケート調査とLCC利用者へ
の面談調査を実施した(7)。その目的として
図−1 海外旅行経験者に対するWebと面談による調査で得られた示唆
は、①LCC利用経験の有無を問わない海外
旅行経験者がLCCに対して持つ意識を特
定すること、②LCCの利用経験者に対して
利用前後の印象・感想を聴き比較すること
でその差異を特定する、の2点であった。
その結果、LCCに対する認知度・利用意向
とも低い評価に留まっていることが判明し
た。利用したい航空会社を選択する理由で
は、
「国を代表する航空会社だから」
(48.5%)
、
「マイレージを貯めているから」
(43.3%)
、
「乗務員の態度の良い航空会社だ
から」
(42.5%)
が上位を占め、価格面での理
−40−
日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012
LCC利用を手控えてきた層など潜在的
顧客に対して提供する「お試し価格」
うだと結論付けている。
3−2 LCCの利用意向に関するその他
調査
運賃である意味合いも強い。航空会社
ウ)は
(財)日本交通公社黒須氏によるロ
ーコストキャリアにかかわる日豪路線のケ
は営利企業である以上、高く売れる日
本邦におけるLCC設立やその注目度の
ーススタディーである。同氏は日豪路線に
時・目的地には高運賃を中心に提供す
高まりを受け、LCCに関する調査が相次い
参入したLCC、ジェットスターは実勢運賃
ることもある。もし予測が外れ出発数
で実施されている。以下その結果を紹介す
の引き下げには大きく貢献できずに需要創
日前に空席がある場合は再販売が効か
る。
出効果を減殺したのではないか、と指摘し
ない。この場合、LCCでは残席販売の
ためにバーゲン価格による間際販売を
(9)
行うことが多い
。
ている。確かに現象面では指摘通りである
ア)格安航空会社
(LCC)に関するアンケー
ト調査 (JTB広報室)
が、その理由までは踏み込めていないため、
いささか説得力に欠ける。2007年に参入し
イ)利用者からは「値段の安い理由を事前
イ)主要旅行会社57社「海外旅行」アンケ
たジェットスターは新規乗り入れではある
に知りたい」との意見が表明されてい
ート調査 ∼円高などで6割の会社が
ものの、同航空グループのカンタス航空か
る。航空券が安価であれば、どのよう
申し込み増 LCCには消極的∼ (東
らの路線移管であり、またLCCが本来志向
な理由があるのか、また必要な追加料
京商工リサーチ)
する直接販売よりは、既存の航空企業が用
金の項目と金額などが事前に分かりや
ウ)ローコストキャリアのインパクト研究
いた旅行会社を経由した間接販売を中心と
すく開示されていれば、無用な誤解や
(財団法人日本交通公社 黒須 宏志 した販売戦略を主に採用した。このことか
不満は無くなる、との意見が聞かれた。
つまり、情報の透明性を担保すること
がLCCに求められている。
氏)
ら、安価な運賃を直接販売により旅客に提
エ)
格安航空に関する自主調査 (楽天リサ
ーチ)
供することにより新規市場を開拓する
LCC本来のビジネスモデルとは幾分異な
ウ)継続的な低運賃の提供が必要である。
った販売戦略を展開している。また「運賃
LCC利用経験者の意見では、インター
JTB広報室の格安航空会社に関するアン
低下が即、新たな需要創造に結び付く、と
ネットや知り合いから事前に得たLCC
ケート調査は、2010年年末時点で実施され
いう単純なシナリオは日本では実現しにく
に関する意見は概ね否定的な内容であ
ている。LCC(国内・国際共)の利用は回
い」との指摘があるが、筆者はその見方に
ったが、実際利用してみると良かった
答者中5%にとどまっており、LCCを利用
若干の違和感がある。もともと国際航空運
ため、運賃が安ければ是非継続的に利
した回答者中、1位がジェットスターで22
賃では硬直的な認可制度により運賃額・適
用したい、との意見が多く聞かれた。
(10)
%を獲得した。以下、2位スカイマーク
用条件設定を航空企業の意図に基づいたタ
(12%)
、3位エアアジア
(8%)
と続いた。航
イミング・水準で設定できる自由が少ない
さらに筆者は輸送機関の意見を特定する
空会社を選ぶ基準として「料金の安さ」が
環境が続いた。このことから需要喚起に結
ためLCCを含む航空会社に対する面談調
29%で1位を占めた。今後のLCC利用意向
びつく運賃が機動的に設定し難い環境が存
査も実施した。その結果では、空港使用料
に関する質問では、39%が「利用したい」
在したことに留意が必要であろう。国内線
の減免などコストの削減策の要望に加え、
と答えているものの、
48%は「わからない」
ではピーチ・アビエーションは250円、ス
政府による航空運賃認可に時間が掛かるた
としLCCのイメージが未だ希薄である面
カイマークでは980円といった国内線バー
め、
「市場の需要動向応じて運賃を機動的
も浮き彫りとなった。
ゲン運賃を発表し搭乗率向上に成功した。
に提供することで残席の完売を目指す
イ)の東京商工リサーチの調査は、旅行
国際線でも同様の自由・柔軟性が担保され
LCCの手法にとって、制度上の制約があ
会社57社を対象に実施された。LCCとの取
た上で販売促進を目的とした運賃提供が実
る」とした意見が表明されていた。上記の
引に関する質問では、半数以上が「LCCの
施されて初めてその評価が可能となる。
ア)のように、出発間際で空席がある便に
取り扱いには消極的」と表明した。その理
エ)の楽天リサーチにより実施された調
対し安価な運賃を提供する場合、即座に販
由として、
「手数料が少ない」や「利益に
査は、1年以内に格安航空を利用した1000
売を開始する必要がある。しかし運賃の申
ならない」などLCCの低価格戦略がマージ
人を対象にしたインターネット調査であっ
請・認可に時間が掛かり、結果的に販売で
ン収入に頼る旅行会社にとって否定的に理
た。尚、本調査は国内線に限定している。
きないケースが多くあった、とのコメント
解されているようである。また、
「デメリ
格安航空の利用経験回数で10回以上のヘ
を得た。つまりLCCが利用者拡大のための
ットがありそう」
「どのような利点がある
ビーリピーターは「帰省」理由が多かった。
「お試し価格」運賃を販売したいものの、
のかわからない」
「補償問題などがまだわ
また格安航空利用の理由としては価格の安
認可手続上の制約によりLCCの事業特性
かっていない」などLCCのセールスポイン
さが72%を獲得し、2位の「希望している
が発揮され難い状況が浮き彫りとなってい
トである「安さ」や「無駄のなさ」が逆に
日時の航空券があったから」
(33.3%)を大
る。
イメージダウンになることを避けているよ
きく上回り強い支持を得た。今後の利用意
−41−
日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012
向として、国内線について「利用してもよ
ダンピング的な運賃については差し止めが
が存在することを述べた。仮に航空会社が
い」と「やや利用してもよい」を合計した
可能、となっている。これは諸外国のLCC
出発間際に残席処理のためのバーゲン運賃
肯定派は94.1%を獲得した。また国際線に
で見られるような「1ユーロ
(約110円)
」や
を設定したものの速やかな認可が出ないと
ついては、肯定派は68.6%の結果となった。 「1マレーシア・リンギット
(約26円)
、な
判断された場合は、どのような方策が存在
本 調 査 は2011年11月 に 実 施 さ れ、LCCが
どの極端な低運賃が日本では販売されない
するのだろうか。以下、詳述する。
マスメディアなどで大きく取り上げられる
可能性があることを意味する。ちなみにダ
実は従来より政府の認可手続きを経ない
状況下、市場の認知が向上したと推測され
ンピングを理由に不認可となる基準は明示
(12)
る。
されていない。航空法の基本理念
4.運賃認可規定の変更によるLCC事業
展開への影響
4−1 国際航空運賃申請に関わる条件緩
和とその課題
は、
「航
様々な価格の航空券が市場に流通してきた
(15)
。これは本来ならば目的地での宿泊施
空機の航行とそれに起因する障害の防止、
設や観光・食事などとの組み合わせで旅行
また航空機を運航して営む事業の適正かつ
商品を作るために使用される航空券である。
合理的な運営を確保して輸送の安全を確保
本航空券は航空会社から旅行会社への業者
して利用者の利便の増進を図る
(以下略)
」
間取引用であり、その価格は当事者同士の
とある。このことから同法105条の条項に
交渉により決定される。さらに旅行会社の
ついて、国内線で大幅な自由を認める一方、 自由裁量により航空券販売価格が決定され、
国土交通省は一昨年秋、国際航空運賃申
国際線では未だ制限を設けることには幾ば
旅行業法に依拠した「旅行商品」として販
請に関わる条件緩和を各航空会社へ通知し
くかの違和感がある。
売され航空法の適用を受けずに販売されて
た。
本来運賃を適正な水準に設定する背景に
きた(16)。つまり、市場では政府が認可し
2010年10月29日国土交通省航空局長名
は、前述の航空法第1条に述べられている
た公示運賃航空券と、価格が自由に決定で
で「国際航空運賃等の取扱について」の通
「合理的な運営を確保し、輸送の安全を確
きる「旅行商品」としての非公示運賃航空
知が発せられており、従来基本的に国際航
保するため」に整備や保安など安全確保の
券の2種類が流通しているのである。旅行
空運賃は販売前に申請・認可を完了する必
ための原資としてそのコストが使われるよ
会社に対する聞き取り調査でも、航空会社
要があったが、本通知ではこの運用に変更
う期待されているはずである。ひとつ留意
は余剰航空座席を埋めるために旅行会社経
を加えている。中心となる内容は以下とお
したい点は、整備・安全について、世界的
由での販売を強化し、また旅行会社側では
りである。
に安全率が向上したことは見逃してはなら
旅行商品の造成・販売だけでなく航空券単
(13)
第一に、今後は運賃額の上限
(上限運賃
ない
。それは米国や欧州などいわゆる
体販売にも与えられる販売報奨金の獲得に
額)を設定し、その適用条件と共に認可を
先進国だけでなく、ASEANなどの新興国
よる収益向上もあり、共存共栄の関係が永
受ける、としている。認可期間は1年間で、
でも高い安全性を誇ることになった。昨今
年続いてきた。
認可後は上限運賃額の範囲内で運賃額を定
では本邦企業でも、コスト削減の観点から
これらのことから、航空法に依拠する認
めて運賃を収受する前に国土交通省に報告
整備を外国に出す事例(14)も多く、委託先
可の必要な運賃を適用する航空券と、旅行
するものとする、とある。1年間で一括し
の整備会社がわが国政府
(国土交通省)
の安
業法下で旅行商品として販売される航空券
て運賃を申請する場合、運賃額の水準は上
全基準を満たしていれば、問題ない。整備
というダブルスタンダードが存在してきた。
限運賃額の範囲内で決定できるものの、運
などの安全にかかわるコストの多寡は安全
視点を変えれば認可された運賃以外の航空
賃の適用日や販売期間について変更を行う
を担保するための技術面の運用規則により
券流通がバイパスとして機能してきたこと
場合は、別途申請が必要となっている。つ
決定されるべきで、認可される運賃額の多
から、航空法105条での市場収奪的な運賃
まり航空会社への聞き取り調査で判明した、 寡によって決定させる性質のものではない。 設定の防止は、旅行業者を経由することで
販売時期、旅行時期、価格が通常出発直前
少なくとも日本で実施される割高な整備費
その効力が失われてしまう構造を内包して
に決定するバーゲン価格は、事前の予測が
に関する議論はあまり意味をなさない状況
いる。
(図−2参照)
つかないことから逐次申請・認可が必要と
となった。
なっており、LCCの機動的な販売手法実施
には依然として制約が掛かったままなので
ある。2012年末までに運航を開始するジェ
筆者はこの航空法と旅行業法のダブルス
4−2 国際航空運賃流通のダブルスタン
ダードとその課題
タンダードの存在こそが、LCCのような直
接販売を志向する航空会社展開の阻害要因
ットスター・ジャパンでは以上の状況を打
前項では2010年10月に発表された国際
になっていると思えてならない。またこの
開するため、競合他社より低い運賃を機動
航空運賃の申請・認可に関わる規制緩和に
ような状況下では、航空会社が公示する航
的に提供する必要性から、
「最低価格保証」
ついては、特にLCCを中心とする直接販売
空券運賃は旅行会社との交渉の場において
。
を志向する航空企業にとって完全な自由が
「基準」価格となってしまい、基準価格か
第二に、不当な競争を促進させてしまう
保障されたわけではなく、依然として制約
(11)
を実施すべく航空当局と調整中である
−42−
らさらにどの程度安くなるかが議論される、
日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012
図−2 航空券流通面でのダブルスタンダードと国際航空運賃自由化の動き
野に注力する必要がある。
6.おわりに
2010年10月の政府発表に関しては国際
航空運賃の認可条件や手法が緩和され航空
企業の直販化に対する環境整備は前進した
ように見える。しかしその内実はLCCにと
って完全な自由を手にできるものではなか
った。今後日本でLCCが成長しその長所を
十全に発揮するためには、間際便でも販売
できるより自由度の高い認可システム構築
が望まれるのではないか。これまで指摘し
た、航空法と旅行業法のダブルスタンダー
ドに光を当て、それぞれの本来の役割が発
揮されるための環境整備を行うべきではな
と面談調査を行った関係者から聞かれた。
は旅行会社収益低下の懸念材料である。昨
いか?
さらにこれまでは旅行会社を経由した航空
今航空会社や宿泊施設では旅行者への直接
航空産業では季節波動や競合関係の中で
券販売流通が主流であり、航空会社もその
販売拡大策を推進しており、旅行会社はそ
運賃収入の最大化を随時行うシステムを世
流通経路に依存し航空座席の提供と価格設
れを脅威として認識している。筆者が聞き
界的に取り入れて市場価格は常に変動して
定の柔軟さを享受してきた。しかしながら
取り調査を行ったある旅行会社では、LCC
いる状態である。このことからわが国の国
今後、認可規定見直しなどによる国際航空
はビジネス上の脅威だと回答している。そ
際航空運賃認可制度は硬直した仕組みから
運賃設定のさらなる自由化が進んだ場合、
の理由として、
「LCCの直販比率が大きい
そろそろ解き放たれる時期が来ていると考
旅行会社経由の既存流通は縮小していくこ
ということは旅行会社が持てる座席数が減
えられる。航空法の目的のうち、航空企業
とを免れない。
少すると言うことだ。また、現状の航空券
間の競争関係については規制当局が目を光
単品販売減少につながる」と回答している
らせる必要性もあろう。しかし整備などで
5.旅行会社の対応策
(20)
。また、海外旅行者は経験を重ねるほ
海外整備会社へのアウトソーシングなどが
どインターネットでの予約・購入する割合
進展する状況下、その費用を特定し運賃認
本邦においてこれまで海外旅行の手配方
が増えており、航空券だけを個別販売する
可の審査に適用することは事実上困難では
法は大きな変化を示した。JTB Reportに
LCCの販売手法と日本市場で増加する海
ないだろうか。さらに旅行業法の存在故、
よると1997年にパッケージツアー・団体旅
外旅行ヘビーリピーターの消費行動には平
旅行業者を経由した流通手法は運賃水準・
行利用は63.4%、個人手配旅行は29.3%で
仄があってきており、前述の情報透明性の
適用条件を形骸化するいわば抜け穴として
(17)
あった
担保などの課題を克服できれば、今後LCC
機能してしまっている。他方旅行会社が本
ジツアー・団体旅行では50.9%に低下し、
は市場に定着する可能性が高いと考えられ
来の旅行商品を造成する上で、その自由を
個人旅行手配は46.3%に上昇した(18)。その
よう。
確保する必要性もある。ならば現行の旅行
うち海外旅行経験回数20回以上のヘビー
LCCの流通戦略では航空会社が機動的
業法の枠組みを維持しつつ、航空法の運賃
ユーザーは個人手配旅行の割合が62.3%を
に販売時期や運賃額を設定し販売する戦略
認可に関して自由化を推進するしか残され
占め平均値を大きく上回る結果となった。
をとっている。そこには旅行会社を経由し
た方法は無いように思われるのである。
た間接販売手法は強く意識されていない
尚、本稿はLCC利用者の意識と航空券流
。しかし、2010年ではパッケー
これらのことから旅行会社が造成したパッケ
ージツアーや団体旅行の利用が低下し、航空
(21)
。他方、前述の通り従来間接流通を担
通の制度に関して考察した。我が国におけ
券・宿泊施設など旅行素材を単品ごとに手配
ってきた旅行会社では直接販売を志向しが
るLCC展開の課題に関しては、首都圏空港
する個人手配旅行の増加は、旅行会社の事業
ちなLCCの販売戦略に危機感を持ってい
容量や地方空港LCC誘致、また国際航空政
ることも事実である。航空券の販売につい
策やアジア域内での人流にかかわる課題な
(19)
内容の変革を迫っているといえる
。
て航空会社の直接販売が進展すれば、旅行
ど多岐にわたる。これらに関しては稿を改
大きいパッケージツアーや団体旅行と比べ、 会社の取扱額の減少に繋がることも想定さ
めて考察したい。また本稿は2011年10月15
れ、パッケージツアーなどその他の事業分
日の日本国際観光学会第14回全国大会「本
旅行内容において、旅行会社の関与度が
航空券などの旅行素材単品販売シェア増加
−43−
日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012
邦でのLCCの進展に関する考察 ∼市場
(1)
本邦では国際航空運賃と国内航空運賃
めるためだけでなくマスメディアなど
動向と法的環境整備の観点から∼」の内容
ではその認可方法に差異が存在する。
での有料広告を出稿する代わりとして
を大幅に加筆修正したものである。
本稿では国際航空運賃を取り扱うこと
話題性提供のために実施している。
とする。
参考文献
黒須宏志「ローコストキャリアのインパク
ト研究
(中間報告)
∼日豪路線におけ
るケーススタディーをもとに∼」
(財)日
本交通公社、2011年2月14日。
航空法105条。運賃及び料金。
(http://www.
(10)
アンケート時点でスカイマークは自ら
(2)
これらの地域
(EUやASEAN)では域内
をLCCと は 呼 ん で い な い が、 市 場 は
貿易の自由化に航空も含まれていたこ
LCCと認識している層が少なからずい
とから、域内航空の自由化が進んだ背
ることを示唆している。
景もあった。
(11)http://www.jetstar.com/jp/ja/japan-
(3)
路線参入と同時に同航空グループのカ
ンタス航空運航便を休止したため、事
実上の路線移管との見方もある。
announcement(2011年12月26日参照)
。
ジェットスター・ジャパン、
「最低価格
保証」実現に向け国交省と調整予定」
jtb.or.jp/themes/content/img/invest/
(4)
トラベルジャーナル「2010冬期航空座
(トラベルビジョン)しかしその事実関
kenkyu/TOPIC_20110214_1.pdf にて参照
席調査」
(2011年は東日本震災による減
係に関する政府側発表は本稿執筆時点
可能)
便などの理由により、比較には不適切
で行われていない。
国土交通省航空局長「国際航空運賃等の取
な為2010年冬期スケジュールのデータ
扱いについて」
( 国空国第1855号 国空
事第485号)
、2011年10月29日。
を用いた)
を基に筆者計算。
(12)
航空法第一条「この法律は、国際民間
航空条約の規定並びに同条約の附属書
(5)
同社の事業の目的として「これまで国
として採択された標準、方式及び手続
JTB広報室「 格安航空会社
(LCC)に関す
内線市場では運賃が高止まり状態にあ
に準拠して、航空機の航行の安全及び
るアンケート調査」
「JTB WEBアンケ
り、利用者の不満は高まっておりまし
航空機の航行に起因する障害の防止を
ート調査結果
(vol.53)
」プレスリリース、
た。当社は、このような国内線市場に
図るための方法を定め、並びに航空機
2010年12月28日。
(http://www.jtbcorp.
参入し、競争状態を生み出し、利用者
を運航して営む事業の適正かつ合理的
jp/scripts_hd/image_view.
便益の向上に資することを目的に設立
な運営を確保して輸送の安全を確保す
asp?menu=news&id=00001&news_
されました。
」とある。
(同社ホームペ
るとともにその利用者の利便の増進を
no=1378にて参照可能)
ー ジ http://www.skymark.co.jp/ja/
図ることにより、航空の発達を図り、
company/)
(2011年12月26日参照)
もつて公共の福祉を増進することを目
ツーリズム・マーケティング研究所「JTB
Report 1998, 2011(各号)
」
。
(6)
国際線についてはスカイマークが超大
的とする。
」
東京商工リサーチ「主要旅行会社57社「海
型機エアバス380にて「低価格だが高品
(13)h t t p : / / w w w . b o e i n g . c o m / n e w s /
外旅行」アンケート調査 ∼円高などで
質のサービスを提供する」
、としており
techissues/pdf/statsum.pdf (2011年
6割の会社が申し込み増 LCCには消極
LCCの ビ ジ ネ ス モ デ ル と は 異 な る
12月26日参照)
。LCCが使用するB737
的 ∼」2011年1月31日。
(http://www.
(http://www.bloomberg.co.jp/
−800型機やAirbus320型機の全損事故
t s r - n e t . c o . j p / n e w s /
news/123-LC85JR0YHQ0W01.html は低い水準で推移している。1959年か
analysis/2011/1208377_1903.htmlにて参
2011年12月26日 参 照 )
。しかし他の
ら2010年までの累計での100万回運航
照可能)
LCC3社はLCCビジネスモデルに忠実な
あたりの全損事故回数に関する統計で
手法で近距離国際線に参入すると発表
は、大型機ボーイング747旧型機
(-400
している。
を除く)
は2.71回、ボーイング747-400型
日本 旅 行 業 協 会「 数 字 が 語 る 旅 行 業 2011」
。
野村尚司「日本におけるLCC成功の要件と
(7)
出典:野村尚司「本邦でのLCCの進展
は」
「JTMレポート」ツーリズム・マー
に関する考察 ∼市場動向と法的環境
(-300、-400、-500)で は0.50回 に 対 し、
ケティング研究所、2011年9月。
(http://
整備の観点から∼」日本国際観光学会
LCCが使用するボーイング737新型機
www.tourism.jp/report/2011/09/lcc-1/
にて参照可能)
野村尚司「本邦でのLCCの進展に関する考
察 ∼市場動向と法的環境整備の観点
第14回全国大会、2011年10月15日。
(-600、-700、-800、-900)で は0.30回 と
(8)
「安価ならばその理由を開示してほし
低い水準にとどまっている。またLCC
い」との情報透明性の重要性を指摘す
で多用されるもう一つの機種、エアバ
る声も聞かれた。
ス320型機のクループ、エアバス320・
から∼」日本国際観光学会第14回全国大
(9)
逆に、半年以上先で且つ需要が低く空
会、2011年10月15日、於:亜細亜大学。
席が見込まれる便を対象に販売期間限
楽天リサーチ「格安航空に関する自主調査
定で数百円程度のキャンペーン運賃提
− サマリー −」2011年12月。
機 で は0.62回、 ボ ー イ ン グ737旧 型 機
供を行うこともある。これは空席を埋
−44−
321・318・319型機では0.33回となって
いる。
(14)
航空各社は整備費用削減の必要性から
スターブライヤーではルフトハンザ・
日本国際観光学会論文集(第19号)March, 2012
テクニーク・フィリピン社で整備を実
施 し た り
(http://www.starflyer.jp/
starflyer/fsr/fsr_05.html 2011年12月
26日参照)
、既存航空の日本航空・全日
空でも中国で整備の合弁企業を立ち上
げる等、整備業務の外注化を推進して
いる。
(15)
一般的には包括旅行運賃などを指す。
(16)
航空会社から旅行会社に流通させる航
空座席
(航空券)は本来パッケージツア
ーなどの旅行商品造成用の航空輸送部
分との位置づけであるが、航空券だけ
単品でも小売されてきた事実がある。
(17)
出典:JTB Report
1998、46ページ。
(18)
出典:JTB Report
2011、43ページ。
(19)
尤も、LCCが先行して進展した他国と
比較して異なる状況があるとすれば、
言葉の問題がある。外国語の苦手な日
本人旅行者は海外旅行において日本語
での現地アシスタンスが必要な場合が
多く、旅行会社手配による日本人添乗
員や日本語ガイドの必要性が存在する
特殊性にも留意が必要であろう。
(20)
また「予約・決済でもこれまで既存の
航空会社との間で利用してきた発券・
決済機能『BSP』を利用できないこと
がほとんどである。従ってLCCとの取
引では予約・販売・決済に対する社内
の運用体制を大幅に変更する必要があ
ることから、システムコスト増加につ
ながる」との懸念も表明していた。
(21)
これは旅行会社排除を目的としている
わけではなく、航空券流通の合理化を
第一義的に意識した結果である。当然、
市場特性により旅行会社を経由した流
通を行うケースも存在する。
−45−