性別役割分業意識は、変えられるか? 国際比較に見る日本・韓国

性別役割分業意識は、変えられるか?
─国際比較に見る日本・韓国
牧野カツコ
1.はじめに─日本の性別役割分業意識の動向
本報告では、わが国において依然として根強く存在する性別役割意識が、どのようにして作
られてきたのか、今後人々のこの意識は変わっていくのかどうかという問題について、歴史的
な視点と国際比較調査の視点から取り上げてみたい。
折しも最近の新聞報道で、性別役割分業意識が強まったことを報じる記事が続いた。厚生労
働省と内閣府の全国調査がもとになっている。
◇専業主婦に「なりたい」独身女性3人に1人。「結婚したら専業主婦になりたい」独身
女性の3人に1人が。そんな希望を抱いていることが、厚生労働省の調査で分かった。
」
(2013. 9. 30 朝日新聞)
◇高まる専業主婦志向。若い女性の「専業主婦」志向が高まっている。内閣府は「夫は外
で働き、妻は家庭を守る」という考え方への賛否を1979年から数年おきに調査している。
女性の賛成派はこれまで常に減少傾向だったが昨年、賛成とどちらかといえば賛成が、
初めて前回より増えた。(2013. 10. 25 朝日新聞)
内閣府の「男女共同参画社会に関する調査」
(2012年)では、性別役割分業に賛成する人が
3年前の9.5%から12.4%へ増加。反対する人が、26.6%から18.4%に減少するという結果であっ
た。男性も同様に分業に賛成する人が2%ほど増え、反対する人は5%の減少であった。
ダボス会議を主催する世界経済フォーラム(WEF)が昨年10月に発表した世界136カ国の
「国際男女格差レポート2013」でも日本は、昨年から順位を4つ下げ、世界136カ国中105位と
いう男女平等の達成レベルである。特に政治の世界での男女格差が一向に縮小していない。
男は外で働き、女は内で家庭を守るという意識は、日本ではなぜこのように強いのであろうか。
2.根強い性別分業意識はどこからきているか
(1)性別役割規範・文化を歴史的にみる
わが国では士農工商の封建社会の身分秩序維持のために、幕府が儒教思想を広め、人びとが
牧野カツコ、お茶の水女子大学名誉教授、宇都宮共和大学子ども生活学部長
25
生まれながらの分を守ることを徹底させたことは良く知られている。儒教の中でも朱子学は、
世の中に天─地、長─幼、主─従、陽─陰、外─内、尊─卑があることは自然の理なりとする
学派であるが、この思想を人々の倫理規範として、自然に従い、分を守ることを重視したので
ある。男尊女卑の言葉が示すように、主従、外内などの対の言葉の左(ゴチック)はすべて、
男に当てはまり、右の言葉は女に当てはまるとされた。四書五経の女子版として作成された女
大学、女中庸などの書物は、女子の手習いの書として江戸期に普及した。
(図1)
図1 儒教規範の中の性別役割規範 享保18(1733)年版
(2)性別役割分業体制を温存させた明治以降の日本
貝原益軒の「女子を教ゆる法」の中に伝わるさまざまな女子のための倫理規範は、1733年(享
保18年)版が残されているので、日本が第2次大戦後新憲法により男女の平等が宣言されるま
で、およそ400年にわたってこの性別役割分業の規範が人々に普及させられてきたといってよ
い。明治維新による近代化以降も、家制度を柱とする旧民法は、儒教規範に基づく男女差別と
役割分業を土台として変わっていなかった。また、明治5年に近代学校制度が成立した後も、
修身を通じて、儒教の規範は学校で教え続けられてきたのである。
「男子は外をおさめ女子は内を治む」はかくして、戦後の民主主義の理念が教育されるまで
子どもや人々に刷り込まれてきたのである。戦後間もなく、この性別役割分業は、日本の戦後
の復興と高度経済成長政策の推進のために、再び学校教育の中で取り入れられ、人々の倫理規
範としてよみがえるのである。この問題は本報告の後半で家庭科教育の変遷と我が国の戦後の
教育政策について取り上げるところで、論じたい。
いずれにしてもわが国の性別役割分業意識は400年の歴史に根差す大変根強いものであるこ
と、加えて戦後の経済、教育政策により変更されることがなく今日まで、女性の政治、経済へ
の参加を阻み、男性の子育て参加を阻む大きな壁となっているといってよいであろう。
26
3.日本と韓国の共通点
(1) 家庭教育に関する国際比較調査 1994, 2005 から
性別役割分業思想が儒教の倫理規範と深く結びついているという点では、同じく儒教の規範
を大切にしてきているお隣の韓国の現状はどうであろうか。
独立行政法人 国立女性教育会館が2005年に日本・韓国・タイ・アメリカ、フランス、スウェー
デンの6カ国を対象に、家庭教育についての大規模な国際比較調査を行っているので、この調
査結果から日本と韓国の相違点、共通点を取り上げてみたい。
まず、調査の概要は次の通りである。
目的:諸外国の家庭・家族の変化、家庭教育の実態等を調査し、現代日本の家庭教育の特
色や課題を明らかにする。
対象:日本、韓国、タイ、アメリカ、フランス、スウェーデンの:0∼12歳までの子ども
と同居している親またはそれに準ずる保護者。回収サンプル数 各国とも父親500人、
母親500人(ペアではない)
調査時期:平成17年度(2005)調査内容については、平成6(1994)年実施の調査との比
較ができるようにする。なお1994年イギリスを2005年は出生率の回復をしているフラ
ンスに変更した。以下、父親の子育て参加に関連する結果を紹介し、日本の父親の特
徴を取り上げよう。
① 子どもとの接触時間が少ない、日本、韓国の父親
平日子どもと接する時間がどのくらいあるかを尋ねた結果、韓国の父親が6か国中最も少な
く、次いで日本の父親であった。日本の父親は1日平均3.1時間しか子どもと一緒に過ごして
おらず、父親と母親の接触時間の差が4時間台と大きい(平均、単位:時間)。子どもとの接
触時間のジェンダー格差がまず明確となった。
図2 平日1日に子どもと一緒に過ごす時間(寝ている時間を除く)
∗䚷ぶ
㻣㻚㻢
㻤㻚㻜
㻣㻚㻝
㻣㻚㻝
㻝㻚㻞
㻢㻚㻜
㻠㻚㻡
㻡㻚㻥
㻡㻚㻤
㻡㻚㻣
㻞㻚㻡
㻠㻚㻟㻡
㻝㻚㻥
㻠㻚㻢
㻠㻚㻜
ẕ䚷ぶ
㻣㻚㻝
㻝㻚㻞
㻠㻚㻢
㻟㻚㻤
㻟㻚㻝
㻞㻚㻤
㻞㻚㻜
㻜㻚㻜
᪥䚷ᮏ
㡑䚷ᅜ
䝍䚷䜲
䜰䝯䝸䜹
䝣䝷䞁䝇
䝇䜴䜵䞊䝕䞁
27
② 子育ての分担
子どもの食事の世話をする人は日本では、圧倒的に「おもに母親」と答えている(86%)
(図
3、父母の回答を合わせたもの)。
「主に父親」であるという答えはわずか2.5%で、「父母両方
でする」という回答も著しく少ない。韓国も日本ほどではないが同様の傾向である。スウェー
デン、アメリカ、フランスでは、「おもに母親」の割合が減り、
「両方でする」場合が多くなっ
ている。
子どものしつけをだれがするかについてみると、
「両方がする」割合は大幅に増えるが、日
本は6か国中最も少ない(図4)
。日本ではしつけも「主に母親」という割合が高く、世話も
しつけも子育てはもっぱら母親の仕事となっていることがよくわかる。ここでも、スウェーデ
ンでは、子どものしつけが、両親二人の仕事であり、母親一人の仕事ではないというという意
識であることがよくわかる。韓国は、日本と似た状況であるが、子どものしつけについては、
日本よりも欧米に近く、父親も参加していることがわかる。
図3 食事の世話をする
図4 子どものしつけをする
28
では、日本の父親は子どもについて何をしているのかというと、図5に示すように、「生活
費を負担する」という項目で「おもに父親」がする割合が圧倒的に高くなっている。これは韓
国もほぼ同様の傾向である。スウェーデン、フランスでは、生活費について、父母がともに負
担し合う家族がもっとも多いことがわかる。タイ、アメリカでも生活費を得る仕事は母親より
も父親の方が多くなるけれども、それでも夫婦が共に稼ぐ、という家族は日本や韓国よりはる
かに多い。ここでも日本の家庭内の性役割分業が非常にはっきりしていることが明らかになっ
た。
この質問項目は1994年にも行っていたので、1994年と2005年の調査結果から、性別役割分業
がどのように変化してきたかを比較してみた。日本とスウェーデンの場合だけを図にしてみる
と(図6)日本では「食事の世話をする」仕事は父母の間でこの10年間ほとんど変化がなかっ
図5 生活費を稼ぐ
図6 食事の世話をする 1994と2005の比較
29
たことがわかる。ところが父母が平等に分担する傾向のあったスウェーデンは10年後には、主
に母親がする割合が10%以上も減り、主に父親がする割合が、10%程度増加しているのである。
日本の役割分業から平等への変化は、未だ道遠し、といわねばならない状況といえよう。
③ 日本と韓国の働きすぎの父親たち
父親が子育てを分担することが少ないことの背景に、父親の労働時間の長さがしばしば指摘
されるが、この国際比較調査でも、日本と韓国の父親の労働時間が長いことがきわだっていた。
図7は父親の1週間の労働時間を示したものであるが、日本の父親の平均労働時間が最も長く
48.9時間で、次いで韓が48.8時間であった(グラフ右側の数字)
。これは0歳から12歳までの子
どもを持つ父親であって、独身者や子どもが巣立った年代の男性労働者のデータではないこと
に注意しなければならないだろう。
特に日本、韓国では週に49時間以上働く父親が50%以上に上るのに対して、フランス、ス
ウェーデンでは、10%にも満たないことに注目したい。子どもと接する時間や子どもと一緒に
遊んだり、仕事をしたり、趣味を楽しんだりする時間がアメリカなどでは多いのだが、日本の
父親は子どもと過ごす場合に、
「一緒にテレビを見る」
、「一緒に風呂に入る」
、「同じ部屋で寝
る」などのあまり活動的でない過ごし方をしていることも特徴的であった。
図7 父親の1週間の労働時間[2005年]
④ 日本と韓国の父親が悩むようになった
子育ての上での悩みや問題点について10項目の中からいくつでも選んでもらった結果、
「子
どもと接する時間が短い」を挙げた父親が大幅に増えたことは今の大きな変化であった。1994
年の調査では、日本の父親は6か国中最も子どもと接する時間が短かかったが、子どもと接す
る時間が短いことを悩みとしていた父親は、スウェーデンの60%に対してわずか27%でしかい
30
図8 子育て上での悩みや問題点「子どもと接する時間が短い」を上げた父親の割合[2005年]
(%)
㻢㻜㻚㻜
∗䚷ぶ
ẕ䚷ぶ
㻠㻥㻚㻜
㻠㻠㻚㻣
㻠㻝㻚㻟
㻟㻣㻚㻞
㻠㻜㻚㻜
㻟㻥㻚㻜
㻟㻢㻚㻥
㻟㻞㻚㻢
㻞㻢㻚㻠
㻞㻜㻚㻜
㻞㻠㻚㻟
㻝㻣㻚㻤 㻝㻡㻚㻤
㻝㻡㻚㻡
㻜㻚㻜
᪥䚷ᮏ
㡑䚷ᅜ
䝍䚷䜲
䜰䝯䝸䜹
䝣䝷䞁䝇
䝇䜴䜵䞊䝕䞁
なかった。日本の父親は子どもと接する時間が短いことをなぜ嘆かないのか、と国際シンポジ
ウムでスウェーデンの研究者に聞かれて、困ったことがあった。今回日本の父親の41%、韓国
の父親の49%が、接触時間が短いことを悩みとしてあげるようになったということは、父親の
変化といえるであろう。
子育ての役割分担は10年前と変わっていないけれども、父親自身が接触時間について悩むよ
うになったことを、まずは喜んでおきたい。スウェーデンでは今回も、父母ともに子どもとの
接触時間が短いことを悩みとしている人が多いことも印象的である。子どもとの時間をいかに
大切にしているかがわかるデータである。
(2)日本と韓国の父親の共通点
国際比較調査の結果から、日本と韓国に共通する問題点をまとめてみると、
1) 子どもと接する時間が短い父親
2) 父親たちは子どもの世話をしないで、もっぱら生活費を得ることに専念している。
夫婦で平等に子育てをしているスウェーデンが、10年間でさらに平等になる変化をし
ているのに対して、韓国、日本はいずれも10年前とほとんど変わらない。
3) 日本・韓国の父親ともに労働時間が顕著に長い。しかし子どもと接する時間が短いこ
とを父親が嘆くようになった。
儒教の性別役割の規範を共通に持つ2つの国は、子育ては母親、父親は外の仕事という性別
役割観と分業の実態は依然として非常に強いといえる。
4.教育が意識と行動を作る/変える
(1)性別役割分業を制度化してきた日本の学校教育
日本の近代以降の教育制度は、家事・裁縫教育、家庭科、技術・家庭科などの教科を通して、
31
男女別の教育内容を履修させることによって、性別役割分業観を国民に根付かせる役割を果た
してきた。国の教育政策は、政治、経済、社会のあらゆる分野に大きな影響を与えてきたとい
えるので、ここで駆け足で家事裁縫科教育と家庭科教育の歴史を振り返ってみよう。
① 女子教育としての裁縫教育
江戸時代には、
「女子は早くから女功を教ふべし。女功とは織り、縫い、紡ぎ、濯ぎ、洗い、
または食を調ふる業を言い、女人は外事なし。特に縫い物するわざは、習わしむべし。父母た
るもの心を持ちふべし」
(女大学 常見 1972)といわれ、女子は特に、裁縫の技能を身に着け
ることが重視されていた。親から子へ家庭の中で教えられる場合もあったが、お針師匠のもと
に通わされることもあった。
明治に入り明治5年には学制が敷かれ、学校教育制度が発足する。尋常小学校では、最初か
ら「手芸」の教科(現在の裁縫)が置かれており、明治12年の教育令では、
「女児ノ為ニハ裁
縫等ノ科ヲ設クヘシ」との規定が出された。学校制度が施行されたが、男子の就学率に比して、
女子の就学率は伸びなかったために、女子の就学率の向上のために明治政府は学校で裁縫が学
べることを強調して、就学率の向上に努めたのである。
大正期から昭和初期にかけては、天皇制や家族道徳の普及徹底、女性の特性の涵養に家事
科・裁縫科が大きな役割を果たした。
② 第2次世界大戦下の家事科報國、裁縫科報國
第二次大戦中の国民精神総動員下において、女子生徒は「家事科報國」「裁縫科報國」の名
のもとに、代用品研究、国民服の制定、国民食の提唱、白米食の廃止、結婚と育児の奨励、勤
労報国などさまざまな形で銃後後援の役割を果たした(常見1972)。英語などの敵国語の教科
が廃止される中で、戦時体制下では家事科、裁縫科は、まさに戦争政策を積極的に推進する役
割を果たしたのである。
③ 民主国家の建設と小学校男女共学家庭科の誕生
占領下の CIE の指導により、戦前の家事・裁縫科教育は、一転して戦後の民主国家の担い
手を育てる民主的な家庭建設のための教科として再編成された。昭和22年からの新しい家庭科
は、小学校は男女共学で5学年6学年で学び、中学校、高等学校では職業家庭科として男女共
学で出発した。昭和22年文部省が戦後初めて発表した学習指導要領 家庭科編(試案)は、家
庭科は「家庭建設の教育」であると宣言し、これまで裁縫という科目で女子にのみ与えられて
いた科目とは全く異なる新しい教科であることを強調している。
もしも戦後の家庭科の新しいスタートの理念がそのまま実現していたならば、戦後の日本の
家族は、家庭内の仕事や家族関係の在り方は、男女が平等に分担し共に責任を持つ形が作られ
てきたであろう。戦後の家庭科の理念はなぜ実現しなかったのだろうか。
④ 経済の高度成長期と性別役割分業教育
戦後の復興期を終え、1960年代後半から日本は経済の高度成長期に入る。右肩上がりの経済
成長と所得倍増論などに人々は希望を持ち、文字通り会社人間として、猛烈に働くことになる。
戦後の経済成長を支えたのは、性別役割分業に基づく「男は仕事・女は家庭」のスローガンで
32
あった。明治以降、儒教の思想を修身教育に取り入れてきた日本の学校教育において、男女別
の役割意識の普及は、抵抗もなく受け入れられたといえるだろう。
1968(昭和33)年から中学校の職業・家庭科は「技術・家庭」科となり、学習指導要領にお
いて教育内容を「男子向き」
「女子向き」として男女別に分けたのである。まさに男子は生産
労働に、女子は家事労働に、性によって役割を分ける分業を、国家が政策として推進したので
ある。男は、家庭生活を振り捨てた身軽さでモーレツ社員となって生活費を得る役割を果たし、
女は、家庭内の家事・育児・介護などの無償労働を引き受ける体制が確立するのである。
高等学校の家庭科についてみると、国は女子の家庭科必修が「望ましい」
(昭和31年)から
「原則として必修」
(昭和35年)さらに「すべての女子に履修させるものとする」(昭和45年)
と学習指導要領の改訂ごとに、次第に規定を強め、45年からから「家庭一般」の女子のみ必修
(4単位))が義務付けられたのである。
女子が家庭科の授業を受ける間、男子は、体育(格技)を学ぶこととなったため、体育の授
業時間にも男女の差ができるという不平等な教育課程であった。
(2)家庭科男女共学のスタートまで
1975年は国連の国際婦人年世界大会が開催され、1976年から10年間、国連婦人の10年と定め
られ、各国は男女平等のための行動計画の策定と実施が定められた。
1980年の国連婦人の10年中間年に日本が署名した女子差別撤廃条約は、長らく男女別学で
あった日本の中学、高校の家庭科を男女共学とする体制を作り出す大きな力となった。
女子差別撤廃条約の第10条では、
「特に女子に対する差別を撤廃するためのすべての適当な
措置をとる」として「(b」同一の教育課程)が挙げられている。家庭科の女子のみ必修を推
進してきた政府や高等学校校長会などは、家庭科と体育にわけられた教育課程は、同等の質で
あるので、差別には当たらない、と主張をした。しかし、
「同一の」教育課程とは、equal(同
等)ではなく、same(同じ)でなければならないという国際的な解釈が明らかにされた。こ
れにより、我が国は、国籍法、雇用機会均等法、などの国内法の改正とともに、女子のみ必修
の教育課程は、改定を迫られたのである。
1985年にわが国は女子差別撤廃条約を批准し、その後国内での多くの議論の末、ようやく高
等学校家庭科の男女共学が実現することになったのである。高等学校の家庭科男女共学、4単
位必修を定めた学習指導要領は1989年告示により、まず中学で全面共学となり、高等学校でス
タートしたのは、1994年からであった。
すべての高校で男子が家庭科を学ぶようになってから、2014年はちょうど20年目を迎える。
男女共学で学んだ16歳の高校生はようやく35歳になったところである。まだ社会の中核を占め
る年齢には届いていないが、男性の家庭生活への参加は確実に進み始めたといってよい。
33
5.性別役割分業意識は変えられるか
(1)現在の高等学校家庭科の教育内容
高等学校家庭科は、1989年に男女共学の学習指導要領が発表されたのち、2009年にも改訂が
行われた。家庭科というと、未だに料理、裁縫をイメージする人があるかもしれないが、男女
共学の家庭科では、家族・家庭、保育、高齢者、家庭経済、消費者問題などの内容が充実し、
大きく様変わりしている。
現在の高等学校家庭科の「家庭総合」
(4単位)の内容領域を示すと、表1の通りである。
このうち、今回のシンポジウムのテーマに関連する「保育」に関する領域について、特にその
内容を詳しく示すと、表の右に示す内容を学ぶことになっている。
注目すべきことは、
「子どもとかかわる」という学習が冒頭に挙げられていることであろう。
「乳幼児や小学校の低学年の児童とかかわって実際の姿に触れる機会をもったり、乳幼児とか
かわる親の姿を観察する機会をもったりすることにより、保育への関心を持たせる」という内
容があることである。この内容から、高等学校では、保育の机上の学習でなく、実際に幼稚園
や保育所、また子育て支援センターなどに生徒を行かせて、子どもと接する機会を設けるよう
に工夫しているところが多くなってきている。
表1 高等学校家庭科(家庭総合)4単位 2009年改訂
(1)人の一生と家族・家庭
(2)子どもや高齢者とのかかわりと福祉
(3)生活における経済の計画と消費
(4)生活の科学と環境
ア 食生活の科学と文化
イ 衣生活の科学と文化
ウ 住生活の科学と文化
エ 持続可能な社会を目指したライフ
スタイルの確立
(5)生涯の生活設計
(6)ホームプロジェクトと学校家庭クラブ
(2)子どもや高齢者とのかかわりと福祉
ア 子どもの発達と保育・福祉
(ア)子どもとかかわる
(イ)子どもの発達と生活
(ウ)親の役割と子育て支援
(エ)子どもの権利と福祉
中学校の「技術・家庭」
(家庭分野)でも2008年の学習指導要領の改定から、「家族・家庭と
子どもの成長」が学習の筆頭におかれるようになった。中学校でも「幼稚園、保育所等の幼児
とのふれあいができるよう留意すること」との内容が加わり、幼児とのふれあい、かかわり方
の工夫について、男女ともこれまでの選択から必修で学ぶ学習となった。
(2)高校生が乳幼児と接する活動から
少子化の進行で、今日の中学生や高校生は、弟や妹が少なく、乳児や幼児と接する経験をし
たことがない生徒がほとんどである。これは男女とも差がない。大勢の生徒を校外の幼稚園や
34
保育園に連れて行くことは家庭科教員にとっても、簡単にできることではない。何とか生徒に
赤ちゃんを触れ合う機会を作りたいと考える教師たちは、学校に赤ちゃんを招く活動をしてい
る。
長崎県では「ふれあい体感学習」として、県教育委員会社会教育課の母親学級と高校教育課
指導主事とが協力をして、母親学級の卒業生の母親と赤ちゃんが住まいの近くの高校を訪問す
るという活動を続けている。小学校内で生徒同士が殺人事件を起こすという衝撃的な事件が起
こったことから、命の大切さを教育したいと、すべての県立高校生が赤ちゃんを見る、抱く、
という体験をするという活動をスタートさせたのだった。1歳未満の子どもを持つ母親たち
は、何人かのグループで、子どもを連れて多くは自分の母校を訪問する。生徒や教員から喜ば
れ、母親達も家の中だけで過ごす生活から、高校生や友達と出会い、新鮮な楽しい経験ができ
るとして喜ばれている。
高校生は、自分にもこんな小さな時期があったことを知り、これまでの親の苦労を想像した
りして、可愛い赤ちゃんを真剣に抱いたり、あやしたりして興味深く触れ合うのである。
千葉県立鎌ヶ谷高等学校石島恵美子教諭の場合は、地域の赤ちゃん、お母さんと生徒が触れ
合う『子育てサロン』を校内で開いている。こちらは鎌ヶ谷市と連携して、市が開催する子育
てサロンの一部を、高校内の多目的室で行うというものである。
生徒は将来自分が親になることをイメージでき、孤立育児に陥りがちなママたちもいい息抜
きになる、という効果も見られ、新聞等でも紹介されてきた。市の子育てサポーターの援助も
あり、2008年から男女必修の家庭科の授業として続いている。
このように、若い男女が自然に子どもとふれ合う体験をすることで、男子が子どもの世話を
する光景が当たり前の風景となることによって、将来の育メンが育っていくことが大いに期待
できると思われる。
6.教育は性別役割分業意識を変える
(1)家庭科男女共学世代の意識と行動
家庭科の男女共学が進むなかで、
「当たり前」としての男性の家事・育児の分担が広がりつ
つある。わが国の合計特殊出生率が減少の一途をたどり、2005年に1.26となって以降、ここを
ボトムにして、出生率の増加傾向が続いている。出生率が増加に転じた時に、週刊誌『AERA』
は特集を組み、
「必修化の影響で、家事も育児も男性がして当然という意識が広がっている。
ちょっと上世代でも協力的な男性はいるが、それとは根本的に違う」(AERA 2006 12. 6)と
述べていた。
その後合計特殊出生率は、1.32(2006)→1.34(2007)→1.37(2008)→1.39(2010)とわずか
ながら増加を続けている。家庭科の共学世代が出産・育児の年代になり、明らかに父親の育児
参加が進んできたことが、出生率の上昇と無縁ではないと思われる。
男性人気アイドルが料理を作ってカッコよさを表現する TV 番組が人気を博したりするな
35
ど、いまや男性の家事・育児は「当たりまえ」の風景になってきたのではないだろうか。
(2)専業主婦志向はなぜ増加したのか
男女の役割分業は試合に崩れているとみられるのに、ではなぜ、冒頭に紹介したような専業
主婦志向が増加したのだろうか。女性の側から見るならば
1) 経済の長引く低迷の中で、女性労働者には特に、低賃金、非正規雇用の厳しい労働環
境が広がっているために、この労働環境から抜け出し、専業主婦でいられる相手と結婚
したいという願望が広がっていること。
2) 子どもを育てたいという願望。子どもは欲しい、しかし共働きを続けるのはきつい。
専業主婦でいられる相手をみつけて結婚したいという願望。
3) エコライフや時間にゆとりある暮らしへの憧れ。
一方、男性の側から見るならば、
「結婚したら専業主婦になりたい独身女性が3人に1人で
あるのに対して、結婚相手に専業主婦になって欲しいと思っている独身男性は、5人に1人に
とどまった。
」
(朝日新聞 2013. 9. 30)と記事は続いている。
男は自分だけが働き家族を養うことを望んではおらず、妻も一緒に働いてほしいと思ってい
るのだ。一人で妻子を養う収入を得ることが難しいことを承知しているので、専業主婦家庭は、
単なる願望であると考えるのであろう。
おそらく、最近の若者世代は、本音は、男も一緒に子育て、家事を楽しみたいと考えるよう
になっているといえるのではないか。
(3)重要な学校/家庭/職場/地域の教育環境
日本の家庭科教育の歴史を振り返ると、学校教育が、日本人の性別役割分業意識を固定化し、
強める働きをしてきたし、また、学校教育によって分業意識を変化させることも明らかになっ
た。
今日では、地球環境問題の深刻化と高い経済生産性への反省の時代に入り、少エネルギー、
スローライフ、地産地消、サスティナブル etc の価値への転換が見直される時代となっている
(牧野 2005)
。われわれは、もはや経済的価値の追求のみの稼ぎの役割は、男も女も求めない、
ことを意思表示すべきであろう。保育・家族に内包される人間らしい豊かさを求める生活へ、
価値の転換をしたいものである。そのためにもまず、男性がもっと保育・家族の役割をとれる
ゆとりのある家庭、職場、地域の環境が重要といえよう。
参考文献
貝原益軒「和俗童子訓」1983 松田道雄責任編集『日本の名著』14 中央公論社
国立女性教育会館 2007 『平成16年度・17年度 家庭教育に関する国際比較調査報告書』
常見育男 1972 家庭科教育史 増補版 光生館
36
日本女子社会教育会 1995 『家庭教育に関する国際比較調査報告書─子どもと家庭生活についての調査─』
西野みよし 1956 「戦前の家事科のあゆみ」 重松伊八郎「国民学校から六三制へ」 『家庭科教育』第30巻1
号1956年4月号 10 13頁、19 22頁
Katsuko Makino, 2008 Recent Family Changes and Child Care in Japan: An overview of six-country comparative research , The 70th NCFR Annual Conference, Arkansas U.S.A.
牧野カツコ 2009 「子育ての場という家族幻想─近代家族における子育て機能の衰退─」『家族社会学研究』
日本家族社会学会 21巻1号 7 16頁
文部科学省「高等学校学習指導要領解説 家庭編」平成22年5月
37