私の一般教育 原田茂治(PDF:48KB)

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静岡県立大学短期大学部
一般教育研究会誌(1)-2 (2001)
私の一般教育 My Liberal Arts
原田 茂治 HARADA Shigeharu
1.私の一般教育
書架に古びた小冊子を見いだした。「昭和42年度 履修の手引き 北海道大学教
養部」によれば、教養課程(理類)で修得すべき必要最少科目および最低単位数は、
人文・社会・自然科学の各系列毎に3科目12単位、数学8単位、外国語Ⅰ二カ国語
各8単位、体育(理論・実技)各2単位、合計64単位とある。教養課程を終えた後、
専門課程へ進学するのであるが、進学希望者が専門学科の定員を上回るときには、教
養課程の成績順に進学が内定した。その方法は、必修科目1)の成績(優、良、可、不
可)に対して、3,2,1,−1点を与え、それを合計して得点順に順位を付けるい
うものであった。したがって必修科目の上限84単位まで履修する学生が多くを占め
ていた(当時の不人気学科は、獣医学部獣医学科、工学部鉱山工学科、農学部林学科
などで、これらを希望する学生は、悠々と勉学するかあるいは学生生活を満喫した)。
この方法はのちに「取得総点を取得単位数で割る平均点方式」に改められた。学部に
進学後、専門課程で取得する単位数も教養課程とほぼ同数であった(大学設置基準に
よれば、卒業に必要な専門教育科目の単位数は76単位)。私の学生時代は、まさに、
一般教育2)と専門教育は等しく大学を支える二本の柱であるという、新制大学の理念
が貫かれていた。
しばしば「一般教育は役に立つか?」という問を耳にするが、これに答えるのはし
ばらくおいておこう。大学の講義は、高校までの授業とは内容の豊かさで別格であり、
入学後の1年半ないし2年間で学ぶ一般教育科目は、高校を出たての無知で生意気な
若造の知的好奇心を満たすのに十分であった。そればかりでなく、学問の片鱗に触れ
て感動することすらあった。多くの考え方を学んだ。なんとしてでも出席したい講義
もあった。そして大いにしごかれもした。
日本の近代文学を手ほどきしてくれた「国語購読」、明治維新史をヴィヴィッドに
語ってくれた「国史」、マルクス経済学を講じた「経済学」(先生につられて「資本
論」を買ってしまい、それは未だに積ん読状態にある)、憲法のすばらしさを語って
くれた「日本国憲法」など、まさに珠玉の講義であった。「統計学」の教科書は今で
もときどき見ることがある。ご担当の山元周行先生の試験問題に解答できないときは、
「明治45年度恵迪寮歌 都ぞ弥生」の1番から5番までを漢字で書けば単位を下さ
1)
履修の要件を満たす限り、必修科目と選択科目の別は、受講者が決めることがで
きた。いずれも一般教育の単位として認定されたが、選択科目の成績は進学学部学科
決定の評価対象にはならなかった。
2)
一般教育という語は、人文・社会・自然の三系列についてのみいうことがしばし
ばであるが、本稿では語学、保健体育等を加えたものを指すことにする。なお、本学
における一般教育の教員組織は「一般教育等」という名称である。
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る、という噂があったが、真偽のほどは確かめていない。残念ながら「社会思想史」、
「哲学」などの印象は薄い。「自然科学概論」は嫌悪していた。恐らくこれらの講義
を受けるには、まだ自分が未熟であったからであろう。
「ドイツ語」は2年間週2回ずつあった。文法を半年やって、その後すぐにヘルマ
ン・ヘッセでは参ったけれど(ドイツ語のある前日は5時間以上予習のための時間が
必要だった)、今でも辞書を引いて化学の論文くらいは何とか読める。簡単な文法書
を一冊読破したあと、いきなり論文を読み始めるという旧態依然たる語学学習方法で
はあるが、この経験は、フランス語やロシア語を独学するときに役立った。「英語」
も2年間週2回あった。ハーディーなどの洒落た短編に絡めてイギリスを語った講義
が面白かった記憶がある。文学作品をただ単調に訳読するだけの大学の語学教育に対
する批判は、今ここでは述べないことにする。
体育には難関が二つあった。一つは「25m泳ぐこと」、もう一つは「スキーでシ
ュテムクリスチャニア」または「スケートでエイトクロスができること」であった。
「25m泳ぐこと」は道内出身の学生にとっての難関であった。当時、北海道の小中
高等学校でプールのあるところは少なく、泳げない者が多数いたらしい。一方、「シ
ュテムクリスチャニアまたはエイトクロス」は温暖地の出身者にはかなりの難関であ
った。そういう地方では、スキーは贅沢なスポーツであり、経験者は少なかったし、
人工のスケートリンクは大都市にしかなかった。
(旧)恵迪寮北の池に氷が張ったら、早速生協でスピードスケートを買ってきて練
習した。スケートには多少経験があったので、エイトクロスはしばらく練習したらで
きるようになった。このスケートは35年を経た今でも、まだたまに使うことがある。
後年、なまくらエッジで札幌・真駒内のオリンピックコースに飛び出したら、硬い氷
で歯が立たなかった。
調子に乗ってシュテムクリスチャニアにも挑戦しようとおもった。雪の世界にあこ
がれて北大に入ったようなものだ。もともと雪野をスキーで跋扈するのが夢であった。
雪が降る前にスキー用具一式を揃えた。当時は革製紐締めのスキー靴が主流で、板の
長さは「腕を上げて手の先が届く程度の長さ」といわれていたので、195cm のものを
用意した。1年生の11月のある日、ワンダーフォーゲル部の友人に誘われて手稲山
に出かけた。中腹には大正15年建立のパラダイスヒュッテがあり、我々はそこを宿
泊場所としていた。雪は小屋の近くから山頂まで付いており、初日は小屋近くのスロ
ープで練習をした。板を履いて雪の上にすんなりと立つことさえ困難であった。当時
の用具3)では、初めて板を履いた者は皆、そんな様子だった。物事を知らないと言う
ことは怖いもので、翌日は誘われるままに山頂に向かった。まだ斜滑降とキックター
ンを覚えただけの初心者が、である。そこは昨日覚えた技術でこなせる場所ではなか
った。適当に遊ぶと、皆さっさと先に小屋まで下山してしまい、取り残された私は悪
戦苦闘して、這々の体で日没後ようやく小屋にたどり着いた。数年後、そこが札幌オ
リンピックの女子大回転コースになったと知った。この出来事以来、私にとって「ス
3)
今のプラスチック製スキーブーツとは異なり、当時は足首の浅い革靴であったの
で、自分で板の上でバランスを保たなければならなかった。その感覚の習得に時間が
かかった。山を歩く、シール登高をする場合には登山靴が好ましい(現在の筆者の靴
はワイヤー式ジルブレッタにも合うように作らせた革製セミダブル登山靴)が、滑降
時のプラスキーブーツの感触を好む者は、プラ山スキー兼用靴を使うことが多い。革
製登山靴はごく少数派になってしまった。
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キーは怖いもの」になってしまい、大学を卒業するまで緩斜面でのろのろと滑るだけ
になってしまった。よって「シュテムクリスチャニアへの挑戦」は失敗した。
津軽の蒼海を越えて5度目の冬を迎えたあるとき、それまでのヒッコリーの板をグ
ラスの板に替えて 165cm と短くし、金具は秀岳荘のカンダハー4)を取り付けた。ス
キーで野山を歩きたかったからである。そうしたら、ターンの良い感触をつかんだ。
シールを張って小スロープを登っては下りる練習をしたところ、ほどなくシュテムク
リスチャニアもパラレルクリスチャニアもできるようになった。後年いつからか「ふ
かふかの深い新雪」以外は滑りたいと思わなくなり、そこからうまくはなっていない
が、昭和の終わり頃には、パーティーに迷惑をかけない程度の滑りにはなっていたよ
うである。昭和61年度文部省登山研修所山岳スキー講習会の訓練山行が思い出深い。
板を初めて履いたあのとき、指導者に恵まれていたならば、もう少しうまくなってい
たかも知れないなどと図々しく思ったりもする。
石狩・胆振国境稜線の無意根山からテラス・シャンツェへと雪に舞うとき、ニセコ
アンププリの北壁に大弧を描くとき、そしてワンデルングの途中、雪山のあまりもの
美しさに感動して佇むとき、もうこれは至福のひととき以外の何ものでもない。そし
て今思えば、その原点は雪野跋扈の夢と、体育の授業で課せられた「シュテムクリス
チャニア」であった。
理数系の一般教育科目についても書いておかなくてはならない。これらの講義の進
み方は高等学校の比ではなかった。一生懸命勉強しないと講義について行くことは不
可能であった。大学の講義単位は、教室で1時間勉強したら2時間自習することが前
提で成り立っているが、そんな程度では間に合わなかった。数学は12単位(線形代
数、空間図形、微分積分学など)、物理を8単位(物理学全般にわたる内容で高校物
理学を微積分で高度に捉え直したような内容、それと実験)、化学を8単位(一般化
学、有機化学と無機定性分析実験)を履修した。微分積分学(4単位)の講義は「εδ論法の教科書を朗読してお仕舞い」というひどいもの(今となっては良い反面教師)
だったが、それに続く4単位は学ぶところの多い迫力ある講義だった。担当の井上先
生は「一回講義をするとぐったりと疲れてしまい、その後は何もできない」と仰って
いたが、今教職にある自分もそう感じることがある。
一般化学(化学Ⅰ4単位)は面白くなかった。しかし、かくかくしかじかの事柄が
あると提示されるだけでも十分であった。大学には図書館がある。あとは自分で学べ
ば良い。とは言え、何故そう面白くないのか? 長年それを担当してきて思うところ
がある。一般化学とは、化学のとてつもなく広い領域から、無機化学、分析化学、有
機化学、生物化学などの個別化学の詳細を取り除き、しかしながらその最も基礎とな
る部分は含み、化学の根本となる物理化学の基礎と合体させたようなものである。主
として量子化学、化学熱力学、反応速度論の基礎から成り立っている。この広範囲の
内容を4単位の限られた時間で講じようとすると、その各々の内容はなぜそうなるか
という論理の積み上げを欠き、解説が不足し、網羅主義に陥る。したがって価格とペ
ージ数に制約のある教科書は、読者の勉学に耐えうる内容をもつものが稀であり、読
んでも面白くないし、第一理解困難である。勉強の糸口がつかめない。その糸口をつ
4)
秀岳荘(札幌市北区北12条西3丁目 電話 011-726-1235)で今でも入手可能。
確実なセイフティ機能がなく、踵が上がる角度は靴底の反りの程度に依存する。今で
はジルブレッタやエメリーなどの金具が使用される。しかし、ジルブレッタ以外の金
具は革靴に使用できないことが多い(靴の作りによる)。
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かもうと書架の前に立ち、教科書に書かれている一つの記述を理解しようとすれば、
莫大な学問的バックグラウンドが必要であることに気づき、向学心に燃え上がるか、
暗澹たる失望感に打ちひしがれる。これを一つ一つ自力で突破した者は幸せである。
これはこれでよい。
しかし、大学程度の数学と物理学を前提にしないと一般化学の内容を理解できない
という状況は、それが低学年に配当されている現実から考えると適当ではない。嘘を
つかないで、たとえ定性的であっても論理的にその内容を伝えようとする努力を、
我々担当者はなさねばならない。これは実に難しく未だに苦労しているところである。
そのような趣旨の教科書に「CBA 化学 / Chemical Bond Approach Project [編] ; 玉虫文
一監訳 岩波書店, 1966.」があるが、もはや入手できない。ところで我が短大の「化
学」は2単位である。これについては別の機会に論ずる。
理数系の一般教育科目の上には専門教育科目が積み上げられ、現在の自分の主要な
部分を形成しているし、その他の一般教育科目は、それを学んで有意義であっただけ
ではなく、その後の人生で自分の目をそちらに向けさせるきっかけになったという意
味でも極めて貴重な存在であると感じている。そしてそれは色んな面で自分の専攻と
も繋がっている。いずれが欠けても今の自分はないというのが、「一般教育は役に立
ったか?」の答えである。
「一般教育は役に立つか?」という問に近視眼的に答えてはならない。例えば、
「一
般教育は看護婦(士)国家試験受験に役つか?」ということになると、一般教育科目
としてとして履修される基礎専門教育科目に相当する部分は幾らか役に立っている
であろうが、一般的な答えとしては「役に立たない」である。この試験に直接役に立
つのは専門教育科目であって、一般教育科目ではない。それは専門教育科目の範疇に
はなく、相補的ではあっても専門教育科目に奉仕する科目ではない。基礎専門教育科
目の色彩を帯びている科目(例えば化学や生物学)も、別の立場、例えば理学として
語られる点に意味があると思う。そして、一般教育科目の効き目は直接的ではない。
じわじわと効いてくる。後日、何かのきっかけで効き目が爆発することもある。それ
を体験した者は幸せであると、農学校末裔の学舎で過ごした私は思うのである。
2.設置基準の大綱化と一般教育
1991 年の大学(短期大学)設置基準の改正(いわゆる大綱化)によって、一般教育
科目と専門教育科目との区別が廃止され、大学は自主的に科目編成を行うことになっ
た。設置基準の新旧対照は以下の通りである。
大学設置基準
(旧)第十九条
大学で開設すべき授業科目は、その内容により、一般教育科目、外国語科目、保健体
育科目及び専門教育科目にわける。(以下略)
(新)第十九条
大学は、当該大学、学部及び学科又は課程等の教育上の目的を達成するために必要な
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授業科目を開設し、体系的に教育課程を編成するものとする。
2 教育課程の編成に当たっては、大学は、学部等の専攻に係る専門の学芸を教授す
るとともに、幅広く深い教養及び総合的な判断力を培い、豊かな人間性を涵養するよ
う適切に配慮しなければならない。
短期大学設置基準
(昭和50年)第4条
授業科目は、その内容により一般教育科目、外国語科目、保健体育科目及び専門教育
科目に分けて開設するものとする。
(新)第5条
短期大学は、当該短期大学及び学科の教育上の目的を達成するために必要な授業科
目を開設し、体系的に教育課程を編成するものとする。
2 教育課程の編成に当たっては、短期大学は、学科に係る専門の学芸を教授し、職
業又は実際生活に必要な能力を育成するとともに、幅広く深い教養及び総合的な判断
力を培い、豊かな人間性を涵養するよう適切に配慮しなければならない。
大綱化によって一般教育科目という分類は廃止されたが、2項において「幅広く深
い教養及び総合的な判断力を培い、豊かな人間性を涵養するよう適切に配慮しなけれ
ばならない」と記されるに至った。(資格試験に合格するというような)即効的有効
性が目に見えて現れない学科目の廃止に一定の歯止めをかけたという点で評価され
る記述である。そしてその修得すべき単位数が各大学の裁量に任されたということは、
まさにこの部分で大学の見識が問われる結果となった。この点は「資格取得のための
専門学校化しつつある短期大学」において、極めて重要な意味を持つ。
新基準は教養部廃止を決して指示してはいないが、多くの大学で制度変更が進めら
れ、一般教育の体制は大きなゆさぶりを受けた。大綱化に伴う一般教育の制度変更は
おおむね以下の3種類に分類できるであろう。
(1)一般教育部門を解体し、それに属していた教員を学部学科に分属させた
(2)一般教育部門を解体し、既存の学部の改組を含めて新しい学部を組織した
(3)一般教育に責任を持つ従来からの組織が事実上維持された
である。このうち、(1)では、全学の教員が分担する「全学出動体制」で一般教育
が行われる。その実施のための組織ないし責任体制として,多くの大学は全学的な運
営委員会やその傘下の専門委員会を組織して一般教育の実施に当たる形態を採用し
ている。北大では「高等教育機能開発総合センター」がその任に当たっているようで
ある。お隣の静岡大学教養部の解体は、(1)と(2)の複合型に該当すると思われ
る。教養教育委員会が組織され、従来の一般教育に該当する部分のマネージメントを
行っている。本短大部の場合は(3)に該当する。
広範な学問分野をカバーする多数の学部学科をもつ(あるいは広範な学問分野をカ
バーする一つの複合型の学部を作ろうとする)大学の場合、一般教育担当教員の専攻
に合致する場所がどこかに存在するので、分属や改組が可能である。そして彼はそこ
6
で専門教育を担当するとともに、従来は一般教育を担当していなかった教員をも含め
て、全学部教員一丸となっての一般教育を実施しうると思う。が、小規模校では、教
養学部(学科)に類する組織を設置して一般教育担当教員を配置するならばともかく、
担当科目・専攻が分属先学部学科に合致しない分属を行っても、一般教育教員がもつ
専門性を活用する場は得られない。そしてなおかつ「全学出動体制の一般教育」が成
り立つ可能性が極めて小さい。結局は分属した元一般教育教員が複数の学科の一般教
育を担当することになるであろう。これでは一般教育の問題を主体的に考え、責任を
もってそれを実施しようとする組織を廃止するだけのことである。大綱化=教養部の
廃止 の流れの中で、静岡校開校の際に一般教育等という組織を残した本学は賢明で
あったと信じている。
3.一般教育科目の単位数
さて大綱化によって、履修すべき一般教育科目の単位数とその内容はどのように変
化したのであろうか? 母校と我が短大についてこの点を見てみたい。
3.1 北海道大学の一般教育科目
学部卒業の要件は、「一般教育科目については、人文、社会及び自然の三分野にわ
たり36単位、外国語科目については、一の外国語の科目8単位、保健体育科目につ
いては、講義及び実技4単位、専門教育科目76単位、合計124単位以上」であっ
たが、新基準では下線部の条件が省かれ、科目の設置については各大学の自主性に委
ねられた。
北大の一般教育科目は全学教育科目として再編され、その内容を Web 上で知るこ
とができる。http://www.hokudai.ac.jp/jimuk/kitei/index.html の「第2編第13章 全
学教育科目および国際交流科目」の「北海道大学全学教育科目規程 第3条別表」に
開講科目の区分と授業科目が、各学部(系)毎に修得すべき内容は「第2編 学部及
び全学教育科目等」に記されている。ここでいう授業科目名、例えば「思索と言語」
は一つの講義ではなく、その中には多くの独立した講義「講義題目」が存在する。そ
のすべてとシラバスを http://infomain.academic.hokudai.ac.jp/syllabus/index.html で知
ることができる。例えば、「思索と言語」の「講義題目」は、以下に記す通りである。
「アイヌ文化とアイヌ語」、「ワープロの漢字」、「言語と行為」、「言語学の基礎
I」、「言語学の基礎 II」、「言語学への招待」、「思索と人生」、「心理学入門」、
「西洋古典語(ギリシャ語 A)」、「西洋古典語(ギリシャ語 B)」、「西洋古典語
(ラテン語 A)」、「西洋古典語(ラテン語 B)」、「中国古代における賞罰論」、
「中国古典の世界」、「論理学 A」、「論理学 B」、「思想の古典案内」、「十七
條憲法−国語史的に−」、「『論語』を読む」、「英文と論証」、「言語と民族」、
「文法から言語学へ」、「法華経の思想」、「医心理学」、「原始仏典を読む」、「社
会と倫理」、「宗教を見る眼」、「情報化時代の心理学:効果的な情報伝達のしくみ」、
「人間学の思想」、「中国の詩文」、「倫理学の視座−よく生きるとは」、「ことば
の世界:英語と日本語を題材に」、「ヒンドゥー教の世界」、「言語と民族、日本語
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のしくみを探る」
以上(同一名称で担当教員と内容が異なるものも独立した題目と数えて)42講義題
目の一部はクラスによっては履修できないが(例えば医学進学課程向け講義題目)、
多くのものは全員に履修可能であり、魅力的な講義が並ぶ。昔4単位だった一般教育
科目の名称は「○○学」だった。そこでは「○○学」としての概論が講じられること
がよくあった。白状すれば、実はそれは面白くないこともあった。概論も必要である
と思うが、かつての一般教育科目が再編された、2単位毎に「一つのテーマについて
語る講義題目」は新鮮であり、勉学の興味をそそる。「基礎専門科目の様相を帯びな
い一般教育科目」については、この方式が好ましいことが多々あると筆者も感じてい
るところである。ただし、時折批判されるように、担当教員の極めて専門的な研究内
容を、それを理解する素養を与えずして講義する愚は避けなければならない。
理系学部では、全学教育科目に含まれている教養科目から外国語科目と体育を除い
た部分が、従来の一般教育科目三系列から自然系列に含まれていた基礎専門科目に相
当する科目を除いた部分に概ね相当する。この部分で最低限修得すべき単位数は、私
の学生時代には6科目24単位であった。今は、工学部で社会工学系が18単位と少
ないが、他の系列では22−24単位であり、概ねかつての水準が保たれている。農
学部・水産学部では16単位、理学部では数理系が10単位と少なく、他の系では1
4単位。薬学部では直接の比較が難しいが、12+α。単位数減少の主因は、かつて
4単位であった科目が2単位になったのにもかかわらず、履修すべき科目数をあまり
増加させていないことにあると思われる。シラバスを検索すると、実に多くの魅力的
なメニューが並んでいるのに、これでは残念である。かつてと同程度に「幅広く深い
教養及び総合的な判断力を培い、豊かな人間性を涵養するよう適切に配慮」するなら
ば、(旧一般教育科目だけがそのための科目でないことは当然であるが)工学部並み
の単位を課すべきではないか。単位数の縛りがなければ、学生諸君は学ばない傾向が
あることも確かであるから。
別表から読みとった修得すべき全学教育科目単位数が卒業の要件であるかどうか
は確実ではないが、工学部では54−56単位である。私の学生時代と比べて、外国
語科目の取得すべき単位数が16単位から概ね6単位減、体育が2単位減であるので、
昔の卒業要件である一般教育科目単位数64−8=56単位となり、工学部ではかつ
ての水準が維持されているようである。規程に記載されている卒業要件単位数は、薬
学部が49単位、水産学部が48単位であり、別表から読みとった他学部の最低限履
修すべき単位数もこの程度であった。
なお、北大のカリキュラムについては、Web 上で得た情報をまとめたものであって、
思わぬ誤解があり得るし、カリキュラムを読み切れていない可能性があることを記し
ておかねばならない。
3.2 静岡女子短期大学、静岡県立大学短期大学部の一般教育単位数の変遷
短期大学で取得すべき一般教育の単位数の変遷は、大学設置基準のそれとはやや異
なる。卒業の要件は以下のように変化した。
(昭和27年)基準:一般教育科目の三系列から、それぞれ4単位以上合計12単位、
専門科目24単位以上、短期大学の定めるところにしたがって設置した科目から24
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単位以上、体育に関する講義及び実技各1単位以上、合計62単位以上。
三年生短期大学にあっては、一般教育科目が各系列から6単位以上合計18単位、専
門科目36単位以上、短期大学の定めるところにしたがって設置した科目から36単
位以上、体育が3単位、合計93単位。
(昭和50年)基準:一般教育科目の三系列から8単位、保健体育科目は講義及び実
技2単位以上、専門教育科目については28単位以上、合計62単位以上。修業年限
が三年の短期大学にあっては、専門教育科目が50単位以上となり、合計93単位以
上。
(平成10年)基準:62単位以上、修業年限が三年の短期大学では93単位以上。
つまり大学が従来の教養教育を維持しているときに、短期大学では一般教育科目の取
得すべき最低単位数は昭和50年基準で激減した。それにもかかわらず、本学の前身
である静岡女子短期大学は、昭和27年改正基準を上回る一般教育取得単位数を維持
した。昭和50年、文部省文学視察委員の実施視察が行われる際に前もって提出され
た意見書の中で、静岡女子短期大学は「新短期大学設置基準については、『一般教養
をさらに重視する方向に向かうべきである』、高等教育機関としての短期大学のあり
方については、『現行基準にうかがえるような各種学校的レベルダウンは困る』と述
べている5)。浜松に設置された静岡女子短期大学の卒業要件は、一般教育科目の人
文・社会・自然の各系列からそれぞれ2科目4単位以上を履修して、合計16単位(第
一看護学科では18単位)、外国語4単位、体育2単位の合計22単位(第一看護学
科では24単位)であった。なお、文学科英文学専攻では外国語を8単位としていた
時期があった。当時の学生の多くは第二外国語を履修していた。言葉が異なる国の文
化を理解する糸口となることは言うまでもなかろう。
昭和62年に静岡薬科大学、静岡女子大学、静岡女子短期大学が統合され静岡県立
大学が開学した。我が短大は静岡県立大学短期大学部となり、男子の入学も可能にな
った。文化教養学科、食物栄養学科では14+4+2の20単位、第一・第二看護学
科では16+4+2の22単位と定められた。これ以降、看護婦養成課程指定科目の
変更、新学科の設置など、ことある毎に一般教育の単位数(卒業要件)は削減されて
ゆく。平成2年にはすべての学科が20単位になった。平成9年には静岡校が開校し、
一般教育の枠組みが変更されたが、新設された歯科衛生学科、社会福祉学科社会福祉
専攻では16単位(保育士養成課程にあっては14単位)、社会福祉学科介護福祉専
攻では10単位、同時に浜松校食物栄養学科も16単位に変更、一般教育科目で取得
すべき単位数縮小の流れは続いた。そして平成13年3月をもって、浜松校(文化教
養学科・食物栄養学科)は廃校。同4月には、第一看護学科が16単位、第二看護学
科が14単位となった。単位数の変遷を図示すると、図1のようになる。資格養成課
程から一般教育単位数を削減する要請がある度に、我々一般教育等教員は妥協を余儀
なくされるのであるが、もうそろそろこのあたりが限界ではなかろうか。大学教育の
一方の柱は割り箸のようになっている。
5)
三十年誌編集委員会編,“静岡女子短期大学三十年誌”,p. 123 (1982).
9
図 1.静岡女子短期大学・静岡県立大学短期大学部における一般教育等単位数(卒業
要件)の変遷
単位数の変遷
-S61
S62
H2
H9
H13
25
20
単
位
数
15
10
-S61
S62
5
0
食物
Ⅰ看
Ⅱ看
歯科
社会
保育士
年
H13
文教
度
H2
H9
介護
学科・専攻
現在では、教養教育のこのような事態に対する反省があって、例えば「新しい時代
における教養教育の在り方について(中央教育審議会 審議のまとめ)2000/12 答申
等」6)では、「教養教育を重視する方向で,学部教育の見直しを検討することも望ま
れる」と述べられているし、その後の審議会(中央教育審議会教育制度分科会第7回
2001/09/05 議事要旨)7)では教養教育の現状に対し、大学設置基準大綱化の影響とし
て、「大学設置基準の大綱化自体はまちがっていないが、教養教育の理念が正確に理
解されていなかったために今のような事態を招いた」とまで述べられるに至っている。
3.一般教育とは。私の考え。
北海道大学の全学教育科目開講科目を見て、この歳になってもまだ沢山聴いてみた
い科目がある、羨ましい、と感じた。そして、ふと「我が短大の学生ならばどのよう
な講義を聴きたいのだろうか?」と思って、暗澹たる気持ちにさせられた。「勉強は
したくない、話は聞きたくない」という雰囲気が漂っているある教室を思い出したか
らである。しかしこれは筆者の誤解であるかも知れない。「聞きたくない」ではなく、
「聞くことができない」可能性がある。中等教育の空洞化によって、学問を語る言葉
が通じなくなっている、からかもしれないのである。圧力を知らずして滲透圧が語れ
ようか、滲透圧を知らずして生理食塩水の濃度が理解できるか。医療の現場にいてそ
れを知らなくても良いのか。実際には力学で言う「力」を知らない学生が大半である
6)
7)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/12/chuuou/toushin/001237.htm
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chukyo/chukyo1/gijiroku/001/010901a.htm
10
から、圧力を理解できるはずがない。理解のないところに論理思考はない。論理思考
ができなければ、断片的知識を記憶するしかない。その断片的知識の集合が「教育」
を形成しているならば、その「教育」を受けた者は、知識の断片に無い事態には対応
できず、指示を待つしかない。いかに専門的であっても、指示されたことしかできな
い人間を作るのは大学の役目ではない。大学の役目は、自ら思考し行動しうる人間を
育成するところにあるはずだ。
一般教育とは「大学卒業後、自由な民主的社会を担う有能な成員になるように、人
間として、市民、国民として必要な一般的、基礎的または総合的な知識・技能・能力・
態度を習得させる教育」であるといわれている。つまり専門教育を受けた「職業人や
専門家」であると同時に、大学卒業程度の常識を備えた「市民」であれ、と言ってい
るのである。大学卒業程度の常識をもつべきだということは、ただ知識があれば良い
ということではない。今や知るべき知識の量は膨大で、せいぜい4ないし6年、短期
大学ではさらに短い期間において、そのすべてを習得することは到底不可能である。
ならば我々のやるべきことは何か? このような場合はこう対処しなさい、そういう
ときはこう、と丸覚えさせることではない。それではいくら時間があっても足りない
し、覚えていないことには対処できない。大切なことは、なぜそう対処しなくてはな
らないかを考え、理解し、実践して自分の内なる「知と技の樹」を成長させることで
ある。新しい未知の問題に遭遇したとき、『自己の内なる「知と技の樹」』に照らし
合わせ、問題が解決できればそれで良し、問題解決に不足の部分があれば、それを主
体的に補い「知と技の樹」をさらにたわわにし、もって解決を図る。いつまでも成長
し続けなくてはならない「その樹」の骨格づくりに寄与するのが大学の役目ではない
か。それには論理思考とそれに基づく実践が大切であると思う。一般教育と専門教育
は大学教育の二本の柱ではあるが、一体となってこの樹の成長に寄与しなくてはなら
ない。学問や技術の習得に打ち込んだということは、しっかりとした幹作りをしたと
いうことではないか。このことが、物事を主体的に考え、判断し、実践すべきである
近代市民社会の基盤であると信ずる。そして「知と技の樹」の中身が一つの専攻だけ
であるならば、それ以外の部分に暗いアンバランスな人間であるだけではなく、自分
の専門部分の発展も阻害する。なぜなら、新しい問題は他分野との境界領域・複合領
域において生じることが多々あるし、まさに自分の専攻の中心に生じたように見える
問題でも、他分野から養分を吸収することなくその解決を図ることは困難であること
が多いからである。我々は一般教育を重視するという新制大学の理念が妥当であるこ
とを、ここに見いだすのである。旧制大学が専門教育に徹し切れたのは、教養主義の
旧制高校を有していたからであろう。従来の大学教育のスタート地点に必要とされる
素養をもたない新入生が激増している現在、一般教育に求められる役割は、以前にも
増して大きなものになっていると思われる。
4.資格取得と一般教育
大学の理想の姿をいえば、ありとあらゆる分野の講義・演習・実習科目を設置し、
学生は自己の意志の命ずるままにそれを履修し、自分の目的とする域に達したならば、
卒業してゆくことであろう。大学は単位を認定する必要もないし、成績を評価する必
要もない。大学は誠意をもって、学生の「知と技の樹」作りに寄与すれば良いだけで
ある。しかし現実はそうではない。履修科目の単位取得を義務づけることによって、
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学ばせたい内容を学生に伝えなくてはならない。そのような強制力が働いたとしても、
学ぶ姿は自主的でなくてはならない。本学の前身、静岡女子短期大学の三十年誌は以
下のように語る7)。『昭和26年開学の静岡女子短期大学創設期(鈴木弘学長)にお
いては、「人生の一大事は、精神社会における自己の確立ということである。自己の
確立を目指して刻苦勉励、基礎的な学芸の道にひたすら打ち込むべし、大学はそのた
めの鍛錬の道場である」、「教職や栄養士など、資格を出す教育をすると、大学教育
そのものが粗くなり、果ては、堕落をする」との理念で教育が行われた。高邁な識見
ではあったが、しかし、「一切の資格を峻拒」したために学生が集まらず、昭和32
年以降、中学校二級普通免許状、栄養士の資格を出すようになった。栄養士は昭和3
0年代の女性の花形職業であり、食物系の入学志願者は群を抜いて多かった。』
短期大学はその設立の時点から、教養主体の大学運営の基本路線と実際的職能教育
の狭間にあった。そしてそれは今も続く。本学では54構想8)を練り上げ、その後4
年制化構想を具体化しようと努力した9)。結果的には、その一部は静岡文化芸術大学
や静岡県立大学看護学部として結実したのであるが、短期大学部は、実際的職能教育
を以前よりも重視する形で存続した。
資格取得のための学科目が多数を占める短期大学では、一般教育科目の重視は、学
則にそれを謳ったとしても、その実現は難しい。卒業要件を形成する単位数が縮小さ
れるからである。「開講科目を盛りだくさん」にして「卒業要件を構成する単位数を
僅か」にしておくということも不可能ではない。しかし、私の経験では、これは好ま
しくない。学んで貰いたい範囲と量を示さなくては、学生諸君は学ばない。学び初め
て、初めて学問に対する主体性が生じる。
資格が複数取得可能となると、学生の取得すべき単位数は膨れあがる。90分の講
義を4回聴いたならば、学生諸君は12時間自学自習することになっている。眠って
いる時間もない。二つの目の資格取得には、在学期間の1年延長が必要であろう。看
護婦が保健婦や助産婦の資格を取得するときのように。
短期大学における資格取得が、短期であるがゆえの困難さをもつとき、それは4大
化してゆく。看護婦(士)は今、そのような道を道を歩み始めているように思える(現
在の看護学部では、看護婦(士)+保健婦または助産婦の国家試験受験資格を与える
ので、短大が抱える一般教育科目と専門教育科目の問題は、何ら解決されていないと
思われる)。歯科衛生士も3年制に近づきつつある。社会福祉士は元々、4大卒でな
いと資格取得が困難らしい。実際的職能教育を行う短期大学の役目が終わったとき、
短期大学は終焉に向かうのか、アカデミックな大学として再生するのか、コミュニテ
ィ・カレッジとして存続するのか、いずれにせよ「一般教育は不滅である」などど大
風呂敷を広げて、この稿を閉じることにする。
7)
三十年誌編集委員会編,“静岡女子短期大学三十年誌”,p. 11 (1982).
三十年誌編集委員会編,“静岡女子短期大学三十年誌「54構想の成立」”,p. 142
(1982)
9)
中日新聞、1993 年 12 月 31 日朝刊 第 12 版 1 面.
8)