企業課税改革 ―資本の国際化にどう対応するか―

企業課税改革
―資本の国際化にどう対応するか―
田近栄治
[email protected]
一橋大学国際・公共政策大学院
2009 年 11 月
1.
はじめに
海外直接投資をめぐる税制のあり方が大きな問題となってきている。「ブラザーが 22 億
円申告漏れ、香港子会社の所得めぐり」
(読売新聞、2006 年 5 月 23 日)という見出しの記
事では、ブラザー工業の中国・香港の子会社の法人所得がタックス・ヘイブン(租税回避
地)対策税制の対象と認定され、名古屋国税局から 2004 年 3 月期までの 2 年間で、約 22
億円の申告漏れを指摘したと報道されている。また、「リンナイ、4 億円の申告漏れ…名古
屋国税局が指摘」
(読売新聞、2006 年 5 月 30 日)では、ガス機器大手のリンナイが、アジ
アの子会社への輸出の際にかけるブランド料を安く設定していると指摘され、移転価格税
制にしたがって、1 億 3000 万円の追徴課税を求められたことが報道されている。
そして、少なからぬ人々を驚かせたのは、「移転価格税制、内外当局、税収奪い合い。国
税庁、好調な海外事業に的」(日経新聞、2006 年 7 月 1 日)という記事である。この記事
によれば、わが国の国税庁は、武田薬品工業、ソニー、三菱商事、三井物産などに、移転
価格税制による申告漏れを指摘し、武田薬品工業の 570 億円をはじめとして多額の追徴課
税を求めている。記事では、「企業の国際化展開が進み海外で稼ぐ構図が鮮明になる中で、
米国などの税務当局と税収の争奪戦の色彩を帯びており、板挟みの企業は二重課税を受け
るリスクに直面する」と報じている。
このように、国際課税の専門家の間の用語であった移転価格税制、タックス・ヘイブン
税制や、また以上の記事では書かれていなかったが、外国税額控除制度などが日常の報道
でも頻繁に登場するようになった。そうしたなかで、当事者の企業にとって、海外進出に
ともなう課税問題がますます重要になってきている。
本論文では、国際課税の法整備やその執行のための技術的問題を踏まえつつ、経済活性
化の視点から投資国にとってあるべき国際課税や企業課税について考える。具体的には、
以下第2節では、「簡素化、公平化と成長」の観点から最近税制改革の検討を行った「アメ
リカの大統領諮問委員会」
(The President’s Advisory Panel on Federal Tax Reform)の報
告書(以下、大統領諮問委員会報告)などを参考にしつつ、アメリカの企業課税の現状と
問題点、および改革に向けてのアイデアについて検討する。第 3 節は、今後国際課税の改
革の焦点の一つになると思われる全世界所得課税(Worldwide system)方式から源泉地課
税(Territorial System)方式への移行について、その必要性や現実可能性などについて述
1/14
べる。第 4 節は、結論に代えて、以上の改革案からわが国の今後の企業課税改革の道筋を
論じる。
2.
2.1
アメリカにおける企業課税の実態と改革試案
課税の実態
大統領諮問委員会報告では、簡素・中立・成長(経済活性化)の 3 つの視点から、アメ
リカの企業課税の現状を指摘し、その改革案を提示している。簡素化の面でとくに指摘さ
れているのは、複雑かつ時代遅れの設備をもとに決められている減価償却制度であり、表 1
に示されているように、資産間で実効税率に大きな格差が生じている。とくに、情報化社
会において、コンピューターなどのIT関連機材の耐用年数がそれらの経済的価値の陳腐
化を反映しないものとなっていることから、その実効税率は、他の資産と比べて非常に高
くなっている。それに対して、石油・天然資源や鉱物掘削関係の建物の実効税率は低く抑
えられている。
表 1 法人企業の保有する資産の限界実効税率
資産タイプ
限界実効税率(%)
コンピューターおよび周辺装置
36.9
在庫品
34.4
製造用建物
32.2
土地
31.0
商業用建物
30.4
・
・
飛行機
14.5
鉄道機材
11.4
鉱業用建物
9.5
石油・天然ガス関連建物
9.2
(出所)『大統領諮問委員会報告』、2006 年、97 ページ、から資産の一部を抜粋して掲載。
報告書では、中立性や経済活性化の視点から、税制による企業のさまざまな選択への歪
みが生じていることを指摘している。そのなかでも、いわゆる”Check the Box ルール”によ
る、事業体の選択によるフロースルー事業体の乱立が指摘されている。これは、パートナ
ーシップなどの出資者からなる組合組織だけでなく、法人であっても、税制上、法人所得
税を払わず、出資者への課税(フロースルー)を選択することを可能とした仕組みであり、
フロースルー事業体であるLLC(Limited Liability Companies)や S-法人(中小企業でフ
ロースルー課税を選択した事業者)などが急増している。事業形態別に見た所得で見ても、
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”Check the Box ルール”の解禁された 1997 年ごろからフロースルー事業体の所得が増加す
る一方、法人として所得税を払っている事業体の所得が減少し、1998 年ごろには、フロー
スルー事業体の所得が法人所得税を払っている事業体の所得を超えている。こうしたフロ
ースルー事業体の規制のはるかに厳しい日本では、考えられないような状況となっている。
税制が企業の意思決定におよぼす効果として、アメリカで指摘され続けているのは、支
払い利子が課税所得計算上控除されるのに対して、支払い配当が控除されていないという
ことである。その結果、配当には二重課税が発生し、企業はその負担をできるだけ少なく
するために、投資資金調達を借金で行うとする。同様に、株式のキャピタルゲイン課税も、
法人所得に税がかかったあとにさらに売却益に税がかかることから、二重課税となってい
る。大統領諮問委員会報告では、二重課税の結果、企業の投資資金調達がどの程度、借入
依存に偏っているかなどの実態分析の結果を示していないが、アメリカ財務省報告(United
Sates Department of Treasury ,1992)などですでに分析がなされている。その結果によれば、ア
メリカ企業は、投資資金を借入に大きく依存しているだけではなく、借入によって株式消
却を行い、自己資本比率を高めている(田近・油井、2000)。
直接投資などによって国際化した企業の意思決定に及ぼしている税制の効果として、見
逃してはならないのは、海外関連会社からの資金送金である。第 3 節で制度の仕組みに戻
って検討を行うが、ここでは、アメリカ企業が海外であげた所得の送金を先送りしている
結果、海外源泉所得への課税が不徹底になり、法人税収にも大きな影響が生じていること
を指摘しておきたい。
このようにアメリカでは、税制は、事業形態の選択、資金調達や海外からの利益送金な
どに影響を及ぼし、法人税制の根本に関わる改革が必要となっている。税負担の面からみ
ても、2006 年において、アメリカの法人税率は、連邦税 35%、地方法人税率平均 4.5%で、
合計 39.5%であるであり、ドイツ(38.6%)、イギリス(30%)、フランス(33.3%)などより高
い(Sullivan Martin, 2006a)。先進諸国で法人税率がアメリカ並みとなっているは、日本
(39.54%;国税、30%、法人事業税所得割 7.2%、法人住民税税割 17.3%)だけとなってい
る。
それにもかかわらず、また、表2に示されているように、アメリカでは法人税収は、国
内総生産額や連邦税収に占める割合で見て、減少ないし低迷している。高い税率は、税収
の増加に寄与しているわけではなく、むしろ上に述べたように、高い法人税を回避する行
動を誘発して、税収の低迷を招いていると思われる。
表 2 アメリカの連邦法人税収-国内総生産額と連邦税収にしめる割合-
財政年度
国内総生産額比率(%)
連邦税収(%)
1980
2.4
12.5
1985
1.5
8.4
3/14
1990
1.6
9.1
1995
2.1
11.6
2000
2.1
10.2
2001
1.5
7.6
2002
1.4
8.0
2003
1.2
7.4
2004
1.6
10.1
(出所)United States Congress, Joint Economic Committee, 2005(May), Table1 から作成。
2.2
改革試案
大統領諮問委員会報告は、二つの税制改革案を提示している。ひとつは、「所得税の簡素
化案 (Simplified Income Tax Plan)」で、所得を課税ベースとする原則は変えずに、個人・
法人両面で所得税の改革を試みるものであり、第 2 案は、課税ベースを所得から国内消費
(付加価値)に変えることを目指した「成長と投資案(The Growth and Investment Plan)」
である。後者は、Hall and Rabushka(1995)らのフラットタックスを改革のゴールとしつつ、
個人サイドでは、現実の税収制約のもとに、利子、配当、キャピタルゲインなどの資本所
得に定率課税を行い、企業サイドでは課税ベースを所得からキャッシュフローに代替する
ものである。
このように 2 案示されているが、企業課税の観点からすると、第 2 案は、支払利子の控
除を認めていないこと、国境税調整では、国内消費課税原則によって輸出所得免税を提唱
していることなどから、
(少なくとも当面)実現性が低い。ここでは、第 1 案に示された所
得課税ベースとした改革について述べる。
まず、簡素化の要請からは、減価償却制度の思い切った見直しが示されている。これは、
表 3 に示されているように資産を 4 つに分類し、分類別に計上された資産額を一定の割合
で償却するというものである。ほとんど機械類は、分類Ⅰに入り、30%の減価償却率が適
用される。この仕組みならば、資産別の細々した管理は不要となり、分類された資産の償
却後価値を管理すればいいだけとなり、相当の簡素化が図られると思われる。
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表3
簡素された減価償却制度
分類Ⅰ
適用資産
償 却 率
分類Ⅱ
分類Ⅲ
分類Ⅳ
農業、鉱業、製造業、
エネルギー生産
居住用建
非居住用住建
運輸、商業およびサー
設備、電力などで
物
物およびその
ビスセクターで使用
用いられる耐久
他耐用年数の
される資産
施設、および土地
長期にわたる
改善投資
資産
30%
7.5%
4%
3%
(年)
(出所)『大統領諮問委員会報告』、2006 年、132 ページ。
税制による企業の意思決定への歪みの是正を目指して、法人段階における思いきった二
重課税調整が提案されている。すなわち、国内源泉の所得からの配当への課税は、法人段
階で行い、個人では非課税とする。その結果、企業が課税上、法人を選択しようと、ある
いはその他フロースルー事業体を選択しようと、すべての企業は法人税の納入義務を負う
ことになる。ただし、国内で得た所得を配当する場合は、個人の税負担は免除する。また、
キャピタルゲインに関しては、その 75%を控除した額を課税対象とする。
一方、支払利子に関しては、これまでどおり課税所得から控除して、個人段階で課税す
る。このようにして、大統領諮問委員会の提案により、法人所得の二重課税は是正される
ことになるが、貯蓄促進の観点から、利子所得にはさまざまな特別措置が適用されること
を考えれば、依然として、資本調達において借入れが優位であることは変わらない。この
点は、「所得税の簡素化案」の積み残した課題となっている。
法人税率については、35%から 31.5%への 10%カットを提案している。そのために、徹
底した課税ベースの拡大を図ろうとしている。具体的には、40 以上の優遇措置を廃止する
とし、そのなかには、研究開発費や建物改修に関わる税額控除、地方法人所得税(連邦税
からの)控除の撤廃などが含まれている。こうした思い切った改革によって課税ベースを
広げて、現行法人税率の 10%の引き下げを目指している。
3. 全世界所得課税から源泉地課税に
3.1
課税方式の原則と現実
はじめに述べたように、経済活性化と法人課税のかかわりを考えるとき、国際化した経
済の視点が重要となっている。この点、わが国とアメリカは、企業の全世界所得に課税し、
海外で課せられた税額は、一定のルールに従って国内でかける税額から控除する仕組みと
している(外国税額控除)。それに対して、イギリスを除くヨーロッパ諸国やカナダでは、
海外の所得に関しては、源泉地課税方式をとっており、海外であげた所得を国内源泉所得
と合算して課税せず、海外所得への課税は海外で完結させている。
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全世界所得課税では、海外で払った税額が投資国での全世界所得課税額から完全に控除
される限り、投資が世界のどこで行われようが、投資収益には投資国の税率が適用される
ことになるので、投資収益率は世界どこでも同一となる。これより、資本輸出中立的であ
ると呼ばれている。それに対して、源泉地課税方式では、どの国から投資が行われても、
投資受入国の税率だけが適用されることになるので、投資企業間の競争を通じて、投資受
入国において資本収益率が等しくなる。このことから、資本輸入中立的であると呼ばれて
いる。
以上の関係を投資誘因の観点から言い換えれば次のようである。日本のような投資国(資
本輸出国)に本社のある企業が、子会社を通じて海外投資を行うとしているとする。今、
投資国の税率が、投資受入国の税率よりも高いとして、投資受入国はその税率を下げて、
海外投資を誘致したいと考えている。この時、投資国が全世界所得課税方式をとっていれ
ば、投資国で適用される外国税額控除額が減り、投資国の本社の税負担は変わらないので、
投資促進とはならない。それに対して、源泉地課税では、税制以外の投資環境が等しい限
り、投資受入国の税率が下がれば、投資企業の税引き後収益が増加するので、海外からの
投資を受け入れる上で有利となる。
このように海外投資で得られた所得への課税には、全世界所得課税と源泉地課税の二つの
課税方式があり、それぞれ資本輸出と輸入の中立性を持つ方式としてとらえられてきた。
しかし、これは二つの方式の原則を記したものであり、現実とは大きく乖離している。全
世界所得課税方式の場合には、海外の事業所得から本国への配当を行わない限り、本国で
の課税を繰り延べることができる。これにより実質的に、源泉地課税方式を作り出すこと
ができる。また、外国税額控除には、通常上限が課されていて、投資国の税率の範囲まで
控除が認められている。すなわち、投資先の国の法人税率が投資国の税率より高い場合は、
投資国の税率までしか税額控除が認められていない。しかし、多くの場合、海外の低税率
国と高税率国の所得をプールすることなどによって(Sholes, Myron, Mark A. Wolfson et
al, 2002)、税額控除の適用上限を超えた控除を実現することができる。
さらに、このような租税回避策に加えて、本国の親会社で借入によって調達した資金で海
外投資を行い、その利払いが親会社の利益から損金算入される場合には、投資国は税収確
保どころか、海外投資に補助金をつけることになる。現実にはこの上さらに、価格操作な
どによって海外の低税率国に所得が移転される可能性もあり、投資国における税収確保が
きわめて重要な問題となっている。
一方、源泉地課税方式では、海外源泉の所得へは合算課税しないことになっているが、
海外事業に関わるロイヤルティや金融投資からの所得に一定程度課税を行うなどして、自
国企業の海外事業からの税収確保が図られている。
このように国際課税では、課税の原則と現実は大きく乖離している。とくに、全世界所
得課税方式では、海外所得の本国への送金が滞り、税収のみならず、企業の借入依存が増
大するなど、資金調達のあり方にも問題が生じている。表 4 は、JPMorgan のアナリスト
6/14
の推計したアメリカの主要企業の海外留保所得額であるが、2003 年において Pfizer 社や
ExxonMobil 社が送金せず、海外に留保している所得は、それぞれ、380 億ドルおよび 220
億ドルとなっている。調査対象の 237 社合計では、5100 億ドルに達しており、アメリカで
は、全世界所得課税方式による税の繰延べが、資金調達や税収の面で大きな問題となって
いるがうかがえる。
表 4 海外留保所得額(2003 年財政年度末)
企業
留保所得額(100 万ドル)
1
Pfizer
38,000
2
ExxonMobil
22,000
3
General Electric
21,000
4
IBM
18,120
5
Merck
18,000
6
Hewlett-Packard
14,400
7
Procter & Gamble
14,021
8
Du Point
13,464
9
Bristol-Myers Squibb
12,600
10
General Motors
11,600
11
Shering-Plough
11,100
12
Chevron Texaco
10,541
13
Eli Lilly
9,500
14
PepsiCo
8,800
15
Altria Group
6,600
16
Coca-Cola
8,200
17
Intel
7,000
18
American Intl. Group
6,500
19
Wyeth
6,435
20
Alcoa
6,154
上位 20 社合計
266,035
調査対象 237 社合計
510,000
(出所) Almond, John A. and Martin A. Sullivan(2004)、Table1.
また興味深いことは、各社とも海外留保所得を急速に増やしているということである。
Pfizer 社の 1996 年における海外留保所得額は 39 億ドルであったが、2000 年には 140 億ド
ルとなり、2003 年には表4に示されているように 380 億ドルと大きく増加している。
ExxonMobil 社も同様であり、1996 年、2000 年および 2003 年の海外留保所得額は、それ
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ぞれ 62 億ドル、140 億ドルおよび 220 億ドルである(Almond, John A. and Martin A.
Sullivan,2004)。このようにアメリカでは、急速に膨れ上がった海外留保所得が、企業財務
の健全性および税収確保の両面から重大な問題となっている。
こうした状況を背景として、1 年を限って海外利益送金への特別優遇措置が取られた。す
なわち、”American Job Creation Act of 2004”において、企業の選択する 2004 年か 2005
年いずれかの年に限って、海外から送金された配当への税率を 35%から 5.25%に引き下げ
ることとした。これによって、海外から送金された配当は、2004 年の 500 億ドルから、2005
年には 2440 億ドルと約 5 倍に増大したと言われている。この間、企業の税引き前利益が
16.4%増大していたのに対して、法人税収はそれを大きく上回って、39.5%増加しているこ
とから、課税繰延べをねらって海外に留保されている所得がいかに大きいか推測できる。
このように、国際課税のあり方は、アメリカにおいて海外からの利益送金額だけでなく、
法人税収にも大きな影響を与えており、企業課税を考える上でその国際的側面が重要とな
っている(Mullins, Peter, 2006)。
3.2
アメリカにおける改革の議論
建前としての全世界所得課税と課税繰延べなどによる租税回避という現実との大き
な乖離を前にして、国際課税のあり方にについて、アメリカでは盛んに議論が交わされ
ている。その様子は、国際課税とアメリカの競争力をテーマ(The Impact of International
Tax Reform on U.S. Competitiveness)とした下院の公聴会(United Sates Subcommittee of
Revenue Measures of the United Sates House Committee on Ways and Means, 2006, June 22)
における Glenn R. Hubbard, James R. Hines, Craig R. Barrett, Michael Graetz, Paul W.
Oosterhuis および Stephen E. Shay らのアメリカ経済と国際課税の専門家による証言、同
じテーマに関する Joint Economic Committee(2005,May)の報告書やこの論文ですでに取
上げている大統領諮問委員会報告(2005)などでうかがうことができる。
アメリカで税制が国際競争力に及ぼす影響が問題となるそもそもの理由は、第 2 節で
述べたようにアメリカの法人税が国際的に高いことである。法人税率を引き下げること
ができないまま、全世界所得課税方式をとっているため、企業はさまざまな節税策を講
じることになる。この問題に対する根本的処方箋は、上に言及した公聴会における
Michael Graetz が指摘している通り、法人所得税を代替するために付加価値税を導入し、
法人税率を思い切って引き下げることである。それができないという制約のもとにアメ
リカでは、小出しの改革しかできず、それがまた企業の節税行動を生み出すという悪循
環となっている。
多くの部分で、大統領諮問委員会報告(2005)の基礎となっている Joint Economic
Committee(2005,May)の報告書では、こうした事態を次のように表現している。
「現在の
制度は、その欠陥からパラドックスを引き起こしている。すなわち、一方で、現行制度
は企業に非常に有利に働き、資本輸出の中立性や税収確保の側面で重大な問題を引き起
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こしている。しかしながら、他方、源泉地課税方式と比較して、より複雑であり、納税
者の意思決定にあたってより多くの歪みを引き起こしている(189 ページ)
。」
同報告書は、こうした認識の下に、アメリカにおける国際課税の改革は、制度の複雑
さと、納税者の意思決定に及ぼす歪みをできるだけ小さくすることであるとし、そのた
めには、全世界所得課税方式より源泉地課税方式のほうがベターな選択(妥協)である
としている。ただし、ここで重要なことは、改革にあたってきちんと税を確保すること
が強調されており、源泉地課税方式を採用しても、これまで同様に海外子会社の金融性
所得などへの直接課税(サブ・パートF条項)を徹底することや、移転価格税制の厳格
な適用の必要性を指摘している。
さらに、同報告書は、全世界所得課税方式より源泉地課税方式への移行は、けっして
アメリカから海外への投資を促進するためでないと言明している。その鍵は、アメリカ
の親会社の所得から海外子会社にかかる費用の控除を限定することである。報告書では、
この点について、「海外免税所得に関わる費用の親会社での損金算入を否認することに
よって、海外活動が増えればこの損金不算入部分が増えるので、投資やその他活動を海
外に移すインセンティブに対してブレーキをきかすことができる(195 ページ)」と述
べ、改革のねらいは、これまで海外に留保されてきた所得をアメリカに戻すこと、およ
びそれによって税収を確保することであることを行間ににじませている。
大統領諮問委員会報告は、この考え方により現実性を与えようとするものである。そ
の枠組みは次のようである。
・
アメリカの海外子会社(Controlled Foreign Corporations、以下 CFC)および支店
の本業による事業所得(Business Income; active income)は、アメリカ国内で非課税
とする。
・
CFC および海外支店の受動所得(Mobile Income)は、全世界所得課税方式によって
課税し、外国税額控除を適用する。
・
CFC および海外支店の受動所得とは、サブ・パートF条項の対象となる所得で、
本業の事業所得(アクティブインカム)に対する、パッシブインカムを指す。具
体的には、外国同族会社所得(利子、配当、地代やパッシブ資産から得られたロ
イヤルティ)、そのほか、海運・空運などの事業所得のうち、どの国によっても
課税されていない所得などである。
・
損金算入の扱い。
国内親会社の支払利子と一般管理費(general and administrative expenses)は、親
会社と海外 CFC・支店との間で事業活動規模に応じて按分する。
研究開発によって得られる所得はロイヤルティとして国内課税されるので、研
究開発費は国内親会社と海外源泉の受動所得の間で按分し控除する。
・
移転価格税制の厳正な適用を行う。
9/14
・
海外源泉所得からの国内配当には、総合課税を適用する。
このように、全世界所得課税のもとにこれまで実施してきている移転価格税制やサ
ブ・パートF条項(パッシブインカムの国内所得合算課税)を厳正に適用しつつ、海外
でのアクティブインカムへの国内課税を免除することとしている。ただし、Joint
Economic Committee(2005,May)が釘を刺していた、国内親会社の所得から海外事業に関
わる費用の損金算入には、厳しい枠(disallowances)が課せられている。この点、源泉地
課税方式を選択している他の国でも同様の措置が取られているが、大統領諮問委員会報
告の提案は、それらと比べて厳しい内容となっている(Merill, Peter, Oren Penn et al,
2006)。
源泉地課税となったときに問題となるのは、海外源泉所得から国内で配当を行った場
合の、個人株主への課税である。国内源泉所得に関しては、第 2 節で述べたように、大
統領諮問委員会報告では、二重課税の調整から、個人段階での課税を行わないことを提
案している。問題は、海外源泉所得からの配当も個人段階で非課税所得とするかである。
この点に関して、大統領諮問委員会報告の考え方は、源泉地課税が実施されれば、海
外の事業所得は国内から見てあたかも非課税所得と同じであり、それを原資として国内
で配当がなされる場合には、個人段階でその他所得と総合して課税するというものであ
る。これは一つの割り切りであるが、国内配当のうち海外源泉所得による部分をどのよ
うにして決めるかという技術的問題にとどまらず、海外での法人税率次第では、源泉地
課税に移行した時の方が、全世界所得課税の時より個人段階で配当税率が高くなる可能
性が十分にあり得る。
このようにみてくると、大統領諮問委員会報告の提案する全世界所得課税方式から源
泉地課税方式への転換は、税収をできるだけ失わずに、現在の仕組みのもとで増え続け
る海外留保所得をアメリカに戻すための一つの工夫であると言える。アメリカ国内の高
い法人税の結果、企業は価格操作などによって所得をできるだけ税率の低い国に移転し、
さらにそこでパッシブインカムへの国内合算課税であるサブ・パートF条項の適用を逃
れるために、事業体(法人形態、パススルー事業体や両者の折衷体など)の選択などを
通じてさまざまな租税回避を行ってきている(United Sates Office of Tax Policy, 2000;
Sullivan, Martin, A, 2004a)。その結果の一つが増大する海外留保所得であるが、大統領諮
問委員会報告の提案が、こうした事態をどれだけ是正することができるかは明らかでは
ない。移転価格税制やサブ・パートF条項の適用がいっそう厳格になる上に、海外事業
にともなう費用の国内損金参入が限定されることによって、事態はさらに混迷する可能
性があると思われる。
4. むすびに代えて-日本の選択
以上、アメリカの企業課税の実態と改革に向けての議論を検討した。そこでわかった
10/14
ことは、アメリカの法人税率がその他諸国と比べて高いこと、および法人所得への二重
課税調整が十分に行われていないことである。その結果、従来から指摘されてきた、支
払利子の課税所得からの控除による、資金調達における借入依存に加えて、企業はさま
ざまな租税回避行動をとることになった。なかでも、フロースルー事業体の選択による
法人所得課税の回避や、海外の低税率国への所得移転や所得留保による課税の回避・繰
延べが、税収に大きな影響を与えることになった。
こうした事態のなかで、ここでは、アメリカでなされている企業課税改革の取組みを
大統領諮問委員会報告を中心にみてきた。改革の中心となるのは、次の 2 つであった。
すなわち、二重課税の調整では、事業形態に関わらず、すべての事業体に法人所得税を
課す一方、国内源泉所得からの配当は個人段階で非課税とすること、および株式のキャ
ピタルゲインの課税ベースも大幅に縮小(75%免税)することである。国際課税の面で
は、全世界所得課税方式に代わって、源泉地課税方式を採用することによって、課税繰
延べのために海外に留保されている所得の国内への送金を促進することとした。
しかし、改革が抜本的であればあるだけ、困難も予想される。すでにアメリカ企業の
間には、事業体の選択制(check the box ルール)が定着しており、その課税上の役割を根
底から改めることは相当の混乱を招くと思われる。国際課税では、税収を失わずに全世
界所得課税方式から源泉地課税方式に移行するので、海外子会社の関連費用の国内親会
社の所得からの損金算入に限定を加えざるをえないなど、新たな混乱が生じることが予
想される。
このように国際化した経済のなかで、企業の活力を重視しつつ、かつそこから税収を
あげることはますます困難となってきている。こうしたアメリカの実態と改革の取組み
は、わが国の企業課税とけっして無縁ではなく、世界経済の国際化のなかで同様の問題
をかかえていると言うべきであろう。
事業体選択と課税の面では、すでにどの法人や事業に課税上のフロースルーを認める
かが大きな問題となっている。また、国際課税では、はじめに述べたように移転価格税
制が毎日紙面をにぎわせている。しかし、そうした問題の根本にあるのは、わが国の法
人税率が国際的にみて高いことである。
この点については第 2 節で触れたが、ここでは日米に焦点をあてて考えたい。アメリカ
の法人税率は、連邦税 35%、地方法人税平均税率 4.5%で、国と地方合わせて 39.5%であっ
た。それに対して、日本の法人税率は、39.54%(国税、30%、法人事業税所得割 7.2%、法
人住民税税割 17.3%)でアメリカとほぼ同一であった。しかし、これは、日本において法
人事業税の一部が外形標準化され、その所得割税率が 9.6% から 7.2%に下がった結果であ
る。所得割部分の税率が軽減されても、付加価値や資本割部分の負担が増えているので、
実質的には、日本が先進諸国でもっとも高い負担率となっている。税率で換算すれば、2%
ポイント近く上がるはずである。
こうしたなか、日本でも事業体の選択や海外投資を通じる租税回避行動が誘発されても
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不思議ではない。また、そのために企業と税務当局の両サイドで多くの資源が費やされる。
そうした事態を避けるために、抜本改革に先立って、もっとも急がなくてはならないこと
は、税率を引き下げることである。そのためには、まずは、法人税の課税ベースを広げて、
改正時点では税収を下げない制約を課してでも、税率を引き下げることであると思われる。
どの程度の税率引き下げが可能か、2006 年度の予算をもとにごく簡単な試算を行うと次
の通りである。この年度の法人税収(国税)は、国の予算によれば、13.1 兆円と見積もら
れている。一方、企業関係租税特別措置によるこの年度の減収額は、ほぼ 1.1 兆円と予想さ
れている。この減収額の内訳は、研究開発税制(約 6000 億円)、中小企業投資促進税制(2100
億円)、情報基盤強化税制(1000 億円)などとなっている。減収額には中小企業関連のもの
が含まれるが、ここでは法人税率は 30%とする。
以上をもとに 2006 年度の法人税の課税ベースを考える。特別措置による減収後の法人税
収は 13.1 兆円であり、特別措置による減収額は 1.1 兆円なので、もし特別措置がなかった
なら、税収は 14.1 兆円となっていたはずである。税率を 30%とすれば、課税所得は
47(=14.1/0.3)兆円となる。ここでもし、特定の投資や企業に適用すれる租税特別措置に代わ
って、法人税率を一律に下げることによって、47 兆円の課税所得から、2006 年度に予想さ
れている 13.1 兆円の税収を上げるとすれば、税率は 0.278(=13.1/47)となる。これだけでも、
2.2%ポイントの税率引下げとなるが、租税特別措置の廃止に加えて、アメリカの改革案で
提言されているように研究開発費を含め聖域なく控除の見直しを行い、課税所得を広げれ
ば、さらに大きな税率の引き下げが可能となるだろう。
産業政策という言葉が死語に近くなり、引当金・準備金や特別償却などに代わって、ど
の産業、企業にも一律に税負担を下げることが、現在の日本の法人税のあるべき姿となっ
ているのではないか。アメリカでも、実務家の観点からなぜ企業は、平均税率の引下げを
求めるのかという興味深い議論がなされている(Neubig, Tom, 2006)。そうした視点に立
てば、法人税収を失うことなく、課税所得を広げることで、税率を引下げることが重要で
ある。少なくとも、それにより税制改正時点の法人税収を下げず、企業にはその後の成長
によって、税引き後利益を増大させることができるというインセンティブを与えることが
できる。また、さらに高まってくる事業体選択や海外所得課税に関わる問題などを抜本的
検討し、改革を行う時間の確保に役立つと思われる。
国際化した経済のなかで企業課税のかかえる問題は、これまでになく、複雑で重要とな
ってきている。これは、税の徴収サイドと納税サイドで共通して言える。複雑な税制が、
個人や企業に租税回避のためのさまざまな節税行動を誘発し、それを取り締まるために税
制がさらに複雑となるという悪循環が、生じかねない。こうした問題を見据えて、日本の
企業課税改革の課題をきちんと設定することが重要である。ここではその第一歩として、
課税ベースを広げ、法人税率を引下げることを主張した。
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