研 究 資 料 No.266 大学院経営研究科第5回海外企業研修報告 梅 野 巨 利 2015 年 12 月 兵庫県立大学政策科学研究所 大学院経営研究科第5回海外企業研修報告 梅野巨利1 Ⅰ 5年目を迎える海外企業研修 2010 年4月に経営専門職大学院として本学に経営研究科(以下、MBA または本学 MBA)が開設されてから、ビジネスイノベーションコースでは毎年、学生の海外企業 研修を応用実践科目「コンサルティング・プロジェクト演習」 (旧名称「フィールドス タディ」 )のなかの1プログラムとして実施してきた2。 この海外研修も今年で5年目を迎える3。当初 、本研修は2回生のみを対象にしたも のであったが、2013 年度からは1回生に対しても実施することにしたため、両学年と も年に一度は1~2週間の海外研修を受けている。今年度は1回生が8月中旬にイン ドで、2回生は 12 月上旬にフィリピンでそれぞれ研修を行った。 以下では、初めに1回生インド研修、続いて2回生フィリピン研修をとりあげ、そ れぞれで実施した事前準備、現地研修内容、帰国後フィードバックの順で報告し、最 後に今後の課題について述べる。 1 2 3 本学大学院経営研究科教授。今年度の1回生インド研修ならびに2回生フィリピン研修の学生引率・現地指導を担当。 本研究科は 2010 年4月開設当初は3つのコース(ビジネスイノベーション、地域イノベーション、医療マネジメント) でスタートし、2014 年度4月からは介護マネジメントコースがこれらに新たに増設され、現在は4コースで構成され ている。ビジネスイノベーションコースは学部卒新卒者を主たる対象者として平日を中心に授業を開講している。同 コースの「コンサルティング・プロジェクト演習」では、海外企業研修のほか、国内での産学連携事業にも積極的に 取り組み、実践的な経営学教育を行っている。 海外企業研修報告書は、同研修が始まった 2011 年度以降、毎年、 『研究資料』 (兵庫県立大学政策科学研究所)として 刊行している。これまでの刊行物番号(発行年)のみを以下に記す。No.235(2011 年)、No.249(2012 年)No.256 (2013 年 )、No.261(2014 年)。 1 Ⅱ 1回生インド研修 1.事前準備 (1) 研修チーム構成と研修先 過去4カ年度にわたって実施してきた1回生対象の海外企業研修は、在籍者数を2 チームに分割し、1チーム5~6名で2ヵ国に派遣先を分けて研修を行ってきた。今 年度は1回生在籍者数が4名と少数であったため、4名そのままで1チームとした。 参加人数に余裕があったため、院生4名に加え、引率担当者の学部3回ゼミ学生2名 も研修に参加させることにした。学部学生を参加させるのは、海外企業研修が始まっ て以来、初めてのことである。結局、インドチームは院生4名と学部生2名の合計6 名で構成された。内訳は、日本人4名(男子2名、女子2名) 、中国人留学生2名(男 子1名、女子1名)である。 研修先は 2011 年度から連続4年にわたって研修学生を受入れて下さっている新田 ゼラチン・インディア(Nitta Gelatin India Limited、以下 NGIL)である。同社は 日本に本社を置く国内トップのゼラチンメーカー、新田ゼラチン株式会社のインド子 会社で、1975 年にインド・ケララ州の産業開発公社(Kerala State Industrial Development Corporation、通称 KSIDC)との合弁会社として設立された、インドで 活動する日系企業の中でも歴史ある企業である。ちなみに、インドで活躍している日 系企業としてよく知られる自動車会社のスズキですら 1981 年のインド進出である。 新田ゼラチンのインドにおける活動はスズキよりもさらに古い。新田ゼラチンのイン ド進出の経緯については拙稿を参照のこと4。 NGIL の受入れ担当者は、同社オセイン事業部人事部ヘッド、サブ・アウグスティ ン(Sabu Augustine)である。彼は 2011 年の第1回インド研修以降、今年度の研修ま で連続5年間、われわれの現地研修のアレンジ・世話係りを担当してくれている。わ れわれの滞在中、彼は自分の本来業務である人事業務をこなしながら、学生を企業や 大学へと案内し走り回ってくれている。休日にはわれわれを観光地へと案内し、研修 終了日が近づくと、彼の自宅でのホームパーティに招待までしてくれる。研修受入れ 担当者としての彼の任務以上のホスピタリティには心底感心するとともに、頭の下が る思いを毎年感じている。彼の献身的な受入れ姿勢がなければインド研修は成り立た 4 拙稿「An analysis of the independent growth process of a Japanese subsidiary in India: the case of Nitta Gelatin India Limited (NGIL)」『商大論集』第 64 巻第 3 号、2013 年、pp.117-131. 2 ない。毎年の報告書でも記載していることであるが、今回もまた研修先を提供してく ださり、不慣れな異国の環境のもとで不安を感じている学生に対し、きめ細かな対応 を施してくれる新田ゼラチン株式会社と同インド子会社の NGIL、そして受入れ担当 のサブと彼をはじめとする同社スタッフに、改めて深く謝意を表したい。 (2) 事前学習 海外企業研修実施前の準備段階として行うことが3つある。第一は研修課題の設定、 第二は研修先国に関する事情学習と研修課題についての予習と準備、そして最後が英 語コミュニケーション力のトレーニングである。研修課題については、NGIL のサブ と事前相談の結果、今年度は昨年度から取り組んでいるインド的経営のテーマをより 深め、人事関連のテーマとして「従業員主導の経営」 (Employeeship)を課題に設定 した。具体的には、研修先の NGIL において同社マネジャークラスを対象に職務満足 度調査を実施することにした。研修課題に関する事前学習については、昨年度も使用 したインド的経営に関する文献 India Way5を原書で輪読した。英語コミュニケーショ ン力向上のための事前トレーニングについては、必修科目「グローバル・コミュニケ ーションⅠ」と「Strategy and Organization」 (いずれも英語で授業実施)を研修開 始前までに受講した。 2.現地研修内容 研修初日(8 月 10 日)は NGIL 本社にてウェルカムセレモニーから始まった。初 めにサジブ社長から歓迎の挨拶があった。インドは大きな国(アメリカの 25 分の 1 の面積に約 12 億の人口を抱える)であると同時に、宗教、言語、文化の面で多様性 があること。NGIL が位置するケララ州は製造業が盛んではないものの、海外就労労 働者からの海外送金が同州の経済で大きな部分を占めていること、緑豊かな自然環境 に恵まれたケララ州は観光産業が大きな柱であることなどが紹介された。続いて日本 本社からの出向者で NGIL 技術担当役員から同社の概要説明を受けたのち、NGIL 現 地人幹部社員 2 名(マーケティング担当、品質管理担当)から同社のゼラチン事業と 製品の技術特性等についてのレクチャーを受けた。 研修 2 日目(8 月 11 日)と 3 日目(8 月 12 日)の両日は、コーチン大学経営大学 院における授業受講と学生交流会を行った。授業は国際ビジネスとインドの経済政策 のテーマで同学院教授が担当し、インド企業の人事管理政策について、マルチ・スズ 5 P. Cappelli, H. Singh, J.Singh, and M. Useem (2010) India Way,. Harvard Business Press. 3 キの販売会社の人事部長と経営コンサルタントが実例をもとに講義を行った。学生交 流会は、初日が博士後期課程学生と、二日目がコーチン大学の MBA 学生とそれぞれ 会合がもたれた。初めに本学学生が大学紹介のプレゼンを行い、続いてコーチン大学 院生がキャンパスツアーで学内案内をしてくれた。 研修 4 日目(8 月 13 日)は企業訪問である。インドの大手タイヤ製造会社アポロタ イヤを訪問し、同社の事業概要、とりわけ人事政策に絞って説明を受けた後、製造現 場を見学した。同日午後からはわれわれの受入れ企業 NGIL のオセイン事業部を訪問 した。オセイン工場を見学した後、今回の研修課題である NGIL 社員の職務満足調査 を実施した。オセイン事業部のマネジャー10 名にアンケート回答の記載をお願いした。 研修 5 日目(8 月 14 日)は、SCMS(School of Communication and Management Studies)コーチン校を訪問した。同校は本学 MBA のインド研修の開始初年度から毎 年、学生を受け入れて、本学学生向けに特別授業を提供してくれている私学の経営大 学院である。同学院の創始者で学長でもあるナイアール氏(G.P.C. Nayar)を表見訪 問した後、人事管理関連科目 4 講座(Talent Management、Emotional Intelligence、 Values/attitudes/ job satisfaction、Employee Engagement)を受講した。 研修 6 日~7 日目(8 月 15~16 日)は当地についてから最初の週末であった。ケラ ラ州の代表的な観光ツアーであるバックウォーター・ハウスボートとコーチン市内観 光を楽しんだ。南国トロピカルな景色とゆったり流れる時間を満喫し、1 週間の研修 の疲れを癒すことができた。 研修 8 日目(8 月 17 日)は NGIL のオセイン事業部を再び訪問した。前回訪問時 に行った工場見学を踏まえ、同工場責任者からゼラチンの原料となるオセインの製造 過程にかんする説明を受けた。その後、NGIL オセイン事業部が工場所在地の地元周 辺地域に対して行っている社会貢献活動の 1 つである、農業用灌漑用水の供給事業に ついて説明を受け、地元を流れる川から取水している現場を視察した。現地では地元 地域の代表者が、直接われわれに NGIL が行っているこの用水事業の社会貢献活動の 重要さと地元が受けている便益の大きさについて熱心に説明してくれた。オセイン事 業部の視察後、そこから1時間ほど離れたところにあるコーチンの観光名所であるア デップリ滝に向かった。ケララ州は豊富な水資源とそれを生かした水力発電が有名で あるが、この滝に流れる水量からも、同州の水量の豊かさを実感することができた。 研修 9 日目(8 月 18 日)は、先週末に訪問した経営大学院 SCMS コーチン校を再 び訪問した。 前回に続いて人的資源管理論に関連する4科目を受講した。具体的には、 モチベーション論、組織文化と組織風土、組織成員の逸脱行為、組織市民としての行 4 動論である。これらの授業は、SCMS の4名の教授陣が連続で担当してくれた。授業 終了後、SCMS 学生と本学学生の交流会が開催された。交流会に先立って、引率担当 の 梅 野 が ”Challenges facing International Human Resource Management of Japanese Companies”の論題で SCMS の教員・学生に向けて講演を行った。これは 同じく経営学を学ぶ SCMS の教員・学生に対して日本の国際経営問題に関する最新の 情報を提供することが主目的であるが、同時に、先方大学が無料で2日間も時間を割 いて本学学生のために特別授業を開講してくれていることに対する、当方側からの感 謝の気持ちを表すためのものでもあった。本校側からの講演はここ数年、毎年実施し ている。SCMS は 2 日間で合計8科目を無償提供してくれたばかりでなく、われわれ 学生のために教員食堂で無償のランチを提供してくれた上に、授業受講中にもチャイ (インド風紅茶)とビスケットのサービスを何度も施してくれた。彼らが本学学生に 対して提供してくれた研修協力姿勢とホスピタリティに比べれば、たった1名の講師 による、つたない英語でのわずかばかりの講演でしかなかったが、日本企業が直面す る国際人事管理上の課題について情報提供を行うことで感謝の念を届けたかった。 同講演後、本学学生と SCMS 学生との交流会が開催された。初めに SCMS 学生が 自校の紹介を行い、続いて本学学生が兵庫県立大学と経営研究科、そして神戸市につ いての紹介を英語で行った。その後、SCMS 学生がケララ州の伝統舞踊を披露してく れた。本学学生も一緒にその伝統舞踊に参加し、エネルギッシュなダンスと高まるリ ズムに合わせて、彼らとともに楽しい汗を流した。交流会終了後、SCMS と本学経営 研 究 科 と 間 で 教 員 と 学 生 の 交 流 を 促 進 す る た め の 覚 書 ( Memorandum of Understanding, MOU)の調印を行った。SCMS にとっては日本の大学と、また、本 経営研究科にとってはインドの大学と、こうした国際交流協定を結ぶことはともに初 めてのことであり、今後の両校、両国間の学術交流が活発になされることが期待され る。 研修 10 日目(8 月 19 日)は、スリー・ナラヤナ・グル・インスティテュート・オ ブ・サイエンス・テクノロジー校(通称 SNGIST)を訪問した。同校はこれまでのイ ンド研修で初めて訪れるコーチン近郊に所在する私立大学であり、コーチン大学、 SCMS コーチン校に続いて、われわれにとっては3つ目の大学訪問である。SNGIST に到着するや、学院長をはじめ大学幹部教員が玄関前に勢揃いして、われわれ一団の 訪問を歓迎してくれた。さっそく歓迎式典会場へと案内されると、そこには 100 人ほ どの学生がすでに着席し、われわれの到着を待っていた。式場に入ると彼らは全員起 立して拍手でもってわれわれを迎えてくれ、本学学生一同は、ひな壇の檀上へと案内 5 され着座することになった。30 分ほどの歓迎式典の後、4名の同学院教授陣から人事 管理関係の講義(Emotional Intelligence、Employee Engagement、Performance Appraisal System、Brand Management)を受講した。本学学生が授業受講している 間、引率教員の梅野は、同学院 MBA 学生を対象に、日本企業の国際経営に関する講 義を行い、アカデミックな面での相互交流も行った。 アカデミック・セッションの後は学生交流会が盛大に開催された。本学学生が日本 の歌を2曲披露し、先方学院の学生代表2名がケララ州の伝統民族舞踊を3曲披露し てくれた。同学院学生にとって外国人ゲストは珍しいようで、とくに日本人学生の来 学は初めてとのことである。それだけに学生による歓迎度合はとても熱く、どこに行 っても握手と写真撮影を求められた。本学学生と SNGIST 学生はアドレスを交換し、 打ち解けあい友好的な関係を築いていた。研修最後には修了式が執り行われた。同学 院長自ら、本学学生の一人ひとりに今回の国際交流行事への参加認定証(Diploma) と記念品を手渡してくれた。同学院を去る前には植樹式が行われ、引率教員の筆者の みならず本学学生の全員が、一人一本の植樹を行い、同学院を後にした。最初から最 後まで大歓迎一色の SNGIST での研修に、本学学生は日本では決して経験できない貴 重な時間を過ごすことができた。 研修 11 日目(8 月 20 日)は、NGIL ゼラチン事業部での研修である。初めにオセ イン事業部人事部ヘッドのサブから同社の人事機能について詳細な解説が行われた。 続いてオセイン事業部でも実施した NGIL マネジャーの職務満足調査を同事業部で実 施した。21 名のマネジャーから回答を得ることができ、前回収集した 10 名と合わせ て合計 31 名の回答者数である。質問調査票の回収作業終了後、インドの文化につい て外部講師の授業を受講した。ケララ州の特徴、宗教、言語など幅広い基礎知識の教 授を受けた。ホテル帰着後、学生たちは週末に予定されている NGIL 経営陣を前にし た最終プレゼンに向けて質問票集計作業に取り組んだ。合わせて、最終プレゼンでは 学生個人の研修コメントについても報告が求められているので、そちらの発表準備に も力を入れなければならず、眠れない夜を過ごすことになった。 研修 12 日目(8 月 21 日)は、午前中は最終プレゼン準備に時間を使い、午後から GEOJIT・BNP パリバ(インド企業 GEOJIT とフランス企業 BNP パリバとの合弁会 社)を訪問した。過去のインド研修において金融機関を訪問したことはなく、これが 最初である。同社人事部長から事業概要説明を受けたのち質疑応答を行った。同社訪 問終了後は再び宿舎に戻り、 学生たちは明日に控えた最終プレゼンの準備に集中した。 研修最終日(8 月 22 日)は、早朝から宿舎で最終プレゼンの準備とリハーサルを行 6 った後、NGIL へと向かった。学生たちはサジブ社長をはじめとする同社経営陣を前 に、 今回の職務満足度調査結果と、 各自が今回の研修で得たことやインド滞在の感想、 そして今後のインド研修に対する要望について英語でプレゼンを行った。最後に引率 担当の梅野からも、今回の研修受け入れに対するお礼と研修総括コメントを述べて最 終プレゼン会を終えた。 3.フィードバック (1) 引率担当教員から 引率担当教員としての感想は3つある。1つ目は、今回の研修で一番に驚くべきこ とでもあるのだが、2週間の研修期間中、学生たちが一度も体調を崩すことなく最後 まで健康を保ちながら過ごせたことである。これまで過去4回インド研修の引率を担 当してきたが、毎年、2週目に入ると数名の学生が疲労や現地の食事への不適応など から下痢・腹痛・発熱といった症状を示し、病院のお世話になっていた。今年はそう した学生を一人も出すことなく最後まで研修プログラムを終えることができた。引率 教員として喜ばしく、学生にとっても研修日を無駄にすることなく有意義に過ごすこ とができたと思う。 2つ目は、 これまでの研修で初めて、 現地において実地調査を実施したことである。 研修テーマである「Employeeship」に基づき、NGIL の人事担当サブの助言と了承を 得て、同社のマネジャークラス 31 名に職務満足度と職場環境に関するアンケート調 査とインタビューを実施した。こうした実態調査は過去4年間のインド研修では実施 したことがなかったため、きわめて単純な調査分析ではあったものの、実際に現場の 中に入り込んで調査活動を行った今回の研修は、まさに本科目「コンサルティング・ プロジェクト演習」の名称にふさわしい研修であったと感じている。 3つ目は現地大学・大学院の訪問数の増加と国際交流協定の締結である。今年度は 例年訪問している大学に加え、新たにもう一校、SNGIST 加わった。学生にとっても 現地学生と交流する機会が増え、同年代の学生どうしが異文化交流する貴重な体験を 得ることができた。また、これまで4ヵ年にわたって本学学生を受け入れてくれてい た SCMS と本 MBA とのあいだで、今回初めて国際交流協定を締結した。今後は学生 のみならず、教員どうしの交流が促進されることを期待している。 (2) 参加学生から 参加学生の感想からは、 みな一様に研修を通して満足感を得ていることがわかった。 7 彼らが出発前に抱いていたインドに対するネガティブなイメージや滞在生活における さまざまな不安は、実際に現地で活動する中で解消していった。むしろインドに対す るポジティブイメージへと彼らの認識が変化していったようである。特に現地の大学 生・院生との交流から、彼らは多くの刺激を受けていた。また、今回初めて実施した 職務満足度調査を通じて、インド日系企業で働く現地人スタッフとじかに接し、生の 声に触れることができたことも、一学生の旅行では決してできないことであり、貴重 な体験になったという声もあった。反省点としては、やはり英語力の不足である。英 語コミュニケーション力不足の問題は、今年度に限らず毎年指摘される課題である。 (3) 帰国後の研修報告 帰国後、学生たちは本学の学部授業「国際経営入門」 (10 月 29 日3時限目実施)に おいて学部生を前に、英語で今回の研修内容を報告した。学部生からはたくさんの質 問が寄せられ、インド研修内容や本 MBA に対する関心の高さをうかがい知ることが できた。今後の予定としては、2016 年 1 月と 2 月に、兵庫県中小企業家同友会と神 戸商工会議所において経営者を前に研修内容を報告することになっている。学部学生 と経営者という異なる人たちに自分たちの研修体験を報告することは、プレゼンテー ション技能を磨く良い機会である。今後もこうした発表機会を維持していきたい。 Ⅲ 2回生フィリピン研修 1.事前準備 (1) 研修チーム構成と研修先 2回生はチームわけをすることなく、1学年全員で1チームとした。内訳は日本人 5名(男子5名) 、中国人留学生7名(男子4名、女子3名)の合計 12 名で、研修先 はフィリピンである。研修実施にあたっては、同国で教育関連事業の支援を長年にわ たって行っている AKI 財団法人(AKI Foundation、代表:大類晶嗣氏)のお世話に なった。研修内容の計画立案、現地大学・機関への訪問アレンジ、学生宿舎の手配、 現地移動手段の予約手続等のすべては同財団にお願いした。また、フィリピン・マニ 8 ラ研修は今回が始めてであったので、引率者を含む本 MBA 教員が、主たる研修先と なる、デ・ラサール大学ベニールデ(De La Salle-College of Saint Benilde、以下 DLSC) を事前訪問し、研修内容の確認と学生宿舎を含む現地事情の視察を行った。 (2) 事前学習 研修課題とプログラム内容は、AKI 財団の大類氏と何度か打合せを重ねながら、基 本的には大類氏の発案と関係機関とのアレンジによって決定した。その結果、研修課 題は、 「フィリピンにおける日本食マーケティングの可能性調査」とした。プログラム は、これに関連して DLSC での授業受講、同学生との交流会、同学生とのワークショ ップ、現地企業マニラタイムズ社ならびに同社グループのマニラタイムズ・ジャーナ リズムカレッジ、フィリピン日本商工会議所等への訪問を予定に組み込んだ。特に、 DSLC での研修では、現地学生との単なる交流会だけではなく、日本食の一つを実例 に現地学生と材料調達から調理・出店までを想定した現地学生との共同ワークショッ プを企画した。この企画は、これまでの研修にはない新しい試みであった。事前学習 としては、研修課題の準備として、フィリピンの諸物価、特に食材を中心とした価格、 水光熱費、不動産価格等と日本におけるそれら諸物価との比較調査を行った。 また本研修は英語を公用語とするフィリピンで実施されるため、研修期間中の使用 言語は英語のみとし、 日本人学生も中国人留学生も研修中は一切の母国語利用を禁じ、 英語のみによるコミュニケーションをルールとした。彼らはすでに1回生時から「グ ローバル・コミュニケーション」 「ビジネスイングリッシュ」 「Strategy and Organization」 (これら科目はすべて英語による授業実施)の科目を履修済みであり、 英語によるビジネスコミュニケーション力の訓練はなされている。今回は、いわば、 それらの英語コミュニケーション力の総出力の機会であった。 2.現地研修内容 研修初日(11 月 30 日)はフィリピンの祝日であったため、学生たちは翌日に予定 されている日本食ワークショップの実施に向けた食材調達の下調べとマニラ市内の諸 物価調査のため市内のマーケットに繰り出した。はじめにバクララン駅前の伝統的な 市場に向かった。雑貨、衣類、食品と多種多様の店舗が立ち並ぶ狭い裏通りに、大勢 の買い物客でごった返す混沌とした商店街を歩きながら、フィリピン国民の活気を感 じた。次にわれわれが向かったのが、SM モール・オブ・アジア(MOA)である。こ こはバクララン市場とは対照的に、多数のブランド店が出店する巨大なショッピング 9 モールである。AKI 財団の大類氏によれば、ここの主たる来店客は、フィリピン国民 約 1 億人の約 5%(500 万人)といわれる富裕層であるという。MOA では学生がグル ープに分かれて店舗視察を行った。ユニクロが出店していたこともあり、同店内に入 り日本の店舗との商品価格比較や品揃え、 陳列方法、店内レイアウトなどを比較した。 次に医療ツーリズムが進むフィリピンの現実を知る 1 つの事例として、セント・ルー クス医療センター(St. Lukes Medical Center)を訪問した。ホテルよりも豪華なロ ビーに薬品臭が一切ない院内は、とても病院とは思えないところであった。ここには フィリピンの富裕層をはじめ海外からも多くの客(患者)が人間ドックや医療受診の ために訪れるという。次にわれわれが向かったのはウェットマーケットである。ここ はマニラ庶民の台所的な存在で、新鮮な魚や肉のぶつ切り、野菜や果物、雑貨が多数 出店している市場である。何ともいえない強烈な異臭には閉口したが、バクララン市 場と同様、モールにはない庶民の活気を感じながら同所をあとにした。終日マニラ市 内を見学して、急速な経済成長を遂げるフィリピン・マニラで、いまビジネスを興す とすればどのような分野・事業が有望であるか、 どのような所得層を対象にするのか、 こうした問題意識を学生たちに考えてもらい、最終日のプレゼンテーションで発表し てもらうことになった。 研修2日目(12 月 1 日)は、DLSC で行うカレーライス・ワークショップを行うた めの食材買出しに出かけた。参加者が当初見込みよりもかなり増えることがわかり、 肉や野菜、調味料、米などの食材の分量をみんなで検討しながらスーパーマーケット の店内をめぐり歩いた。午後からは DLSC に向かった。そこでは昨日のマニラ市内見 学を通じて各人が得た感想や印象を3分間英語スピーチにまとめる作業を行った。翌 日のカレーライス・ワークショップのあとに予定されている、DLSC 教授陣ならびに 同学生を前にしたショートプレゼンテーションの事前準備である。学生たちは英語ス ピーチ内容を作成し、それを DLSC のグレン教授(アーティスタ教授と途中で入れ替 わり) 、大類氏、梅野の 3 名の前でプレゼン練習を 1:3 のインタビュー形式で行った。 グレン教授、アーティスタ教授からは、彼らのプレゼンに対してコメントが寄せられ た。プレゼンテーション準備が終わると、明日のワークショップの最終打ち合わせを 行い2日目の研修を終えた。 研修3日目(12 月 2 日)は、今回のフィリピン研修のなかでも1つの大きな行事で もある、DSLC 学生との日本食・カレーライス・ワークショップである。当初の予定 していた現地学生との共同作業による調理が変更され、限られた時間内に自分たちだ けで調理を完了しなければならなくなったが、学生たちは見事なチームワークと一致 10 団結した調理作業により、指定時間内に調理を完了させた。試食会の前に本学学生が DLSC 学生約 30 名を前に、カレーライスの調理方法を説明したのち、本学学生全員 が自己紹介とフィリピンに来てからの印象についてスピーチを行った。試食会では DLSC 学生の受けは大変よく、100 ペソ(約 300 円)程度なら十分に販売可能である との意見を得た。ワークショップ終了後、本学学生のみで反省会を行った。日本式カ レーライスは当地において高級料理として販売可能ではないか、インドカレーとは異 なるスパイスを強めにしないカレーが当地では受け入れられるといった意見が出た。 そして何よりも、このワークショップを通じて、全員が一致団結して調理を行い、現 地学生に試食してもらうという貴重な経験ができたことについては、一同は評価した。 しかし反面、当初予定されていたはずの DLSC 学生との共同調理や試食会後のディス カッションが、先方大学事情のため、ほとんど実施できなかったことについては失望 感と不満が表明された。事前の研修コーディネートの不十分さという課題を残す結果 となった。 研修4日目(12 月 3 日)は、マニラタイムズ社と同社が運営するマニラタイムズ・ ジャーナリズム・カレッジ(Manila Times College, School of Journalism)を訪問し た。今回の研修で最初の企業訪問である。マニラタイムズ社までの道路が大渋滞(マ ニラでは日常的という)に巻き込まれ、車はまったく進まず、われわれは途中で下車 して徒歩で目的地まで向かった。同社到着後、同社のダンテ(Dante Ang II)社長か らフィリピン経済の現況と同社の事業概要、ジャーナリズム・カレッジについての説 明があり、学生との質疑応答がなされた。その後、ジャーナリズム・カレッジの学生 6 名も含めて、本学学生との間でフィリピン・日本・中国の 3 カ国の政治、経済、文 化にかんする活発なディスカッションが繰り広げられた。そこではとりわけ中国人留 学生の活発な討論姿勢がきわだっていた。彼らはそもそも日本人学生よりも英語コミ ュニケーション力が勝っていることもあったが、領土問題をめぐるフィリピンと中国 との緊張関係という前提のもとで問題意識も高かったこともあり、議論は核心を突く ものばかりであった。学生討論会終了後、現地学生の案内でジャーナリズム・カレッ ジの施設案内を受け、同社・同校を後にした。その後、マニラ市内の歴史遺産を見学 する予定にしていたが、あまりの交通渋滞のひどさから予定を取りやめ、中華街に向 かった。新旧の商店街が混在するマニラ中華街は、クリスマスを前に、平日にもかか わらず買い物客でごったがえしていた。 研修5日目(12 月 4 日)は、フィリピン日本商工会議所に向かった。同所の藤井専 務理事からフィリピンの経済概況、同国の外資政策、日本企業の動向など、幅広いテ 11 ーマについてご説明を受けた後、学生との間で活発な質疑応答がなされた。フィリピ ン経済の強みと弱み、フィリピン人の気質や文化、結婚観にいたるまで、議論のテー マは多岐にわたった。同所訪問後は世界遺産のサン・オーガスチン教会を見学した。 研修6日目(12 月 5 日)は、終日サンベダ大学(San Beda College)で研修を行 った。同校の国際交流オフィス委員がわれわれ一行を出迎えてくれ、キャンパスを案 内してくれたのち、同大学 MBA コース学生と交流会を行った。交流会では参加者全 員の自己紹介のあと、本学学生全員が今回の研修ツアーの振り返りを、パワーポイン トスライド(英語版)を使って英語でプレゼンテーションを行った。これに対してサ ンベダ大学院生から質問が寄せられ、活発な議論が展開された。午後からは同校 MBA の人事管理の授業に参加することを許された。今回の授業はフィリピン流通大手ロビ ンソン社の人事担当副社長と、同じく同国の飲食小売大手のマジックグループ人事部 長の2名のゲストスピーカーによる講演であった。両名のスピーチは質疑中心の双方 向対話型のものであったため、本学学生も積極的に質問することが求められた。フィ リピン・ビジネス界の第一線で活躍するビジネスパーソンの生の声に触れられる今回 の授業は、外国人であるわれわれ学生にとって得がたい貴重な機会であった。サンベ ダ大学訪問後は、AKI 財団の大類氏、サンベダ大学のロリー教授とともに、最後のお 別れ会を盛大に行い、今回のフィリピン研修を終えた。 3.フィードバック (1) 引率担当教員から 一学年 12 名の学生を全員まとめて引率するのは、引率担当教員としては初めてで あり、若干の苦労と疲労を味わった。ただ救いであったのは、2回生がすでに前年度 の1回生時代に海外企業研修を経験済みであったため、およその現地滞在生活や研修 の進行手順を心得ていてくれたことである。また、この学年は例年になく学生どうし のチームワークが良く、集団行動も統率がとれており、この点で引率者は大いに助け られた。 研修内容の立案・現地での実施は、当初から AKI 財団の大類氏の労に負ったが、フ ィリピン事情も含めて時間管理や研修予定内容の突然の変更を余儀なくされることも 多々あり、学生を含めてこちら側の環境適応能力が試されることになった。とくに、 今回の研修の1つの柱と目されていた DLSC 学生と本学学生との日本食(カレーライ ス)ワークショップが、当地の事情により大幅に内容が変更された(現地学生のワー クショップ参加時間の大幅短縮) 。この点は大変残念であり、本学学生の失望感も大き 12 かった。反面、サンベダ大学では予想以上の盛大な歓迎を受けるとともに、同 MBA 授業を現地学生とともに受講できたことは大きな刺激であり収穫であった。本学学生 はみな、英語で実施される経営大学院レベルの授業を理解し議論についていくために 求められる英語力の高さを再認識し、たじろいだ。 現地滞在生活の面では、わずか1週間という短期滞在にもかかわらず、途中から体 調不良を訴えるものが続出し(風邪、下痢、皮膚炎) 、数名が研修途中で早退ないし欠 席を余儀なくされた。日本出発時(気温摂氏約 5 度)とフィリピン・マニラ滞在時(同 30 度超)の気温差は大きく、健康管理の難しさを経験した。これも一つの海外研修の 学習成果といえるだろう。 体調不良者は出したものの、全員無事に帰国できたことに、 引率者として安堵している。 (2) 参加学生から 研修全体を通して評価できる点は、マニラ市内各所を見学することによってフィリ ピンの貧富の格差を肌身で感じることができたこと、英語を公用語とする同国で研修 を行ったことで英語コミュニケーション力の重要性(自身の力量不足も)を絶えず意 識できたこと、キリスト教の影響を強く受けたフィリピンの文化を理解できたこと。 反面、 改善点としては、 研修プログラム内容の綿密さや実施における時間管理の甘さ、 研修目的と研修内容の不一致、現地学生との交流機会と現地企業訪問数の増加を望む 声が多く寄せられた。これらについては次節の課題においても言及する。 (3) 帰国後の研修報告 2回生の研修報告会は1回生同様、兵庫県中小企業家同友会、神戸商工会議所の2 ヶ所で実施する予定である。また学部生向け授業で本学 MBA を紹介するなかでも、 ビジネスイノベーションコースの重要な教育プログラムの1つである海外企業研修に ついて報告される。 IV 今後の課題 海外企業研修の実施にあたり、今後の課題を3点指摘する。 第1点は、研修目的・課題の明確化とそれに沿った研修プログラムの入念な準備の 13 重要性である。1回生インド研修については、事前にインド企業の人的資源管理にか んするテーマ「Employeeship」が定められ、研修先企業のマネジャーに対する職務満 足度調査を実施した。これに対して2回生研修では、 「日本食の現地マーケティングの シミュレーション」を事前に課題として掲げたものの、既述のとおり、現地での諸事 情のため達成できなかった。もちろん、これだけが研修目的ではないので、企業訪問 や現地大学での授業受講など、他の研修プログラムによって、上記課題についての不 足分は補うことができた。異文化体験とその中におけるビジネス活動を肌身で知るこ とも重要であるが、研修目的を明確にしておかないと、焦点があいまいになる恐れが ある。MBA2回生はすでに1年次にも海外研修を体験しているので、より焦点を絞り込 んだ、密度の濃い研修内容を組み立てておく必要があるし、また彼ら自身もそれを強 く望んでいることを、今回の2回生研修を通じてあらためて痛感した。 第2点は、上記と関連するが、MBA の海外研修として、より研修密度を高めるため には、現地企業や財界等の訪問も重要であるが、それだけにとどまらず、研修期間中 のどこかで、現地学生(できれば MBA 院生もしくは経営学専攻の学部生)との共同ケ ーススタディや、あるテーマに関するディベートを組み込むことが必要である。企業 訪問・工場見学にはそれなり学ぶべきものがあり、また楽しいものでもあるが、基本 的には相手主導の受身の研修である。それに対して、現地学生とのケースディスカッ ションやディベートは、自らの積極的な関与が強制的に求められる。本学学生、とり わけ日本人学生は、日本国内においてこの種の環境にさらされることはほとんどなく、 加えて、英語コミュニケーション力不足もあって、沈黙もしくは積極的参加から遠ざ かってしまう姿をこれまで何度も目にしてきた。無論、英語で行われるこれらの議論 内容をすべて理解し活発に議論に参加できるようになるには、相当の時間が必要であ ろう。短期間でそのようなレベルを求めることは難しいであろう。そこまでのレベル を求めないにしても、世界のビジネス共通語である英語で経営について他の国籍の学 生と議論するとはこういうものである、ということを肌身で学生自身が感じとること が大事なのである。次年度以降の研修には、ぜひとも、現地学生との授業を通じた交 流を組み込みたいものである。 最後に、これは毎年この報告書でも指摘することであるが、学生の英語コミュニケ ーション力の継続的な向上努力の必要性ついてである。冒頭でも記したとおり、本 MBA のビジネスイノベーションコースは、複数の科目を通じて学生の英語コミュニケーシ ョン力の継続的な訓練を図っている。しかし、いくら大学側が科目を提供をしても、 最後は学生個人の日常的な努力がなければ英語コミュニケーション力は向上しない。 14 2回生の研修を通じて感じることは、1回生時と比べて英語コミュニケーション力が 明らかに向上している学生と、反対に、やや低下している学生とがはっきりと識別で きたことである。個別に学生に話を聞いてみると、やはり日常的に英語に少しでも触 れて努力している学生のレベルは維持されており、また向上していた。この件につい ては研修期間中も学生に指摘したことであるが、継続的な自己鍛錬に勝るものはない。 教員側としては、学生に対して絶えず英語コミュニケーション力の向上に努める重要 性を訴え続けるとともに、われわれ教員側としても、英語で実施する授業を増やすな どして、ただでさえ日本語しか使わない授業環境を少しでも変えていく努力が求めら れるであろう。 15
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