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IGPI
REPORT
5
2012 新春
Vol.
グローバル成長の経営
~ 2012 年を反転攻勢の年にするために~
代表取締役 CEO 冨山和彦
IGPI経営教室 第 3 回
今時の起業家に学ぶ
インキュベーションの手法
マネージングディレクター 塩野 誠
IGPI REPORT
年始のご挨拶にかえて
グローバル成長の経営
~ 2012 年を反転攻勢の年にするために~
代表取締役 CEO 冨山和彦
おそらくは日本の歴史に刻まれるであろ
成長ターゲットは 「先端」 市場
う 2011 年が終わり、新しい年、2012 年を
今の日本企業の成長を語るとき、グロー
迎えました。読者の皆さんも、それぞれに
バル成長に関する議論を避ける事はできま
新たな思いを胸に新年を迎えられたことと
せん。前回の IGPI レポートでもふれたよ
思います。
うに、世界経済はさらに大きな不安定要因
昨年は、IGPI にとっても、子会社であ
を抱え込みながらも、成長の中心は、豊富
るバス会社 3 社が被災当事者になったこと
な人口を有し、教育水準(≒一人当たり生
に加え、タイの洪水に際しては、私どもの
産性)が急上昇しつつあるアジア圏にシフ
顧客企業の皆様の中にも影響を受けた企業
トし続けます。日本企業は、政治的、法的
がいらっしゃるなど、様々な試練にさらさ
に安定した先進国としてアジア圏に存在す
れた年でありました。しかしバス会社グ
る日本をベースとしています。その地の利
ループは、震災と原発事故からの復旧・復
を生かして、成長と収益をいかに実現する
興の中で、地域公共交通機関としての厳し
のか。これは製造業を中心に、多くの顧客
い責任を全うしてきたことに加え、従業員
企業の皆さんとともに、私たち IGPI がこ
一同の懸命な営業努力の結果、業績も前年
こ数年、直面し続けている課題です。
並みの水準に回復することができました。
たとえば多くの日本メーカーにとって、
また、その他の様々な難局に関しても、企
アジア経済圏や新興国経済圏は、もはや単
業の根源的な強さ、持続的な価値を高める
なる生産基地ではなく、販売、マーケティ
ことを使命とする、IGPI の真価を示すこ
ング、開発、SCM と言った、あらゆる機
とができた一年であったと自負しておりま
能を総動員して「事業」を行うべき場所で
す。
す。そこは、低価格ニーズに対応するとし
日本人の多くが本当に頑張った一年では
ても、先進国向けの商品のスペックダウン
ありましたが、数字面においては、何と
や世代落ちの商品を提供すれば何とかなる
かしのぎ切ったというのも、2011 年の経
ような、
「後進国」市場ではありません。
営実感だったのではないでしょうか。2012
その程度のことでは、コスト競争力も中途
年は、お互い何としても、捲土重来、再成
半端、価値競争力も中途半端になるだけ。
長への巻き返しの年としたいものです。
世界中の最先端の情報を持ち、それぞれの
文化、価値観を大切にし、値段に対しても、
参入するか。欧州の紙・パルプメーカーが、
バリューに対してもシビアなのが、この領
日本向け事業を拡大するにはどうしたらい
域の顧客の特徴です。今やこの市場は、世
いか。当時、このようなプロジェクトの顧
界でもっとも「先端的」な競争市場なので
客企業のほとんどが、本音では、日本を後
す。彼らのニーズに応え、対ローカル企業、
進国市場ととらえていました。だから欧米
対グローバル企業との激しい競争に打ち勝
で売れている商品、成功したビジネスモデ
とうと思うなら、商品企画の段階から、大
ルを、若干手直ししただけで日本市場に導
胆な発想転換を行い、違う次元のモノづく
入しようというスタンスからはいっていき
りを行わねばなりません。
ます。
けた違いにコストを下げるには、設計思
供給側の論理としては、できるだけ既存
想をけた違いに変えなくてはなりません。
ビジネスの共有コストを活かしたいわけで
品質とコスト、機能とコストの最適均衡点
すが、既に日本市場は、十分に洗練された
を、従来とは全く違う次元にシフトする必
厳しい消費者と、高度な開発力もコスト競
要があります。製品設計も生産方法も抜本
争力も身に付けた日本企業と言う、手強い
的な転換が求められる。部品点数もけた違
競争相手のいる市場でした。当然、自国で
いに減らす必要があるかもしれない。従来
成功したものに少し手を入れたくらいです
のように性能品質を上げるために特注部品
からうまく行かない。だからコンサルティ
を開発することも許されない。何とか標準
ング会社を雇うのですが、まず、なぜうま
部品だけで、仕様性能を実現せよというこ
くいかないのかを理解するのにひと苦労。
とになっていく。こうなると、問題はもっ
アメリカ人の経営幹部が「日本の某大手小
ぱらモノづくりの現場だけですむ話ではな
売りチェーンが、指定問屋制をとっている
く、営業やマーケティングを含め、事業全
のは不公正な取引慣行だ。アメリカではわ
体、組織全体として、仕事の進め方を大幅
が社のトレーラーが直接、店舗に商品を納
に変えることが求められることになりま
入している」と騒ぎ出す。そこで彼らを狭
す。
い路地にも出店している日本のコンビニ
に連れて行き、
「ここにどうやってトレー
リバース ・ イノベーション
ラーで乗り付けるのか。しかも日本では一
1980 年代、私がまだかけだしの戦略コ
日、二回、三回配送は当たり前。だから指
ンサルタントだった頃、外資系の日本進出
定問屋を使って、そこで小さなトラックに
戦略プロジェクトに何度か配属されまし
小割り混載して店に運ぶんだ」と説明をし
た。アメリカで大ヒット中の冷凍食品を、
て、やっと納得してもらう。こんなことを
いかに日本市場で拡販するか。米国の自動
しているうちにあっという間に 2、3 年が
車メーカーが、どうやって日本市場に本格
経過し、業績が上がらない担当者は更迭。
IGPI REPORT
そして本国から来た新しい責任者と、また
グローバル&アウェイゲームの時代
ぞろ What is Japan? のお勉強が始まり、
日本企業がアジアを中心とした新興国市
分かった頃にはまた交代というパターンを
場での競争に打ち勝ち、さらには全世界で
繰り返す。
成長を持続するために求められているの
コンサルティング会社にとっては、毎回、
は、まさにこのリバース・イノベーション
同じ話をしていればいいので、まことにお
力です。これは、先に挙げたモノづくりの
いしい顧客ですが、問題の本質は、日本市
例がそうであるように、小手先のローカリ
場を後進国市場として捉えている本国の
ゼーション力でどうこうなる世界ではあり
ヘッドクォーターの側にあることは明らか
ません。
でした。日本市場がむしろ世界の先端的な
バブル経済のピークだった 1990 年代初
市場になっていること、ソニーのウォーク
頭、日本の GDP の世界比率は約 14%、米
マンや燃費が抜群に良い日本車のように、
国のそれと合計すると世界の約4割を占め
日本で生まれた商品が世界を席巻する時代
ていました。ホームマーケットたる日本
が来ていることを、本当に理解できる会社
市場と、セミホームと言ってよい米国市
は非常に少なかった(じつは、マイクロソ
場のことを考えていれば、ビジネスは概
フトやアップルは、それを理解していた数
ね何とかなったのです。ところが、今や
少ない米国企業の一つでした)。現在、中
日本の GDP は世界比8%あまり。米国市
国やインドで苦戦する日本企業の姿には、
場はまだ世界最大の消費市場ですが、アジ
あの日の欧米企業の姿が重なります。
ア勢の大攻勢で、もはや日本のセミホーム
新興市場における先端的で激しい競争か
とは言えない状況です。そう、私たちがグ
ら生まれた新商品、新ビジネスモデルを母
ローバル市場でさらなる成長を目指すとい
国に逆展開し、さらには世界全体に広げる
う事は、じつはほとんどの競争をアウェイ
ことをリバース・イノベーションと言いま
のゲームで戦うということを意味するので
す。かつて GE が日本の TQC(全社的品質
す。母国市場向けに商品やビジネスを完成
管理)から学び、シックスシグマと言う品
させ、それをモディファイして世界に出て
質管理手法を開発して、全世界に展開し
行くというツー・ステップ型の経営モデル
ていったケースなどはその一例と言えるで
は、ますます有効性を失っていく宿命にあ
しょう。私の知る限り、今や欧米のグロー
ります。
バル企業の方が、総じて日本企業よりもこ
世界中の市場で同時並行的に事業を作
のリバース・イノベーションがうまくなっ
り、商品を開発・生産し、市場を開拓し、
ています。ひょっとするとかつて日本市場
それぞれの成果、イノベーションを共有し
において、手痛くやられた経験が役に立っ
て迅速に横展開していく。グローバルで双
ているのかも知れません。
方向型のリバース・イノベーションを持続
的に行いうる「会社のかたち」を構築でき
レ―(スイス)など、世界に名だたる企業
ない限り、日本企業がグローバル成長の果
にとって、母国市場は極めて小さな割合に
実を手にいれることは難しい。問われてい
過ぎない。売上高で数十億円レベルの中堅
るのは、ローカルの出先がうんぬんではな
企業をみても、たとえばスイスには、機械
く、国内の本社、本部自身、そして会社全
や化学分野を中心に、ビジネスのほとんど
体が大革新できるか否かなのです。
を海外(≒アウェイ)で行っている会社が
この点、参考にすべきはヨーロッパの会
たくさんあります。
社、特に小国のグローバル企業の「会社の
次回は、こうした欧州企業の「会社のか
かたち」です。欧州企業の多くが、極めて
たち」も参考にしながら、グローバル成長
小さい母国市場しか持っていません。エリ
を目指す日本企業が挑戦すべき、コーポ
クソン(スウェーデン)、ノキア(フィン
レートアーキテクチャーの再設計・再構築
ランド)、フィリップス(オランダ)、ネス
について考えてみたいと思います。
冨山和彦プロフィール
旧産業再生機構 専務取締役 COO
司法試験合格、 スタンフォード大学経営学修士 (MBA)。
ボストンコンサルティンググループ入社後、 コーポレイトディレクション社設立に参画、 後に代表取締役社長に就任。
産業再生機構設立時に COO に就任。 (現職) オムロン社外取締役、 ぴあ社外取締役、 朝日新聞社社外監査役、
中日本高速道路社外監査役。
財務省 ・ 財政制度審議会専門委員、 文部科学省 ・ 科学技術 ・ 学術審議会委員
近著に 「挫折力 (PHP 研究所)」、 「カイシャ維新 (朝日新聞出版)」 がある。
IGPI 経営教室
IGPI経営教室 -第3回ー
今時の起業家に学ぶ
インキュベーションの手法
マネージングディレクター 塩野 誠
IGPI 経営教室第 3 回は、テクノロジー・メディア業界を中心に事業開発やM&Aに従事しております
弊社マネージングディレクターの塩野が、「今時の起業家に学ぶインキュベーションの手法」と題し、
新規事業開発について解説いたします。大企業内部においてスピード感の欠如や官僚的ともいえる閉塞
感を感じている方々の経営のヒントになれば幸いです。
多くのことが起きた 2011 年でしたが、ベンチャー企業の世界では、震災時の連絡手段
として話題になった、フェイスブックやツイッターなどの「ソーシャル・メディア」で
の若者達の起業が目立ちました。その裏で、
「スタートアップ・アクセレレーター(SA)」
と呼ばれる、シリコンバレー発のベンチャーキャピタルの手法が注目を集めています。
IGPI は、重厚長大企業や再生ステージにある企業への経営支援のイメージが強いですが、
ベンチャー企業案件や大企業内での新規事業開発も数多く手がけています。クライアント
企業のインキュベーション・プログラム運営をサポートする中で、SA の手法を実践して
いるプロジェクトもあります。
SA プログラムは主にインターネット・サービスや、スマートフォンのアプリのサービ
ス立上げを効率化する手法です。そのプログラムでは、事業アイディアを持った数名のコ
ンピュータ・エンジニアからなる複数のチームを一箇所に集め、開発の場を共有します。
また、メンターと呼ばれる経営コンサルタントや先輩起業家、投資家が深く関与し、事業
アイディアを徹底的に洗練していきます。3 ヶ月程度の限られたプログラム期間中は、毎
週、各チームのプレゼンがあり、各チームとメンターからサービスや進捗に対し、ストレー
トな意見が飛び交います。実際に行ってみるとわかるのですが、各チームは他のチームを
意識し、切磋琢磨する競争的な環境が形成されていきます。
以下にプログラムの中で特筆すべき点を挙げていきます。
「誰の何を解決
したいのか?」
を徹底的に
問いつづける
プログラムでは、最初から最後まで「なぜそのサービスに顧客が価値を感じ
るのか?」を徹底的に突き詰めていきます。妥協、惰性といった言葉が入りこ
む余地は一切ありません。寝る間を惜しんで作りあげてきたサービスの完成段
階において、
「これではダメだ。
サービス内容を抜本的に見直ししよう」
との侃々
諤々の議論の光景も良くみかけます。
「顧客経験」 の
仕組みにより
サービスを
ブラッシュアップ
し続ける
日本の製造業では考えにくいですが、インターネット・サービスでは無料で
ベータ版(試作版)のサービスを発表し、ユーザの動向を見ながら大きなサー
ビス内容の修正を行なっていくことがよくあります。ユーザに「どんな経験を
させたいか?」の視点でフィードバック・ループを廻しながら、
サービスやユー
ザビリティを進化させていくのです。
顧客経験の仕組みをうまく作れたか否か、
機動的に修正をかけられたかどうか、も勝敗を決する重要な要素なのです。
サービスの
質の向上
=多機能化
ではない
多機能化・高機能化によって製品付加価値(≒獲得顧客数×価格実現力)を
高めようとするアプローチは、
ここでは必ずしもなじみません。
中核となるサー
ビス単体の価値で優勝劣敗が決まることが多いからです。そのため、プログラ
借りもの競争で
勝つ
企業の Web サイトで、Google 社の提供する地図が使われているのを見たこ
とがあると思います。この Google 社が一般に公開している地図のプログラム
ム中にメンターは、どんどん余計な機能を削り、本質的な機能のみに絞って質
の高いサービスを提供するように求めつづけます。
を Web サイトに埋め込む手法を、
「マッシュアップ」と呼びます。また、最近
ではインターネット・サービスを利用開始する際に、
「フェイスブックやツイッ
ターのアカウントでログインしてください」というメッセージが表示されるこ
とがあります。これは、そのサービスがフェイスブック等のユーザデータを借
りてサービスを提供しているのです。さらに、従来は自前での大きな投資が必
要であったハードウエアも、クラウドコンピューティングによって自社保有の
必要が無くなり、従来の投資費用は圧倒的に低減されています。自前主義から
離れることによって、
多くのメリットを享受していると言えます。余談ですが、
シリコンバレーの企業はアイディアを借りるのが得意です。例えば、アップル
の音楽サービスの iTunes も元は SoundJam MP という他社のサービスでしたし、
Google Earth は Keyhole というベンチャー企業のものでした。意外と自社開発
では無いものが多いのに驚かされます。
投資家の目線を
釘付け
にするために
プログラムに参加しているチームは、事業拡大のためにベンチャーキャピタ
ル等から資金調達をする必要があり、常に投資家からの見え方を意識していま
す。自分のビジネスモデル、経営上の数値やロジックやサービスの金銭的価値
を、ごく短時間で理解してもらわなければならないからです。通常、プログラ
ムでのプレゼンはライトニング・トークと呼ばれ、5 分程度しかありません。
その短い時間で投資家や聴衆にサービスを理解してもらい、魅了する必要があ
るのです。またグローバルな事業展開、資金調達のために最初からプレゼンを
英語で行なうチームも珍しくなくなりました。プロの投資家に向かい合って真
剣勝負をする彼らを一度見たら、
「最近の若者は・・・」等の発言は出てこな
いはずです。
以上に述べてきたような全ての要素を、大企業がそのまますぐに取り入れる必要はあり
ません。しかし、短期間でサービスを立ち上げ、世界でトップを目指すための SA のプロ
グラムからは、大企業にも数多くのヒントが得られると考えています。まずは自分の担当
している業務が、
「誰の何を解決しているのか?」を問いかけ続けることから始めてはい
かがでしょうか?
塩野誠プロフィール
ゴールドマン ・ サックス証券、 起業、 ベイン&カンパニー、 ライブドア証券 (取締役副社長) 等にて国内外の事業
戦略立案 ・ 実行、 ファイナンシャル ・ アドバイザリーに従事。 IGPI 参画後は、 大手メーカーの資金調達、 エンター
テインメント企業や大手通信企業のM&A、 事業開発等に従事。 著書に 「プロ脳のつくり方」 がある。
慶應義塾大学法学部卒、 ワシントン大学ロースクール法学修士
会社概要
株式会社 経営共創基盤 Industrial Growth Platform , Inc (IGPI)
2007 年創立。事業会社経営、
経営コンサルタント、金融・財務プロフェッショナル、会計士、税理士、
弁護士など約 100 名のプロフェッショナル人材を有する。
常駐協業(ハンズオン)成長支援、事業・財務連動アドバイザリー、投資+経営支援業務、出資先
の企業経営など、IGPI ならではのプロフェッショナルサービスを通じて、企業価値・事業価値向
上への道筋を顧客企業と共に創り出している。主な出資先・関連会社として(株)みちのりホール
ディングス(福島交通、茨城交通、岩手県北自動車)、知的財産戦略ネットワーク(株)、ぴあ(株)、
(株 ) 池貝、ネクステック(株)
、IGPI 上海有限公司がある。
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