CD-Rの開発・特許戦略 ∼特許はなぜ必要か∼ 2012.6.19 浜田恵美子 (元太陽誘電( 株)技術部長) © E. Hamada All rights reserved 1 1984 太陽誘電㈱入社。新入社員向けの新規テーマとして 「記録できるCD 記録できるCD」 」と出会う。 1985 まずはひとりで研究開始、徐々に拡大 1987 ソニー、フィリップスと共に規格提案( ブルーブック) 1988 7月 CD CD-R発明、特許出願 9月 新聞発表 1989 1月 学会発表(米国) 6月 ㈱スタート・ ラボ設立 1998 DVD DVD-R 4.7GB 発表、発売 この間、事業を背負ってきたことが 2003 R技術部長退任 一番の実績! 2007 退社 2008 名古屋工業大学へ 2 グーグルはなぜモトローラの特許が必要だったのか? 2011.12.12 日経ビジネスより ? フェイスブックも特許入手に熱心。 件数が重要なのはなぜだろうか? 3 2012.3.23日経新聞 © E. Hamada All rights reserved • たとえいいものができても、特許が無ければ事業が できない分野がある。 しかも、特許が武器(防衛も含む)になるかどうかは、 研究者が担保しなければならない。 (特許は持ってるだけでもお金が掛かります。使えないものはダメですよ!) 4 © E. Hamada All rights reserved 2007年8月3日 日経新聞 © E. Hamada All rights reserved 5 CD-Rとは、1回だけ記録可能なCDで、CDプレーヤやCD-ROM ドライブで再生できるものをいう。 CD-Rとは何か?( 製品コンセプト) 著作権問題 とも激突! 記録済みCD-R = CDプレーヤ CD-ROMドライブ 搭載パソコン CD、CD-ROM CD-R : 「記録できるCD」( Recordable CD)ということで、CD-R( 商標) と名付けた。 CD : Compact Discの略。オーディオコンテンツが予め入った状態で売られている。 CD-ROM : CD Read Only Memoryの略で、データ入りCDのこと。 6 © E. Hamada All rights reserved CD-Rの製品コンセプトは、DVDやBDにも引き継がれている。レーザーの短波 長化とともに容量が増大したが、基本的な記録と再生の原理は共通である。 CD-R製品コンセプトの発展 CD-R 高密度化 CD−R 主な用途 DVD-R DVD+R DVD−R 高密度化 DVD+R 音楽、データ ビデオ、データ ビデオ、データ BD-R BD−R 高画質ビデオ 容量 540∼ 700MB 4.7GB、 8.5GB 4.7GB、 8.5GB 25GB レーザー (波長) 近赤外 (780nm) 赤色 (650nm) 赤色 (650nm) 青色(405nm) 構造 単板 貼り合わせ 貼り合わせ 単板 7 © E. Hamada All rights reserved 今日の光ディスクの主流であるいずれの規格においても、CD-Rと同じ 製品コンセプトの製品が最も多く使われている。 CD-Rという製品コンセプトの位置づけ 再生専用 12cm 光ディスク シリーズ 高密度・ 大容量化 おおよそ枚数比率は 1回だけ記録でき、 再生専用機で再生可能 書換できるが、 専用機器でのみ再生可能 CD CD-R CD-RW DVD DVD-R DVD+R DVD-RW DVD+RW DVDRAM BD BD-R BD-RE 5 : 20 © E. Hamada All rights reserved : 1 *RWは、ReWritableの略。 *RAM は、Random Access 8 Memoryを略して名付けられた。 CD-Rの登場により、CDの応用範囲が広がった。それはCD-Rが既存 のCD再生規格に完全準拠しているからである。 CD-Rのメリット その結果 ・オリジナルCDを個人が作成・ 配布 ・CD-ROMのソフトタイトル数が急増 ・パソコンのデータ保存にCD-Rが普及 ・CDを使ったゲーム機が登場 ・映画やビデオにも光ディスク( DVD)が普及 ・オーディオCDと同じもの を、個人で作れるように なった。 ・CD-ROMを個人で作れ るようになった。 CD-Rの特徴 商品 再生の規格 記録の規格 消去の規格 CD (1982) CD規格 (1981) CD-R (1988) CD規格 (1981) CD-R規格 (1990) CD-RW (1996) CD-RW 規 格(1996) CD-RW 規 格(1996) CD-RW 規 格(1996) CD-Rは1988年に太陽誘電か ら提案されたが、再生につい ては従来のCD規格に準拠し ている。 従って、すべてのCDプレーヤ で再生ができる。 9 © E. Hamada All rights reserved CD-Rは、オーディオテープ、ビデオテープ、フロッピーディスク、 MDの到達しえなかった市場規模を実現した。 CD-R *MDは、Mini Discの略。ソニーが提唱した規格。 10 © E. Hamada All rights reserved CD-Rは、事業として4つのフェイズから成る。 知財は事業戦略上、Ⅰ、Ⅱ、Ⅳに大きな意味を持つ。 Ⅰ 新規事業の選択 CD-R事業を 選択した 1984 Ⅱ 戦略策定 CD-Rを標準化 し、事業化した 1988 1990 CD・ DVDは標準化 争いが大変 自社の地位確立 事業をやるという 判断 Ⅲ 事業拡大の段階 Ⅳ ビジネスシステムの確立 DVD-Rを後継商 CD-R、DVD-Rが 成熟商品になっても 品として導入し、事 業を拡大した 生き残れる事業にした 2000 新製品&価格下落 の激烈な競争 国内生産の危機 生き残れる条件を 産み出す 11 © E. Hamada All rights reserved なぜRWでなく、Rなのか アッパーコンパチとは? 掛かる 掛からない CD DVD プレーヤ 市場 技術動向 (業界) 自社 ダウンコンパチとは? 掛かる 掛かる プレーヤ CD プレーヤ CD-R プレーヤ CDプレーヤで再生できる記録メディアへのニーズがあった。(ダウンコンパチ) ・(一般消費者)CDプレーヤが普及していたのに、CDレコーダは存在しなかった。 ・(業務ユーザー)CDを制作するプロセスで、検証する媒体がなかった。 ・先行する製品は何もなかった。 ・オーディオ・ビデオテープの書換回数は極めて少ないことがわかっていた。 業界のドミナント・ ロジックは、「アッパーコンパチで十分である。」 ・光ディスクは、再生専用から、一回書込可能、書換可能に進化するという ロードマップが示されていた。 プレーヤを扱わない企業である。 光ディスクに対する先入観(ドミナント・ロジック)がなかった。 12 © E. Hamada All rights reserved 私たちは、市場ニーズの大きさと競合の少なさから、ダウンコンパチを前 提としたCDプレーヤで再生できる“ 記録できるCD” を選択した。 判断基準 1.どちらに対して、市場のニーズが強いか ・外部では、一部ながら、互換性を強調する意見があった。 ・実際に、アッパーコンパチの“記録できるCD”と“書換可能CD”を発表したが、反 響は全くなかった。互換性の高い(ダウンコンパチ)“記録できるCD”には、絶大な 反響があった。 2.競合が少ないのはどちらか (自社に強みがあるか?) 製品コンセプトの選択肢 アッパーコンパチ ダウンコンパチ 結論 ? (CDプレーヤに掛 書換可能CD (業界の志向) かる書換可能CD) CDプレーヤで再生できる “記録できるCD” 註 性能 (互換性の低い 記録できるCD) 記録できるCD (市場の志向) 註: 部分消去を行うと、 CDプレーヤには掛からない。 従って、ダウンコンパチは無理。 互換性 ? 13 © E. Hamada All rights reserved 私たちは、互換性のニーズの強さを検証し、最終的に“CDプレーヤで 100%再生できる記録できるCD” を選択した。 互換性ニーズのマーケットでの検証 CDプレーヤで100%再生できる 光ディスク(CD-R)を実現する CD-Rの発明 (基本特許取得) CD規格 反射率 70%以上 厚み 1.2-1.5mm ‥ 反射率を満たす条件で 各方面から反響 記録できるディスクを ・ユーザー 発明して、発表。 ・業界 反射率が高いと、記録に必 要な光量を吸収できない。 を全項目満たす事が 業界では、誰もが両立は不 条件 可能であると考えた。 ソニー中島顧問のアドバイス 反射率 できるだけ高く (35%以上) ・試作し、記録できるCDの規格案をソ ニー・フィリップスの協力で作成した。 以外全項目満たすこと は可能 ・ソニー・フィリップスは独自に、書換可能 CDの規格案を2種作成した。 © E. Hamada All rights reserved ・ソニー・フィリップスより、合計3つの規 格提案(ブルーブック1987)を行った。 マーケットからの反 響は全く無かった。 14 技術者にとっての「 特許」は情報の宝庫。 特許情報を使う 調査で多くのことを知る すべての関連公報のトップページからDB構築 抵触する可能性のある特許 興味深い技術領域の特許 *トレンドがわかる *同業他社の着目点と体制がわかる *まだモノになっていないアイディアが見える *本命になりそうな技術が見える 自分の課題の答えを探る *同じ分野では他人も同じ課題にぶつかっている アイディアを見つけ出す RW をやらなかった理由のひとつは 先行特許。 © E. Hamada All rights reserved 15 特許は事業戦略の重要な手段となる。 事業戦略に活かす • • • • 具体的な商品形態に即して、世界中の特許調査1000万円で事前調 査+特許庁で公報をめくる この事業を進めてよいかを判断する。 自前のデータベースを維持 先行技術を常に把握。他社と自社のポジションがわかる。 特許マップを作成( 関連外部特許、自社出願特許) 自社の出願が権利範囲を十分確保しているか、 製品の製造プロセスや販売形態も含めて、確認し補う。 他社の抵触可能性のある特許には異議申し立て 自社事業を守る。 *異議申し立ての成功確率はかなり高い。つまり登録された 特許でも、万全の権利があるとは言えない。 © E. Hamada All rights reserved 16 時代とともに、CD-R業界は参入企業が増えて競争激化し、やがてDVD-Rの商 品化が始まった。 CD-RとDVD-Rの主なできごと 88 89 90 91 92 93 業務用オーディオ市場 市場・技術 94 95 96 年 97 98 ● 競合 海外工場設置 01 高速化急伸 CD-R標準化 ● CD-R、PC市場拡大 DVDフォーラム発足 日本各社 続々参入 00 ● CD-R4倍速 ● 99 ● DVD-R標準化 台湾メーカー急増 中印参入 日系から台湾へ委託 ● DVD-R商品化 ● レコーディングサービス CD-R 会社設立 発明 ● CD-R 自社ブランド展開 事業化 ● 自社 ● 高速先行 © E. Hamada All rights reserved ● OEM 獲得へ ● DVD-R技術発表 ● DVD-R商品化 17 太陽誘電が事業化した89年以降、既存の記録メディアメーカーが続々と参 入すると共に、新たに化学メーカーなどの新規参入が起き、市場規模が拡 大していった。 CD-R業界の構造( 91年頃) オーディオテープ の延長 新規参入 化学メーカー(三井、三菱など) フォトCD(コダック) 記録メディアメーカー 太陽誘電 マクセル 供給者 素材メーカー 装置メーカー など ビクター 富士フイルム 著作権関係者 IFPI、レコード協会など 買い手 量販店 代理店 など 消費者 パイオニア TDK ライセンサー CD-R規格と特許 フィリップスが、ソニー・太陽誘電・ フィリップスの特許を一括ライセンス 代替品 MD?vsDCC? © E. Hamada All rights reserved ドライブメーカー(業務用AV機器) パイオニア、デンオン、マランツ、 ヤマハ、ケンウッドなど 98年頃には、ドライブメーカーが国外にシフトし始め、CD-Rディスクにも台湾 企業が集中的に参入し競争激化が進んだ。ライセンスの形態も変化し、競争 優位の条件が変化していった。 CD-R業界の構造( 98年頃) 新規参入 97-98年:台湾メーカー (20社以上) フロッピー代替 でPC用途拡大 記録メディアメーカー 太陽誘電 三菱化学 供給者 素材メー カー、装置 メーカー、 商社など マクセル 三井化学 TDK 買い手 量販店 代理店など 消費者 パイオニア ビクター ライセンサー CD-R規格と特許 一括ライセンスに加えて、 個別ライセンスの検討も 代替品 DVD-R ? © E. Hamada All rights reserved ドライブメーカー(PC用中心) ソニー、ビクター、松下寿等 台湾ライトオン、エイサー、 韓国LG、サムスン 業界構造変化が起き、国内メーカーは相次ぎ撤退した。 ライセンスを強みに、生き残りの条件を探り、布石を打つ。 CD-R・ DVD-R業界の構造( 2000年頃) 新規参入 インド・中国など世界の企業 供給者 素材メーカー、 装置メーカー、 商社等 記録メディアメーカー 太陽誘電 台湾ライテック 三菱化学 台湾プリンコ ライセンサー CD-R規格と特許 侵害訴訟vs独禁法訴訟の 連続 ? プールライセンス から個別ライセンスへ 台湾CMC マクセル 代替品 通信 ? HD、フラッシュメモリ ? © E. Hamada All rights reserved 買い手 量販店 代理店 など 消費者 ドライブメーカー 日立エルジー、東芝サムスン、 ライトオン、PBDS 20 日系企業を取り込み、海外企業との競争軸を明確にした。 CD-R、DVD-Rでめざした活動システムマップ OEMで規模確保 自社ブランドの活用 技 術ア ピール や標準化活動 特定顧客層 への認知 オピニオン リーダーへ の協力 価値創出 量産規模 の確保 業務用市場 への拡大 高価格の 自社ブランド 付加価値品 の充実 日本製 キャンペーン 国内集 中生産 海外梱包工場 の充実 1day デリバリ 日本ブラ ンド向け OEM主体の販売 高い信頼 仕様に応じた合 理的なプライシ ングシステム 自動無人化 工程 値頃感のあ る価格設定 日本ブランドとの ライセンス提携 輸入差 止請求 合法性 ライセン ス活動 21 © E. Hamada All rights reserved ライセンスが事業において重要な役割を果たす。但し、特許維持管理費 用を上回る特許料を取るまでには、コストも労力も掛かる。 特許をライセンスする ・ライセンスする場所はどこにするか? 世界中に特許登録するには、費用が膨大にかかる。 製造場所、販売場所を効率よくカバーする。 ・単独の特許だけでは回避されたり、技術が変化する可能性 がある。「 特許ポートフォリオ」 を維持する。 ・強力な外部特許がある場合には、自社の使用許諾、他社へ のライセンスなどを交渉する必要がある。? 場合によっては、 クロスライセンス契約を結んだり、グループでパテントプール を作り、プールライセンスを実施する。 ・ライセンス料は取りに行かなくてはもらえない、ということが 一番大事。 © E. Hamada All rights reserved 22 ひとつの商品群のために、世界26の国と地域に出願し、国内83件、海外 248件あまりの特許を維持。 CD-Rのライセンス網 欧州 韓国 中国 米国 台湾 オーストラリア © E. Hamada All rights reserved 23 特許料の支払いまでには、長い裁判を要することも珍しくない。 特許に関する裁判の一般的な流れ 相手先もしくは取 ライセンサー 引先に特許侵害 (特許保有者)の警告書を発送 相手メーカー (ライセンシー) 調査中の 回答 証拠書類を 持って交渉 相手先もしくは 取引先を提訴 日本企業ならここで 決着することもある。 決裂 特許無効の 申し立て 裁判で決着 もしくは和解 発明者 が戦う *経験では、交渉成立? 契約締結? 契約不履行? 契約違反で提訴 *特許無効の申し立ての他に、独禁法違反による特許権行使の違反行為で提訴された こともあるし( アメリカでは特許自体が無効になる) 、消費者保護の観点で代表訴訟( クラス アクション) を起こされたこともある。 *アメリカの訴訟は陪審員制度のため、大学教授などが専門家としての意見を述べる。 24 © E. Hamada All rights reserved フィリップス・ ソニー・ 太陽誘電三社のパテントプールに基づくライセンスに対し て、独禁法違反の訴訟が相次いだ。 独禁法訴訟の経緯 ライセンス 環境の変化 台湾で公平会が三社を 独禁法違反として処分 (1999) 個別ライセンスを設定す るよう指示 自社 台湾公平会処分取消 (2005) 米国でITCが独禁法違反の 判決(2005) 米国CAFCの 逆転勝訴判決(2006) EU委員会でも独禁法調査 個別ライセンスプログラ ムを作成 独禁法違反が無いことを証明 個別契約提示 監査を伴う個別契約履行圧力 個別ライセンスにより 米国で訴訟圧力 支払いを拒絶 台湾メーカー など ライセンスそのものの独 禁法違反を米国で提訴 日米欧から、ライセンスの及 ばない地域へ展開 公平会:台湾行政院公平取引委員会。台湾最高行政裁判所はフィリップスの主張を認め、公平会は再審請求に より無罪。 I TC:I nt er nat i onalTr ade Commission 米国国際貿易委員会 CAFC: Court of Appeals for the Federal Circuit 米国連邦巡回区控訴裁判所 25 © E. Hamada All rights reserved パテントプールは、常に独禁法の制約を受ける。ルールは判例に基 づき、現在も変化している。 パテントプールと独禁法 パテントプールとは、各社が特許を持ち寄り、一括でライセンスする方式 特許法の視点 基本ルール 独占禁止法の視点 特許を単独実施する場合、 市場の独占が許される パテントプールでは、 両方の制約を受ける。 ライセンス料 は取れる 判例に基づく 未確定の議論 市場の独占は許されない 一括ライセンスの機 会提供である (最近の判例) 不可欠な特許以 外を含むべきか 実際にどの製品でも 使われているならば、 不可欠と言うべき 不可欠な特許と は何か *CD-Rに関する係争内容から オープンライセンス が義務づけられる 抱き合わせ販売である 規格書に書いてある互換性 に関わる情報のみ 技術まで認めると、新たなも のの発現を阻害してしまう 26 © E. Hamada All rights reserved まとめ 2008年7月31日で最初の基本特許の有効期間は満了した。 1.事業化の前提として、知財の獲得・調査が不可欠 であり、開発における重要な投資である。 2.知財が製品について回る限り、開発者はその発 明に対して責任ある態度で臨む必要がある。 © E. Hamada All rights reserved 27
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