抽象的な背景

第 7 章 言語教育における課題(task)とその役割
7.1
課題とは何か
課題は日常生活の私的領域、公的領域、教育領域、職業領域に見られる一側面に他ならな
い。個人が課題を達成するということは、その能力を方略的に活性化し、当該領域で明確
な目的をもって一連の行動を行い、具体的成果をあげることである (4.1 参照)。課題の性
質は実にさまざまで、言語的活動と関わる度合いにも差がある。課題の中には、例えば、
創作的なもの(絵を描いたり、物語を書いたりすること)、技術的なもの(修理や組み立て)
、
問題解決をするもの(ジグソーパズルやクロスワードパズル)
、日常的な交渉ごと、劇で役
を演ずること、議論への参加、プレゼンテーション、計画的行動、
(E メールも含む)メッ
セージへの返事、などがある。課題には、かなり単純なものから非常に複雑なもの(例え
ば、図や説明書をつきあわせて、見たことのない複雑な器具を組み立てる)まである。一
つの課題に何段階かの手順が必要なことも、小課題が集まって一課題になるものもあり、
独立した課題として境界線を引きにくい場合もある。
課題を行なう人がやり取り、受容、創造、仲介のどれか一つまたは複数の言語行為を行
なう際には、どうしてもコミュニケーションが必要になる。例としては、行政サービスの
職員に相談して書類を記入する、報告書を読んで同僚と相談し対応を決める、説明書に従
って組み立てをする、その際そばにいる人に手助けを頼んだり、手伝ってくれる人に手順
を説明したりする、
(原稿の形で)準備して人前で講演をする、外国からのお客のため一寸
した通訳をする、などがある。
シラバスや、教科書、教室学習、試験の中心になる課題には共通するところが多いが、
それらが学習や試験の目的に合わせて修正されることもしばしばある。このような「実生
活に即した」、
「標的を定めた」、
「予備練習的」課題が選択されるのは、学習者が教室外で
必要とすることを反映している。それは私的あるいは公的領域に属するものであったり、
もっと具体的に職業領域、あるいは教育領域の必要性と関わるものであったりする。
それ以外に教室内で行う課題には、性質上特に「教育的な」ものがあり、教室内の状況
に即して社会的で相互作用的な性質をもつ。学習者は、教室内で内容中心の課題を行うの
に、自然で楽な学習者の母語ではなく、
「非現実的と思いながらも」目標言語を使用するこ
とを受け入れる。この種の教育的課題は、実生活での課題や学習者の必要性とは間接的に
しか結びつかない。これらの課題は、コミュニケーション能力を伸ばそうとするものであ
るが、その依拠するところは、学習過程、特に言語習得について一般にそうだと信じ込ま
れている、既成の知識である。コミュニケーションに関わる教育的課題が目指しているの
は、
(場面状況から切り離して形だけを練習をするのとは違って)学習者を意味のあるコミ
ュニケーションに積極的に参加させることができて、
(とりあえず教室学習の中で、今この
場において)意味を持ち、
(課題を適宜操作することで)多少困難でも実行可能で、(それ
ほどすぐに見えるものではなくても)成果が確認できることである。課題は、
「メタコミュ
ニケーション的な」課題・小課題を伴うことがある。メタコミュニケーションとは、課題
の実行に付随するコミュニケーションやその際使われる言語のことである。学習者が課題
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の選択・運営・評価に関わることも含め、言語学習の中ではメタコミュニケーションが課
題自体の不可欠な部分になることも多い。
コミュニケーション上の目的を達成するために、学習者が意味を理解し、交渉し、表現
することが必要になるのであれば、教室内の課題は、
「実生活」に即したものであれ「教育
的な」のものであれ、コミュニケーションの課題である点は同じである。コミュニケーシ
ョンの課題が重視するのは、与えられた課題が首尾よく遂行されることであり、従って第
一に学習者がコミュニケーションの意図を実現するときの意味的なことが中心になる。し
かし、言語学習、言語教育のための課題を遂行する際には、意味そのものと、意味を理解
する過程、表現方法、交渉の仕方の両面が問題になる。課題を選択、配列するときに、意
味と形、流暢さと正確さとの間の比重を調整できるようにしなければならない。それによ
って課題の実行と言語学習の進展の両方を促し、その進み具合を適切に確認することがで
きる。
7.2
課題の実施
言語教育の場で課題を実施する際は、学習者の能力と、各課題の条件や制約を考慮する必
要がある。その際、条件や制約を操作して、課題の難易度を調整することもできる。また、
学習者の能力と課題遂行上の諸条件とがどのように方略上の影響を与えあうかも考慮する
必要がある。
7.2.1
学習者の能力
どんな種類の課題でも、ある程度の一般的能力を働かせることが必要になる。例えば、世
界に関する知識や経験、社会文化的知識(目標言語が話されている共同体の生活に関する
こと、
その共同体と学習者自身の社会の間にある慣例・価値観・信条における基本的相違)、
(二つの文化を仲介する)異文化適応技能、学習技能、日常生活の実際的なノウ・ハウ(5.1
参照)、などがある。実生活に即した設定であろうと授業や試験のときであろうと、コミュ
ニケーションの課題を実行するには、コミュニケーション言語能力(言語構造的、社会言
語的、言語運用的な知識と技能、5.2 参照)を活用しなければならない。その他に、個人
の性格や態度も影響する。
課題に関わる能力を学習者に事前に使わせることで、課題の達成が容易になる場合があ
る。例えば、問題提示や目的設定の最初の段階で、必要になる言語構造的要素に意識を向
けさせたり、予備知識やこれまでの経験を活用して適切なスキーマを活性化させたり、課
題を遂行する計画や予行練習などをするよう仕向ける、などが考えられる。こうすること
で、課題を実行し、モニターする間の負担が減少し、予期しない内容が出てきたり、文法
的な問題が起こったときに対処する余裕が生まれ、結果として課題が量的・質的に成功す
る可能性が高まる。
7.2.2
条件と制約
学習者の能力に加え、課題ごとにそれぞれ異なる条件や制約が、課題の遂行に影響する。
教師やテキスト執筆者は、多数の要素を調節して課題の難易度を加減できる。
理解を問う課題には、学習者に与えるインプットが同じでも、その結果が量的(必要な
理解を問う課題
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情報量)
、あるいは質的(求められる水準)に異なるものがある。また、インプットとなる
テクストの情報量、認知的・構造的複雑さの度合い、学習者に与えられる補助的材料(視
覚資料、キーワード、ヒント、表、図など)の量、などを変えることもできる。インプッ
トは、学習者との関わり(動機付け)から選択することもできるし、学習者とは無関係の
外的な理由での選択もある。テクストを聴く場合もあれば、できるだけ読むようにする場
合もあり、制約がある場合もある。手を挙げるなどの非常に単純な応答しか求められない
場合もあるし、新しいテクストを作成するなどの大がかりな作業が求められる場合もある。
やり取りや創造の作業を求める課題は、課題の実施条件を操作して難易度を変えることが
できる。例えば、課題の計画や実行に与える時間、やり取りや創造されるテクストの長さ、
予測可能性(予測不可能性)の度合い、利用できる補助的材料の種類や量、などで調整で
きる。
7.2.3
方略(Strategies)
課題の遂行は複雑な過程であるから、学習者の諸能力など課題にかかわる諸要因が、方略
上の影響を与えあう。言語使用者・学習者は、課題に合わせてその遂行に最も効果のある
一般的方略およびコミュニケーション方略を活用する。自分の資質、意図、
(言語学習の場
であれば)個々の学習スタイルに合わせて、課題のインプットや目的、条件、制約を取捨
選択、調節する。
コミュニケーション課題の実行にあたっては、コミュニケーション上の意図を上手く実
現するために、各自が課題の計画、実行、モニター、評価、
(必要ならば)修正に使われる
諸能力の中から適切な要素を選択して組み合わせ、バランスをとって活用することになる。
方略(一般的なもの、及びコミュニケーションに関わるもの)は、学習者が(生得的に、
あるいは習得によって)身につけた、さまざまな能力を使って課題を成功させるのに重要
な意味を持っている(4.4 と 4.5 参照)
。
7.3
課題の難易度
同じ課題でも、その取り組み方は人によって相当違うであろう。したがって、ある課題の
難しさ、また課題の要求に対処するための方略は、各自の(一般的、及びコミュニケーシ
ョン的)能力や、性格、与えられる課題の条件や制約などから生じる、多数の要因が相互
に関係して決まる。そのため、課題がどの程度の難度を持つかは、特に学習者一人一人に
とっては、確実には予測できない。言語学習の場では、課題の作成、実施に当たって、柔
軟性を持たせ、特殊化ができるよう配慮する必要がある。
課題の難易度設定についての問題はあるが、教室学習経験を効果的に生かすには、原則
に基づいて課題の選択、配列に一貫性を持たせる必要がある。つまり、学習者一人一人の
能力や課題の難易度を左右する要因を考慮し、課題のパラメータを操作することで、課題
を学習者の必要性や能力に応じて修正しなければならないということである。
したがって、課題の難易度に関して考慮する必要があるのは:
・一人一人の目的や学習スタイルも含めた、学習者の能力および性格
- 170 -
・一人一人の課題の出来具合を左右する課題の条件と制約(言語学習の場では、これら
を学習者の能力や性格に応じて調整することができる)
7.3.1
学習者の能力と性格
学習者の能力差は、個々人の認知的、情意的、言語的な差と密接に結びついている。個々
の課題が、学習者一人一人にどの程度の難度を持つかを判断するためには、こうした個人
差を考慮する必要がある。
7.3.1.1
認知的要因
課題に対する慣れ:認知的な負担が減少し、課題が成功しやすくなるために、学習者が知
っている必要のあることは
・ 課題の種類とそれに関わる作業
・ テーマ
・ テクストの種類(ジャンル)
・ 課題に関わるやり取りのスキーマ(筋書きと枠組み)
。無意識的、又は「習慣的」な
スキーマであれば、学習者の負担が軽減され、課題に取り組んでいる間に他の作業面
に対処する余裕ができ、テクストの内容や構成を予測しやすくなる。
・ 話者又は筆者によって前提とされる、必要な背景知識
・ 社会文化的な関連知識。例えば、社会的な規範とその別形、社会的慣習や規則、コン
テクストに対応した言語形態、
民族的・文化的なアイデンティティに関わる意味合い、
学習者の文化と目標言語が話されている文化の間の際立った違い(5.1.1.2 参照)、異文
化に対する意識(5.1.1.3 参照)
。
技能:課題の達成に必要な技能は、特に
技能:
・ 課題の各段階を実行するのに必要な組織力、および対人的な技能。
・ 課題を達成しやすくする学習技能及び方略:これには言語的な能力が不十分な場合に、
何とか自分で発見、計画、モニターできる能力も含む。
・ 異文化適応技能(5.1.2.2 参照)
。母語話者のディスコースにある含意をくみ取ること
ができる能力も含む。
必要な処理をこなす能力:学習者への負担を増減するのは
・ 作業段階あるいは「認知的な作業」の数や、具体的又は抽象的作業に対応する力。
・ 必要な処理量(「オンラインの思考」量)を認識し、課題の作業段階を相互に結びつける
(あるいは、別の関連する課題と組み合わせる)力。
7.3.1.2
情意的要因
自尊心:自己イメージが肯定的で、自己抑制もなければ、学習者は課題を行う際十分自信
自尊心
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を持ち、課題が成功しやすくなる。例えば、必要に応じてやり取りの主導権をとる(例え
ば、説明や確認のために相手の話を中断する、進んでリスクを冒す、理解しづらいところ
があってもそのまま読む・聴くことを続けて推測する)
。抑制の度合いは、個々の状況や課
題に左右される。
参加と動機付け:学習者が積極的に参加していれば、課題は成功しやすくなる。課題に
参加と動機付け
関心を持っていて、実生活上の必要性や別の課題の内容との関連(課題の相互依存性)を
認識し、課題に対して強い内的動機付けがあれば、学習者は積極的に参加するだろう。外
的な動機付けも影響する。例えば、課題の達成に外的なプレッシャーが働いている場合(賞
をもらう、面目を保つ、競争目的)である。
状態:課題がうまくいくかどうかは、学習者の身体的及び心理的状態に影響される(注
状態
意力のあるリラックスした学習者は、疲労し不安になっている学習者よりも成功しやすい)
。
態度:新しい社会文化的知識や経験を導入する課題の難易度に影響を与えるのは、例え
態度
ば、学習者の異なるものに対する関心や開かれた態度、自文化の視点や価値体系を相対化
する心構え、自文化と外国文化の間で「文化を媒介する」役割を引き受け、異文化間の誤
解や衝突を進んで解決しようとする積極性、などである。
7.3.1.3
言語構造的要因
学習者の言語構造的能力がどの発達段階にあるかは、課題の適切性を判断し、課題のパラ
メータを操作する上でまず考慮すべき要因である。
課題を実行するのに必要な文法、語彙、
音声、正書法の知識とそれらを使いこなす能力、つまり、使用領域、文法・語彙の正確さ、
流暢さ、柔軟性、一貫性、適切さ、精確さなど言語使用のさまざまな面が関わってくる。
課題の中には、言語構造的には高度でも、認知的には単純なもの、また、その逆のもの
もある。それ故、学習用課題の選択によっては、ある要因が別の要因を相殺する可能性も
ある(実生活では、認知的に多くを要する課題に適切に対応しようとすれば言語構造的に
も難しいものになるだろうが)。学習者が課題を遂行するときは、内容と文法の両方の面に
対処しなければならない。文法面にそれほど注意を払う必要がない場合、認知的な面に能
力を振り向ける余裕ができるし、その逆の場合もある。習慣からスキーマが分かっていれ
ば、学習者は内容面に対処する余裕ができて、やり取りや同時に創造する活動の中で、ま
だ完全には習得していない形態をなるべく正確に使うことに注意を集中できる。学習者が
自分の言語構造的能力の「隙間」を補う能力は、どんな活動を行なう課題であってもそれ
を成功させるために重要な要因である(4.4 のコミュニケーション方略参照)
。
7.3.2
課題の条件と制約
次のような学習課題の条件と制約について、さまざまな要因を操作することが可能である。
・やり取りと創造
・受容
7.3.2.1
やり取りと創造
やり取りや創造の作業を行う課題の難易度を左右する条件と制約は:
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・ 補助材料
・ 時間
・ 目的
・ 予測性
・ 物理的条件
・ 参加者
・ 補助材料
適切な状況説明や、言語的な補助材料が、課題の難度を緩和する場合がある。
・状況説明の量:参加者、役割、内容、目的、
(視覚的な要素を含めた)設定条件に関す
る十分な情報や、課題の遂行に関する明瞭かつ適切な指示や指針などが与えられれば、
課題は達成しやすくなるだろう。
・言語的な補助材料の程度:やり取り活動の場合、課題の予行演習をしたり、準備段階で
同じような課題をしたり、言語的な補助材料(キーワードなど)を与えられれば、予測、予備
知識や経験、既習のスキーマ知識を活用しやすくなる。時間をかけて行う創造活動は、参
考書や手本を利用したり、他の人の助けがあればうまくいく。
・ 時間
課題の準備をする時間が少なければ、それだけ課題は難しくなる。時間的な面で、考慮す
べきことは:
・ 準備に使える時間、つまり、計画や予行演習ができる時間。自然発生的なコミュニケ
ーションでは意図的な計画は不可能だから、課題をうまく遂行するためには意識下で
方略を使いこなす必要がある。それほど時間的なプレッシャーがなく、課題に必要な
方略をもっと意識的に使うことができる場合もある。例えば、日常的な商取引きのよ
うに、コミュニケーションのスキーマが大部分予測可能で型どおりに行なわれるもの
がある。また、計画、実行、評価、編集に十分な時間が与えられている場合もある。
(手紙のように)即座に応答する必要のないやり取りや、時間をかけて話し言葉、書
き言葉のテクストを創造する課題がそれに当てはまる。
・ 課題遂行に使える時間:コミュニケーション上即応が要求されるような事態や、学習
者が課題を完了するのに与えられる時間が短いほど、自然発生的なコミュニケーショ
ン課題の遂行にかかるプレッシャーは大きい。しかしながら、自然発生的でないやり
取りや創造の課題でも、例えば、テクストを締め切りまでに完成させるために、計画、
実行、評価、修正に当てる時間が短くなって、時間的にプレッシャーがかかる場合が
ある。
・ 発話時間の長さ(duration of turns):通常、自然発生的やり取りで自分の創造活動の
時間が長ければ(例えば、出来事を物語る)
、短いときよりも困難である。
・ 課題達成に要する言語量(duration of the task):認知的な要因と実施条件が同じで
も、長い自然発生的やり取りや何段階もある複雑な課題、あるいは、長く話したり書いたり
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することを計画・実行することは、短くてすむ場合と比べて難しくなる。
・ 目的
課題の目的を達成するために多くの交渉が必要であれば、それだけ課題の達成は難しくな
る。また、課題の結果について、教師と学習者が同じような想定を持っていれば、その分
多様な結果を許容する範囲が広くなるだろう。
・課題目的の一致・不一致:通常、やり取りの課題で目的が一致する場合の方が、目的
が一致しない場合よりも「コミュニケーション上のストレス」が多い。つまり、前者
の場合、参加者は一つの結果に合意する(例えば次にとる行動について合意を得る)
ことが求められ、課題の成功のために不可欠となる情報を交換するなど、かなりの交
渉が必要になる可能性がある。一方、後者の場合は、特定の結果だけを意図している
わけではない(例えば、ただ意見を交換するだけ)
。
・目的に対する学習者と教師の態度:教師と学習者が、さまざまな結果が出る可能性に
気づいていること、またそれを受け入れることが、課題の遂行に影響する場合がある。
(学習者が―おそらく潜在意識の中で―唯一の「正しい」結果を求めて苦労するのと
は逆である)
・ 予測可能性
課題の実施中に課題のパラメータを定期的に変えることは、参加者の負担を増加させる。
・ やり取り課題の場合、予測しなかった要素(出来事、状況、情報、参加者)が加わる
と、学習者は、より複雑になった新しい状況に対応するために、必要な方略を活用し
なければならなくなる。創造課題では、
「動的な」もの(例:登場人物や場面が常に変
化し、時間的な転換がある物語)を創造するのは、
「静的な」もの(例:無くしたり盗
まれたりしたものを描写する)を創造する課題より負担が大きくなる傾向がある。
・ 物理的な条件
雑音があると、やり取りを処理する負担が増える。
・ 障害:例えば、周囲の雑音や、電話回線の状態が悪い場合、参加者はそれまでの経験
やスキーマ知識、推測する技能などを活用して、メッセージの「隙間」を埋めなけれ
ばならなくなる。
・ 参加者
前述のパラメータ以外に、参加者に関わるさまざまな要因がある。通常、参加者に関わる
要因は操作不可能だが、実生活に即したやり取り課題の難易度に影響する条件として考慮
に入れる必要がある。
・ 参加者の協力の程度:参加者が協力的な場合は、やり取りの主導権をある程度言語使
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用者・学習者の側に譲ることで、コミュニケーションが成功する可能性が高くなる。
例えば、話し合って目的の修正に応じたり、もっとゆっくり話す、繰り返す、説明す
るなどの要請に積極的に応じるなどすれば、理解が促進される。
・ 参加者の話し方の特徴:例えば、話す速さ、なまり、明瞭さ、一貫性など。
・ 相手が見えること(対面してコミュニケーションする場合にパラ言語的な特徴が分か
る)
。
・ 参加者の一般的能力とコミュニケーション能力:行動(特定の言語集団の規範に対す
る慣れ)や話題になっている事柄についての知識を含む。
7.3.2.2 受容
理解を問う課題の難易度に影響する条件と制約には次のようなものがある。
・ 課題の補助材料
・ 課題の特徴
・ 求められる反応の種類
・ 課題の補助材料
さまざまな形態の補助材料を与えることで、課題に内在する困難が軽減できる。例えば、
準備段階を設けて方向性を与え、予備知識を活用させる;課題に明確な指示を与えること
で混乱を防ぐ;作業を小人数で行うことで学習者がお互いに協力し助けあう機会を与える。
・ 準備段階:予想を立てさせ、必要な背景知識を与え、スキーマ知識を活用し、言語的
に特に難しそうなところを、聴く、見る、読む前に押さえておくことによって、処理
の負担と課題の難度が軽減される。また、状況的な助けとして、テクストについての
質問を確認しておいたり(したがって、質問は、理想的には、テクストの前に置くの
がよい)
、場合によっては視覚資料、レイアウト、見出しなどを与えること。
・ 課題の指示:課題について、十分かつ簡潔な指示を(多すぎず、少なすぎず)与える
ことで、課題の手順と目的に関して混乱が起こりにくくなる。
・ 小グループで行うこと:小グループで聴く、読む作業を行い、協力しあうことで、個
別作業よりも課題がうまくできる学習者もいる。作業が遅い学習者だけではない。こ
れは学習者がテクスト処理の負担を分け合って助け合い、理解のフィードバックがで
きるからである。
・ テクストの特徴
あるテクストが、特定の学習者個人、または学習者グループにとって適正であるかどうか
を判断する場合、言語的な複雑さ、種類、談話構造、物理的提示方法、長さ、学習者との
関連性などを考慮する必要がある。
・ 言語的複雑さ:特に統語面で複雑なものに注意を取られると、その分、内容の方に注
意が向かなくなる。例えば、従属節がいくつもある長い文、連続性の途切れ、多重否
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定、意図が曖昧なもの、明確な先行詞や指示のない前方照応詞や対象指示詞の使用な
どである。しかし、加工していないテクストを統語的に簡略化し過ぎると、かえって
難易度が上がってしまう場合もある(重複や意味の手がかりが削られてしまうからで
ある)
。
・ 種類:ジャンルと領域(及び知っていて当然とされる背景知識、社会文化的知識)に
学習者が慣れていれば、テクストの構造や内容を予測し、理解しやすくなる。テクス
トの具体性、抽象性も関係してくる。例えば、具体的な描写や指示、物語(特に適当
な視覚的補助材料があるもの)は、抽象的な議論や説明よりも難易度が低くなること
が多いだろう。
・ 談話構造:一貫した文脈で構造がわかり易い(例えば、時間系列に沿っている、要点
が前もって分かり易く提示されているなど)
、
暗示的ではなく明示的に情報提示がされ
る、矛盾や予想外の情報がない、などのような場合には、情報処理の複雑さが軽減さ
れる。
・物理的提示方法:話し言葉の場合は即時に情報を処理しなければならないので、テク
ストが書き言葉か話し言葉かによって、難易度に明らかな差が出る。それに加え、雑
音、歪み、障害(例:ラジオ・テレビの受信が弱い、手書きテクストの乱雑さや汚れ)
によって、理解が難しくなる。話し言葉(音)のテクストでは、話者の数が多くなる
ほど一人一人の声が判別しにくくなり、個々の話者を把握して理解するのが難しくな
る。その他に聴く、視聴する難易度を上げる要因には、発話の重なり、音声的省略、
馴染みのないアクセント、話す速さ、一本調子、小さい声、などがある。
・ 長さ:一般的に、同様の話題ならば短いテクストの方が長いものより難易度が低い。
というのは、テクストが長ければ処理する量も多く、記憶の負担が増えて、疲労した
り注意が削がれたりするおそれがあるからである(特に年少の学習者の場合)
。
しかし、
同一情報の提示には、短くても難解な文章より、難解すぎずいくらか重複のある長文
のほうが理解し易いだろう。
・ 学習者との関連性:個人的に内容に興味があり動機付けが高い場合には、
(それが直
接理解を助けるとは限らないが)学習者の理解しようとする努力が持続しやすい。一
般には、使用頻度の低い語彙があるとテクストの難易度が上がると思われているかも
しれないが、たとえ専門用語が含まれていても馴染みの深い内容であれば、その方が
その分野の専門家にとっては、一般的な語彙が広範囲に使われるものに比べて難易度
が低く、自信を持って取り組める場合もある。
理解を問う課題の中で、学習者一人一人の知識や考え、意見を披露させることで、動機付
けや自信が高まり、そのテクストと関連した言語的な能力を生かすことができる場合があ
る。また、理解を問う課題を別の課題の中に組み込むことが、課題の遂行に目的を与え、
学習者をより積極的に参加させる手段になることもあるだろう。
・ 課題に求められる反応
比較的難易度の高いテクストであっても、課題を操作して、学習者の能力や性格に合わせ
た反応を求める課題にすることができる。また、理解の技能を育成することをねらいとす
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るのか、理解を確認するためのものなのかによって、課題の設定は違ってくる。理解を問
う課題に実にたくさんの種類があることからわかるように、課題が求める反応もさまざま
である。
理解課題には、全体の理解を問うものや、部分的な理解を問うもの、重要な点について
詳細な理解を問うものがある。読む、聴く活動の後に、テクストの中心的情報の理解を問
うものもあれば、推測技能が必要なものもある。課題には、全体にわたるもの(本文全体
の理解をもとにするもの)と、処理しやすいよう部分ごとになっていて(例:節ごとに課
題がついている)記憶の負担が少ないものとがある。
言葉によらない反応(特に反応を必要としないものや、絵に印をつけるなど簡単な作業)
でよい場合と、言葉での反応(書き言葉、または話し言葉)が求められる場合がある。例
えば後者の場合は、何か具体的な課題を設定して、本文から情報を拾い出させたり再生さ
せたりするものや、あるいは、やり取りや創造の関連課題の中で、学習者が穴埋め、創造
の作業をするものがある。
作業に与える時間を変えることで、課題の難易度を上下させることができる。聴いたり
読んだりするときに繰り返す時間があれば、それだけ学習者が理解できる可能性が増え、
困難を克服するためにさまざまな方略を用いる機会も生まれる。
本書の利用者は次の点を考慮し、必要とあれば、その結果を表明するとよいだろう。
・ 課題の選択と比重に関わる原則:状況に応じてどのような課題が適切になるかも含
め、目的に合わせて「実生活」に即した課題と「学習用」課題を選ぶ。
・ 課題を選択する基準:学習者の目的に適っていて意味のあるものであること、難し
くても現実に達成可能なこと、学習者をなるべく積極的に参加させられること、解
釈や結果に幅をもたせられること。
・内容重視の課題と言語の形式面中心の学習の間の関係:学習者の注意を、絶えず有
意義に両方に向けさせることで、正確さと流暢さがバランスよく発達する。
・学習者の方略をどう考慮に入れるか:さまざまな条件と制約(4.4 参照)のもとで
難しい課題をやり遂げるために、能力と運用を関連付ける学習者の方略が中心的な役
割をする;課題や学習をいかに成功に導くか(学習者がすでに持っている能力を準備
段階で活用することも含めて)
。
・課題を選択する基準と選択肢:学習者の能力のばらつきや発達段階、学習者の性質
(能力、動機付け、必要性、関心)に応じて課題を操作し、課題の難易度を調節する
こと。
・ 課題の難易度の受け取られ方:課題の達成度を評価したり、コミュニケーション能力
を学習者が(自己)評定するときに、その課題の難度がどのように学習者に受け取ら
れているかを考慮に入れる方法。(第9章)
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