エンタープライズIT総合誌 月刊ビジネスコミューニケーション(Webサイトへ) 経営者、ビジネス部門のコミットメントと 継続的な取組みが不可欠である 株式会社野村総合研究所 情報技術本部技術調査室 城田 真琴 統廃合などの変化が生じた際には、IT 基盤を柔軟かつ 全体最適化のためのフレームワーク“EA” 迅速に対応させることが非常に難しくなっている。 また、本来、全体最適を目指すには、最適化の指針と 2003 年から 2005 年にかけて、IT 業界を席巻している なる経営戦略があり、この内容を反映した企業全体の情 キーワードに EA(Enterprise Architecture)と SOA 報システムに関する中長期的な方針が「IT 戦略」とし (Service Oriented Architecture)がある。これらに共 てまとめられていなければならない。しかし、経営戦略 通するのは、企業活動の“全体最適”を指向したキーワ と IT 戦略の整合性の欠如も度々指摘されるようになっ ードであるということである。 ている(図1参照)。 全体最適が求められる背景にあるのは、企業が IT の こうした状況を打破するために登場した概念が EA で 進化による恩恵を享受してきた反面、明確な IT 戦略不 ある。1987 年に当時、IBM の研究員であった John A. 在のもとで、個別の情報システムが部門や業務ごとにバ Zachman 氏が Zachman フレームワークとして提唱した ラバラに構築される「部分最適」に終始してきたことが ものが出発点となっており、ビジネスの全体構造(ビジ あげられる。この結果、部門や業務単位では最適化され ネス・アーキテクチャ)とシステムの全体構造(システ ていても、全社的な視点で見ると、システムの構築、運 ム・アーキテクチャ)を整合性のある設計図として可視 用が複雑化・非効率化し、さらには、企業合併や部門の 化し、経営者・事業部門とシステム部門が共通認識のも 現 状 それに伴う弊害 バラバラなIT企画・開発による 類似・重複システムの乱立 重複投資による無駄 部分最適化されたシステム システム統合が困難 経営戦略とIT戦略の乖離 情報システムの複雑化・分散化 場当たりではなく長期的戦略に則った 業務・システム構築の必要性 エンタープライズ・アーキテクチャ (EA)、SOA(サービス指向アーキテクチャ) 業務・システム の可視化 ビジネスとI Tの 連携強化 全体最適の視点 図 1 全体最適が求められる背景と EA、SOA の関係 124 2005 Vol.42 No.11 エンタープライズIT総合誌 月刊ビジネスコミューニケーション(Webサイトへ) BPMツール によるコント ロールが可能 BPM(ビジネス・プロセス・マネジメント) 在庫の確認 ビジネスプロ セスとサービ スは1対1で 対応 発注 受注処理 発送 粒度の大きなサービス 在庫確認サービス (Webサービス) 発注サービス (Webサービス) 受注サービス (Webサービス) SOAP/HTTP SOAP/HTTP SOAP/HTTP 発送サービス (Webサービス) SOAP/HTTP ESB 在庫 売掛 在庫管理システム 注文 販売管理システム 決済 決済システム 発送 納品 物流管理システム 図 2 ESB と BPM の関係 と、全体最適化を目指して改善活動を行うためのフレー きるだけ大きな範囲で取り組むことで、より大きな効果 ムワークを提供するものである。 が期待できることになる。 本質的には別々の概念であった EA と SOA が最近では 進化する EA をサポートする SOA 一緒に語られるケースが多いのはこのような EA と SOA の相性の良さに起因するものである。 かつて、経営環境の先行きが読みやすい時代においては、 企業は明快な経営戦略を立てることができたため、経営戦 SOA の基盤となる ESB と BPM 略に基づいたEAを考え、静的な全体最適を図っていけば それでよかった。しかし、ビジネスもITも先が読めない今 SOA の実現を具現化する技術にはさまざまなものが 日においては、経営戦略自体が変化することも念頭に置き、 あるが、その基盤となるのが ESB(Enterprise Service 変化するビジネス・アーキテクチャに柔軟に対応できるシ Bus :エンタープライズ・サービス・バス)である。 ステムの全体構造を描くことが求められる。EAに関して ESB は、これまでアプリケーション統合を実現する技 今日、強調すべきことは、かつての静的な全体最適化のた 術として主に使用されてきた EAI(Enterprise めの古典的EAから、ビジネスとITの変化に柔軟に対応で Application Integration)の機能を SOA のコンセプト きるEAへの進化が必要だということである。 に基づき、オープンな標準技術を用いて実現するもので こうした EA の進化を実現するためのシステムの設計 ある。ESB は、サービス同士の連携を仲介するための 思想が SOA である。SOA は「サービス」というアプリ 仮想的なバス(情報交換のための通路)であり、このバ ケーション機能を単位として業務プロセスを定義し、業 スに各サービスを接続することで、柔軟なビジネスプロ 務プロセスに変化があった際には、このサービスの組み セスの構築を可能とするものである。 替えによって、柔軟かつ迅速に対応可能となるアプリケ ーションの構築手法である。 また、SOA を支えるもう一つの重要技術が BPM (Business Process Management :ビジネス・プロセ 一方、SOA には、複数のアプリケーション間でのサ ス・マネジメント)である。BPM は、BPM エンジンと ービスの再利用を促すという側面もある。この点では、 呼ばれるミドルウェアを用いて、あらかじめ定義した業 再利用すべきサービスの抽出を、個別プロジェクトの中 務プロセスに従い、プロセスを構成するサービス(在庫 に留まらず、EA によってグランドデザインを描き、で 確認サービス、発注サービスなど)を次々と呼び出し、 2005 Vol.42 No.11 125 エンタープライズIT総合誌 月刊ビジネスコミューニケーション(Webサイトへ) ビジネス・プロセス・モデリングツール 1. ビジネス・プロセス のモデリング ・ビジネス・コンサルタントなどが 業務プロセスを定義 2. サービスの設計・ 開発 ・要求仕様やメッセージの送受信 方法など、各サービスの詳細を 設計し、必要なコードを作成 ・IBM/WebSphere Integration Developer ・BEA/WebLogic WorkShopなど 3. サービスの実装 ・作成したコードをビジネスロ ジックと関連付け、 サーバへ 実装する ・IBM/WebSphere ApplicationServer ・BEA/WebLogic Serverなど 4. サービスの統合 ・新規/既存のサービスなど 複数のサービスを統合する 5. ビジネスプロセス へのマッピングと実行 ・BPEL等の標準に従い、 ビジ ネスプロセスへのマッピング を行い、実行する。 6. 実行状況の管理 ・ビジネスプロセスの稼働状況の 監視、 サービスレベルの管理など を行う。 ・IBM/WebSphere Business Modeler ・Oracle/BPEL Designer など SOA対応の開発環境 Webアプリケーションサーバ ESB ・ソニックソフトウエア/Sonic ESB ・BEA /AquaLogic Service Bus など BPM ・IBM/WebSphere Process Server ・Oracle/BPEL Process Manager など サービス管理ツール ・IBM/WebSphere Business Monitor ・BEA/AquaLogic Service Bus など 図 3 SOA のライフサイクルと対応する主な製品 自動的に実行する仕組みである。BPM と ESB を組み合 各社のツールがカバーする機能範囲は個々に異なり、 わせることにより、SOA の基盤が効果的、かつ効率的 異なるベンダー間での互換性も現時点では確保されてい に構築できるようになる(図2参照)。 るとは言いがたい。製品選択の際にはこうした点にも注 製品ベースで見た場合、ESB と BPM などの SOA 関 意を払う必要があるだろう。 連ツールは IBM、BEA システムズ、オラクルなどの外 資系ベンダーが先行しており、2004 年から 2005 年にか 求められる個別最適と全体最適のバランス けて製品リリースが相次ぎ、今後も機能拡張や製品ライ ンアップの充実が図られる見込みである。 全体最適の実現が IT アーキテクチャの実現に際して 一方、SOAに基づいてシステムを構築する場合、まず は理想的であることは間違いないが、その実現には相当 企業のビジネスプロセスを分析し、サービス化する業務 の困難が伴い、成し遂げるにはコストもかかる。このた を抽出、さらにサービスの粒度を適切に設定するなどの め、それぞれの企業のビジネス特性にあわせて、時には 準備が必要になる。こうしたSOA構築に際してのコンサ 現実的な対応をしていく必要がある。 ルティングサービスも製品と共に提供され始めている。 例えば、個々の業務部門の独立性が高く、他の部門と こちらは、IBM(ビジネスコンサルティングサービス) は異なるビジネスプロセスを持ち、情報の接点もあまり やBEAシステムズなど外資系ベンダーに加え、2005年に ないような場合は、個々の要件毎に短期かつ安価にシス 入り、日立製作所、富士通、NECなどの国産ベンダーも、 テム構築を実現する個別最適で十分である。 これまで培った各社独自の方法論をベースとして積極的 また、個々の業務システム間で、ハードウェア、ソフ にサービス展開を行っている。例えば、日立製作所「サ トウェアの種類を絞り込んで、ボリュームディスカウン ービス指向システム構築支援コンサルティング」 、富士通 トの適用によるライセンス費用の圧縮効果を高めたいと 「SDAS/Service Modeling」などである。 ここで取り上げた以外にも、SOA 対応を謳うツール いうことであれば、IT 基盤だけの標準化を図るという 手もある。 は、既にベンダー各社からさまざまなものがリリースさ 一方、個々の業務部門間の関連性が高く、統合や再編 れている。ESB、BPM を含む SOA のライフサイクルと が頻繁に発生するような場合には、プロセスやデータも 対応する主な製品を図3に示す。 含めた全体最適が必要になる。大事なのは、全体最適が 126 2005 Vol.42 No.11 エンタープライズIT総合誌 月刊ビジネスコミューニケーション(Webサイトへ) 全ての企業にとっての最適解ではなく、自社の状況に合 てきている。既にEAについては、東京三菱銀行やトヨタ わせて個別最適と全体最適のバランスをうまくとるとい 自動車、松下電器産業などの日本を代表する大手企業の うことである。 取組みが各種メディアで紹介されるようになっている。 また、全体最適を目指して SOA を採用する場合にも SOA については、現段階ではまだベンダーによる啓 注意すべきポイントがある。それは、全てのシステムを 蒙期という感が強いが、恐らく、来年以降、EA 同様に SOA で構築する必要はないということである。例えば、 大手企業による取組み例を雑誌等で目にするようになる アプリケーションのビジネスロジックやデータフロー、 だろう。 プロセスを変更する見込みがほとんどない場合、あるい 一方、今後、さらに企業の全体最適に向けた取組みを はリアルタイムに近いレスポンスが求められる場合など 加速させる要因がある。それは、2008 年の春から施行 である。非同期で疎結合な SOA のアーキテクチャは本 が予定されている日本版 SOX(Sarbanes ‐ Oxley :サ 質的にリアルタイム性が要求されるアプリケーションに ーバンス・オクスレー)法である。SOX 法についての は不向きである。 詳細はここでは省略するが、企業に対して適正な内部統 このため、企業には、SOA の適用が望ましいものと、 制を求める法律であり、例えば、「企業内全体にわたる そうでないものの見極めが求められる。いわば適材適所 情報処理システムが財務報告に係わるデータを適切に収 の SOA 適用が必要だということである。 集し処理するプロセスになっていることを確保するこ 最後に強調しておきたいのは、EA にしろ、SOA にし ろ、継続的な取組みが必要であり、初年度から目に見え る形で効果が現れにくいという点だ。スタッフの啓蒙活 動や教育なども含めて、大掛かりな取組みが必要になり、 と」などが求められるようになる。 このSOX法に対する対応もEAやSOAなどの全体最適 化に向けた取組みにより、効率化されると考えられる。 EA を内部統制の観点から見ると、企業全体でシステ いずれもシステム部門だけではなく、経営者・ビジネス ムを標準化することにより、アプリケーション統制の標 部門のコミットメントが不可欠である。 準化や IT 全般統制の整備が進み、部署や子会社ごとに バラバラであった統制レベルを底上げ・統一することが 日本版 SOX 法が全体最適を加速させる 可能になる。実際、筆者が 2003 年の秋(EA が日本に紹 介され始めた時期)に、EA に先進的に取り組むいくつ EAやSOAなど全体最適に向けたキーワードがある種の かの米国企業にインタビューを行った際にも、EA の導 バズワードとなり、その意図するところも次第に浸透し 入により米国で既に施行されていた SOX 法や HIPAA (Health Insurance Portability and Accountability Act)などの規制対応が容易になった、との声が多く聞 かれた。 日本企業においても、SOX 法の施行を契機に、内部 統制を単なる牽制機能と捉えるのではなく、企業グルー プのコーポレート・ガバナンスを実現する経営管理の中 心機能と位置づけ、グループ全体のガバナンスの強化の ために、全体最適の考え方に基づいて業務プロセスや IT アーキテクチャを見直す良い機会と捉えてはどうだ ろうか。 2005 Vol.42 No.11 127
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