日本貝類学会 平成 18 年度大会 プログラム

日本貝類学会 平成 18 年度大会 プログラム
平成 18 年 4 月 8・9 日 東京海洋大学品川キャンパス 楽水会館
4月8日(土)
9:30 受付開始
【 口頭発表 】
○ セッション1– 1 分布、ファウナ (1) 座長:増田 修
1. 10:30-10:45 有明海の外来貝類(ミドリイガイ、カラムシロ)について 西濱士郎○・
圦本達也
2. 10:45-11:00 群馬県からカワヒバリガイを記録する 片山満秋・清水良治○・松本 寛
3. 11:00-11:15 近畿地方大和川水系の淡水貝類 石井久夫○・大和川水系調査グループ貝班
○ セッション1– 2 分布、ファウナ (2) 座長:桒原康裕
4. 11:15-11:30 山口県北部・島根県西部における注目すべき熱帯性貝類 − 2005 年の出現状
堀 成夫
5. 11:30-11:45 豊かな内湾の貝類相2 −静岡県浜名湖− 木村昭一
6. 11:45-12:00 三重県英虞湾奥部真珠養殖筏下にみられた特異な腹足類群集 長谷川和範
12:00-13:00 総会および学会賞授賞式
13:00-14:00 昼休み
○ セッション2– 1 系統分類 (1) 座長:狩野泰則
7. 14:00-14:15 西太平洋におけるフナクイムシ様キクイガイ類 Xyloredo 属,Xylopholas 属 ( ニ
オガイ科 : キクイガイ亜科 ) の初産出 芳賀拓真○・加瀬友喜
8. 14:15-14:30 A new Meretrix species from Arabian Sea Chloe Martin・Akihiko Matsukuma ○
9. 14:30-14:45 ラウ海盆およびケルマディック島弧から採集された新種の深海性笠型貝類 佐々木猛智○・ 狩野泰則・藤倉克則・土田真二
10. 14:45-15:00 日本海溝・千島海溝産のホウシュエビスガイ科腹足類の1新種 栗原行人○・
太田 秀
11. 15:00-15:15 日本産ナメクジ類(柄眼目)の分類学的研究の現状 上島 励
15:15-15:30 休憩
○ セッション2– 2 系統分類 (2) 座長:上島 励
12. 15:30-15:45 ヒラミルミドリガイとスガシマミドリガイ−別種か変異か? Cynthia D. Trowbridge ○・ 平野弥生・須藤耕佑・平野義明
13. 15:45-16:00 ミドリアマモウミウシ Placida sp. (sensu Baba, 1986) とその隠蔽種 平野義明○・平野弥生・Cynthia D. Trowbridge
1
14. 16:00-16:15 カワニナ属 (Semisulcospira) の琵琶湖固有種は単系統群か? 神谷敏詩○・
橋本崇・中井克樹・松田征也・高見明宏・島本昌憲
15. 16:15-16:30 DNA 塩基配列の比較による日本産イシマキ属の分類 川口博憲○・狩野
泰則・三浦知之
16. 16:30-16:45 古腹足類の分子系統とホウシュエビス上科の再定義 狩野泰則
17:15-19:15 懇親会
4月9日(日)
○ セッション3– 1 生理・生態 (1) 座長:吉岡英二
17. 10:00-10:15 ヒ ザ ラ ガ イ Acanthopleura hirtosa の 初 期 発 生 大 越 健 嗣 ○ ,・J. Shaw・D.
Macey
18. 10:15-10:30 新潟県直江津港沖で採捕された浮遊遠洋性アミダコ卵巣の組織像 本間義治○・牛木辰男・ 武田正衛・中村幸弘
19. 10:30-10:45 コウイカの発生に伴う卵の成分と代謝の変化 張 霞○・土屋光太郎・瀬川
進
20. 10:45-11:00 頭足類の腕は「足」か「頭部」か?:オウムガイの胚発生からみた起源 滋野修一・佐々木猛智○・森滝丈也・春日井隆・阿形清和
21. 11:00-11:15 カタツムリにおける交尾後受精前隔離のメカニズム 森 宙史・浅見
崇比呂○
11:15-12:15 ポスターセッション
12:15-13:15 昼休み
○ セッション3– 2 生理・生態 (2) 座長:岩崎敬二
22. 13:15-13:30 雌雄同体における成長に伴う性配分のシフト:アメフラシでの検証 遊佐陽一
23. 13:30-13:45 オニヒザラガイ (Acanthopleura gemmata) の移動と摂食活動 ̶ 食事と移動は行
動として区別されるか? 吉岡英二
24. 13:45-14:00 サカマキガイの餌選好性 吉田恵史郎○・遊佐陽一
25. 14:00-14:15 イイダコの学習に関する研究 海老澤慎一○・土屋光太郎・瀬川 進
○ セッション3– 3 生理・生態 (3)、保全 座長:西濱士郎
26. 14:15-14:30 沖縄本島で見られるハナビラダカラの体サイズ地理的変異 入江貴博
27. 14:30-14:45 千葉県館山市坂田の岩礁域におけるアマオブネガイの分布生態 則竹 聡○・土屋光太郎・ 瀬川 進
28. 14:45-15:00 沖縄市泡瀬干潟の希少貝類と保全の現状 −レッドデータブックの有効性を
考える− 山下博由○・名和 純・前川盛冶
29. 15:00-15:15 韓国の市場と漁労の貝類 山下博由
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【 ポスター発表 】
P1. タケノコモノアラガイの右巻と左巻は鏡像対称に発生するか 後藤今日子○・浅見崇比呂・
Edmund Gittenberger
P2. 漂流するアマモから得られたネムグリガイ 芳賀拓真
P3. ウミウサギガイとソフトコーラルの関係について 河合 渓
P4. アムール・オホーツク・プロジェクトにより採集されたアムール川中流域の淡水産軟体動
物 桒原康裕○・室岡瑞恵
P5. 南米原産 Marisia cornuarietis (Ampullariidae) の帰化の危険性 増田 修
P6. マレイマイマイの左巻と右巻は鏡像対称か 中寺由美 ○・浅見崇比呂・関 啓一・
Somsak Panha・Chirasak Sutcharit
P7. カサガイ類の分子系統と生物地理学的研究 中野智之○・小澤智生
P8. フジノハナガイに対するミユビシギの斧足採食の影響 奴賀俊光
P9. 飼育環境下における南極海産エゾバイ科貝類の成長速度 沼波秀樹○・松田 乾・平野
保男
P10. 日本海直江津沖の巨大メタン噴出域で観察・採集された貝類 沼波秀樹○・松本 良・
青山千春・町山栄章・蛭田明宏・弘松峰男・藤 浩明
P11. 水族館における貝類の展示について 小賀坂理恵
P12. イガイ科穿孔性貝類の有機質膜 大和田正人
P13. 相模灘産多板類相予報 齋藤 寛
P14. 小笠原諸島固有種オガサワラカワニナの解剖およびヌノメカワニナとの比較 佐々木
哲朗○・佐竹 潔・土屋光太郎
P15. 相模川水系,桂川水系におけるタイワンシジミの出現状況 園原哲司○・西尾祐香・
土屋雄樹・長島拓也・落合進也
P16. 国立科学博物館新宿分館に収蔵されているシジミ類の標本 園原哲司○・西尾祐香・
土屋雄樹・長島拓也・落合進也
P17. カタツムリはいつ精包を渡すのか 杉 緑○・浅見崇比呂
P18. 転石潮間帯におけるヒメコザラ個体群の長期変動 高田宜武
P19. チャコウラナメクジの大阪における生活史および、その温度と光周期による調節 宇高
寛子○・沼田英治
P20. 発生拘束が鏡像体の進化を抑制する 宇津野宏樹〇・浅見崇比呂・Edmund Gittenberger
P21. Widespread introgression of mtDNA against prediction based on interspecific asymmetry of
prezygotic isolation in land snails Amporn Wiwegweaw ○・Takahiro Asami
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有明海の外来貝類(ミドリイガイ,カラムシロ)について
西濱士郎○・圦本達也(西海区水産研究所)
多くの固有種・準固有種が生息する有明海にも,船底付着や国外産アサリ種苗への混入によって,ム
ラサキイガイやシマメノウフネガイなど,数種の外来貝類が持ち込まれ定着している.今世紀に入って
からも,カラムシロなどの新手の外来種が発見されている.本報告ではこれまでに有明海での報告例が
なかったミドリイガイの発見例と,カラムシロの現状について若干の知見を述べる.
ミドリイガイは有明海のほぼ中央,多比良沖に設置した観測機器の目印用のフロートに付着していた.
付着個体は1個体のみで,観測機器の設置期間中(2005 年 5 月末から同年 9 月末)に付着したものである.
殻長は 25mm.細かい成長輪に混じって,障害輪と考えられるものが数本認められた.採集地の海底には,
水温・塩分・溶存酸素濃度が記録できる機器が設置されているので,ミドリイガイが付着していた期間
の環境データがほぼ連続的に得られている.発表ではこのデータを用いて,ミドリイガイの成長履歴を
考察する.また,過去の海洋観測結果などから,今後の定着の可能性についても論議する.
カラムシロは,佐賀県鹿島市の沖で,共同講演者の圦本がサルボウの採集をした時に混獲された.本
種は一時期,漁業被害が出るほどまで個体数を増やしたが,この2−3年は干潟ではほとんど見られな
くなっている.しかし潮下帯には確実に定着しており,今回採集されたものは,生きたサルボウの殻表
に着いていた.同時にオリイレボラやアラムシロ,マルテンスマツムシなども 1 ないし 2 個体ずつ採集
されたが,ヒロオビヨフバイなどの有明海特有のムシロガイ科の在来種は採集されていない.定量的な
採集を行っていないものの,すくなくとも鹿島市の沖では本種がムシロガイ科の中では優占的に生息し
ていると思われる.発表では本種の形態の特徴についても述べる.
Nishihama S. and Yurimoto T.: Note on the occurrence of alien molluscs (Perna viridis and Nassarius sinarus) in
Ariake Sound
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群馬県からカワヒバリガイを記録する
片山 満秋・清水 良治○(群馬県自然環境調査研究会)
・松本 寛(鏑川土地改良区)
富岡市南後箇,大塩湖水系(鏑川用水隧道)において 2005 年 8 月,用水路の水量を感知する水位セン
サーが異常を示し始めた.9 月に調査した結果,カワヒバリガイの大量生息により水位センサー水槽へ
の水流を妨げていることがわかった.東日本でカワヒバリガイの大量発生が確認されたのは初めてであ
る.鏑川用水は農業用水以外に,地域の水道水としても利用されており,カワヒバリガイの大量死後の
水質悪化やシジミの生息域を奪うなどの生態系にも大きな影響を与えることが懸念される.12 月 17 日,
22 日に現地調査を行ったので結果の概要を報告する.
1.南 2 号幹線水路(最初に生息確認された隧道),大塩湖の水が直接流入する.他の幹線水路,河
川に大量の水を供給する馬蹄型のコンクリート製幹線隧道(1.65 × 1.7 m)
,通常水位は 1.2m ほどある.
大塩湖から 490m までの隧道内にカワヒバリガイが側壁に高さ約 1.2m,厚さ約 5cm に隙間なく付着,水
底には厚さ約 20cm に堆積する.殻長は 30mm 前後が多い (22 日 ).付着後 2~3 年経過していると推測で
きる.2.大塩湖ダムサイト北隧道水路(南2号幹線水路の分岐水路).水中側壁に厚さ約 5cm,水底に
厚さ約 10cm に堆積,殻長 20mm 以下の個体が多い,約 7 万個 / 1m2(17 日).この 2 箇所には著しい
数のカワヒバリガイが生息.2.の水流は涸沢川と合流する,合流点下流の約 100m 間の水中の転石に
も生体が付着しているが多くても 1 個の石に 5 個体と,密度,個体数ともに激減する(22 日)
.その後
の調査では大塩湖内を始め,同一水系の藤岡市,竹沼直下の排水溝等でも生息が確認された ( 西部県民
局 1 月調査 ).密度個体数ともに少ないが生息域は既に同一水系全域に広がっている可能性が高い.なお
本報告にあたり,琵琶湖博物館の松田 征也氏,中井 克樹氏のお世話になりました.感謝の意を表し
ます.
Katayama, M., Shimizu, R. and Matsumoto, H.: The first record of Limnoperna fortunei (Bivalvia, Mytilidae) in
Gunma Prefecture
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近畿地方大和川水系の淡水貝類
石井久夫○(大阪市立自然史博物館)・大和川水系調査グループ貝班
大和川水系は,奈良盆地と大阪平野東南部を水域とし,大阪では淀川とともに大きな河川であり,日
本で最も水質が悪い一級河川の一つとしても知られている.大和川の生物と水環境を調査する目的で,
大阪市立自然史博物館と自然史博物館友の会により大和川水系調査グループがつくられ,会員 100 名以
上の参加で総合的な調査が行われてきた.その一環で,貝班として淡水棲貝類の生息調査をおこない,
概要を把握することができた.
主として 2004 年,2005 年の調査で,本支流と周辺の水路,ため池等の水域で以下の棲息が確認でき
た.腹足類はオオタニシ,マルタニシ,ヒメタニシ,カワニナ,ウスイロオカチグサ,ヒメモノアラガイ,
ヒラマキミズマイマイと外来種のスクミリンゴガイ,サカマキガイが,二枚貝類は,イシガイ,マツカ
サガイ,ドブガイ, タガイ ,マシジミ,ドブシジミ,マメシジミ類が記録された.そのほか汽水域に
はヤマトシジミが棲息する.
日本在来種のうち,多くの貝類は棲息地が局限されている.タニシ類ではオオタニシは奈良盆地北部
のため池に限られ,マルタニシは本支流の上流地域の水田や水路にのみ棲息していた.ヒメタニシは奈
良盆地の平野部のほぼ全域と大阪府の石川流域で確認された.カワニナは山間から盆地の水路に比較的
ふつうに認められた.二枚貝類では,マツカサガイは奈良盆地の縁辺部に限られ,イシガイは平野部の
水路に棲息するが局所的である.しかし個々の棲息地では個体数は多く,再生産も維持されていると思
われる.ドブシジミ,マメシジミ類は山間水田地域の各 1 地点で確認できたが,全域での分布の詳細は
不明である.ドブガイ類はため池・水路等に認められた.マシジミは奈良盆地では平野の周辺部から中
心部にかけて広く分布し,水路では高密度で棲息する所もある.外来種は平野部に多いが,外来種のシ
ジミは,石橋・古丸(2003)と同様,今回の調査でも確認していない.
Ishii,H. and the Research group for the freshwater molluscs of Yamato River: The distribution of the freshwater
molluscs in Yamato River drainage basin, Kinki district
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山口県北部・島根県西部における注目すべき熱帯性貝類 ― 2005 年の出現状況
堀 成夫(萩博物館)
日本海南西部に面し対馬暖流の影響を受けている山口県北部では,近年,インド・西太平洋の熱帯部
を中心に分布する貝類の発見が相次いでいる.演者は昨年の当会で,2004 年以前に同地域で発見された
ものについて報告したが,その後,範囲を島根県西部まで広げつつ調査を継続したところ,さらなる発
見があったので報告する.
1) 日本海新記録種:ツマニケボリ(生貝),キヌヅツミ(生貝),
カミスジダカラ(死殻)
,カノコダマ(死
殻),ナナイロサンゴヤドリ(生貝),チビタケノコ(生貝・死殻),ギンギョガイ(死殻).すべて
山口県北部で採集.
2) 島根県新記録種: ヤクシマダカラ,ホシキヌタ,ヤナギシボリダカラ,クチグロキヌタ,コモンダ
カラ,ナシジダカラ,オミナエシダカラ,サメダカラ,シノマキ,マルベッコウバイ,ヤタテガイ,
ナツメガイ(全て死殻).これらの種は従来,日本海では山口県北部以南に分布するとされていたが,
さらに北方へ分布域が広がっている可能性がうかがえる.
3) 過去に比べて増加した既記録種:シゲトウボラ(死殻)
,ヒメミツカドボラ(死殻)
,トウマキ(生貝・
死殻),ミカンレイシ(生貝・死殻),コナツメガイ(生貝・死殻).これらの種は以前はごく稀に見
られる程度であったが,2005 年中に複数個体が採集された.また,かつては少産種であったが 2003
年頃から頻出するようになったヤタテガイ,ハナカゴオトメフデ,ベニオトメフデは 2005 年も生貝・
死殻ともども多数確認された.
上記の貝類の出現は,当地方で 1997 年頃から続いている熱帯性の魚類・甲殻類などの頻出と一連の
ものと考えられる.同年頃より当地方の海水温が「高温期」に入っていることを考慮すると,このたび
の多数の熱帯性貝類の発見は調査努力量が増加したこと以上に日本海南西部の海水温上昇によって促さ
れた可能性が高いといえよう.
Hori, S: Noteworthy marine mollusks representing a tropical Pacific faunal element found from the northern
Yamaguchi and western Shimane prefectures in 2005
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豊かな内湾の貝類相2 −静岡県浜名湖−
木村昭一(愛知県環境部)
浜名湖は静岡県西部に位置する日本有数の汽水湖である.湖の中でも外洋水の影響を強く受ける舞阪
湾の中央部に位置する錨瀬は,2002 年に環境省の全国干潟調査の対象地域になっている.また,同所で
は 2003,2004,2005 年の3回にわたって名古屋貝類談話会の採集調査会が行われている.演者は 1995
年より多様な貝類相を示す舞阪湾を中心に浜名湖の貝類相の調査を行っている.調査は干潟の表面観察,
掘り返し,潜水,ドレッジにより延べ80回以上に渡って行った.その結果,イボキサゴやハマグリな
ど多くの全国的に絶滅が危惧される種の生息を確認した.また,生体についてほとんど知られていない
イソカゼ,オウギウロコガイなどの生息も確認した.本発表ではこれらの貝類の生息状況について報告
すると共に,ウロコガイ科貝類の分類学的検討,外国産アサリの放流に伴う外来種の侵入についてもあ
わせて報告する.
Kimura, S. : Rich Molluscan Fauna of Hamana Lake , Shizuoka Pref.
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三重県英虞湾奥部真珠養殖筏下にみられた特異な腹足類群集
長谷川和範(国立科学博物館)
英虞湾は,三重県志摩半島南部に位置する,入り組んだリアス式の海岸であり,古くから真珠
母貝のアコヤガイ養殖で知られる.近年,湾内の富栄養化が進み,三重県が主体となって再生事
業が進められているが,その一環として,養殖筏下に漁礁が試験設置され,周辺の底生生物相が
定期的にモニターされている.この調査で採取されたサンプルの一部の同定を依頼された演者は,
2005 年秋の試料に,複数の腹足類未記載種が大量に含まれていることを認め,11 月 16-17 日に
現地に出向いて詳しい腹足類相の調査を行ったので,その結果について報告する.
調査地点は志摩市阿児町西山付近,英虞湾奥部のアコヤガイ養殖筏直下で,水深 9 m の泥底
に金属フレームとアコヤガイ貝殻でつくられた漁礁が設置されている.英虞湾奥部では夏季に
は躍層の発達により底層が貧酸素状態となるため,底質の内部は硫化水素により黒色を帯びる.
現地では,漁礁の直下およびその周辺で,直径 30cm 四方の金属フレームにプランクトンネット
を張った採集器具を用いて底質表層部を採取し,研究室に持ち帰って含まれる腹足類をすべて
拾い出した.出現した腹足類は貝殻の遺骸を含めて全体で 55 種類に上ったが,生きた個体が確
認できたのはそのうち 26 種類であった.優先的に出現したのは,個体数の多い順にナギツボ,
イソコハクガイ,Xenoskenea sp.,タマツボ,ハリウキツボ,Cornirostra sp. であり,そのうち
Xenoskenea と Cornirostra は日本新加入属となる.従来軟体部の形態が不詳であった Xenoskenea
についてやや詳しい検討を行った.ナギツボは Elachisinidae の未記載種とされ,これまで瀬戸内
海西部や有明海で記録があるが,外套触角などの形質などから Vitrinellidae の 1 種と考えられる.
その他,分類学的に興味深い種類について触れる.
Hasegawa, K.: A unique gastropod assemblage found in Ago Bay, Mie Prefecture, under pearl oyster
culturing rafts
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西太平洋におけるフナクイムシ様キクイガイ類 Xyloredo 属,Xylopholas 属
( ニオガイ科 : キクイガイ亜科 ) の初産出 芳賀拓真○ ( 東大 院・理・生物科学・進化多様性 )・加瀬友喜 ( 科博・地学 )
Xyloredo 属と Xylopholas 属は,Turner によって 1972 年に設立されたニオガイ科キクイガイ亜科のグル
ープであり,深海の沈木からのみ報告されている.Xyloredo 属は大西洋から 2 種と,カリフォルニア沖
の東太平洋から 1 種が知られ,Xylopholas 属は大西洋から 1 種のみが知られている.それらの殻はキク
イガイ属 (Xylophaga) に酷似しており,殻だけでの分類は極めて困難である.しかし,Xyloredo 属は薄い
石灰質の棲管をもち,Xylopholas 属は水管の基部に一対の石灰質のプレートをもつことから,キクイガ
イ属とは明瞭に区別することができる.これらの形質は,棲管と石灰質のプレートを共にもつフナクイ
ムシ科の特徴と類似し,キクイガイ亜科において特異的な形質といえる.
発表者は 2004 年 2 月,茨城県沖の水深 490m から回収された沈木を調査中,Xyloredo 属と Xylopholas
属に分類される種類を発見した.前者はバハマ沖から記載された属模式種 Xyloredo nooi Turner, 1972 に
類似するが殻形態が異なり,未記載種の可能性がある.後者はフロリダ沖から記載された唯一の属模
式種 Xylopholas altenai Turner, 1972 に同定される.さらに,土佐湾から記載された テラマチキクイガイ
Mesoxylophaga teramachii (Iw. Taki & Habe, 1950) は,模式標本を検討した結果,Xyloredo 属に属位変更す
る必要があることがわかった.
本発表では,西太平洋では初産出となる Xyloredo 属と Xylopholas 属の形態的特長を紹介し,キクイガ
イ類の分類における殻以外の付属的形質の重要性について報告する.
Haga, T. and Kase, T.: The first occurrence of the teredo-like wood borer Xyloredo and Xylopholas (Pholadidae:
Xylophagainae) in the West Pacific
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A new Meretrix species from Arabian Sea
Chloe Martin (Museum National dʼHistoire Naturelle, Paris) and Akihiko Matsukuma ○ (Kyushu Univ.)
One articulated shell of unknown species of Meretrix from a lagoon near Karachi was observed at the U. S. National
Museum of Natural History, Washington, D.C. More recently C. Martin collected a number of shells of the same
species from archeological sites of Oman (4500 to 2000 BC). At the archeological sites, the Meretrix sp. was
characteristically associated with mollusks of a lagoon, including Amiantis umbonella and Marcia opima. The
followings are description of the Meretrix n. sp.:
Shell antero-posteriorly elongate subtrigonal, thick, inequilateral, equivalve. Beak prosogyrous,
moderately high, placed slightly anterior to midpoint of dorsal margin. Anterior margin more or less narrowly
rounded; ventral margin widely rounded; posterior margin narrow, bluntly pointed; postero-dorsal margin long,
more or less straight. Lunule weakly defined; no small pit at the commissure plane below lunule. Escutcheon very
weakly defined. Outer surface smooth, without irregularly spaced growth striae at anterior area just behind lunule.
Outer coloration white, glossy; inner coloration white, occasionally tinged with dark purple posteriorly. Hinge plate
short, thick, arched, with weak AI, AIII, and three cardinal teeth in the right valve; strong AII, three cardinal teeth
in the left valve. Pallial line more or less distinct, far from ventral margin. Pallial sinus extremely shallow, without
heel. Anterior adductor muscle scar oval, smaller than oval posterior adductor muscle scar.
This Meretrix sp. differs from Meretrix casta var. ovum (Hanley) illustrated by Hornell (1917, pl. 5, f.
24-26; pl. 6, f. 35-38) by possession of longer posterior half and very shallow sinuation just before postero-ventral
corner.
クロエ マルタン(フランス国立自然史博物館)・松隈明彦(九州大学)
カラチ付近(パキスタン)の現生標本およびオマーンの遺跡出土の標本に基づき,新種と考えられる
ハマグリ属の1種を報告する.
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ラウ海盆およびケルマディック島弧から採集された新種の深海性笠型貝類
佐々木猛智○(東大・総博)・狩野泰則(宮崎大・農)・藤倉克則(JAMSTEC)・土田真二
(JAMSTEC)
ラウ海盆およびケルマディック島弧から採集された笠型貝類の分類学的研究を行った結果,7種に分
類され,それらは全て新種である.そのうち4種は,Acmaeidae の Bathyacmaea 属の種である.sp. 1 は純
白で殻は厚く,表面には絹目状の彫刻がある.ほぼ全ての個体で殻頂部が著しく浸食され強い段差を生
じる.sp. 2 は殻は薄く,軟体部が透けて見える.殻頂は全ての個体でほとんど浸食を受けておらず,殻
表には付着物がない.本種は Bathyacmaea jonassoni Beck, 1996 に近似するが,殻が薄く,殻高が低く,
殻表に微細な放射状の彫刻がある点で異なる.sp. 3 は顕著な放射細肋が密にあり,肋の表面は顆粒状で
ある.殻は全体的に厚く,殻縁部のみが薄く透き通って見える.sp. 4 は sp. 3 に類似しているが,放射肋
が太く,肋上の顆粒が顕著で,殻形は前側が先細りになる点が異なる.残りの3種は多数の上足触角を
持ち,殻頂は中央よりも後方に位置しており,古腹足類の Peltospiridae に属する.sp. 1 の殻は前後に長
く,灰白色で,殻頂は後方に著しく偏り,殻の左側を向く.sp. 2 の殻は円形に近く,表面は平滑である.
sp. 3 は Puncturella に類似した殻形を持つが,殻頂部には孔がない.顆粒を伴う強い放射肋をもち,殻縁
に突出する点が特徴である.
Sasaki, T., Kano, Y., Fujikura, K. and Tsuchida, S.: New species of deep-sea limpets collected from Lau Basin and
Kermadec Island Arc
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日本海溝・千島海溝産のホウシュエビスガイ科腹足類の1新種
栗原行人○(埼玉自然史博)・太田 秀(東大・海洋研)
平成 13 年 9 月から 10 月にかけて実施された東京大学海洋研究所調査船白鳳丸の KH-01-2 研究航海 日
本海溝と千島海溝の深海底生生物に関する研究 において得られた深海性貝類のうち,ホウシュエビス
ガイ科腹足類の1新種について報告する.標本は三陸沖日本海溝および釧路沖千島海溝の海側斜面の下
部深海帯(水深 5,000-6,000 m)からそれぞれ1個体ずつ計2個体が得られた.1個体は死殻であり,も
う1個体は軟体部が強く退縮しているため軟体部および蓋の検討は行っていない.殻はホウシュエビス
ガイ科にしてはやや大型(殻高 7.0 mm,殻径 9.5 mm), 白色半透明,内層は真珠質,低円錐形.胎殻は
溶食により失われ,5螺層が保存されている.螺層中央やや下に1螺肋が発達することにより弱い肩部
を形成し,さらに周縁に2螺肋を有する.彫刻はシグモイド状の縦条と繊細な螺条の交差により布目状
を呈する.殻底は弱くふくらみ,螺肋と成長線で覆われる.臍孔は開く.殻口は亜方形,posterior notch
および basal notch はいずれも浅く,軸唇は突起を持たない.殻形態から,本種は Seguenziinae 亜科 ,
Fluxinellini 族の Ancistrobasis 属に位置づけるのがもっとも妥当である.本種は北西太平洋産 Ancistrobasis
属として初記録であるばかりでなく,ホウシュエビスガイ科腹足類としては数少ない海溝域に生息する
種として興味深い.
Kurihara, Y. and Ohta, S.: A new species of seguenziid gastropod from the Japan and Kuril Trenches
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日本産ナメクジ類(柄眼目)の分類学的研究の現状
上島励(東大院・理学系)
日本に生息する ” ナメクジ ” には,人家周辺に生息する外来種と山野に生息する在来種とがある.前者
は農業害虫として重要であり,後者には絶滅危惧種が含まれる.しかし,これら日本産ナメクジ類の分
類学的研究は遅れており,種の認識および個々の種の分類学的位置については多くの問題がある.ナメ
クジ類の分類の現状と問題点について述べ,最近の研究成果や未記載種や日本新記録種を紹介する.
Ueshima, R.: Recent advance in taxonomy of Japanese stylommatopholan slugs
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ヒラミルミドリガイとスガシマミドリガイー別種か変異か?
Cynthia D. Trowbridge ○ (Department of Zoology, Oregon State University)・平野弥生・須藤耕佑・
平野義明(千葉大・海洋バイオシステム研究センター)
比較的よく知られた嚢舌類,ヒラミルミドリガイ Elysia trisinuata Baba, 1949 は草緑色で側足縁に3個
の小湾入をもつなどの特徴をもつ.また,微小鋸歯を備えたナイフ刃状の歯をもつことが知られている.
一方,スガシマミドリガイ E. sugashimae Baba, 1955 は,外部形態ではヒラミルミドリガイに近似するが,
歯の形状に著しい違いを有するという理由から新種として記載された.スガシマミドリガイの歯は鎌状
で先端が曲がり,ヒラミルミドリガイの歯の変異の中に含めるには確かに違いが大き過ぎるように思わ
れる.しかし,ヨーロッパの E. viridis では餌海藻によって歯舌の形態に変異が見られ,餌を変えて飼う
と歯の形状が変化することが示されているので,歯舌の形態だけに基づいて種を区別することは危険で
もある.
果してヒラミルミドリガイとスガシマミドリガイは別種として扱われるべきものか,もしそうであれ
ば,2種間に地理的分布,微小生息場所などの違いがあるかを調べるため,相模湾,瀬戸内海,沖縄な
どから得られたヒラミルミドリガイ様の外部形態を有するウミウシについて,100 を超える個体の歯舌
の観察を行った.その結果,ヒラミルミドリガイ型とスガシマミドリガイ型の両方の歯で構成される歯
舌を有する個体が少なからず存在することがわかった.従って,歯の形態だけに基づいてスガシマミド
リガイをヒラミルミドリガイから分けることは適切ではないと考えられる.ヒラミルミドリガイ型の歯
をもつものとスガシマミドリガイ型の歯をもつものは,しばしば同所的に出現し,概ね,小さい個体に
ヒラミルミドリガイ型の歯をもつものが多いこと,また,同一個体内に両方の歯が見られる場合は,よ
り古い歯にヒラミルミドリガイ型が多いことがわかった.歯の形の変化を引き起こす要因の解明は今後
の課題である.
Trowbridge, C.D., Hirano Y.M., Sudo, K., and Hirano, Y.J: Elysia trisinuata and E. sugashimae – distinct species or
intraspecific variation?
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ミドリアマモウミウシ Placida sp. (sensu Baba, 1986) とその隠蔽種
平野義明○・平野弥生(千葉大・海洋バイオシステム研究センター)
・Cynthia D. Trowbridge(オ
レゴン州立大・動物学教室)
嚢舌目ハダカモウミウシ科ミドリアマモウミウシ属 (Limapontidae, Placida) には10を超える種が記載
されているが,多くは記載が貧弱で十分な分類学的検討がなされていない.また,そのうち半数近くは
原記載の後,Placida dendritica (Alder & Hancock, 1843) と同種とされ,その結果, P. dendritica は世界各
地から知られる「汎生種」になった.本邦でも和名「ミドリアマモウミウシ」の名で報告され,よく知
られた嚢舌類の一種となっている.しかし,ミドリアマモウミウシを P. dendritica と同種とすることには
異論もあり,分類学的検討が十分になされるまでは,Baba(1986) に従って Placida sp. とするのが妥当で
あろう.
ミドリアマモウミウシは日本各地に分布する普通種で,ミル類とハネモ類の海藻を食し,これらの海
藻上に時に高密度に出現する.演者らは,ハネモ類の上にはミドリアマモウミウシに一見よく似た別の
種も生息しており,2種のウミウシはしばしば同所的に出現することを見いだした.詳細な形態観察の
結果,この種は,ホンコンから記載された Placida daguilarensis Jensen, 1990 であることがわかった.P.
daguilarensis は,注意深く見れば,外部形態でも触角や心嚢の形態などでミドリアマモウミウシと区別
することができる.分布調査から,北海道西海岸,房総半島,相模湾,瀬戸内海,沖縄など,日本各地
に広く分布していることもわかった.また,ミル類からも,ミドリアマモウミウシに非常によく似てい
るものの触角の形状が異なる,また別の種を発見したが,こちらはまだ正確な同定には至っていない.
いずれにしても,
「ミドリアマモウミウシ」には,いくつかの隠蔽種が存在することが明らかになってきた.
Hirano, Y.J., Hirano Y.M., and Trwobridge, C.D.: Cryptic species of a common Japanese sacoglossan,
Midoriamomo-umiushi
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カワニナ属 (Semisulcospira) の琵琶湖固有種は単系統群か?
神谷敏詩○(東北大学大学院理学研究科)・橋本崇(ニイウス株式会社)・中井克樹(滋賀県立
琵琶湖博物館)・松田征也(滋賀県立琵琶湖博物館)・高見明宏(財団法人東海技術センター)・
島本昌憲(東北大学総合学術博物館)
日本産カワニナ属は,琵琶湖およびその周辺域に生息する種(固有種)と,日本列島に広く生息する種(非
固有種)とに大別される.Nishino & Watanabe (2000) は,これまでの化石記録と分類学的研究に基づく成
果から,前者の固有種は Semisulcospira (Biwamelania) habei に類似する種を祖先種として急速に分化した
グループである可能性を示した.しかし,これらの種の系統関係についてはこれまで充分な分子系統学
的検討がされておらず,各種の系統関係は不明のままである.そこで本研究では琵琶湖固有種 13 種およ
び非固有種の Semisulcospira (Semisulcospira) libertina,S. (S.) reiniana,S. (S.) kurodai についてアロザイム
分析を行い,分子系統樹を推定した.
分析の結果,これらの種群は遺伝的性質の異なる 5 つのグループに区別されることが判明し,琵琶湖
固有種は単系統群を形成していないことが示唆された.5 グループとは S. (S.) libertina,S. (S.) reiniana,
S. (B.) decipiens,S. (B.) habei,S. (B.) niponica の 各 グ ル ー プ で あ る. こ の う ち 琵 琶 湖 固 有 種 の S. (B.)
decipiens を含む 8 種からなるグループは,他のどのグループとも遺伝的に大きく異なっており,カワニ
ナ属の中でも早期に分岐したことが判明した.その他の固有種群である S. (B.) niponica グループと S. (B.)
habei グループは非固有種の S. (S.) libertina,S. (S.) reiniana,S. (S.) kurodai と近縁な関係を示し,固有種
の S. (B.) decipiens グループとは異なる系統群であると考えられる.
固有種群の各グループ内の遺伝的変異は極めて小さく,比較的最近の短期間に種分化した可能性が示
唆された.各グループ内の種間の系統関係については今後詳細な検討が必要と考えられる.
Kamiya, S., Hashimoto, T., Nakai, K., Matsuda, M., Takami, A. and Shimamoto, M.: Are the endemic species to
Lake Biwa of the genus Semisulcospira monophyly?
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DNA 塩基配列の比較による日本産イシマキ属の分類
川口博憲○(宮崎大・農学研究科)・狩野泰則・三浦知之(宮崎大・農)
Clithon イシマキ属は Neritidae アマオブネ科に属し,熱帯から温帯域の淡水河川,河口ならびにマング
ローブ林に生息する巻貝の一群である.全ての種が海洋での浮遊幼生期間をもち,このために広い地理
的分布を示す(Kano, 2006).本類における種分類は主に殻と蓋の形態・色彩に基づいているが,これら
の形質には大きな種内変異もあるとされ,正確な同定を行うことは容易でない.これまでの文献に記載
されている種数も,4 種(黒田,1963),6 種(Komatsu, 1986; 土屋,2000)など様々である.
今回,イシマキ属貝類における分類学的再検討の第一歩として,国内外各地より得られた約 60 個体に
ついて,ミトコンドリア DNA の COI 遺伝子 658 塩基対の配列を決定,個体間の形態的差異と遺伝的距
離の比較を試みた.その結果,本邦には,イシマキ・イガカノコ・ウロコイシマキ・ハナガスミカノコ・
レモンカノコ・ヒメカノコなどを含む 12 種以上のイシマキ属貝類が分布することが分かった.これらの
種の多くは,殻と蓋の形態や色彩により判別可能である.
一方,カノコガイと呼ばれていた貝類には,遺伝的に大きく異なる多系統的な 3 種が含まれることが
明らかになった.3 種の殻は色彩および形態の特徴において異なった傾向を示すが,これらの特徴によ
る判別が不可能な個体も存在する.なお,鹿児島以北の日本本土で見られるのは 1 種のみであるのに対し,
奄美大島以南の南西諸島では 3 種が重複して分布し,しばしば単一の河川に混生する.
Kawaguchi, H., Kano, Y. and Miura, T.: Molecular taxonomy of Japanese gastropods in the genus Clithon
(Gastropoda: Neritidae)
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古腹足類の分子系統とホウシュエビス上科の再定義
狩野泰則(宮崎大・農・生物環境科学)
古腹足類 Vetigastropoda は腹足類中の一大分類群である.オキナエビス科・クチキレエビス科・ミミ
ガイ科・スカシガイ科・ニシキウズ科・サザエ科・ワタゾコシタダミ科・ホウシュエビス科・フネカサ
ガイ科・オトヒメカサガイ科などを含み,現生種は 5000 を超えると考えられる.化石種も豊富で,こ
と古生代には著しく繁栄した.
本類の大系統については,昨年 2 報の分子系統論文が相次いで発表されている(Geiger & Thacker,
2005; Yoon & Kim, 2005).しかしこれらの論文には,1)微小種を中心に,解析上重要と考えられる分
類群が多数欠落している,2)系統構築法が不適切,3)そもそも塩基配列データに誤りが多い,など
の欠点が認められる.これらを踏まえ,ワタゾコシタダミ科などの微小分類群を含めた古腹足類の 14
科 61 属 76 種について,ベイズ法ならびに最尤法による系統構築を行ったのでここに報告する.解析は,
1)ミトコンドリア COI および核 Histone H3 の 2 遺伝子,計 933bp により系統樹構築を行い,2)その
結果に基づき,一部の種について 18S rDNA の全長約 1.8kbp を決定,あわせて最終的な系統樹を構築す
る二段階方式をとった.
特筆すべき成果の一つとして,ホウシュエビス科の位置についての結果を挙げておく.同科は,サン
ショウガイモドキ類・ギンエビス類・Cataeginae などの ニシキウズ科 ,Ventsia, Xyloskenea などの ワ
タゾコシタダミ科 ,また 所属不明 の Adeuomphalus と共に,いずれの遺伝子においても極めて強く
支持される単系統群を形成した.これらの分類群には歯舌・頭足部など形態形質にも多くの共通点がみ
られるので,ホウシュエビス上科として再定義したい.
Kano, Y.: Vetigastropod phylogeny and new concept of Seguenzioidea
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ヒザラガイ Acanthopleura hirtosa の初期発生
大越 健嗣○,*・J. Shaw・D. Macey(Murdoch Univ.)[* 現所属:石巻専修大理工 ]
演者の一人,大越はヒザラガイ Acanthopleura japonica の発生に成功し,その結果については本学会で
も発表した.本研究ではオーストラリアに生息する同属のヒザラガイ Acanthopleura hirtosa について発生
を試み,放卵・放精から着底・変態し稚貝になるまでを観察したので報告する.
A. hirtosa は西オーストラリア州パース近郊の海岸で2005年4月から5月にかけて採集した.採集し
たヒザラガイの一部は解剖して生殖巣の発達状態を観察した.残りの個体は水槽に収容し放卵・放精が
確認されたものから卵をろ過海水を満たした別のビーカーに収容し,媒精して発生過程を観察した.
A. hirutosa は南半球では晩夏から初秋である4月から5月に放卵・放精が見られた.放卵・放精の時刻
は A. japonica のように大潮時の満潮時前後というようにきまっておらず,採集後水槽に収容した直後か
ら放卵・放精がみられることもあった.受精卵は A. japonica と同様に卵割が進み,水温22℃で飼育し
たものは,受精後12時間後にはハッチアウトし活発に遊泳する幼生がみられた.ろ過海水だけで飼育
を続けたロットでは着底・変態は見られなかった.受精後48時間目から A. hirtosa が生息している海岸
の岩の破片,海草・海藻片,親個体,他の生物などを投入し着底・変態の有無を観察したところ石灰岩
上で着底・変態するものが多くみられた.変態直後の殻板は7枚で,その後尾板が形成された.発生か
ら1か月の稚貝の歯舌は大側歯の歯冠部は2股に別れ,一部に着色が認められた.また,20列前後の
歯列が形成されており,着色部にはすでに鉄が存在していた.以上のことから,A. hirtosa においても早
い段階でミネラリゼーションが開始されることが示唆された.
Okoshi, K., Shaw, J., and Macey, D.: Ontogenetic study of the Australian chiton Acanthopleura hirtosa
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新潟県直江津港沖で採捕された浮遊遠洋性アミダコ卵巣の組織像
本間義治○・牛木辰男・武田正衛(新潟大・院・医歯学総合研究科)
・中村幸弘(上越市立水族博物館)
浮遊遠洋性の珍蛸アミダコ(♀)が,2004 年 11 月から 2005 年 2 月下旬にかけて,上・中越地方を中
心に新潟県沿岸へ漂着したり捕獲されたりして,34 個体が記録された(本間ら,2005a,b).これらの中で,
2 月 15 日に掬われ,上越水族博物館へ収容されて,18 日に死亡した全長 53cm の個体を用い,まず 10%
フォルマリンで,次いでブアン氏液で固定し,卵巣・卵管を摘出してパラフィン切片による 組織標本を
作成した.そして,ヘマトキシリン‐エオシンの2重染色とマッソン・ゴルドナー‐アルデヒドフクシ
ンの 4 重染色により観察した.卵巣は球状で,卵巣重量は 40g,抱卵数は 60,000 個以上であった.卵巣
は中央に卵巣腔があり,多数の包嚢からなり,嚢内には様々の発育段階の卵巣卵(非同時発生型)が存
在していた.若い卵母細胞は,それぞれ結合組織性の薄膜(層板)に付着していた.初期の卵母細胞には,
円形の核(生殖胞)が明瞭であるが,発育が進むと卵は長楕円形となり,卵胞上皮が随所から陥入し始
め,複雑に入り組み,卵黄形成が盛んとなる.さらに成熟が進むと,卵母細胞は深い襞が徐々に浅くなり,
大きく球状化して,最大径 1.2mm に達する.卵膜には放射線帯,卵胞膜,莢膜の分化が明瞭となり,卵
黄は板状化す.近位卵管内壁の粘膜は高く,複雑にひだ打っているが,遠位卵管壁は厚い結合組織と筋
肉層で覆われ,内壁の粘膜は低く,ひだ打ちの程度は小さかった.浮遊遠洋性アミダコ卵母細胞の成熟
過程は,沿岸性のマダコや深海性のメンダコ類などと変わらず,多回産卵を行うと推定された.本邦では,
頭足類の卵巣組織に関する研究はスルメイカで行われている程度らしいので,今後もこの分野の観察を
続けたい.
Honma, Y., Ushiki, T., Takeda, M. and Nakamura, Y.: Notes on the histology of ovarian eggs of an epipelagic
octopus, Ocythoe tuberculata caught off Port Naoetsu, Niigata Prefecture, Sea of Japan
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コウイカの発生に伴う卵の成分と代謝の変化 張 霞・土屋光太郎・瀬川 進(東京海洋大)
コウイカは沿岸域の水産資源として重要であるが,生活史初期特に胚発生期の生物学的情報は少ない.
本研究では,コウイカ卵の発生にともなう体成分および代謝の変化を明らかにするために,発生段階Ⅱ
から孵化直前の発生段階 XX までの卵の湿重量,乾燥重量,炭素量,窒素量,酸素消費量およびアンモ
ニア態窒素排泄量を測定した.
材料のコウイカ卵は,京都府の宮津エネルギー研究所水族館で産卵したもので,発生段階Ⅱ∼ IV の
卵を東京海洋大学に輸送し実験に用いた.炭素,窒素成分含量は CHN コーダーにより,溶存酸素はウィ
ンクラー法,アンモニア態窒素排泄量はインドフェーノール法により定量した.実験水温は 17℃と 22℃
の2段階とした.
水温 22℃における発生期間は約 39 日で,卵の炭素量は 1.56mg (St. Ⅱ ) から 0.47mg (St. XX) に,窒素
量は 0.86mg (St. Ⅱ ) から 0.32mg (St. XX) に減少した.酸素消費量(μ gO2/ind./day)は 23.3 (St. Ⅱ ) から
152 (St. XX) に,アンモニア態窒素排泄量(μ gNH4+-N/ind./day)は 0.423 (St. Ⅱ ) から 111(St. XX) に増加し,
ともに嚢胚期(St. IV-VI)および形態形成完了後孵化までの間(St. XVIII ∼ XX)の増加率が高く,器官
形成期の増加率は低かった.積算酸素消費量を炭素量に換算すると,産卵から孵化までの間に卵の炭素
量の約 50%が呼吸により消費され,積算アンモニア態窒素排泄量から卵の全窒素量の約 21.4%がアンモ
ニア態窒素として排泄されたことが示された.以上の結果から,発生にともなうコウイカの体成分や代
謝速度および代謝基質の変化は,発生に伴う器官形成や成長様式を反映していることが示された.
Chou, K., Tsuchiya, K. and Segawa, S.; The amounts of the carbon and nitrogen and the rates of oxygen
consumption and ammonia excretion of the eggs of Sepia esculenta
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頭足類の腕は「足」か「頭部」か?:オウムガイの胚発生からみた起源
滋野修一(シカゴ大・生物)・佐々木猛智○(東大・総博)
・森滝丈也(鳥羽水族館)
・春日井隆
(名古屋港水族館)・阿形清和(京大・生物)
従来,頭足類の腕の起源は,祖先の「頭部」にあるという説と「足」にあるという説があった.この
両者の仮説の妥当性を検証するために,これまで記載されていないオウムガイの初期胚を含む器官形成
の過程を追跡した.その結果,初期胚は(単板類のような)原始的なプランを示し,また腕の原基は足
神経索に支配される領域に起源があることが分かった.発生が進むにつれて原基は増殖して前方に移動
し,成体の腕冠を形成する.頭足類の腕は成体では腕は脳から神経支配を受けているため,頭部の一部
であるかのように見えるが,発生上の由来は「足」であることが確認された.また腕の原基は最初は五
対であり,このことから百本近くあるオウムガイの触手は二次的に増加したものと考えられる.オウム
ガイの「ずきん」が腕の原器の一部が増殖して癒合して形成されることも初めて明らかになった.
Shigeno, S., Sasaki, T., Moritaki, T., Kasugai, T. and Agata, K.: Are cephalopod arms/tentacles derived from the foot
or head?: The origin of cephalopod body plan revealed by Nautilus organogenesis
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カタツムリにおける交尾後受精前隔離のメカニズム
森 宙史・浅見崇比呂○(信州大・理・生物)
近縁種間の不完全な生殖隔離の実態を知ることは,種分化のプロセスやメカニズムを解明するには不可
欠のアプローチである.雌雄の相互作用は生殖隔離の急速な進化をもたらすが,同時雌雄同体の雌雄に
着目した生殖的隔離の研究はほとんどない.
コハクオナジマイマイ(コハク)とオナジマイマイ(オナジ)が交尾すると,コハクは産卵するが,
オナジは精包を受け取らず産卵しない.2 種は交尾継続時間が異なり,オナジはコハクより先に精包を
渡して交尾を終える.そのためコハクから精包を受け取れない可能性が高い.しかし,コハクがオナジ
への授精を拒む,またはオナジがコハクからの受精を拒む可能性を否定する証拠は得られていない.コ
ハク同士およびオナジ同士の交尾行動を精査した結果,相手から陰茎が抜ける時間が交尾個体の間で対
応していないことを発見した.そこで本研究では,オナジが種間交尾で精子を受け取らない原因を解明
する目的で,以下の仮説を検証した.
仮説1:オナジはコハクよりも交尾継続時間が短いから.
予測:種間交尾では,オナジがコハクより先に陰茎を抜くはずである.
仮説2:コハクが交尾中にオナジを識別して拒絶するから.
予測:コハクがオナジより先に陰茎を抜くはずである.
結果として,種間交尾ではコハクがオナジより先に陰茎を抜いていた.オナジが陰茎を抜く時間は,相
手がオナジでもコハクでも変わらなかった.コハクは,種間交尾の場合だけオナジより先に陰茎を抜い
ていた.したがって,オナジが雑種を産めないのは,コハクが交尾中にオナジを識別し,雄としての交
尾行動を中断するからである.
本2種は,交尾の際にむきだしになり相手に接触する陰茎内壁の微細構造が唯一明確に異なる.陰茎
内壁の構造は分類形質として使われるものの,機能はまったくわかっていない.本結果は,その微細構
造が交尾相手の識別に使われている可能性を示唆する.
Hiroshi Mori and Takahiro Asami: Mechanism of postmating and prezygotic isolation in land snails
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雌雄同体における成長に伴う性配分のシフト:アメフラシでの検証
遊佐陽一(奈良女子大・理)
近年の理論や実証研究の発展により,性転換する生物と同様に,同時的雌雄同体においても成長に
伴って雌雄に振り分ける資源の割合をシフトさせることが分かってきた(Size-dependent sex allocation:
SDA).その場合,成長に伴って資源を雄機能から雌機能にシフトさせる例が多いことが理論的研究によ
り予測されており,それを示したとされる実証研究も多い.しかし,これら実証研究のほとんどは,雌
雄の交尾活動を SDA の指標として用いており,雌の交尾活動が産卵量の指標にならないことを考えると
かなり問題がある.実際の投資量(=雌雄の配偶子)の指標となり得る形質を用いて SDA を示した研究
例は少なく,軟体動物での研究例はない.そこでわたしは,雌雄同体であるアメフラシが SDA を示すか
どうか,交尾・産卵行動を指標として調べた.
水槽内に,互いに体重が 10%以上異なるアメフラシ 4 個体を入れ,3 日間の繁殖行動をビデオに録画
して,後に解析を行った(9 反復).
雄としての交尾回数はサイズと相関がなく,どのサイズの個体も同程度交尾を行っていた.1 回の交
尾で用いられる精子の量は,雄役個体の体サイズとは関係しないと考えられているので,この結果は,
精子量(=雄への投資量)は体サイズによらないことを示唆している.一方,産卵回数・継続時間とも,
体サイズと共に増加した.このことは,産卵数(=雌への投資量)が体サイズとほぼ比例するという従
来の結果を支持する.従って,アメフラシにおいては,体サイズが増加するにつれ,雄機能から雌機能
へ投資をシフトさせるということが明らかになった.
Yusa, Y.: Evidence for size-dependent allocation in a simultaneous hermaphrodite, the sea hare Aplysia kurodai
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オニヒザラガイ Acanthopleura gemmata の移動と摂食活動―食事と移動は行動として区別され
るか?
吉岡英二○(神戸山手大・人文)・藤谷絵里加(近畿大・農)
オニヒザラガイは主として夜間の干潮時または昼夜の波打ち際状態のときに活動している。通常は、そ
れぞれ決まった場所より外に出て、活動終了時には元の場所にもどり、強固な帰家行動を示す。活動の
目的は、岩盤上の藻類などを歯舌で掻き取ることによる「摂食」と考えられるが、その活動/移動の時
間は、「摂食をともなった移動」と「摂食をともなわない移動」とに区別されるだろうか?
方法:2000 年 8 月 19・20・25・26 日の未明および夕刻の上げ潮の時間に、沖縄県瀬底島・琉球大学熱
帯生物圏研究センター瀬底実験所の桟橋橋脚に生息しているオニヒザラガイを用いて、以下のような調
査を行った。
1. 干潮時に任意のオニヒザラガイにマークをしたうえで、場所を記録する。
2. 日没および潮が満ちるとともに、それらが移動し始めるかどうかを 15 分ごとに観察し、移動を開
始したものについてはその距離と移動時間を記録する。
3. 30 分から 90 分の移動が確認されたものを採集し、ただちに氷水に入れて活動を停止させる。
4. 採集したオニヒザラガイについて、体長を測定し、解剖して胃の充満度を 0 ∼ 5 の 6 段階に分けて
記録し、あわせて生殖腺の様態から雌雄を確認し記録する。
結果:胃の充満度と移動時間・移動距離などとの間には以下の関係が見られた。
1. 移動開始からの時間が長いものほど・移動距離が長いものほど、胃の充満度は高い。
2. 移動距離が短いものでも充満度の高いものが見られる。
3. 移動が確認されたもので、充満度が 0(胃が空)のものは見られない。
4. 性による差は見られない。
以上のことから、オニヒザラガイの活動開始時においては、移動と摂食はほぼ併行して行われているよ
うに見られた。よって、移動と摂食という 2 種類の行動は、これらの期間を通じては区別できなかった。
Yoshioka, E. and Fujitani, E.: Moving and feeding of the chiton Acanthopleura gemmata --- Does the chiton
distinguish the walking from the mealtime?
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サカマキガイの餌選好性
吉田恵史郎○(ジェックス株式会社 技術開発部)
・遊佐陽一(奈良女子大・理)
アクアリウムにおいて,サカマキガイやヒラマキミズマイマイといった小型の貝類は,見た目の不快
さや水草の食害などからアクアリウム愛好者からひどく嫌われている.サカマキガイなど小型の貝類は
繁殖力が非常に高いため,一度水槽内に侵入すれば,完全に駆除するのは難しい.水槽内ということから,
観賞魚への影響を考慮して薬剤の使用が出来ず,有効な駆除手段がない.貝を誘引するトラップも市販
されているものの,あまり効果を得られていない.その原因として,使用している餌の誘引力に問題が
あると考えられる.そこで,今回,サカマキガイに対して誘引力の高い餌を発見するために,さまざま
な餌の比較検証を行った.
T 字型の水槽(T 字迷路)に水 300ml を注ぎ,T 字左右の腕の部分に比較する餌を 0.15g ずつ配置した.
ケースの基部にサカマキガイを 1 頭放ち,貝がどちらかの餌を選択するまで最長 120 分観察した(25 −
60 反復).レタス,トマト,ナス,酒粕,米ぬか,ザリガニ用の餌,市販の貝誘引トラップ用の餌,胚
芽入り金魚の餌の 8 種類を比較に用いた.
トーナメント形式で選好性の高い餌を調べた結果,ほとんどの組み合わせで 2 種類の供試した餌の間
で有意な選好性の違いがみられた.一般に野菜よりもペット飼料のほうが好まれ,もっとも誘引力の高
い餌は普段給餌しているザリガニ用の餌であった.
ザリガニ用の餌をもっとも選んだのは,サカマキガイの生得的な選好性による以外に,貝が普段から
食べ慣れている餌を選好したためである可能性も考えられる.もし後者の可能性が正しいならば,水槽
で給餌している餌を利用でき,貝が脱出できない形状のトラップを開発する必要があると考えられる.
Yoshida, K. and Yusa, Y.: Food preference of Physa acuta
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25
イイダコの学習に関する研究
海老澤慎一・瀬川 進・土屋光太郎(東京海洋大)
八腕類の学習能力は,主にマダコを用いて研究されてきたが,イイダコのような小型種についての研
究は少ない.そこで本研究ではイイダコの学習能力を明らかにするために,報酬,または報酬および懲
罰を用いた,図形に対する識別および学習実験を行なった.
イイダコは平成 17 年 11 月 30 日に東京湾木更津沖でイイダコ釣りにより捕獲したものを使用した.
実験①にはイイダコ4個体を供し,報酬が与えられる報酬図形と報酬が与えられないコントロール図
形2つに対する学習能力を攻撃率でもって検証した.報酬図形に対する攻撃率は試行回数の増加と共に
高まり,報酬により報酬と図形に関する学習が成立した.また,攻撃回数を積算すると,コントロール
図形に対する攻撃回数が抑制されていることが見て取れ,図形と無報酬に関する学習も成立したと考え
られる.以上のことから,イイダコは同時に異なる意味を持つ複数の図形を認識する能力を持っている
と考えられる.なお,この実験からは攻撃の積極性,学習能力などに個体差が見られた.
実験②にはイイダコ3個体を供し,報酬図形,コントロール図形に加えて懲罰(3Ⅴの電源による電
気刺激)が与えられる懲罰図形を用いた.懲罰図形とコントロール図形の間に有意差は見られなかったが,
懲罰後,懲罰図形を攻撃しない期間が見られたことや,実験①と比較して攻撃率や攻撃の傾向に変化が
見られたことから,懲罰を認識したと考えた.
本研究より,イイダコで報酬と図形の関連に対する連合学習が成立することが分かった.また,無報
酬と図形の関連についても連合学習が成立し,複数の学習を同時に行なうことができた.懲罰と図形に
関しても学習した可能性が示唆されたが,懲罰により学習効果が低くなってしまった.よって,従来の
マダコで確立された方法ではなく,イイダコに適した実験方法を作成することで,学習実験でより高い
学習効果を引き出せる可能性がある.
Ebisawa, S., Segawa, S. and Tsuchiya, K.: Learning ability of Octopus ocellatus
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沖縄本島で見られるハナビラダカラの体サイズ地理的変異
入江貴博(九大・理・生物)
タカラガイ科 (Cypraeidae) のハナビラダカラ (Cypraea annulus) は同緯度の異なった産地間で著しい体サ
イズ変異を示す.沖縄本島での1年間にわたるコドラート調査の結果,個体群間での成貝の体サイズの
違いは,主に幼貝期を終えた時点での体サイズの違いに起因することが判明した.本種は浮遊幼生期を
持ち,個体群間での強い遺伝的交流が予測されるため,個体群間での体サイズの違いは表現型可塑性の
産物である可能性が非常に高い.加入成貝の体サイズは成長期を過ごした季節によって変化しないこと
から,体サイズに影響を与える環境要因は,平均水温といった季節的に変化する要因ではないと考えら
れる.水深の浅い個体群ほど平均体サイズが小さくなることから,潮汐に伴う激しい温度変化や同種個
体が分泌する化学物質が成熟体サイズを小型化させている可能性がある.いっぽう,水深と体サイズの
正の相関は,タカラガイの生活史を対象とした数理モデル (Irie and Iwasa, 2003) によって適応的に説明す
ることができる.計算の結果,環境ストレスによる死亡率が高い生息地ほど成貝の最適体サイズは小さ
くなり,殻は薄くなることが予測されている.今回の調査では,浅い場所の個体群で夏季に高温に起因
する高い死亡率が観測されたため,小型化の究極要因は環境ストレスによる死亡であると結論づけるこ
とができる.また,それぞれの個体群内では大型の個体ほど殻が薄く,性成熟時の平均余命は短いこと
が判明した.この生活史形質間での相関を伴った変異は,環境の年々変動に対する bet-hedging 戦略の進
化を示唆している.
Irie, T.: Geographic variations of body size in Cypraea annulus in Okinawa Island
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千葉県館山市坂田の岩礁域におけるアマオブネガイの分布生態について
則竹 聡○・瀬川 進・土屋光太郎(東京海洋大)
アマオブネガイ Nerita albicilla は熱帯インド・太平洋域の岩礁性海岸潮間帯に広く分布している殻高 2
cmほどの小型の腹足類である.本種は,本学館山ステーション(坂田)前の岩礁性海岸にも数多く生
息するが,その微細な分布様式はまだ解明されていない.本研究ではその分布様式を解明し,成長に伴
う分布の相違を明らかにすることを目的とした.
2005 年 7 月 19 日から 10 月 20 日の大潮最干潮時を中心に,区域内に設けた 3 本のラインに沿って,
計 15 回のライントランセクト調査を行なった.メジャーに沿って,1m おきに 30cm × 30cm の方形枠を
置き,方形枠内に出現した対象種を採集,微細な生息環境を記録し,採集個体は 0.1mm 単位で殻長を計
測した.得られたデータから主成分分析を行い,成長に伴う分布域の変化を明らかにした.
本調査で採集された個体数は 750 個体で,平均殻長は 15.87mm,最大殻長は 26.2mm,最小殻長は
4.4mm であった.全ての採集個体の付着基質は岩盤もしくは転石という固い基質であった.基質のほと
んどが藻類,漂砂などの基質であったライン 2 は生息個体が極めて少なく 1 回のみしか調査しなかった.
ライン 1 とライン 3 では生息潮位に相違が見られたが,これは潮位区分によるコドラート数が反映され
ているからで,1コドラートあたりの平均密度を求めたところ,約 50 ∼ 160cm に分布が集中している
ことが分かった.同所的に出現する他種と比較すると,この分布域はマツバガイに類似していると考え
られた.主成分分析の結果,成長に伴い,分布域は水がある方向に若干移動していくことが明らかとな
った.これは,成長に伴って獲得した足の付着力の増大によって環境に対する抵抗力が,海水の流動や
波浪が大きい環境で生活することを可能になり,より環境の安定している低潮帯方向への進出が可能に
なったと考えられた.
Noritake, S., Segawa, S. and Tsuchiya, K.: Distribution and habitat of Nerita albicilla in rocky shore of Banda,
Chiba Pref.
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沖縄市泡瀬干潟の希少貝類と保全の現状 −レッドデータブックの有効性を考える−
山下博由○(泡瀬干潟生物多様性研究会)・名和 純(潟の生態史研究会)
・前川盛冶(泡瀬干
潟を守る連絡会)
沖縄県沖縄市泡瀬干潟は琉球列島に残された最大規模の干潟で,その自然の貴重性が様々な分野(地理
学・生物学・文化人類学)から指摘されている.泡瀬干潟には,内閣府沖縄総合事務局による埋立計画
があり,工事が進んでいる.報告者らは,泡瀬干潟の貝類相を研究してきたが,近年発見された希少貝
類(ニライカナイゴウナ,オサガニヤドリガイ等)については昨年,概略を報告した.その後も泡瀬干
潟からは希少貝類が発見されたので報告する.ジャングサマテガイ Solen soleneae は日本新記録種である
.日本での記録が少ないフジイロハマグリ Callista erycina の生息を確認した.多毛類に共生するチブル
ヌサリガイ(和名新称.Montacutidae gen. et sp.)を発見した.2005 年 9 月には「改訂・沖縄県の絶滅の
おそれのある野生生物 動物編 レッドデータおきなわ」が沖縄
県文化環境部自然保護課から出版されたが,同 RDB に登載されている貝類のうち 108 種が泡瀬に分布す
ることを確認した.沖縄総合事務局はこれらの RDB
種について「モニタリングを継続する」という方針のみによって,工事を継続している.RDB 種に対す
る保全措置の生物学的及び社会的意義を検証する.
Yamashita, H., Nawa, J. and Maekawa, S.: Rare molluscs and present conservation measure of the Awase Tidal-flat,
Ryukyu. How does RDB hold good for mollusc?
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韓国の市場と漁労の貝類
山下博由(日韓共同干潟調査団)
日韓共同干潟調査団の調査による,韓国の市場と漁労の貝類,及びその食文化について紹介する.韓国
の市場では,アワビ類・キサゴ・ウミニナ類・カワニナ・ツメタガイ・イボニシ類・チョウセンボラ・
モスソガイ類・アメフラシなどの腹足類と多様な二枚貝が食用に売られている.二枚貝では,イタボガ
キ・スミノエガキ・スダレガイ類・ウラカガミなどの市場流通が注目される.各地の漁労では,コマエ
ビス・ヒレガイなどの様々な貝類が混獲される.アゲマキは殆どが日本に輸出されており,シナハマグ
リは干潟環境の悪化により値段が高騰している.これらの貝類は,多様な調理法によって食されている.
韓国の貝類における,漁労・市場流通・食文化の詳細と,豊かな自然に支えられた豊富な貝類資源の実
態を報告する.
Yamashita, H.: Fishery and market molluscs of Korea
P1
タケノコモノアラガイの右巻と左巻は鏡像対称に発生するか
後藤今日子○・浅見崇比呂(信州大・理・生物)・Edmund Gittenberger (Univ. of Leiden)
巻貝のほとんどの種は,左右どちらかの巻型に固定している.しかし,突然変異により左右反転した個
体が稀に見つかることがある.ソトモノアラガイ(Lymnaea peregra)の左巻変異体は,螺旋卵割の方
向が左右反転しており,第二卵割及び第三卵割の後で右型か左型かを容易に判別できる.しかも,初期
発生の左右極性は,成体の内臓や巻き方向の左右極性と一致しており,単一座位の母性効果により決定
される.もし単一遺伝子の効果で左右反転しただけで他の形態形成が変更されないのであれば,逆巻
の変異体は,形は同じままで左右だけが逆の鏡像対称に成長するはずである.しかし,巻貝の逆旋個体
が鏡像対称に初期発生するか否かを調べた研究は皆無に等しい.本研究は,タケノコモノアラガイ(L.
stagnalis)で得られた左巻変異を用い,この問題に答えることを目的として行った.その結果を報告し,
進化生物学的な意義を議論する.
Goto, K., Asami, T. and Gittenberger, E.: Dextrals and sinistrals of Lymnaea stagnalis develop in mutual symmetry?
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P2
漂流するアマモから得られたネムグリガイ
芳賀拓真 ( 東大 院・理・生物科学・進化多様性 )
ネムグリガイ (Zachsia zenkewitschi Bulatoff & Rjabtschikoff, 1933) は,スガモ (Phyllospadix iwatensis) や
アマモ (Zostera marina) といった海草の地下茎に穿孔して生息するフナクイムシ科の一種である.しかし,
Sasaki (2006) が報告しているように,これまで国内ではほとんど認識されてこなかった.
ネムグリガイの生態は極めて特徴的である.特に,雌の水管基部の lateral pouch に存在する矮小雄は,
極端な性的二型を示す.二枚貝における極端な性的二型はウロコガイ超科を除いて稀な現象であるため,
生活史についてこれまで多数の知見が得られてきた.矮小雄からもたらされる精子によって受精が起こ
り,幼生は D 型幼生まで保育されたのち,短い浮遊期間を経て着底するという生活史が報告されている.
ネムグリガイは極東ロシアから日本の太平洋岸まで広く分布する.浮遊期間の短い幼生では広範囲の
分散は困難であろうことが予測されるので,広範囲な分散は雌の成体が穿孔基質である地下茎とともに
漂流することによってなされているだろうという仮説が指摘されてきた.だが,その仮説を支持するよ
うな報告は皆無であった.
発表者は 2005 年 10 月,宮城県石巻市において,漂流しているアマモの地下茎よりネムグリガイの成
体を得ることに成功した.本発表ではこれまでに報告されている知見と比較しつつ,上記の仮説を検討,
強化するとともに,現在までほとんど言及されることのなかった生体について報告する.
Haga, T.: Implications for the long dispersal of the rhizome-boring shipworm Zachsia zenkewitschi (Bivalvia:
Teredinidae) in drifted eelgrass
P3
ウミウサギガイとソフトコーラルの関係について
河合 渓(鹿児島大・多島圏研究センター)
ウミウサギガイは熱帯・亜熱帯に分布するソフトコーラル群集内に分布していることが知られている.
しかし,現在までソフトコーラル群集,そしてそこに生息する生物については十分な研究がなされてい
ない.ソフトコーラル群集は沿岸域に普通に見られるため,沿岸域生態系の保全のためには群集内の生
物の相互関係の解明をしソフトコーラル群集の構造と機能を解明することが必要不可欠である.そこで
本研究ではソフトコーラルに普通に観察されるウミウサギガイに注目し,その相互関係を解明するため
にウミウサギガイの行動に伴うソフトコーラルの利用について研究を行った.
調査は鹿児島県坊津において 2004 年 5 月から 2006 年 3 月まで行った.坊津のソフトコーラル群集が
観察される小さな湾内に調査区を設置しスキューバダイビングにおいて調査を行った.調査では調査区
内に観察されるウミウサギガイの行動と利用しているソフトコーラルを記録した.
ウミウサギガイはウミトサカの 1 種だけを周年を通して餌として利用していた.一方,ウミウサギガ
イの繁殖期間中には 3 種類のソフトコーラルを産卵基質として利用していた.調査場所内において卵は
ソフトコーラル上以外には産卵をされておらず,ソフトコーラルの持つなんらかの特性が卵の成長に必
要不可欠であることが考えられる.また,稚貝と成貝ともに摂餌活動を行っていないときでも餌とする
ウミトサカの仲間の下に分布していたり,他のソフトコーラル下に分布したりすることが観察された.
これはおそらくソフトコーラルを避難場所として利用しているためと考えられる.
今回の発表ではウミウサギガイとソフトコーラルの関係について報告すると共に季節変化を中心に考
察を行う.
Kawai K.: Relationship between common egg cowrie and soft coral
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P4
アムール・オホーツク・プロジェクトにより採集されたアムール川中流域の淡水産軟体動物
桒原康裕○・室岡瑞恵(北海道立網走水産試験場)
アムール川中流域は中国黒竜江省からロシア沿海州にまたがる地域にあたり,三江平原を流れる松花
江,中ロ国境となるアムール川,ウスリー川で構成された湿地帯である.この地域の開発がオホーツク
海の生物生産量にあたえる影響評価を目的とするアムール・オホーツク・プロジェクトが現在進行中で
あり,2005 年 9 月の現地調査で採集された淡水産軟体動物について報告する.
採集地点はロシア国内2地点,中国国内8地点,合計 10 地点である.採集された淡水産軟体動物は
腹足綱4科7種,二枚貝綱1科2種の合計5科9種である.モノアラガイ科の一種を除き,瀧(1940)
の満州産陸水貝類リストの既報告種であった.
Kuwahara, Y. and Murooka, M.: Freshwater mollusks of the midstream basin of the Amur River collected by AmurOkhotsk Project
P5
南米原産 Marisia cornuarietis (Ampullariidae) の帰化の危険性
増田 修(姫路市立水族館)
2005 年6月に特定外来生物法が施行され,外来種に対する関心が以前よりも高まってきている.淡水
貝類ではカワヒバリガイ類などの二枚貝が指定されたものの,1980 年代にかなりの農業被害を与え,今
では耐寒性を十分に得て関東以西で在来種のごとく棲息する南米原産のリンゴガイ科のスクミリンゴガ
イは,特定外来生物には指定されず,要注意外来種としてリストアップされるに留まっている.本種を
含むリンゴガイ科のうち数種類は,原産地を越えた他国で帰化し,今回取り上げる南米原産の Marisia
cornuarietis も,北アメリカ南部やその他の温暖地域に移入され,在来水生植物に多大な食害を与えるな
ど,生態系に対するインパクトの強い貝類とされている(Gloria & Walls, 1996).本種は観賞用熱帯魚ル
ートにおいて日本にも希に輸入され,平巻き形という形態からアンモナイトシェルの名前で流通してい
る.水槽内での繁殖は容易であるが,水草を食べるためか,めったに店頭にて販売されることはない.
リンゴガイ科の全ての種は植物防疫法で輸入が規制されているが,形態がヒラマキガイ類形であるため
か,税関では見逃されてしまっているようである.幸いにも本種を熱帯魚店より入手することができ飼
育観察した結果,南西諸島においては第2のジャンボタニシになりうる可能性が示唆されたので,警告
の意味もこめて簡単に紹介する.
Masuda, O.: The danger of naturalization of the Marisia cornuarietis (Ampullariidae) from South America
(particularly Venezuela)
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P6
マレイマイマイの左巻と右巻は鏡像対称か
中寺由美 ○ , 浅見崇比呂 , 関啓一(信州大・理・生物), Somsak Panha, Chirasak
Sutcharit (Chulalongkorn Univ.)
多くの生物で,内臓は左右対称ではない.したがって,個体の構造には,物理的に右型と左型があり
うる.その左右極性を反転する突然変異が生じることも明らかである.ところが,ほとんどの生物で,
どちらか一方の型しか存在しない.対照的に,巻貝では発生の左右極性が反転した右型と左型の種が繰
り返し進化した.ほとんどの種はどちらか一方の型に固定している.ごく少数のグループで右型と左型
が頻繁に共存しているが,そのほとんどが絶滅に瀕している.例外的に東南アジアに分布するマレイマ
イマイ属では,左右二型の共存動態が解析可能である.
有胚類では,巻型は一遺伝子座 の母性効果で決まる.母性効果とは母親の核の遺伝子型が子
の表現型を決める遺伝様式である.この場合,個体の表現型と遺伝子型が一致しない.そのため,
右巻と左巻はたとえ互いに交尾できなくても,同一地点で繁殖する限り,世代を越えて遺伝子を
交換し,核ゲノムを共有しつづける.タクミマレイマイマイの左右二型集団で,マイクロサテラ
イトとアロザイムの変異を調べたところ,巻型間の遺伝的分化は見つからなかった.したがって,
殻の形を決める量的遺伝子も同一集団の右巻と左巻では異ならないと予想される.それなら,他
の要因が関与しないかぎり,左巻と右巻は互いに鏡像対称に成長するはずである.そこで,タイ
で採集したタクミマレイマイマイの左巻と右巻の標本を用い,殻のデジタル画像を計測し,統計
的に比較した.その結果,同一地点で採集された左巻と右巻は,殻の形が互いの鏡像対称ではな
いことが判明した.
Yumi Nakadera, Takahiro Asami, Keiichi Seki, Somsak Panha and Chirasak Sutcharit: Are
sinistrals and dextrals mirror images of each other in Amphidromus atricallosus?
P7
カサガイ類の分子系統と生物地理学的研究
中野智之○・小澤智生 ( 名古屋大・院・環境学研究科 )
カサガイ類は,最も原始的な巻貝類として,近年その系統進化史が注目されている.現生のカサガイ
類は,これまでの分類学的研究により,5 つの科に分類されているが,これらの科の系統関係は明らか
にされていない.また,最近になって大西洋の種群については,その起源や分散過程が議論されたもの
の,全世界的な生物地理学的研究はこれまでに前例がない.そこで本研究では,分子系統学的手法を用
い,カサガイ目全体の系統関係を明らかにする事と,海洋生物の生物地理的発展過程の規範的なシナ
リオを提示する事を目的とした.本研究では世界各地から入手した 5 科 23 属 140 種を解析の対象とし,
mtDNA の 12S,16S と COI 領域の一部の塩基配列を決定し,計 1030bp の塩基配列データに基づき分子
系統解析を行った.
その結果,新たに得られた分子データに基づく系統関係は,これまでの形態学に基づく分類体系の修
正をせまる結果となった.Patellidae,Nacellidae,Lepetidae の単系統性は高い統計的信頼性で支持された
ものの,Acmaeidae と Lottiidae は多系統である事が判明した.Acmaeinae は Lottiidae の中に包含される
事が判明し,亜科の分類的正当性を失う事となり,Pectinodontinae は科のグループとして繰り上げる事
となった.また,Lottiidae に属する Patelloida profunda グループはカサガイ類の中で最も祖先的な種群で
ある事が判明し,形態的にも遺伝的にも他の種群と異なる事から,新科新属を提唱する予定である.さ
らに,推定された分岐年代と古地理,化石記録,現在の分布を総合的に考察すると,カサガイ類の種の
多様性や現在の生物地理は,中生代以降の超大陸パンゲアの分裂とそれに伴う新たな海流系の成立と海
洋気候の変化に密接に関連している事が判明した.
Nakano, T. and Ozawa, T.: Molecular phylogeny and biogeography of limpets of the order Patellogastropoda
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P8
フジノハナガイに対するミユビシギの斧足採食の影響
奴賀俊光(千葉大・海洋バイオシステム研究センター)
フジノハナガイは,温帯から熱帯にかけての外洋性砂浜の潮間帯(波打ち際)に生息している,殻長
約 1cm の二枚貝である.砂の中,
1 ∼ 2cm の深さに潜っていて,波がくると砂から出て波に乗って移動し,
波が引くと斧足を使って再び砂の中に潜る,という潮汐移動をする.千葉県九十九里浜にはフジノハナ
ガイは多く生息しており,砂浜で採食する鳥類であるミユビシギの餌として重要な役割を果たしている
(Nuka et al. 2005)
.
ミユビシギは,フジノハナガイの斧足の部分を採食する.潜るために重要な斧足を食べられたフジノ
ハナガイは,砂に潜る事ができなくなり,
砂浜に打ち上げられ,やがて死んでしまうと考えられる.そこで,
千葉県成東町の海岸を調査地とし,満潮線に打ち上げられたフジノハナガイを拾って解剖し,斧足にミ
ユビシギによる食痕があるか調べた.貝殻が閉じていて軟体部が残っているフジノハナガイのみを調べ
た.その結果,05 年 10 月は 83.3%(N=60),11 月は 83.3%(N=144),12 月は 77.2%(N=127),06 年 1
月は 60.1%(N=233),2 月は 47.6%(N=126)の個体にミユビシギによる食痕があった.
新潟県では,フジノハナガイは水温 10℃以下では砂に潜れなくなり,さらに季節風により生じる高
波によって 99% の個体が死亡するという(金安 1984).しかし,本調査地での観察では,1 ∼ 2 月の水
温が 9 ∼ 10℃の時もフジノハナガイは砂に潜ることができた.九十九里浜での冬期のフジノハナガイ
の死因は,水温低下よりもミユビシギの採食によって砂に潜れなくなることに起因する可能性があると
示唆された.(引用文献:Nuka et al. 2005. Ornithological Science 4: 139-146. 金安 . 1984. しぶきつぼ 10-11:
77-86.)
Nuka, T.: Effect of foot cropping by sanderling Calidris alba on Chion (Donax) semigranosus
P9
飼育環境下における南極海産エゾバイ科貝類の成長速度
沼波秀樹○(東京家政学院大),松田 乾・平野保男(名古屋港水族館)
南極海においてエゾバイ科貝類は種数・生物量ともに多く,同海域で繁栄しているグループであると
考えられるが,成長に関する知見は無い.そこで名古屋港水族館で飼育されている南極海産エゾバイ科
貝類のナンキョクバイ (Neobuccinum eatoni),Chlanidota densesculpta,C. elongata の 3 種について,2003
年 3 月から 2005 年 10 月まで一定期間毎に殻長,殻幅,湿重量を測定し,成長速度を推定した.飼育水
槽内の水温は 0 ∼ 0.6℃で,マアジ,スルメイカ,サルエビ,アサリ,ナンキョクオキアミを 1 週間に
1 回給餌した.ナンキョクバイについては 65 個体(殻長 6.7 ∼ 55.8 mm)を殻長別に 8mm 台(8 個体)
,
15 mm 台(6 個体),18 mm 台(8 個体),25 mm 台(23 個体),30 mm 台(10 個体)
,50mm 台(10 個
体)に分け,870 ∼ 950 日間飼育し成長速度を測定した.その結果,1ヶ月の平均成長量は 8 mm 台で殻
長 0.2 mm・湿重量 0.02g,15 mm 台で殻長 0.3 mm・湿重量 0.08g,18 mm 台で殻長 0.4mm・湿重量 0.11
g,25 mm 台で殻長 0.3 mm・湿重量 0.14g,30 mm 台で殻長 0.2 mm・湿重量 0.12g,50mm 台で殻長 0.02
mm,湿重量− 0.04g であった.8,15,18,25,30 mm 台の個体では殻長・湿重量共に増加しており順
調に成長していると考えられるが,50mm 台では成長がほとんど停止していた.同水族館では殻長 40
mm を超えると初めて産卵することが観察されている.今回の結果から,飼育環境下であるが,産卵可
能サイズの殻長 40 mm に成長するまで約 12 年,成長が停止する殻長 50 mm になるまで約 14 年かかるこ
とが明確になった.その他 2 種の成長速度についても報告する.
Numanami, H., Matsuda, T. and Hirano, Y. : Growth rates of three Antarctic buccinid species under laboratory
condition
23
P10
日本海直江津沖の巨大メタン噴出域で観察・採集された貝類
沼波秀樹○(東京家政学院大)
・松本 良 ( 東京大 )・青山千春 ( 独立総研 )・町山栄章(JAMSTEC)
・
蛭田明宏 ( 東京大 )・弘松峰男 ( 千葉大 )・藤 浩明 ( 富山大 )
2004 年に東京海洋大学・海鷹丸によって直江津沖約 30 km に位置する舌状海嶺の調査を行い,水深
約 900 m の海嶺頂部に 36 本もの柱状のメタン噴出を発見した.同海域において 2005 年夏季に海洋研究
開発機構(JAMSTEC)の無人探査機ハイパードルフィンによる調査を行い,海底の観察と底生生物の採
集をした.採集された貝類とその生息状態などについて報告する.
調査域の底質は泥質のみと泥質に炭酸塩岩ノジュールとクラストが混ざったものの二つに大別でき,
炭酸塩岩が含まれた海底ではバクテリアマットやメタンハイドレートが見られた.どちらの海底にもオ
オエチュウバイが分布していたが,炭酸塩岩が含まれた海底の方が観察される頻度が高く,分布密度に
差があるようであった.バクテリアマット周辺では,既知の化学合成生物群集における主構成動物であ
るシロウリガイ類やシンカイヒバリガイ類などの大型の二枚貝は観察されなかったが,化学合成生物だ
と考えられるハナシガイ科のオウナガイの死殻を僅かではあるが観察・採集できた.海底の目視観察で
はこれら 2 種以外の貝類は観察されなかったが,バクテリアマットが存在する場所で採取した堆積物か
らは,化学合成生物生物群集に特異的に見られる巻貝であるハイカブリニナ科貝類の 1 種(106 個体)
が出現した.本種の死殻は 2004 年の調査でも採集されているが,今回は生貝が多く(67 個体),バクテ
リアマットと何らかの関係があることが考えられた.また,海底面で殻が観察されないことから,礫状
の炭酸塩岩の隙間やバクテリアマットの中に潜り込んで生息している可能性が高い.堆積物中からはこ
の他にクダマキガイ類,エゾバイ類,ハナシガイ類などが出現したが,どれも小型で個体数も少なかった.
これらのことから,本調査域には既知のメタン湧出域と異なる貝類相が存在することが示唆された.
Numanami, H., Matsumoto, R., Aoyama, C., Machiyama, H., Hiruta, A., Hiromatsu, M. and Toh, H.: Benthic
molluscan fauna around the methane plume area in Naoetsu Basin, eastern margin of Japan Sea
P11
水族館における貝類の展示について
小賀坂 理恵(横浜・八景島シーパラダイス/相模原市相模川ふれあい科学館)
現在,水族館における貝類の存在は,あくまでも魚類や無脊椎動物を展示する際のアクセントや,内
装物の1つという立場にとどまっている.従って,ほとんどの種類が単独での飼育展示がなされていな
いのが現状である.この原因として,1,動きが少ないのでお客様の興味を引きにくい,2,水中を泳が
ないので,水槽内の空間が寂しく感じられる,などの理由が挙げられる.また水族館の飼育係の側にも
原因があり,前述の 2 つの理由から 3,飼育係の貝類に対しての知識または興味が希薄である,4,魚類
販売業者があまり貝類を扱わない,などの理由が挙げられる.また,その他にも,5,飼育魚類の治療薬
が無脊椎動物には有害なので,同じ水槽に入れられないという理由も挙げられる.
横浜・八景島シーパラダイス アクアミュージアムでは,1995 年からテラマチオキナエビスの常設
展示を行っていたが,2005 年 1 月に斃死し,その後貝類の常設展示はなされていなかった.
しかし,観光地でみやげ物として売られている貝殻は大変人気があるので,貝自体への興味はそれほ
ど低くないのではと考えた.従って,当館では昨年度から貝類の常設展示を再開した.展示場所は熱帯
性海水魚の大型水槽の前に固定し,基本的に同じような海域にすむ貝類の展示を試みた.また,展示す
る種類は学術的な珍しさよりも,殻の美しさや大きさ,生態の面白さを優先した.
また,魚類販売業者や近隣の水族館に対して,貝類の展示の積極性をアピールすることによって,搬
入経路や情報を大きく取り入れることができるようになった.
今回は,水族館における現在の貝類の展示状況と,今後の展望について発表をおこなう.
Ogasaka, R.: The exhibition of mollusks in the aquarium
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P12
イガイ科穿孔性貝類の有機質膜
大和田正人(神奈川大・理・生物科学)
イガイ科穿孔性貝類の 4 属 14 種(マユイガイ属 2 種,ヌリマクラ属 1 種,イシマテ属 9 種,シギノハ
シ属 2 種)を用いて,穿孔に伴う摩擦あるいは溶解による殻体の損傷を最小に抑えるメカニズムとその
進化過程について調査した.その結果,
3 属 11 種(マユイガイ属 1 種,
ヌリマクラ属 1 種,イシマテ属 9 種)
において,殻体の損傷した箇所に有機質膜が形成されることがわかった.有機質膜は内殻層に形成され,
貝自身の分泌物やカルシウムの未飽和な海水による殻体の溶解を防ぐ機能を持つと見られる.カルシウ
ムを豊富に含む基盤に穿孔した個体群では殻体の損傷が比較的少ないことから,殻体の損傷は分泌物で
溶解できない粒子が殻皮に傷をつけることで起こると考えられる.調査した 14 種の外殻層の構造は種間
あるいは属間で大きく異なるが,有機質膜を持つ種は 1 つのグループにまとめられることがわかった.
よって,イガイ科穿孔性貝類の有機質膜はそのグループにのみ進化した可能性が考えられる.
Owada,M.: Organic sheets of rock-boring mytilids (Bivalvia: Mytilidae)
P13
相模灘産多板類相予報
齋藤 寛(国立科学博物館・動物)
国立科学博物館が中心となって行った調査研究「相模灘およびその沿岸地域の動植物相の経時的比較
に基づく環境変遷の解明」(平成 13-17 年度)において得られた多板類標本および国立科学博物館所蔵の
相模灘産標本について分類学的検討を行った結果,10 科 23 属 50 種を確認した.このうち 9 種は未記載
種と考えられる未詳種,16 種は相模灘からは初めての出現記録である.また 50 種のうち 24 種は潮間帯
および潮下帯に生息する種であり,26 種は周縁底帯以深に生息する種であった.
同海域の 4 地点,伊豆半島下田,真鶴岬,三浦半島,房総半島坂田で浅海における出現種の構成を比
較したところ,採集努力量の少ない真鶴岬を除き,全地域ほぼ一様な種から構成されるものの,数種に
ついては南部にのみ出現することが判った.南部にのみ出現する種は南日本あるいは南日本以南の暖流
系の種で,相模灘が分布の北限となっている.本州東北地方以北に分布する寒流系の種は出現しなかった.
また 1914 年から 2005 年までの 90 年間の経時的な出現記録を比較すると,記録,特に深海性種の記録は
不十分ではあるものの,浅海性の種については,多くの種が現在も分布していることが判った.経時的
な変化の少ない理由は,多くの多板類が外洋性の強い岩礁地に生息するため沿岸の開発や海洋汚染の影
響を比較的受けにくく,生息可能な環境が現在も保たれているためであろう.
Saito, H.: A preliminary list of chitons (Mollusca: Polyplacophora) from Sagami Sea
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P14
小笠原諸島固有種オガサワラカワニナの解剖およびヌノメカワニナとの比較
佐々木哲朗(小笠原自然文化研究所)・佐竹 潔(国立環境研)・土屋光太郎(東京海洋大)
オガサワラカワニナ Stenomelania boninensis (Lea, 1856) は小笠原諸島固有種であり,環境省のレッド
リストカテゴリーでは準絶 滅危惧(NT)とされる保全上重要な貝類である.演者らは昨年,小笠原諸島
父島の人為的影響を強く受ける数地点から,近年定着した移 入種と思われるヌノメカワニナ Melanoides
tuberculata (Müller, 1774) を多数個体発見した.一部ではオガサワラカワニナと同所的にみ られ,今後2
種が競合することにより種の置き換わりが生ずる可能性も 考えられる.しかし,これまでにオガサワラ
カワニナは貝殻の形態が図 示されたのみで,その生物学的知見は得られていないに等しい.本研究 では
軟体部の解剖および貝殻の形態を観察し,オガサワラカワニナの形 態的特徴を調査した.また,父島等
で得られたヌノメカワニナの形態と 比較した.
貝殻表面に褐色斑がみられることがヌノメカワニナの特徴であるが,オガサワラカワニナにも火炎状
の斑紋を生ずる個体がみられる.しか し,ヌノメカワニナでは胎児において既に斑紋が生じているのに
対し,オガサワラカワニナでは幼貝期においても斑紋が現れないことがわかっ た.また,ヌノメカワニ
ナの貝殻は螺溝が顕著であるのに対し,オガサ ワラカワニナは螺条脈が密に入る点で2種は識別可能で
あった.一方,歯舌および生殖器の形態,稚貝(胎児殻を含む)の貝殻表面にみられる 彫刻は2種間で
類似していた.現在オガサワラカワニナは Stenomelania 属に,ヌノメカワニナは Melanoides 属に配置さ
れて いるが,稚貝の形態はトウガタカワニナ科貝類において種の特徴を示す 重要な分類形質とされてお
り,2種が近縁である可能性が示唆された.
Sasaki, T., Satake, K. and Tsuchiya, K.: Anatomy of Stenomelania boninensis (Lea, 1856) and a comparison with
Melanoides tuberculata (Müller, 1774)
P15
相模川水系,桂川水系におけるタイワンシジミの出現状況 園原哲司○(向上高校)・西尾祐香・土屋雄樹・長島拓也・落合進也(向上高校生物部)
1999 年,神奈川県伊勢原市石田の 3 面コンクリート農業用排水路で,外来種のタイワンシジミ(カネ
ツケシジミ型:Corbicula fluminea f. insulalis)の生息を確認した.
そこで,外国産シジミ類の出現状況及び在来種マシジミの生息状況を確認するために,2001 年から
2003 年かけて相模川水系,金目川水系全域,2004 年から 2005 年にかけて『桂川・相模川流域協議会』
と合同で,相模川上流,山梨県内桂川流域・富士五湖についてシジミ類調査を終え,相模川の河口部か
ら源流部である山梨県山中湖までの全長 113 キロメートルにおよぶ相模川全流域の調査が完了した.そ
の結果,相模川全水系では 122 ヶ所の調査地点のうち 58 ヶ所,桂川流域では山中湖と河口湖でタイワン
シジミの生息を確認した.在来種であるマシジミが生息していたのは,わずかに 2 ヶ所のみだった.在
来種のマシジミは,河川や水路では絶滅に近い状態であり,一方,タイワンシジミは相模川の両岸全域
で分布を拡大していた.
分布拡大のプロセスに,主要な農業用水路,ホタルの幼虫放流をはじめとする自然保護活動,漁協等
による放流事業等が関連していることが判明した.
Sonohara, T., Nishio, Y., Tsuchiya, Y., Nagashima, T. and Ochiai, S.: Invasion of Corbicula fluminea into the
Sagami river system and Katsura river system
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P16
国立科学博物館新宿分館に収蔵されているシジミ類の標本
園原哲司○(向上高校)・西尾祐香・土屋雄樹・長島拓也・落合進也(向上高校生物部)
黒田德米博士は,「日本産シジミ類の研究」の中で,「シジミ類の如く各地に饒産する貝類では其地方
の水流,水量,水質或は底質等の環境によって様々に変化しているから恰も多数の種類又は亜種が存す
るのではないかとさえ疑われるばかりである.(中略)我国から既に 20 以上に上る多くの種名が報告さ
れているのは,上述の様な理由と命名者に提供された標本の個体数が少数であった為め之等の変異型の
連続を示すに十分でなかった為めとであったと思われる.」と述べている.明治,大正,昭和の文献に記
載されているシジミ類の分類と,模式標本ではないが,国立科学博物館新宿分館に収蔵されているシジ
ミ類の標本と照らし合わせてみた.これによって,我国におけるシジミ類分類の変遷と,外国産シジミ
の移入による混乱ぶりを窺い知ることができる.
日本産の蜆に就いて 岩川友太郎 介類雑誌第3巻第1号 1909( 明治 42 年 )
日本産蜆の新研究 矢倉和三郎 介類叢話 1922( 大正 11 年 )
日本産蜆類の研究 黒田 德米 VENUS 8-1 1938( 昭和 13 年 )
日本産軟体動物分類学 波部 忠重 二枚貝綱/掘足網 1977( 昭和 52 年 )
Sonohara, T., Nishio, Y., Tsuchiya, Y. Nagashima, T. and Ochiai, S.: The list of Corbicula samples in the National
Science Museum Shinjuku Branch
P17
カタツムリはいつ精包を渡すのか
杉 緑○・浅見崇比呂(信州大・理・生物)
オナジマイマイ(以下オナジ)とコハクオナジマイマイ(以下コハク)は,陰茎内壁の微細構造で区別
される近縁種である.本2種は互いに陰茎を相手の生殖口に挿入して交尾し,それぞれがオス役とメス
役を同時に行う.しかし種間で交尾するとコハクのみが産卵し,オナジは産卵しない.オナジが産卵し
ないのは,コハクから精包を受け取っていないためであることがわかっている.交尾継続時間は,オナ
ジが約 110 分,コハクが約 180 分である.したがって,オナジは,相手がコハクでも交尾行動を変えず,
精包を渡して交尾を終えているのかもしれない.あるいは,オナジはコハクと精包授受の駆け引きはす
るものの,コハクから精包を受け取れずに交尾をやめているのかもしれない.
カタツムリが交尾を長く続ける間に,いつ精包を受け渡すのかはわかっていない.そこで交尾中の個
体を解剖し,オナジとコハクがいつ精包を渡すのかを調べた.交尾を始めてからオナジは約 90 分までに
精包を渡すが,コハクは 120 分以内ではほとんど渡さないことがわかった.オナジがコハクに精包を渡
すまでの時間は,種内で交尾する場合と変わらなかった 。 オナジの交尾継続時間は,コハクが相手でも
変わらなかった.したがって,オナジは,たとえ相手がコハクでも交尾行動を変えずに精包を渡して交
尾を終えていると考えられる.
以上の結果は,オナジはたとえ相手から精包を受け取らなくても,その相手に精包を渡すことを意味
する.これは,オナジが 110 分も交尾を継続するのは,精包を受け取るための駆け引きをするからでは
ないことを支持する 。 なぜカタツムリが一般に長い時間をかけて交尾するのかに答えることは,今後の
課題である.
Sugi, M. and Asami, T.: When do snails transfer a spermatophore?
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P18
転石潮間帯におけるヒメコザラ個体群の長期変動
高田宜武○・阿部寧・渋野拓郎(西海区水研石垣)
転石潮間帯は藻食性巻貝類が優占して生息し,転石表面に生育する微細藻類を餌として生活してい
る.その一種,小型の笠貝類であるヒメコザラは Patelloida pygmaea form heroldi とされていたが,最近
Nakano & Ozawa (2005) により Patelloida heroldi となった.ヒメコザラの個体群動態を調べるため,九州
西岸の天草富岡の転石潮間帯において,1987 年 6 月より 1993 年 1 月まで1ヶ月から4ヶ月間隔でコド
ラート法による定量調査を行った.潮間帯を5つの潮位に分け,それぞれの潮位について 50cm 角のコ
ドラートを4個設置し,コドラート内のヒメコザラを全て採集して持ち帰り,研究室にて個体数と殻長
サイズの計測を行った.ヒメコザラは中潮帯に垂直分布の中心があり,季節的な垂直分布域の変動は見
られなかった.しかし,中潮帯における生息密度は明瞭な季節的変動を示し,春期に高く秋期に低かっ
た.殻長サイズの頻度分布を見ると,秋期に単峰型であったものが,春期に二峰型となることから,春
期の密度増加は小型個体の加入によるものだと判断できた.6年弱の調査期間中に,ヒメコザラの密度
は増加傾向にあった.特に元々の分布中心であった中潮帯よりも少し上の潮位で密度の増加が激しかっ
た.これは,同所的に生息するケハダヒザラ Acanthochitona defilippi の密度が,同時期に緩やかな減少傾
向にあったのと対照的であった.
Takada, Y., Abe, O. and Shibuno, T.: Long-term variation in a population of Patelloida heroldi on a boulder shore
P19
チャコウラナメクジの大阪における生活史および,その温度と光周期による調節
宇高寛子○・沼田英治 ( 大阪市大・院・理 )
チャコウラナメクジの大阪における生活史を調べるために,野外個体を定期的に採集し体重と両性腺
重量を測定した.さらに,両性腺の切片を作製し,精子形成と卵母細胞の発達を調べた.その結果,体
重に占める両性腺重量の割合(GSI)は 6 月から 9 月には 0.5%程度であったが,10 月には 3%以上に上
昇し,11 月には 4%と最も高くなり,その後は 4 月まで徐々に減少した.完成し精子を持つ個体は 9 月
から見られ,11 月から 4 月まですべての個体で精子が観察された.精子形成と同様に,卵母細胞の発達
も 9 月に始まり,11 月から 4 月まで発達した卵母細胞が観察された.野外と同じ条件日長および温度の
下で飼育し,産卵と孵化がいつ起こるかを調べたところ,産卵は 11 月から 5 月まで観察された.産卵数
は 11 月後半から 12 月前半と 3 月と 4 月前半に多く,1 月と 2 月前半は少ない,二山形を示した.
次に,生殖腺の発達を調節するしくみを調べるため,6 月に野外で採集した個体を,長日(16 時間明,
8 時間暗)と短日(12 時間明,12 時間暗),および 15・20・25℃の 3 つの温度条件を組み合わせた 6 条
件で 60 日間飼育した.その結果,両性腺重量の増加・精子形成・卵母細胞の発達には短日という光周期
が重要であり,長日と高温はそれを抑制する効果があることがわかった.
以上のことから,チャコウラナメクジは温度と光周期に反応することによって晩秋から春に繁殖する
しくみをもっていることが明らかになった.
Udaka, H. and Numata, H.: Life cycle of the terrestrial slug, Lehmannia valentiana in Osaka, Japan and its control
by photoperiod and temperature
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P20
発生拘束が鏡像体の進化を抑制する
宇津野宏樹〇・浅見崇比呂(信州大・理・生物)・Edmund Gittenberger (Univ. of Leiden)
進化を制限する要因の一つとして発生拘束(発生システムがもたらす形質変異の偏り)がよく取り上げ
られるが,その直接的な証拠は得られていない.Gould et al. (1985) は,Cerion で右巻と左巻の殻に形の
違いを発見し,左右逆に発生すると正常な形をつくれない,すなわち左巻の進化は発生拘束が抑制して
いると主張した.Johnson (1982) は,左巻と右巻の交尾が物理的に難しいため少数派の巻型が頻度依存淘
汰されることを示した.さらに Johnson (1987) は,左巻と右巻の間で殻の形が異なるのは左右逆に発生
するからではなく核遺伝子のせいであることを示し,発生拘束を否定した.巻貝の祖先が右巻ならば,
頻度依存淘汰が左巻への進化を抑制し,右巻種に偏ることになる.しかし,たとえば放精放卵する巻貝
が右巻ばかりであることは,頻度依存淘汰では説明できない.そこで,発生拘束の有無を検証すること
を目的として本研究を行った.
モノアラガイの左巻変異を用い,同一両親のゲノムを共有する右巻と左巻を作成し,生活史形質を比
較した.両者は平均して遺伝的に同じであるにもかかわらず,左巻の孵化率が低かった.これは,左右
逆に成長するだけで生存率が下がることを示す,発生拘束の初めての実験的証拠である.この発生拘束は,
左右逆に発生させる母性因子が副作用するからか,それとも左右逆の形態形成それ自体のせいだろうか.
同一の母親が右巻と左巻を産むオナジマイマイの変異系統に着目し,この問題に答えることに成功した.
雌雄同体なので,右巻だけを産む DD と左右二型を産む dd を交配すると,DD は右巻だけを産み,dd は
右巻と左巻を産む.後二者は,同一両親のゲノムを共有し,同一の母親から母性因子を受け取るにもか
かわらず,左巻は右巻より孵化率が低かった.これは,左右逆の発生それ自体が生存率を下げる発生拘
束が実在し,それにより左巻が安定化淘汰されることを示している.
Hiroki Utsuno, Takahiro Asami and Edmund Gittenberger: Developmental constraint suppresses evolution of
mirror-image species
P20
Widespread introgression of mtDNA against prediction based on interspecific asymmetry of prezygotic
W
isolation in land snails
Amporn Wiwegweaw ○ and Takahiro Asami (Dept. of Biol., Shinshu Univ.)
Detecting the pattern and process of hybridization between species provides opportunities to understand the
evolutionary processes of reproductive isolation. Through simultaneous reciprocal copulation between Bradybaena
pellucida (BP) and B. similaris (BS), only BP produces fertile hybrids while BS lays no eggs. Thus, introgression
of mtDNA from BP to BS would be more likely than from BS to BP. However, we detected the BS haplotype of
mtDNA in many allopatric and sympatric populations of BP in the southern Boso peninsula. It suggests that mtDNA
leaks from BS to BP through backcross F2 hybrids. We confirmed that BS produces F2 hybrids by backcrossing with
F1 hybrids. In the field, BP has replaced BS within a few years after BP was first recorded in BS-dominating places.
It suggest that F2 hybrids carrying the BS haplotype likely mates with rapidly increasing BP instead of BS. Thus,
population dynamics observed in the wild are consistent with the pattern of mtDNA introgression detected.
コハクオナジマイマイ(BP)とオナジマイマイ(BS)が交尾すると,BP が雑種を産み,BS は産卵しな
い.ゆえに,ミトコンドリア DNA は BP から BS に浸透しやすいはずである.だが房総南部の多くの地
点で逆方向の浸透が生じていた.雑種 F1 と交雑すると BS は正常に産卵した.ゆえに,雑種 F 1と交雑し
た BS が産む F 2を介し,BS 型ミトコンドリア DNA が BP 集団に浸透していると考えられる.BP が BS
集団に侵入して置換する事例はこのプロセスを支持する.
アンポン・ウィウェグュ,浅見崇比呂(信州大・理) カタツムリにおける種間非対称な交尾前隔離から
は予測されなかったミトコンドリアDNAの広域浸透
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