「JTの森 重富」モニタリング調査・全体リポート(2012~2014年)

「JT の森 重富」モニタリング調査 全体報告
(2012~2014 年)
1.サンショウクイの暮 らす森
「JT の森 重富」を代表する鳥といえば、サンショウクイかも
しれません。2012 年から毎年のようにいくつかの小さな群
れがほぼ一年中見られることから、「JT の森 重富」では留
鳥として生息しているようです。森の樹冠をヒリヒリヒリと鳴き
ながら小さな群れになって飛び回る姿がよく目立ちます。サ
ンショウクイの名は、「サンショウの実を食べたので、喉がひり
ひりすると鳴いているのだ」との聞きなしから付いたとの説が
サンショウクイ(2014 年 7 月)
あります。白銀坂の急な坂を登っているときに聞こえるサンショウクイの声にはいつも癒されます。
日本に生息するサンショウクイには 2 つの亜種が知られていて、この森には、一亜種のリュウキュウサンショウ
クイが暮らしています。近年、このリュウキュウサンショウクイの繁殖期には、九州南部以外にも四国や関西
でも確認されるようになり、生息分布がだんだん北上しているといわれています。
サンショウクイ(2013 年 8 月)
サンショウクイ(2013 年 10 月)
2.夏鳥・サンコウチョウとの出会い
サンコウチョウは、毎年 7 月ごろに越冬地の東南アジアから「JT
の森 重富」にやってくる夏鳥です。日本では本州から沖縄まで
見られますが、蛾の幼虫などの餌が豊富な常緑樹の深い森を
好む鳥なので、「JT の森 重富」はサンコウチョウにとって繁殖に
適した森であることがだんだん分かってきました。サンコウチョウは
(サンコウチョウ 2014 年 8 月)
雌雄とも眼の周りとくちばしが鮮やかな青色をしていますが、雌は
背中が地味な茶色なのに対し、雄は背中が紫褐色で 30 セン
チを超える長い尾を持つことから鳴き声とともによく目立ちます。2012 年、「JT の森 重富」で初めて確認
できたのも雄のサンコウチョウでした。渓谷の薄暗い森の中でツキヒー・ホシ、ホイホイホイとさえずったり、長
い尾をひらひらさせたりして森の間を飛ぶ姿に思わずみとれていました。その後も変わらず、毎年 7 月から 8
月にかけて、白銀坂の脇を流れる渓谷とその周辺で繁殖しています。
3.秋にやってくる冬鳥
毎年秋になると、「JT の森 重富」にはヒヨドリとシロハラ、ルリビタキがやっ
てきます。秋から春のはじめまで同じ森で暮らす鳥を冬鳥といいます。ヒヨ
ドリは木の高い枝、ルリビタキは木の低い枝、シロハラは林床と、鳥によっ
て止まる枝の高さが異なります。やがて 12 月に群れでやってくるアオバト
も加わると、森の中の冬鳥はにぎやかになります。これらヒヨドリ、シロハラ、
シロハラ(2014 年 4 月)
ルリビタキ、アオバトは木々の果実を食べていて、森の木々の種子散布
に大きく貢献しています。
2012 年から続けている越冬期の調
査では、特にさくら見晴台周辺の森で
シロハラとアカハラの声を聞く機会が増
ルリビタキ(2013 年 10 月)
えてきています。これは間伐により、落
葉の広がる面積が広くなり、シロハラやアカハラが昆虫やミミズなどの餌をと
ヒヨドリ(2014 年 9 月)
りやすくなっているからかもしれません。
4.サツマニシキとヤマモガシ
「JT の森 重富」には、サツマニシキという美しい蛾が生息しています。
昼間に飛ぶマダラガの仲間です。2012 年にさくら見晴台で数頭の
サツマニシキが見られました。サツマニシキの幼虫が食べる樹種は狭く、
「JT の森 重富」ではヤマモガシだけです。さくら見晴台の周辺にはヤ
マモガシが集中的に生育しているためか、サツマニシキの確認もさくら
見晴台周辺にほとんど限られていま
した。2013 年にヤマモガシをさくら見
晴台周辺で探したところ、おおよそ
サツマニシキ(2012 年 10 月)
60 株確認されましたが、この年サツ
マニシキの姿は見られませんでした。
ヤマモガシ(2012 年 7 月)
2014 年はこれまでと違い、白銀坂に入る前の道路近くでも見ること
ができました。おそらく、食べ物としている樹種の一つナンキンハゼが街
路樹として植樹されているので、成虫がナンキンハゼにも産卵し、出
現するようになったと考えられます。2015 年にはさくら見晴台での出
ヤマザクラの幹に止まる
現を期待しています。
サツマニシキ(2014 年 10 月)
5.ベニツチカメムシの発見とその後
「JT の森 重富」には、真っ赤なカメムシが暮らしています。ベニツチカメム
シに初めて会ったのは、白銀坂の尾根道でした。群れになったそのカメム
シの姿は、私たち調査員を驚かせてくれました。数は 400 匹はいたでしょ
うか。近づくと、シャーシャーと警戒の音を立てていました。2012~2014
ベニツチチカメムシ幼虫の群れ
(2012 年 7 月)
年の初夏までは 2 か所で数百匹の群れを見ることができました。
しかし、2014 年の夏には、どちらの場所からもすっかり姿を消してしまって
いました。群れの寿命があったのか、あるいは捕食されてしまったのか、別の場所へ移動してしまったのかど
うかは分かりませんが、引き続き調査を続けています。
ボロボロノキの種子に群がる
果実を運ぶベツニツカメムシ成虫
ベツニツカメムシの幼虫
(2013 年 6 月)
(2013 年 6 月)
6.林床を動き回る肉食の甲虫
「JT の森 重富」では、林床を動き回る甲虫を毎年見ることがで
きます。日の当たる明るい林床では、ハンミョウが毎年見られま
す。特によく出会う場所が白銀坂を登りきった平らな尾根道で、
獲物となる小さな昆虫を探しています。
ハンミョウ(2013 年 8 月)
日陰のある薄暗い林床では、マイマイカブリが毎年見られます。
日中、林床の落ち葉の上を歩き回る姿を、特に梅雨の時期に
多く見ることができます。マイマイカブリという名前は、カタツムリ(マイマイ)の殻に頭を突っこんで捕食する
様子がマイマイをかぶっているように見えることに由来しています。マイマイカブリは幼虫のときからカタツムリ
食で、カタツムリに頭をはさまれている幼虫を見た
ことがあります。マイマイカブリの成虫はマイマイだ
けを食べているのではなく、ミミズやほかの昆虫、
落下した果実も食べています。
ハンミョウもマイマイカブリも毎年、同じような環境
で見ることができ、個体数の変化はほとんどないよ
うです。
マイマイカブリ(2014 年 6 月)
7.ハムシの種類の多さが示すもの
ハムシはほとんどが草食性であり、それぞれの種が狭い範囲の種
類の植物を食べています。そのため、ハムシの種類の多さが植物
の多様性を示しているともいえます。ハムシの仲間を探すには、
最も出会いが多い 4 月から 8 月にかけてがおすすめです。白銀
クロウリハムシ(2014 年 8 月)
坂の遊歩道を歩きながら、葉っぱの上や下をのぞき込んだりして
いると、よく出会うのがおなじみのクロウリハムシです。
ハムシを最も早く見つけるコツは、まず食樹を中心に探すことです。イチモンジハムシはイヌビワ、クロウリハム
シはカラスウリ、ヨツモンカメノコハムシはアサガオ、キボシツツハムシはクスノキ、キイロクビナガハムシはヤマノ
イモ、コガタルリハムシはギシギシを食樹にしています。
2012 年からの調査の結果、ハムシの種類に変化はなく、同じような食樹・食草で見ることができます。
コガタルリハムシ
ヨツモンカメノコハムシ
(2014 年 8 月)
(2014 年 8 月)
キボシツツハムシ
キイロクビナガハムシ
(2013 年 6 月) (2014 年 4 月)
イチモンジハムシ
(2014 年 6 月)
8.夏のアゲハチョウ
「JT の森 重富」では、夏になるとアゲハチョウとの出会いが多くなりま
す。アゲハチョウで多く見られる種類は、アオスジアゲハとモンキアゲハ、
カラスアゲハ、それにジャコウアゲハです。
モンキアゲハとカラスアゲハの食樹は、ミカン科の仲間のキハダやカラス
ザンショウです。カラスザンショウは、さくら
カラスアゲハ(2012 年 8 月)
見晴台周辺の森に比較的多く生えてい
ます。ジャコウアゲハの食草はウマノスズク
サで、林の縁で生育するツル植物ですが、それほど多くはありません。
ジャコウアゲハ
(2012 年 8 月)
アオスジアゲハの幼虫の食べ物はクスノキです。クスノキは「JT の森
重富」で古くから植栽されている樹種であり、アオスジアゲハにとって
「JT の森 重富」は食べ物の豊富な最高の森かもしれません。
さくら見晴台と周辺は 2013 年に生態系保全を目的として間伐され
ており、食樹のカラスザンショウの実生が増えたことにより、カラスアゲハ
やモンキアゲハの出現数も増えてきているようです。
モンキアゲハ
(2014 年 8 月)
アオスジアゲハの蛹
(2010 年 11 月)
9.石畳みを動き回る狩り蜂
初夏から秋にかけて、白銀坂の林の縁で狩り蜂
に出会うことがあります。ジガバチやクモバチの仲
間です。狩り蜂は、蛾の幼虫やクモなどを狙って
狩りをする単独性の蜂です。種類によって餌の
取り方や巣の作り方などが違っているため、興味
深い昆虫です。
ヤマトルリジガバチ(2014 年 8 月)
白銀坂で目にする狩り蜂の多くは、獲物を探し
て石畳みの隙間や木の葉の茂みを熱心に飛び
回っています。
「JT の森 重富」で毎年見かける狩り蜂はナミモ
ンクマバチで、個体数に変化はないようです。
ナミモンクモバチ(2014 年 8 月)
10.2 種類のカエル
「JT の森 重富」には 2 種類のカエル、タゴガエルとニホンヒキガルが生
息しています。最も見かけるカエルはタゴガエルで、5 月から 11 月にか
けての長い期間、湿った水辺の小道で褐色の姿がよく見られます。タ
ゴガエルは湧水のある岩の間や
タゴガエル(2013 年 6 月)
落ち葉の下で産卵しており、そ
の年の生まれた幼体に会えるのは毎年 6 月ごろです。2012 年か
らの調査では、タゴガエルの生息している場所やその個体数にはほ
タゴガエルの幼体(2013 年 6 月)
とんど変化なく、生息状況は安定しているようです。
ニホンヒキガエルについては、2012 年 7 月に 1 回だけ雨の日に出
会ったことがありますが、その後は確認していません。鹿児島ではニ
ホンヒキガエルは準絶滅危惧種になっており、個体数が急激に減っ
ているのかもしれません。「JT の森 重富」にニホンヒキガエルがまだ
生息しているかどうか気になるところです。
ニホンヒキガエル(2012 年 7 月)
11.夜行性動物の調査
「JT の森 重富」では、2012 年から自動撮影カメラを使用した夜行性
動物の定点観測を続けています。調査から 3 年目に入り、夜行性動
物の種類とおおまかな個体数が見えてきました。哺乳類では、イノシシ
やニホンテン、タヌキ、ニホンアナグマ、ノウサギ、アカネズミが確認されて
います。最も多く撮影されているのはイノシシで、その次はニホンテンです。
イノシシ(2012 年 12 月)
行動の活発さに違いはありますが、中型の哺乳類ではイノシシが最も多
く生息しているようです。国内外からの移入が疑われる哺乳類も撮影さ
れており、2013 年にノネコ、2014 年には別のノネコに加えて、ノイヌとク
マネズミも確認されています。これらはまだ年 1 回 1 個体が撮影されてい
タヌキ(2012 年 9 月)
る状況なので生息数はまだ少ないと考えられますが、今後の動向に注
目していきたいと思います。
鳥類では、2013 年と 2014 年、普段直接見ることが難しいコシジロヤ
マドリやミゾゴイ、ヤマシギ、アカショウビンが確認されました。いずれも豊
かな環境でないと生息できない鳥です。「JT の森 重富」は、渓谷のあ
る深い森であり、あらためて豊かな動物相であることが見えてきました。
コシジロヤマドリ
(2012 年 8 月)
12.暖帯性の身近な低木
「JT の森 重富」では、暖地性の代表的な低木があ
ります。白銀坂の林の縁でよく見ることができる、シマ
イズセンリョウとイワガネです。森全体の調査を通して、
林の縁やさくら見晴台付近など、明るいところや間伐
しているところでよく見られることがわかりました。
春先、白銀坂の林の縁で白い花を咲かせ、秋に果
シマイズセンリョウ(2013 年 11 月)
実を実らせているのは、シマイズセンリョウです。シマイ
ズセンリョウは国内では九州南部と沖縄だけに生育する低木です。「JT の森 重富」では、遊歩道に沿っ
て生育しており、特に渓谷の近くでよく見られます。
イワガネも林の縁で見られ、果実が小さくて面白い形をしています。秋になると、葉の落ちた枝には、一見
目玉がついたように見える奇妙な果実がつき、森の中でよく目立ちます。
イワガネ(2013 年 11 月)