タコvsイカ

タコ vs イカ
所属:生物・農学系ゼミ
2年5組36番
第1章
松本
旺
はじめに
第1節
テーマ設定の理由
カブトムシとクワガタムシ、犬と猫、前高と高高など、世間には対比される関係が
色々と存在するが、意外と知られていない対比関係がある。
「タコ」と「イカ」である。
彼らは似たようなものと思われがちだが、 全く違う種類の動物である。そこで今回、
改めてタコとイカの違いを解明したいと考え、このテーマを設定した。
第2節
研究のねらい
あまり知られていないタコとイカのそれぞれの特徴や生態などを研究し、タコとイ
カの違いについて、生物学的に考察する。
第2章
タコとイカに関する知識
第1節
生物としてのタコ
タコとイカがどのようなものかを理解することが、違いを解明する第一歩である。
まずタコを生物学的に考えていく。
1
分類
タコは、学術的には、「軟体動物門頭足綱(イカ綱)」のうち、「八腕形目」に属す
る生物の総称であるが、書物によって多少の表現の差がある。代表的なものは、マダ
コ、ミズダコ、イイダコなどで、ごくごく簡単にいうと、貝の親戚である。 また、絶
滅したアンモナイトともほぼ同じ分類に属している。
補足
頭足類とは
「頭足綱(イカ綱)」と書いたが、実はタコもイカも、「軟体動物門頭足綱」という
同じ「綱」に属する、いわば親類である。では、頭足類とは、一体どんな生き物なの
だろうか。
読んで字の如く、頭足類は、頭から足が生えている生き物である。ただし慣習的に、
物をつかむための器官を「腕」といい、移動するための器官を「足」というので、足
が生えているといっても、詳しくは後述するがイカの場合は「腕」であり、タコの場
合は「腕」と「足」のどちらでもいいと考えられる。
2
体の構成と種類
「タコ坊主」という言葉があるが、タコの頭とは一体どの部分なのだろう。我々が
つい頭だろうと想像してしまう部分は、実際には頭ではない。タコの場合も目がある
ところが頭部で、大きな丸い部分は胴体(内臓塊:外套膜の中に内臓が入っている)
である(図1)。また、タコやイカを捌くとよく分かるが、8本の足の中心に口(カラ
ス・トンビと呼ばれる)があるから、人間に当てはめるなら、口の周りから腕が8本
‐ 1 ‐
生えていて、頭の下には直接胴体がつながっているような状態である。そのため、タ
コでは口が体の一番前で、いわゆるタコ坊主の先端が一番後ろということになるが、
足と胴体のどちらを背側にしてどちらを腹側にするか(つまり、足と胴体のどちらを
上にして描くか)は、いまだ論争が絶えない大問題である。
また、タコの雌雄は、腕の形状で見分けることができる。タコの雄は、通常、左第
三腕か右第二腕の形状が変化して交接腕(タコ・イカの繁殖行動を「交接」といい、
それに用いる腕)になっているので、丸ごとのタコを見る機会があれば、そのタコの
雌雄を確認してみるのも面白いかもしれない。
次に種類だが、実のところ、タコが何種類いるのかはよく分かっていない。世界中
に約300種いると推測されているが、現在イカは約450種が知られているため、
タコの方がずっと種類が少ないということになる。 今のところ、日本近海では、海底
で生活しているいわゆる“普通のタコ”が44種、海底に定着せず浮遊して生活する
ものが8種、深海などの海中を泳いで生活し ヒレをもつものが6種の、計58種が知
られている。今は絶滅したアンモナイトは20,000種ほど知られているので、現在
のタコ・イカは、長い目で見れば低迷期とも言えるだろう。
3
生態
続いて生態であるが、タコはれっきとした肉食動物であり、エビやカニなどの甲殻
類を特に好んで捕食する。イギリスでは、かつてタコの突然の増加によって漁業が脅
かされ、
「オクトパス・プレイグ」と呼ばれたこともある。後唾液腺から分泌される「チ
ラミン」という物質で甲殻類を麻痺させ、外骨格を残して、身だけを器用に食べ尽く
す。
また、タコは夜行性で、昼間は巣穴で眠るか巣穴の整備をしていて、餌を探しに巣
穴を出ているのは1日の24時間のうちで20~30%ほどである。
その巣穴であるが、マダコなどは基本的に岩礁に巣穴を作るが、巣穴を作る場所は、
砂地や貝殻、古い靴や沈んでいる牛乳瓶など種によって様々である。さらに巣穴を作
らない種もおり、サンゴの中に隠れるもの、海中に一生浮遊するもの、海底付近を這
いまわっているものなど、その生活スタイルは多種多様である。また、タコは海以外
の場所では生息が確認されていない。
4
能力
以前、サッカーのW杯で、タコが勝者を見事に当てて話題になったが、タコはどの
ような能力を持っているのだろう。
まず、タコ・イカの代名詞とも言える吸盤であるが、タコの吸盤とイカの吸盤は 、
その形や、使用法など、かなり違う。ここではタコの吸盤について見てみる。
タコの吸盤は筋肉質で、よく窓などにつけるマスコット用の吸盤と同じく吸着する。
吸着面には筋肉が放射状に並んでいる(図3)。タコはこの吸盤を使って海底を這って
移動し、獲物を捕らえる(よって、タコの場合、
「足」と「腕」のどちらで表現しても
良いと私は考える)。そのため、タコの足はイカと比べて力強く筋肉質で長くなってい
る。他には、吸盤で物の形や味までわかるとも言われている。また、マダコの8本の
腕の吸盤には、合わせて2億8千万個の感覚細胞があるとする研究者もいる。
‐ 2 ‐
タコは目も良いと考えられる。テレビ等では、タコがふたを開けて瓶の中のカニを
取り出して食べるシーンがしばしば放映されているが、この時タコはカニに触れるこ
とも匂いを嗅ぐことも出来ないのに、見ただけでカニと認識している。タコは視力も
良く、吸盤による複雑な作業もできるので、無脊椎動物の中ではかなり器用であると
思われる。
イギリスやアメリカでは、タコの認識能力や記憶力の研究が進んでおり、論文も多
数発表されている。R・ハンロン博士とJ・B・メッセンジャー博士は、タコの目に
は感光色素が1種類しかないため色の判別はできないが、明度は判別できるとしてい
る。つまりシルエットでものを見ているのだ。また記憶力や学習能力も高く、実験で
は徐々に失敗が減っていったという。
琉球大学の池田博士は、C・アルヴェス氏の論文などから、ハンティングにでかけ
た時は、ランドマークを記憶して、巣穴に正確に帰還するとしている。 また2で述べ
たように、多くのタコは海底を這って生活しているのであまり泳がないが、敵に遭遇
した際などは、漏斗と呼ばれる部分から水を噴射して、短距離ならば泳ぐこともでき
る。加えて、ホタルイカなど発光するイカは多く知られているが、今のところ発光す
るタコは2種類しか知られていない。
さらに墨であるが、イカの墨とタコの墨は決定的に違う。タコの墨は粘り気が弱く、
吐き出されるとすぐに水中に拡散して煙幕状になり、敵から身を隠すことができる。
タコは、その間に遠くへと逃げるのだ。
考察
タコの目は色の判別ができないとされているが、タコには、体の色や見た目の質感
をかなり自由に変えることのできる種が存在する。これは、大型肉食魚などの天敵か
ら身を守るため等の目的が考えられるが、色の判別ができない生き物が同様に色の分
からない生き物(タコ)に対して色を変えても効果が無いようにも思える。タコの中
でも特に目の発達した種類がいるのかも知れない。 まさか、白と黒の間の「無限のグ
レー」を識別しているのだろうか。だとすれば色が識別できてもよさそうなものであ
る。発光する種が少ないのも、色を識別できないからなのだろうか。また、背側と腹
側の問題だが、イカの場合、胴体を下にして描いているものが多い。加えて、タコは
(イカも)足の生えている方が前なのに、水を噴射する漏斗は前向きに付いており、
どちらも後ろ向きに移動していることになる。これでは、逃げる時はいいかも知れな
いが、狩りをする際には不都合だ。今後の研究の課題である。
第2節
生物としてのイカ
ここまでタコについて見てきたが、ここからはイカについて、同様に見ていきたい。
1
分類
イカは、「軟体動物門頭足綱」の、「十腕形目」に属する生物の総称である。こちら
もタコと同様貝類の親戚ではあるが、書物によって分類には多少の差がある。よく知
られているものはヤリイカ、コウイカ、ダイオウイカなどである。また、タコよりも
知られている種類が今のところ多く、分類も割合細かくなされている。
2
体の構成と種類
‐ 3 ‐
イカもタコと同様、三角帽子のような尖った部分は、頭ではなく、胴体であり、中
には内臓が収納されている。8本の腕と2本の触腕の中心に硬く鋭い口(カラス・ト
ンビ)を持ち、これで獲物を食べる(図2)。
イカの最大の特徴は、8本の腕の他に2本 の「触腕」という腕を持つことだ。触腕
は伸縮自在で、先端の方にしか吸盤がなく、他の腕とはかなり形状からして違ってい
る。イカはこの触腕を収納するポケット状の器官を持ち、普段はここに触腕を しまっ
ているので腕が8本に見える。
また、イカはほぼ全ての種類が、胴体の後方にヒレを持っているのも特徴的である。
このヒレは、泳ぐ際のスピード調節や舵取りの役目を果たしていると考えられる(タ
コでも、ヒレを持つ種が確認されている)。
ちなみに、「イカには心臓が3つある」という話があるが、それは本当である。イ
カは軟体動物としては珍しくかなり活発な運動性を持ち、本来の心臓以外にも、ガス
交換の効率を上げるためなのか、一対の鰓の根本に1つずつポンプが付いている。こ
のポンプを「鰓心臓」と呼ぶので、イカには心臓が3つあるといっても良い。
次に種類だが、イカはタコに比べ知られている種類が多く、世界中で約450種、
日本近海ではそのうちの約140種が確認されている。これらを大まかに分類すると、
横に平たく広い胴を持つコウイカ目、丸く小さな胴と半円形のヒレを持つミミイカ目、
細長い筒状の胴を持つツツイカ目の3種類に分けることができる。
補足
頭足類の殻について
冒頭で「タコ・イカは貝類の親戚」と述べたが、タコには殻がない。実際には巻貝
に近い仲間なのだが、頭足類の場合、祖先においては、巻貝のような殻を持っていた
と考えられ、その殻は身を守る上で重要だった。しかし、大きく重い殻は移動の妨げ
となったため、タコは殻そのものをなくす方向へ進化したのである。 イカの場合、殻
を完全になくすのではなく、退化させて「甲」や「軟甲」として体の中にしまいこむ
方向へ進化した(イカをさばくと外套膜の中から見つかる)。この「甲」は浮きとして、
「軟甲」は筋肉の支えとして機能するため、イカは海中に浮遊して高速で泳ぐことが
可能に、また水を噴射する漏斗や外套膜が筋肉質になった。逆に、殻そのものをなく
したタコは、海底を這って移動するようになったが、その分足と吸盤の力が増したの
である。
3
生態
タコは海底で生活しているものが多かったが、イカはどんな場所でどんな暮らしを
しているのだろうか。
「 イカもタコも同じなのでは?」と思う人がいるかもしれないが、
イカの生態はタコのそれとは全く異なっている。イカは海の中を泳いで生活している
種類が多く、海底に下りて移動することは少ない。 またイカは攻撃的な肉食動物で、
海底付近で暮らすものはエビなど、沖合を泳いで暮らすものはオキアミや魚などを食
べる。イカの場合、腕は物をつかむためにあるので「腕」である。またタコと同じく、
雄は1本の腕が交接腕になっているため、雌雄を区別できる。
4
能力
次はイカの能力を見ていく。まず、イカの特徴はその強い泳力である。「イカドッ
‐ 4 ‐
クリ」ともよばれる筋肉質の分厚い外套膜に水を貯め、漏斗から強く吹き出して推進
力を得る。その勢いはものすごく、それを利用して滑空する種もいるほどである。水
族館で飼育すると、壁にぶつかって死んでしまうこともある。
タコの章で、タコとイカの吸盤は全く違うと書いたが、イカの吸盤は、タコのもの
よりも攻撃的なつくりをしている(図3)。イカの吸盤は筋肉でできたカップ型で、そ
の内径に合ったキチン質の環がはまっている。その環には尖った歯状のギザギザが付
いていて、その環で獲物にしがみつく。また、吸盤は腕に直接付いているのではなく、
細長い柄がついている。これは、イカが泳ぎながら獲物を捕まえる際、暴れる獲物を
しっかりとつかんでおくためである。この環は、種類によっては鈎爪になっているこ
ともある。
「ツメイカ」や「カギイカ」は、吸盤に鈎爪を持っていることに由来する名
前である。食材として広く流通しているホタルイカも、吸盤に鈎爪がついているので、
食べる機会があれば確かめてみると面白いか もしれない。
捕らえた獲物は、「カラス・トンビ」とよばれる顎を使ってミンチ状にすり潰して
食べる。イカは餌を流動食にして食べているのだ。 この「カラス・トンビ」はとても
硬く、生物の胃酸でも消化されず、排泄もされにくいため、クジラなどの胃の中から
大量に見つかることがあり、イカの生息状況を知る上での重要な手掛かりになってい
る。
イカの墨は、タコの墨と比べて粘り気が強く、タコの墨が煙幕として機能するのに
対し、一種の分身として機能する。敵がそれに気を取られている間に逃げるのだ。
タコは頭が良いことは前述の通りだが、イカも優れた神経を持っている。直径がお
よそ1mmと巨大で肉眼でも十分見え、その伝達速度は毎秒35mに達する。このイ
カの神経は昔から神経生理の実験に使用されているほか、最近ではコンピューターの
研究にも使われている。
また、頭足類は全体的に目がいい種類が多いが、タコ・イカはその中でもかなり目
の良い動物である。タコ・イカの目はレンズが2枚重なった構造で、視神経が網膜の
細胞の後ろ側にあるので、盲斑が存在せず、 得られる像が正立像である所が人の目と
の主な違いである。長らくイカは色盲だと思われてきたが、近年の研究で、ホタルイ
カは目に色彩を感じる組織があることが分かってきている。
タコ・イカの皮膚には「色素胞」という特殊な細胞があり、これを使って体色を自
由に変えることができる。タコの場合、海底の状況や他の生物に“擬態”するためだ
と思われるが、イカはそれ以外にも、体色を変えることで個体間のコミュニケーショ
ンをしているのではないかと言われている。発達した聴覚を持たない頭足類にとって、
視覚からの情報は重要なコミュニケーションの手段である。カリブ海に分布するアメ
リカアオリイカと、南アフリカ沿岸に分布するアフリカヤリイカは、ともに23の基
本的な色帯要素を持ち、これらを組み合わせて、それぞれ16種類と9種類の体色パ
ターンを作って威嚇や求愛などのコミュニケーションを行っていることが知られてい
る。他のイカでも、天敵を威嚇・警戒する時や興奮状態の時などに、特定の体色パタ
ーンを作り出すことが知られている。
続いてイカの発光能力だが、タコと比べると、イカは発光する種類がとても多い。
‐ 5 ‐
代表的なものはホタルイカだが、発光するイカを全て合計すると200種を超える。
これは、全てのイカのうちの45%程になる。タコは2種類しか 発光しないので、イ
カの方が発光する種がかなり多いということになる。
では、イカはどのように発光するのか。大きく分けて2種類の方法がある。まずひ
とつ目の方法は、
「自家発光」である。これはホタルとほぼ同じ方法で、ATPのエネ
ルギーを使って発光する。もう1つは「バクテリアとの共生」である。バクテリアの
中には発光する種類がいて、それらと共生することで発光するのである。
考察
まず、触腕についてであるが、これは「ないと死ぬ」という訳ではないようで、触
腕が切れても生き延びている個体や、生まれてすぐに触腕を失う種が確認されている。
生物の進化は、通常不必要な物をなくす方向に進むことが多い。実際に、オウムガイ
では90本近くあった触手が、現代の頭足類では8本の腕になり、よりシンプルにな
っている。イカはもしかすると進化の途上にあって、もう数千万年するとイカの触腕
はなくなっているのかもしれない。イカの目は盲斑が無いことも述べたが、深海イカ
は目が著しく発達し、ほんのわずかな光も感知できることが分かっている。深海生物
は目が無いものが多い。
「 光が無いから目もいらない」という進化が多いのだ。しかし、
イカの場合、
「 わずかな光を確実に捉える」という観点で進化が進んでいることになる。
発光するのも、目が発達しているからなのだろう。 また、イカは体色を激しく変える
ことも述べた。すばやく動き、暴れる獲物を捕らえるイカは、色や光に対して敏感な
のではないだろうか。とすると、イカもやはり色がわかると考えても良いと思う。イ
カは、軟体動物としてはかなり特殊な進化を遂げ、これからもさらに進化していく種
なのかもしれない。
第3章
さまざまなタコ・イカ
第1節
多様な生活
タコ・イカについて生物学的に見てきたが、ここからは その多様さについて見てい
く。
1
ヘビー級とミニマム級
タコの最大種はミズダコである。全長は3mを超え、大きなものはサメを襲うこ
ともある。タコは英語圏で「デビルフィッシュ」と呼ばれるが、ミズダコはまさに
それを体現していると言えるだろう。分布域は本州北部以北 からアラスカ沿岸の広
範囲にわたり、浅い海から水深200mくらいまでに生息している。北海道だけで
年間約10万t漁獲され、その多くが酢ダコ等に加工される。
タコの最小種は、熱帯のタコで胴長約2cmで成熟する種がいるらしいが、名前
がついていない上に研究もあまり進んでいないため、よく分からないというのが現
状である。
イカの最大種は有名なダイオウイカである。体長が約5.6m、体重は1tを超え
るという記録もあるという。腕や触腕も含めると、最大で全長18mにもなるとい
われている。ダイオウイカは海の中深層、 主に水深約600m付近、わずかに日の
‐ 6 ‐
光の届く「トワイライトゾーン」といわれる 深さに生息している。また南極海周辺
には、ダイオウホウズキイカという巨大イカが生息している。
イカの最小種はヒメイカである。特に、タイの沿岸に生息するものは胴長およそ
6.5mmで成熟するといわれ、世界で7種類が確認されている。
※補足
ダイオウイカの生態と味
2012年、国立科学博物館の窪寺恒己博士が小笠原近海で、生きているダイオ
ウイカの深海での撮影に成功し話題になったが、いまだその生態はよく分かってい
ない。現在も研究が続けられている。
ダイオウイカの味は分かっている。漁獲されたものなどの身を削って食べてみた
研究者は、その多くが「食えたものではない」とその著書に書いている。なぜかと
いうと、ダイオウイカはその巨体を水中に浮かせるために、体にアンモニアを蓄え
ているのである。窪寺博士は、その著書『ダイオウイカ、奇跡の遭遇』でこう書い
ている。
『ちょっと遊び心を起こして、テレビ・ニュースの取材に来ていた若い男性キャ
スターにダイオウイカを賞味してもらうことにした。DNA分析用に小さく切った
肉片を私が最初に飲み込んで、大丈夫であることを示して「テイスト・グッド」と
いうと、彼が恐る恐る口に入れた。何度か噛みしめるうちに、彼の表情が変わり思
わず吐き出しそうになったが、キャスターの意地もありなんとか飲み込んだ。この
様子は、テレビ・ニュースで放映されて、ニュージーランドではちょっとした話題
になったようである。味は、日本のダイオウイカとかわらず、イカの味はするもの
の噛んでいるうちにえぐ味や苦味が出てきて、
「テイスト・グッド」とはとても言え
ないが・・・・・・。』
相当まずいようだ。我々が普段食べているイカは、 イカの中ではかなりおいしい
ものなのだ。
2
危険な頭足類
タコは危険な生き物に擬態して敵の目を欺くし、タコもイカも獲物をしびれさせ
て食べる。そのため多かれ少なかれ唾液腺に毒を持っている が、実際に危険なもの
が存在する。最も有名なのはヒョウモンダコだろう。この仲間は非常に強い咬毒(か
んで注入する毒)を持ち特に有名である。この毒はフグと同じテトロドトキシン や
毒性の強いマクロトキシンで、卵の中の幼生の頃から持っているという。かまれた
場合の症例としては、痺れや言語障害などで、最悪の場合全身麻痺で死に至る。
このヒョウモンダコ類はインド~太平洋のサンゴ礁域に8種ほどが生息すると思
われるが詳しい分類はなされていない。黄色の地に蛍光ブルーの斑紋は美しいが、
これは警戒・威嚇の体色で、安静時には普通のタコに見えてしまうこともある。日
本沿岸でも見られる種類なので、海水浴の際は要注意である (図4)。
3
タコでもイカでもない生き物
モントレー水族館の潜水艇が撮影した映像が日本でも放映されて話題になったコ
ウモリダコだが、まだ謎が多い。全世界の 水深1000m前後の海底に生息する1
科1属1種の頭足類で、その学名「 Vampyroteuthis infernalis 」の意味は「地獄の
‐ 7 ‐
吸血イカ」。全身が暗褐色で胴体に一対のヒレを持ち、触腕はなく、吸盤の両側に触
毛を持つ。一見タコに見えるが、背側の腕の付け根のポケットに糸状の触手を持ち 、
幼生期にはもう一対ヒレがある。吸盤はタコに似ているが、イカが持つはずの軟甲
が背側にあるなど、タコとイカのキメラの様な、中間的な特徴を持つ。そのため、
「コウモリダコ目」という1つの目に分類されている。
4
奇妙なものたち
奇妙なタコやイカが、ダイバーや潜水艇によって撮影されている。
タコは純粋な肉食動物だが、伊豆では、「タコがミカンを食べていた」という目
撃談が複数あるという。皮をむいてから食べたという話もあり、伊豆がミカンの産
地であるとはいえ、一体どこでこんな味を覚えたのか、不思議である (図5)。
最近、
『Science』誌に奇妙なイカの写真が掲載された。胴長は60cmほどと思
われるが、ヒレが巨大で腕がとても長く、腕を含めると全長が7mに達するとされ
ている。研究者の間では以前から知られてはいたが、奇妙な形態と、標本が得られ
ないことから、まだはっきり分からない謎のイカである。現時点で、太 平洋、大西
洋、インド洋の水深1,940~4,735m付近で8回の観察例があるのみだ。
「ミ
ズヒキイカ」という新称がつけられている。
5
頭足類の御先祖
頭足類は、現在数百種が知られているが、古代ではどうだったのだろう。古代の
頭足類、すなわち頭足類の御先祖にあたる動物のうち、もっとも代表的なものが、
中生代に繁栄したアンモナイト類である。残念ながら現在は絶滅してしまっている
が、その近縁であるオウムガイ類が、
「生きている化石」として今も生き延びている
ので、頭足類の先祖について考えることができる。オウムガイ類は、熱帯のインド
~西太平洋域にわずかに5種ほどが知られている。頭足類に分類されるが、現在の
イカやタコとの相違点が、いくつか挙げられる。ひとつは、らせん状の殻を持つこ
とで、ふたつ目は、現在のイカやタコが一対の鰓を持つのに対し、オウムガイは二
対の鰓を持つことだ。これらが両者を分ける決定的な違いであり、オウムガイが生
きた化石と呼ばれる所以でもある。
殻は石灰質で硬く、内側に真珠光沢があり、細かい部屋に区切られている。巻貝
と違い、体は一番出口に近い部屋のみに入っており、後ろの空き部屋を使って浮力
の調節を行う。口の周りには腕に代わって90本近い伸び縮みする触手があり、吸
盤はない。昼間は水深300~400mほどに生息し、夜間は数十m付近まで上昇
する。飼育下では、月平均1.5個の卵を一年中生み、孵化に一年の器官を要する。
第5章
まとめと考察
今回は、「タコとイカの違い」について研究を行ったが、調べていけばいくほど、タ
コとイカの間には、些細なようで実はとても大きな違いがあるということが分かった。
日常生活では、タコ・イカは同じ様な生物ととらえられている向きがあるようだが、
生物学的には大きな違いがある。吸盤や墨など、タコ・イカの「代名詞」として扱わ
れるような部分でさえ、両者の間には大きな違いがあった。それは、何億年という頭
‐ 8 ‐
足類の進化の歴史の中で、全ての頭足類が、それぞれの生息場所やその環境に、自ら
の体を変えることで対応してきた証なのかもしれない。古生代~中生代に繁栄したア
ンモナイトは、約6,550万年前、地球に巨大隕石が衝突した際に恐竜と共にほぼ絶
滅した。しかし、タコ・イカの祖先はそれを生き延びた。そして現在、再び多様な種
へと進化し、繁栄を取り戻そうとしている。頭足類は、我々人間よりもはるかに長い
歴史を持っているのだ。
日本人のタコ・イカの年間消費量は世界で一番多いといわれている。我々こそ、世界
一の頭足類好きな国民として、タコとイカの違いを知っておくことが必要なのではな
いだろうか。それはタコ焼きとイカ焼きの違いではなく、生物としてのタコとイカの
違いである。
<参考文献>
・奥谷喬司
編著 『日本のタコ学』
東海大学出版会
・奥谷喬司
編著
2013年
『新鮮イカ学』
東海大学出版会
・窪寺恒己
著
2010年
『ダイオウイカ、奇跡の遭遇』
新潮社
2013年
・土屋光太郎・山本典暎・阿部秀樹
著
TBSブリタニカ
・土屋光太郎
『イカ・タコガイドブック』
2002年
監修『イカとタコの大研究』
PHP
・小田英智・小林安雅
著
偕成社
2013年
『イカ・タコ観察事典』
1998年
図表
図1
出典:奥谷喬司編著「日本のタコ学」
‐ 9 ‐
図2
出典:奥谷喬司編著「新鮮イカ学」
図3
出典:奥谷喬司編著「日本のタコ学」
図4
出典:土屋光太郎・山本典暎・阿部秀樹著
「イカ・タコガイドブック」
‐ 10 ‐
図5
出典:土屋光太郎・山本典暎・阿部秀樹著「イカ・タコガイドブック」
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