アジア市場での国際マーケティングの課題

産業経済研究所紀要 第 25 号 2 0 1 5 年 3 月
論 文
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
Issues for International Marketing Strategies in Asia
舛 山 誠 一
Seiichi MASUYAMA
はじめに
日本の裏庭とも言え,且つ,世界の成長センターであるアジア地域は,日本企業の
海外事業活動の中心であり,その重要性が増している。その中で,アジア諸国の経済
発展に伴う賃金水準の上昇から,経済発展に比較的先行した諸国では労働集約的な産
業の生産基地としての優位性が低下する一方で,市場としての魅力が高まっている。
特に中国は急速な経済発展の結果,賃金コストが上昇したことに加えて日中関係の悪
化もあり,ASEAN,インドなどへの分散投資を志向する「チャイナプラスワン」戦略
の必要性が叫ばれている。
この環境変化と日本の中堅・中小企業の課題に関しては,別の論文で既に述べた(舛
山,2014)
。その中で,対象地域が中国から ASEAN,インドへと変わるが,日本の中
堅・中小企業の経営課題は基本的には中国におけるものと似ているということを示し
た。中堅・中小企業特有の制約と利点の下でいかに新興国における国際経営を行って
行くかという課題である。
さらに,中堅 ・ 中小企業の国際経営の課題は基本的な内容は大企業のものと変わら
ないと考えられる。なぜなら,冨山(2014)のいうように,グローバル化の下では,大
企業,中小企業の区別はあまり重要ではなくなり,むしろグローバル企業かローカル
企業かの分類の方が適切だと考えられるからである。製造業など貿易財を供給する企
業は,大企業か中小企業かを問わず,熾烈なグローバル競争に直面して,これに打ち
勝つ必要があるのに対して,多くのサービス企業などローカル市場で寡占的地位にあ
る企業は,成長性があまりない代わりに事業環境は安定的だからである。従って,本
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稿においては,特に中堅 ・ 中小企業に関して扱うことはせず,日本企業一般のアジア
における国際マーケティングを想定する。
国際経営という枠組みで見ると,国際生産の重要性が相対的に低下する一方で,国
際マーケティングの重要性が高まっていると言える。本稿では,日本企業のアジアに
おける国際マーケティングの課題に焦点を当てて,論点整理を試みる。図表1は,ア
ジアにおける国際経営の枠組みを示したものである。
図表1.アジアにおける国際経営の枠組み
中堅・中小企業
の特質
国際経営
現地適応
全社統合
国際マーケティング
国際生産
全社戦略
機能別戦略
国際人的資源管理
アジア
立地環境
その他
(出所)筆者。
国際経営とは,全社的な統合・標準化のメリットを確保しながら,現地の立地環境,
本稿においてはアジアの立地環境,に適応した経営を行うことである。国際経営戦略
は,全社戦略と,国際マーケティング,国際生産,国際研究開発,国際人的資源開発な
どの機能別戦略に分けられる。この中で,前述のように国際マーケティングの重要性
が高まっている。国際マーケティングとは,市場ターゲティング,製品,価格,プロ
モーション,流通などの企業がコントロール可能なマーケティング手段を,企業とし
ての統一性を保ちながら,企業がコントロールできない現地の環境にいかに適応して
成果を挙げるかということである。適応すべき現地の環境の主なものは経済,政治,
文化であり,他に企業間競争,技術トレンドなどがある。
方法論的には,アジアにおける国際マーケティングに関連した書籍,論文,雑誌 ・
新聞記事の内容を,上に示した枠組みに従って整理して,論点の整理を試みた。
第1章においては,日本企業が適応を迫られるアジアの経済,政治,文化などの環
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アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
境の特徴とその国際マーケティングとの関わりについて述べる。第2章においては,
第1章で述べたようなアジアの環境の下で,市場ターゲティング,市場参入モード,
商品戦略,価格戦略,流通戦略,プロモーション戦略などの日本企業の国際マーケティ
ングの現状と課題について述べる。第3章は,以上のまとめである。
1.アジアにおける環境変化と国際マーケティング
1.1.アジアの経済環境の国際マーケティングへの影響
1.1.1.高成長下における中間層の台頭
アジア 経 済 の 高 成 長 に よ っ て 国 民 の 所 得 が 増 加 し,消 費 意 欲 の 旺 盛 な 中 間 層
の 規 模 が 拡 大 し て い る。1 人 当 た り 国 内 総 生 産(GDP)が 3,000 ド ル を 超 え る
と,家電製品や自動車などの耐久消費財の需要が本格化すると言われる。ボスト
ン・ コンサルティングは,インドネシアにおいて家計支出(外食や余暇を除く)が
月 200 ~ 500万ルピア(約2~5万円)を中間層と定義するが,この層が 2020年には
ⅰ)
現在の2倍の1億 1,750万人に拡大すると予測している 。インドにおいては年間所
得 100万ルピー
ii)
以上が高所得世帯,18万ルピー以上 100万ルピー未満が中所得世帯,
18万ルピー未満が低所得世帯と分類されるが,日本メーカーの主なターゲットとなる
中所得世帯が,野村総合研究所の予測によると 2010年の約 4,100万世帯から 2020年
には約 7,800万世帯に拡大する(渡辺等,2013)。
このようなトレンドの国際マーケティングへの影響としては,市場ターゲティング
において,世界市場の中でアジア市場のウェイトを高める動きが出ることと,アジア
市場の中でこのような中間層に重点を置く動きが出ることである。製品戦略において
も,このような層に適応するような製品を開発・投入する必要があることを意味する。
主要なターゲットとなる,このアジアの中間層は日本などの先進国の中間層より低
所得なので,機能,品質を絞った低価格の商品を提供することが必要である。いわゆ
るボリュームゾーン市場対応製品を提供する必要性が高まる。
1.1.2.アジア経済の多様性
上記に加えて,アジア経済の第2の特徴は,その多様性である。各国経済の規模,
その豊かさの程度,各市場内の地域的格差など,極めて多様性に富む。
経済規模から見ると,中国のように日本の倍ぐらいの規模の国,それに次ぐ,イン
ド,インドネシアのような国がある一方,ラオスのように中国の,1,000分の1程度の
規模の国まで,大きな差が存在する。ASEAN の国々は,その経済規模は中国の1省
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並みである。
各国間の所得格差も大きい。シンガポールのような1人当たり所得が日本以上の
国,マレーシアのように1万ドル以上のような国,中国,タイ,インドネシアのように
3,000 ドルから1万ドルの間の国,フィリピン,ベトナム,インド,パキスタンのよう
に 1,000 ~ 3,000 ドルの国,カンボジア,ミャンマー,バングラデシュのように,1,000
ドル未満の国のように様々な所得レベルの国が存在する。
また,国内の所得格差も拡大傾向にあり,ジニ係数で見ても日本や欧米諸国に比べ
てかなり高くなっている。特に中国の所得格差が大きい(舛山,2014 )。また,この所
得格差は,都市と農村などの地域間,都市内・農村内などの地域内でも大きい。
このようなアジア経済の多様性の国際マーケティングへの影響は,市場ターゲティ
ング,製品戦略の分野に及ぶと考えられる。
市場ターゲティング関しては,先ずは,このように極めて多様な各国市場をどのよ
うに細分化し,そのどの市場あるいは市場の組み合わせをターゲットとするかという
ことが極めて重要性を持つが,それは複雑で急速に変化するので難しい。一般的に,
現在の市場規模の大きなところほど魅力的であり,中国,インド,インドネシア,タイ
などの人口大国の市場が,人口と1人当たり国民所得の乗数の程度に応じて魅力的で
ある。また,成長性の高い市場ほど魅力的である。アジア諸国の雁行的発展のパター
ンから一般的に後発国ほど高い成長を遂げる傾向がある。これまでは,中国の成長率
が圧倒的に高かったが,今後は減速し,ベトナム,ミャンマーなどの ASEAN後発国
やインドの成長性が相対的に高くなると予想される(舛山,2014)。
さらに,国内の所得格差が大きい中で,どのように市場を細分化して,どの所得階
層をターゲットにすべきか,という課題がある。
中間層が台頭して重要なターゲット市場となることを述べたが,他方では,所得格
差の大きさから富裕層のシェアも高く成長性も高い。増大する富裕層にも大きなビジ
ネス機会が存在する。しかも,この層の求める商品は日本などの先進国市場で一般的
な商品と似ていることから,この層をターゲットとするメリットも大きい。そして,
まだまだ大きな人口規模の低所得層市場にも大きなビジネス機会が存在する。いわゆ
るBOP市場である。
製品戦略への影響に関しては,市場の発展段階,また1国の中の所得階層によって
需要される商品が異なり,これへの対応が必要になることが挙げられる。個々の国の
発展段階に応じて投入製品を変化させることも必要になる。
1.1.3.アジア経済の雁行性
アジア経済の第3の特徴は,経済発展の雁行性である。後発国が先発国を追いかけ
て,産業構造を踏襲しながら発展するという雁行性を持っている。日本からアジア
へ,NIEs から ASEAN・中国へ,中国・ASEAN先発国から ASEAN後発国への流れ
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が存在する。また,それは国単位だけではなく地域的にも当てはまる。中国の沿海部
から内陸部へ,ASEAN の中でタイなど先発国から周辺のインドシナ半島へという,
iii)
「海のアジア」から「陸のアジア」への成長センターのシフトがあるとの見方もある 。
このような雁行的発展パターンの背景として,キャッチアップ成長と人口動態の複
合作用がある(舛山,2014 )。一般的に,所得レベルの低い後発国(あるいは後発地域)
ほど,キャッチアップ成長の余地が大きく成長性に富む。技術移転余地が大きく,労
働集約的産業における競争力が強いからである。他方では,所得水準の上昇は市場と
しての魅力を高める。
そして,人口動態において若年層の割合が高いほど,成長性に富む。労働供給にお
ける優位性があるからである。一般的に,後発国ほど人口構成が若い。このような
複合作用の結果,後発国ほど経済成長のスピードが速くなる傾向がある。アジア諸
国における人口動態変化を見ると,日本,韓国を除くと,中国の高齢化の先行が際立
ち,ASEAN の特に後発国,インドでの進展がはるかに遅い。日中関係などの政治
的要因に加えて,このようなアジアにおける雁行的発展パターンの要因が,中国から
ASEAN への分散投資という「チャイナプラスワン」戦略の背景にある(舛山,2014)。
このような流れは,先ず,中国沿海部から内陸部,ベトナム,カンボジア,ラオスな
どのタイ周辺の ASEAN 後発国への労働集約産業を中心とする生産拠点志向投資の
シフト(
「タイプラスワン」戦略)に端的に見られるが,市場志向の投資にも中国から
ASEAN・ インドへの流れが見られる。他方で,中国市場の高度化が進展し,中間層,
高所得層の市場が厚みを増し,より洗練されたものになってきている。
アジア経済の雁行的発展の国際マーケティングへの影響としては,以下のような点
がある。
第1に,個別市場における有望産業 ・ 商品が異なり,且つ,それらが継続的に変化
していくことから,発展段階から自社製品の需要が増加している市場を選択し,その
変化に対応していく必要があることが挙げられる。
第2に,日本がこのようなアジア諸国の雁行的発展の先頭に立っている場合が多い
ので,日本の成熟 ・ 衰退産業が現地での成長産業となる場合がある。このため,日本
の成熟産業・衰退産業がアジアに進出することによって再び成長産業として復活する
可能性がある。また,多くの産業において過去に日本で蓄積した経験がアジア市場で
使える可能性がある。例えば,インフラ関連産業,自動車産業,素材産業,小売り産業
などである。さらに,現在の日本の課題である環境問題,教育問題,医療 ・ 介護問題
への日本企業の取り組みの経験が,今後アジア市場で生かせる可能性がある。
第3に,アジアの各市場で,人口動態に対応した成長市場に市場ターゲティングを
行う必要性がある。年齢構成の若い市場では,日本では市場が縮小している子供市
場,若年市場が拡大している。また,他方では東アジア諸国を先頭に高齢化も進展し
ている。国によって,また将来において高齢者市場も有望である。経済発展,少子高
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齢化ではるかに先行している日本の経験の活用機会がある。
第4に,アジア諸国の流通市場は現状では未発達な段階から,徐々に発展して行く
と予想され,流通戦略や,それに対応したプロモーション戦略において,適切な対応
が必要になることである。現状では,小売業においては「パパママストア」と呼ばれ
る零細小売店の占める割合が極めて高い。しかし,今後は量販店のような組織小売り
チェーンが発達していくと予想される。
第5に,市場参入に関して,発展度の低い市場に早期に参入して先行者利益を獲得
するという戦略が考えられる。
1.1.4.急速な都市化の進展
アジア経済の第4の特徴は,急速な都市化の進展である。国全体の所得の上昇とと
もに,地方にもターゲットとなりうる大都市が増えている。インドネシア,フィリピ
ン,ベトナム,マレーシアには人口 150万人以上の都市がそれぞれ 25,10,6,4存在
する(岩垂,2014 )
。インドの消費市場においても,デリー,ムンバイ,バンガロール,
ハイデラバードなどの人口400万人超の大都市に加えて,それ以下の 100万人都市も
存在感を示し始めているという(渡辺等,2013)。
このような都市化の国際マーケティングへの影響には,以下のような点がある。
先ず,その集積度から都市市場が主要なターゲットとなる。都市インフラ市場も急
速に拡大しており大きな市場機会を提供している。これには日本政府との協力も必要
となる。そして,ターゲットとするべき都市の範囲が拡大している。従来日本企業が
ターゲットとしていたメガ都市からターゲットとすべき都市が 100万人以上の都市ま
で拡大してきている。中国においても従来日本企業が中心としてきた沿海部の大都市
が飽和状態になり,地方都市の市場が拡大している。インドネシアやフィリピンにお
いても地方都市の重要性が増している。地方の都市もターゲットとする必要が出てき
ている。インドにおいても,中国で日本企業が行ったような,先ず沿海部の都市に集
中して市場開拓を行うような手法では十分なマーケットを獲得することは難しいとの
見方がある
iv)
。
そして,各国で首都や大都市において,かなり共通性を持った都市型の消費が拡大
しているとの指摘がある。海外からの投資がこれら都市を中心に循環し,消費活動が
活発化しているという。不動産・建設業,通信や近代的商業,ホテル,金融,専門サー
ビス業などが発展しており,これら都市型産業に従事するホワイトカラーの多くは大
卒以上のエリートで,生活様式が西洋化しているとの指摘である(岩垂,2014)。
次に,流通への影響に関しては,地方都市の重要性が増すことに対して,地方への
流通チャネルの整備が課題となる。
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アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
1.1.5.アジア市場の分断性と統合への動き
アジア経済の第5の特徴は,アジアの市場が分断されていることと,その統合への
動きが強まっていることである。例えば,EU に比べるとアジアにおける制度的統合
の程度は低い。アジアの中では,ASEAN の制度的統合は進んでいるが,EU に比べる
とはるかに統合度は低い。モザイク市場とも言われる。東北アジアの中国,日本,韓
国の間の制度的統合はほとんど進展していない。
市場の統合度は,制度的統合とロジスティクスの整備の両面を反映し,また企業の
多国籍化がこれを推進する。そして市場の統合度が高いほど,市場としての魅力が高
い。中国,ASEAN,インドの中では,現状では,一つの政治制度の下にあり,ロジス
ティクスの整備も比較的進んでいる中国市場の統合度が高い。インドも1国ではある
が,地方分権傾向が高く,輸送インフラも中国に比べると格段に整備不足であり,統
合度が低い。ASEAN は国に分かれていて低いが,AFTA,輸送インフラ整備で改善
ⅴ)
中である (舛山,2014 )。
また,ASEAN を核として,中国,インドを含むアジア全体の市場統合も進展し
ている。制度面に関しては,ASEAN・ 中国,ASEAN・ インド,ASEAN・ 日本,
ASEAN・オーストラリア,ニュージーランドなどの自由貿易協定が締結されている。
ロジスティクスに関しては,ASEAN・ 中国間の交通輸送インフラの整備が進んでい
る。
アジアに進出した日本企業は,このようなアジア地域の市場統合に対応して,市場
ターゲティングにおいて,進出国だけでなく,ASEAN内,あるいは ASEAN と他の
地域を一体と捉えることが可能となる。日本企業は,ASEAN,中国に基盤を持つ企
業が多いので,中国内拠点から ASEAN市場へ,また ASEAN内拠点から中国市場に
販売する機会が拡大する。現状では,インドに進出している日本企業は少ないので,
主に ASEAN 内拠点からインド市場に販売する機会が拡大するが,逆の可能性はまだ
小さい。一方で,中国・ASEAN間の市場統合は,ASEAN市場における中国企業 ・
中国製品との競争が激化することをも意味する。
1.2.政治環境の国際マーケティングへの影響
政治環境の国際マーケティングへの影響に関しては,経済自由化政策,法治の浸透
度,国際関係などがある。
1.2.1.経済自由化政策
規制環境が,外資のマーケティング活動に影響を及ぼす。自由化が進んだ市場ほど
参入が容易であり,また,マーケティング活動を含めてビジネスがしやすい。種々の
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規制,外資規制などが少なく自由度の高い市場が外資にとっては好ましい。先ず,外
資がその国で販売活動を許されるかどうかに関わる。このような規制は,マーケティ
ング活動を含めた,その市場でのビジネスのしやすさに影響を及ぼす。従って,市場
ターゲティングに影響を与える。
アジアにおいては,一般的に経済発展が進んだ国ほど経済自由化が進んでおり,後
発国ほど遅れているという傾向がある。逆もまた真である。世界におけるビジネス規
制を調査・評価した世界銀行・IFC によるビジネスのしやすさランキングを見てもそ
のような傾向がうかがえる(図表2)
。シンガポール,香港という中継貿易国 ・ 地域,
あるは地域ビジネスセンター的な市場の規制は緩やかである。
他方で,このような国・地域には外資の参入が多くなるので,競争も激化する。従っ
て,まだ自由化があまり進展していない市場に早く参入して早期参入のメリットを享
受するという戦略も存在する。カンボジア,ラオス,ミャンマーなどの後発国におい
て早期参入のメリットを狙うという戦略もあり得よう。ミャンマーは,2012年 11月に
外国投資受け入れを明確にした「新外国投資法」が制定され,参入機会が増大してい
る。カンボジアは,外資規制に関しては,不動産所有に現地資本が過半を占める必要
があるという規制がある以外には,規制がほとんどないという
vi)
。
図表2.ビジネスのしやすさランキング 2014
1
シンガポール
38
フランス
2
香港
53
メキシコ
3
ニュージーランド
65
イタリア
4
米国
96
中国
5
デンマーク
99
ベトナム
6
マレーシア
108
フィリピン
7
韓国
110
パキスタン
9
ノルウェー
116
ブラジル
16
台湾
120
インドネシア
18
タイ
134
インド
21
ドイツ
137
カンボジア
27
日本
169
ラオス
28
オランダ
182
ミャンマー
29
スイス
全 189 か国
(出所)世銀・IFC。
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アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
アジアにおける規制で国際マーケティングに大きな影響を及ぼしている分野にサー
ビス分野,特に流通分野に関する規制がある。ASEAN諸国においては,国内の零細企
業の保護や育成の名目でインドネシア,フィリピン,ベトナムなど小売業の外資規制が
残っている
vii)
。インドにおいては 2012年にスーパーなど総合小売業において出資比率
51%を上限に外資の進出が認められた。しかし,調達金額の3割以上をインド内の小
規模企業からにするよう義務付けられるなどの障壁があり,進出は難しいという
viii)
。
経済発展段階が低いことに加えて,このような規制の影響もあり,アジアにおいて
は零細店のシェアが極めて高く流通の近代化が遅れている国が多い。調査会社ユーロ
モニターによると,ASEAN 6か国の消費財向け支出約26兆円のうち,零細の小売店
によるものが 76%を占める。タイでも 58%で日本の 1980年代レベル,インドネシア
で 85%と日本の 60年代レベル,参入規制の激しいベトナムでは 96%で日本の 60年
代以前のレベルであると言われる
ix)
。インドにおいても零細店のシェアが高い。
このようにアジアにおいて流通近代化が遅れていることは,国際マーケティング活
動の様々な面で制約となっている。流通網が欠けていることから,ターゲットとなる
市場の範囲が狭められたり,流通網の整備が必要になったりしている。
一方で,このような規制の緩和の動きがあり,参入チャンスが拡大しつつあり,早
期に参入して先行者利益を獲得する可能性がある。例えば,ベトナムにおいては小売
x)
業の規制緩和の動きがあり,注目を集めている 。また,タイ,シンガポール,マレー
シア,インドネシアなどと日本との間の EPA も,サービス分野における日本企業へ
の障壁の緩和をもたらしている
xi)
。一方で,インドネシアでは,外資規制の改正案で
卸売業,すなわち販売会社の設立で外資の出資上限を従来の 100%から 33%に引き下
げる方針が示されるなど逆行する動きも存在するという
xii)
。
1.2.2.法治の浸透度
アジア諸国においては,法律は表面的には整備されていても,必ずしもその遵守が
されないという問題が存在する。新興国で事業を行う日本企業へのリスク・問題点に
関するアンケートをみても,法制度・運用の不備,知財保護の不備,税務上のリスク・
問題,代金回収の問題など法治の不足に関連するリスク・問題点が指摘されている(舛
山,2014 )
。法治の不足の国際マーケティングへの影響は,価格戦略における代金回
収,製品戦略における模倣品の問題,ビジネス交渉,ビジネスへの政府の関与など多
くの分野に及ぶ。
関係主義的な文化の地域ほど,法治の程度が低く,人治的要素が強くなる。日本企業
が大々的に進出している中国に関して,この問題が特に強く認識されている。植民地化
を含めてルールによる物事の決定を志向する傾向が強い欧米,特にアングロサクソン諸
xiii)
国の影響を受けた東南アジア諸国は,中国に比べてこの問題は少ないようだ (舛山,
2013)
。
― 31 ―
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1.2.3.国内・国際政治リスク
国内政治リスク
国内政治リスクは国際マーケティングに影響を及ぼす。民族 ・ 宗教問題,格差問題
が国内政治リスクの大きな要因になっている。タイにおいては,バンコクと地方農村
の格差問題が,国内政治に大きな影響を及ぼしており,2014年の軍事クーデターに発
展している。このような状況が深刻化すれば,このような政治状況は,その市場の低
迷につながりうる。また,後述の中国における反日問題は,この国内の格差問題のは
け口という側面もあろう。このような国内政治リスクは,そのような市場をターゲッ
トとすることを困難にし,参入後のマーケティング活動を困難にする。
反日・親日意識
国際政治リスクは,日中問題を抱える日本企業のマーケティングにとっては特に大
きな問題である。2012年の尖閣諸島国有化に端を発する中国での反日デモが自動車な
ど日本製品の売れ行きに大きな影響を与えたことは記憶に新しい。政府関連企業への
販売,公共投資入札などに影響を及ぼしている。
製品ブランドは国のブランドを反映した面があるが,国際関係は国のブランドに大き
な影響を及ぼす。中国における日本車ブランドに明らかに影響が及んでいる。中国の
ような関係の悪い国でいかにリスクを抑えるかが日本企業にとって大きな課題となっ
ている。また,企業による市場ターゲティングにも相当の影響を及ぼす。中国の反日度
の上昇に対応して日本企業の対中進出も鈍っている。ただ,このような反日環境の下
でも中国に大きな市場機会が存在することは確かであり,中国市場で成功している日
本企業も多い。政治リスクをどのように扱うかも日本企業にとって大きな課題である。
中国と比べると,ASEAN には親日的な国が多い。このような国においては日本製
品の人気が高く,販売がしやすい。しかし,このような国々でも最近は韓流ブームが
盛り上がっており,日本ブランドとの競争が激化している。インドは少なくとも反日
的でない。しかしインドにおける日本,日本製品の認知度が低く,
「無関心」が反日以
上に大きな問題である。
1.3.文化環境と国際マーケティング
1.3.1.文化と国際マーケティング
文化は国際マーケティングに大きな影響を及ぼす
xiv)
。そもそもマーケティングと
は,いかに顧客との関係の創造 ・ 構築 ・ 維持を行うかである。
「マーケティングとは,
主として,広義のコミュニケーションを中心とした(意味の)交換のプロセス」であり,
― 32 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
「そこで交換される意味の多くは,文化に基づいている。」
(ウズニエ等,2011 )。国際
マーケティングは,異なった文化間の意味の交換であり,文化的類似性と相違点が国
際マーケティングの多くの局面に影響を及ぼす。市場の魅力,関係性の構築,取引関
係,原産国イメージ,市場セグメンテーション,製品,マーケティング・コミュニケー
ションなど国際マーケティングの多くの分野が文化の影響を受ける(同上)。
国際マーケティングの商品分野への文化の影響に関しては,ウズニエ等( 2011)によ
ると以下のようなことが言える。先ず,歌,ドラマ,映画,小説といった純粋に文化的
な商品は当然直接的な影響を受ける。また,
「他者との関係」を含む製品も,誰が意思
決定過程に関与するか,誰が製品を使うかのような関係性自体が文化によって規範化さ
れているので,影響を受けやすい。従って,高額商品,ブランド商品など顕示的消費の
対象となる商品,より一般的にはメッセージ性の高い商品も,文化の制約を受ける。加
えて,気候,人口密度,住宅の様式,動植物相といった地域の物理的環境との関係が強
い商品ほど,文化の影響を受ける。これらの物理的環境がローカル文化に強く関係する
ためである
xv)
。
文化の影響をあまり受けない商品分野としてはコンピュータのハードウェア,工作
機械,重機といった産業財や先端技術製品がある。性能面で比較検討されるからであ
る。そして,どのような製品であれ,パッケージングデザインやブランド名などを通
じ,言語・文化の影響を受ける(同上)。
1.3.2.異文化マーケティングの重要性の高まり
グローバル化が進展する中で,経済,政治,文化の中で文化の重要性が相対的に高
まる。なぜならグローバル化による標準化は,経済,政治面で進展するが,各地の固
有の文化は土着性が強く,なかなか変化しないからである(渥美,2013)。また,日本
企業のアジア進出のパターンが,生産目的から市場志向へと変化してきていることか
らも文化の重要性が高まる。工場内を中心とする生産管理が中心であれば,現地の文
化との接点は限られているが,消費市場志向の投資が増えてマーケティング活動が増
えるにつれ,現地文化との接点が格段に増えるからである。
しかし,このような重要性を増す異文化理解において,日本人経営者は相対的に
劣っている(図表3)
。図表から大国の人材より小国の人材の方が異文化理解に優れ
る傾向があることがうかがえる。これは大国では国内マーケットも大きく,相手の国
に合わせるという必要性が少ないからだと考えられる。大国の中でも,後述のように
国内に多様な民族を抱えているインド人の異文化理解は比較的優れている。日本のス
コアの低さは,中国に抜かれるまでは世界第2の経済大国であったことと,島国で他
国の文化との接触経験がもともと少ないことに起因していると考えられる。アジアに
おける国際マーケティングにおいて,日本企業は自らの欠陥を良く理解して,現地の
文化への適応を心がける必要があると考えられる。
― 33 ―
舛 山 誠 一
図表3.経営者の異文化理解度(10点満点)
スイス
8.02
インド
6.23
シンガポール
7.45
韓国
5.35
オランダ
7.39
米国
5.22
香港
7.37
日本
5.08
マレーシア
7.30
中国
3.42
ベルギー
7.12
ロシア
3.10
デンマーク
6.94
(出所)Briscoe & Schuler, p.115.
1.3.3.文化類型とアジアにおける国際マーケティング
国際経営と文化の関係についての文献では,ホフステッドによる国民文化分類が良
く引用される。彼は,調査当時もっとも多国籍化していたIBMの従業員を対象にし
て,国民文化を5つの次元で分類した。5つの次元は,権力格差,男性性 ― 女性性,不
確実性の回避,個人主義 ― 集団主義(自立 ― 依存)
,長期志向 ― 短期志向である。彼
は,これを尺度に各国文化を評価した(図表4)。この分類は本稿の目的とは必ずしも
整合的ではないので,この分類を参考にしながらもそれにこだわらず,アジア諸国の
文化タイプとその国際マーケティングへの影響について考察する。
図表4.文化の類型と国別のスコア
国
・
地
域
権
力
格
差
不
確
実
性
回
避
個
人
主
義
男
性
性
長
期
志
向
国
・
地
域
権
力
格
差
不
確
実
性
回
避
個
人
主
義
男
性
性
長
期
志
向
米国
40
46
91
62
29
日本
54
92
46
95
80
英国
36
35
89
66
25
韓国
60
85
18
39
75
フランス
68
86
71
43
39
台湾
58
69
17
45
87
西独
35
65
67
66
31
シンガポール
74
8
20
48
48
スペイン
57
86
51
42
19
タイ
64
64
20
34
56
オーストラリア
36
51
90
61
31
マレーシア
104
36
26
50
-
スウェーデン
31
29
71
5
33
フィリピン
94
44
32
64
19
トルコ
66
85
37
45
-
インドネシア
78
48
14
46
-
ブラジル
69
76
38
49
65
インド
77
40
48
66
61
南アフリカ
49
49
65
63
-
平均
57
65
43
49
39
(出所)ウズニエ等,2011。
― 34 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
① 個人主義 ― 集団主義
集団主義的社会には,緊密な社会構造があり,人々は内集団のメンバーと外集団の
メンバーとをはっきりと区別する傾向が強い。世界的に見て,アジア諸国の特色は,
集団主義の傾向が強いことである。
集団主義的文化では,内集団とその外部者とを明確に区別する傾向が強い。内集団
の中のメンバーは相互に緊密な関係を持ち,そのメンバー間では強い信頼感,忠誠心
が働くが,外集団の人に対しては信頼度が低く,約束を守る義務を重視しない傾向が
ある。内集団の単位として最も基本的なのは家族であり,緊密な友人関係などが含ま
れる。これに対して個人主義的(外集団志向)社会は,内集団のメンバーと外集団の
人間をあまり差別せず,万人に適用される普遍的な規則を大切にする(ウズニエ等,
2011 )
。渥美( 2013 )によると,このような規則は,法律,契約などのルールである。
内集団志向が強いと,規則よりも人間関係が重要性を持つ。例えば,中国文化におい
て外集団に対しては,兵法的な策略などが行使される傾向があるのはこの反映である
と考えられる(古田,2005 )。
これらの基準による国別のスコアでは,強い個人主義的傾向を示しているのは,米
国,英国,フランス,オーストラリア,スウェーデンのような欧米諸国である。逆にこ
の個人主義の点が低い(つまり集団的な)のは,韓国,台湾,タイ,マレーシア,イン
ドネシアなどのアジア諸国である。アジアの中でもインド,日本は中間的なスコアに
なっている。
何れにせよ,アジア文化の際立った特色は,集団主義の傾向が強いことである。集団
主義的な文化においては,これらの分野において人間関係の構築が大きなカギを握る。
個人主義 ― 集団主義の国際マーケティングへの影響に関しては,マーケティングに
おける交渉,購買の意思決定,流通網構築の方法,製品戦略などに及ぶと考えられる。
アジア諸国においては,人間関係の重要性から,流通チャネルの構築 ・ 維持に関係の
構築・ 維持が重要である。また,製品のマーケティングにおいて口コミの重要性が高
い。
中国では人間関係で物事が処理される傾向が強く,中国ビジネスはパートナー次第
だと言われる。マレーシアにおいては,政府の許可取得において日本人が申請したら
1~2か月かかるところが現地の人がやれば2~3週間でできてしまうという。従っ
てマレーシアにおいても現地パートナーの存在が重要だという
xvi)
。インドでは,財閥
を中心に人的ネットワークが幾重にも張り巡らされて,外国の参入者がこの輪の中に
入るのは難しいという。中国に比べても,誰が何を決めているのか見極めるのが難し
いという
xvii)
。
アジアビジネスにおける日本企業にとっての問題は,アジア諸国における集団主義
の度合いが日本よりもかなり強いことと,同じ集団主義,関係重視タイプと言っても,
その内容が文化によって大きく異なる場合があることである。例えば,中国のそれは
― 35 ―
舛 山 誠 一
個人的な関係なのに,日本では会社対会社のような「場」あるいは組織をベースとし
た関係である。この違いへの理解の不足が日本企業の中国ビジネスの困難の大きな原
因となっていると言われる。政府行政部門との折衝における官吏の恣意的処理や内
国民待遇との違い,地方保護主義,不透明な投資制度,労務管理上の華人職員の信頼
性,通関業務,税務当局との折衝,販売管理における債権回収などの問題がある(古田,
2005)。これらの多くは国際マーケティングに関連した問題である。
ASEAN 諸国における家族主義の強さも購買パターンに影響を及ぼしているとい
う。日本経済新聞がアジア 10 か国で行った若者調査によると,
「働く目的は何か」と
いう問いに対して,所得水準の高い日本,シンガポール,マレーシアでは,
「日々の生
活」と答えた割合が,それぞれ 64.5%,57%,56.5%と高かったのに対して,フィリピ
ン,タイではその回答はともに 43%とトップであったが,
「家族のため」と答えた人
がそれぞれ 35.5%,35%と高かった。インドネシアでも家族向けの消費が目立ち,多
人数乗りのミニバンが新車販売台数の4割を超している
xviii)
。
② 権力格差
組織内で,もしくは社会全体での権力の配分が不平等であることをどれくらい許容
できるかという尺度である。これは上の個人主義 ― 集団主義と関連する。個人主義
的な外集団志向の多くの文化に見られるように権力格差が小さいと,多くの人々が何
らかの形で規則の制定にかかわり,社会内で権力の強い人も含め,万人にとって公正
で公平な規則が生まれる。反対に集団主義的な内集団志向の文化によく見られるよ
うに権力格差が大きいと,人は権力の強い人間の決定に従う傾向がある(ウズニエ等,
2011)
。
国別スコアでは,マレーシア,フィリピン,インドネシア,インドなどのアジア諸国
の権力格差が大きくなっている。アジア諸国の中でも,日本,韓国,台湾は中間的であ
る。逆に権力格差が低いのは,米国,英国,西独,オーストラリア,スウェーデンなど
の欧米諸国である(図表4)。このようにアジア諸国における権力格差は,欧米諸国よ
りも極めて高く,日本よりも高い傾向にある。
国際マーケティングの観点からは,誰が購買の意思決定者かを想定してマーケティ
ング活動を行う上で重要な要素となろう。上述のような顕示性の強い製品が好まれる
傾向もあろう。例えば,インドでは極めて社会的ヒエラルキーが強い。メリットより
地位,年齢が重要であるという。年長者への敬意からオープンなディスカッションが
できないこともある。高位の人の発言でプロジェクトの計画がころころ変わることが
あるという(Bagan,2008 )。
中国文化の際立った特徴である面子もこのような権力格差に関連していると思われ
る。製品に関して,中国では機能以上に見栄えが大切だと言われる。他人に自慢でき
る外観か否かが売れ行きを左右すると言われる。日本製品はデザインが地味で売れな
― 36 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
いとの説がある。中国においては,日本車の販売が低調な理由として,色の選択肢が
少なく新車のように見えないと指摘されている。また,家電製品も小さすぎてデザイ
ンが地味で友人に自慢できないとの評がある
xix)
。これに比べてインドは,他人に左
右されない国民性であるので,自動車では実用性が重視され小型車が良く売れるとい
う。
③ 不確実性の回避
不確実性回避傾向の高い社会では,あいまいな状況は回避され,不確実性を低減す
るための規則や手続き,商品が好まれる傾向がある。逆に不確実性回避傾向の低い社
会では,不確実性はさほど不安のもとにはならないばかりか,変革のための一種の機
会であるとみなされる(ウズニエ等,2011)。
不確実性回避傾向が極端に強いのは,日本,韓国であり,インドネシア,インド,マ
レーシアなどは,米国,英国,オーストラリアなどとともに比較的低い(図表4)。ア
ジア全体としては際立った特徴は見られないが,日本の極度の不確実性回避傾向と比
べるとその傾向が弱いと言える。
このアジアにおける国際マーケティングについての影響については詳らかでない
が,以下のような点が考えられよう。製品などにおける日本企業の完璧主義につな
がっていることは,製品差別化の大きな要因になっている一方で,アジアの消費者が
必ずしも望まない過剰品質につながって,そのためにコスト高になって価格競争力を
失う結果にもなっていよう。またリスクを回避するために決定が遅くなったり,事業
の意思決定がアジアのスピードから格段に遅くなってビジネス機会を逸することにつ
ながっていたりするという問題がある。
④ 時間概念
ホフステッドの分類による長期志向文化では現在の満足を犠牲にして将来により大
きな満足を得ようという志向が強い。質素,忍耐,倹約,投資といった長期的な美徳
が重視される。逆に,短期志向文化では,すぐに満足を得ようという志向が強い(ウ
ズニエ等,2011 )。国別スコアでは,日本,韓国,台湾,タイ,インドなどのアジア諸
国の長期志向度が高くなっている。フィリピンがアジア諸国の中で唯一高度の短期志
向を示している。欧米諸国のスコアは低い。この国際マーケティングへの影響は詳ら
かでない。
むしろこのような長期志向,短期志向の背景に時間概念の文化差があり,このこと
が製品ライフサイクル,販売予測,新製品の発売計画など,多くのマーケティング概
念にも強い影響を及ぼすことの方が重要であろう。
時間の経済価値に関しては,文化によって,時間は希少価値と考えるか,逆に,時間
はいくらでもあると考えるかの違いがある。欧米文化は,
「時は金なり」文化の典型
― 37 ―
舛 山 誠 一
であり,最も経済的な方法で最適な時間配分を試みる(ウズニエ等,2011 )。一般的に
アジア諸国は,日本と比べて時間の経済価値についての意識が低いと見られる
xx)
。
時間の金銭的価値への態度は,マーケティングと不可分の関係にある。例えば,日
本企業はアジア企業に比べて納期を順守する意識が極めて高い。このことは,アジア
における経営において納期管理で大きな苦労をする一方で,この納期管理を製品差別
化における大きな武器とすることができることを意味する。例えば,中国で大きな化
学処理用タンク市場で中国をベースに大きな成功を収めている森松工業は,高度の現
地調達を行いながら納期管理を徹底するノウハウを蓄積して,差別化に成功している
(舛山,2015 )。
1.3.4.アジア文化の多様性
アジアの文化は極めて多様であり,アジアにおける国際マーケティングにおいてこ
のような多様性への適応が重要である。先ず,個々の国がその構成民族や宗教などに
基づいた固有の文化を持ち,アジア全体として極めて多様性に富んでいる。次に,多
くの国が多民族で構成され,個々の国の文化自体が多様性を持っている。加えて,中
国,インドという巨大文明が人や貿易の交流を通じて広域的な影響を及ぼしているし,
植民地の歴史やグローバルな交易,グローバル化などを通じて欧米の文化の影響も大
きい。これらの文化の諸層が重なり合ってアジアの文化の多様性を形成している。
インドと中国の民族・文化・言語の多様性
アジアの大国であるインド,中国は,その中に多くの民族,言語,宗教を含んでおり,
ともに文化的多様性に富んでいる。2か国の中では,インドの方が国内の多様性に富
んでいる。
インドには,西北部,北部などを中心に分布するヨーロッパ系アーリア人を祖先と
する人々(人口比約 70%)と,南部を中心に居住する先住民族のドラビダ系諸民族(約
25%)に加え,オーストロアジア語族,シナ ・ チベット語族などが居住する。言語に
関しては,インドでは,ヒンドゥー語を使う人が7億人に達するが,ベンガル語,ウル
ドゥー語もメジャー言語であり,100万人以上の話者人口の言語が 29存在する。この
ためインドでは,共通言語として英語が重要な役割を果たしている。この英語を使え
る人口の多さが,IT のアウトソーシングなど言葉が重要な役割を果たす産業におい
てインドの優位性をもたらしている。宗教に関しては,ヒンドゥー教徒( 83%),イス
ラム教(11%)の他,キリスト(2.5%),シーク(2%),ジャイナ,仏教(1.5%)などの
諸宗教が存在する。インドのイスラム教徒人口 1.5億人はインドネシア,パキスタンに
次ぎ,インドのビジネス,国民,政治,社会に深く統合されている。
中国の民族・文化・言語も多様であるが,インドに比べればその程度は低い。中国
には 56 の民族が存在するが,漢民族が 92%と圧倒的多数派である。中国も仏教(「漢
― 38 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
民族仏教」と「チベット仏教」),道教,イスラム教,キリスト教が主流である多宗教国
家だが,すべての宗教を合わせても信者数は1億人以下に過ぎない。
このように中国とインドの文化的多様性に大きな差があることは,国内において文
化的障壁を乗り越えるコストが中国の方がインドに比べてはるかに低いことを意味す
る。このことは外国企業のインドでの経営に,例えばマーケティング,人的資源管理な
どにおいて,大きな影響を及ぼしている。例えば,インドで 8,000万人の利用者を有
する米国の Facebook は現在8言語でサービスを提供しているという(渡辺,2013)。
図表5.ASEAN 諸国の主要言語と主要宗教
ブルネイ
カンボジア
インドネシア
ラオス
マレーシア
0.4
15.6
251.5
6.9
30.1
人口
(2014年,
百万人)
主要言語
主要宗教
マレー語,英語
主要宗教
インドネシア語
ラオス語
イスラム教
(88%)
, 仏教(90%)
プロテスタント
(6%)
,
カトリック
(3%)
,
ヒンドゥー教(2%)
イスラム教(67%)
, 仏教(97%)
仏教(13%)
,
キリスト教(10%)
マレー語,中国
語,タミール語,
英語
イスラム教(61%)
,
仏教(20%)
,
儒教・道教(1%)
,
ヒンドゥー教(6%)
,
キリスト教(10%)
ミャンマー
フィリピン
シンガポール
タイ
ベトナム
66.2
99.4
5.5
68.6
90.6
人口(百万人)
主要言語
クメール語
ミャンマー語
フィリピン語
タイ語
中国語,マレー
語,タミール語,
英語
ベトナム語
仏教
カトリック
仏教(80%)
,
仏教,
イスラム教, 仏教(92%)
,
(7%)
ヒンドゥー教
イスラム教(5%)
, カトリック
キリスト教(1%)
(出所)アセアンセンター・ホームページなどを基に作成。
ASEANの文化的多様性
ASEAN 諸国の文化も多様である。図表5に見るように,言語的,宗教的にも極め
て多様である。宗教的には,インドシナ半島を中心に仏教が普及し,またインドネシ
ア,マレーシアなどにおいてイスラム教が主流になっている。個々の国の中も,マ
レーシア,インドネシアなど民族,言語,宗教,文化において大きな多様性を持ってい
る。例えば,マレーシアにおいては,華人は人口の 25%を占めるだけだが,大きな購
買力を持っている。これに対してマレー人は人口の約 67%を占めるが,所得は相対的
に低く,ボリュームゾーン市場を形成している。また,華人,マレー人は文化的にも
大きく異なり,全く異なった市場を形成している(倉林・長尾,2013)。
― 39 ―
舛 山 誠 一
ASEAN におけるマーケティングにおいて言語の壁は意外と高いという。ASEAN
においてシンガポール,マレーシア,フィリピンは英語が通じるが,タイ,インドネシ
ア,ベトナムではあまり通じないという(根岸・倉林,2013)。
このような ASEAN 諸国の多様性に対応したきめ細かなマーケティング対応を行
う必要がある。これに対処するために,文化的多様性を持つマレーシアを学習拠点と
する動きも存在する。小売のイオンは,華人,マレー系,インド人など人種的多様性
に富むマレーシアで対応を学び,その他の地域への展開の参考にしている。
1.3.5.アジア横断的な文化と国際マーケティング
アジアの文化の多様性とともに,地域横断的な文化も存在する。欧米文化,イスラ
ム文化,印僑・華僑のネットワークなどが挙げられる。
欧米文化の影響
産業革命以来の欧米支配の影響は,植民地化も含めて,アジア文化に大きな影響
を及ぼしている。例えば,法治の浸透度が中国に比べて東南アジア,インドの方が
高いところにも表れている(舛山,2013 )。インド文化への西欧文化の影響は大きい。
Bagla( 2008 )は,インドビジネスで成功しようとするならその前にロンドンに行く
ことを勧めるという。インドは 200年間のイギリスの支配の間に,多くの習慣やプロ
セスを取り入れており,多くのインド人がアメリカ人より非英語国のヨーロッパ人と
の方が気が合うと言っているという。このことが,SKE,ABB,フィリップス,ジー
メンス,アルストロムなどの成功の要因であるとする。
アジアのイスラム文化と国際マーケティング
ASEAN 域内のイスラム教徒人口は3億人弱に達し,総人口の5割弱を占める。上
記のようにインドネシア,マレーシア,インドなどに多くのイスラム教徒が居住する。
インドネシアは世界最大のイスラム国である。イスラム教は信者に対して戒律に従っ
た生活を求めるので,その消費行動に大きな影響を及ぼす。例えば食品や金融商品に
おいて宗教の教えに従った商品を提供する必要がある。特に食に関する禁忌が多く,
これに対応した製品市場が大きい
xxi)
。金融に関してもイスラム教は金利を認めない
などの戒律がある。イスラムの戒律に則った金融商品(イスラム金融)で対応する必
要がある。
「イスラム金融」
「イスラム保険」などがある。イスラム金融市場の規模は1
兆ドルで,毎年 15 ~ 25%で成長していると推定されている
xxii)
。
このように,イスラム教に対応した消費行動は国を超えた共通性を持ち,東南アジ
ア,南西アジア,中東,アフリカなどに広がっている。イスラム教徒は世界で約 19億
人に達し,世界人口の約 27%を占めるので,イスラム文化に対応した製品 ・ サービス
を提供することで,ASEAN 内のイスラム教徒市場に,また,世界のイスラム文化圏
― 40 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
市場に展開する可能性が広がる。イスラム教徒の食マーケットは 30兆円とも 50兆円
とも言われる。
イスラム教徒の禁忌に対応した製品を提供するためには,それを証明するハラル認
証を受ける必要がある。ASEAN において,特にマレーシアでハラル認証を受けて,
それを下に世界に展開する可能性が開ける。マレーシアのハラル認証は世界で唯一国
の機関が審査し認証するもので,世界で最も信頼性が高く,マレーシア以外のイスラ
ム圏で有効性が高いといわれる。マレーシアは,ハラル生産に必要な資源を集めた専
用工業団地「ハラル・ パーク」を全国 200 か所に設置している
xxiii)
。このためにイス
ラム市場向けの生産・輸出拠点としての投資の動きがある。
食品分野においては,ひかり味噌(株)は 2013年1月,3商品で JAKIM(マレーシ
ア政府ハラル認証機関)から認証を受けている。ネスレはマレーシアをイスラム圏を
中心とする世界 50 か国への輸出拠点と位置付け,味の素やキューピーもマレーシア
から周辺のイスラム教国へ輸出している
xxiv)
。金融分野に関しては,三菱東京UFJ銀
行やみずほコーポレート銀行などが 2011年から,東南アジアに住むイスラム教徒を
対象にした営業体制を強化している。金融商品においても,マレーシアがセンター的
な役割を果たしている。2011年3月,三井住友海上火災保険がマレーシア企業に出資
して,イスラム保険事業に参入した
xxv)
。
華僑・印僑の国際的ネットワーク
アジアには華僑・印僑の国際的ネットワークが存在する。特に東南アジアにおいて
は,華人が経済面で支配的な地位にある国が多い。国際的マーケティングを含む国際
ビジネスにおいて対象となるのは華人であることも多い。この華人は中国文化を体現
しているので,彼らとのビジネスにおいては,関係,面子など中国文化を理解した対
応が求められる。
華僑は東南アジア中心であるのに対して,印僑の場合は,中東 ・ アフリカに広がる
ネットワークを持っている。在外華人(華僑)は約 5,000万人に達するが,その6割近く
が東南アジア,東アジアに居住する(図表6参照)。在外インド人は約 2,200万人に達
xxvi)
するが,アフリカや中東,中南米などに分散している(図表7)
。インド企業は,中
東やアフリカなど日系企業とは異なる独自の販路やネットワークを有している
xxvii)
。
このためアジアビジネスにおける影響力は華僑が圧倒的に大きいが,アジアにおける
インド人とのビジネス関係を通じて,国際マーケティングを含む国際ビジネスが中
東 ・ アフリカ市場につながる可能性がある。インド市場はアフリカと同じ低所得消費
者,劣悪なインフラという環境でローコスト ・ ハイボリューム事業モデルを磨いてき
ており,インドでの経験をアフリカ市場で生かしうる
― 41 ―
xxviii)
。
舛 山 誠 一
図表6.国別の華人人口
タイ
939万人
ペルー
130万人
インドネシア
880万人
フィリピン
115万人
マレーシア
696万人
ベトナム
100万人
米国
379万人
ロシア
100万人
シンガポール
281万人
韓国
70万人
ミャンマー
164万人
日本
67万人
カナダ
135万人
(出所)維基百科。
華僑は東南アジアの流通,金融などで支配的な地位を占めているので,東南アジ
ア市場におけるビジネスにおいて彼らとの協力が必要になる場合も多い。三菱 UFJ
ファイナンシャル・ グループはタイ5位のアユタヤ銀行の買収を推進している
xxix)
。
買収金額は,5,600億円である。目的は華人ネットワークの利用である。タイ金融界は
華人が支配し,外資の参入は困難なことが背景にある。また,倉林・長尾( 2013)は,
英語が通じることとともに華僑とのビジネスになれ,また,人的なネットワークを構
築する上からも,シンガポール,マレーシアを ASEAN市場へのエントリー・マーケッ
トとして捉えるべきだとしている。
アジアの若者市場
都市化の進展とともに,西欧文化の影響を強く受けるアジアの若者の間に共通的な
若者文化が形成されているようだ。若者文化に関して,日経ビジネスのサーベー記事
は共通項として,以下のような点を挙げている
xxx)
。日本との共通点として,韓流ブー
ム,SNS,サッカー,カラオケ,カフェなどの諸文化を挙げている。韓流ブームは,家
電,ドラマ・KPOP などのコンテンツ,それに関連したファッション,化粧品などに
拡大しているという。これに対して日本文化はアニメや漫画,日本食には根強い人気
があるが,それ以外では存在感は希薄になってきているという。日本の若者との違い
は,格差社会の下で富裕層とそれ以外の層での二極化傾向が強く,中間層の消費基準
は日本よりも低いこと,共稼ぎ志向が強いこと,発展ステージの違いから,東南アジ
ア諸国を中心に消費に対して積極的なことを挙げている。個々の国によって差はある
が,アジアの若者市場を一体として捉えたマーケティングの有効性があるのではない
かと考えらえる。
― 42 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
図7.印僑の主要居住地
居住地
ミャンマー
約 290
居住地
万人
オマーン
72
サウジアラビア
179
クウェート
58
アラブ首長国連邦
175
カタール
50
バーレーン
35
マレーシア
南アフリカ共和国
モーリシャス
万人
約 170
122
88
シンガポール
フランス領レユニオン
約 30
27
(出所)「インドで売る」日経ビジネス,2012 年9月 17 日号等。
1.4.アジアの技術環境
国際マーケティングに関連したアジアの技術環境について特筆すべきは,インター
ネット,スマートフォンの急速な普及と SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サー
ビス)の利用の拡大である。インドにおいても富裕層 ・ 中間層を中心にインターネッ
トの利用が進んでいる。インドにおける Facebook の利用者数は 800万人と言われる
(渡辺,2013 )。一方で電子商取引の利用は進んでいない(中島・岩垂編,2012)。
コトラーは,20世紀における工業化時代の「マーケティング 1.0」,情報化時代の
「マーケティング 2.0」のモードから,21世紀のマーケティングは,グローバル化,ソー
シャル・ネットワーキングの普及に対応した「マーケティング 3.0」のモードに転換す
べきだと主張している(コトラー等,2010)。
21世紀の「マーケティング 3.0」は,グローバル化に伴う環境問題の深刻化などへの
困難に対して消費者の持つ深層の欲求,社会的・経済的・環境的公正さに対する欲求
に対応して,消費者のマインド,ハートだけでなく精神をつかむために,企業のミッ
ションや価値で対応するマーケティングである。加えて,ソーシャル ・ ネットワーキ
ング・ サービス(SNS)の普及などで,消費者の企業とのコミュニケーションへの参
加が増加して消費者のコミュニティー化が進展していることに対応して,双方向のコ
ミュニケーションを重視したマーケティングが「マーケティング 3.0」の構成要素と
なっている。
アジアの現状を見ると,先進国に比べて,例えば環境意識よりも経済発展志向が依
然強いなど,まだまだ「マーケティング 2.0」の要素が強いところがある。しかし,環
境問題,格差問題の深刻化が明らかになってきており,精神的なマーケティングの必
要性も高まっていくと考えられる。しかし,SNS に関しては,アジア諸国は日本以上
に普及している面がある。2011年 11月末時点の Facebook ユーザー数は,日本の 524
万人に対して,インドネシアが 4,083万人,インドが 3,804万人,フィリピンが 2,675
― 43 ―
舛 山 誠 一
万人,タイが 1,288万人,マレーシアが 1,182万人,台湾が 1,182万人といずれも日本
を上回っている。中国では Facebook は認められていないが,中国版Facebook と言
われる Renren が 1.3億人のユーザーを擁している。
このような SNS はますますスマートフォンで行われるが,アジアのスマートフォ
ン人口は,2013年から 2017年にかけて,日本が 7,200万台から 1.2億台に増えると予
想されているのに対して中国は6億台から 11億台へ,インドは 1.9億台から 6.7億台
へ,東南アジア(インドネシア,フィリピン,ベトナム,マレーシアの合計)は 1.8億台
から 3.5億台へと増加すると予想されている
xxxi)
。日本に比べて圧倒的な規模である。
アジアにおいては,インターネット人口のうち SNS を利用する割合が高いことが,
SNS 人口の多さにつながっている。日本ではインターネット総人口の 42%が SNS を
利用しているのに過ぎないのに対して,東南アジアでは 89%が利用している。この背
景としては,先進国に比べてマスメディアが発達していないことと,ブロードバンド
の普及が遅れているので,データ量の少ないコミュニケーションインフラとしてソー
シャルメディアが使われていることがある(JETRO,2012)。人間関係重視の文化の
下でマスメディアに対する信頼性が低いことから重要な「口コミ」が SNS を通じて行
われている面もあろう。
また,インド市場などにおいては,高所得層ほどネット販売を利用する傾向が強く,
この点からもネット販売が重要になる
xxxii)
。さらに中国やインドなどの広大な市場で
は,都市の消費者は店舗での購入ができるが,地方ではその機会が限られる。このよ
うな消費者の需要をとらえるためにもネット販売が重要である。
このような状況から,アジア市場におけるマーケティングにおいて,流通,プロモー
ションの手段としてインターネットが極めて重要になっている。
1.5.アジアにおける企業間競争と国際マーケティング
企業間競争も国際マーケティングに大きな影響を及ぼす。自社あるいは日本企業が
支配的な市場においては,ブランドの構築も容易であり,価格の主導権もとりやすい。
逆に自社あるいは日本企業の存在感の薄い市場においては,ブランドの構築が困難で
あり,価格面でも不利になりがちである。例えば,日本企業が市場を支配している東
南アジアでは日本企業製のバイクはインドの 1.5倍の価格で売れるという
xxxiii)
。
日本ブランドは ASEAN 市場で強く,シェアも高い。日系企業は ASEAN全体の新
車販売市場で 65%以上のシェアを握る。中国における日本ブランド,日本企業の地盤
は中程度であり,インドではこれまで日本企業が力を入れて来なかったこともあり,
弱い。
ASEAN 市場も含めて,他国企業との競争が激化している。高価格帯において欧米
企業との競争が激化し,中価格帯において韓国,台湾企業との競争が激化し,低価格
帯において中国企業との競争が激化している。また,地場企業との競争も激化してい
― 44 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
る(舛山,2014 )。
例えば,インドネシア家電市場では,日本企業が 1990年代前半までは圧倒的に市場
を支配していたが,近年中韓企業,地場企業のシェアが上昇しており厳しくなっている
が,依然日本企業が強いブランド力を有しており,売り上げを伸ばす余地が大きいとい
う
xxxiv)
。 逆に,インドシナ半島諸国の農村部では中国製品,あるいはタイ製品が圧倒的
に優勢である。これはこれら市場では価格,供給力が重要であるからである
xxxv)
。一般
用医薬品市場では,フィリピン,インドネシアの地場企業が大きなシェアを有している。
中国市場においては,中国における国有企業 ・ 地元企業優遇傾向があり,世界中の
企業が巨大市場である中国に参入していること,また中国企業に過当競争体質がある
こともあり,競争は厳しい。インド市場においては,インド企業との価格競争が厳し
い。ここ数年で自動車部品などの品質が急速に向上しているのに加え,インドのメー
カーには,インフラ,労務管理,複雑な規制という困難な環境での事業展開で培った
ノウハウが存在する
xxxvi)
。
また,近年,アジア市場において韓国企業が力をつけてきており,同国企業との競
争が激化している。日本経済新聞によるアジア6か国の「買いたい」ブランド調査に
よると,家電の洗濯機と冷蔵庫では,韓国のサムスン電子,スウェーデンのエレクト
ラックス,パナソニックが1~3位を占めた
xxxvii)
。基礎化粧品市場においても,中国
市場,東南アジア市場で韓国のアモーレなどのシェアが上昇して,資生堂が劣勢であ
る
xxxviii)
。インド家電市場では LG 電子,サムスンという韓国企業が圧倒的なシェアを
獲得している。また,インド家電市場には,ハイアール,美的集団などの中国企業も進
出している。
中国企業による ASEAN,インド市場への進出も加速している。中国市場による過
剰能力,中国政府による対外投資支援政策(「走出去」政策)が背景にある。中国国有
自動車大手の上海汽車集団は,タイ財閥大手のチャロン ・ ポカパンと合弁で,2014年
にタイ東部チョンブリ県で英国ブランド車「MG 6」の生産を開始した
xxxix)
。
また,日本ブランドは,アジアにおいて今後成長が予想される高級品において存在
感が薄いという問題を抱えている。日本経済新聞が 2014年8月から9月にかけて中
国,インド,インドネシア,タイ,フィリピン,ベトナムの6か国の消費者 1,800人を
対象に行った調査でそのような傾向が見える。乗用車ではドイツの BMW がアジア
で最も人気のあるブランドであり,これ以外にも5つの欧州自動車メーカーがトップ
10 に入った
xl)
。また,化粧品では,フランスのロレアル,シャネルなどの欧州ブラン
ドが上位に入った。インドにおいては,日本ブランドの存在感が乏しい。地場や韓国,
欧米ブランドに圧倒されている
xli)
。
これまで見てきたようにアジアの政治,経済,文化,技術環境,企業間競争は極めて
異質で多様性に富み,複雑である。重要性を増す文化環境に対して,日本人の異文化
理解能力は低い。日本人は,アジアの異質で複雑なマーケットに対応することが基本
― 45 ―
舛 山 誠 一
的に苦手であるという認識に立ち,現地の環境を受容し,これに学ぶ姿勢が必要であ
る。日本人が複雑なマーケットへの対応が苦手なのは,日本の消費市場は極めて同質
性が高く,多くの日本企業の経営 ・ 事業の手法をこのようなマーケットに適応するよ
うに磨き上げてきているからだとの指摘がある(倉林等,2013)。
2.アジアにおける国際マーケティング戦略
これまで述べてきたアジアの市場環境に対応するための日本企業の国際マーケティ
ングはどのようにあるべきか,どのような対応を行っているかについて考察したい。
この枠組みは図表8に示すようなものであろう。
図表8.国際マーケティングの意思決定プロセス
現地適応
標準化・共通化
市場調査
参入時期・方法
アジア
市場
環境
市場細分化(Segmentation)
STP
ターゲティング(Targeting)
ポジショニング(Positioning)
製品
マーケティング
・ ミックス
価格
流通
プロモーション
(出所)筆者。
国際経営一般と同様に,国際マーケティングにおいても現地環境への適応と全社的
な標準化 ・ 共通化のバランスを取りながら進めていく必要がある。また,これを一般
的なマーケティングの意思決定プロセスに沿って行う必要がある。先ずは市場調査を
行い,現地市場に参入すべきか,もし参入すべきだとなった時にどのような方法で参
入するべきかという意思決定を行う。そして市場を細分化して標的市場を決め(ター
ゲティング)
,自社の強みを生かすポジショニングを行う。国際マーケティングにお
いては,国内市場の細分化の前に世界やアジアの市場を分類してどの市場に参入する
べきかという意思決定がある。ターゲット市場が決まれば,自社がコントロール可能
なマーケティング手段(製品,価格,流通,プロモーションというマーケティング・ミッ
― 46 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
クス)を如何に行っていくかという意思決定がある。このような枠組みにしたがって,
日本企業のアジア市場における国際マーケティングの課題・動向を以下に見ていく。
2.1.アジアにおける市場ターゲティング
アジアにおける市場ターゲティングに関しては,地域について,アジア市場にシフ
トする動き,その中で中国から東南アジア,インドなどに分散する動き,進出国だけ
でなく広域市場をターゲットとする動きがあり,アジア市場の中で中間層,富裕層な
ど特定の所得階層をターゲットとする動き,人口動態に着目して若者市場,子供市場
など特定の年齢層をターゲットとする動き,先行者利益を狙う動きなどが見られる。
東南アジア・インド市場へのシフト
多くの日本企業が,アジア市場を重視することを表明している。その中で 2000年
代以降集中してきた中国市場に収益性,政治リスクなどの問題が発生したことから,
ASEAN,インドなどへのシフトの動きが見える。また,中国同様にこれら地域をこ
れまでの生産志向を転換して市場として捉える動きが強まっている。
その中で,中国同様,東南アジア市場においてもサービス産業の進出が増えている。
中間層を中心とした市場の拡大,流通セクターにおける規制緩和に対応して,流通大
手企業の東南アジア進出の動きが強まっている。食品スーパー業界において,欧米企
業,地場企業も進出の動きを強めているが,日本企業においてもイオンなどが東南ア
ジアでの拡大の動きを強めている
東南アジアでの出店の動きがある
xlii)
。百貨店業界もアジアが主戦場になっており,
xliii)
。
広域市場の開拓
上述のように ASEAN内及び ASEAN とその他アジア諸国との市場統合が進展し
ており,個々の国を点として捉えるのではなく,地域を面として捉える動きが拡大し
ている。先ずは,ASEAN 市場を一体として捉えたマーケティングを行う動きが強
まっている。また,ASEAN と中国,インドなど周辺アジア諸国を一体として捉えた
マーケティング活動の動きも強まりつつある。さらに,信者の生活への規範性の強い
イスラム教の特質から,ASEAN をベースにアジアを超えた中東アフリカでのイスラ
ム教徒市場への輸出を志向する動きも強まっている。
このような広域展開には,1国単位では規模の小さい市場をいくつかの国に展開す
ることによって全体として一定の規模を実現する効果がある。ASEAN市場の個々の
国の市場規模は中国,インドに比べて小さいが,特定のセグメントを域内各国に展開
すれば,全体としては大きな市場になりうる。このような展開のためには地域統括機
能を強化する必要があるとの主張がある(岩垂,2014 )。米系法律事務所ベーカー&
― 47 ―
舛 山 誠 一
マッケンジーの調査によると,多国籍企業の 76%が ASEAN10 か国を単一市場とみ
なして事業戦略を策定している。また,62%が域内で商品やサービスを標準化してい
xliv)
る
。
日本企業にも同様の動きが見える。粘着性テープ製造の寺岡製作所は,従来はイン
ドネシアを原材料調達の場所ととらえていたが,AFTA の拡充に対応してインドネ
シアを含む ASEAN 諸国だけでなくパキスタンやバングラデシュへの輸出基地とし
て再定義して,2012年 10月にジャカルタ近郊に工場を新設した
xlv)
。インドネシアに
進出して低価格戦略によって大成功を収めたマンダムは,低価格を武器に現地生産量
の約30%をドバイやインドなどへ輸出している。また,ドバイの代理店を通じてアフ
リカ,中近東,東欧など 90 か国への再輸出も行っている
xlvi)
。前述の日本企業の「タ
イプラスワン」戦略は,コスト競争力のある製品をインド,中東,アフリカに供給する
ための基地づくりという面がある(大泉,2013)。
しかし,そもそもこのような地域を軸にした市場ターゲティングとそれに対応する
製品の供給などをしていくという地域単位のアプローチを重視すべきかどうかにつ
いての疑問もある。村田(2014 )によると,ドイツ企業は,製品の基盤部分(プラット
フォーム)を本国で開発した上で現地市場環境への修正を行いながら,マーケティン
グにおいては,日本企業のように市場を先進国市場,中進国市場,新興国市場と順次
押さえていくやり方は取らずに,全世界を俯瞰して共通性を持つ市場をターゲットと
する方法を取っているという。規模の利益という観点からは,この方が合理的なやり
方のようにも思われる。特に中小企業にとっては,狭いニッチ市場に特化しながら,
このようなアプローチによって世界市場の一定の規模の経済を実現し,その狭い市場
で世界一を目指すという「グローバルニッチ」企業を目指すという生き方もあろう。
所得階層別市場
アジア諸国の所得水準が日本よりも大幅に低かったことから,日本企業はアジアに
おいて富裕層をターゲットとすることが多かった。しかし,上記のように中間層が台
頭する中で,
「ボリュームゾーン」と言われる中間層をターゲットとする傾向が強まっ
ている。ただ,このような中間層は日本の中間層に比べると所得レベルが低くて低価
格志向が強い。通常の日本製品より機能を絞って品質もある程度抑えた製品を提供す
ることが必要になる。花王は,中国市場において,成長力は中間層とその下の層にあ
るとして,この層をターゲットとするとしている
xlvii)
。
もう一つの戦略は,日本の中間層に提供する製品の価格帯がアジアにおいては中間
層市場には高すぎるので,富裕層をターゲットとして提供することである。同時に,
格差社会のアジアにおいて経済発展とともに富裕層の市場も急速に拡大しているの
で,これからはこの市場の機会も日本企業にとって重要になる。所得の上昇にともな
い,価格志向は弱まると同時に品質志向 ・ ブランド志向が強まる傾向が見られる。野
― 48 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
村総合研究所のインド中間層の消費価値観調査によると,世帯年収が高い層ほど,価
格よりも品質を優先したり,ブランドに対するプレミアム価格を許容する傾向が強
まったりしているという(中島 ・ 岩垂編,2012 )。しかし,ここでの問題はこの分野
での日本企業の競争力が欧米企業に対して必ずしも強くないということにある(舛山
2014)。特にブランドの強化が必要になる。
外食業の壱番屋はタイや中国において,富裕層をターゲットとして日本とあまり変
わらない価格で,やや高級なレストランというセグメントで位置づけている
xlviii)
。
加えて,近い将来の中間層予備軍となる底辺市場の上層部が注目されている。欧米
企業,地場企業がこの市場で活発な活動を行っているが,日本企業の活動はこれから
のようだ。ジェトロの大木氏(前出の注ⅲ)によると,1日当たり所得が1ドルから8
ドルの層の 28億人の市場を BOP(Base of the Pyramid)市場と呼ぶが,このうち1
日当たり所得が2ドルから8ドルの最高所得層は 10億人存在し,DIP(Deeper in the
Pyramid)と呼ばれ,今後 10年間で中間層にのし上がる可能性を秘める重要市場だと
いう。この市場は中国,インド,インドシナ半島などに存在し,中国企業,インド企業
などが席巻し,また,ユニリーバ,P&G などの欧米企業が強固な地位を築いているが,
日本企業はほとんど開拓してこなかった。今後この市場への戦略的取り組みが要請さ
れている。
インフラ・セクター
雁行的発展を続けるアジア諸国においては,日本では市場成長が止まったインフラ
市場も急速に拡大し,また,大規模な市場となっている。日本での蓄積が活かせる市
場である。日本企業の主要ターゲットの一つとなっている。この分野は韓国,中国と
いう圧倒的な価格競争力を持った国の企業との激しい競争に直面している。
年齢層市場
上記のように東南アジア諸国,インドの国民の人口構成が若いので,子供関連市場,
若者市場が大きく,成長率も高い。ユーロモニターインターナショナルの推計による
と,東南アジアの子供関連市場の規模は,2013年から 2017年にかけてフィリピンで
1,246億円から 1,419億円に,タイで 1,310億円から 1,680億円に,マレーシアで 910億
円から 1,064億円に,インドネシアで 3,009億円から 3,678億円に増加すると予想され
ている
xlix)
。学習塾の京進(京都)は,タイのチェンマイとベトナムのホーチミンで日
本語教育を行っているが,2015年1月にミャンマーのヤンゴンで日本語教育を開始す
l)
る。今後も東南アジアを中心に日本語学校の設置を検討していくという 。
同時に,アジアにおける急速な高齢化の進展で,高齢者市場が近い将来に成長する
ことは疑いない。例えば,ユニ ・ チャームなどの紙おむつメーカーへの市場機会が増
大すると考えられる。
― 49 ―
舛 山 誠 一
ライフスタイル・価値観の変化
ライフスタイル・価値観から市場セグメントを発見してターゲットとするのも常道で
ある。上述のように,都市化の進展でアジアの若者に共通の文化が形成されている。
この層をターゲットとしたマーケティング活動が行われている。ASEAN 市場では都
市化が進展しており,共通の特徴を持ったセグメントが多くの国で存在し始めてい
る。同時に,東南アジア諸国の所得の上昇で,健康志向が高まると見られている。海
藻加工品「茎わかめ」を主力とする壮関(栃木県矢板市)は,数年前からタイ,ベトナム,
シンガポールなどで「茎わかめ」などの海藻加工品の販売を始めているが,現状の輸
li)
出では価格が日本の倍になるので,現地での生産委託などを検討しているという 。
大都市周辺市場,地方都市市場への拡大
中国やインドのような大国市場においては,日本企業が主たるターゲットとしてき
た大都市市場は,競争が激しく拡販が困難である。大都市の周辺地域の市場や地方の
市場をカバーすることによって売り上げを増やす戦略が求められる。特にインドで
は,富裕層も中国のように沿海部の大都市に集中しているわけではなく,地方に分散
している。より広域的な市場ターゲティングが求められる。韓国企業がこの面で先
行しているが,日本企業も最近これに取り組むようになっているという(中島・岩垂,
2012)
。
先行者利益の追求
アジア諸国の雁行型発展から日本での経験を活かしながら,アジア市場において先行
者利益を獲得しようとする動きがある。インド市場を誰も見向きもしなかった 1980年
代に参入し,国民性に合ったマーケティングに基づく車作り,複雑な税制に耐えられ
る販売システムを築いたことなどにより高シェアを獲得したスズキの例がある
lii)
。
また,現地にはまだ存在しない市場を創造することによって先行者利益を獲得しよ
うとする戦略がある。双日と敷島製パンはインドネシアの財閥大手サリムグループと
合弁会社ニッポン・インドサリ・コーピンドで,パンを食べる習慣のなかったインド
ネシア市場に日本品質の提供,現地スタッフによる現地風食味の開発,自転車で売り
歩くという販路の創造などの努力により,新市場を創造した
liii)
。ハウス食品と壱番屋
は日本風のカレーを食べる習慣がなかった中国で,カレーチェーンを展開することに
よって新しい市場を創造している。インドネシアにおいては貯蓄型の保険商品が大半
で保障型の保険商品があまり普及していない。所得の上昇による保障型保険商品の需
要の高まりに対応して,三井住友海上火災保険は,保障性商品の普及に力を入れて行
こうとしている
liv)
。
このような先行者利益獲得戦略は,参入条件が整っていないので困難が多いが,成
― 50 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
功すればそのリターンも大きい可能性がある。ファミリーマートのベトナム1号店
は,店舗用地や建物の情報がない,弁当やおにぎりを製造してくれる協力工場のあて
もない,情報システムがない,政府の許認可がないなど「ないないづくし」の中で一つ
一つクリアすることによって開設にこぎつけたという
lv)
。
2.2.アジア市場における商品戦略
2.2.1.商品の差別化
品質,価格,ブランドなどによって商品を差別化することは,いずれの市場でも利
益を伴う販売を実現するための必要条件である。アジア市場においても例外ではな
い。多くの日本企業は,技術またそれに伴う品質に強みを持ち,それによる差別化で
世界市場を獲得してきた。最初,これに太刀打ちできなかった韓国企業の例えばサム
スンは,技術,品質でキャッチアップを図りながらデザイン面などでの差別化で市場
を獲得してきた。日本企業にとっての問題は,デジタル化の影響などで技術 ・ 品質面
での差別化が難しくなってきたところへ,中国,インド市場では,後発企業として既
存企業にチャレンジしなければならない立場に置かれていることである。この中でど
のような面で差別化していくのかという課題がある。
例えば,外食業のサイゼリヤは,品質の安定した食を安価に提供することを自社の
提供価値と位置づけ,それを支えるローコストオペレーションを自社の強みとしてい
る。また,ユニクロを展開するファーストリテイリングは,生産品質の高さにこだわ
り,
「匠チーム」を組成して協力工場の指導に当たっている(倉林等,2013)。
多くの企業が日本の強みを生かすことによって差別化を図っている。例えば,安全
性のアピールがある。衛生的であるという強みを生かして成功している企業がある。
飲料水の感染による病気が多いインドにおいて,ヤクルトはヤクルトレディによる配
送の仕組みを活用して,各家庭に新鮮で腸の機能を整える効果のある飲料を届けるこ
とで差別化している。ユニ ・ チャームも同市場で紙おむつの衛生面での効用を訴えて
人気を得ている
lvi)
。総合スーパーのイオンは,日本的な「おもてなし」の接客サービ
スにこだわっている(倉林等,2013)。
このような商品の差別化は,アフターサービスも含めて行うべきだとの主張があ
る。インドのように停電 ・ 電圧変化があり,気候が過酷な環境下では,製品の故障は
あって当然で,その場合のアフターサービスも含めた価値が重要だとの消費者の認識
がある。これに対応するためのサービス体制の充実が必要であるとする(中島 ・ 岩垂
編,2012 )。ジェトロの大木氏は,アジアの内陸部・農村を中心とする BOP市場では,
サービスや農業の方法などへの啓もう活動が有効な差別化手段ではないかという。こ
れはこのような市場で現在価格競争力を武器に圧倒的に優勢な中国企業にはこのよう
― 51 ―
舛 山 誠 一
なアプローチを取る姿勢が欠けているからだという
lvii)
。
アジアにおけるブランド戦略
商品の差別化の有力な手段がブランド化である。上述のように,消費者の所得の上
昇によってブランド志向が高まる傾向にあるので,アジアにおいて拡大する富裕層市
場においてブランドに重要な役割がある。この高級ブランドにおいて日本企業が劣位
にあることは前述した。また前述のように,偽物の横行などで消費者サイドに商品に
対する不信感が存在する市場においても,安心を与えるものとしてブランドが重要で
ある。
インドにおける調査において,インターネットなどの情報収集能力の高まりととも
に,中間層においてブランド志向が強まっていることが明らかにされている(中島 ・
岩垂編,2012 )
。ブランドを重視したマーケティング戦略が求められる。ボリューム
ゾーンへの低価格品の提供がブランド価値を棄損しないように注意する必要があるこ
とを示している
lviii)
。
国のブランドが重要な要素を占め,特に東南アジアにおいては日本ブランドが優位
性を持ってきた。しかし,近年韓国ブランドの浸透が著しく,日本ブランドの優位性
が低下している。韓国ブランドの伸長には,韓国が官民を挙げて取り組んできた韓
流コンテンツの浸透がある。博報堂調べによると,ASEAN 6か国の主要都市で,ド
ラマ,映画,音楽の各部門で韓国の人気が日本を上回るようになっている。ライフスタ
イルでは,日本よりも韓国の方が先進的だとのイメージを持っている国も多いという
(根岸・島崎,2013 )。
また,国際関係が国のブランドに大きな影響を及ぼしている。日中関係の悪化が悪
影響を及ぼしている中国市場の例が典型的である。しかし,日本は嫌いでもデジカメ
などのように製品が優れていて生活に必要であれば買うという消費者も多い
lix)
。逆
に反日感情の強い中国において,日本ペイントのように「立邦塗料」という「日本」の
入った社名とは別のブランドを使い,日本製品と認識されずに環境にやさしい製品と
して高い支持を集めている例もある
lx)
。
2.2.2.アジア市場環境への商品適応
現地環境への適応は,とりわけ商品において求められる。ただし,全社的な標準化
とのバランスが必要である。
現地適応と標準化のバランス
アジアの消費者のニーズに応えるためには,日本や先進国と異質で複雑な現地の市
場環境に合わせた商品の提供を行うことが極めて重要である。しかし一方では,それ
が行き過ぎるとコスト高になる。後述のような現地適応のもう一つの要素である価格
― 52 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
競争力の必要性とも矛盾する。これに対する一つの有力な解答は,現地適応が必要な
部分と多くの市場に共通なプラットフォーム部分とに分けて,できるだけ共通部分を
多くして標準化することである(渡辺等,2013 )。マーケティングにおけるマスカスタ
マイゼーションの考え方と通じる。
村田( 2014 )は,この問題を日本企業に比べてうまく解決して強い競争力を実現し
ているドイツ企業の経営を参考にすべきであるとする。ドイツ企業は先ず製品の共通
の基盤となるプラットフォームの本国における開発に全力を尽くす。これが製品差別
化の源泉となる。本国で開発した部分はできるだけブラックボックス化して,模倣を
免れるようにする。その上で,現地において現地環境に適合するための開発を現地,
新興国を熟知した現地人を活用して行う。日本企業が悩む模倣の問題の解決策にもな
るし,開発の分散によるコスト,品質の低下の問題にも対処できるので,日本企業の
やり方に比べて合理性に富むように思われる
lxi)
。
ボリュームゾーン市場対応製品の拡充
所得レベルが日本に比べてまだまだ低いアジア市場では,最も規模が大きく成長性
の高い消費市場の中間層向け,あるいは現地企業向け市場,いわゆるボリュームゾー
ン市場に対して,価格を抑えた製品を提供する必要がある。同時に品質などの商品価
値も重要である。日本経済新聞社によるアジアの主要国での 20歳代の消費動向調査
によると,中国を除く多くの国で価格志向が強いという結果が出ている
lxii)
。しかし,
アジアの消費者は,自国市場でのこれまでの経験から製品の信頼性に対する疑いの念
も強く,必ずしも価格で購買を決めるわけではない。製品の信頼性への関心も高い。
ただ,いくら品質が良くても,現地企業などの製品とあまりに大きな価格差がついて
いては,中間層消費者に受け入れられない。ある程度リーズナブルな価格差に抑える
必要がある。要は,台頭するアジアの中間層の需要を捕まえるには,先進国向けの商
品よりも相当に低い価格水準の商品を提供する必要があるが,同時に品質志向を強め
る消費者に対して,十分な価値を提供する必要があるということであろう。
これまでの日本企業の海外市場開拓は,先ず,先進国市場を優先して,その廉価版
を途上国に投入するというやり方を取ったが,これでは新興国市場で台頭する中間層
の欲求をとらえられなかったと指摘される
lxiii)
。低価格と品質の良さを同時に追求し
た新興国のボリュームゾーン対応の製品の投入が必要になる。例えばインド家電市場
においては,日本企業は後発参入者であるので,高級品の輸入だけでは売り上げの拡
大があまり見込めず,差別化できるだけの「中品質」の商品を低価格で提供する必要
があるという指摘がある(渡辺等,2013)。
ボリュームゾーン市場向けの製品の生産のためには,現地での生産 ・ 調達を増やし
ていく必要がある。このためには現地での設計を拡充する必要がある。韓国の LG電
子はインドにおいて,現地での開発 ・ 製造によって低価格でも利益の出るビジネスモ
― 53 ―
舛 山 誠 一
デルを確立して高シェアを獲得しているという
lxiv)
。また,ホンダの中国やタイの開
発拠点でつくられた製品が,ベトナム市場において中国製コピー品を撃退するのに有
効であった
lxv)
。
このような状況に対応して,価格を下げた商品の提供によって売り上げの増加を
図っている例が報道されている。医療用ベッド ・ メーカーのパラマウントベッドは,
1995年にインドネシアに進出したが価格が現地メーカーの3倍,欧米メーカーの2倍
で売れず,また,2004年に中国に進出したが価格が現地メーカーの5倍で売れなかっ
た。これに対応して,インドネシアと中国に日本人開発者をそれぞれ2,3名配置し
て,安全性基準を保ちながら現地のニーズに合わせて機能を絞った設計を行い,現地
調達も拡大して,現地メーカーの3割高まで価格を近づけて,インドネシアでは5割
のシェアを獲得し,中国でも販売を伸ばした
lxvi)
。
情報システムにおいても,日本企業は 1980年代前後から東南アジア各地に進出し,
機器販売を始め,システムも売り込もうとしたが,過剰な機能による高価格が障害に
なって成功しなかった。NTT データ,日立製作所などのシステム開発大手が,機能を
絞り込んで低価格サーバーの利用を可能にしたり,プログラムを簡素化したり,現地
のエンジニアを利用したり,現地企業を買収するなどして,日本より2~5割安いシ
ステムを提供し始めた
lxvii)
。
2010年設立から2年で国内シェア,ナンバーワンとなった日本の新興電動二輪車
メーカーであるテラモーターズは,一般的な日本製品の価格が韓国や中国などの比
較対象製品の約5~7割増しなのに対して,約2割増しの価格で競争しようとして
いる。同社は現状では,生産は他社に委託し開発や設計,部品調達などを自社で行う
ファブレスメーカーであり,生産台数も現段階では少なく生産面でのコストダウンの
余地は少ない。このため,新興国で不要な高スペック機能や性能はなるべく搭載しな
いという製品設計(仕様)の工夫でこの価格を実現しようとしている
lxviii)
。
現地環境への商品適応
上述のように,アジアは,政治,経済,文化などの環境が日本や先進国と相当に異な
り,また,これらの要素が極めて多様である。このように異質で複雑な環境に対応し
た製品を提供していく必要がある。そのためには人・組織の現地化が必要である。
小売業は,元来ローカル性の強い業種で,ローカルな環境に適応した商品を供給す
るために,商品開発を含めたマーチャンダイジング政策が必要であるとされる
lxix)
。コン
ビニはアジアの顧客のニーズに対応して商品構成を変化させ,あらたなサービスを付
加して「床面積当たりの売上高」を極大化することによって業績を拡大している
lxx)
。
そもそも流通業の中でコンビニ業界だけが海外で圧倒的な競争力を持っているのは,
コンビニとは「消費者のニーズに応えて変化対応し続ける業態」であったからだと言
われる。商品ごとの単品管理による販売動向の把握を行うシステムの存在がこれを支
― 54 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
えている
lxxi)
。
セブンイレブンの海外展開においては,ブランドや基本的な運営方針,情報システ
ムは日本の本部から提供されるが,小売業の根幹である店舗の立地戦略,店内設計,
商品開発,商品発送や配送,価格戦略などのマーチャンダイジング政策に関する意思
決定は現地に権限移譲される
lxxii)
。
食品 ・ 飲料分野は,特に現地の嗜好の影響を受ける。1997年にシンガポールに進
出したポッカコーポレーション(当時)は,日本での主力商品である缶コーヒーを販
売しようとしたが,全く売れなかった。そこで現地のし好に合わせて甘いグリーン
ティーを開発したところ売れたという
lxxiii)
。ファミリーマートは,現地スタッフの提
案で,上海で巨大で四角いおにぎりを販売して成功した。日本人と違い,おかずが多
い方が好まれることに対応した製品である。また,おでんも中国風にアレンジして
いる
lxxiv)
。小売りのイオンは,マレーシアにおいて現地人トップのアイデアで現地の
ファストフード「ナレシマ」の惣菜を拡充したり,ショッピングセンターの各フロア
に国民の大半を占めるイスラム教徒のためのお祈りの部屋を設置したりするなど現地
文化への適応を図っている
lxxv)
。
日用品も現地の習慣の影響を受ける。花王は,インドネシア市場において,使用済
みの生理用品を洗い清めてから捨てる習慣に対応して,勃興する中間層向けに吸水性
能と洗いやすさの最良のバランスを実現し,価格も抑えた新製品「ロリエ ・ ダブルコ
ンフォート」を開発し,2011年1月から販売を開始してシェアを増やした
lxxvi)
。
中国の面子文化に対応して,面子を満たすような商品の投入が必要になる。2007年
ごろにおいて,日産は中国の面子文化に対応して以下のような製品の修正を行った。
中国の消費者はエンジンの排気量や出力より,車体の大きさと価格のバランスを重視
する傾向が強い。シルフィは取り回しの良い車体と上質さを売り物にしたが,消費者
には「車体の割に価格が高い」
「価格の割に車体が小さい」と中途半端な印象を持たれ
てしまった。そこでコストの安い 1600cc のエンジンを搭載するモデルを加えて,利
益を犠牲にせずに車体と価格のバランスを見直した
lxxvii)
。パナソニックは,中国向け
に剃り味は抑えて代わりにカラーバリエーションを増やしてデザインを良くし,青い
ライトをつけた電動シェーバーを開発して成功した。調査の結果,中国人の髭は薄い
ので剃り味へのこだわりは少ない一方で,友人に自慢できるような格好いい製品が好
まれると分かったからである
lxxviii)
。
イスラム教文化への対応も拡大している。鶏がらスープの「○王ラーメン」は,シ
ンガポール,マレーシア,インドネシア,タイ,香港に進出して成功している。
文化的,経済的に多様なアジア市場では,1国内でもそれぞれの主要構成民族に対応
したきめ細かい製品の提供が求められる場合がある。整髪料のマンダムは,マレーシア
においてはこれまでは比較的富裕な華僑系の男性をターゲットとしたヘアワックスなど
を展開してきたが,最近マレー系の髪質や髪形に合わせた商品の投入を行った
― 55 ―
lxxix)
。
舛 山 誠 一
現地開発・生産体制
文化など現地の環境に適応した商品を投入するためには,市場ニーズとの接点の多
い現地における開発体制が有効な場合が多い。ボリュームゾーン市場に対応した中品
質・ 低価格の商品を供給するためにも設計から見直す必要があり,現地での開発が有
効である。たとえばホンダはこのような市場ごとの違いに対応する必要性を認識し従
来のタイ一極集中転換を転換し,インドネシアで売れ筋のミニバンを生産,販売する
など国ごとに売れ筋車種を投入するようにした
lxxx)
。そのために開発,生産,販売など
の面できめ細かな対策を立てて新興国市場を開拓していくとする。ただし,先述のよ
うに,集中効果を発揮するために,できるだけ基盤となるプラットフォーム部分を本国
で開発して,現地開発は現地ニーズへの適応部分に限るという配慮が必要であろう。
異文化への製品適応に関しては以下のような事例がある。資生堂は,気候,文化に
対応するために,日本以外にバンコク,コネチカット,パリ,北京に研究所を有してい
る。インドネシアに進出して大成功を収めているマンダムも 40人のスタッフからな
る現地開発体制を有している。インド向け商品もインドネシア人が開発している。
シャープは,大音響でテレビ番組を楽しむインドネシアの消費者向けに,下部のス
ピーカー部分を筒状にして大型化した「IIOTO(いい音)アクオス」や停電しても食べ
物を傷めない,保冷剤を埋め込んだ冷蔵庫などを開発している。何れも ASEAN各国
の社員が発案し,マレーシア拠点が核となって製品化したものである。インドにおい
ても大音量のスピーカーが好まれるという
lxxxi)
。
パナソニックは,インドにおいて拡大する中間層をターゲットとして,ボリューム
ゾーン研究所を設置して,インド人の生活研究に基づいた商品開発に取り組んでいる
(渡辺等,2013 )。
ボリュームゾーンでのコスト競争力を確保するために必要な生産の現地化の対象
は,従来は中国が中心であり,ASEAN においてはタイが中心であった。しかし,日
本企業は中国における賃金・部材などの生産要素コストの上昇と政治リスクの顕在化
から,中国から生産拠点を主として ASEAN諸国に分散する「チャイナプラスワン」
戦略を推進している。しかし,ASEAN諸国においても賃金の上昇が著しく,特に核
となるタイでの賃金上昇が著しい。これに対して,タイの産業集積を生かしながら,
労働集約的な工程を周辺国に分散し,ハブとしてのタイと連結する「タイプラスワン」
戦略が提唱されており,そのような動きが進展しつつある。特に人口の大きなミャン
マーが,政治の変化からこの経済圏に加わったことが大きな意味を持っている(大泉,
2013)
。
― 56 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
2.3.アジアにおける価格戦略
アジアの所得レベルに応じた価格戦略が求められる場合が多い。価格戦略は,商品
戦略と強く関連する。上述の商品戦略におけるボリュームゾーン市場対応のところで
低価格化の必要性については既に述べた。ここではより純粋に価格に関連した戦略に
ついて述べる。
品質を保ちながら圧倒的な低価格を実現することを強みとするサイゼリヤは中国市
場においてさらにそれを徹底することで売り上げを伸ばした。2003年 12月,中国第1
号店を上海にだし,2007年12月5日,広東省広州市でレストラン「薩莉亜」開店した。
約 1,000km 離れた上海とは全く違った消費者の嗜好・ 食習慣,競合相手に直面した。
これに対してさらに思い切った値下げを行うことで,マクドナルド,ピザハットなど
の中高価格帯路線と差別化することによって成功した
lxxxii)
。
インドネシアに進出したマンダムも低価格戦略をとることによって大成功を収めて
きた。価格は総じて日本の同等品の 10分の1に抑えている。このような低価格戦略は
容器の内製化によるコストダウンなどによる生産面の対応によって支えられている。
また,少量パッケージングによって消費者が買いやすいようにする工夫も行っている。
「ギャツビー」の価格は1袋 300 ルピア(3円)で年間3億袋を販売している
lxxxiii)
。
価格戦略の一要素である代金回収も,日本企業がアジアにおいて直面する問題であ
る。特に中国における企業向け販売では,この問題が極めて大きい。代金回収が困難
なために,例えば中国市場で地場企業をターゲットにできないという問題を抱えてい
る企業も多い。
代金回収に関連して,製品の競争力のある多くの企業が現金直売モデルを採用して
いる。一般消費者向け販売における訪問信用調査モデルもある。インドネシアにおい
て三井物産が 90%,ヤマハ発動機が 10%出資する物産オートファイナンス(BAF)は
バイクのローン事業を行っているが,家庭の訪問による信用調査を行っている。9,500
人の社員を擁してローンを申し込んだ人の自宅を訪問して調査し,必ず家計を握る奥
さんに会って,内緒で買っていないかどうかをチェックしたり,近所での評判を聞い
たりしている。先進国のように信用情報データがないことへの対応である
lxxxiv)
。
2.4.アジアにおける流通戦略
流通網の組織化
アジア諸国においては流通網が未発達なところも多い。ヤクルトのように自前の販
売網を持っていると企業は新興国のどこでも成功しているが,多くの企業にとっては
― 57 ―
舛 山 誠 一
販売に困難を伴う
lxxxv)
。前述のようにインドや東南アジア諸国においては,大規模小
売店が少なく零細小売店が多い。また,流通業者に関しては,全国をカバーする業者
がいないとか,その機能が基本的なものに止まっていて,商品知識に基づいた営業活
動を期待できないなどの問題が存在する。これらをいかに組織化し,補完して行くか
が課題である。
例えばインドにおいては,全国的な流通業者が存在しないこと,既存の流通業者の
主要機能は物流管理(在庫,配送)と代金回収であり,商品知識に基づいた営業活動の
能力は期待できないという
lxxxvi)
。このため,地域単位で物流業者を選択し,これらを
管理・ 育成し,IT の導入による仕組みづくりなどが必要となる(渡辺等,2013 )。こ
のように流通業者の有する機能が限定されていることから,流通業者の選択において
は,ただ販売網を持っているかどうかだけではなく,自社の製品に愛着を持っている
かどうかが重要であるという
lxxxvii)
。それによって営業活動への貢献が期待できると
いうことであろう。
全国流通網の構築
中国市場においては,成長力のある中間層とその下の層をとらえるために地方の流
通網の整備が課題となっている。そのために花王は,内陸部にきめ細かく販売網を持
つ上海家化連合と提携した
lxxxviii)
。パナソニックはインド市場において,2007年にパ
ナソニック電工が買収したインドの電材大手アンカー・エレクトリカルズが保有する
全国 6,000店を活用して照明・スイッチ,換気扇,電線などの販売を行っている
lxxxix)
。
インドは都市が全土に分散している上に,上述のように全国的な流通業者の不在と
いう問題がある。この中で,地方都市をいかにカバーするかがマーケティング上の課
題となる。2007年にインドに進出したニコンは並行輸入品の存在が悩みで,拡大する
中間層を正規品市場に導くのが課題であった。先ず,デリー,ムンバイなどの主要都
市の5拠点にサービスセンターを設置し,また,全土 18 か所に契約サービスセンター
を設置した。その後 2009年から販売網の拡大に着手し,2011年現在では全土 3,000店
との取引がある。全土に販売網を拡大するために,それまでの2代理店制を改めて全
土で 30 の代理店と契約を結んだ
xc)
。
自社営業組織の構築
現地の流通網の不足に対応するために,自社の営業組織による小売店・一般消費者・
顧客企業への営業活動を行う戦略を取っている企業も多いようだ。
点在する小売店が全国的な流通業者などによって組織化されていないため,日本流
のルートセールスが効果的だと言われ,これを実践している企業が多い。東南アジア
諸国で高いシェアを持つ日本企業は,個別の店をしらみつぶしに訪ねるローラー作
戦を展開して成果を挙げているという。インドネシアで 60%のシェアを持つ味の素
― 58 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
は,インドネシア,タイ,ベトナム,フィリピンなどで自社営業マンが週に1回以上
店を訪ねるようにしている。インドネシアのおむつ市場で 68%のシェアを握るユニ ・
チャームは,インドネシア,ベトナム,タイ,中国などでコンテストなどで売れる売り
場づくりを支援している
xci)
。シャープは,インドネシア市場で首位に立っているが,
これに大きく貢献しているのが 40年以上かけて構築した 366拠点のきめ細かい販売・
サービス網である。移動サービスバスで多数の島々まで出向く。バスの後部には最新
の製品が展示され,修理だけでなくショールームを兼ねている
xcii)
。インド市場で成功
しているソニーも,ソニー製品の専門店「ソニーセンター」を 2011年時点で 300店舗
まで増やしている
xciii)
。
企業向け市場においても,流通網が未発達なので,日本流のどぶ板営業の効果が高
いという。日本精工(ベアリング(軸受)大手)は,主力の自動車向けの軸受から産業
機械向けに多角化している。この分野は自動車向けに比べて規模は小さいが利益率が
高い。産業機械の寿命は数十年と長いので,いったん顧客になれば長期間の継続ビジ
ネスとなる傾向がある。同社はアジアでは,産業機械メーカーに軸受の無料診断サー
ビスを提供している。他社製品も無料でサービスしている。そうすることで新規顧客
となる可能性が高いからだという
xciv)
。
現地企業との提携・現地企業の買収
自社の販売網では需要を十分捉えるのが困難な場合が多いことから,現地企業と提
携したり,現地企業に出資するか買収したりして,販売網を拡充する動きが見られる。
インフラ市場においては,政府との関係が重要であり,この面で強力な現地企業との
連携が効果的である。
情報技術の日立システムズ IT は,ASEAN域内に販売網を持つマレーシアのシス
テム開発大手,サンウェイ ・ テクノロジーと合弁会社を 2014年に設立し,また同年
に同国 IT 企業を買収した
xcv)
。インドネシア市場において,コンビニ大手ローソン
は,三菱商事の紹介で現地で 5,300店を構える小売業者アルファグループと提携して,
2011年夏に1号店を開店した。これは早く展開することによって先行者利益を得よ
うとする戦略でもあった
xcvi)
。コクヨはインド市場において,グループ会社を通じて,
全土で 30万の販売店と取引のある筆記具大手のカムリン(ムンバイ)の株式の 50.3%
を取得して子会社化した。そして買収後にその質を高めるのを課題としている
xcvii)
。
日本企業間の共同展開
根岸 ・ 島崎( 2013 )は,ASEAN地域における流通インフラの制約を軽減するため
に日本企業間で共同事業の展開が望ましいと主張している。零細小売が大きなシェア
を占める諸国においては,欧米式の量販型システムより日本式の製・配・販が有機的
に機能分担するシステムの方が移転可能性が高いこと,共通のインフラを下に日本企
― 59 ―
舛 山 誠 一
業が進出した方が日本式のライフスタイルの発信力を増して日本ブランドの強化につ
ながる可能性があること,日本企業の遊休設備の活用ができることなどをその理由と
して指摘している。このためには日本企業が共同で取り組むべき共通プラットフォー
ム部分とお互いに競争すべき部分とを峻別するべきだと主張している。
インターネット市場の利用
アジアの多くの国で流通網が未発達な一方で,インターネットが急速に普及してい
ることから,ネット通販を通じた販売の機会が高まっている。日本企業にもこれに対
応した動きが見える。
バンダイナムコホールディングスは,主力の「機動戦士ガンダム」関連商品につい
て,中国の大手通販サイト「淘宝(タオバオ)」に出店した。これまで大都市の百貨店
などを中心に展開していたが,地方都市の需要を開拓するためだとしている
xcviii)
。住
友商事は,タイでテレビショッピング,インドネシアで食品や生活用品のネット通販
を手掛けてきたが,その運営ノウハウを生かして東南アジアで日本ブランドの衣料品
のネット通販を開始する。アパレル向け情報サイトを運営するアパレルウェブ(東京・
中央区)のシンガポール子会社「AWCG PTE」に出資して,アパレルウェブと共同で
東南アジアでのネット通販を展開する
xcix)
。
ネット通販のインフラビジネスへの進出の動きもある。近鉄エクスプレスは,日本企
業のインドにおけるインターネット取引市場活用の動きに対応して,現地における取
引インフラ・ビジネスに参入している。日本国内や東南アジアからのインドへの航空
輸送を近鉄エクスプレスが請負い,インドの物流大手のガティグループとの合弁のガ
c)
ティ KE がインドでの通関手続きやネット通販会社から消費者への配達を担当する 。
2.5.アジアにおけるプロモーション戦略
口コミ情報の活用
日本では高いマスメディアや Web 広告への信頼性がアジアにおいては相対的に低
い。
「日本で成功しているマスメディア/マスマーケティングを主軸としたアプロー
チは,アジア新興国では通用しない可能性が高いという(岩淵等)。また,インドでは
言語が地域ごとに異なることなどから,ケーブルテレビが発達してチャネル数が 100
を超え,また新聞・ 雑誌も地域ごとの発行が多いことから,マスメディアを利用した
マスプロモーションは極めてコスト高になるという。このような状況から,アジアに
おいては口コミの重要性が高い。このような口コミを利用したプロモーション戦略が
アジアにおいては重要である。
― 60 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
SNSの活用
上述のように口コミを利用した販促活動が重要な環境にある一方で,アジアにお
いてインターネットの普及率が高まり,その中でのソーシャル・ ネットワーキング ・
サービス(SNS)の利用度が高まっている。このような背景から,アジア新興国の多
くの国では,オンライン上の口コミを基に購買を決める傾向が強くなっている。その
ため,アジアにおけるプロモーション活動において SNS活用の重要性が非常に高まっ
ている。インドにおいては SNS や専門サイトの活用などが重要になるという(渡辺等,
2013)
。
店員教育強化の必要性
先述のようにアジアにおいては,流通業者の商品知識が乏しい国が多い。流通業
者の組織化と育成は,流通業者による商品説明機能を創造 ・ 活性化することが目的と
なっている。インドにおいても,小売店の組織化 ・ 育成による店頭プロモーションの
強化の必要性が高いという(渡辺等,2013)。
このマーケティング・コミュニケーションにおいて言葉の壁への対応が必要だとい
う。英語が通じるところでは自社商品の価値を説明することが比較的容易であるが,
通じないところでは現地社員を採用して,教育 ・ 研修を行い,彼らが現地消費者や取
引先にも理解できる形で表現する必要があり,これには時間がかかる。このため,エ
ントリー市場として英語の通じやすいシンガポール,マレーシアに参入することが有
効だという(根岸 ・ 倉林,2013 )
。ポッカコーポレーション(当時)は,1977年にシン
ガポールに進出したが,その大きな理由は,公用語が英語であること,自由港であっ
ci)
たことであった 。
広告宣伝強化の必要性
日本企業のブランド力が低い市場において広告宣伝をもっと大規模に,且つ,効果
的に行うべきだとの主張がある。ASEAN市場に比べて日本企業のブランド力が弱い
中国においても日本企業は広告宣伝に積極的でないとの評価がある。中国に比べて
日本企業の認知度が低いインド市場においては広告宣伝の必要性が高いという
cii)
。イ
ンドにおいては,インターネットのインフラが不備なこともテレビコマーシャルなど
のマスメディアへの依存度が高くなる理由である
ciii)
。インドの薄型テレビ市場で高
いシェアを確保しているソニーは,地元の映画産業「ボリウッド」の人気女優やクリ
ケットの人気スターを起用した大々的な広告宣伝を展開してブランド力を維持してい
るという
civ)
。
ショーウィンドー国家シンガポールの活用
アジアにおける富裕層へのプロモーションとしてショーウィンドー国家シンガポー
― 61 ―
舛 山 誠 一
ルでの販促活動を行っている企業がある。シンガポールには 2011年に 1,300万人の観
光客が訪れたが,そのうちインドネシアからが 259.2万人,中国からが 157.7万人,マ
レーシアからが 114.1万人であった。アジアのショーウィンドー国家として機能して
いる。シンガポール航空など航空会社の機内誌を販促手段にする企業も出てきている
(岩淵等)。
2.6.国際マーケティングのための人的資源管理
現地におけるマーケティング人材の育成
インドにおいては,日本人のサポートなしにマーケティングのできる人材が極めて
不足しており,人材育成と商品開発サイクルの仕組み化が必要だとの指摘がある(渡
辺等,2013 )。これは,他のアジア諸国にも程度の差はあっても共通し,人材育成がア
ジアにおける国際マーケティングにとって大きなカギを握ると考えられる。
現地におけるグローバル人材の確保
アジアにおけるグローバル人材の確保に関しては,各国の言語,文化,人材市場の
特徴を生かすことが必要になる。岩垂(2014)は,ASEAN の中でフィリピン,マレー
シア,ミャンマーのように英語能力の高い国の人々は外国で仕事をすることをいとわな
いが,タイ,ベトナムなどの大陸側の国々の人材の他国への移動は相対的に難しいとい
う。アジアにおける拠点をベースに広域マーケティングを行う場合に英語能力が重要に
なる。フィリピンは英語の堪能な人材が豊富で,このような対応が容易である
cv)
。
岩垂( 2014 )は,このような人材のプールを作って育成していく必要があり,その
ためにグローバル人事制度の下で各国共通の等級制度を導入することが望ましいと述
べている。
本社からの人材投入
現地化の必要性は高いが,同時に日本に圧倒的に優れた技術,知識が存在する場合は,
日本人の現地への派遣も有効である。ローソンは 2010年から中国に国内事業第一級の
人材を大量に投入して,日本で蓄積されたコンビニ経営のノウハウを移植している
cvi)
。
2.7.全社的統合・標準化のための組織的対応
既に製品戦略のところで,現地の環境への適応と同時に全社的な統合 ・ 標準化が必
要だということを述べた。冒頭に述べたように,この二つの同時的追求,バランスは
― 62 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
国際経営の基本的な命題であり,国際マーケティングにおいても同様である。市場
ターゲティングのところで述べたような ASEAN を一体としたマーケティングへの
動きにもこれが表れている。アジアにおけるマーケティングのベストプラクティスを
地域のマネージャーで共有する試み,地域統括組織の創設 ・ 機能強化への動きなどが
見られる。
ベストプラクティスの共有
アジアファミリーマートは,
「グローバルブランディングワークショップ」と呼ば
れるミーティングを開催し,アジア各国の実務責任者を集めて,ファミリーマート全
体で共有するべき戦略を策定する。この中でブランドの方向性,統一キャンペーン,
商品政策などが議論され,各国に「移植」される
cvii)
。
地域統括拠点の必要性
製品の現地適応,プロモーション,流通などにおいて,アジア各国やその中の地域
においてそれぞれ事情が異なるので,日本から対応するのには無理があり,地域統括
拠点を通じてきめ細かな現地市場適応と企業としての統合を推進していく必要が指摘
されている(岩垂,2014 など)。
3.まとめ
日本企業のアジアにおける国際経営において,これまでの生産管理に代わって国際
マーケティングの重要性が増している。
アジア経済環境の国際マーケティングへの影響
アジア経済環境の国際マーケティングに関連した特徴には,①高成長下における中
間層の台頭,②多様性,③雁行性,④都市化の進展,⑤アジア市場の分断性とその統合
への動き,がある。
アジア経済の高成長と中間層の台頭は,市場ターゲティングにおいて,アジア市場
へのシフトをもたらし,その中で中間層をターゲットとする傾向を強める。この中
間層の所得水準は日本や先進国の中間層よりまだ低く,価格志向が強い,いわゆるボ
リュームゾーン市場を形成している。
アジア経済は極めて多様性に富み,複雑性を持っている。国内の所得格差も日本な
どの先進国に比べて地域間,地域内で大きい。従って,前述の中間層市場が拡大する
一方で,富裕層市場も比較的大きい。国際マーケティングとの関連では,多様で複雑
― 63 ―
舛 山 誠 一
な市場をどのように細分化して,その中からターゲット市場をどのような基準で選ぶ
かが課題となる。
アジア経済のもう一つの特徴は,雁行的な発展パターンである。この推進力は後発
のメリットと人口動態の複合作用である。市場ターゲティングに関しては,その産業
が成長段階にある国の市場を選択すべきだということになる。また,アジア各国でこ
のような市場は継続的に変化していくので,このような変化に対応する必要がある。
さらに,日本では成熟 ・ 衰退期にある産業がより後発の国では依然成長期にある場合
があるので,日本で蓄積された知識がそのような市場で生かせるというメリットがあ
る。また,人口動態面での雁行性から,日本では既に成熟・衰退段階にある若者市場,
子供市場がアジアの多くの国では依然成長段階にある。このような市場をターゲット
とするべきだということになる。
そして,急速な都市化の進展がアジア経済発展の大きな推進力になっている。顧客
密度が高く,より高級な商品への需要の大きな都市は,企業の第一のターゲット市場
となる。アジアの都市の消費者は,消費パターンの西洋化など共通の消費パターンを
伴う傾向があるので,共通性のある市場を形成する。また,地方都市も市場規模が拡
大して多国籍企業のターゲットに入ってきているので,ターゲットとするべき市場の
範囲が拡大してきている。このような市場をカバーするための流通網の構築が大きな
課題となる。
アジア市場において,ASEAN市場の統合は,欧州市場に比べると依然程度が低く,
各国市場に分断されている。中国,インド,その他諸国とアジアの市場は分断されて
おり,共通の国際マーケティングを行うのは困難であり,個別の対応を迫られ非効率
である。しかし,2015年末の ASEAN経済共同体(AEC)の成立に示されるように
ASEAN市場の統合が進展している。加えて,ASEAN と日本,中国,インドなどと
の FTA が締結され,周辺市場との統合度も上昇しつつある。このようなトレンドは,
市場ターゲティングにおいて ASEAN 市場を一体として捉える動きを促進している。
また,ASEAN 内の拠点から中国市場もターゲットに入れたり,逆に中国内拠点から
ASEAN 市場をターゲットにしたりという動きを促進している。加えて,ASEAN拠
点からインド市場をターゲットとする動きの促進もしている。
アジア政治環境の国際マーケティングへの影響
政治環境の国際マーケティングへの影響に関しては,経済自由化(規制緩和)政策,
法治の浸透度,国内・国際政治リスクなどがある。
経済自由化が進んだ国ほど参入が容易でマーケティング活動がやりやすい。発展段
階の低い国を中心に,流通などサービス分野の規制が強い国が多い。このような国で
は流通の近代化が進展しておらず,小売市場のほとんどが零細小売店で構成されてい
る。
― 64 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
下記のように人間関係で行動を決定する傾向の強いアジアの集団主義的な文化の影
響もあり,一般的にアジア諸国においては法治の徹底度が弱い。中国に特にこの傾向
が顕著である。法治の不足の国際マーケティングへの影響は,価格戦略における代金
回収,製品戦略における模倣品の問題,ビジネス交渉,ビジネスへの政府の関与など
多くの分野に及ぶ。
アジアにおいては,民族・宗教問題,格差問題が国内政治リスクの大きな要因になっ
ており,国内政治リスクは市場ターゲティングなど国際マーケティングに影響を及ぼ
す。また,中国における反日運動などの国際政治リスクも,その市場での売り上げに
直接影響を及ぼすほか,国際マーケティング活動の多くの側面に悪影響を及ぼす。市
場ターゲティングにおいて,そのような市場からより国際政治リスクの少ない,例え
ば ASEAN 諸国へシフトするという選択が行われる可能性がある。
アジア文化環境の国際マーケティングへの影響
国際マーケティングは,異なった文化間の意味の交換であり,文化的類似性と相違
点が市場の魅力,関係性の構築,取引関係,原産国イメージ,市場セグメンテーション,
製品,マーケティング ・ コミュニケーションなど国際マーケティングの多くの局面に
影響を及ぼす。また,グローバル化の進展とともに,適応すべき現地環境の中で文化
の影響がより大きくなる。このように重要性を増す異文化理解能力において日本人は
欠けるところが多く,このような認識に基づいて対応を強化する必要がある。
アジア文化の大きな特徴は,内集団と外集団との間で内集団の相手に対して有利に
外集団の相手に対して不利に対応する人間関係重視の集団主義的傾向が強いことであ
る。また,同じ関係重視主義でも日本と中国とではその在り方が大きく異なる。そし
て,集団主義的傾向の強い文化の下では権力格差が大きい傾向がある。このような集
団主義的傾向 ・ 権力格差の存在は,望まれる商品のタイプ,購買決定過程などに大き
な影響を及ぼし,マーケティング面での対応が必要である。
アジアの文化は極めて多様性に富み,国際マーケティングにおいてはこれへの対応
が必要である。アジアの大国であるインド,中国はともにその中に多様な民族,宗教,
言語を含み,多様な文化から構成されている。ただ,インド文化の多様性の度合いが
中国に比べてはるかに強く,それへの対応がより困難である。ASEAN諸国も民族,
宗教,言語の構成が国によって大きく異なり,多様である。
極めて多様性を持つアジア文化であるが,その中に共通性を持つアジア横断的な文
化も存在する。華僑 ・ 印僑のネットワーク,イスラム文化,若者文化などの存在が注
目される。
華僑 ・ 印僑のネットワークは,主に流通に関連する。華僑のネットワークは主に東
南アジアに広がり,印僑のネットワークは主に中東 ・ アフリカに広がっている。東南
アジアの各国で,また,東南アジア横断的なマーケティング活動を行うときに華僑の
― 65 ―
舛 山 誠 一
ネットワークの活用が必要になる場合が多い。また,日本企業のインド進出が進むに
つれて,インドを拠点に印僑のネットワークを活用して,中東・ アフリカ市場に流通
チャネルを構築する機会が存在する。
アジア諸国には多くのイスラム教徒が存在し,宗教的戒律に従った独特の消費生活
を行っている。このような市場の食品や金融などの分野においては,認証を受けた特
別の商品を提供していく必要がある。東南アジアのイスラム教徒市場を開拓するに
は,このようなノウハウ,認証が必要である。また,ムスリム市場において先端的な
マレーシアなどでこのようなノウハウ,認証を獲得することによって,東南アジアだ
けでなく中東・アフリカなど世界のムスリム市場を開拓する可能性が開ける。
アジア技術環境の国際マーケティングへの影響
アジア諸国においてインターネットが著しく普及しており,また,その SNS利用度
が日本に比べて高い。このことは流通網の発展していない中でネット通販を利用した
マーケティングの機会が大きいことを意味する。そして,アジアの口コミ文化の強さ,
マスメディアの発達の遅れとを勘案すると,SNS などを利用したプロモーション活動
の重要性が高いことを示唆する。
アジアにおける企業間競争と国際マーケティング
日本企業の地盤,ブランド力は,東南アジアにおいて極めて強く,中国では中程度
だが,苦戦しており,インドでは極めて弱い。強固な東南アジア市場でも,欧米企業,
韓国企業,中国企業,地場企業などの挑戦が強まっている。特にインド市場,中国市
場などでブランド力,流通網の強化などが必要なことを意味する。
次に,上述のようなアジアの環境に対応した,マーケティングの意思決定プロセス
に沿って,アジアにおける国際マーケティングの課題についてまとめる。
アジアにおける市場ターゲティング
地域的には日本市場からアジア市場へのシフト,次いで,中国市場から ASEAN・
インド市場へのシフトがある。しかし,中国市場の規模,成長性,高級化傾向などか
ら中国市場の重要性は今後とも極めて高い。中国市場を重視しながらの「チャイナプ
ラスワン」戦略が妥当であろう。さらに,ASEAN市場の統合効果を利用した東南ア
ジア市場全域への展開,ASEAN・インド,ASEAN・中国間の市場統合効果を利用し
た展開など,より広域の市場をターゲットとする機会も拡大している。
しかし,そもそもこのような地域軸を重視すべきかどうかという疑問も存在する。
ドイツ企業のように,全世界を俯瞰して共通項のある市場をターゲットとすべきでは
ないかという考え方もある。
所得階層別には,先ずはボリュームゾーンと言われる中間層市場が規模の大きい高
― 66 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
成長市場として注目される。ただ,所得格差の大きいアジアにおいて富裕層市場の重
要性も非常に高いし,また,日本企業が比較優位を持つはずの市場である。さらに中
間層の前の段階にある低所得層の「ネクストリッチ」市場も,中間層市場での優位を
築くためにも重要である。
アジアの人口動態から,若者市場,子供市場も成長市場であり,また,アジア経済の
雁行性や都市化の進展から,インフラ市場のポテンシャルも大きい。そして,アジア
諸国の都市化が地方にも広がっていることから,国内市場をより広域でターゲットす
る必要も高まっている。
アジア市場における商品戦略
アジア市場に限らないが,商品の差別化が何よりも重要である。特に,インド市場
や中国市場など日本企業の基盤があまり強くない市場において重要である。これは自
社の技術や日本の強みをベースにしたものが考えられる。また,ブランドの強化によ
る差別化が必要である。ブランドに関しては,富裕化するアジア市場で重要性を増す
高級品市場におけるブランド力が欧米企業に対して劣勢なのが問題である。ブランド
の強化には商品の品質・デザインなどの他に,プロモーション活動が重要になる。
ブランドに関しては,国のブランドも重要である。東南アジア市場では日本ブラン
ドが依然力を持っているが,インドでは未構築の状態で日本企業のマーケティングに
悪影響を及ぼしている。また,東南アジアを含めたアジア市場全般に韓流コンテンツ
に後押しされた韓国ブランドの浸透が著しい。日本ブランドの強化に向けた取り組み
が望まれる。
同時に,経済,政治,文化など日本や他の先進国とは異質で多様性を持つアジアの
環境に対して商品を適応させる必要性が高い。しかし,これをあまり進めると,非効
率でコスト高になり,収益性を低下させるだけでなく,価格競争力を弱めるリスクが
高い。この点で,基本的な構造(プラットフォーム)を本国で開発してブラックボッ
クス化することによって標準化のメリットを獲得すると同時に模倣を排して,それを
現地に適応させる部分だけを現地で開発するというドイツ企業のアプローチが参考に
なる。
現地環境への商品適応に関しては,ボリュームゾーン対応の商品供給,現地文化へ
の適応などが大きな課題である。アジアの中間層は,日本やその他先進国の中間層よ
りも所得水準が低く,その分価格選考が強い。このため機能 ・ 品質を抑えた低価格の
商品を投入する必要がある。このような価格を抑えた商品の供給によってアジア市場
で成功している日本企業がある。また,現地文化への適応に関して様々な取り組みが
行われている。
現地文化への適応,ボリュームゾーン対応の商品開発の両面で,現地での開発が有
効な場合が多く,これへの対処が行われている。また,生産面からコスト競争力を支
― 67 ―
舛 山 誠 一
えるために,タイに基幹機能を置きながら周辺の後発国に生産を分散させる「タイプ
ラスワン」戦略の動きがある。
価格戦略
先述のボリュームゾーンへの対応にも低価格戦略が含まれている。アジアにおいて
は所得レベルに対応した価格設定が求められる場合が多い。これには低コスト供給体
制の確立とともに,低価格化の取り組みが求められる。価格戦略の範囲に入る代金回
収において,アジア市場は困難に直面する場合も多い。現金販売,訪問調査による信
用調査など,様々な取り組みが求められる。
流通戦略
アジアにおける流通戦略の大きな課題は,流通インフラが未発達な場合が多いの
で,いかにこの問題を克服するかである。流通網の組織化,自社販売網の構築,自社
あるいは流通業者による末端小売店への定期的な支援などの対応が行われている。ま
た,大国市場では全国的な流通網の構築が大きな課題となっている。このような流通
網の構築のために,インドなどで地場企業を買収したり,提携したりする動きがある。
さらに,流通網が未発達な一方でインターネットの普及が進んでいることから,ネッ
ト販売への取り組みも重要になっている。そして,華僑 ・ 印僑の流通ネットワークを
活用して,広域販売に取り組む可能性も存在する。
プロモーション戦略
アジアにおいては,マスメディアが発達していなかったり信用されていなかったり
することと,人間関係重視の文化が強いことから,口コミの重要性が高い国が多い。
これにどう対応するかが課題となる。インターネットの普及に伴い,プロモーション
活動における SNS の活用が重要性を増している。
もっともインドにおいてはインターネットの普及が遅れているのでマスメディアの
活用が重要だとの指摘もある。そして,日本企業は,欧米企業や韓国企業などに比べ
て一般的にマスメディアを使った集中的な広告宣伝活動が不足していることからブラ
ンド価値がなかなか上がらないとの指摘もある。
また,インドにおいては流通業者の商品知識が不足しているので,店員教育が重要
だとの指摘があるが,これはアジア全体にも当てはまると思われる。
国際マーケティングのための人的資源管理
アジア市場における国際マーケティングを機能させるためには,人材が重要であ
る。インドにおいては日本に比べてマーケティング人材が不足しているとの指摘があ
るが,これはアジアにおいても共通するところがあると考えられる。このような人材
― 68 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
を現地で育成していく必要があるし,不足分を国外から補充する必要もある。現地化
の促進は必要であるが,短期的には日本からの人材派遣も必要である。流通業界など
においてそれが行われている。また,フィリピンなど英語力の強い国を中心にグロー
バル人材を育成してアジア域内に供給していくというアイデアもある。
全社的統合・標準化のための組織的対応
現地化と並ぶ国際経営におけるもう一つの命題である全社的統合・標準化のために
マーケティング組織の分野でも対応が求められる。ベストプラクティスを共有するた
めの仕組み,また,地域統括機能の強化が求められる。
注
i) 日本経済新聞朝刊,2013年4月 13日。
ⅱ) 2015年2月 23日現在,1円=約 1.9 ルピー。
ⅲ)「シンポジウム アジアビジネスの今後」世界経済評論,2013年 7/8月号におけるジェ
トロ,大木博巳氏のコメント。
ⅳ)「インドで売る」日経ビジネス,2012年9月 17日号。
ⅴ) ASEAN の市場統合は,AFTA による貿易投資障壁の低減と国際間交通輸送インフラ
の両面で進展している。特に,メコン川流域における東西・南北回廊の整備が進みつつ
あり,投資先としてのメコン経済圏の魅力が高まっている。しかし,メコン経済圏はベ
トナム,ミャンマーなどの後発国を抱えることから,現状では労働集約的産業を中心と
した生産基地としての魅力が中心で,市場としての魅力はまだまだ低い。
ⅵ)
日経産業新聞,2014年6月 10日。有限責任監査法人トーマツアジアビジネスサポート
グループ,土屋真嗣氏のコメント。
ⅶ) フィリピンでは小売業の単独進出には1店舗当たり 83万ドルの投資が必要という制限
があり,地元企業との合弁が必要になる。法制度的な外資規制だけでなく,許認可の不
透明であったり,許認可を得るのに時間がかかったりするという問題もある(日本経済
新聞,2013年8月9日朝刊,アジア経済研究所,田中清泰氏のコメント)
。
ⅷ)「インド,モディ旋風の落とし穴」日経ビジネス,2014年9月 15日号。
ⅸ) 日本経済新聞朝刊,2013年 12月3日。
ⅹ) 日経産業新聞,2014年 12月 19日。
ⅺ) 日本経済新聞朝刊,2013年8月9日。アジア経済研究所,田中清泰氏のコメント。
ⅻ) 日経産業新聞,2014年4月 24日。みずほ銀行直投支援部長,加藤修氏のコメント。
ⅹⅲ) インドに関しても法制度・運用の不備を指摘する回答が多いが,法治に関しては中国と
は全く別だとの指摘もある。スズキの鈴木社長は,インド政府とはいろいろあったが,
― 69 ―
舛 山 誠 一
スズキの出資比率が過半になってからは何も言われなくなったと指摘している。また,
インドの裁判所の公正さについての評判も高いという(「特集 誤解だらけのインド」
日経ビジネス,2006年5月8日号)
。
xⅳ) ウズニエ等(2011 )によると,
「文化とは,複数の個人によって共有される信念または規
範の集まり」であり,
「知識,信念,価値観,芸術,法律,マナー,道徳,その他社会の構
成員が習得したあらゆる技能や習慣が含まれる」
。基層である文化が表層である企業活
動に影響を及ぼす。
xv) 例えば,インドにおいては,その熱帯気候の特性から中高所得層に冷蔵庫が広く普及し
ている一方で,
「メイド文化」から掃除機の普及率は低いという(渡辺等,2013 )
。
xⅵ) 日本経済新聞朝刊,地方経済面 東京,2014年2月 20日。
xⅶ)
「インド,モディ旋風の落とし穴」日経ビジネス,2014年9月 15日号。
xⅷ) 日本経済新聞朝刊,2015年2月6日。
xⅸ)
「揺らぐ日本ブランド」日経ビジネス,2011年5月 16日号。
xⅹ)
例えば,インド人は,時間に関してはるかにゆったりしていて,30分待たせたとしても,
それはその人を軽く見ているからとは限らないという(Bagla,2008 )
。
xxi)
食品に関しては,アルコールや豚肉の飲食は一切不可である。鶏肉や牛肉,羊肉は食べ
ても良いがイスラム教の教えに則って解体・処理されたものでなければならない。
xxii)
国際協力銀行による(
「イスラム 18億人市場への扉」日経ビジネス,2012年10月15日号)
。
xxⅲ)
「イスラム 18億人市場への扉」日経ビジネス,2012年 10月 15日号。
xxⅳ)
同上。
xxv)
同上。
xxⅵ)
「インドで売る」日経ビジネス,2012年9月 17日号
xxⅶ)
日経産業新聞,2014年 12月1日,みずほ銀行,古川進氏のコメント。
xxⅷ)
‘Foreign Investment: Lessons Learnt at Home Foster Success in Africa.’ FT.com
May 19, 2011.
xxix)
日本経済新聞朝刊,2013年 11月 29日。
xxx)
『勝てるアジア最前線』日経ビジネス,2013年
xxⅺ)
シード・プラニング調べ。日本経済新聞,2014年1月 29日朝刊による。
xxⅻ)
「家電ニッポン最後の戦い」日経ビジネス,2011年9月 26日号。
xxiii)
「インドで売る」日経ビジネス,2012年9月 17日号。
xxxⅳ)
日経産業新聞,2014年 12月9日。
xxxv)
「シンポジウム アジアビジネスの今後」世界経済評論,2013年7/ 8月号におけるジェ
トロ,大木博巳氏のコメント。
xxxvi)
日経産業新聞,2014年 12月 1日,みずほ銀行,古川進氏のコメント。
xxxvii)
日経産業新聞,2014年 11月 11日。
xxxviii) 日本経済新聞朝刊,2013年7月7日。
― 70 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
xxxⅸ) 日経産業新聞,2014年6月 12日。
xl)
日本経済新聞夕刊,2014年 11月 13日。
xli)
「インドで売る」日経ビジネス,2012年9月 17日号。
xlii)
イオンは 1985年に食品スーパーでタイに進出し,2013年において 58店を有し,約100億
円の売上があり,同年マレーシアに進出して,2013年においてSC,総合スーパー,ディス
カウントスーパー,食品スーパーなど 57店で約1,200億円の売上がある。新たにベトナム,
カンボジア,インドネシアにSC,スーパーなどを展開する。テスコ(英)はタイ,マレーシ
アで大型ディスカウント店,小型スーパーなどを,メトロ(独)はベトナムで会員制卸売り
分野で積極投資を行っている。東南アジア企業も,SC,百貨店のセントラル・グループ
(タイ)が 2016年にベトナムに進出予定であり,パークソン(マレーシア)もインドネシア,
ミャンマー,カンボジアへの進出を拡大している(日本経済新聞朝刊,2014年7月3日)
。
xlⅲ)
中国では三越伊勢丹ホールディングスが5店舗,高島屋が1店舗,シンガポールでは三越
伊勢丹ホールディングスが6店舗,高島屋が1店舗,マレーシアでは三越伊勢丹ホール
ディングスが4店舗営業している。タイでは三越伊勢丹ホールディングスが1店舗,東急
百貨店が1店舗営業しているが,同店が 2015年に2号店を開設し,2017年には高島屋が
出店する予定である。ベトナムには高島屋が 2016年をめどに出店予定である(日本経済
新聞朝刊,2014年10月22日)
。
xlⅳ) 日本経済新聞朝刊,2015年2月6日。
xlv)「インドネシア 覚醒する未完の大国」日経ビジネス,2013年4月 18日号。
xlⅵ) 日経ビジネス,2009年 12月 21・28日号。
xlⅶ) 日本経済新聞朝刊,2012年5月 24日。
xlⅷ) 渡辺等(2013 )および筆者の上海におけるインタビューによる。
xlⅸ) 紙おむつ,ベビーフード,テーマパーク,玩具,ゲームの合計。教育関連サービスは含
まず。日本経済新聞,2013年7月 26日朝刊より。
l) 日経MJ(流通新聞),2014年 12月 15日。
li)
日本経済新聞朝刊,地方経済面 北関東,2015年1月 27日。
lii)
日経産業新聞,2014年7月 28日。中小企業基盤整備機構,野口明氏のコメント。
lⅲ)「インドネシア 覚醒する未完の大国」日経ビジネス,2013年4月 18日号。
liv)
同上。
lv)
「特集 流通進化論」日経ビジネス,2011年8月 22日号。
lvi)
「インドビジネス(現地ルポ編)韓国を逆転できる」日経ビジネス,2011年5月 23日。
lⅶ)「シンポジウム アジアビジネスの今後」世界経済評論,2013年 7/8月号におけるジェ
トロ,大木博巳氏のコメント。
lⅷ)
資生堂は,アジアの所得格差に対応しながら,高級ブランドを棄損しないために,所得層
に応じたマルチブランド戦略を取っている。SHISEIDO ブランドは中心価格帯を 4,400
円前後として,中国,台湾,韓国,東南アジア諸国に展開している。AUPRES ブランドは,
― 71 ―
舛 山 誠 一
中心価格帯を 2,500円前後として中国,マレーシアに展開している。専科ブランドは,中
心価格帯を 980円前後として台湾,香港,タイ,マレーシア,シンガポールに展開してい
る。Za ブランドは,790円前後を中心価格帯として中国,台湾,タイ,マレーシア,シンガ
ポール,インドネシア,ベトナムに展開している(価格は1ドル 79円で計算。出所は,日
本経済新聞,2012年10月31日朝刊)
。
lix)
「「愛国不買」 に強いブランド」日経ビジネス,2012年 11月 19日号。
lx)
同上
lⅺ) 政策的な観点からも,本国の空洞化を少なくするメリットが大きいと思われる。
lⅻ)「買い物で何を重視しているか」との問いに対して価格と答えた割合は,マレーシアで
58%,シンガポールで 47%,ベトナムで 43.5%と高く,インドネシア,日本も加えた 10 か国
中で1位となった。これに対して中国では,価格と答えたのは7%に過ぎず,重視するのは,
製品の品質(27.5%)
,ブランド(25.5%)
,機能(15%)
,買いやすさ(12.5%)
,接客サービス
(11%)の順であった。食の安全に深刻な問題があり,偽物が蔓延する中国においては,ま
ともなものが安く買えるはずがないという不信感が強いことを表していると考えられる。
lxiii)「シンポジウム アジアビジネスの今後」世界経済評論,2013年7/ 8月号におけるジェ
トロ,大木博巳氏のコメント。
lxⅳ)「インドビジネス(現地ルポ編)韓国を逆転できる」日経ビジネス,2011年5月 23日号。
lxv)
「シンポジウム アジアビジネスの今後」世界経済評論,2013年7/ 8月号,榊原清則法
政大学大学院教授のコメント。
lxⅵ) 日経産業新聞,2013年3月8日。
lxⅶ) 日本経済新聞朝刊,2014年3月 12日。
lxviii) 日本経済新聞朝刊,2014年4月 16日。
lxⅸ) 第 16回国際ビジネス研究学会全国大会における天野倫文教授の「新興市場戦略の諸観
点と国際経営戦略」についての講演。
lxx) 2002年に設立されたセブンイレブン(北京)は,
「温かい中華料理をその場で調理して出
すカウンター,衛生管理を徹底した生野菜の販売,炊飯方式による米飯とおにぎりの開発
と生産」など膨大な工夫を現地において行った(第16回国際ビジネス研究学会全国大会
における天野倫文教授の「新興市場戦略の諸観点と国際経営戦略」についての講演)
。
lxⅺ)「特集 流通進化論」日経ビジネス,2011年8月 22日号。
lxⅻ) 第 16回国際ビジネス研究学会全国大会における天野倫文教授の「新興市場戦略の諸観
点と国際経営戦略」についての講演。
lxxiii)「経営教室 2015年の潮流を読む アジアビジネスの行方」日経ビジネス,2015年2月
2日号。ポッカサッポロフード&ビバレッジ相談役,堀雅寿氏のコメント。
lxxⅳ)「中国でヒット商品を生む方法」日経ビジネス,2010年9月 20日号。
lxxv)「イオン 飽くなき拡大欲の正体」日経ビジネス,2014年1月 27日号。
lxxⅵ)「インドネシア 覚醒する未完の大国」日経ビジネス,2013年4月 18日号。
― 72 ―
アジア市場での国際マーケティングの課題(論点整理)
lxxⅶ) 日経ビジネス,2007年 12月7日号。
lxxviii)
「揺らぐ日本ブランド」日経ビジネス,2011年5月 16日号。
lxxix) 日経産業新聞,2013年4月2日,p.16。
lxxx) 日経産業新聞,2014年 10月 27日。
lxxxi)「家電ニッポン最後の戦い」日経ビジネス,2011年 9月 26日号。
lxxxii) 日経ビジネス,2008年1月 21日号。
lxxxⅲ) 日経ビジネス,2009年 12月 21・28日号。
lxxxⅳ) 同上
lxxxv)「シンポジウム アジアビジネスの今後」世界経済評論,2013年 7/8月号,榊原清則法政
大学大学院教授のコメント。
lxxxvi) インドでは植民地独立の際に,言語や文化の異なる地域ごとに州を形成し,また,カー
スト制度の下で各地方で商人が同じカースト内で狭い取引を行ってきたことが背景に
あるという(中島・岩垂編,2012 )
。
lxxxⅶ)「経営教室 2015年の潮流を読む アジアビジネスの行方」日経ビジネス,2015年2月
2日号。ボストンコンサルティンググループ,杉田浩章氏のコメント。
lxxxⅷ) 日本経済新聞 朝刊,2012年5月 24日。
lxxxⅸ)「家電ニッポン最後の戦い」日経ビジネス,2011年9月 26日号。
xc)「インドで売る」日経ビジネス,2012年9月 17日号。
xci)
日本経済新聞 朝刊,2013年 12月3日。
xcii)
「アジアファースト」日経ビジネス,2014年3月 31日号。
xcⅲ)「家電ニッポン最後の戦い」日経ビジネス,2011年9月 26日号。
xcⅳ)「アジアファースト」日経ビジネス,2014年3月 31日号。
xcv) 日経産業新聞,2014年8月 26日。
xcⅵ)「特集 流通進化論」日経ビジネス,2011年8月 22日号。
xcⅶ)「インドで売る」日経ビジネス,2012年9月 17日号。
xcⅷ) 日本経済新聞朝刊,2012年5月 23日。
xcⅸ) 日本経済新聞朝刊,2014年6月 26日。
c) 日経産業新聞,2014年 11月28日,p.23。
ci)「経営教室 2015年の潮流を読む アジアビジネスの行方」日経ビジネス,2015年2月
2日号。ポッカサッポロフード&ビバレッジ相談役,堀雅寿氏のコメント。
cii)
「インドビジネス(現地ルポ編)韓国を逆転できる」日経ビジネス,2011年5月 23日。
cⅲ)「インドで売る」日経ビジネス,2012年9月 17日号。
cⅳ)「家電ニッポン最後の戦い」日経ビジネス,2011年9月 26日号。
cv)ジェトロ,安藤智洋氏のコメント。日経産業新聞,2014年3月 7日。
cvi)「特集 流通進化論」日経ビジネス,2011年8月 22日号。
cⅶ) 同上。
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