原子力損害賠償の日米比較 -不法行為とTortsの視点から― CIGS「原子力と法」研究会座長 弁護士 豊永晋輔 1 目 次 I. 研究会の目的 II. 原子力損害賠償の国際比較序説 i. ii. iii. iv. v. 二つの設例の紹介 原子力損害賠償の5要素 原子力損害賠償の各国比較 日米比較:二つの設例 検討の方向性 III. 今後の活動予定 2 研究会の目的 視座 科学技術のリス クを法的に分析 投資誘引 経済・エネルギー 技術革新 標準化・認証 国際潮流 典型例として 原子力に着目 応用可能性 「責任」の所在 3 はじめに―二つの設例 ①トマト事案 甲は、福島県二本松市において、ビニールハウスでトマトを栽 培して、年500万円の収益を得ていた。本件事故後、「福島県 のトマトは放射性物質に汚染されている」との風評が広がり、 甲の収益は200万円になった。そこで、甲は、東京電力に対し て、差額の300万円の損害賠償を請求した。 結論:風評被害として認められる。 ②避難指示事案 乙は、福島県双葉郡大熊町に居住していた。本件事故後、乙 は、政府による避難指示命令を受けて避難し、交通費やホテ ル代など避難のために100万円を支出した。そこで、乙は、東 京電力に対して、支出相当額100万円に加えて、東京電力が 事故対策を怠った悪性を根拠に1000万円(合計1100万円)の損 害賠償請求をした(避難に伴う乙の精神的損害は除く。)。 4 結論:実損額を超える賠償は認められない(賠償額は100万円)。 原子力損害賠償の5要素 ① 無過失責任 – 被害者に過失がなくても責任が成立 – 過失がなければ責任は成立しないことの例外 ② 有限責任 – – 無限責任の例外:事業者の責任の合計額を一定額に限定し、それ を超える部分は免除する 株主有限責任とは異なる ③ 責任集中 – – 事業者以外の者に責任があっても、責任を免除する 責任ある者が賠償支払しなければならないことの例外 ④ 不可抗力免責 – 不可抗力があるときのみ、事業者の責任を免除する ⑤ 損害賠償措置 – – 保険などを予め用意して、賠償金を確保することを法律上強制 保険などは、経済活動の自由の一環であることの例外 5 原子力損害賠償の各国比較 ー大まかな比較ー 日本 米国 韓国 スイス フランス ドイツ イギリス 無過失 無過失 無過失 無過失 無過失 無過失 無過失 有限/ 無限責任 無限 有限 有限 無限 有限 無限 有限 責任集中 ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ 不可抗力免 責 あり あり あり あり あり なし あり 損害賠償措 置 あり あり あり あり あり あり あり 無過失責任 ※このほか、原子力損害賠償責任に関する3つの条約も、上記の5要素を 備えている。 6 日 米 比 較 日本 米国 無過失責 任 無過失 無過失 有限責任/ 無限責任 × (無限責任) ○ (1.5兆円の 有限責任) 責任集中 ○ ○ ただし、経 済的集中 不可抗力 免責 あり あり 損害賠償 措置 あり(1200 億円) あり(約1.5 兆円) 分析とありうる立論 ① 日米の原子力損害賠償 では、5つの要素のうち、4 つが同じである。 ② つまり、日米で異なるの は、原子力事業者の無限 責任/有限責任の部分だ けである。 ③ そこで、アメリカ同様、日 本の原子力損害賠償責 任を有限責任にすべきで あるという立論が出てくる。 ④ また、日本の損害賠償額 (1200億円)が過小である という立論も 7 日米比較の分析:二つの設例 ①TOMATO事案 Priceは、イリノイ州所在のA原子力発電所から約160kmにおい て、ビニールハウスでトマトを栽培して、年5万ドルの収益を得 ていた。ある時、 同発電所において、微量の放射性物質漏れ 事件が発生したところ、全米に「イリノイ州のトマトは放射性物 質に汚染されている」との風評が広がり、甲の収益は2万ドル になった。そこで、Priceは、同発電所を運営する原子力事業者 Bに対して、差額の3万ドルの損害賠償を請求した。 ②避難指示事案 Andersonは、A原子力発電所から数百メートルの場所に居住し ていた。微量の放射性物質漏れ事件後、Andersonは、州政府 による避難指示命令を受けて避難し、交通費やホテル代など 避難のために1万ドルを支出した。そこで、Andersonは、Bに対 して、支出相当額1万ドルに加えて、原子力事業者が事故対策 を怠った悪性を根拠に10万ドル(合計11万ドル)の損害賠償請 求をした(避難に伴うAndersonの精神的損害は除く。)。 8 ①TOMATO事案 Priceは、イリノイ州所在のA原子力発電所から約160kmにおい て、ビニールハウスでトマトを栽培して、年5万ドルの収益を得 ていた。ある時、 同発電所において、微量の放射性物質漏れ 事件が発生したところ、全米に「イリノイ州のトマトは放射性物 質に汚染されている」との風評が広がり、甲の収益は2万ドル になった。そこで、Priceは、同発電所を運営する原子力事業者 Bに対して、差額の3万ドルの損害賠償を請求した。 • Priceの請求:Pure Economic Loss(純粋経済損失)として認められない。賠 償額はゼロ。したがって、有限責任はそもそも問題にならない。 • 純粋経済損失:人の身体に対する侵害からは発生したものでない経済的 な損失をいう。 • 典型例:列車の遅延による商談の失敗とその損失 • 日本では、風評被害として、損害賠償責任が認められる。東京電力はこ れまでに、1兆円以上の風評被害を支払ってきた。 • 有限責任/無限責任は無関係(アメリカでは賠償額はゼロ) 9 ②避難指示事案 Andersonは、A原子力発電所から数百メートルの場所に居住し ていた。微量の放射性物質漏れ事件後、Andersonは、州政府 による避難指示命令を受けて避難し、交通費やホテル代など 避難のために1万ドルを支出した。そこで、Andersonは、Bに対 して、支出相当額1万ドルに加えて、原子力事業者が事故対策 を怠った悪性を根拠に10万ドル(合計11万ドル)の損害賠償請 求をした(避難に伴うAndersonの精神的損害は除く。)。 • 米国では、実損額を超えて11万ドルの請求が認められる可能性(懲罰的 損害賠償)。 • 出発点:損害賠償の役割は事故抑止。米国では、刑罰+損害賠償。 • 例①:ある物を生産するに当たり、100%の確率で2万ドルの利益が発生し、 20%の確率で1万ドルの損失が発生。 →2万×1.0-1万×0.2=0.8万:企業はその物を生産する • 例②:ある物を生産するに当たり、100%の確率で2万ドルの利益が発生し、 20%の確率で1万ドルの損失と10万ドルの懲罰的損害賠償が成立する。 → 2万×1.0-11万×0.2=▼0.2万:企業はその物を生産しない • 日本では、懲罰的損害賠償は違憲 10 • 損害賠償措置1.5兆円は、日本に引き直すと1500億円という意味? 日本 米国 無過失責任 無過失 無過失 有限責任/無限責任 無限責任 有限責任 責任集中 ○ ○ 不可抗力免責 あり あり 損害賠償措置 あり(1200億円) あり(約1.5兆円) 純粋経済損失の賠償責任 あり なし 身体侵害のない精神的損害 比較的広い 比較的狭い 懲罰的損害賠償 なし あり 過失相殺 あり(痛み分け文化) ない州が多い 陪審制度 なし あり ○日米の原子力損害賠償は、有限責任/無限責任だけ異なると いう理解では不足。むしろ、全く異なるものと評価した方が良い。 ○条約は、相互に基金を設立するために、各国制度の最大公約 数を集約するため、似たものになりやすい。グローバルスタン ダード呼ぶのは本末転倒 11 検討の方向性 • (単純な)メリットデメリットの比較 • 万国共通の視点の分析 ① 経済分析 Law and Economics – 経済学は万国共通。純粋経済損失について、経済分析 の手法で、米国のみならず、ヨーロッパでも研究。 – 原子力損害賠償の場合:不法行為制度の一環として、事 故抑止のための制度として捉える – 既存の損害賠償法理:変更することは現実的ではない →ひとまず所与の前提として置くのが合理的 ② 正義論 12 今後の活動予定 • ワークショップ – 数カ月に一回の頻度で開催予定 – 次回ワークショップ • 11月頃 • テーマは原子力損害賠償制度の経済分析・国際比較 など • 研究会 – 月に一回程度 – 有識者 13 ご清聴ありがとうございました。 14
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